2009-09-20 クレしん作者のご冥福をお祈りします
■[中・東欧][歴史]近代以降の反ユダヤ主義(Antisemitismus)についてのメモ
基本的に,前近代の反ユダヤ主義と近代のそれとの間には,連続もあるにせよ,大きな質的転換がみられる。
前近代,特に中世のそれは,キリスト教と相容れない異教徒への迫害として位置づけられる。また,彼らの独自な生活習慣なども排撃の対象となった。ユダヤ教徒の衛生観念のゆえに伝染病への罹患率が低かったことが,彼らが病気の原因であるとのデマを生むこともあった。
だが,近代以降のそれは違う。勿論その構成要素には,「儀式殺人」という中傷のように*1,前近代から連続するものもあったろうが,近代に入り,反ユダヤ主義はふたつの方面で前近代のそれと乖離しはじめる。
ひとつが,人種論の採用である。ゴビノー伯にみられるような人種論は,ナチにおいて典型的に現れたが,「宗教」ではなく「種」を問うものであったがために,それぞれの社会に「同化」*2していたユダヤ人をも狙い撃ちにした(「オルレアンの噂」のような事例もある。フランス・オルレアンにおいて,「洋服屋に入ってきた娘を拐かして売り払っている」との噂の的になった店の多くは同化ユダヤ人の店であって,独自の習慣を多く保持していた東方ユダヤ人の店ではなかった。これは,「区別」が取り払われた際に生じる理不尽な差別感情の生起の一例であって*3,人種論とのみ結びつけるわけにはいかないだろうが)。
もうひとつが,その理論化・体系化である。反ユダヤ主義の言説は,ユダヤ人へのヘイトスピーチという体裁をとりながら,資本主義や既存の社会体制への批判となっている場合が多かった。つまり,普遍性を求めて,「ユダヤ人」という概念が記号化された,ともいえる*4。
換言するなら,反ユダヤ主義は,生身のユダヤ人以上に,抽象的な「ユダヤ」なるものを想定したのである。そして,ユダヤ人を前景に置きながらも,その後景にある,悪の本性としての「ユダヤ」に本来の攻撃の照準をあわせようとした。[……]*5
その証拠に,「近代的ユダヤ人」とは,――ユダヤ人かどうかということをさしあたり別にすれば――近代化によって生まれた上層市民の写し絵にほかならない。すなわち,工業化の恩恵で致富を果たし,宗教的規範を放棄して世俗化し,代わって啓蒙的教養を身につけ,自由主義的公論[……]の世界に参画する人びとである。すなわち,彼の反ユダヤ主義は,近代化が生み出した自由主義の政治・経済秩序,社会・文化状況への抗議だったといってよい。*6
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帰依する世紀末―ドイツ近代の原理主義者群像 (MINERVA歴史叢書クロニカ)
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前近代と近代で「ネイション」の持つ意味が異なってくるように*7,「反ユダヤ主義」の内実もかなり変化している。だが一方で,「儀式殺人」などの古来からの偏見に根ざした中傷もやむことはなかった(これらは現在に至るまで継承されている)。反ユダヤ主義の表出の顕著な例としては,ホロコースト否定論があるだろう。また,現実にイスラエルが行っている民族浄化への批判と重ね合わせる形での(「これだからユダヤは〜」的な)反ユダヤ主義はあちこちで見られる。その意味で,これはわれわれ日本国民にとっても無縁な事態では有り得ないのだ。
たしかに日本には,ユダヤ人と呼ばれるひとびとはごく少数しかいないし,また顕著なアンティセミティズムがなんらか特筆すべき規模と影響力をもって,社会運動として成立したことはない。それにも拘らず,すでに二〇世紀の二〇年代から明白なアンティセミティズムすなわち「ユダヤ人による世界支配の陰謀」の阻止,「悪の原理としてのユダヤ人」の撲滅という考え方が,この日本においても存在していたことは事実である。ここに見られるのは,「ユダヤ人なきアンティセミティズム」という,まさにこの思想に特徴的な事態である。アンティセミティズムは,必ずしもユダヤ人の存在を必要としないのである。[……]これらの事実は,すでに,われわれがなぜユダヤ人問題を検討せねばならないかを充分に説明しているといえよう。*8
日本のユダヤ人政策1931‐1945―外交史料館文書「ユダヤ人問題」から
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*1:ユダヤ教徒が,その儀式で用いるためにキリスト教徒の子供や女性を殺害し,血液を抜き取っているというもの。子供や女性の失踪者,殺人被害者が出たときなどに主張されたが,無論,完全な事実無根のデマである。
*2:同化の様相も国ごとに異なっていた。ハンガリーでは,国家が主導する形での積極的なマジャール化政策が行われたが(プレプク・アニコー〔寺尾信昭訳〕『ロシア,中・東欧ユダヤ民族史』彩流社,2004,pp.117-120),他の国・地域ではそれほど極端ではなかった。また,同化の方向性によってその政治的位相は異なった。たとえばボヘミアのユダヤ人は「ドイツ化」される割合が高かったが,それはチェコ・ナショナリズムとの対立が生じることを意味した(同,p.74)。一方でガリツィアのユダヤ人は,ドイツ人ではなくポーランド人貴族の側についた(同)。
*3:「われわれ/彼ら」という切断は普遍性を持つ。つまり人類史上何らかの差異化が生じなかった社会など存在しなかった。とりあえず,小坂井敏晶『民族という虚構』東京大学出版会,2002,pp.16-19を参照。
*4:詳しくは,竹中亨『帰依する世紀末――ドイツ近代の原理主義者群像』ミネルヴァ書房,2004,第2章,pp.81-118,プレプク前掲書,pp.123-124,下村由一「アンティセミティズムとシオニズム――その同質性」下村,南塚信吾編『マイノリティと近代史』彩流社,1996,pp.243-263などを参照。
*5:竹中前掲書,p.89。
*6:同,p.62。
*7:中近世の「natio」は,政治に参画することのできる特権階級を指す言葉であった。東欧史研究者の中澤達哉氏は,その言葉が近代的な国民としてのネイションへと変容する過程を,「語源である『出生』から派生した特権身分的かつ階層限定的な語義をもつナティオ概念が,ローマ共和政の伝統に根ざす『ポプルス』(populus)概念を梃子としながら,言語・文化的系譜を同じくする集団としての『ゲンス』(gens)概念と同一視される過程」であると論じている(『近代スロヴァキア国民形成史研究――「歴史なき民」の近代国民法人説』早稲田大学博士学位論文,2006,p.3)。
*8:下村由一「なぜアンティセミティズム研究か」下村,南塚前掲書,p.14。強調引用者。また,日本における反ユダヤ主義については,阪東宏『日本のユダヤ人政策1931-1945――外交史料館文書「ユダヤ人問題」から』未来社,2002も参照。
