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むらんてぃあ通信 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-03-27

「東日本大震災における貢献者表彰」受賞のご報告

公益社団法人社会貢献支援財団から「東日本大震災における貢献者表彰」を「片品村」「片品むらんてぃあ」2つの団体それぞれが受賞することをご報告申し上げます。

「片品むらんてぃあ」とは、名前の通り、片品のてぃ=片品村民という意味であり、片品村として、そして片品村民に対していただいた表彰であります。

ちょうど昨年の今頃、宿泊施設のみなさま、健康管理センターのみなさま、が本当に一番御苦労された時期であったことを思い出します。

この表彰は、「片品むらんてぃあ」という組織が村民の声で出来あがり、多くの皆さんのご協力で成り立ちました。そのご協力いただいた賜物として、この賞をいただけたのだと感謝しております。

本日、3月27日片品村に長期滞在した2世帯が元気に南相馬に帰りました。

「片品やるんてぃあ」として、この世帯と定住を決めた3世帯を支援してきましたが、今週末で終了致します。


片品村の皆様、本当にありがとうございました。

2012-03-23

「こころの箸袋」プロジェクト終了!

「片品むらんてぃあ」が解散し、その後片品村に残る南相馬の方を支援することを目的に継続された「片品やるんてぃあ」という組織が存続して活動をしていました。その組織も3月末日をもって終了します。

その「片品やるんてぃあ」が活動していた中で、「こころの箸袋」を作成する作業を継続し、村の観光施設や宿泊施設に置いていただき、その売上を支援金としていただきました。

その支援金は、3月23日現在187,580円となりました。

「片品むらんてぃあ」から始まった「こころの箸袋」プロジェクトに対して、多くの方からの支援をいただきました。

この支援金は、南相馬原町第一小学校が母体のマーチングバンド「H‐SEEDS」へ3月26日に送金します。

既に、60,000円は送金し、残金127,580円を送金することになります。

このマーチングバンドは、今年の全国大会にも出場したマーチングバンドで、震災以降生徒達が避難し多くのメンバーが避難先で練習をしたり、メンバー一同が集まって練習するにもご家族の経済的負担を考えると大変なのだろうと想像されました。

南相馬から片品村に定住を決めた方の娘さんが、このマーチングバンドのメンバーであったこともあり、このバンドに支援金を送ることに決定しました。

南相馬の子供達が元気になれば、南相馬の方も元気になるとの思いです。


ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。

ご協力いただいた方々は次の通りです。

哲学三人塾・安中ボランティア連絡協議会・越本婦人会

片品村宿泊施設:順不同

コスモス・リトルマウンテン・COU屋・もくもく・横山・カレンズ・森の風・ほっとたいむ・リージェントハウス・もみの詩・不思議草・風雪と樹・大滝山荘・おおくら荘・シェモア・ラパレット・ウォーレット・みやま・コスモラマ・五線譜・いしづか・ハッピーペンション・てんとう虫・岩鞍やまと・ビラアルコ・岩鞍山荘・ラウルス・しおじり・かねたや・辰巳旅館・梅田屋・シルバーバレーホワイトハウス・ヨシミヤ・お祭りひろば・みよしの・山どん・ジョイフルいっちゃん・かしや

飲食・観光施設:順不同

尾瀬開発・日本製紙総合開発・サエラリゾート・菜々彩畑・花咲の湯・ほっこりの湯・尾瀬市場・尾瀬ドーフ・永井酒造

この方々以外にも、多くの方にご協力をいただいています。

本当に、ありがとうございました。

2011-10-21

「片品むらんてぃあ」報告会

「片品むらんてぃあ」活動報告会を10月19日に開催させていただきました。次の報告書と共に報告会を行いました。

これまで、多くの方に支えられこの活動をすることができましたこと、誠にありがとうございました。

南相馬の方×片品村民×村外ボランティア南相馬の方々を元気にする」

この思いをある程度達成することができたと存じます。

8月26日「あがせっせ祭り」で南相馬の方からこの村に来て身体的に元気になったとの話がありました。

本当に嬉しい話しです。

そして、その元気になった理由は、この片品村の自然環境と宿泊施設のみなさんや村の健康管理センターのみなさんの日頃のご努力によって可能になったのです。

そして私達がそのお手伝いの一端となっていれば幸いです。



「片品むらんてぃあ」としての活動報告

片品むらんてぃあの活動は、片品村で受け入れた938名の南相馬の方々が延べ93軒の宿泊施設に分かれて滞在したことが、他の避難場所とは大きく異なる点であった。

通常の避難場所は体育館などを大きな施設に多くの避難者が寝泊まりする。物資の受渡も、その物が届けばその場で避難者に配布することが可能となる。また、伝達事項も館内放送や掲示板による告知で避難者に周知できる。イベント開催においても、その建物内か屋外の広場でも一か所で開催することができ、足の確保を心配することがない。しかし、片品村の場合は、宿泊施設が分散した為に、食事と寝床に関して宿泊施設が行うので、その心配をすることはなかったが、支援物資の配布、情報伝達、イベント開催などは人の手が必要となった。活動をはじめたころは、多くの支援物資が届いた。特に衣類関係が届いた。この衣類に関しては、村の文化センターで開梱作業、仕分けを行い、その場で展示配布を行った。しかしながら、その当時は情報伝達が旨く機能してないことやその場所へ行く手段が確立されなかったこともあり、全ての滞在者に支援の衣類が届けることができなかった。

この状態を少しでも解消できる活動をすることが、「片品むらんてぃあ」としての主な活動となった。その活動として、支援物資の配布、病院への送迎、ボランティアの登録手配、イベント開催申出者への会場手配・運営・送迎、常設交流施設「じぇじぇ・あがっせ」の運営、「じぇじぇ・あがっせ」への送迎「まいれー号」の運行などが主だった活動であった。

その活動の詳細を次の通り報告致します。


1.支援物資の配布

支援物資の配布は、村役場に届けられた物資の取扱いを行った。村の宿泊施設には、宿の馴染み客からの支援物資も多く届き、我々には把握できないが多くの衣類や食料品が届けられたようである。

食料品に関しては、届けられた翌日までには、各宿泊施設に配達を行った。

■衣類関係=冬用衣類、下着、靴、必要と想定された物が届いた。

子供達の服、冬用防寒衣類、タオル、下着などが必要とされた。

滞在者は、数日で帰宅できるとのことで避難した方ばかりなので尚更であった。

■食品関係=リンゴ・バナナグレープフルーツマドレーヌたい焼き・お茶・納豆・豆腐・肉・お米・日本酒・飲料水・お菓子類・麺類(カップラーメン・乾麺)・そば等などが届けられ た。支援物資で、特筆すべきは滞在者全員に靴の配布を行ったことである。提供者であるシューマートの社長が自ら片品村まで足を運び、我々の活動状況を理解した上でどのよう対応ができるか確認し、我々が滞在者の足のサイズと希望の靴を聞くことができると判断した上で、我々の注文通りそれらの靴を用意してくれたことは、多くの滞在者に喜ばれた。また、自分の名前を名乗らず群馬県和牛1頭分を提供してくれた方もあり、南相馬の方と宿泊施設の方々共々大変喜ばれた。


2.病院送迎

3月18日滞在開始の翌々日から病院への送迎がはじまった。連休中であったが片品診療所への送迎からスタートし、はじめの頃は薬を受け取ることが中心であったようだ。

送迎用の車は、村から提供を受けたインサイトで行い、村内のボランティアにより送迎をすることができた。また、宿泊施設側も自主的に病院への送迎を行っていた。特に戸倉地区や岩鞍地区ではその地区の避難者を対象に自主的に病院への送迎を行った。

その後、村からハイエースを4月13日1台、4月19日1台を追加提供を受けることが出来た為に、予約制で病院への送迎を実施した。この予約の受付は、健康管理センターが滞在者の健康も一括管理することとなった為に、健康管理センターが滞在者の健康状態を把握し、病院との連携を図る為にも、送迎予約を健康管理センターが受付をした。

4月中旬になると、村内のボランティアは本業の仕事が忙しくなり、病院の送迎もボランティアだけでは対応が不可能と判断し、南相馬からの避難者に声をかけ、病院への送迎をお願いすることにした。

この病院送迎は、沼田中央病院、沼田クリニック、沼田国立病院、皇海診療所へほぼ連日送迎作業を行い、「片品むらんてぃあ」の主な業務の一つとなる。


3.ボランティア登録

片品村南相馬から方々を受け入れたとの報道により、多くのボランティアからの問い合わせが連日続いた。ボランティア登録者は延べ村内92名、村外59名となった。

村内のボランティア登録、村内の場合は直接「片品むらんてぃあ」事務局に来局してもらい所定の用紙に記入登録をお願いし、その場で「片品むらんてぃあ」の写真付登録カードを渡した。活動する場合は、このカードを名札替わりに利用した。村外は、メールでのやり取りとなり、メールで登録してもらった。

登録者への連絡手段は、メーリングリストを利用して告知した。しかし、メーリングリストでの告知は、返信すると他の方へもその情報が流れる為に決して良い手段ではないと判断し、一斉メールに変更することにした。

ボランティア登録作業も、活動初期は重要な作業であるが時間を取られる作業でもあった。ボランティア登録者の特技、働ける活動日、住所等を把握し、登録者の希望により活動内容をあてはめることが必要であったこともあり、その把握に追われた。

活動初期は支援物資の仕分けや配布などが多くあり、ボランティア登録者以外にも文化センター直接来館し手伝いをしていただいた方も多かった。

活動の初期段階からも南相馬の方を歌やイベント、理容美容師、マッサージ師によるサービスを行い南相馬の方を元気づけたいと多くの方から問合せを受けた。即時可能な範囲で、イベントやサービスの実施の支援を行った。

しかし、活動初期は会場の手配や宿泊施設からの送迎の手配など、クリアすべき課題があった為に、イベント系のボランティアにはその場所を確保するまで、待機してもらった。

また、ボランティア希望者へ現状を理解してもらう為に、ブログを積極的に利用し、活動内容を告知し、来村前に片品村での避難生活の現状把握を求めた。


4.イベント開催申出者への会場手配・運営・送迎

活動初期は、イベント系のボランティアの申し出に対して、宿泊施設の皆さんには多大なる協力をいただき、会場の確保、送迎バスの手配等をお願いし実施した。

3月27日ザスパ草津より小学生を対象にした「ふれあい教室」、4月9日自衛隊演奏会など、活動初期のイベントであった。自衛隊演奏会は、岩鞍リゾートのレストランが満席になる程、多くの南相馬の方々がお越しになり、中には涙ながら演奏を聴き入っていた方もいた。また、宿泊場所近くでも宿泊施設関係者による自主的なイベントもあり、南相馬の方に少しでも楽しみながら滞在してもらいたいとの思いが村の中で広がった。その中に、花咲地域でのイベントで南相馬の方が三味線を演奏があった。その三味線が余りにも感動的だったこともあり、他の地域でもこの三味線演奏を聴いてもらいたいとの思いで、その演者にお願いし、各地域の宿泊施設に出向き演奏会を実施し、南相馬の方から評価を受けた。このような活動を通じて、イベント系のボランティアに積極的に活動してもらい南相馬の方を勇気づけることを目的に、ボランティア南相馬避難者が交流できる会場の必要性を痛感した。


5.交流施設「じぇじぇ・あがっせ」の設置・運営

片品村は、被災地内にある避難場所ではなく、被災地から遠方の避難場所であった為に、支援を受けるべき内容も、他の避難場所から比べると異なっていた。日々の生活は宿泊施設で寝食が提供される為に、生活面での不自由は無かった。その分多くの滞在者が、時間を余し、日々何をするかを考えなければならない程であった。多くの方は、山歩きや散歩を楽しんで日々を過ごしていたようである。また、宿泊施設の清掃や炊事の手伝いを行った方も多くいた。その半面、部屋から一歩も出ない生活をしている滞在者もいた。

滞在が長期となると、日々の潤いが必要であること、南相馬からの滞在者同士の交流、片品村民との交流、村外ボランティアとの交流などにより、滞在者が楽しめる場所の提供が必要であると判断した。そして、5月15日村の援助により、農協施設ピノキオ館を借用し常設交流施設会場として活用することが可能となった。

会場名を「じぇじぇ・あがっせ」、福島弁で「さあさあ、遠慮なくあがってください。」という意味の名称にした。この施設は二階建で、一階部分は憩いの場所、日々お茶やお菓子を無料で提供、支援物資の配布、南相馬の情報掲示、理容美容師・マッサージ師のサービス提供の場所として活用した。二階部分は、村外からのボランティアによるコンサートなどのイベント会場として活用することが出来た。

この常設会場を確保することが出来たことにより、今まで片品村の決断に共感し、村外から多くのイベント系ボランティアの申し出を保留にしていたことを一気に解決し、積極的にこちらからボランティアを呼ぶことが可能となり、多くのボランティア南相馬の方々の交流の場所として活用してもらった。

これらの活動により、南相馬の方×片品村民×村外ボランティア南相馬の方を元気にする」という目的が達成された。


6.「こころの箸袋」プロジェクト

滞在が長期に渡るにつれ、また、滞在者の人数が少なくなるにつれ、イベント系ボランティアがイベントを行っても参加人数も少なくなってきたこともあり、イベント的な非日常を楽しむ娯楽ではなく、日常的な生活の延長での作業を通じて避難者同士が集い、作業をしながら日常的な会話をする場所として活用すべきと判断し、作業場としての役割を「じぇじぇ・あがっせ」に付加した。

その作業をどうすべきか検討した。前提条件として、滞在した宿へのお礼となり喜んでいただけるようなものを作ること、手軽で男性でも女性でも作業が可能で、体力を必要としないことを前提とした。その結果、箸袋が最適と判断し実行に移した。

この箸袋は、宿で使ってもらうことにより、宿泊施設の品質向上の一助となり、片品村を象徴するような仕掛けを施し、南相馬の方が滞在し作成したという話題の提供、そして支援金の有効活用法として、作成者に対して報酬を支払い、避難者に収入を得ることができる喜びとなることを目的にした。この箸袋を「こころの箸袋」プロジェクトと命名し作成を開始した。

箸袋の紙等は、前橋の紙業者にお願いし、4万袋を作成する予定で順次発注した。箸袋に挟む葉っぱは、村の林で採取し、押し花用乾燥機で乾燥させた。作業に参加した方は概ね30名程度、「じぇじぇ・あがっせ」で折る人、宿泊施設に持ち帰り宿泊施設内の仲間と一緒に折る人など、宿泊施設への感謝の気持ちを表したいとの思いでこの活動に賛同いただいた。その結果、3万袋を8月下旬には作成することができ、箸袋を希望する宿泊施設に無償で配布した。

8月に入り、8月末日までに片品村の滞在者を帰宅するように促すか、別の場所に移動させる方針が決定されたこともあり、片品に避難中にこの作業に参加して感謝の気持ちを表したいとの南相馬の方が賛同し、参加者が増え、「じぇじぇ・あがっせ」に来場する目的にもなった。この作業を通じて、避難者同士の懇親の場を提供することができた。

支援を受けるだけではなく、自立しながら日常生活を楽しむこころを取り戻すことができたと思われる。


7.「まいれー号」の運行

点在する宿泊施設から「じぇじぇ・あがっせ」への送迎を目的に、村が手配したマイクロバスを利用し、村内の巡回バスを運行することにした。

南相馬の滞在者は、戸倉地区、岩鞍地区、東小川地区、花咲地区に分かれて滞在していたが、多くの方は戸倉と岩鞍に滞在していた為にこの場所を中心に運行した。

この試みを始めた5月23日の段階では、どの程度のニーズがあるか不安もあり1週間程度事前予約制で運行することにした。実際運行してみると満席で乗車できないという状況ではなく比較的スムーズに運行が可能であると判断し、1週間後の5月30日には定時運行をすることにした。

運行経路は2系統とし、戸倉地区系統と岩鞍系統を1日午前と午後の2往復で運行した。

「じぇじぇ・あがっせ」には、午前1時間程度、午後2時間程度留まることができるよう配慮し運行した。この運行は、南相馬の方の滞在人数により運行を変え、7月15日から運行経路を変更、8月15日は2系統から1系統で運行し、8月26日「じぇじぇ・あがっせ」での最後のイベント「あがっせ祭り」(お別れ会)で運行は終了した。


8.ボランティアから雇用

 3月18日受入れ開始から、村民の多くがボランティアとして活動をすること、少しでも被災した方々を支援したいとの思いでこの活動が始まった。

活動当初の予定では、1ヶ月を一つの区切りとして活動を開始し、村の方針としても1ヶ月を限度として受入れを表明し、それに賛同し活動していた。しかしながら、原発の問題により南相馬市から片品村に7月15日まで受入れ期間を延長してもらいたいとの要請があり、長期的支援をすることが決定された。これを受けて、「片品むらんてぃあ」の活動も長期的な活動をすることが求められた。しかし、ボランティアとして活動するには経済的にも限界もあり、中心メンバーである事務局メンバーも活動の限界が近づいていた。そのような状況を村役場が理解してくれたお陰で、4月1日より村役場より避難者支援の活動の委託を受ける契約で活動資金の提供を受けることができた。その経費としての内訳は、事務局員給与、交通費、通信費、事務経費等の経費を村から委託事業経費として使用することができた。また、長期的滞在を余儀なくされたことにより、避難者の雇用の確保も重要な課題となった。その課題を解決する為、村からの提案で県が用意した緊急雇用対策費用を活用し、避難者をボランティアでの活動依頼ではなく、職員として緊急雇用し、これらの活動の担い手となって貰うことにした。正式な雇用開始は5月16日、主な活動内容として、病院送迎車両、巡回車両の運転職員、「じぇじぇ・あがっせ」の運営職員、事務局員として採用した。この雇用により、安定的な避難者への支援サービス提供が可能となった。


9.活動経費と二つの名称に関して

「片品むらんてぃあ」を発足した時点で、村からは活動拠点である事務所、事務備品、その他事務局活動をするため消耗品などの現物支給を受けながら活動を開始した。

その後、村内・村外の個人や団体からも支援金の申し出があり受領した。ほぼ同時期に村からボランティア支援事務局の委託業務契約の申し出を受けた。

そこで議論となったことが、「片品むらんてぃあ」はボランティア組織として発足した為にその活動に対して、あくまでもボランティアとして活動を始めたのであるから、その精神を大切した活動をすべきで、専従事務局員が村から報酬を受けることに対しては、反対であるとの意見であった。しかしながら、受入れ期間が長期化することが予想され、専従事務局員の生活保障の問題を無視した活動をすることは不可能であり、避難者への支援活動を継続すること、途中で止めることはできないとの判断により、村からの事務局業務の委託を受ける事業者としての活動を行うこととした。

そして、「片品むらんてぃあ」はボランティア活動、避難者支援を直接行う時に使用する名称とした。一方、村からのボランティア支援事務局の受託事業者として、事務局員や運営スタッフの雇用主、事務局経費の支払者としての立場での名称は、「片品やるんてぃあ」と命名し、経費の支払いも区別し使用した。

「片品むらんてぃあ」

1.南相馬避難者へ直接支給した飲食や定期代など、公的な判断で経費として認めが

たい経費に関して、村内・村外の個人や団体からの支援金を活用した。

 「片品やるんてぃあ」

2.事務消耗品、交通費(燃料代)、職員給与など、比較的使用目的が公的に承認を受け

やすい経費に関しては、村からの委託金を利用した。


10.「片品むらんてぃあ」会計報告

「片品むらんてぃあ」の活動に多くの方々から支援金をいただき、その使用に関して概ね次の通り使用した。

  収入の部(支援金・バザー売上等)=2,165,525円

  支出の部=2,153,451円

  1)事務局経費(ボランティアへの飲食・軽食提供等)=243,287円

  2)生活支援経費(高校生の定期券代・定住者への支援金)=477,806円

  3)「じぇじぇ・あがっせ」運営経費=260,165円

  4)箸袋経費(材料費・報酬)=601,273円

  5)ハッピーレストラン関連経費=247,700円

  6)その他イベント経費=323,220円



まとめ

この度の「片品むらんてぃあ」の活動は、行政ができない避難者への支援活動を様々な形で行うことができた。それは、南相馬の人たちが片品村に滞在している間は気持ちよく過ごしてもらいたいとの思いからはじまり、その為にはどのような支援が必要か考え実施することができた。なぜ、実施できたかといえば、行政も含め、多くの方々から「片品むらんてぃあ」の活動に賛同し、人的、物的、金銭的に支援を受け、私達の裁量で活動ができたことが今回の活動の原動力となった。多くの方々に感謝申し上げます。

誠にありがとうございました。

2011-10-12

「片品むらんてぃあ」報告会のご案内

9月28日南相馬からの方が移動し、9月30日をもって、「片品むらんてぃあ」としての活動は終了しました。

3月18日から9月30日までの間、多くの皆様にご支援ご協力を賜り誠にありがとうございました。

「片品むらんてぃあ」を支えていただいた皆様へ「片品むらんてぃあ」の活動報告をさせていただきたいと存じます。




「片品むらんてぃあ」報告会

日時:10月19日(水)18:30〜20:00

会場:中央公民館2F 大会議室(元片品むらんてぃあ事務局)

2011-09-28

午後のひととき

29日朝、最後の1人となった南相馬からの方が娘さんが暮らす葉山に移動することになり、今日の午後お茶を飲みながら懇談をしました。

震災に遭った時、そして片品村避難してきた時、南相馬の人たちが大勢滞在していた時、あがっせでの出来事、片品村の自然の話など、6ヶ月間の思い出を語りながら楽しいひとときを過ごしました。

当面は葉山に暮らし、ゆくゆくは南相馬に戻られるとのこと、一日も早く元の生活に戻ることができるよう祈る限りです。

「片品むらんてぃあ」としての活動も、9月30日をもって終了することになりました。

3月18日の活動開始から9月30日まで、南相馬の方が片品村に滞在している間、些細な事はありましたが、みなさんが無事に帰宅、あるいは移動していただくことができました。

この6カ月間、私達の活動に多くの方から共感をいただき、お力添えをいただきました。

片品村の方々、群馬県の方々、全国各地からお越しいただいた方々、本当に感謝申し上げます。

皆様、ありがとうございました。

「片品むらんてぃあ」の活動報告会を10月中旬に開催し、このブログでも活動経緯を総括する予定です。

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