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2004-6-14 Monday 四ツ谷

[] “明日”という字を書くための予行演習 23:27

ヤヴァくて、だからドキドキするような世界を見せてくれたいくつかのBBS(≠掲示板システム)が閉鎖したとき、ぼくはそこで体感した数えきれないくらいの興奮とショックを、新しい人にきちんと伝えたいと思った。
舞台はWebに移ったけれど、新しい技術に出会うたび、相変わらずぼくはその興奮とショックに打ち震え、できるだけたくさん吸収しつつ、まだ見ぬ(言葉さえ交わしたことのない)同好の人々とそのヨロコビをわかちあいたいと思った。そして同時に、自分から新しい技術を提示できるようになりたいと思った。その技術で興奮とショックを与えたいと思った。

だからPCを軸のひとつとするメディアに関わっているのかもしれないんだけど、まあ、そんなことはどうでもいい。

以下はこの土日にヘラヘラしながら書いてたものだ。読み返すとただのアジテーションだけれど、基本的なスタンスは変わらない。いろんな思惑や行動原則があることは重々承知の上だが、だからこそ“誰のためのセキュリティ技術なのか”にもう一度立ち返って、そこから各自の声を響かせることが、響かせるための咽喉を鍛えることが、必要なんじゃないか。
いずれその声は共鳴しあって、新しい声をも呼び込むだろう。そして、もうひとつの“大声”を圧するだろう。

ぼくは楽観的にその日が来ることを信じている。

[][] だからどうした空は青いぞ 04:40

今の状況は、申し訳ないけど、王将と桂馬と香車、それに飛車だけで、あとは膨大な歩兵だけ。
王将が取られたらゲームはおしまい。そうなる前に、桂馬なり香車なりは金や銀になるよう、切磋琢磨すればいい。王将の結果だけをもってゆくのではなく、そのプロセスをも盗んでスキルを積んでゆかなければ、いつまでたっても飛車角の揃わない(機動力のない)隊列を組まなければならない。金と銀のいない孤独王将を戴かなければならない。
それじゃ勝てるゲームだって勝てやしない。
「おれは“歩”だから……」なんてのは、ただの言い訳。裏返れば立派な「金」じゃないか。当然みんながみんな金や銀になれるわけではないけれど、せめて桂馬や香車が積んできた研鑽の、1/1000くらいはトライしてみるというのはどうか。
コミュニティの行く末だのフィルタリングの効果測定*1だの、それもまあ、大事かもしれないけど、それ以上に盤上でプレイする主役の各コマがへたれていたのではお話にならない。各コマのボリュームが厚くならなければ、いつまで経っても“声のでかい奴”に牛耳られることになる。ひとり1コミュニティの気概で上を目指さないと、A.D.200Xが、Port139 MLが、影ペンギンが、すべて無駄になる。どころか、新しい人のモチベーションをも削ぐことになる。
英語が……」だの「書籍は高くて……」だの「環境が……」だの言い繕ってる場合じゃないことは、わかってるはずだ。フツーのWeb廻ってメール読み書きするだけで手一杯のユーザーは、もっとたくさんの王将と金と銀と角行飛車と、桂馬に香車に歩を必要としているのだ。彼らのために出来ることは、進んで死地に赴くことではなく、生きて層を厚くすることなんじゃないのか。

これからのセキュリティスタジアムは、マシン同士の戦いではない。自分自身との戦いなんだ。

[] 似ている 21:39

天気がよいので会社の仕事をほっぽり出し、日の出桟橋に赴く。途中『愛し君へ』(フジテレビ系)の巨大なカンバンを見かけて、菅野美穂の横顔が岩魚に似ていることを発見。見れば見るほどよく似ているのだが、おそらく目のギョロ度と口の角度およびバランスが岩魚を連想させたのだと思う。
拾ってきた番宣用イメージ写真は全然似てないんだよなあ。つか、カンちゃん、可愛いのに。

*1:事実誤認

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