NATROMの日記 RSSフィード Twitter

0000 | 01 | 02 | 03 | 04 |
0010 | 11 |
0011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 11 |
0012 | 04 | 05 | 06 | 07 | 09 | 10 | 11 | 12 |
0013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 11 |
0014 | 01 | 02 | 05 | 06 | 07 | 09 |
0015 | 05 | 06 | 09 |
0016 | 01 | 02 | 09 | 10 |
0017 | 01 | 03 | 05 |
2004 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 |
cover ■「ニセ医学」に騙されないために

 ホメオパシー、デトックス、千島学説、血液型ダイエット、ワクチン有害論、酵素栄養学、オーリングテストなどなど、「ニセ医学」についての本を書きました。あらかじめニセ医学の手口を知ることで被害防止を。

2017-05-17 受動喫煙による死亡者数はどうやって計算しているのか

[]受動喫煙による死亡者数はどうやって計算しているのか 受動喫煙による死亡者数はどうやって計算しているのかを含むブックマーク

日本において受動喫煙が原因で一年間に1万5000人が死亡しているとされている*1。もちろんこれは推定なので誤差を含む。しかし、おおよその数字としては正しい。こうした数字が話題になるたびに「どうやって計算したかわからない」という意見が出る。極端な場合には「1万5000人も受動喫煙が原因で死んでいるなんて嘘だ。統計の数字を操作したのだろう」という反応すらある。

1万5000人の根拠については厚生労働省のサイトにある(■全て表示|厚生労働科学研究成果データベース MHLW GRANTS SYSTEMの「受動喫煙と肺がんについての包括的評価および受動喫煙起因死亡数の推計」)。受動喫煙によるリスク増加が明らかな肺がん、虚血性心疾患、脳血管障害(脳卒中)、乳幼児突然死症候群SIDS)の4疾患について受動喫煙による死亡を計算し合算したものである。

具体的な数字で説明したほうがわかりやすいだろう。例として、日本人女性の家庭における受動喫煙が原因の肺がん死亡数を計算してみよう。細かい数字にこだわる必要はないので、大雑把にいく。大事なのは考え方。まず、日本人女性の肺がん死は年間あたり約2万人である。*2

f:id:NATROM:20170516150243j:image

日本人女性の肺がん死は年間に2万人。そのうち、どれぐらいが受動喫煙が原因なのだろうか?

この2万人の中には、能動喫煙が原因で肺がんになった人もいれば、受動喫煙が原因で肺がんになった人もいる。もちろん、他の原因で肺がんになった人もいる。受動喫煙を受けていても受動喫煙とは関係なく肺がんになった人もいるだろう(後述するが、むしろ割合としてはそういう人のほうが多い)。

まず、この2万人から能動喫煙者(自分がタバコを吸っている人)を除く。死亡診断書には喫煙歴は記載されないので、肺がん死亡者中の能動喫煙者の割合を正確に直接測定した数字はないが、一般集団の喫煙割合および能動喫煙による肺がん死の相対リスクから求めることができる。日本人女性の能動喫煙者割合はおおよそ10%である。日本人女性の10人に1人が喫煙者ということになる。また、日本人女性の能動喫煙による肺がん死の相対リスクは約2.8倍だ*3。言い換えると、タバコを吸っている日本人女性はタバコを吸っていない日本人女性と比較して、2.8倍肺がんで死にやすい。

能動喫煙者割合が10%ということは喫煙していない人の割合(非喫煙者割合)は100 -10=90%である。もし仮に、能動喫煙が肺がん死のリスクにならないなら、能動喫煙者が10人肺がんで亡くなるにつき、非喫煙者は90人亡くなる。実際には能動喫煙者は2.8倍肺がんで死にやすいので、能動喫煙者の肺がん死は10×2.8=28人である。肺がん死全体の中で能動喫煙者の割合は28÷( 90+28 )=23.7%である。

f:id:NATROM:20170516150240j:image

肺がん死全体における能動喫煙者の割合は?

肺がん死数は2万人なので、能動喫煙者は2万×23.7%≒4700人である。残りの1万5300人が非喫煙者である。ちなみにこの能動喫煙者の肺がん死4700人のうち約3000人が能動喫煙が原因の肺がん死で、残りの約1700人が能動喫煙が原因ではない肺がん死である*4

f:id:NATROM:20170516150242j:image

日本人女性の年間の肺がん死2万人のうち、非喫煙者は1万5300人である。

次に、非喫煙者の肺がん死1万5300人のうち受動喫煙が原因の割合を計算する。日本人女性の家庭における受動喫煙の暴露割合は約30%で、肺がん死の相対リスクは約1.3倍である*5。受動喫煙が肺がん死と無関係だった場合、受動喫煙を受けた集団から30人の肺がん死が発生するにつき、受動喫煙を受けていない集団からは70人の肺がん死が発生する。実際には相対リスクは1.3倍であるので受動喫煙者の肺がん死は30人ではなく30×1.3=39人である。

f:id:NATROM:20170516150239j:image

非喫煙者の肺がん死における受動喫煙が原因の肺がん死の割合は?

ここで大事なのは、受動喫煙者の肺がん死39人のうち受動喫煙が原因なのは9人だけであることだ。残りの30人は受動喫煙がなくても肺がんで亡くなった人である。たまに「受動喫煙を受けている肺がん死のすべてが受動喫煙が原因ではない」という主張がみられ、確かにその主張自体は正しいのだが、そんなことは十分にわかった上で受動喫煙による死亡者数は計算されている。

非喫煙者の肺がん死のうち、9÷( 70+30+9 )=8.3%が受動喫煙が原因である。非喫煙者の肺がん死は1万5300人なので、1万5300人×8.3%≒1300人が、家庭における受動喫煙が原因の肺がん死の数である。

f:id:NATROM:20170516150241j:image

日本人女性の非喫煙者の年間の肺がん死1万5300人のうち、家庭における受動喫煙が原因の肺がん死は1300人である。

ちなみに非喫煙者の肺がん死のうち受動喫煙者の数は5500人で、非受動喫煙者の数は9800人である。受動喫煙を受けた肺がん死5500人のうち受動喫煙が原因であったのは1300人で、割合で言えば約23%である。100-23=約77%の4200人は、受動喫煙を受けていても受動喫煙とは関係なく肺がんで死んだ人である。

受動喫煙は家庭のみならず職場でも起こる。同様の計算で職場における受動喫煙が原因の肺がん死数を計算できる。また、虚血性心疾患や脳血管障害や乳幼児突然死症候群についても同様に計算可能で、それぞれの数字を合算すると約1万5000人になる。この数字を疑うのは、数字の算出の根拠を知ってからでも遅くはないと思う。

最近、2015年の能動喫煙が原因での死亡数は世界全体で640万人であるというニュースがあった。もちろん、単純に喫煙者の死亡数が640万人というわけではない。基本的には上記したような方法で計算されている。「■ピロリ菌は胃がんの原因の何%か?」で論じたのも同じ方法による。ポイントは、ある集団における暴露割合と相対リスクから、その暴露が原因でおこった疾病の割合が計算できることである。



関連記事

■「集団寄与危険割合」って何?疫学指標まとめ。

■「タバコを吸うとガンになる可能性は3分の1以下になる!」。何が何だか分からないよ!

■病院に喫煙ルームはあっていい

*1http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000130674.pdf

*2:平成26年(2014年)の日本人女性の気管、気管支及び肺の悪性新生物による死亡者数2万0891人

*3:元の報告書では喫煙割合10.7%、相対リスク2.79倍だが計算しやすいよう丸めた。どうせ誤差があるから細かい数字はさほど重要ではなく「だいたいこれぐらい」という相場観が大事

*4:能動喫煙者の中にも受動喫煙が原因で死亡した人はきっといるだろうと思うが、それは受動喫煙による死亡者数にカウントされていない

*5:元の報告書では非喫煙者における受動喫煙曝露割合が31.1%、非喫煙者における受動喫煙相対リスクが1.28倍

ポンプポンプ 2017/05/19 18:47 記事から外れた質問ですが、昔より肺がん死が多くなった原因の一つに、CT等の普及があり、昔では見逃されてた微細な肺がんも発見されるようになり、これまで死因が不明だったものが肺がん死とカウントされるようになったということを聞いたことがあります。
CT等でやっと発見できるような微細ながんが死因になることはあるのでしょうか?

NATROMNATROM 2017/05/20 09:05 ポンプさん、コメントありがとうございました。肺がん死の増加については、CTなどの検査機器の普及や性能向上による影響は、ゼロではないけれどもかなり小さいのではないかと考えます。

CT等でやっと発見できるような微細ながんが死因になることはあります。しかしながらそのようながんは、もしCTがなかったとしても、死因となるころには増大しており単純レントゲンなどのCT以外の検査でも診断がつくでしょう。よって、最終的な「肺がんによる死亡」の数にはあまり影響しません。

肺がん死亡者数ではなく「肺がんの罹患数(発症数)」は、CTの普及の影響を受けます。がんの増大が遅く、がんが死因になる前に別の病気で亡くなったりする場合でも、CTがあれば先取りして診断され肺がんの罹患にカウントされるからです。CTがなければ肺がんに気づかれないまま別の病気で亡くなったであろう人の分だけ肺がんの罹患数は増えます。

その極端な事例が韓国の甲状腺がんです(検査機器の普及や性能向上というより、検診の普及によりますが)。罹患率は激増したものの死亡率はほとんど変わっていません( http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20150630#p1 )。肺がんもここまで極端ではありませんが、同じことが起こりえます。

ポンプポンプ 2017/05/23 16:55 NATROMさん、詳しい解説ありがとうございました。

アイアンアイアン 2017/05/23 22:22 アイアンです。はじめまして。NATROMさんBLOGを定期的に読ませていただいては、勉強させてもらっています。いつも勉強になる記事を書いていただき、心から感謝しています。実は、最近、私の身近な人がバイオレゾナンスという医療で治療受けているようです。

http://www.bio-resonance.jp/about.html

聞いた話では、固有振動数を測定することで病気の原因を突き止めたり、治療方法を提案したりしているようです。

https://bioresonance-hawaii.jimdo.com/%EF%BE%8A%EF%BE%9E%EF%BD%B2%EF%BD%B5%EF%BE%9A%EF%BD%BF%EF%BE%9E%EF%BE%85%EF%BE%9D%EF%BD%BD%E3%81%A8%E3%81%AF/

原核細胞だろうと真核細胞だろうと、似たような組成であり、固有振動数を測定することで病気に関する何かがわかることはないと私は思います。私は「ニセ医学」だと思うのですが、一度専門家の意見を聞いてみたいと思い、コメントしました。

よろしくお願いします。

sokonoke2008sokonoke2008 2017/05/24 20:23 こんにちは。
この15,000人というのは 今の時代の受動喫煙環境下で発生する死亡数(推計)ではないですよね。
職場や家庭のみならず、病院や学校、電車やバスなどなど、その当時とは比べ物にならないほど受動喫煙対策が施された現在の環境下ですと、いったいどれくらいの人が受動喫煙で亡くなるのでしょうか。
やはり15,0000人が死亡するのでしょうか。
昨今「受動喫煙で15,000人死んでしまうから、受動喫煙の防止を強化しなければならない」のような論調をちょくちょく目にするので疑問に感じ質問しました。

NATROMNATROM 2017/05/24 22:15 アイアンさん、コメントありがとうございました。

ご呈示のリンク先を拝見するに、バイオレゾナンスはニセ医学だと思います。「参加者の声・事例紹介」はあるけれども、文献の紹介は見当たりません。「波動」や「生命エネルギー」はニセ科学で使われる典型的な用語です。

どのような医療かは詳細はわかりませんが、明らかに有害というものではなさそうです。お金だけかかってあとはせいぜいプラセボ効果、といったところだと思います。

NATROMNATROM 2017/05/24 22:36 sokonoke2008さん、コメントありがとうございました。

受動喫煙の暴露割合は2001年〜2008年のデータを用いています。現在は「当時とは比べ物にならないほど」ではないとは言え、受動喫煙の状況は改善されつつありますので、幸いなことに、ご指摘の通り将来は受動喫煙による死亡数は減少すると思います。

「今の時代の受動喫煙環境下で発生する死亡数」は、現在の暴露割合と将来の肺がんそのほかの受動喫煙関連疾患による死亡数がわかれば、同様に計算可能です。現在の暴露割合は測定できますが、将来の死亡数は推定になりますので、受動喫煙による将来の死亡者数も推定しかできません。少なくても数千人ぐらいではないかと思います。

ついでに言えば、1万5000人というのは「肺がん、虚血性心疾患、脳血管障害(脳卒中)、乳幼児突然死症候群(SIDS)の4疾患」のみについてですので、受動喫煙がリスクになる疾患が新たに判明すれば、受動喫煙による死亡者数は増えることもありえます(正確には、これまで受動喫煙が原因で亡くなったのに死亡者数にカウントされていなかった分がカウントされるようになる)。

sokonoke2008sokonoke2008 2017/05/25 07:41 NATROMさん
>受動喫煙の暴露割合は2001年〜2008年のデータを用いています。現在は「当時とは比べ物にならないほど」ではない

お答えありがとうございます。
なるほど、2001年以前にタバコ煙暴露に遭ってない人を抽出し、2001年〜2008年の間 調査が行われたというわけですね?

NATROMNATROM 2017/05/25 08:03 >なるほど、2001年以前にタバコ煙暴露に遭ってない人を抽出し、2001年〜2008年の間 調査が行われたというわけですね?

違います。2001年〜2008年の時点で受動喫煙の暴露を受けている人の割合を使って、全人口中の受動喫煙による死亡者の割合(人口寄与危険割合)を計算したんです。詳細は

たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究
http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201508017A

の「受動喫煙と肺がんについての包括的評価および受動喫煙起因死亡数の推計」をご参照ください。

sokonoke2008sokonoke2008 2017/05/25 19:30 >違います。2001年〜2008年の時点で受動喫煙の暴露を受けている人の割合を使って、全人口中の受動喫煙による死亡者の割合(人口寄与危険割合)を計算したんです。

え〜と、つまりこれは↓
―――――――――――――
・NATROMさん>
現在は「当時とは比べ物にならないほど」ではないとは言え、
―――――――――――――
↑『現在は「当時とは比べ物にならないほど」で “ある”とは言え』の誤記だったのでしょうか。

乳幼児突然死症候群(SIDS)についてはともかく、肺がん、虚血性心疾患、脳血管障害(脳卒中)の死亡についてはそのほとんどが80歳前後。
2014年の人口動態死亡数ということは、その数字は現在のようなぬるま湯ではない、男性喫煙率80%超え、職場でも家庭でも飲食店でも 受動喫煙の概念なんてもんは無かった そのきつく過酷な時代を 現役バリバリで生き抜いてきてきた人たち、その人の受動喫煙による死亡が15,000人という推計だと思うのですが、違うのでしょうか。

NATROMNATROM 2017/05/25 20:01 sokonoke2008さん、コメントありがとうございました。


>↑『現在は「当時とは比べ物にならないほど」で “ある”とは言え』の誤記だったのでしょうか。

いいえ。『「当時とは比べ物にならないほど」ではない』で正しいです。


>乳幼児突然死症候群(SIDS)についてはともかく、肺がん、虚血性心疾患、脳血管障害(脳卒中)の死亡についてはそのほとんどが80歳前後。
>2014年の人口動態死亡数ということは、その数字は現在のようなぬるま湯ではない、男性喫煙率80%超え、職場でも家庭でも飲食店でも 受動喫煙の概念なんてもんは無かった そのきつく過酷な時代を 現役バリバリで生き抜いてきてきた人たち、その人の受動喫煙による死亡が15,000人という推計だと思うのですが、違うのでしょうか。

違います。「昔のほうが受動喫煙はひどかったんだ」という意見を容れれば、15,000人というのは控えめな数字ということになります。順番にご説明いたします。


(1)2001年〜2008年の時点で受動喫煙の暴露を受けている人の割合を使って計算すると15000人という数字になる。

このエントリーでご説明した通りです。


(2)しかしながら、今現在、肺がんや虚血性心疾患や脳血管障害で死亡している人たちは、2001年〜2008年における調査の数字よりもよりもずっと多くの受動喫煙を受けていていたはずである。

sokonoke2008さんの主張です。私もその通りだと思います。


(3)2001年〜2008年の数字ではなく、より昔の「職場でも家庭でも飲食店でも 受動喫煙の概念なんてもんは無かったそのきつく過酷な時代」の受動喫煙割合で計算すると、15000人よりも高い数字になる。

これはお分かりでしょうか。計算の過程はこのエントリーでご説明していますので、より昔の受動喫煙割合の数字が見つかれば、計算できるでしょう。

厚生労働省研究班は、2001年〜2008年よりも昔の「過酷な時代」の数字(30-40年ぐらい前?)を使えば、もっと受動喫煙による死亡数を増やせたのですが、あまりにも昔の数字を使うと現在の受動喫煙の状況との乖離が大きくなりすぎるので、過小評価するおそれがあっても比較的最近の数字を使ったのでしょう。「ちょっと手加減した計算ですら15000人も死んでるんだぜ」という感じでしょうか。

sokonoke2008さんによる(2)の主張が正しいとしても、現在の受動喫煙状況から生じる死亡数は15000人とそれほど変わらないのです。

アイアンアイアン 2017/05/25 20:02 NATROMさん、ありがとうございます。
返信頂けて本当に嬉しかったです。

私自身「大人は子どもへの見本の一つでありたい」と考え、「なるべく間違いは少ないように」「わからないことは調べて論理的・批判的に判断するように」「人に対して誠意をもって接しよう」と振舞うようにしているのですが、あのような団体が子どもの教育に及ぼす影響はどんなものかとも心配してしまいます。

2017-04-21 「子宮頸がん予防ワクチン?おやめになったほうがいい」?

[]「子宮頸がん予防ワクチン?おやめになったほうがいい」のファクトチェック 「子宮頸がん予防ワクチン?おやめになったほうがいい」のファクトチェックを含むブックマーク

もしあなたががんにかかり、手術を受けることになったとしましょう。現在の日本では、ほとんどの場合、手術のメリットとデメリットは何か、あるいは手術を受けなかったらどうなるのか、医師から説明があります*1。これから受ける医療についての情報を提供されて(インフォーム)、その医療を受けることに同意(コンセント)するか、あるいは受けないかは、患者さんが決めます。医師が決めるのではありません。「インフォームド・コンセント」という言葉はすでに広く知られています。

手術に限らずあらゆる医療について、正確な情報が提供された上で、患者さんが医療を受けるかどうかを決めるのが理想です。ワクチン接種についてもです。もし提供された情報が不正確であれば、たとえ患者さんが同意し、書類にサインしていたとしても、その同意は無効です。患者さんの意思決定の助けになるよう、医療者はできるだけ正確な情報を提供するように努力しなければなりません。診察室内で患者さんにご説明するときはもちろんのこと、マスコミ等を通じて広く情報を発信するときもです。

さて、YAHOO!ニュースに■子宮頸がん予防ワクチン?おやめになったほうがいい (デイリースポーツ) - Yahoo!ニュースという記事が掲載されました。子宮頸がん予防ワクチンについての質問に対し、芦屋市・松本クリニック院長である松本浩彦氏が答えるという形式です。しかしながら、事実誤認、あるいは誤解を招きやすい部分があります。まず、松本浩彦氏の主張を引用し、論点をわけてご説明します。

日本で子宮頸がんを予防するために、このワクチンが果たす役割は高くありません。サーバリックスは、高リスクに子宮頸がんを引き起こすとされる15種類のHPV(ヒトパピローマウイルス)のうち16型と18型のHPVに対して予防効果が認められています。ところが実際には高リスクHPVのうち、日本では52型と58型のHPVが高危険型であって、18型は自然治癒することも多く、小学生にまでサーバリックスの集団接種を勧奨する意義はありません。

また最新の研究でガーダシルは子宮頸がんの発生リスクを逆に45%増加させるという報告もあります。ゆえに「子宮頸がんワクチンは、無益であるばかりか有害である」として言い過ぎではないでしょう。



日本の子宮頸がん症例において16型もしくは18型が検出される割合は50%以上である

HPVワクチン(いわゆる子宮頸がんワクチン)が果たす役割が高いか低いかは、個々の医師によって判断が異なってくることもあるでしょう。なので、ここでは問題にしません。問題にするのは、日本において現行のHPVワクチンがカバーするタイプの16型と18型のHPVが子宮頸がんに寄与する割合がどれくらいか、という点です。日本の子宮頸がんの症例において検出される16型および18型を合わせた割合は、報告によって差がありますが、おおむね50-70%です。16型が多く40%台、18型が数%〜約20%といったところです*2。52型および58型のHPVも子宮頸がん症例から検出されていますが、どちらも数%です。

「それぞれ数%だとしても、52型および58型のHPVも高危険型であることには変わりない」と言い訳できなくもありませんが、日本人においてワクチンがカバーできる高危険型のウイルスの割合(50-70%)を述べず、それぞれ数%ほどしか検出されていない52型および58型についてのみ言及するのは、適切な情報提供と言えるでしょうか。



ほかのタイプのHPVと比較して18型のHPVが自然治癒しやすいとは言えず、むしろ子宮頸がんに進展するリスクは高い

なぜ16型および18型のタイプのHPVをワクチンがカバーしているのでしょうか。それは、ワクチンを開発するときに、まず病原性の高いタイプから選んだからです。ワクチンに詳しくない方でも、もし本当に「18型が自然治癒することが多い」のであれば、ワクチンの対象に18型は選ばれなかったはずだろうと推測ぐらいはでるでしょう。

実際には、ほかのタイプのHPVと比較して18型のHPVが自然治癒しやすいとは言えません。日本のデータでもそうです*3。子宮頸がんは、まずHPVの持続感染が起こり、前がん病変*4を経て、浸潤子宮頸がんに進展します。前がん病変の段階では、52型および58型と比較して18型の割合は少ないです。ところが、子宮頸がん患者においては52型および58型よりも18型が多くなります。これは、52型および58型と比較して、18型の感染が自然治癒しにくく、あるいは、より早く子宮頸がんに進展することを示しています。



HPVワクチンが子宮頸がんの発生リスクを増加させるという「最新」の報告はおそらく存在しない

HPVワクチンが子宮頸がんの発症を抑制したという直接のデータはまだありません。直接のデータで示されたのは、ワクチンでカバーされたタイプのHPVの感染を抑制する、あるいは、前がん病変を抑制するというところまでです。HPV感染や前がん病変の減少はそれだけで利益となりますし*5、将来の子宮頸がんの発症を抑制することを強く示唆すると私は考えます。ただ、そう考えない医師がいてもいいとは思います。これは価値観や解釈の問題ですので、ここでは扱いません。

しかし、ガーダシルは子宮頸がんの発生リスクを増加させるという最新の研究が存在するかどうかについては、価値観や解釈ではなく、事実に関する問題です。松本浩彦氏は「最新の研究」の文献情報をまったく提示していません。可能性だけを言うならば、私が知らないだけでそのような研究があるのかもしれませんが、かなりの確度でそうではなく、HPVワクチンが子宮頸がんの発生リスクを増加させるという最新の報告は存在しないと私は考えます。

HPVワクチンが子宮頸がんの発症を抑制したという直接のデータが存在しないのは、HPVワクチンが使用されてからまだ十分に時間が経っていないからです*6。ならば「逆に増加させた」というデータもまだないはずです。それに、仮にそのような「最新の」データが存在するとしたら、専門家やHPVワクチンに反対する人たちの間でまったく話題にならないのは不自然です。

「ガーダシル」および「45%増加」というキーワードから、松本浩彦氏がどの研究を想定していたのか推測はできます。「最新」ではなく少なくとも2006年以前に、「子宮頸がんの発生リスク」ではなく前がん病変において、リスクが44.6%増えるという報告ならあります。それも、統計学的に有意な差ではなく、かつ、対象がすでにHPVに感染歴のある女性という一般的なワクチン接種対象者とは異なる集団です。詳細については、『うさうさメモ』の■「HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)の嘘」の検証(1)HPVワクチンは前がん病変のリスクを44.6%増やすのか? - うさうさメモを参照してください。

インフォームド・コンセントでは正しい情報が提供されるべきです。もちろん、ありとあらゆる情報をすべて提供するのは不可能ですので、ある程度ポイントは絞らなければなりません。しかしながら、相対的に重要性の低い情報のみ提示したり、古くて無関係の情報をさも「最新の研究」だと偽って紹介することは、きわめて不適切であると、私は考えます。



関連記事

■「個々の症状ごとに比べても意味がない」という批判の解説

■「HPVは子宮頸癌の原因ではない」というトンデモ説

*1:説明が不十分でときにトラブルになることはあります

*2http://www.mhlw.go.jp/stf2/shingi2/2r9852000000bx23-att/2r9852000000byb3.pdf , https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25156680

*3https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25156680

*4:子宮頸部上皮内腫瘍, CIN:Cervical Intraepithelial Neoplasia

*5:HPV-DNA併用検診を受けるならHPVが陰性だと検診間隔を空けることができるし、前がん病変が減れば円錐切除といった侵襲性のある介入も減る

*6:とくに臨床試験の参加者はより手厚いフォローアップを受けるので、子宮頸がんの発症数が少なくなり、差が検出しづらくなる。HPVワクチンによる子宮頸がん発症の抑制の最初の報告は観察研究によるのではないかと個人的には考えている

放置医放置医 2017/04/21 13:31 デマゴーグとデマを垂れ流すマスゴミによって死者が増えるのは100%確実ですが、「逆に45%増加させる」って酷いデマですね。「デイリースポーツのデタラメ記事に対して産婦人科専門医会は抗議します」とかできないですかね。考えてみれば自分の専門領域に関してもゴミクズに対していちいち反応してられないのが実情ですが・・・。(日常の臨床では、機会あるごとに新聞・週刊誌などはデタラメが多ので買ったり真に受けるのはお金と時間の無駄と患者さんにお話ししています。)

過剰診断訴訟の組織化過剰診断訴訟の組織化 2017/04/29 01:39 大阪大学の方に、過剰診断の被害があることを喧伝している人がいるようです。過剰診断の被害を受けた人達が本当にいるのなら、過剰診断訴訟を組織化して、過剰診断の被害者の救済をしたら良いのではありませんか?

NATROMNATROM 2017/04/29 10:10 がん検診に過剰診断が伴うのは不可避ですので、過剰診断訴訟については行う意味がありません。過剰診断訴訟の組織化さんが陥っているような誤解はよくみられます。そうした誤解はどうやったら解けるのは、日々考えています。

2017-04-13 内閣府チームによる研究開発プログラムの一つがニセ科学だった

[][]内閣府チームによる研究開発プログラムの一つがニセ科学だった 内閣府チームによる研究開発プログラムの一つがニセ科学だったを含むブックマーク

内閣府チームによる研究開発プログラムにおいて科学的手法に問題があったことが日本経済新聞のサイトに掲載された(日経産業新聞4月12日付)。



■内閣府チーム、仮説段階の研究を表彰  :日本経済新聞

 「このコンテストから新しい企業の研究の種を育てたい」。ImPACTの山川義徳プログラムマネージャー(PM)は2月、都内のシンポジウムで力を込めた。壇上に上がった新田ゼラチンや日本アロマ環境協会などの代表者に賞状を送り成果をたたえた。

 コンテストの狙いは脳の健康に効果のありそうな食べ物や生活習慣などを見つけることだ。企業などからアイデアを募り、山川PMらが開発した脳活動の指標をもとに、アイデアを試した時の脳の変化を測る。脳の健康に効果のありそうなものを表彰するという内容だ。今回が2回目でコラーゲンペプチドの摂取、ラベンダーのアロマハンドマッサージが表彰された。

 山川PMらは1月には、製菓大手の明治と高カカオチョコレートの脳活動への影響を発表。発表文には「脳の若返り効果の可能性がみえた」とする文言が並んだが、実際には科学的な効果を探るのはこれからという段階だった。

 そもそもこのコンテストには問題がある。実際の測定方法が科学的な常識に沿っていないことだ。例えば薬の効果を示す際は、飲んだ人と飲まなかった人の効果を比較する。飲まない人のような比較対照群がいるわけだ。コンテストにはこれがなく、飲んだ人の前後の変化だけをみている。これでは効果を科学的に示したことにはならない。



山川PMの公式サイトを含めて情報を収集したが、現時点では研究開発プログラム『脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現』には大きな問題があると考える。ニセ科学と言っていい。

既に記事で指摘されているが、比較対照をおかず前後比較でもって「脳の健康に効果」があるかどうかを評価するのは不適切である。予備的な研究ではやむを得ず適切な対照群を得られない場合もあるが、今回はそのような言い訳は成立しない。記事によれば「できるだけ多くの企業に参加してもらうことを優先し、比較対照群をおかなかった」とのことであるが、参加企業を半分にしてその代わりに対照群をおけばよかっただけの話である。

しかしながら、問題点は適切な対照群をおかなかったことに留まらない。前後比較ではなく、参加者の数を十分に確保し、適切にランダム化し、二重盲検下で同様のコンテストを行っていたとしても、得られる科学的な知見は乏しかった。測定される結果(アウトカム)の意義が不明だからである。



「山川PMらが開発した脳活動の指標」とは何か?

このコンテストでは「脳の健康に効果のありそうな食べ物や生活習慣などを見つける」ために「山川PMらが開発した脳活動の指標」が測定された。コラーゲンペプチドの摂取やアロマハンドマッサージを受ける前後で「脳活動の指標」を測定し、その数値が改善したら「脳の健康に効果がありそう」と判断するわけである。では具体的には何を測定しているのか。

山川PMの公式サイト*1によると「脳画像から脳の健康状態を示すBHQ(Brain Healthcare Quotient)という指標」を測定している。BHQには「大脳皮質の量を指標化したGM-BHQと、神経線維の質を指標化したFA-BHQ」があり、前者は「様々な学習に対する頭の柔軟性」を、後者は「脳における情報の伝達効率」を示しているそうである。ところが、その根拠が示されていない。唯一関係のありそうなのは、「約150人分の脳情報を解析し、全体的には年齢が高いほどBHQが低下する傾向がある」というグラフのみである。


f:id:NATROM:20170413114826j:image

年齢が高いほどBHQ(「山川PMらが開発した脳活動の指標」)が低下する傾向はあるが、BHQが脳の状態のよさを表す指標として適切であるかどうかはわからない


「これは年齢による脳の衰えを反映していると考えられ、BHQが脳の状態のよさを表す指標として適切であることを示していると考えています」とあるがそのような結論は導けない。加齢とともに下がるのはBHQの測定値や脳の機能以外にもいくらでもある。最低でも「様々な学習に対する頭の柔軟性」「脳における情報の伝達効率」を認知機能テストなど別の方法で評価した上で、BHQの測定値との関係を示さなければならない。現時点では、何らかの介入(たとえばコラーゲンペプチドの摂取)がBHQを改善させることが証明されたとしても「脳の健康に効果がありそう」とは言えない。何がBHQを改善させるのかを探すよりもまず、BHQが脳の健康状態の指標として有用かどうかを検証するのが先である。



成果が適切な形で発表されておらず検証できない

そもそも、具体的にBHQがどのような方法で算出されているのかがわからない。公式サイトは必ずしも専門家だけが見るものではないので、詳細な情報を載せていないのは理解できるが、論文で材料と方法・結果等を発表し、サイトには文献情報を記載すればいいだけである。だが、私が探した範囲内では文献情報の記載は見つからなかった。

それどころか、Pubmedや医中誌といった医学論文検索サイトにおいて、BHQあるいはBrain Healthcare Quotientというキーワードで検索しても、該当する論文は一つも見つからない。もちろん臨床試験登録もなされていない。医学分野に限れば、「山川PMらが開発した脳活動の指標」であるBHQの価値は水素水やホメオパシー以下である。もしかしたら、私が得意としない分野(情報科学など)で論文が発表されているかもしれないので、読者の中でご存知の方がいらっしゃればご教示いただきたい*2

コンテストは今回が2回目で、2015年に1回目の「公募型BHQチャレンジ」が行われている*3。前後比較で「オフィスストレッチ」がFA-BHQを有意に増加させたとあるが、その詳細がわからない*4。検索すればいくつかの画像は見つかるが、学会発表のレベルにも達していない。

科学の特徴の一つが相互検証である。第三者が検証可能な形で発表するからこそ批判もできる。この研究開発プログラムは、コラーゲンやアロマテラピーだからとか、適切な対照群をおいていないからとかではなく、もっと根本的なところで科学的な常識に沿っていない。



関連記事

■ホメオパシーに予算を割くべきか

*1http://www.jst.go.jp/impact/hp_yamakawa/index.html

*2:他分野において論文が発表されているとしても、脳の健康状態に関する論文であるから医学分野の専門家が検証可能な形で発表すべきであるし、文献情報を公式サイトに記載するべきである

*3https://www.atpress.ne.jp/releases/122654/att_122654_2.pdf

*4:というか、見込みのありそうなのがせっかく見つかったんだから、次は「オフィスストレッチ」対「対照群」の比較をすべきだろう

sumiisumii 2017/04/14 00:59 「情報科学」でもそのような論文は私が探した限り発見できませんでしたが、そもそもどうして「情報科学」なのでしょうか…?

NATROMNATROM 2017/04/14 08:36 sumiiさん、コメントありがとうございました。
山川PMのご専門の一つが情報学のようです。プロフィールによれば「2008年〜2010年 京都大学大学院情報学研究科GCOE助教」。

sumiisumii 2017/04/14 10:44 ご返信ありがとうございます。「サービス・イノベーション及びニューロエコノミクスに関する研究・教育に従事」とあるので、狭義の情報科学というより、非常に広義の情報学(実質的には経営学)のように思われます。お邪魔して失礼しました。

NATROMNATROM 2017/04/14 13:21 なるほど、ありがとうございました。今度は「経営学」にお詳しい方からの情報待ちですね。あるいは「人間・環境学」。

NATROMNATROM 2017/04/14 14:36 それにしても、山川氏はいったいなぜ、これほどの予算規模のプログラム・マネージャーになれたのでしょうか。選考過程の記録はやっぱり破棄されていたりするんでしょうかね。

通りすがり通りすがり 2017/04/15 21:12 目新しくはなくてもちゃんとした研究をしている人たちの予算が削られ,こーいうのに回されていることを,気にしない役人ばかりで絶望する.

yaya 2017/04/17 11:32 ソーカル事件みたいに社会実験してるんじゃないのかしら

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20170413

2017-03-17 福島県の甲状腺がん検診の2巡目の数字から言えることと言えないこと

[]福島県の甲状腺がん検診の2巡目の数字から言えることと言えないこと 福島県の甲状腺がん検診の2巡目の数字から言えることと言えないことを含むブックマーク

福島県の甲状腺がん検診において、2巡目で50人を超えるがんあるいは疑い例が見つかった。これらの例は1巡目(先行調査)ではがんは指摘されていない。「たったの2年間で50人以上もの新たながんが発症しているのであるから明らかに被曝による多発である」という主張がなされているが、そうは言えない。

たとえば、津田敏秀氏は、2巡目のがん検診を受けた236595人中がんの発症が51人(216人/100万人)を、全国平均発症率から推定した有病割合5人/100万人×2年=10人/100万人と比較して、22倍の多発だと主張している*1。過剰診断がゼロであるならば、この計算は正しい。津田氏の主張をまとめると「過剰診断がゼロだと仮定すると甲状腺がんは多発している」になるが、そんなことは計算なんてしなくても自明である。過剰診断がどれぐらいの割合なのか不明なので苦労しているのだ。

仮に、検診で発見可能な甲状腺がんのうち、将来症状を呈するがん1につき過剰診断が21であったとしたら、被曝の影響がなくても「22倍の多発」という数字は説明可能である*2。しかし、検診で発見された小児の甲状腺がんにおいて、過剰診断がどれぐらいの割合で含まれるのかはわかっていない。よって、2巡目の数字だけでは、過剰診断なのか、それとも被曝による多発なのかはわからない。過剰診断がゼロでほぼ被曝による多発のみ*3を観察しているのかもしれないし、被曝による多発はゼロで過剰診断*4を観察しているのかもしれない。あるいはその混合(半分が被曝による多発で、半分が被曝と無関係の過剰診断+狭義のスクリーニング効果、など)かもしれない。

成人においては、検診で発見された甲状腺がんの大半が過剰診断であることはわかっている。韓国では死亡率が不変である一方で甲状腺がんの罹患率は15倍に増えた。単純計算で有症状もしくはいずれ症状を呈する甲状腺がん1に対し過剰診断14と推測できる*5。しかも、甲状腺がん検診を受けたのはせいぜい成人の10-20%であるため、福島県調査のように高い検診受診割合だと過剰診断の割合はさらに高くなる。ただし、成人と小児は異なる可能性があるので、これは参考情報に過ぎない。言えるのはせいぜい、小児においても検診で発見された甲状腺がんの多くが過剰診断であっておかしくない、程度である。

被曝による多発の有無を検討するには、2巡目の数字以外の情報も必要である。そうした情報を総合すると、現時点では、津田氏が主張するほどの多発はないと考える。理由はいくつかあるが、たとえば、福島県内の地域間で罹患率に有意差がない。むろん、有意差がないことは差がない証明ではない。しかし、被曝によって何十倍もの多発が起こっているのに地域差が検出できないというのはきわめて考えにくい。自然発症に埋もれて有意差が見えにくくなっている程度の多発なら地域間比較だけでは否定できない。

また、「検査で検出される大きさに成長してから、その後もがんが成長し続け、病院に行くほどの自覚症状が出る(発症する)のが平均して4年」(診断可能前臨床期)、かつ、被曝によって数十倍もの多発があるならば、原発事故から6年経った現時点で、それなりの数の発症した有症状の小児甲状腺がん患者が観察できるはずである。検診を受けて治療介入されれば発症をまぬがれるとしても、福島県の検診受診割合は75-90%であり検診を受けていない人たちもいる。検診群から160人以上もがんが発見されているので、検診を受けていない割合を少なく10%と見積もっても福島県内だけで20人弱程度は検診外での有症状の甲状腺がんがあるはずだ*6。福島県外も含めるともっといる。しかし、そういう話は聞こえてこない。これは、「診断可能前臨床期は4年間」および「多発が数十倍」という推定のどちらかもしくは両方が誤りであることを示唆している。

現時点でのデータでは被曝による多発があるとは言えないが、将来にわたってそうだとは限らない。今後、症例数を重ねると福島県内での地域差が明瞭になってくるかもしれない。あるいは、診断可能前臨床期が4年ではなく10年ぐらいであり、今から検診外の発症が観察されるようになるかもしれない。注意深い観察を続けるべきである*7。また、被曝による影響が証明できなくても、甲状腺がん患者には十分な補償が必要である。



関連記事

■「過剰診断」とは何か

■韓国における甲状腺がんの過剰診断

*1http://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20160719post-683.html

*2:診断可能前臨床期が4年間だとして。これも推定だから厳密な定量的な考察にあまり意味があるとは思えない

*3:22分の1は被曝と無関係の「前倒し」(狭義のスクリーニング効果)

*4:および「前倒し(狭義のスクリーニング効果)」

*5:統計上の罹患率には症状を呈してから診断された例を含むので、「検診で発見された甲状腺がん」のうちの過剰診断の割合はもっと高くなる

*6:160÷9≒17.8

*7:検診を推奨しているわけではない。甲状腺がん検診は無効である蓋然性がきわめて高いので、行うなら十分な説明と同意を要する。なお、本記事はがん検診の有効性とは独立している。「甲状腺がん検診はきわめて有効である」と信じている人であっても本エントリーの内容には同意しうるであろう

比ヤング比ヤング 2017/03/19 01:51 医者は「経過観察」(場合によっては、放置)を患者に勧めるべきだ、と主張するのではなく
医者は検査を受け付けるべきではない、という主張にすり替えるのは、何故ですかぁ〜〜〜?

反原発イデオロギーに対して(また別種の不適切な)イデオロギーをぶつけているようにしか
見えませんよ。www

比ヤング(ふま)比ヤング(ふま) 2017/03/19 02:08 まあ、たまたま、その患者と個人的にお友達で

「できれば長生きして欲しいんだけど、こいつ本当にバカだから、大したことない癌でも見つかったら、“切らない方がいいと思うよ”とアドバイスしても理解できずに、手術することになるだろう」

と予想できるような特殊事情でもあれば、受け付けない方がいいかもね。

比ヤング(なとろむ先生のお友達)比ヤング(なとろむ先生のお友達) 2017/03/19 02:31 ああ、

   「こんなアホな検査を受けにくる時点で、アドバイスが理解できないおバカさんだろう」

という予想か。でも、そういうのは「極めて主観的な先入観」に基づく予想であって、医学的な根拠を持つものでは全くありませんね。

池田信夫のう●こ、食べたい♪池田信夫のう●こ、食べたい♪ 2017/03/19 03:40 いずれにしても、もし仮に過剰診断であるとすれば、

   「医者が行っている治療行為」が(少なくとも統計的に)過剰である

ということであって、その原因として、まず疑うべきは、

   (少なくとも統計的には)医者が患者に「過剰な治療」を勧めた

ということでしょ。福島原発由来の検査に限るのなら、この一般原則に当て嵌まらないかもしれないが。

NATROMNATROM 2017/03/19 08:51 >医者は「経過観察」(場合によっては、放置)を患者に勧めるべきだ、と主張するのではなく
>医者は検査を受け付けるべきではない、という主張にすり替えるのは、何故ですかぁ〜〜〜?

「医者は検査を受け付けるべきではない」とは言っていません。甲状腺がん検診を推奨すべきではないですが、ケースバイケースで「検査を受け付け」たほうがいい場合もあるでしょう。それはそれとして、甲状腺がん検診を推奨すべきでない理由は、主に3点です。

一つ目は、甲状腺がん検診が無効である蓋然性がきわめて高いからです。一定の割合で過剰診断が生じてもそれに見合うメリット(甲状腺がん死の抑制、など)があれば検診を行った方がいい場合もありますが、甲状腺がん検診はそうではありません。

二つ目は、検査で発見した時点で、その疾患が過剰診断なのか、それともいずれ症状を呈するようになるのか、区別がつかないことです。「がんが見つかっても過剰診断なら治療せずに経過を観察すればいいだろう」という意見を散見しますが、区別がつくなら苦労はしません。

三つ目は、よしんば経過観察や放置を選択できる場合においてすら、がんと診断することは患者のQOLを落とすからです。

これは、私の独自の意見ではなく、医学界のコンセンサスです。

nn 2017/03/26 20:25 NATROMさんの上の書き込みにちょっとだけ補足しておきます。
確かに、NATROMさんのこの記事の内容は、学問としての医学界のコンセンサスです。福島の事件が起こるより遥か以前より、国家試験を受ける前の大学生向けの教科書に必ず書かれているレベルです。
ただしこういう疫学的考え方を医師にちゃんと教えるようになったのはそこまで古い話ではないので、場末の高齢の開業医まですみずみこれを理解しているかというとそうではありません。

また、甲状腺癌のスクリーニングを仕事として見た場合は話が変わってきます。とりあえず国が大量にお金を出してくれ、特殊な教育を受けていない国民はみんな正しいことだと信じており、しかも見逃したって手術したってどうせ結局ほとんど誰も死なない(結果的に無駄な手術受けた人はトラウマでしょうが)という、超ローリスクハイリターンなお仕事です。こんなおいしい事業はないため、学問的妥当性とは別に、現地の当事者が声を上げて止めろとも言いづらいということはあると思います。
声を小にして(大じゃなくw)言いますけど、利権とか陰謀ネタで医師を叩くのがお好きな方は、むしろNATROMさんの主張をちゃんと理解した方がお得だと思うんですけどねえ…w

耳鼻科医耳鼻科医 2017/03/27 08:22 昔から「高校の検診で胸部異常影を指摘されたことで発見される甲状腺癌」「妊婦健診で指摘される甲状腺癌」の発生率がわかるのではないかと,私はこの福島スクリーニングに期待しております.

notwaruguchinotwaruguchi 2017/04/05 00:10 本件とは関係がないのですが、テレビ番組で清潔さの度合いにRLU値を用いてリモコンやカラオケのマイクが不衛生だとしていました。
しかし、どうも納得がいかず、菌の種類による危険性や、菌の数=不潔さとすることに違和感を覚えます。
果たして、このRLU値を用いて綺麗や汚いを表すことは妥当なのでしょうか。
あくまで参考の値であって、過剰に菌の数を気にする人が増えることの方が精神的に不衛生だと思えてしまうのですが、NATROM先生の意見があればお聞かせ願いたいです。

NATROMNATROM 2017/04/05 11:16 RLU値とは環境中のATP量を発光によって定量した測定値のことのようですね。たぶん、細菌による汚染の指標になるんでしょう。培養をしなくてもいいぶん測定結果が早く出る一方で、死菌や細菌以外の汚染の影響も受けそうです。あまり詳しくは存じません。

問題は、RLU値の正確さというより、意味のない測定によって細菌に対する不安を煽ることの害でしょう。ご指摘のように、リモコンやカラオケのマイクの細菌汚染を測定することにはあまり意味がないように思います。そりゃ、測定したら汚れているでしょう。

あまりに無頓着すぎるとこれはこれで手洗い等による感染予防がおろそかになりますが、不安を煽りすぎると「精神的に不衛生」という事例も生じます。医学的意義に乏しい抗菌グッズにコストが費やされたりもするでしょう。要はバランスです。

ublftboublftbo 2017/05/21 08:05 今日は。

最近、2巡目(以降)の甲状腺がん発見例の内、どのくらいを新規罹患例(発生例)とするのが良いのか、を考えています。

誤陰性例の把握は、感度の算出をおこなう際に重要な事ですが、定義によっては、インターバルがん のみの場合もありますし、インターバルがん + 次回検診での発見例、とする事もありますよね。
それで、甲状腺がんの罹患期間を考えれば、2巡目の症例を誤陰性例に含める事も、不合理とは言えない気がします。

ただそうすると、そもそも福島の若年者における甲状腺がん保有割合が、現状把握されているよりも更に高く、福島での超音波検査の感度はかなり低い、と解釈する事になりますので、それをどう考えるか、ですが。

2017-03-07 検診で発見されたがんの予後が良くても、検診が有効だとは言えない

[]検診で発見されたがんの予後が良くても、がん検診が有効だとは言えないのはなぜか? 検診で発見されたがんの予後が良くても、がん検診が有効だとは言えないのはなぜか?を含むブックマーク

「わかる」って、たーのしー!よね

私たちは、地球が球形をしていて太陽の周りを回っていることを幼いうちから教えられている。けれども、地球が丸くて動いているなんて、よくよく考えると直観に反している仮説である。普通に考えれば地面は平らで動いていない。動いているのは太陽のほうだろう。人類で最初に地球が丸いと理解することは、さぞエキサイティングであっただろう。

別に人類で最初でなくったって、直観に反することが事実だわかる過程は素晴らしい体験である。私は大学生のころ、イギリスの進化生物学者であるドーキンスが書いた『利己的な遺伝子』(当時は『生物=生存機械論』)という本を読んで、動物の行動は「種の保存」のためのものであるという「常識」が間違っていることを思い知らされた*1。貴重な体験であるが、どういう感情なのか説明するのが難しい。ゲームをプレイしたことのない方にはまったく伝わらないたとえで申し訳ないが、『ゼルダの伝説』をプレイ中に行き詰まり、さんざん苦労したあげくやっと謎を解いたとき流れる「謎解き音」を聞いたときの快感を100倍したような感覚である。

直観に基づいて地球は平らであり太陽のほうが動いていると信じている人が、「偉い人がそう言っているから」とか「本にそう書いてあるから」とかではなく、基本的な観察事実と論理から実は地球は丸くて動いてることを正しく理解し、心の底から納得したとき、そのときの感情は喜びとしか言いようがないのではないか。ただ、私たちのほとんどは地球が丸いことを既に知っているので、いまさらこの喜びは味わえない。きわめて残念である。

研究者の方々、とくに一流の方々は、これまで人類の誰もが知らなかった事実を知るチャンスを持っているわけで実にうらやましい。我々の多くは人類初の事実を知ることはできない。けれども、人類初でなくても単に我々個人が知らないことはいくらでもある。役に立つ立たないは別として、論文や本やブログを読み、これまで知らなかったこと知ることで、知的な喜びを得ることはできる。「フェルマーの定理」とかだと私にとっては難しすぎてダメだけど、もうちょっと手ごろな謎を理解するとき、「謎解き音」が聞こえる。



がん検診で早期発見されたがんは予後が良いのに、がん検診が有効ではないなんてことがあるの?

前置きが長くなった。このエントリーでは、がん検診の疫学について、直観があてにならないという話をする。がん検診によってがんを早期発見でき、検診で早期発見されたがんの予後が良いとしても、そのがん検診は有効とは限らず、有害である可能性すらある。専門家の間では常識で、学生向けの教科書にも書かれていることであるが、知らない方も多いだろう。

がん検診は自覚症状のない人が対象である。検診で無症状のうちに発見されるがんがある一方で、何らかの自覚症状が生じ、病院に受診することで発見されるがんもある。また、がんは早期のうちに治療したほうが予後が良い。検診を行って早期発見・早期治療し、予後を改善させようというのががん検診の目的である。直観的には検診をやったほうがいいに決まっているように思える。

がんXに対して検診を行うと、早期がんがたくさん見つかるとしよう。検診で見つかったがんXの患者さんを追跡調査すると、早期がんは予後がよいため5年間で亡くなる人はたった10%であった。つまり5年生存率は90%である。一方で同じがんXであっても、検診外、つまり自覚症状が生じてから発見された患者さんは、5年間で亡くなるのは50%であった。5年生存率が90%対50%、直観的にはがん検診が予後を改善させたように思える。ところが、がん検診にまったく意味がなく、むしろ有害であったとしても、こうした見かけ上の生存率の改善が生じることはありうる。見せかけの検診の有効性を引き起こすバイアス(偏り)はいくつかあるが、ここでは3つほど紹介しよう。



リードタイムバイアス

具体的な人物の経過を例に挙げるのが理解の助けになるだろう。長井さんは60歳のときに検診でがんXが見つかり治療を受けるも後に再発し、68歳で亡くなった。長井さんの生存期間は8年間である。診断・治療の開始から5年目の時点では生存しているので、5年生存率の数字で言えば長井さんは生存にカウントされる。

では、もし長井さんが検診を受けていなかったらどうだっただろうか。実は、検診を受けていなかったら65歳のときに自覚症状が生じてがんXと診断され、治療を受けるも68歳のときに亡くなるはずであった。この場合、生存期間は3年間で、5年生存率では死亡にカウントされる。

f:id:NATROM:20170307165514j:image

検診で予後が改善しなくても、リードタイムのため見かけ上、生存期間が長くなったように見える。

検診は長井さんの予後を改善させなかった。というかむしろ、検診を受けなかったほうが65歳までは平穏に過ごせていたはずで、検診のせいで罹病期間は長くなり、生活の質は落ちた。長井さんにとっては有害な検診であったのに、検診をしたほうが5年生存率は良い数字になる。

検診で発見された時点(長井さんの場合は60歳)から、検診を受けなかったら自覚症状が生じて診断されたであろうという時点(長井さんの場合は65歳)までの期間を「リードタイム」という(長井さんの場合はリードタイムは5年間)。検診がまったく予後を改善しなくても、リードタイムの分だけ生存期間は延び、よって生存率も改善する。これを「リードタイムバイアス」という。



レングスバイアス

遅山さんはあまり積極的にはがん検診を受けていなかった。毎年の検診を推奨されていたものの、5年に1度しか検診を受けなかった。60歳のときに検診を受け、61歳、62歳、63歳、64歳の検診はサボった。65歳時に5年ぶりに検診を受けたところ、早期のがんXが発見され、治療を受けた。幸い、治療はうまくいき、遅山さんは天寿を全うした。

一方で、速水さんは毎年きちっと検診を受けていた。60歳、61歳、62歳のときの検診は問題なかった。63歳時の検診も当然受けるつもりであったが、その直前に自覚症状が出て、病院を受診したところ、進行したがんXが発見された。検診を定期的に受けていても、検診と検診の間に自覚症状で発見されるがんは実際にも存在する。速水さんは治療を受けるも、66歳で死亡した。

遅山さんの例は検診で発見されたがんXの5年生存率を改善する方向に、速水さんの例は検診外で発見されたがんXの5年生存率を下げる方法に働く。これも一見すると、がん検診を受けたほうが予後を改善することを示しているように見える。

f:id:NATROM:20170307165513j:image

遅山さんのようにゆっくりと進行するがんは検診で発見されやすい一方で、速水さんのように急速に進行するがんは検診外で発見されやすい。

遅山さんが、もし検診を受けていなかったらどうだっただろう。遅山さんが65歳時の検診もサボっていたら、ゆっくりとがんは進行し、68歳のときに自覚症状が出てがんが発見されることになる。がんは進行はしていたが、手術で治癒切除でき、やはり天寿を全うできた。検診で発見可能になってから自覚症状が出るまでの期間が長いがんは、比較的予後が良い。ちなみに遅山さんがマメに検診を受けていたら、62歳のときにがんは発見されたはずである。

一方で、速水さんが自覚症状が出る直前、62歳11か月のときにがん検診を受けたとしても、やっぱり66歳で亡くなった。前回の検診のときには発見できなかったのに、今回の検診前に自覚症状が出るようながんは、進行のスピードが速く、たいへん予後が悪い。こういうがんは検診外で発見されやすい。

一方で、検診で発見可能になってから自覚症状が出るまでの期間(遅山さんは62歳〜68歳で6年間)が長いがんは検診でより発見されやすい。そしてこうしたがんは進行がゆっくりなので予後が良い。実際には検診が予後を改善しなくても、もともと予後のよいがんが検診でより多く発見される傾向があるがゆえに、がん検診が予後を改善するように誤認するのがレングスバイアスである。



過剰診断バイアス

がん検診の有効性は、がん死の減少で評価されることが多い。ただ、死亡以外の有害アウトカム(起こって欲しくないこと)が検診によって減るならば(デメリットと比較勘案する必要はあるものの)検診は有効であると言える。胃がん検診を胃がん死だけでなく進行胃がんの罹患で評価したり、あるいは子宮頸がん検診を子宮頸がん死だけではなく浸潤子宮頸がんの罹患で評価したりする研究もある。

成人に対する甲状腺がん検診は甲状腺がん死をほとんど、あるいはまったく減らさないことが観察研究で示されている*2。甲状腺がん死以外の有害アウトカム、たとえば転移性甲状腺がんを減らすかどうかもわかっていない*3。局所摘出すればいい限局した甲状腺がんと多臓器転移がある甲状腺がんは治療法が異なる。多臓器転移がある甲状腺がんは、甲状腺を全摘した上で、放射性ヨードによる治療を行わねばならない。体に負担がかかるし、一生、甲状腺ホルモンを飲み続けないといけない。がん死ほどではないが、甲状腺全摘はできれば起こって欲しくないことである。

仮に、自覚症状で発見された甲状腺がん患者のうち50%が全摘術を受けなければならない一方で、がん検診で早期発見された甲状腺がん患者は10%しか全摘術を受けなくてすむとしよう。この場合、甲状腺がん検診は甲状腺がん全摘を減らすと言えるだろうか?ここまで読んできた読者の皆さんは、甲状腺がん検診は甲状腺がん全摘を減らすとは言えないことがご理解できることと思う。

リードタイムバイアスおよびレングスバイアスをわかっていれば、「がん死」であろうと「甲状腺全摘」であろうと、予後を改善させない無効な検診が検診で発見された患者における「有害アウトカム」が生じた患者の割合を見かけ上小さく見えさせることを理解できるだろう。

過剰診断*4、つまり、「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない病気を診断すること」を考慮に入れるとさらにわかりやすい。甲状腺がんは過剰診断が多いがんである。たとえば、年齢性別そのほかの条件が同一の1万人ずつの集団の片方に対してのみ甲状腺がん検診を行ったとしよう。がん検診で早期発見された甲状腺がん患者は10%しか全摘術を受けなくてすむ(つまり、がん検診で発見されたがんは予後が良い)。一方で、がん検診を受けなかった群の甲状腺がんはすべて自覚症状を伴ってから発見された。進行がんの割合も多く、甲状腺がん患者のうち50%が全摘術を受けなければならない。

「確かに過剰診断によるデメリットはあるが、検診によって全摘術が減るわけだから、検診は有効である」とは言えないよね。検診を受けた1万人中、甲状腺がんと診断された人が100人(うち甲状腺全摘術を受けた人が10人)、一方で検診を受けなかった1万人中、甲状腺がんと診断された人が20人(うち甲状腺全摘術を受けた人が10人)だったとしたらどうだろうか。この甲状腺がん検診は無意味なだけでなく、有害である。1万人中80人の過剰診断が生じる一方で全摘術を減らさない。

f:id:NATROM:20170307165511j:image

甲状腺がん全摘率は下げるけれども、予後は改善しない検診の例。

過剰診断によって、がん検診が見かけ上有効に見えることを過剰診断バイアスという。過剰診断バイアスは、リードタイムバイアスの極端な例である。リードタイムが十分に長く、「検診を受けなかったら自覚症状が生じたであろうという時点」が寿命よりも先にあることが過剰診断である。また、過剰診断バイアスはレングスバイアスの極端な事例でもある。レングスバイアスはもともと予後の良いがんが選択的に検診で発見されることによって生じるが、生涯自覚症状を生じない過剰診断ほど予後の良いがんはない。



検診の有効性を評価するにはどうすればよいか

いろんなバイアスがあるけれども、じゃあどうやったら検診が有効かどうかを評価できるだろうか?検診で発見されたがんの臨床的特徴をいくら調べてもわからない。実際に比較をしてみなければならない。ここで比較すべきなのは、がん検診を受ける集団と、がん検診を受けない集団とにおける、がんで死ぬ人の数(あるいは甲状腺全摘術などの有害アウトカムの数)である。

たとえば、過剰診断バイアスで挙げた例でいくと検診を受けた1万人中全摘術が5人、検診を受けなかった群で10人であれば、検診が全摘術を減らしたことになる*5。さっきまでと何が違うのか?分母ががん患者なのか、検診を受けた(あるいは受けなかった)人全体なのかが違う。ここがすごーく大事な点だ。検診で発見された患者さんは、リードタイムで生存期間が延びたり、もともと予後の良い患者さんを拾い上げたりするので、患者の数を分母にするとバイアスがかかってしまう。がん検診の有効性を「生存率」で評価してはならないのは、生存率は分母が患者の数だからである。一方、がん検診の有効性が一般的にがんによる「死亡率」で評価されるのは、分母が検診を受けた(あるいは受けなかった)人全体だからである*6

がん検診を受ける集団と、がん検診を受けない集団は、できればランダムに分けるほうが望ましい。でないと、今回は述べなかった別のバイアスが生じるからだ。現在、有効性が認められているがん検診は、原則としてランダム化比較試験で有効性が認められている*7

いろいろややこしいとは思うが、「検診で早期発見されたがんのほうが予後がいいにも関わらず、検診が予後を改善させるとは限らず、むしろ検診をしたほうが害が大きい場合もある」という直観に反する主張が、実は正しいとわかっていただけただろうか。

ゼルダの伝説の「謎解き音」が読者の皆さまの耳に届きますように。



さらに知るには

「このエントリーを読んだだけではいまいちわからん」あるいは「もっと詳しく知りたい」という読者もいるであろう。どの疫学の教科書にも書いてあることだが、強いて一冊だけ選ぶなら、

cover

■疫学 -医学的研究と実践のサイエンス-(メディカルサイエンスインターナショナル)をお勧めする。図が多くカラーでわかりやすい。また、初学者が混乱しないよう訳語に工夫をされている(ただし、いくつか気になる点はある)。

長井さん・遅山さん・速水さんのたとえ話はわかりやすさのために導入したが厳密さに欠け、読者によってはかえってわかりにくくなっているかもしれない。また、できるだけエントリーを短くするために意図的に言及しなかった点がある。

id:ublftboさん(TAKESAN)による■検診の意味と有効性評価――前編 - Interdisciplinaryは、言葉の定義から丁寧に順序だてて説明されており、理解の助けになるだろう。教科書を買ったり借りたりできない環境の方は、まずはここからはじめることをお勧めする。

*1■生物=生存機械論 by ドーキンス

*2■韓国における甲状腺がんの過剰診断

*3:普通は「検診が転移性甲状腺がんを減らすなら、甲状腺がん死も減らすはずだ。がん死が減っていない以上、転移性甲状腺がんも減らさないだろう」と考える

*4■「過剰診断」とは何か

*5:1万人が検診を受けて5人の全摘術が減る。1人の全摘術を予防するために必要な検診数は2000人。これのメリットがデメリットと比較して見合うかどうかは別途検証しなければならない

*6:sivadさんが死亡率と致死率を取り違えて間違えたのもこの点にある→■死亡の指標とsivad氏の誤り - Interdisciplinary。死亡率の分母は集団全体の数(より正確には人年)、致死率の分母は罹患者数だ

*7:子宮頸がん検診のように、歴史的に検診の有効性が認められてきた検診については、いまさら「がん検診を受けない集団」を人為的に作ることは倫理的に許されない。よって、検診なし群を対照にしたランダム化比較試験以外の方法を使って評価するが、その場合でも分母は患者数ではいけない

トンデモ予備軍トンデモ予備軍 2017/05/07 19:41 はじめまして。
今頃になって過去記事へのコメント、失礼致します。
NATROM先生とトンデモさん達のやり取りが面白く、たまにのぞかせていただいておりますが、医学はもちろん数学等の教養も著しく不足している一般人です。
 今回の記事のリードタイムバイアスに関する長井さんの例において、「検診を受けていなくても68歳のときに亡くなるはずであった。」とありますが、実際の検診でがんと診断され何らかの治療を受けたとしても、それが生存期間に寄与しないということは起こり得るのでしょうか?素人考えでは、とりあえず早期にがんが発見されれば、投薬や以後の生活習慣改善等により、予後が改善するものと思ってしまうのです。
 ご紹介いただいた「疫学−医学的研究と実践のサイエンス」は購入してはみたものの、年内に一読できるかというレベル(現在訳者序文のみ読破!?)なので、どなたかご教示いただけないでしょうか。よろしくお願い致します。

NATROMNATROM 2017/05/07 20:58 トンデモ予備軍さん、コメントありがとうございました。

>今回の記事のリードタイムバイアスに関する長井さんの例において、「検診を受けていなくても68歳のときに亡くなるはずであった。」とありますが、実際の検診でがんと診断され何らかの治療を受けたとしても、それが生存期間に寄与しないということは起こり得るのでしょうか?

検診でがんと診断し早期に治療介入しても生存期間の延長などの予後の改善に寄与しない、ということはありえます。というかむしろ、検診でがんを発見しても予後は改善しないというのが一般的で、特定のごく限られたがん検診のみが予後を改善させると考えた方がいいぐらいかもしれません(国際的には、乳がん検診、大腸がん検診、子宮頸がん検診の三つのみです)。


>素人考えでは、とりあえず早期にがんが発見されれば、投薬や以後の生活習慣改善等により、予後が改善するものと思ってしまうのです。

そのような誤解は広く、医師の間ですら見られます。早期がんの予後が良いからでしょう。このエントリーでご説明したように、早期がんの予後が良いからといって、早期にがんを発見したほうが予後が良いとは限りません。

実際に、がん検診のランダム化比較試験において、早期に発見しても予後が改善しなかったという研究は複数あります。検診が有効であることを示すことをができなかったランダム化比較試験の一つとして、卵巣がん検診の例を紹介しています( http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20151218#p1 )。「検診でがんと診断し早期に治療介入しても生存期間の延長などの予後の改善に寄与しない」という実例にもなります。

よく誤解されるので申し添えますが、がんに対する治療が不要であるというわけではありません。症状が出てから診断し治療を開始しても間に合うようながんであれば、がん検診は予後を改善させませんが、治療は必要です。

ublftboublftbo 2017/05/07 21:43 今晩は。

>トンデモ予備軍 さん

『疫学 -医学的研究と実践のサイエンス-』をお持ちでしたら、索引に、「クリティカル・ポイント(臨界時点)」という用語がありますので、まずそちらを参照なさるのが良いと思います。

クリティカル・ポイントというのは、介入による予後の程度が変化するような時点の事で、それの場所と数によって、検診が有効であるかどうかが違ってきます。

つまり、

「病気が発見出来るようになる」時点から、「症状が出る」時点までの間
(この期間を「DPCP」と言います)

にクリティカル・ポイントが無くて、

「症状が出る」時点から「その病気で死亡する」までの間
(これを「臨床期」と言います)

にクリティカル・ポイントがあって、しかも、

「症状が出る」時点からクリティカル・ポイントまでの間

がある程度長ければ、

「症状が出てからでも介入が間に合う」

という訳です。間に合うのですから、症状が出る前でも後でも、クリティカル・ポイントの前に介入出来たのであれば、予後が変わらないのですね(と言うか、そういう点をクリティカル・ポイントと定義している)。

そして、NATROMさんが仰るように、この場合でも、「クリティカル・ポイント前での介入は必要」なので、そこは重要です。治療しなくても良い訳では無い、という事ですね。

トンデモ予備軍トンデモ予備軍 2017/05/08 21:48 NATROM先生、ublftboさん、早速のご回答ありがとうございました。

私は、検診の有効性と、がんに対する治療の効果を混同していたのかもしれません。検診による早期発見が有効とはいえない→治療しなくてもかまわない といった印象を持っていたように思います。御二方のお話で、そうではないということがうっすらわかりかけてきたような気がします。

ただ、わかったような気になるも実のところよくわかっていない、ということをこれまで何度も繰り返してきたので、まずは「クリティカル・ポイント」について該当箇所を読み込んでみようと思います。ご教示、ありがとうございました。
(「わかる」って、たーのしーそうですね!?)