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cover ■「ニセ医学」に騙されないために

 ホメオパシー、デトックス、千島学説、血液型ダイエット、ワクチン有害論、酵素栄養学、オーリングテストなどなど、「ニセ医学」についての本を書きました。あらかじめニセ医学の手口を知ることで被害防止を。

0018-04-20 澤田石先生へのお返事(2018年4月20日)

[]澤田石先生へのお返事(2018年4月20日) 澤田石先生へのお返事(2018年4月20日)を含むブックマーク

■内科勤務医 @NATROM 医師とのやり取りの記録 on #HPVワクチン その三(2018/4/17) — Twishortもしくは■澤田石先生へのお返事(2018年4月16日)のコメント欄への返事です。

まず、「伊藤氏(「医療ジャーナリスト」の伊藤隼也氏)のトンデモ発言」について尋ねても、澤田石先生の見解は明らかにならなかったことを確認しておきます。「数年前にインフルエンザワクチンを打った直後にインフルエンザになったからインフルエンザワクチンやめた」といった、非専門家でもすぐにわかる、明らかに医学的には妥当ではない発言に対してもです。

澤田石先生は、伊藤氏を「子宮頸がんワクチンについての言説には、私はすべて賛成してます」「全体として信用してます」とまで言っておきながら、伊藤氏の「トンデモ発言」については言を左右して批判どころが、評価することすら避けるのです。これはきわめて無責任な態度であると考えます。「味方だから間違っていても批判しないのだ」というかつての私の指摘が正しかったかどうか、澤田石先生の今回の回答を読んで読者は判断できるでしょう。



澤田石先生からのご質問への回答

次に、澤田石先生からのご質問にお答えします。

>Q1: HPVワクチン接種後の「未だに日常生活ができない」ような有害事象は何人に一人と推定しますか? (2017/2/19)

正確な推定は困難ですが、澤田石先生の推定のように数万人に1人といったところではないかと考えます。


>Q2: 2万人に1人が #HPVワクチン 接種後、未だに日常生活に支障をきたしていると仮定すると、そのような頻度の有害事象を検出できる臨床試験の論文はあるのか? (2017/1/5)

既にお答えしていますが*1、もう一度お答えいたします。それほどの規模のランダム化比較試験はないと考えます。観察研究に頼るしかないと思われます。


>Q3: HPVワクチン接種後、五年以上経過しても未だに日常生活に支障有りの有害事象が「5万人に1人」だとの推定が真と仮定します。その頻度ならば、もしも貴方に12才の娘さんがいたら接種しますか?

12歳だと既にある程度自分で判断ができますので私が決定することではないですが、仮に娘にアドバイスを求められたら接種を勧めます。5年以上も続く日常生活に支障有りの有害事象が「5万人に1人」だとしても因果関係は明確でなく、一方でHPVワクチンから得られるHPV感染や前がん病変や浸潤子宮頸がんや子宮頸がん死の抑制といった利益は数十〜数百人に1人に得られるからです。HPV感染や前がん病変の抑制は確実、浸潤子宮頸がんや子宮頸がん死の抑制もきわめて合理的な推測です。



>Q4: Q3の頻度が真とした場合、厚労省は積極的推奨を再開するべきと考えますか?

Q3の頻度が真であろうとあるまいと、必ずしも積極的推奨を再開しなければならないとは私は考えていません*2。HPVは麻疹と違って空気感染しません。情報提供と接種機会の提供に注力したほうがよいのではないかと個人的には考えます。因果関係があろうとなかろうと、広くワクチンを接種すると重篤な有害事象は必ず起こります。「よくわからないけど接種推奨されているから受けた」ような人に重篤な有害事象が起きたとき、不幸が再生産されるようなことになりかねません。



>Q5: Q3 and Q4 にYESと回答した場合、「HPVワクチン接種後、五年以上経過しても未だに日常生活に支障有りの有害事象」が何人に1人なら、Q3 and Q4 にYESと回答しますか?

質問の意味がわかりかねます。ワクチン接種を推奨する有害事象の頻度の閾値をお尋ねになったものだと推測いたしますが、「Q3 and Q4 にYESと回答した場合」「Q3 and Q4 にYESと回答しますか?」のどちらかが、「Q3 and Q4 にNoと回答した場合」「Q3 and Q4 にNoと回答しますか?」のおつもりだったのではないでしょうか。


>Q6: HPVワクチン接種者と非接種者との症状に関する統計学的解析は、有害事象発生患者の症状群(クラスター)でなされないと意味がないとは考えませんか?

いいえ。■「個々の症状ごとに比べても意味がない」という批判の解説において詳しく論じました。HPVワクチンが複数の症状を呈する「HPVワクチン関連神経免疫異常症候群」といった重篤な疾患を引き起こしているとしたら、単一の症状しか呈さない軽症例(いわば「HPVワクチン関連神経免疫異常症候群・不全型」)が多く潜んでいるのではないか、というのは合理的な推測です。



>数値のことはともかく、症状群・症候群として疫学的・統計学的に解析する必要はないと思いますか?

異なる質問は異なる項目でしていただきたいです。「症状群(クラスター)で解析はなされないと意味がないか?」という質問と「症状群(クラスター)での解析は必要ないか?」という質問は異なります。もちろん、症状群(クラスター)での解析も必要です。両方やればいいのでは?



>Q7: 名古屋市の調査と厚労省の研究班による調査のどちらも、症状群(クラスター)としての統計学的解析はなされてません。基本的に個々の症状についてのみ解析されてます。そのような手法は科学的に妥当とみなせるでしょうか?

みなせます。■「個々の症状ごとに比べても意味がない」という批判の解説を参照のこと。横断研究ゆえの限界はありますが、どのような研究にも何らかの限界はあります。



>Q8: 拙文 『それでも娘に受けさせますか? 子宮頸がんワクチンが「危険」な理由』⇒ ironna.jp/article/3842 について、NATROM先生のコメントをお願いしました。コメントは頂いておりませんし、そのことは非難などしません。

>一つだけ質問したいのは、どんな生物学的因子を有する女子は有害事象発生確率が高いのか、製造販売する製薬会社+厚労省+関連学会で、事後的に研究する必要性は認めないでしょうか?

認めます。というか研究していたでしょう。有害事象群に特定のHLAのアリルが多いという話を覚えておられませんか。ただ、アリル頻度とアリル保有割合を混同するというきわめて初歩的な誤りがあったことはきわめて残念でなりません。

『それでも娘に受けさせますか? 子宮頸がんワクチンが「危険」な理由』は読みました。「HPVワクチン接種後症候群」とされている患者群が「新たな疾患」であると示唆されるとありますが、その根拠がほとんど述べられていないのは残念です。述べられていたのは、「不随意運動、痙攣、幻視、幻聴、妄想、暴言」等がほとんどみられないからCFS/MEではないということだけです。

CFS/ME以外にも、「HPVワクチン接種後症候群」で見られる症状を呈しうる疾患は複数あります。2016年1月に既に指摘してます。■澤田石先生に対する反論(2016年1月30日)の「既存の疾患が十分に除外されていないのではないか」あたりです。私の記憶の限りでは、澤田石先生からの反論はありませんでした。『それでも娘に受けさせますか? 子宮頸がんワクチンが「危険」な理由』はその後に書かれたものです。この時点で、澤田石先生は私の指摘を理解する能力に欠けているか、もしくは、私の指摘を無視する不誠実であるかのどちらかであると私は判断しました。『それでも娘に受けさせますか? 子宮頸がんワクチンが「危険」な理由』が、たとえば近藤誠氏の著作のように広く読まれているのであれば読者のために反論する必要がありましたが、私の観測範囲ではほとんど反響がなく、その必要もありませんでした。



澤田石先生への質問

さて、私からの質問です。Q1とQ3は、かつて澤田石先生に質問して、お答えをもらっていない数多くの質問の一部でもあります。

Q1. 「HPVV接種後症候群」が「新しい疾患」であると確信しておられるようですが、たとえば、Anti-NMDA Receptor Encephalitisを含む辺縁系脳炎関連疾患、Psychogenic nonepileptic seizures、Pseudopseudoseizures、Psychogenic Movement Disorders、Complex regional pain syndromeといった疾患の除外はできていますか?できていたとして、どのような方法で除外しましたか?

Q2. 5万分の1という頻度でHPVワクチンが「新しい疾患」を引き起こしているとしたら、HPVワクチン接種が継続されている諸外国で注目されていない理由は何ですか?

海外でもHPVワクチンに対する反対運動があることは存じています。しかしながら、その運動は残念ながら反ワクチン勢力と強く結びついています。こうした運動は、仮にワクチンと有害事象にまったく因果関係がなくても起こります。澤田石先生は(驚くべきことに)ご存じないかもしれませんが、たとえばウェイクフィールド事件の教訓から明らかです*3

ワクチン接種後に重篤な有害事象が起きたとき、上記したようなさまざまな鑑別疾患を十分に熟知している医師は安易に「新しい疾患」とは断定しません。一方で、さまざまな鑑別疾患を知らない能力の低い医師は「新しい疾患」と断定し、結果として患者さんに不利益をもたらします。失礼ですが、私は澤田石先生を能力の低い医師だとみなしています。なにせワクチンの害を議論しようかってのに、ウェイクフィールド事件を知らない、興味もないというのですから。

本当に5万分の1という頻度でHPVワクチンが「新しい疾患」を引き起こしているのなら、諸外国でとっくに気づかれて、大きな話題になっているはずです。国の方針として積極的勧奨の中止にまで至ったのは日本だけです。よって、ワクチンが「新しい疾患」を引き起こしているとしても頻度はずっと低いか、あるいはほかの鑑別疾患に紛れて気づかれにくくなっているか、そもそもワクチンとの因果関係は乏しいか、といったところではないかと考えます。

それとも、世界中のほとんどの専門家が、「超国家企業群から莫大な資金援助を受けている」*4ため、「新しい疾患」に対して知らんぷりを決め込んでいるとでもおっしゃいますか。


Q3. ワクチンとの因果関係がない、もしくは、きわめて稀と【確定】した場合、ワクチンの積極的接種の中止によって将来の子宮頸がんの罹患や死亡が増えることについて、澤田石先生はどうお考えになりますか。本当に「医師として最善を尽くして」いますか?


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■澤田石先生へのお返事(2018年4月14日)

■澤田石先生へのお返事(2018年4月16日)

sawataishisawataishi 2018/04/20 23:04 ■内科勤務医 @NATROM 医師とのやり取りの記録 on #HPVワクチン その四(2018/4/20)
 @NATROM 医師 より先日の回答・質問に返信がありました
 ■[医学]澤田石先生へのお返事(2018年4月20日) 澤田石先生へのお返事(2018年4月20日)⇒ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00180420#p1
  文責: 澤田石 順(秋田高校山嶽部出身、"無い科医") jsawa@nifty.com
   Twitter⇒ twitter.com/sawataishi
   HP(リハビリ訴訟、TPP・原発反対等)⇒ jsawa.my.coocan.jp/medical
   facebook⇒ facebook.com/jun.sawataishi
☆本文書の所在⇒ https://twishort.com/MdXmc

【はじめに】
 丁寧なご回答ありがとうございました。実のところHPVワクチン問題に関して、医師とじっくりと対話することはNatrom先生以外とは実現したことがありません。患者さんを診療していて、研究論文を執筆されている先生方の1人以上とはメールでやり取りはできることはできるのですが、毎日17:30で仕事が終わり研究活動皆無の私とは異なる多忙な医師ばかりなので、なかなか。
 Natrom先生は意見が私と異なるので、むしろ患者さんを診ている医師とよりも、ある意味で実りが多いと考えられ、これまでのところは私にとって収穫は大であります。貴兄にとっても一定の意義があることを望んでおります。
 本文書は、Natrom医師による澤田石の質問のQ1からQ4までの回答についてのコメントと、新たな質問のみに限定します。次回に、私のQ5〜Q8へのNatrom医師からの回答にコメントし、Natrom先生からの新たな質問について回答することとさせていただきます。
//********** ここから本文
 以下の文章の中で、澤田石による新たな質問については★Q1★のごとく記しますので、必要と認めましたらご回答をお願い申し上げます。
 重要な解明されるべき事柄については★★★で強調しました

▼私の回答についてのコメントについての所感
 伊藤隼也氏のトンドモ発言について、私がコメントをしない理由について「説明責任」を感じて、詳しく語りました。それについて、natrom医師は満足できなかったことに付いては是非ありません。
>「味方だから間違っていても批判しないのだ」というかつての
>私の指摘が正しかったかどうか、澤田石先生の今回の回答を読んで
>読者は判断できるでしょう。
それで良いのです。二人のやり取りを見ている奇特な方が1人以上いるかも知れません。私の姿勢についてどう批判されようが、馬の耳に念仏であります。
 誰がなんと云おうと、私は公人・准公人あるいは知り合いの私人についてしか、批判する気持ちになれません。さて、この方針は逆の適用があります。村中璃子 @rikomrnk という自称医師, 久住英二医師 @kusumieiji , 上昌広医師 (2人の医師は知人)の3人は准公人で #HPVワクチン に関する言説の多くに批判的ですが、それら3人の見解について、例えばnatrom医師などにどう思うとコメントを求めることはありません。
 Natrom先生に私の方針を採用することを推奨する気持ちは皆無ですが、今後は私に対して第三者の発言についてコメントを求めることは一切しないのが時間の節約だと、云わなくてもいいかも知れないことをあえて明言しておきます。

▼Natrom医師の回答へのコメント
★★★HPVワクチン接種後の「未だに日常生活ができない」ような有害事象は何人に一人なのか?

Anser(A) 1 by N: HPVワクチン接種後の「未だに日常生活ができない」ような有害事象は何人に一人について⇒ ``澤田石先生の推定のように数万人に1人''と
 一致しました。数十万人に一人なら、諸国で社会問題になるとは考えられませんし、このワクチンに慎重になる必要もないと思います。この恐るべき頻度は一般市民にとってはもとより、特に医者にとっては深刻だと思います。
 
▽補足1: 医薬品医療機器総合機構(PMDA)への報告件数等について
 云うまでもなく、1人1人の有害事象者について、原因がワクチンか否かを判定する手法は今は存在しないし、将来もみつからない蓋然性が高いわけです。患者に直面した医師は、薬剤使用後の有害事象を製薬会社の製造物の欠陥の有無とは関係なく補償する制度(PMDA)への申請書記載を求められた時に、原因がHPVワクチンである「蓋然性」について判断します。「可能性」という用語は基本的にYES or NO の二値ですが、「蓋然性」は高い、中くらい、小さいという定性的な概念。医師は蓋然性が高いとか低い、「可能性は否定できない」とか記載することでしょう。PMDAの当局者は患者を診察しないでその書類が示唆する事実に関して、他の報告例とか、文献報告を参考にして補償するかどうか判定するわけです。判定にあたり、補償制度の理念・方針に照らして、基本的には補償することになります。
 大切なことは医師により「因果関係が肯定」された場合にPMDAは補償するという原則の意味は、因果関係が「否定されない」とか「可能性が否定できない」場合でも広く救済されること。厚労省の公文書に``厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする''なので、支給決定例の一例以上には「まぎれこみ」はありましょう。
 けども、「まぎれこみ」との診断は医学的には不可能であり、「原因がワクチン」だとの断定も不可能だということ。
 もう一つ大切なことは、PMDAにより支給が決定した全患者の全てが「今も、五年以上経過しても日常生活に支障有り」とは言えないこと。経過の中で三ヶ月入院したり、半年も休学したりしたものの、「今」は回復している方も含まれてます。
 以上のような補償件数の数値における限界を念頭において、公開された文書を検討してみます。

- 医薬品医療機器総合機構 平成29事業年度第1回救済業務委員会
⇒ http://www.pmda.go.jp/files/000220401.pdf
p7 ``特に、子宮頸がんワクチン接種による救済給付については、平成28 年度だけで334 件の請求がありました。過去に請求された件数も含めての話ですが、平成28 年度は314 件を決定したところです''
 約340万人が接種して、2018年に314県に補償したわけで、それだけでも約一万人に1人の頻度となります。
 1) 2017年度までに支給決定した総件数については私は把握してません
 2) 2018年度の支給決定は2018年度の334件のみについてではなく、それ以前のも含んでます
 3) 2018年度の334件の請求分のうち、同年度において支給・不支給の決定に至ってない件数が相当するありますので、今後は総件数が増加します
 4) 上記文書に p12 `残念ながらこのワクチンの救済については半分以下ですよね。この医薬品副作用被害救済制度は、今までのトータルとしては大体ずっと請求件数の8 割方が支給されているというデータがあります''
  ということなので、HPVワクチン接種後に支給決定された割合は通常よりも低頻度。このことについて詳細な検討はここではできませんが、考慮すべき事実ではございます
 以上のことからすると、PMDAが補償を決定した総件数は一万人に1人よりも多いことは確実でしょう。

▽補足2: 厚労省の公開文書「HPVワクチン接種後に生じた症状に対する当面の対応(5本柱)」の進捗状況について 健康局/医薬・生活衛生局 平成29年11月29日
⇒ http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000186458.pdf
 p1 の``副反応疑い報告(企業報告 販売開始から平成29年4月末、医療機関報告 平成22年11月26日から平成29年4月末)''によると
  医師又は企業が重篤と判断した報告数は、1,737人、51.1人/10万人(接種後短期間で回復した失神等も含んだ数)となってます。
 すなわち、約2千人に1人。このような高頻度で有害事象が報告されているワクチンは前例がないと思います。米国や英国においても、HPVワクチン接種後の有害事象の頻度は他のワクチンと比較すると突出しております。もちろん、有害事象のすべてが副反応ではないわけですが、一例一例につき同ワクチンが原因か否かの確定することは医学的に不可能です。医学の手法で因果関係について確定診断できないことは、他のワクチンでも同様。ですから、少なくともHPVワクチン接種後の「真の副反応」の頻度が他のワクチンと比較して特別に高いことは論理的に言えます。
 上記の2019年11月の報告によると、
・予防接種法に基づく救済の対象は審査した計 36人中、 21人を認定
・PMDA法に基づく救済の対象は審査した計436人中、274人を認定
・計472人中、295人を認定 8.68人/10万人
 
 すなわち、1.15万人に一人が認定された。
 ``我が国の従来からの救済制度の基本的考え方「厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする」に則って、救済に係る審査を実施している''とのことなので、救済対象となった295人の1人以上には「紛れ込み」が含まれているでしょうけども、幾度も言ったように「まぎれこみ」なのか真の副反応なのかを区別する医学的な方法は存在しません。

 Natrom医師につまらないことを問いかけます。
★Q1★ HPVワクチンによる副反応が他のワクチンと比較して、高頻度であると認識されておりますでしょうか?

 単に同ワクチンが人類史上最も高頻度に重篤な有害事象を発生させたとして、大多数の女子において症状が軽快し、接種後五年以上経過しても「未だに日常生活ができない」が数十万人に一人しかいないならば、積極的な勧奨の再開は医学的には認められると思います。しかし、いろいろな公文書等、訴訟原告の総数、被害者連絡会の会員数などからすると、0.5〜5万人に一人は「未だに日常生活ができない」と推定され、大変な問題だと思います。問題に関しては解決が必要ですが、これまでのところ、いろいろと治療が試みられてますが、大多数の患者さんは健康を回復されてません・・・・。
 私は勤務先病院においてHPVワクチン接種後の患者さんとは、身体障害者手帳の意見書作成のみで五人ほどと関与しただけですが、被害者会の会合とかで二十人程度の患者さんを直接に観察してきました。そのうちの十人ほどは20才前後なのに車椅子! いうまでもなく、1人1人の患者さんについての詳しい事例報告(薬害オンブズパーソンによる)を時間をかけて読みました。

★★★HPVワクチン接種後に「未だに日常生活に支障をきたしている」被接種者が2万人に1人の頻度だとすると、その程度の頻度を検出できる医学論文は過去にあるのか?

A2 by N: 私の質問「Q2: 2万人に1人が #HPVワクチン 接種後、未だに日常生活に支障をきたしていると仮定すると、そのような頻度の有害事象を検出できる臨床試験の論文はあるのか?
>既にお答えしていますが、もう一度お答えいたします。それほどの規模の
>ランダム化比較試験はないと考えます。観察研究に頼るしかないと思われます。
 この件についても見解の一致が確認されました。
 過去の大規模臨床試験のどれ一つとして、「接種後五年以上も経過しても、日常生活に支障有り」を検出できないことを、久住英二医師、上昌広医師というtwitter等で推進や患者家族の誹謗中傷を公言している医師達はもとより、個人的に親しくしているそのような医師達に、あらゆる手段でこの点についてどう考えるのか質問してきましたが、全員が沈黙してました。Natrom先生は「既に」回答されていたことを失念してまして、そのことについてはすみませんです。Natrom医師の回答は彼がHPVワクチン原理主義者ではないことを証明しております。

A3 by N: 澤田石の質問「五年以上経過しても未だに日常生活に支障有りの有害事象が「5万人に1人」だとの推定が真と仮定します。その頻度ならば、もしも貴方に12才の娘さんがいたら接種しますか?」に対して
>仮に娘にアドバイスを求められたら接種を勧めます
>5年以上も続く日常生活に支障有りの有害事象が「5万人に1人」だとしても
>因果関係は明確でなく、一方でHPVワクチンから得られるHPV感染や前がん
>病変や浸潤子宮頸がんや子宮頸がん死の抑制といった利益は数十〜数百人に
>1人に得られるからです。
>HPV感染や前がん病変の抑制は確実、浸潤子宮頸がんや子宮頸がん死の
>抑制もきわめて合理的な推測です。
 私ならば5万人の1人という「高頻度」の疑いがあるならば、娘に対しては接種をすすめませんが、Natrom医師の判断については是非を言うことはできません。その程度の「「頻度」が「真と仮定」しても、接種を勧める判断は「間違い」とは言えないし「正しい」とも論理的に判定することはできません。
 ちなみに、私の娘に関しては、妻が薬剤師仲間からHPVワクチンはやばいよと噂を聞いたために、接種の案内が役所から届いた時に無視しました。その当時の澤田石は、HPVワクチンが危険だとは認識してなく、妻は私に一切相談することなし。これはどうでもいい narrative ですが、6年ほど前に、一部の薬剤師の間に噂が広まっていたことは事実です。
 ワクチン製造会社・厚労省・医師達の協業により、HPVワクチン接種のリスクを定量ないし定性的に評価する手法が確立して、娘は0.5〜5万人に1人の不運な障害者となる蓋然性が50万人に1人くらいだと推定されるならば、娘には接種することの検討を勧めることでしょう。

★Q2★ HPVワクチン接種をするか否かを判断するための父母と当人に対する情報提供文に「新たに」追加されるべき文言について、Natrom先生として厚労省にもしも提案がありますれば、教えて下さい。

私が提案するとしたら、「接種後五年以上も経過しても日常生活に支障がある事例が0.5〜5万人に1人の頻度と推定されてます。そのような女子達の症状がHPVワクチンによるのか否かという因果関係を確定することは医学的にできません」とか。「ワクチンの効果が何年間継続するのかはわからない。ワクチンが実際に子宮頸がんの発生を減らしたり、同癌による死亡が減じたという医学的な証明は今のところありません」ということも、もっと強調するべきだと思います。

A4 by N : ``五年以上経過しても未だに日常生活に支障有りの有害事象が「5万人に1人」との頻度が真とした場合、厚労省は積極的推奨を再開するべきと考えますか?''に対して
>Q3の頻度が真であろうとあるまいと、必ずしも積極的推奨を再開しなければ
>ならないとは私は考えていません。
 同感いたします。

>情報提供と接種機会の提供に注力したほうがよいのではないかと個人的には
>考えます。
 情報提供こそ優先課題ですね。その点に関して中央政府(厚労省)はまだまだ努力が足りないと思います。「五年以上経過しても未だに日常生活に支障有りの有害事象の頻度」は極めて大切な数値ですので、厚労省としての見解を求める努力をしていきたいと思います。

>因果関係があろうとなかろうと、広くワクチンを接種すると重篤な有害事象は
>必ず起こります。「よくわからないけど接種推奨されているから受けた」ような
>人に重篤な有害事象が起きたとき、不幸が再生産されるようなことに
>なりかねません。
 完全に同意いたします。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00180420

0018-04-17 nagaya2013さんの質問にお答えします

[]nagaya2013さんの質問にお答えします nagaya2013さんの質問にお答えしますを含むブックマーク

nagaya2013さんからツイッターで質問があったのでお答えします。他の方からの質問も歓迎します。ただ、ツイートを転載するのは面倒なので、コメント欄で質問していただければありがたいです。


一斉検査の必要性、4集団での差、抑制的な介入の評価(2018年4月17日)

仮に真の増加が考えられる被曝量の場合でも一斉検査は必ずしも必要ではない。とくに超音波によるエコー検査はそうだ。原則として、検査による被験者の利益が害を上回る場合に限り、検査は正当化される。がん検診には一定の害があり、有効とされるがん検診であっても被験者のリスクが低い場合は正当化されない(例:40歳未満の乳がん検診)。「見込まれる増加の倍率などの基準」については、「被験者のリスクが十分に高く、検診の害よりも利益が上回る点」が基準である。甲状腺がん検診については、そもそもが利益がまったくあるいはほとんどないことから、福島県の住民レベルの被ばくでは一斉検査は正当化されない。福島県の住人とは比較にならないレベルの被ばくを受けた、頸部放射線治療歴のあるがんサバイバーであっても、超音波による甲状腺がん検診の必要性は疑問視されているぐらいである。つまり、どんなにリスクが高くても超音波による甲状腺がん検診は正当化されない可能性がある(私は正当化されないと考える)。賠償の対象になる場合とそうでない場合で、検査の必要度は変わりない。賠償の対象であるかどうかではなく医学的な必要性によって検査の必要性は判断されるべきだ。賠償の対象になるからといって、利益より害が大きい検査を受けさせるようであってはならない。賠償は検査とは別の枠組みで行えばいい。



「足きり」「細胞診をせずに経過観察」「通常診療」のそれぞれの群での有病率と全体の有病率は違いはある(何の「有病率」なのかは不明であるが文脈から甲状腺がんの有病率prevalenceのことだと判断する)。もちろん、「全体」を含んだ4集団で将来的な自発受診による発病率に差が出るであろう(「自発受診による発病率」も何を指しているのか曖昧であるが、「自覚症状を呈する甲状腺がんの発症率incidence」「自覚症状はないが自発的な受診によって検査され診断される甲状腺がんの発症率」いずれであっても差は出ると考える)。

なお、この質問の意義が私にはわからない。違いはあるに決まっている。自明だ。nagaya2013さんが何らかの誤解に基づいて質問したのであろうという推測ができるのみである。



手術対象者が、将来自覚症状を呈すると仮定してもしなくても、現時点で9割以上で機能が温存できていることについては、現場の臨床医は可能な限りの努力を行っていると評価できる。私が現場にいたとしても、基本的には同様の方針をとるであろう。ただしそのことは、検診が有効であることをまったく意味しない。30歳台の女性に乳がん検診をしてしまって、乳がんが発見されてしまったら、臨床の現場ではガイドラインに基づいて治療介入せざるを得ないのと同様である。甲状腺がんの場合とくにそうだ。検診をせず、自覚症状を呈した時点で介入しても十分に間に合うという蓋然性がきわめて高いからである。



nagaya2013さんへの質問。小児甲状腺がん検診のNNSはいくつ?

nagaya2013さんにも一つ、質問します。nagaya2013さんは小児に対する甲状腺がん検診には「早期発見メリットとなる可能性があります」とおっしゃっています。具体的に、何をアウトカム(甲状腺がん全摘?多臓器転移?甲状腺がん死?)にして、何人に検診すると(NNS:number needed to screen)メリットが小児に対する甲状腺がん検診で生じますか?概算でもよいですからお答えください。

甲状腺がん検診のメリットは概算ですら定量化できない(2018年4月17日) 甲状腺がん検診のメリットは概算ですら定量化できない(2018年4月17日)を含むブックマーク

■コメント欄によると、「早期発見メリットとなる可能性があります」と主張するnagaya2013 さんは、そのメリットを概算ですら定量化できないそうです。その理由は「甲状腺の機能維持を対生命喪失で係数化できないから」だそうですが、意味がわかりません。医療介入の効果は、たとえば以下のような問いから考えます。

・何人を検診すれば、検診しない場合と比較して、甲状腺の機能維持ができるのですか?

・何人を検診すれば、検診しない場合と比較して、甲状腺がん死を減らせるのですか?

これらの問いに誠実に答えようとすると、福島県における甲状腺がん検診がとても推奨できるものではないことに直面せざるを得ません。だから、そのような問いから逃げざるを得ないでしょう。

また、nagaya2013 さんは、「毎日1万人の自然死があるからといって1人の過失致死が許されないのと同じ」と主張しますが、やはり意味がわかりません。それはつまり、

一人の被ばくによる甲状腺がん死も許されないので、どれだけの過剰診断や偽陽性や前倒し診断による病悩期間の延長といった新たな被害者が生じようとも、検診を続けるべきである。ということでしょうか?

しかも、それだけの犠牲を支払ったとしても、被ばくによる甲状腺がん死を減らせるかどうかもわからない、たぶん減らさない、ということも含めて、お答えくだされば幸いです。

nagaya2013nagaya2013 2018/04/17 12:26 お答えありがとうございます。
福島の場合は原発事故が起こり、無防備に被曝をさせてしまったというのが発端です。事故直後、避難行動が開始されたとき、被曝スクリーニングの基準を10万cpmまで上げなければ、円滑な避難ができない場所さえありました。大気の汚染量は楽観できなかったのです。それなのにヨウ素剤が配布されませんでした。その後の連続した爆発後も学校生活での活動で屋外の活動を制限したというような被曝防護の指示も弱かった。住民は無防備に被曝したんです。この状態で甲状腺ガンを放置すれば、チェルノブイリのように5年目くらいから自発受診による多発が騒がれ出し、大変な事態になる可能性があった。そうなればヨウ素剤を配布しなかった行政は事故後の健康管理の面でも損害賠償責任を負います。小児甲状腺ガンの一斉検査は行政としては避けては通れなかったのです。因みにこの検査が原発推進の経産省の資源エネルギー庁の原資で行われているのはその表れです。
そして検査が始まりました。事故後2年目ですから、目論見としてはあれだけの甲状腺ガンが発見されるとは思ってなかったのでしょう。そこで言われだしたのが「スクリーニング効果」です。だったら2巡目は大幅に減るはずだと皆が予想するなか、2巡目は減りませんでした。これは決定的です。なにせ2年前に異常なしから手術適応になっているガンがたくさん出てきたからです。ちょっとスクリーニング効果では説明できません。
そこで持ち出されたのが「過剰診断」でした。「生涯無症状だったガンを見つけただけだ」「成人すれば成長が止まるんだ」このロジックで真の増加を否定しようとしたんですね。
韓国の増加分はほとんど過剰診断だということがしきりに言われました。なとろさんもその一人でしたが、考えてみれば検査の基準は違いますし、成人と子供の差もあります。何より大きいのは韓国は自己責任でしたが、福島の場合は加害者のいる公害疾病である可能性があったことです。ただ、このあたりは意図的に検査のあり方の考察から排除されました。
現在は論点を変え、「検診そのものを廃止しよう」という流れになっています。しかし、2巡目以降に見られる「ガンの進行」の専門家による検討は相変わらずなされていません。本来ならまず小児甲状腺がんの自然経歴や進行モデルを明らかにし、「この進行速度と増悪度なら万が一にも生命に影響はないから検査は必要ない」といったかたちで定量的な判断を下すべきなのにです。
私は個人的には、甲状腺に関する医療費無料、将来発症した場合にきちんとした賠償が受けられるという保証があって、データが一元的に集約できるシステムができるのなら一斉検査を廃止して受診は個人の判断に任せてもいいと思っています。
ただ、気になるのが現在行われている「甲状腺機能の維持」のための術式が自覚症状後だとどうなるかです。全摘を回避できるかは、検査を受けるかどうかの判断のための重要な検討材料になります。この辺りの医師側からの説明、発信が弱いのではと思います。
2番目の質問は5ミリの足切りと経過観察で進行を確認することがどの程度有効かという検証のためでした。簡単にいうと福島で韓国と同じく足切りなしで検査をしたら今と比べてどのくらいの多くの数が見つかったか。また現在見つかっている集団と足切りした集団では過剰診断の割合がどのくらい違うかという考察のためです。裏返すと10ミリ足切り、20ミリ手術ではないのは何故かという疑問になります。
なとろむさんからの質問ですが、定量化はできません。甲状腺の機能維持を対生命喪失で係数化できないからです。一般に命は等価ですが、社会的な重さは違います。たとえば毎日1万人の自然死があるからといって1人の過失致死が許されないのと同じです。この辺りは医師の領分ではないのかもしれないですが、福島では被曝が原因の死者を一人も出してはいけないのです。そういう意味で福島において死亡率を指標として検診制度を考えることには反対です。
えっと、この辺にします。ここまで読んでくれた人、ありがとうございました。あなたは福島の子どもたちとともにあります。
最後に。原子力PAはいらね、とっとと解散しろ。

NATROMNATROM 2018/04/17 12:42 nagaya2013 さん、コメントありがとうございました。

「2巡目は減らなかったからスクリーニング効果では説明できない」というご理解は不正確です。1巡目から狭義のスクリーニング効果では説明困難でした。よって、『そこで持ち出されたのが「過剰診断」』という理解も間違いです。

「福島の場合は加害者のいる公害疾病である可能性があった」からといって検診が正当化されないことは本文にも書いてあります。反論はないようですが。

『2巡目以降に見られる「ガンの進行」の専門家による検討は相変わらずなされていません』というご理解も間違いです。そもそも、検査を続行するならば、甲状腺がん検診のメリットを明確にすべきです。メリットが明確でないなら(ないんですが)、そのことを周知させる必要があります。


>なとろむさんからの質問ですが、定量化はできません

推測もできないのですか?推測もできないのに、どうして「早期発見メリットとなる可能性があります」と言えるのですか?


>たとえば毎日1万人の自然死があるからといって1人の過失致死が許されないのと同じです。

そのたとえは間違っています。甲状腺がん検診は害を引き起こすのですよ。その害は人為的なものです。たとえるなら、nagaya2013 さんは

「1人の過失致死も許されない。そのためには何人が犠牲になってもかまわない」

と言っているようなものです。しかも、甲状腺がん検診は、1人の死を防げるかどうかも不明なのです。

nagaya2013nagaya2013 2018/04/17 13:06 逆なんです。無自覚であったことを自覚することは利益である場合もあるし、害であるこちもある。これは社会における一般論です。
しかし、無自覚であることを利用して権利を侵害することは社会そのものの変質、崩壊を生みます。いまそれが結果として起ころうとしている。
まず、無防備に被曝させたことを認める。それから被曝による影響を調べる。出てきた結果に対して(この場合、甲状腺ガンの多発ですが)、きちんとケアする。そにために被害者に不利になる推測には慎重になる。ここまでがセットです。

なとろむさんの主張は、検診に「医学的」意味がないということだけなんです。だとしたら、侵されている被害者の権利をどうするか、心配される晩発性の被曝影響に医学的にどう寄り添えるかを考えるべきなんです。そこに本人の選択権を与えてやれば、あとは自己責任です。
なとろむさんの主張は無責任な「放置」です。

NATROMNATROM 2018/04/17 14:22 nagaya2013さん、コメントありがとうございました。

・推測もできないのに、どうして「早期発見メリットとなる可能性があります」と言えるのですか?

という質問に答えがありません。


・「1人の過失致死も許されない。そのためには何人が犠牲になってもかまわない」と言っているようなものです。

という指摘に対する反論もありません。



「無自覚であることを利用して権利を侵害することは社会そのものの変質、崩壊を生む」。その通りですね。被ばくによる害もそうだし、検診による害もそうです。検診による害に無自覚であることを利用して権利を侵害することについて、nagaya2013さんはどうお考えですか?nagaya2013さんは福島県の子どもの権利を侵害していませんか。

「無防備に被曝させたことを認める。それから被曝による影響を調べる。出てきた結果に対して(この場合、甲状腺ガンの多発ですが)、きちんとケアする。そにために被害者に不利になる推測には慎重になる。ここまでがセットです」というのもその通りです。ご指摘のセットと、害の大きい検診に反対することは同時に可能です。というか、害の大きい検診に反対することも「きちんとケアする」に含まれます。

「本人の選択権を与えてやれば、あとは自己責任です」ということもその通りですが、十分な情報提供がなされていないことが問題です。「検診は受ける個人の利益は小さいもしくはない。一方で害があることは確実」であることが十分に周知される必要があります。どこが放置なのですか。そして、その情報提供を邪魔しているのは誰ですか。「検診の害など知らしめる必要はない、放置せよ」と主張しているようなもんですよ。

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0018-04-16 澤田石先生へのお返事(2018年4月16日)

[]澤田石先生へのお返事(2018年4月16日) 澤田石先生へのお返事(2018年4月16日)を含むブックマーク

■内科勤務医 @NATROM 医師とのやり取りの記録 その二(2018/4/15) — Twishortもしくは■澤田石先生へのお返事(2018年4月14日)のコメント欄へのお返事です。



>★Q1★ 伊藤さんのそのような「トンデモ」発言そのものについては、澤田石に「責任」がないことは認めますでしょうか? (他人の発言に責任がないのは当然)

認めます。澤田石先生に責任があるのは「全体として信用してます」というご自身の発言です。そのような「トンデモ」発言を行うような人物を「全体として信用」できるのかどうか、という点について説明する責任が、澤田石先生にはあるのではないですか。



>★Q2★ 伊藤さんのトンデモ発言が一つ以上あることを澤田石は認識してますが、澤田石が彼について「全体として信用してます」と公言することが、彼のトンデモ発言について、澤田石には批判する「義務」とか「責務」があると、あなたは本気で思っているのでしょうか?

思っています。伊藤氏の発言を逐一チェックして批判しろとは言っていません。しかし、少なくとも尋ねられた分について、澤田石先生自身の見解を述べるぐらいはすべきではないですか。また、伊藤氏がトンデモ発言を「一つ以上」どころか、かなりたくさんしているとしたら、それでもなお「全体として信用」できる理由を説明する責任が、澤田石先生にはあるのではないですか。私が例示した伊藤氏のトンデモ発言はわかりやすいものを3つ選んだだけで、その気になればさらにたくさん出せます。



>★Q3★ ここでの妥当とは、法的な意味ですか、それとも社会的な意味ですか?

社会的な意味です。



さて、私からも質問よろしいでしょうか。

★Q1-1★ 「数年前にインフルエンザワクチンを打った直後にインフルエンザになったからインフルエンザワクチンやめた」という発言は医学的に妥当だと、澤田石先生はお考えですか?

★Q1-2★ 「数年前にインフルエンザワクチンを打った直後にインフルエンザになったからインフルエンザワクチンやめた」という発言をする人物による、HPVワクチンについての発言は信用できますか?(ちなみに私は、ワクチンの効果ひいては医学的介入の効果について評価する能力に伊藤氏は決定的に欠けており、HPVワクチンについての発言も信用に値しないと考えます。)

★Q2★ 「子どもにASDやADHDという科学的に十分でなく診断基準そのものに議論のある診断を受けさせている時点で、知性とデリカシーが欠如している」という伊藤氏の発言は妥当であると考えますか?あるいは澤田石先生と伊藤氏は「感情・思考・意志が一致」しているのですか?(私だったら、このような発言をしていると知った後に、「感情・思考・意志の三つが一致している」などと表明するようなことはとてもできません。)

★Q3★ 澤田石先生は、私のことを評して「不都合な、あるいは回答困難な質問に答えないことが少なくない」とツイートしました*1。具体的に私が答えていないという質問をいくつか提示してください。

澤田石先生に答えてもらっていない質問は他にもたくさんありますが、一度にたくさん答えていただくのも大変でしょうから、これぐらいに留めておきます。

sawataishisawataishi 2018/04/17 23:16 ■内科勤務医 @NATROM 医師とのやり取りの記録 その三(2018/4/17)
 文責: 澤田石 順(秋田高校山嶽部出身、"無い科医") jsawa@nifty.com
  Twitter⇒ https://twitter.com/sawataishi
  HP(リハビリ訴訟、TPP・原発反対等)⇒ http://jsawa.my.coocan.jp/medical/
  facebook⇒ https://www.facebook.com/jun.sawataishi

  ☆本文書の所在⇒ https://twishort.com/sLWmc

@natrom 先生、丁寧な返信ありがとうございました。対話ができること自体私は嬉しいです、正直。見ている第三者にとっても何か得ることがあれば幸いです。

``■澤田石先生へのお返事(2018年4月16日)''⇒ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00180416#p1 を受けての回答と質問です。

本文書のはここに載せてます⇒


▼私の回答: ★Q1and2★に関連して、澤田石に問いかけられたことについて
Q by N 1) 「トンデモ」発言を行うような人物を「全体として信用」できるのかどうか、という点について説明する責任があるのでは

A by S(澤田石)⇒
 理由を説明することについての「責任」と「必要」という表現について前置きとして定義みたいなことを云います
 ★必要: 私どもはtwitterであれブログであれ不特定多数が可読な場所で対話していますから、私にとって「必要」という言葉は不特定多数に説明する必要という意味です。不特定多数に「説明」したとして、それに対して意見をもらい、私が再度説明しても、対話が成立する蓋然性は極めて小さいので、理由について説明する「必要」は基本的にありません。例外的に説明することはありましょう。
 Natrom先生のように実在し信頼できる個人に対しては、説明する必要を覚えたらそのようにします。
 ★責任: 不特定多数(定義: 実在すると信じられない人々 and/or 信頼できない人々に限定)に対して、「全体として信用」すると表現する時に、その時に理由を説明するという意味での責任は私にはありません。それどころか、不特定多数のいかがわしい人物から理由を問われた時に、説明する責任は基本的に感じません。
 何故そうなのかと澤田石に問いかけた人物が実在し、なおかつ信頼に値する時にのみ、理由を声明する「必要」があるかは検討します。実在性と信用性については @natrom 先生は私からして条件を満たします。まさに、貴兄を「全体として信用」できるからです。検討の結果、説明する「必要」を認めなかったのです。信頼できない人物については、必要ないと判断した理由についても説明する「必要」はないのですが、NATROM先生に対しては、必要はなくても「説明しない理由」について「説明する責任」は感じます。なので、云います。
 何故か? 伊藤隼也氏のことは、私にとっての中心課題群である特定の政治問題群や医療関連問題群(HPVワクチン、奈良県の医師が暴行されて勾留中に死亡とか)から外れているからです。もしも、私が彼を全体として信用できる理由をあなたに説明したら、当然のことながら、一つ以上の反問がなされ、その一つ一つに対して私は弁明とか反論する「責任」が発生します。そうなると、伊藤さんの発言についての各論におちいることでしょう。彼の一つ以上のトンデモ発言について、澤田石もトンデモと判断していることは云うまでもありません。
 中心課題群からそれることで時間を費消することを私は避ける決断をずっと前から下しているのです。Natrom先生にとっても時間の無駄かもしれませんよ。私は55才となり、十年前と異なり、睡眠時間4時間でOKではなくなりました。今は六時間睡眠となってます。
 別の観点からも説明しない理由をいいましょう。彼を「全体として」信用する根拠を私がどれほど提示しようが、伊藤さんの発言には妥当なもの、論外なもの、その中間のものがあり、「全体として信用できる」ことを私があなたに対して、論証することは原理的に不可能です。まさか発言100を吟味して、過半数が妥当ならば全体として信用できるとはなりますまい。堂々巡りになることが自明である議論を開始することは不毛だとの判断も下してるのです。
 以上のごとく、私は長々と @natrom 先生に説明してきました。このようなやり取りは、第三者の大多数には面白くないない蓋然性が高いですが、私にとっては面白く、ごく少数の第三者にとっては意味があると考えてます。なので、時間を費やして先生の疑問に私なりに答えてます。メタ議論、抽象的な議論に見える嫌いはありますしょうが。
Natrom先生曰く
``しかし、少なくとも尋ねられた分について、澤田石先生自身の見解を述べるぐらいはすべきではないですか''
A by S ⇒ 詳しく説明したように、述べない決断を下してます。

▼私の回答: 新たに澤田石に問いかけられたことについて
 質問群は、伊藤隼也氏の個々の発言についてのことなので、不特定の信用できない人々に回答する必要は全くありません。しかし、NATROM先生という実在し信用できる人物からの問いなので、既に伊藤氏の個々の発言について問われても不毛の各論に陥るので回答しないと云いましたが、今回だけはあなたに責任を感じ、なおかつインフルの話題なので、例外的に答えます。(インフル話でなかったら回答しなかったと明言しておきます)

★Q1-1★ by N: 「数年前にインフルエンザワクチンを打った直後にインフルエンザになったからインフルエンザワクチンやめた」という発言は医学的に妥当

A by S: そんな人はたくさんいます。そのような感性による決断を実行したことの発言は、医学的な評価対象ではないと考えてます。もしも私がたまたまその発言をリアルタイムで見たとしても、「直後」が何日後だったのかと彼に質問することはあり得ません。もしも、その発言が実在し、なおかつ信用できる NATROM さんのごとき医師であれば、私は質問するかも知れません。
 私個人について申しますと、インフルエンザワクチンは私にとって全く必要ないので接種してません、12年くらい前から。インフルに罹患する確率を同ワクチンは少し減じるだろうし、重症化する確率も少し減じるでしょうけども、私は4つの穴「目、鼻、口」に手指で触れない実践や、必要な時期は通勤でマスクしたりで、十分に予防できてます。インフル流行期に、発熱とかあったことはあります。その場合は、決して医療機関を受診することなく、必要なだけ仕事は休んでます。
 私の病院でも全職員はインフルワクチン接種を強要されてます。ワクチンを拒否してるのは、澤田石を含めた職員の1%程度。で、私は院長とかに幾度も幾度もワクチンは希望者のみに接種するべきだと提唱してきました。流行期に発熱とかあれば、ただちに休む決断をすること、4つの穴に手指で触るな、この二点を徹底して教育指導することを。感染症対策の専門医が赴任した3年ほど前から、症状があれば出勤しない、出勤してきた症状ありの人は上司が強制的に休ませることが徹底されて、職員から職員への感染も、患者さんのインフル罹患も激減しました。インフルワクチンの全員への接種は10年くらい前からなされてましたが、ワクチンの効果で患者さんが守られたのでは無く、風邪引いたら休むことが徹底されたからです。病院は黒字やっとこそ。なので、インフルワクチンの全職員への接種はそろそろ中止するべきだと私は本気で思ってます。


※インフルワクチンを澤田石が健康な若者と中年に接種して欲しくない理由
 このことは不特定多数の人にも語りたいので、natrom先生の問いとは関係ないのですが、あえてここに書きます。twitterでは毎年の流行期ちょい前に発言すべきだったこと。
 慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)のトリガーとして、風邪(ウイルス感染)が知られてますが、様々なワクチンもそうなのです。この病気の患者さんに対して身体障害者の意見書を40人くらいに書いてきましたが、二人はインフルエンザワクチン接種の直後(1〜数日)に発熱やリンパ節腫脹に続いて、各所の痛み、それからだんだんと睡眠障害、慢性的な倦怠感などなどを来しました。二人とも20代後半の男性で、1〜6ヶ月後には休職、それから退職。診断まで三年くらいかかり、いまでも屋外歩行は100mくらいしか持続できなく、通院とか買い物は休み休みでまともな社会生活が送れてません。
 慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)と診断された患者の中で、インフルワクチンの頻度がどのくらいか私は知りません。インフルワクチン接種者の何人中何人が、慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)になったのか知りません。20万人に一人かも知れないし、50万人に一人かもしれません。
 大切なことは、インフルエンザワクチンは自らの長期的な健康にとって必要か否かということ。健康な若者にとって、インフルエンザワクチンの接種は少なくとも必須ではありません。「必要」でも「望ましく」もないと思います。50万人に一人が十年以上もまともな日常生活ができなくなる「かもしれない」と医師が、接種を検討している人に説明するのが望ましいとも思いません。
 私は、職場においては、50万人に一人か百万人に一人か数値は不明だけども、インフルワクチン接種後に仕事できなくなる人は「いた」とと話し、「私は勧めないよ」と語ってます。このようなことはどのワクチンにも言える事ですね。もちろん、twitterとかfacebookでこのようなことを語ったことはありません。こんな話をすると麻疹ワクチンとかポリオの不活化ワクチンのような公衆衛生的見地から真に必要な集団免疫のためのワクチンに対して、不必要な不審を抱かせかねないので。あくまでも、私は、若年の健康な人々はインフルワクチンを接種しない方が良いと個人的に身近の人々に云うのみ。とはいえ、ここにこのように書いたわけで、一人以上の人は私の主張を見るでしょう。けれども、私がここに詳細に書いた中身を一般の方々が読んだら真意は伝わると思ってます。もしも、 NATROM 先生から見て、ここに書いたインフルワクチンについての発言が公衆衛生(細田満和子先生は「みんなの健康」と表現)の見地から、大問題でしたら、※のところから、ここまでは削除してかまいません。


★Q2★ by N「子どもにASDやADHDという科学的に十分でなく診断基準そのものに議論のある診断を受けさせている時点で、知性とデリカシーが欠如している」

A by S: 私の中心課題から全くそれているので回答いたしません。そもそも前後の文脈がわかりませんので、回答したいとしてもできかねます。
>澤田石先生と伊藤氏は「感情・思考・意志が一致」しているのですか
↑↑の問いに対しては回答できます。NOです。
私が「感情・思考・意志の一致」という素晴らしい現象を言葉で知ったのは、22才の学生のころでした。「感情・思考・意志の一致」という表現は、ある一人の人物の内面における統一のことなのです。例えば、私はHPVワクチン 接種後の有害事象患者を私なりに実際に見てきて感情としてなんとかせにゃならんと「感じました」。そんな患者さんについての医師による研究報告を沢山読んで、思考レベルで大問題だと結論されました。感情と理屈が強まった結果、私なりにこの問題については、慎重の原則と予防の原則により発言していく意志が固まりました。すなわち、感情、思考、意志が一致したわけです。
 感情、思考、意志の一致はある一人の人物の人生において、何百回もあることではないと思います。本田宏先生、小松秀樹先生、井上清成弁護士、上昌広医師、久住英二医師、故中原利郎先生の妻「のり子さん」、佐藤一樹先生らとの出会いが契機で、医者を増やすこと、医者に労働基準法を適用すること、医療事故調査制度の創設を阻止すること、新専門医制度を阻止することなどなどについて、私は感情、思考、意志が一致して今日に至っております。医療事故調査制度は現実にできてしまいましたが、最悪の制度になることは回避はできました。最悪にならなかったことに関して、私の貢献はほとんどゼロですが。

▼澤田石から NATROM先生への質問 - 未回答と思われること
>★Q3★ 澤田石先生は、私のことを評して「不都合な、あるいは回答困難な
>質問に答えないことが少なくない」とツイートしました*1。
>具体的に私が答えていないという質問をいくつか提示してください。
 記憶にだけ依存するのはまずいので、twilogで全てのtweetを検索しました。未回答の質問の中で今でも重要と思えることについてのみ記させていただきます。ただし、私のtweetsのみの検索であり、natrom先生の過去tweetsは http://www.twimemachine.com/user/natrom により 3,199 ゲットしましたが、最も古いのは2017年1月。つまり、先生と澤田石が熱烈に議論・対話していた2016年2月頃までのnatrom先生による澤田石への回答は見つけることができず。もちろん、先生はブログで回答してるので、そちらは適宜拝見しましたが、完全に読んでいるとは自信をもっては言えません。

Q1: HPVワクチン接種後の「未だに日常生活ができない」ような有害事象は何人に一人と推定しますか? (2017/2/19)
`` #HPVワクチン についての疑問は、単純なのです。現実世界は空間+時間+数値により構成されるわけで、有害事象の中で今でも日常生活に支障有りの女子が少なくとも二万人に一人は存在すると概算されること。数についてどうでしょう? 副反応か否かは別です https://twitter.com/NATROM/status/833130567352791041 ''
 これに対しての回答の前提条件を記します。
 ・ワクチン接種者は 340 万人とする
 ・訴訟原告人は67人⇒ならは、約五万人に一人
 ・厚労省の公開文書では「未だに回復してない人数は186」⇒ 約2万人に一人
 ・被害者連絡会に登録されている患者は500人以上⇒ 一万人に1人以上を示唆
 ・有害事象の女子達の1人以上は、ワクチンと関係ない慢性疲労症候群とか線維筋痛症であろうが、どちらの病気についてもバイオマーカーはない。
 ・線維筋痛症(FM)が20才前後で発症することは極めて希であり、同病の専門医達はFMに似た患者が急に増えて驚いた。全例がHPVワクチン接種後と知り、調査・研究を開始した
 ・有害事象の女子達の1人1人について、ワクチンが原因か否かを白黒つけることは現時点ではできないし、将来はできる蓋然性は低い。だから、疫学的な視点が大切
 何人に一人と推定しますかとの質問については、すぐに回答できないと思います。回答するためには、かなりの時間を要して当然でしょう。大切なことは、頻度なのです。
Q2: 2万人に1人が #HPVワクチン 接種後、未だに日常生活に支障をきたしていると仮定すると、そのような頻度の有害事象を検出できる臨床試験の論文はあるのか? (2017/1/5)
``#HPVワクチン 接種後、未だに日常生活に支障をきたしている人が2万人に1人だとすると、フィシャーの正確確率検定(χ2でも)で接種者/対照群6万人ずつの数を要す。一万人に1人なら3万人ずつ。その規模の臨床試験は未だに見当たらず! ''
と、問いかけました。
 接種から五年以上も経過して、未だに日常生活に支障有りの女史達が170人以上、つまり2万人に1人はいるというのが私の推定です。提訴した67人という人数は増加しており、確認してませんが100人を超えているかも知れません。未だに日常生活に支障有りの女史達の全員が提訴したことはあり得ません。3人に1人かも知れません。その場合は1.7万人に1人が未だにということになります。紛れ込みが1人以上はいることを考えても、もっとも少なめに見積もっても5万人に1人は未だにまともに生活できてないと思います。
 
▼澤田石から NATROM先生への新たな質問
Q3: HPVワクチン接種後、五年以上経過しても未だに日常生活に支障有りの有害事象が「5万人に1人」だとの推定が真と仮定します。その頻度ならば、もしも貴方に12才の娘さんがいたら接種しますか?

Q4: Q3の頻度が真とした場合、厚労省は積極的推奨を再開するべきと考えますか?

Q5: Q3 and Q4 にYESと回答した場合、「HPVワクチン接種後、五年以上経過しても未だに日常生活に支障有りの有害事象」が何人に1人なら、Q3 and Q4 にYESと回答しますか?

Q6: HPVワクチン接種者と非接種者との症状に関する統計学的解析は、有害事象発生患者の症状群(クラスター)でなされないと意味がないとは考えませんか?
 記銘力や学習等についての高次脳機能障害、痛み、疲労、筋力低下、睡眠障害、自律神経系の異常、消化管症状、光・音・化学物質過敏などなどです。HPVワクチン接種後の患者さん達において、慢性疲労症候群とか線維筋痛症と同様に、様々な症状は増悪や改善を繰り返します。多彩な症状が時間の経過で強まったり、弱まったりする。もちろん、軽快した患者さんは、慢性疲労症候群とか線維筋痛症の患者と同じく、1人以上は存在します。そのような軽快例は希望ですが、未だに日常生活が困難な方々が私の推定では170人以上(2万人に1人以上)おります。数値のことはともかく、症状群・症候群として疫学的・統計学的に解析する必要はないと思いますか?

Q7: 名古屋市の調査と厚労省の研究班による調査のどちらも、症状群(クラスター)としての統計学的解析はなされてません。基本的に個々の症状についてのみ解析されてます。そのような手法は科学的に妥当とみなせるでしょうか?

Q8: 拙文 『それでも娘に受けさせますか? 子宮頸がんワクチンが「危険」な理由』⇒ http://ironna.jp/article/3842 について、NATROM先生のコメントをお願いしました。コメントは頂いておりませんし、そのことは非難などしません。
一つだけ質問したいのは、どんな生物学的因子を有する女子は有害事象発生確率が高いのか、製造販売する製薬会社+厚労省+関連学会で、事後的に研究する必要性は認めないでしょうか?
 例えば、五年以上も経過して有害事象のために日常生活に支障有りの患者さん全員に関して、細胞核とミトコンドリア内の両方の遺伝子について変異を特定するとか。
 事後的にアレルギー素因に関して、その女子の過去について質問したり、親兄弟に質問したりすることも望まれるのではないでしょうか。

以上であります。どうか、今後とも宜しくお願いします。

NATROMNATROM 2018/04/20 12:06 お返事を書きました[ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00180420#p1 ]。

要点は、

・伊藤氏の「トンデモ発言」の評価を避けるのは不誠実だ。
・重篤な有害事象が数万人に1人だとしても因果関係は明確ではない。
・「HPVV接種後症候群」が「新しい疾患」であるとする根拠は不十分である。

です。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00180416

0018-04-14 澤田石先生へのお返事(2018年4月14日)

[]澤田石先生へのお返事(2018年4月14日) 澤田石先生へのお返事(2018年4月14日)を含むブックマーク

■■内科勤務医 @NATROM 医師とのやり取りの記録 その一(2018/4/13) — Twishortもしくは■澤田石先生からのご質問へのお返事、および、こちらからの質問の再掲 - NATROMの日記の澤田石先生のコメントに対するお返事です。


澤田石先生へ。ご丁寧なお返事、ありがとうございました。

澤田石先生が批判をする(十分)条件は「現実世界で知り合いである」だけでなく「公人もしくは准公人」もあり、現実世界で知り合いでなくても「公人もしくは准公人」を対象に批判しうることがわかりました。さらに准公人は「社会保険and/or税から報酬を得ている人々」と定義され、保険診療を行っている医師が含まれていることもわかりました。よって、澤田石先生が医療ジャーナリストである伊藤隼也氏を批判しないのに、村中璃子氏を批判していた(そしてその後基本的に批判することはやめていた)理由もわかりました。

しかしながら一方で、別の疑問も生じます。


(1)政府の有識者会議の構成員である伊藤隼也氏は准公人ではないですか?

伊藤隼也氏は2010年から「厚生労働省新型インフルエンザ専門家会議」あるいは「内閣官房新型インフルエンザ等対策有識者会議 」の構成員です。准公人を「社会保険and/or税から報酬を得ている人々」と定義すると、伊藤隼也氏は准公人であると私は考えますが、いかがでしょうか。金銭的な報酬は少ないでしょうが、「少ないから准公人ではない」と言えるのでしょうか。また、金銭的な報酬が少ないとしても政府の有識者会議の構成員であるという肩書が、メディアでジャーナリストとしての働くときに伊藤氏に利益をもたらすことは明らかです。


(2)フォロワー数が3万越え、マスコミも露出している「ジャーナリスト」が准公人ではない、という判断は妥当ですか?

そもそも、対象が「社会保険and/or税から報酬を得ている」かどうかをいちいち勘案して批判するかどうかを判断するというのは非合理的です。批判対象が収入源を正確に開示していない場合は批判できないのですか。「村中璃子氏は准公人だから批判するが伊藤隼也氏はそうではないので批判しない」という基準は後付けに持ち出された言い訳に過ぎないように見えます。後付けでないなら、なぜ初めから准公人基準を持ち出さなかったのでしょうか。

ネット空間では有象無象の「匿名のゴミアカウント」を相手にしていられない、という態度は正しいでしょう。しかしながら、伊藤氏は「匿名のゴミアカウント」ではありません。フォロワー数が3万人以上で、テレビにも出演しています。それも「医療ジャーナリスト」という肩書で。仮に伊藤氏が専門家会議の構成員ではなく、よって「社会保険and/or税から報酬を得ている人々」ではないとしても、医学的に不当な主張を行えば批判されるべきではないですか。


(3)伊藤隼也氏を本当に「全体として信用」できますか?

お忘れになっているかもしれませんが、伊藤隼也氏が批判の対象になるかならないかは、「伊藤隼也さんの子宮頸がんワクチンについての言説には、私はすべて賛成してます」*1という澤田石先生の発言からはじまっています。医師を名乗ったアカウントがそのような発言を行うのはきわめてまずいと私は考えました。

「私は人物Aの分野Bについての言説にすべて賛成している。しかし、人物Aは准公人ではないし個人的な知り合いでもないので、人物Aが分野B以外についてどのような荒唐無稽な発言をしても私は批判しない」

というのは無責任です。百歩譲って、HPVワクチンとはまったく関係のない「医療事故関係のことで、過去に私からみて宜しくない発言」をしたけれども、ワクチン関係の言説については信頼できるというのなら話はわかります。しかしながら、伊藤氏はワクチン関係について問題発言をしています。


(3-I)「数年前にインフルエンザワクチンを打った直後にインフルエンザになったからインフルエンザワクチンやめた」

f:id:NATROM:20180414113715j:image

インフルエンザワクチンは接種後数週間しないと効果を発揮しません。また有効率は40〜60%程度であり、接種してもインフルエンザになることもあります。「論文等を参考に利益と害を勘案した上でワクチン接種をやめた」ならともかく、「インフルエンザワクチンを打った直後にインフルエンザになったからインフルエンザワクチンやめた」という主張は非合理的です。典型的なニセ医学的思考です。

これは「子宮頸がんワクチンについての言説」でなく、インフルエンザワクチンについての言説ですが、それでもワクチンについてかような考え方をする人物が、HPVワクチンについて「すべて賛成」できるような発言をできる能力があるとは思えません。

他にも伊藤隼也氏の問題発言は多数あります。たくさんありますが、HPVワクチンに関連し、かつ、わかりやすいものを紹介します。


(3−II)「子どもにASDやADHDという科学的に十分でなく診断基準そのものに議論のある診断を受けさせている時点で、知性とデリカシーが欠如している」

f:id:NATROM:20180414113712j:image

ASD(自閉症スペクトラム)やADHD(注意欠如多動性障害)の診断基準は、議論がないとは言いいませんが、おおむね確立していると言ってよいです。少なくともHANS(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群)やASIA(アジュバント誘発自己免疫症候群)よりはずっと。ただ、問題は診断基準に議論があるかどうかではなくその診断を受けさせていることを「知性とデリカシーが欠如している」と伊藤隼也氏が表現していることです。

HPVワクチンに反対する人たちはしばしば、「HPVワクチン推奨者は被害者やその家族を誹謗・中傷している」と主張します。なるほど、たとえば「HANSという科学的に十分でなく診断基準そのものに議論のある診断を受けさせている時点で、知性とデリカシーが欠如している」などという発言があれば、それは誹謗・中傷であると言っていいでしょう。そのような発言があれば、具体的にその発言を特定した上で、断固として批判していただきたいものです。

翻って、伊藤氏の発言です。我が子の行動に悩み、専門家に相談し、ASDやADHDという診断を受けた保護者が読んで、どう思うでしょうか。ASDやADHDの診断基準に問題があると主張するなら批判の対象は専門家たちであって、家族ではないはずです。付け加えて、伊藤隼也氏がこのような発言をした背景には、標準的な精神医学を完全に否定している内海聡医師の影響を受けている可能性がある、と指摘しておきます*2


(3−III)「20代の女性へ 「子宮頸がん検診」は受けないで!!」というブログを紹介

f:id:NATROM:20180414113709j:image

リンク先は、近藤誠氏に肯定的なブログです。HPVワクチン否定と検診否定の組み合わせは最悪です。「検診さえすれば子宮頸がんはほぼ完全に予防できるのだからワクチンは不要である」という検診の効果を過大評価した主張も間違っていますが、検診否定よりはずっとましです。20歳台の子宮頸がん検診に議論があるのは確かですが*3、議論するとしても丁寧さが必要ではないですか。HPVワクチンの接種率が低迷している日本は、相対的に若年女性の子宮頸がん検診の利益が大きくなると考えられます。それとも「子宮頸がんワクチンについての言説」でないから許されるのでしょうか。

しかも、澤田石先生はHPVワクチンのみの発言に限らず、「HPVワクチン問題故に伊藤氏を全体として信用してます*4とツイートしています。上記、(3-I〜III)の伊藤氏の発言を読んでもなお、「伊藤氏を全体として信用」できるのかどうか、お答えくだされば幸いです。これらで不足なら別の根拠も出します。いくらでもあります。

澤田石先生は医師とのとなので(完全に自費診療か、もしくは引退していなければ)、「准公人」であると言えます。准公人が、あるジャーナリストについて「全体として信用してます」と発言したのです。ならば、そのようなジャーナリストの発言についていささの責任があると私は考えますが、いかがでしょうか。



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■澤田石先生へのお返事(2018年4月16日)

sawataishisawataishi 2018/04/15 04:18 ■内科勤務医 @NATROM 医師とのやり取りの記録 その二(2018/4/15)
  ☆本文書の所在⇒ twishort.com/edit/g8Wmc
Natrom 先生の澤田石に関する疑問が記載された webpage ⇒ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00160206#p1
に関して、次の文章で ⇒ https://twishort.com/b2Wmc 2018/4/13に回答しました。
それに対して、驚いたことに、速やかに返答いただきました。ありがとうございました。
私の先生への回答の中で、先生に回答して頂きたい部分に関しては "★Q★" と表記しますので、可能であればどうかお願いします。

▼Natrom先生とは異なり言葉が通じない医師達(いきなり蛇足)
 上昌広医師、久住英二医師、村中璃子医師に対して、私はいろいろな手段で批判・非難してきましたが反応は twitterならばブロックのみ。久住君だけは言葉がありました。なんと、久住君がブロックする直前に、私と彼の大切な共通する友人に対して、「澤田石をブロックすることをすすめる、目的があるのでしょう」というようなもの。

以下、質問・疑問に対する回答と私からの質問・問題提起です。

-Question(以下 Q) by Natrom先生(以下 N)
澤田石先生は医師とのとなので(完全に自費診療か、もしくは引退していなければ)、「准公人」であると言えます。准公人が、あるジャーナリストについて「全体として信用してます」と発言したのです。ならば、そのようなジャーナリストの発言についていささの責任があると私は考えますが、いかがでしょうか。

-Answer(以下 A) and Q by 澤田石(以下 S)
 私は鶴巻温泉病院の勤務医。保険診療に従事しているので先生と同様に准公人です。伊藤隼也さんというジャーナリストについて私は「全体として信用してます」と発言し、今でもそうです。前回の回答でも言いました。彼の発言の一つ以上に関して、私から見て間違いとか疑問を感じることはあると。
 「全体として」という表現を定義するのはつまらないですね(笑)。例えば、安倍晋三氏を「全体として」私は信頼しないどころか、憎みますが、安倍総理のある部分は肯定的に評価してます。
 「全体として」の評価がプラスな人物に関して、``澤田石からみて''and/or``医師の圧倒的多数からみて'' マイナスと評価される発言について、私には責任がありません。
★Q1★ 伊藤さんのそのような「トンデモ」発言そのものについては、澤田石に「責任」がないことは認めますでしょうか? (他人の発言に責任がないのは当然)
★Q2★ 伊藤さんのトンデモ発言が一つ以上あることを澤田石は認識してますが、澤田石が彼について「全体として信用してます」と公言することが、彼のトンデモ発言について、澤田石には批判する「義務」とか「責務」があると、あなたは本気で思っているのでしょうか?
 Natrom先生のいう``いささかの責任''とは実に巧妙に考えられた言葉ですね。正直言いまして、不快で憤りましたが、ロジックでの対話が大切なので、今言った感情のことは脇において下さい。
 前回の回答でも言いました。ジャーナリストとか匿名の自称医師という公人(准公人)の``私からみての''問題発言については、直接に批判しないと。その理由も縷々述べました。対話が成立しないので時間の無駄(それ以外にも理由あり)。
 再度、言いますが、伊藤隼也さんとは既に「知人」になっていますから、私が彼の「トンデモ発言」をtwitterで現実に見た場合、twitterで批判することは大原則と既になってます。伊藤隼也さんと現実世界で呑み、取材も受けました。私の意見を伊藤さんは女性セブンに本旨を曲げることなく記事にして下さいました。私が彼を「全体として信用する」ことは感情・思考・意志の三つが一致していることであります。高く評価してます。私には伊藤隼也氏への愛があります。だからこそ、必要な時には伊藤さんの発言が明らかに間違っていると考えられた時には、疑問や批判を送る「義務」とか「責務」があります。
 
▼信仰告白
 Natrom先生、実は私、昨年の12/13に三位一体の神の僕となる決断をしました。教会にはまだ行って無い、洗礼は受けてません。ハーベストタイムの中川健一さんの聖書についての解説を昨年の発月から毎日一時間聴いてます。
 愛という持続的行為あるいは持続的現象の必須要素の一つは「相手の成長を願うこと。成長すると信じること」。このことは約30年前に読んだエーリッヒ・フロムの Art of Loving (みすず書房、「愛するということ」)で骨肉に刻まれたと思ってました。感情と理屈で感銘してはいたものの2017/12/13の前にはわかってなかった。

▼対話の重要性
 私は、現実世界で知り合いの人物 and 公人については、私から見て問題だと考えられる発言については、批判するようにしているといいました。前者の「知り合い」に関しては積極的に意見を申す理由は、愛ゆえだと、敢えて恥ずかしながらいいます。愛が互いになくても、「知り合い」であれば対話が成立する蓋然性が高いわけです。対話が持続すること、非常に貴重だと思います。
 ある人の意見・批判が「正しい」かどうかは、その人には客観的にわかりません。ある人の見解を判定する資格を有するのはその人以外であり、その人自身には判定する資格が形式的にありません。ある人と他者の対話を通じてのみ、「客観的」に真実が見えてくる可能性があるのみ。主観的な自説の奴隷と化してしまうのが、大多数の人間。もちろん、私はその典型であることは自覚してます。わかっているのになかなか・・。
 
- Q by N
(1)政府の有識者会議の構成員である伊藤隼也氏は准公人ではないですか?
-A by S
 准公人に近いですね。そのこと以前に、伊藤さんとは既に「知り合い」なので、公人(准公人)であろうがなかろうが、私が見て「これは問題発言」と認識したら、批判や疑問を云わざるを得ません。知り合って以来、私は伊藤さんの問題発言を見たことはありません。相互フォローはしてますが、twitterのタイムラインは希にしか見てません。

- Q by N
(2)フォロワー数が3万越え、マスコミも露出している「ジャーナリスト」が准公人ではない、という判断は妥当ですか?
- A by S
★Q3★ ここでの妥当とは、法的な意味ですか、それとも社会的な意味ですか?
 名誉毀損罪とかの訴訟においては、有名人は「公人」とみなされます。そのことは私による勝手な定義とは関係ありません。
 フォロワー数が三十万あろうが、マスコミに毎週露出しようが、「私による公人の定義」は満たしません、前回説明したように。私の定義は私だけのものです。私の定義が「妥当かどうか」に関して私自身には判断する資格がありません。「私にとって妥当」なのはいうまでもありません。。私の定義に関して、Natrom先生が「妥当ではない」と云うならば、それで良いのです。公人についてのあなたの定義が私と異なるとしても、そのことについて、私はどうでもよいのですよ。

昨日は東京保険医協会主催の「奈良県の医師が検察官の暴行により死亡した(疑いの)事案」についての講演会と懇親会に参加して、遅くに帰宅しました。質問に対する回答の不足がありましたら、メール( to jsawa@nifty.com )でどのような手段でもいいので、ご指摘下さい。そろそろ、睡眠に入ります。午前四時なので。

sawataishisawataishi 2018/04/15 04:37 ☆☆間違いを訂正しました。いかが正式なコメントです。

■内科勤務医 @NATROM 医師とのやり取りの記録 その二(2018/4/15)
  ☆本文書の所在⇒ https://twishort.com/g8Wmc
Natrom 先生の澤田石に関する疑問が記載された webpage ⇒ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00160206#p1
に関して、次の文章で ⇒ https://twishort.com/b2Wmc 2018/4/13に回答しました。
それに対して、驚いたことに、速やかに返答いただきました⇒ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00180414#c
私の先生への回答の中で、先生に回答して頂きたい部分に関しては "★Q★" と表記しますので、可能であればどうかお願いします。

私の先生への回答の中で、先生に回答して頂きたい部分に関しては "★Q★" と表記しますので、可能であればどうかお願いします。

▼Natrom先生とは異なり言葉が通じない医師達(いきなり蛇足)
 上昌広医師、久住英二医師、村中璃子医師に対して、私はいろいろな手段で批判・非難してきましたが反応は twitterならばブロックのみ。久住君だけは言葉がありました。なんと、久住君がブロックする直前に、私と彼の大切な共通する友人に対して、「澤田石をブロックすることをすすめる、目的があるのでしょう」というようなもの。

以下、質問・疑問に対する回答と私からの質問・問題提起です。

-Question(以下 Q) by Natrom先生(以下 N)
澤田石先生は医師とのとなので(完全に自費診療か、もしくは引退していなければ)、「准公人」であると言えます。准公人が、あるジャーナリストについて「全体として信用してます」と発言したのです。ならば、そのようなジャーナリストの発言についていささの責任があると私は考えますが、いかがでしょうか。

-Answer(以下 A) and Q by 澤田石(以下 S)
 私は鶴巻温泉病院の勤務医。保険診療に従事しているので先生と同様に准公人です。伊藤隼也さんというジャーナリストについて私は「全体として信用してます」と発言し、今でもそうです。前回の回答でも言いました。彼の発言の一つ以上に関して、私から見て間違いとか疑問を感じることはあると。
 「全体として」という表現を定義するのはつまらないですね(笑)。例えば、安倍晋三氏を「全体として」私は信頼しないどころか、憎みますが、安倍総理のある部分は肯定的に評価してます。
 「全体として」の評価がプラスな人物に関して、``澤田石からみて''and/or``医師の圧倒的多数からみて'' マイナスと評価される発言について、私には責任がありません。
★Q1★ 伊藤さんのそのような「トンデモ」発言そのものについては、澤田石に「責任」がないことは認めますでしょうか? (他人の発言に責任がないのは当然)
★Q2★ 伊藤さんのトンデモ発言が一つ以上あることを澤田石は認識してますが、澤田石が彼について「全体として信用してます」と公言することが、彼のトンデモ発言について、澤田石には批判する「義務」とか「責務」があると、あなたは本気で思っているのでしょうか?
 Natrom先生のいう``いささかの責任''とは実に巧妙に考えられた言葉ですね。正直言いまして、不快で憤りましたが、ロジックでの対話が大切なので、今言った感情のことは脇において下さい。
 前回の回答でも言いました。ジャーナリストとか匿名の自称医師という非公人(非准公人)の``私からみての''問題発言については、直接に批判しないと。その理由も縷々述べました。対話が成立しないので時間の無駄(それ以外にも理由あり)。
 再度、言いますが、伊藤隼也さんとは既に「知人」になっていますから、私が彼の「トンデモ発言」をtwitterで現実に見た場合、twitterで批判することは大原則と既になってます。伊藤隼也さんと現実世界で呑み、取材も受けました。私の意見を伊藤さんは女性セブンに本旨を曲げることなく記事にして下さいました。私が彼を「全体として信用する」ことは感情・思考・意志の三つが一致していることであります。高く評価してます。私には伊藤隼也氏への愛があります。だからこそ、必要な時には伊藤さんの発言が明らかに間違っていると考えられた時には、疑問や批判を送る「義務」とか「責務」があります。
 
▼信仰告白
 Natrom先生、実は私、昨年の12/13に三位一体の神の僕となる決断をしました。教会にはまだ行って無い、洗礼は受けてません。ハーベストタイムの中川健一さんの聖書についての解説を昨年の発月から毎日一時間聴いてます。
 愛という持続的行為あるいは持続的現象の必須要素の一つは「相手の成長を願うこと。成長すると信じること」。このことは約30年前に読んだエーリッヒ・フロムの Art of Loving (みすず書房、「愛するということ」)で骨肉に刻まれたと思ってました。感情と理屈で感銘してはいたものの2017/12/13の前にはわかってなかった。

▼対話の重要性
 私は、現実世界で知り合いの人物 and 公人については、私から見て問題だと考えられる発言については、批判するようにしているといいました。前者の「知り合い」に関しては積極的に意見を申す理由は、愛ゆえだと、敢えて恥ずかしながらいいます。愛が互いになくても、「知り合い」であれば対話が成立する蓋然性が高いわけです。対話が持続すること、非常に貴重だと思います。
 ある人の意見・批判が「正しい」かどうかは、その人には客観的にわかりません。ある人の見解を判定する資格を有するのはその人以外であり、その人自身には判定する資格が形式的にありません。ある人と他者の対話を通じてのみ、「客観的」に真実が見えてくる可能性があるのみ。主観的な自説の奴隷と化してしまうのが、大多数の人間。もちろん、私はその典型であることは自覚してます。わかっているのになかなか・・。
 
- Q by N
(1)政府の有識者会議の構成員である伊藤隼也氏は准公人ではないですか?
-A by S
 准公人に近いですね。そのこと以前に、伊藤さんとは既に「知り合い」なので、公人(准公人)であろうがなかろうが、私が見て「これは問題発言」と認識したら、批判や疑問を云わざるを得ません。知り合って以来、私は伊藤さんの問題発言を見たことはありません。相互フォローはしてますが、twitterのタイムラインは希にしか見てません。

- Q by N
(2)フォロワー数が3万越え、マスコミも露出している「ジャーナリスト」が准公人ではない、という判断は妥当ですか?
- A by S
★Q3★ ここでの妥当とは、法的な意味ですか、それとも社会的な意味ですか?
 名誉毀損罪とかの訴訟においては、有名人は「公人」とみなされます。そのことは私による勝手な定義とは関係ありません。
 フォロワー数が三十万あろうが、マスコミに毎週露出しようが、「私による公人の定義」は満たしません、前回説明したように。私の定義は私だけのものです。私の定義が「妥当かどうか」に関して私自身には判断する資格がありません。「私にとって妥当」なのはいうまでもありません。。私の定義に関して、Natrom先生が「妥当ではない」と云うならば、それで良いのです。公人についてのあなたの定義が私と異なるとしても、そのことについて、私はどうでもよいのですよ。

昨日は東京保険医協会主催の「奈良県の医師が検察官の暴行により死亡した(疑いの)事案」についての講演会と懇親会に参加して、遅くに帰宅しました。質問に対する回答の不足がありましたら、メール( to jsawa@nifty.com )でどのような手段でもいいので、ご指摘下さい。そろそろ、睡眠に入ります。午前四時なので。

sawataishisawataishi 2018/04/15 04:43 誤字訂正しました。こちらを
■内科勤務医 @NATROM 医師とのやり取りの記録 その二(2018/4/15)
  ☆本文書の所在⇒ https://twishort.com/g8Wmc
Natrom 先生の澤田石に関する疑問が記載された webpage ⇒ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00160206#p1
に関して、次の文章で ⇒ https://twishort.com/b2Wmc 2018/4/13に回答しました。
それに対して、驚いたことに、速やかに返答いただきました⇒ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00180414#c
私の先生への回答の中で、先生に回答して頂きたい部分に関しては "★Q★" と表記しますので、可能であればどうかお願いします。

私の先生への回答の中で、先生に回答して頂きたい部分に関しては "★Q★" と表記しますので、可能であればどうかお願いします。

▼Natrom先生とは異なり言葉が通じない医師達(いきなり蛇足)
 上昌広医師、久住英二医師、村中璃子医師に対して、私はいろいろな手段で批判・非難してきましたが反応は twitterならばブロックのみ。久住君だけは言葉がありました。なんと、久住君がブロックする直前に、私と彼の大切な共通する友人に対して、「澤田石をブロックすることをすすめる、目的があるのでしょう」というようなもの。

以下、質問・疑問に対する回答と私からの質問・問題提起です。

-Question(以下 Q) by Natrom先生(以下 N)
澤田石先生は医師とのとなので(完全に自費診療か、もしくは引退していなければ)、「准公人」であると言えます。准公人が、あるジャーナリストについて「全体として信用してます」と発言したのです。ならば、そのようなジャーナリストの発言についていささの責任があると私は考えますが、いかがでしょうか。

-Answer(以下 A) and Q by 澤田石(以下 S)
 私は鶴巻温泉病院の勤務医。保険診療に従事しているので先生と同様に准公人です。伊藤隼也さんというジャーナリストについて私は「全体として信用してます」と発言し、今でもそうです。前回の回答でも言いました。彼の発言の一つ以上に関して、私から見て間違いとか疑問を感じることはあると。
 「全体として」という表現を定義するのはつまらないですね(笑)。例えば、安倍晋三氏を「全体として」私は信頼しないどころか、憎みますが、安倍総理のある部分は肯定的に評価してます。
 「全体として」の評価がプラスな人物に関して、``澤田石からみて''and/or``医師の圧倒的多数からみて'' マイナスと評価される発言について、私には責任がありません。
★Q1★ 伊藤さんのそのような「トンデモ」発言そのものについては、澤田石に「責任」がないことは認めますでしょうか? (他人の発言に責任がないのは当然)
★Q2★ 伊藤さんのトンデモ発言が一つ以上あることを澤田石は認識してますが、澤田石が彼について「全体として信用してます」と公言することが、彼のトンデモ発言について、澤田石には批判する「義務」とか「責務」があると、あなたは本気で思っているのでしょうか?
 Natrom先生のいう``いささかの責任''とは実に巧妙に考えられた言葉ですね。正直言いまして、不快で憤りましたが、ロジックでの対話が大切なので、今言った感情のことは脇において下さい。
 前回の回答でも言いました。ジャーナリストとか匿名の自称医師という非公人(非准公人)の``私からみての''問題発言については、直接に批判しないと。その理由も縷々述べました。対話が成立しないので時間の無駄(それ以外にも理由あり)。
 再度、言いますが、伊藤隼也さんとは既に「知人」になっていますから、私が彼の「トンデモ発言」をtwitterで現実に見た場合、twitterで批判することは大原則と既になってます。伊藤隼也さんと現実世界で呑み、取材も受けました。私の意見を伊藤さんは女性セブンに本旨を曲げることなく記事にして下さいました。私が彼を「全体として信用する」ことは感情・思考・意志の三つが一致していることであります。高く評価してます。私には伊藤隼也氏への愛があります。だからこそ、必要な時には伊藤さんの発言が明らかに間違っていると考えられた時には、疑問や批判を送る「義務」とか「責務」があります。
 
▼信仰告白
 Natrom先生、実は私、昨年の12/13に三位一体の神の僕となる決断をしました。教会にはまだ行って無い、洗礼は受けてません。ハーベストタイムの中川健一さんの聖書についての解説を昨年の発月から毎日一時間聴いてます。
 愛という持続的行為あるいは持続的現象の必須要素の一つは「相手の成長を願うこと。成長すると信じること」。このことは約30年前に読んだエーリッヒ・フロムの Art of Loving (みすず書房、「愛するということ」)で骨肉に刻まれたと思ってました。感情と理屈で感銘してはいたものの2017/12/13の前にはわかってなかった。

▼対話の重要性
 私は、現実世界で知り合いの人物 and 公人については、私から見て問題だと考えられる発言については、批判するようにしているといいました。前者の「知り合い」に関しては積極的に意見を申す理由は、愛ゆえだと、敢えて恥ずかしながらいいます。愛が互いになくても、「知り合い」であれば対話が成立する蓋然性が高いわけです。対話が持続すること、非常に貴重だと思います。
 ある人の意見・批判が「正しい」かどうかは、その人には客観的にわかりません。ある人の見解を判定する資格を有するのはその人以外であり、その人自身には判定する資格が形式的にありません。ある人と他者の対話を通じてのみ、「客観的」に真実が見えてくる可能性があるのみ。主観的な自説の奴隷と化してしまうのが、大多数の人間。もちろん、私はその典型であることは自覚してます。わかっているのになかなか・・。
 
- Q by N
(1)政府の有識者会議の構成員である伊藤隼也氏は准公人ではないですか?
-A by S
 准公人に近いですね。そのこと以前に、伊藤さんとは既に「知り合い」なので、公人(准公人)であろうがなかろうが、私が見て「これは問題発言」と認識したら、批判や疑問を云わざるを得ません。知り合って以来、私は伊藤さんの問題発言を見たことはありません。相互フォローはしてますが、twitterのタイムラインは希にしか見てません。

- Q by N
(2)フォロワー数が3万越え、マスコミも露出している「ジャーナリスト」が准公人ではない、という判断は妥当ですか?
- A by S
★Q3★ ここでの妥当とは、法的な意味ですか、それとも社会的な意味ですか?
 名誉毀損罪とかの訴訟においては、有名人は「公人」とみなされます。そのことは私による勝手な定義とは関係ありません。
 フォロワー数が三十万あろうが、マスコミに毎週露出しようが、「私による公人の定義」は満たしません、前回説明したように。私の定義は私だけのものです。私の定義が「妥当かどうか」に関して私自身には判断する資格がありません。「私にとって妥当」なのはいうまでもありません。。私の定義に関して、Natrom先生が「妥当ではない」と云うならば、それで良いのです。公人についてのあなたの定義が私と異なるとしても、そのことについて、私はどうでもよいのですよ。

昨日は東京保険医協会主催の「奈良県の医師が検察官の暴行により死亡した(疑いの)事案」についての講演会と懇親会に参加して、遅くに帰宅しました。質問に対する回答の不足がありましたら、メール( to jsawa@nifty.com )でどのような手段でもいいので、ご指摘下さい。そろそろ、睡眠に入ります。午前四時なので。

NATROMNATROM 2018/04/16 13:42 お返事を書きました[ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00180416#p1 ]。要点は

・「(伊藤氏を)全体として信用している」と述べたのなら、その発言の根拠を説明する責任があるのでは。
・「インフルエンザワクチンを打った直後にインフルエンザになったからインフルエンザワクチンやめた」と発言するような人物の、ワクチンについての言説は信用できるのか?
・「子どもにASDやADHDの診断を受けさせている時点で知性とデリカシーが欠如している」と発言するような人物と、「感情・思考・意志の三つが一致している」のか?
・私(なとろむ)が答えていない質問をやらを具体的に提示せよ。

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