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2004-08-10 血液型差別はすなわち遺伝子差別である
■[科学][トンデモ]遺伝子差別する教育評論家

血液型と性格・行動に関係があるとする考え方は根強い。血液型と性格の関係については、科学的な根拠に乏しいことを、遺伝学からみた血液型性格診断で既に指摘してある。占いにとどまるのならまだしも、教育に応用していることを無批判に伝えている記事を発見したよ。
■「血液型」を保育に活用 阿部氏が具体例報告*1(琉球新報)
阿部氏はまず「日本人は血液型の話が好きだが、教育に生かしてこなかった」と指摘。自身がかかわる保育園で20年前から血液型を保育に活用、効果を挙げていることを具体的事例を基に説明した。
これまでの調査で、血液型と園児の行動様式に因果関係があることが分かったと指摘。教室内で自由に座らせると、B型の子は「先生の前に」、A型の子は「窓際や廊下など端の方に」、O型は「真ん中で群れになって」、AB型は「一番後ろ」など血液型により顕著な違いが表れたという。
O型は肩をなでるなどのスキンシップを好むなど、それぞれの血液型に特性があり、それらを活用することで園児一人ひとりが楽しく園生活を送れるようになったと成果を披露した。
阿部進氏は教育評論家であるとのこと。テレビ番組などの元ネタになっているようだ。「これまでの調査で、血液型と園児の行動様式に因果関係があることが分かった」とあるが、こうした調査では容易にバイアスが入り込むことは既にわかっている。たとえば、血液型と行動に関係があるという思い込みが、園児が予想通りの行動をとったことのみを記憶してしまう認知バイアスなど。他にもいろいろある。どのようなバイアスがありうるのか、そのバイアスを排除するにはどのように実験をデザインするべきなのか、を考えることは、よい頭の体操になる。
バイアスを排除した研究はけっこう手間がかかるのだが、阿部氏はそこまでしているのだろうか。もししているというのなら、私立幼稚園連合会九州地区会などではなく、きちんとした科学雑誌に発表するべきだ。数万あるヒトの遺伝子のうち、たった一つの遺伝子が行動様式に顕著な違いをもたらしている!NatureやScienceが狙えると思うぞ。でも、阿部氏はバイアス入りまくりの粗雑な研究しかしてしていないよ、きっと。自然科学の素養もなさそうだし。
付け加えるならば、血液型を利用した保育の問題点は、科学的根拠に乏しいことだけでなく、本質的には遺伝子差別に他ならないということだ。「個人の遺伝情報を保育に活用、効果を挙げている」と書き直したらよくわかるだろう。よしんば、ある遺伝子が行動に影響を及ぼしているとしても、その情報を利用することの是非は厳しく問われなければならない。阿部氏はいいことも言っている。
阿部氏は血液型だけでなく、子どもの行動をじっくり観察しそれぞれの個性を把握すれば、個々に応じた接し方が可能となると指摘し「一人ひとりの生徒にあった対応をすると、みんなの先生ではなく、わたしの先生と思うようになる」と特性に合わせた接し方の大切さをユーモアを交え紹介した。
「子どもの行動をじっくり観察」するのであれば、はじめから血液型を保育に活用するなど必要なかろうに。個人を見ずに、その個人が属している集団(人種とか性とか国籍とか血液型とかね)のみを見る事が差別のはじまりなのだ。
*1:URL:http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/2004/2004_08/040806m.html










これが問題だというが保育を医療に置き換えれば正しい行為になるわけ?
どっちも役立つならいいんじゃないの。そりゃ科学的根拠は必要だとは
思うけどさ、医療だって科学的根拠を得る前にも人を使って治療実験を
してるわけだろ。差別を助長するっていうけど、そんな科学的証拠があ
るの?かえって隣の人の特徴・違いを理解し合えることで差別を防ぐと
いう別の結論だってあり得るんだよね。
医療も治療実験をしている→インフォームドコンセントをとっているし、ヒトに応用する前に動物実験レベルで証拠は集める。科学の素養のない人間が安易に遺伝情報を保育に使うのとは次元が異なる。
差別を助長するっていうけど、そんな科学的証拠があるの?→科学的証拠ではないが、血液型差別の事例はある。そんなもんに「科学的根拠」を要求するなんて、ココさんは科学信者なのですか?
特徴・違いを理解し合えることで差別を防ぐという別の結論だってあり得る→「【○○人は生まれつき頭が悪い。】でも、そうした特徴を理解することで差別を防げるんだ」という結論もあり得るとお考えで?【】内に、さまざまな差別的な主張を入れてみよう。よしんば、【】内の主張が事実だとしても、それは一般的な傾向を示しているだけであって、目の前の個人にあてはまるとは限らないのだ。ましてや、【】内の主張に科学的な根拠がない場合の問題は言を待たない。
ところでおれはあなたよりどうやら頭が悪そうだ。しかし、それを他者がはっきり理解した結果、どんな差別を受けることが現実に想定されるだろうか、おれに対する差別が助長され、差別されることは正当かされるだろうか。しかし、そうはなるまい。如何なる理由で頭が悪い人も差別されるべきではないというのは既に社会通念だし、頭が悪いことがはっきり理解された結果により差別が助長されるとはいえないのではないか。ではある人が生まれつき頭が悪い、その特徴が理解されることにより、差別を防止するどころか、助長するというのは如何なる理由だろう?
で、血液型を保育園に活用している阿部氏は、要するに【O型は肩をなでるなどのスキンシップを好む】という情報を活用してたってこですよね。よしんば【】内が事実であったとして(事実じゃないのだけれども)、O型でもスキンシップを好まない子もいれば、非O型でもスキンシップを好む子もいるでしょうに。原爆小頭症の例を挙げておられますが、原爆小頭症の中にもさまざまな個人がいるわけであるけれども、そういう個人差を抜きに「原爆小頭症の人は○○だ」という決め付けたら差別でしょ。
「あくまで統計的な傾向にすぎない」ってことをちゃあんと理解していれば、そういう決め付けもなく、よって差別も起こらないという反論が予想できますが、血液型と性格に相関があるって信じている連中が、そうしたことを理解していますか?それが理解できるようなら、血液型性格診断などというトンデモには引っかからないように思うのですが。
あの集団に属していたとしても個人の評価は個々に行われ客観的で合法的なものであれば差別にならない。逆に個人の評価を無視して集団の傾向だけで判断すれば差別となる。つまり、ある集団がどういう傾向があるということをはっきりさせるのは差別ではない。
個人差を抜きにせずに原爆小頭症を理解すればよいだけでは?
遺伝情報は個人情報。どんな遺伝子を持っているかもその人の個性。その遺伝子がどういう傾向があると知ることはその人の個性の一端を理解することになる。
研究することを問題にしているのじゃないの。遺伝情報をむやみに利用することを問題にしているの。まったく利用するなって言っているんじゃないんだよ。メリットがデメリットを上回りそうなら使うのはかまいません。たとえば、遺伝子Aの有無は医師にとって有用な情報でしょう。それでも、遺伝子Aを調べるにはインフォームドコンセントが必要だし、得られた情報は他の人に漏らしちゃいけないし、そもそも遺伝子Aを調べて臨床応用していいかどうかは議論があってしかるべき。そういう心配りもせずに、「遺伝情報を活用して効果を上げた」って無邪気に書いているのがダメダメだよな、って言っているのです。
この保育園の例では、園児が不利益を被っている実態として遺伝子差別があるといえるのかどうか。園がこういう方針であることを当然保護者は知っているだろうし個人情報は問題ないだろう。この園で育てられた園児が現に不利益を被っていたり、将来もその受けた保育のせいで何らかの不利益があるという相応の根拠がなければ差別とはいえないだろう。とりあえず現時点では当事者たちは不利益があるとは思っていないわけだし、後々のことまで調査した結果でもあるというなら話は別だが、そうでなければ予断といわれても仕方あるまい。
「当然保護者は知っているだろうし個人情報は問題ないだろう」って、ちゃんとインフォームドコンセントはとっているんですか?倫理委員会は通したの?「当人たちが不利益があると思っていないからいいや」で、遺伝情報をこんなに杜撰に扱ってもいいものですか?
「九州大学医学部は、99年春に福岡県久山町民約2000人から採取した血液を使って無断で遺伝子解析を実施した」
http://www.fine.bun.kyoto-u.ac.jp/newsletter/n02a2.html
っていう事例があったのです。久山町民に不利益などないのですが、これはOKなので?「後々のことまで調査した結果」を言い出すのであれば、まさしく、「血液型」を保育に活用している人たちが、後々のことまで考えていたのかどうかを問題にしないのはなぜですか?園児が大きくなって、「自分は血液型を他人に知られたくなかった」と思うようになるかもしれませんよ。
血液から”無断で”遺伝子解析という例はこの保育の例とは関係ないだろう。ちなみに不利益なしと判断したのが町民ならば致し方あるまいがそもそも無断なのでは町民が判断しようがない。
この保育園内で活用した園児のABO血液型が第三者に知られるというのはどういう状況を指しているのだ。個人情報保護法に抵触するようなことをしていると?
「この保育園内で活用した園児のABO血液型が第三者に知られるというのはどういう状況を指しているのだ」→この保育園では他の園児に血液型を知られないようにしているのですか?「血液型ごとのグループに分けて」保育をしているようですが、他の園児や園児の親に血液型が丸分かりでしょう。ココさんが、それのいったいどこが問題なのか多分ご理解いただけないでしょうが、まさしくどこが問題なのか理解できない人が結構いること自体が問題なのです。無断で久山町民の遺伝子解析をやっちゃった研究者は、やばいと思いつつやっちゃったのではなく、どこが問題なのか理解せずにやっちゃんたのだろうと思います。「町民にどんな不利益があるのか根拠を以て説明した上でないと予断ではないか」とぐらいは述べたかもしれません。
園児同士や親が血液型を知るかどうかは、それは了解済みであるはずだ。
「園児に不利益が及ぶから差別である断定する方がその根拠を示せないのに何を問題視するのか理解に苦しむ」→無断で遺伝子解析した研究者も、「町民に不利益が及ぶ根拠を示せないのに何を問題視するのか理解に苦しむ」って言ったでしょうねえ。だいたい、根拠として、血液型差別の事例はある旨、すでに述べたではないですか。もっと詳しい説明が必要ですか?
「民事だからよい」「了解済みであるはず」→だったら、ココさんは、生命保険会社が遺伝子によって保険料に差をつけても問題はないとお考えなわけですよね?刑事ではないわな。保険会社はこう言うでしょう。「当社のお客様は、遺伝子によって保険料に差がつくことを了解済みです。不利益を被るお客様がいるから問題だ?民事だから問題があるという方に立証する責任があるですよ」。
以下の質問に明確に答えてください。
1. 「遺伝情報は慎重に活用すべきもの」という点については同意が得られましたが、遺伝情報であるABO式血液型については、ココさんは慎重さがなくてもよいとお考えなようです。いったいなんでまた、ABO式血液型だけは特別扱いなのですか?
2. 遺伝情報を活用するのであれば、活用する側に将来起こりうる問題点がないかどうかや、現在得られている科学的な知見について正しく説明する責任があることには同意できますか?たとえば、「久山町民の遺伝情報から疾患感受性遺伝子を研究したい」という研究者は、久山町民に、研究の意義や現在の遺伝学的な知見について説明する責任があります。このときに、科学的に正しくない説明をするとNGですね。血液型を保育に活用したいのであれば、保護者に説明する責任があります。
どんな例をもってしてもこれを直接説明できないければ意味がない。
無断で遺伝子解析した研究者の例は、無断なのだから同様の例にもならない。この保育園の具体的な差別がどういう根拠であるかということと何の関わりもないことだ。
生命保険会社の例もしかり。保険料に差をつけることに倫理的問題があるかもしれないが、そんなことは今議論していない。それは遺伝情報での保険料差別をテーマとして別に議論したい人とすればよかろう。
保育園がABO血液型を活用する慎重さとは園児に対して不利益が及ばないようにする慎重さという意味だろう。だからどのような不利益があるのかにより慎重さも変わってくる。その不利益とは何かを明らかにせずに慎重さに欠けているからそれは差別だというのはおかしいのではないか。
「保育園で園児にどんな不利益が発生したことをもって差別であるとしているのかを問うている」→ココさんの理解が駄目なのは、不利益が発生したことを証明しないと、差別であると第三者が指摘できないと思い込んでいるところですね。違うんですよ。遺伝情報を活用する以上、利益が不利益を上回ることを説明する責任があるのは、保育園側なのです。そのことをはっきりさせるために、説明責任の所在について質問したんですが、答えなしでした。答えられるわけないからしょうがないですが。本来は、こっちは保育園が説明責任を果たしていないことを指摘するだけでいいんですが、ココさんにもわかるように次の段落でどのような不利益がありうるのか、説明しましょう。
「その不利益とは何かを明らかにせずに慎重さに欠けているからそれは差別だというのはおかしいのではないか」→そりゃ、ココさんが遺伝子差別に鈍感でどういう不利益があるのか理解できていないだけです(無断で遺伝子解析しちゃった研究者のようにね)。いっくらでも例は考えられるけれども、軽微な例では、たとえば、「隣の人の特徴・違いを理解し合えることで差別を防げる」と無邪気に思い込んでいる桃子ちゃんのお馬鹿な母親が、「健太君はB型だから××なのよねえ」などと言われて健太君が嫌な思いをするかもしれません。
http://www.chironoworks.com/ragnarok/psychology/log/eid23.html
の「ブラッドタイプ・ハラスメント」の項を参考にしてください。「セクハラだってするほうの人間は嫌がらせだなんて微塵も思っていません」ってところで、ココさんがご自身の鈍感さを自覚できればいいのですが。私のエントリーは、ココさんのような「どのような不利益があるの?」という鈍感な人がまだまだいっぱいいるねえ、って嘆いているんですよ。
そうそう、不利益が何かってことをしつこく聞いていますが、じゃあ、利益って何があるんですか?私は、利益はゼロだと思うのですが。血液型と性格に活用できるほどの大きな相関が仮にあったとしても、上記批判は成立しますが、実際には、そんな相関は存在しません。もしかして、ココさんは、血液型と性格に大きな相関が存在するって信じていらっしゃるのですか?利益/不利益のトレードオフの話をするならば、利益について説明責任が生じますよ。
あなたは母親の責任なのに保育園の責任にして保育園が差別していると述べていることになる。
利益はゼロでもそのままなら園児に不利益が及んでいることにならず差別にはならない。
よって不利益しかないから差別であると述べているわけだな。
尚更、具体的にどんな不利益を園児が被っているのか根拠をもって述べた上で差別であると主張すべきだ。
「桃子ちゃんの母親の発言は母親の責任でありで、保育園の責任にはならないのでは」→ははあ、その理屈でいくと、社会的に差別を受けるであることが予測される個人情報を漏らし差別が起きたとしても、それは差別した人の責任であり、個人情報を漏らした人の責任ではないってことになりますなあ。なに?個人情報を漏らしてもよいという了解済みだったらよい?でも、血液型が個人情報であり、遺伝情報であり、差別に用いられて、さらにつけくわえて血液型と性格の相関に科学的根拠がないってことを、きちんと説明された上で同意していたんならともかく、そうではないんでしょ。インフォームド・コンセントってのは、正しい情報を提供された上でないと有効ではないのです。かの保育園の保護者たちのコンセント(同意)はとっていたかもしれませんが、インフォームド(正しい情報を与えられた)されていないので、有効な了解ではありません。お分かりですか?だいたい、阿部氏の保育園は桃子ちゃんの母親のようなお馬鹿な大人を再生産するような教育でしょう。
健太君がもうちょっと大きくなって、(桃子ちゃんのお母さんのようなお馬鹿な大人と違って)血液型と性格の相関に科学的な根拠がないこと、にも関わらず世間ではさも関係があるかのように扱われていること、B型はマイナーであるがゆえにネガティブなイメージがついていること、自分の血液型を知られて欲しくはなかったことに気付いたとしましょう。園児の中にもココさんと違って頭の良い子はいるでしょうから、健太君のような子がいてもおかしくないでしょう。でも、健太君がB型であることは、保育園時代からの友達を通じてみな知っています。個人情報漏洩の恐ろしいところは、なかったことにできないことですね。さて、この事態について、阿部氏にはまったく責任がないとでもおっしゃる?健太君の母親は、「だって、阿部先生は、血液型別の保育が効果があるって言っていたから信じたのよ。血液型と性格が関係ないなんて知っていたら、あの保育園には行かせなかった」って言っています。
どうせ答えられないでしょうけれども、質問しておきます。
1. 健太君の保護者に正しい情報を与えずに、健太君の個人情報を漏らしてもよいという了承を健太君の保護者から得たとして、その了承は有効ですか?
2. 阿部氏の保育園では、保護者に正しい情報を提供していたでしょうか?
何が「正しい情報」かっていう点になると、血液型と性格の相関の有無についての議論になりますが、その議論からも逃げるんでしょうね。
病院で癌病棟にいる患者同士は病室の名札などで名前を知ることも簡単だし癌であることも知りうるし、面会者がいれば面会者にも知りうる情報だ。カルテの情報漏洩に同意はするはずなくとも、その程度は範囲で個人情報を知られることは患者は了解している。それが個人情報が漏洩したことになりはしない。保育園の園児同士が互いの了解済みの個人情報を互いに知るのは情報漏洩とはいわない。
あなたは自分の作り出したフィクションを根拠にしようというのか。フィクションが本当なのかどうかを確かめてから言ってもらいたい。
健康診断の後で医者に「問題があるから通院が必要」と告げられ、その問題とは何か問うと、問題がないというならそれを説明しろと逆に居直る医者がいるだろうか。「保育園はABO血液型を活用することで差別をしているのが間違いないと述べるのであれば、事実に沿って具体的に園児がどういった不利益を受ているから差別なのだと予断ではない説明をするべきだ。
1. 健太君の保護者に正しい情報を与えずに、健太君の個人情報を漏らしてもよいという了承を健太君の保護者から得たとして、その了承は有効ですか?
2. 阿部氏の保育園では、保護者に正しい情報を提供していたでしょうか?
という、二つの質問に答えがないのですか?説明責任がどちらにあるのかについても、答えがないですねえ。
フィクションを根拠にしているのは、私ではなく、ココさんのほうです。病室の名札や面会者によって個人情報が漏れればそれは病院の責任です。私の勤める病院では、入院の際には名札を出してよいか、面会者を通してよいか、患者さんの了承をとります。名札はともかく、いまどきの病院で安易に面会者に病名が知られるようなところはないでしょう。
3. 「その程度は範囲で個人情報を知られることは患者は了解している」というのはココさんのフィクションですか?それとも、私の勤務する病院は特別なのでしょうか?
「面会者に病名が知られても個人情報漏洩ではない」という感覚だから、「遺伝子によって扱いを変えても差別ではない」という感覚なんでしょうね。なぜ差別なのかココさんには理解できないでしょうが、そもそも理由はもともとのエントリーに書いてあります。
個人情報が守られるべきなのは、その人の情報はその人のもので、その情報の管理はその人の権利だからだ。だれに知らせないか、または知らせるか、その人の考え次第ということだ。極論すれば、人には個人情報を公表する権利と自由がある。
ところが、あなたは「例の保育園はきちんとインフォームドコンセントをしているのですか?」とおれに尋ねる始末。もちろん、おれは答えられない。尋ねられても知らないものは答えられない。答えられないから、差別があるとも述べられない。なのにあなたは差別があると述べる。それが問題だといっている。
繰り返しになるが、保育園はABO血液型を活用することで差別をしていると述べるのであれば、事実に沿って具体的に園児がどういった不利益を受ているから差別なのだと予断ではない説明をするべきだ。
「人には個人情報を公表する権利と自由がある」→ああ、もちろんそうですね。でもね、誤った情報に基づいて、「私は個人情報を公開してもよい」という了承をとっても、それは無効なんですよ。
「尋ねられても知らないものは答えられない」→血液型と性格に保育に活用するほどの強い相関が存在しないことは、科学についてもののわかったひとなら容易に理解できることです。もしかしたら、ココさんは科学についてものがわかっていないかもしれませんが。「それぞれの血液型に特性がある」などと勘違いしている阿部氏が、正しくインフォームドコンセントできるわけがないってことは明確なのです。まあ、百歩譲って、ココさんが「知らないものは答えられない」としましょう。で、以下の質問には答えられるはずですよね?
1. 健太君の保護者に正しい情報を与えずに、健太君の個人情報を漏らしてもよいという了承を健太君の保護者から得たとして、その了承は有効ですか?
この質問の次には、ココさんが逃げて逃げて答えれない立証責任の話になるんだけど、遺伝子によって扱いを変えようかって微妙な問題を扱うのであれば、保育園側がそういったインフォームドコンセントを行ったってことを立証する責任があるんですよ。それから、これは私の興味の範疇なんですが、ココさん自身のお考えを聞かせてください。
2. ココさんは、「保育に活用できるほどの強い相関が、血液型と性格の間にある」と考えていますか?
「無断で遺伝子解析した研究者の例は、無断なのだから同様の例にならない」って言っていましたが、無断でなければ、この保育園のように問題はなかったとココさんは考えるのでしょうね。ある研究者が、一応は町民から承諾をとり(正しい情報を伝えずにだけれども)、倫理委員会にも通さず、他人にもわかるような形でその遺伝情報を活用しちゃったとしましょう。この研究者は、批判されても、「事実に沿って具体的に町民がどういった不利益を受ているのか説明せよ。町民は了承しているから問題ない」と言い逃れるでしょう。私は、研究者の方に立証責任・説明責任があると思うのですが、優しい優しいココさんは、この研究者も擁護するんでしょうね。
そうそう、
3. 「その程度は範囲で個人情報を知られることは患者は了解している」というのはココさんのフィクションですか?それとも、私の勤務する病院は特別なのでしょうか?
という質問の答えもお願いします。フィクションを根拠にしていると否定しておいて、具体的に反論されたら知らん振りですか。
横道にそれそうな質問とありますが、遺伝情報を活用するにはきちんとしたインフォームドコンセントが必要って話だから、横道でもなんでもないのですが。この保育園が、倫理委員会なりなんなりの承諾を得て、保護者にきちんとインフォームドコンセントをとっておけば、ほとんど問題はなかったでしょう。
まあ、この問題については、よろしければ
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/5329/1128817421/
でやりましょう。
問題は血液型に意味がないと言っている一方で、慎重に取り扱うべきだと主張する不整合性でしょう
1.血液型に意味がある。だから、それをインフォームし同意の上で活用する
2.血液型に意味はない。だから、個人情報としても意味がない
のどっちがが普通で
3.血液型に意味はない。だが、慎重に取り扱うべき重要な個人情報である
ってどういうこと?
それは個人情報かも知れないよね。
問題は「血液型による社会的差別」が本当に存在するのかって話。
社会的な意味がある、具体的に言えば差別があるというのは仮説で
あって、未検証だと思う。そこが問題になっている訳だが、そこは
一生懸命スルーですかねw
差別をする側は差別の存在に無頓着、ということはある
社会的マイノリティーが差別される場合は、その差別の存在に対して
マジョリティーはあまり意識していない、ということは十分にある。
しかし、差別を受ける者が多数存在すれば、(言い換えれば、社会的
パワーが十分にあれば、)その存在は容易に社会的認知される
血液型の場合、例えばAB型は、社会的にマイノリティーなのかなあ?
それから、「追加」「君は」というのは名前なのですか?名前を書く欄には名前を書きましょう。マルチハンドルがいけないとか、他人と紛らわしいハンドルはいけないとか、そういうことを理解する能力に欠けているようですが。ご自分のブログがあるようなので、寝言はそこで言ってもらえればありがたいです。
一部で信じられているからと言って、社会的に信じられているんですか
>遺伝情報であっても保護されるべき
そでれ、自分の血液型を公開することが制限されちゃうんですか?
>マルチハンドルがいけない
それは主観的な話です。もちろん、ここは貴方のブログだから
それでいいのですが、一般的に通用する話ではありませんよ。
>社会的差別がないことを積極的の証明する責任を負うのは、血液型を利用する方。
学歴(高卒、大卒)を採用人事に利用したら、差別がないことを積極的に証明しなかえればならないの。頭の方は大丈夫ですか?>NARTOMさん
どの血液型も該当者が多いですから、もしも社会的差別があれば、多くの人が差別の存在を認識しているのが、普通だと思いますけどね
もしかしたら血液型によるバカ人事をやっている人が一部にはいるのかもしれないけれど、それは社会的差別ではないでしょう
年齢を利用するなら、年齢差別ではないことを証明しなければならない!
でもね、おバカ教育やおバカ人事だからと言って、差別的教育や差別的人事であるとは全く限らないと思いますよ
無断って言ってるじゃんw
それに遺伝情報ってことは個人認証が可能と言う面もあるしな。指紋とか虹彩とかみたくバイオメトリクス認証的な意味ね
そんなもんと高々4分類の情報を一緒にするなよ
血液型保育はバカ保育だと思うが、「血液型保育のために血液型を利用する」ことを説明し、同意の上で血液型の情報を得て、血液型保育のために情報利用することは、『個人情報の取り扱いという点』では別に問題ないよ。
もう、ほんとに駄目だわ。
以降、ふまさんはご自分のブログで好きなだけ発言してください。マルチハンドルがなぜいけないのか理解できないような人は、今後、私のブログでの発言を禁止します。発言禁止の正当性については、きくちさんとこやapjさんのサイトも参照してください。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1174435333
http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=5107