NATROMのブログ

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遺伝子の起こし方

遺伝子スイッチオンで有名な村上和雄の記事が毎日新聞に載ったよ。

■暮らしWORLD・からだ百科:遺伝子の起こし方(毎日新聞)


たとえば「火事場のばか力」といわれるように、人間は極限状況で普段考えられない力を発揮します。これは眠っていた良い遺伝子のスイッチがオンになったからです。逆に悪い遺伝子のスイッチが入ってしまうと、さまざまな病気につながります。ただ、これも「笑い」などの好ましい刺激によってスイッチが切り替わり、治ることがあります。糖尿病の患者さんたちに吉本興業の漫才を聞いてもらう実験をしたところ、血糖値が平均46ミリグラム下がる効果が表れました。このように遺伝子は、決して固定した存在ではなく、条件次第で働きが変わっていくのです。

火事場のばか力なる力が存在することは否定しないが、それが「眠っていた良い遺伝子のスイッチがオンになったから」というのはいかがなものか。さすが、「この分野の研究で世界的に名高い村上和雄・筑波大名誉教授」である。どの分野だよ。吉本興業の漫才の実験の詳細は、■【MEDICALホットニュース】糖尿病に漫才が効く!? “笑い”で血糖値が大幅に低下に詳しい。ツッコミどころはたくさんあるので自分で考えてみよう*1。よしんば笑いによって血糖値が下がったのが事実であったとしても、「好ましい遺伝子のスイッチが入ったから」という説明は不正確だ。



 −−良い遺伝子をオンにして、潜在能力を引き出す秘けつはありますか。

 ◆環境を変えるのが一番の早道です。私自身、学生時代は遊んでばかりいて成績も良くありませんでした。しかし大学院を出たばかりの63年、米国に留学したのがきっかけで、自分でも驚くほど「やる気人間」に変ぼうしました。「急に人が変わったようだ」といった言葉がありますが、これは遺伝子が目覚め、活性化した状態でしょう。

環境によってやる気が変わるということはいくらでもありうる。でも、どうして「遺伝子が目覚め、活性化した状態」ってなっちゃうんでしょうか。あとはよくありがちなポジティブシンキング賛美。こりゃ船井幸雄だねと思って調べて見たら、こんな本があったり。それにしても、「見る前に跳べ」「3年やればきっと芽が出る」「純粋な集中力を得る方法が身銭を切ることなのだ」という文句は、まるで悪徳商法の勧誘文句だ。見る前に跳んで3年間は身銭を切ってしまう人がいることによって、誰かが儲かるのではないか。

遺伝子という言葉を使うことで科学の衣をかぶり、それで騙されちゃう人もいるんだろうな。基本的な科学の知識・考え方を身に付けた人なら、村上和雄の「スイッチオン」というデタラメには騙されないだろうに。この構図は「水からの伝言」と同じ。科学の言葉を抜きに言っていることは、「水からの伝言」では「言葉は大事。感謝の心を持とう」に対し、「遺伝子スイッチオン」は根拠のないポジティブシンキングだから、「水からの伝言」よりタチワルイと言えよう。


*1:例:むしろ講義が血糖値を上げるのと違うか、など