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cover ■「ニセ医学」に騙されないために

 ホメオパシー、デトックス、千島学説、血液型ダイエット、ワクチン有害論、酵素栄養学、オーリングテストなどなど、「ニセ医学」についての本を書きました。あらかじめニセ医学の手口を知ることで被害防止を。

2007-10-30 老衰の「発病」はいつ?

NATROM2007-10-30

[]老衰の「発病」はいつ? 老衰の「発病」はいつ?を含むブックマーク


まずは新聞記事の引用から。


■誤診めぐり遺族が病院を提訴 (新潟日報)

 柏崎市の刈羽郡総合病院(小林勲院長)で刈羽村の男性=当時(90)=が腹膜炎で死亡したのは、医師が誤診して見落としたからだとして、男性の遺族が29日までに、同病院を運営する県厚生連を相手取り、慰謝料など約2500万円を求める訴訟を新潟地裁に起こした。

 訴状によると、男性は同病院に入院していた2006年8月上旬、下痢や腹痛が続いたが、同病院は、食べ物を飲み込んだ際、誤って気管に入って引き起こされる誤嚥(ごえん)性肺炎と診断。胸部CT検査で肺炎は見つからなかったが、担当医師は同肺炎の治療を続け、男性は同月24日、腹膜炎で死亡した。


強調は引用者による。90歳で2500万円かあ。まあすごーく元気な90歳もいるから一概には言えないけれども、こういう例を見るに、「80歳以上の死ならいくら肺炎になっていても、死因を老衰にして、その他の病名に肺炎と書くようにしています。できるだけ老衰という死因を書くべきです」というbさんのコメントはもっともである。たとえば死亡の直接原因に「誤嚥性肺炎」と書くと、「誤嚥がなければ死ななかった」「肺炎をちゃんと治療しさえすれば死ななかった」と考える遺族もいるだろう。ただ、死亡診断書(死体検案書)は「死因統計作成の資料としても用いられる」ため、できれば老衰死にもきっちりとした基準があったほうがいい。

だいたい、「発病(発症)又は受傷から死亡までの期間」という欄があるが、老衰の場合はどう書けばいいのだろう?出生時から老衰は始まっていると考えれば、「90年前」とか書くのか。それはいくらなんでもあんまりか。それとも、身体機能が弱まった時期からの期間を書くのか。それはそれで曖昧この上ない。「不詳」や空欄にしておくという方法もある。そのほうが安全そうではある。



関連記事

■老衰死は増えているか?厚生労働省の統計から

地下に眠るM地下に眠るM 2007/10/30 17:18 1)老衰死と診断する
2)遺族が駄々をこねて解剖を要求する
3)老衰以外の何らかの死因が解剖でみつかる
4)老衰と診断した医師が訴訟でボロ負けする
こうなるのではにゃーかと。

bamboobamboo 2007/10/30 18:30 義父は93歳でぴんぴんしています。
寿命が尽きたところが病院なら、新車が買えるかも。
なんて不謹慎なことを考えたくなるご時世ですね。

wadjawadja 2007/10/31 00:30 うちのばあさんも、脳梗塞で入院して、誤嚥性肺炎で亡くなった。享年95歳。医療訴訟なんて、だれも考えんかったぞ。時代が違うんやろか、いっそのこと、平均寿命越えてから死んだら、死因は全て老衰って定義しなおしたらどうやろ?

bb 2007/10/31 17:10 僕のコメントがエントリーになってますね・・。
僕としては誤嚥などを起こすぐらい身体機能が落ちている状態は老衰でいいでしょ?と思っています。80歳以上なら平均寿命を超えていますし、体のどこかに不調があっておかしくないので大抵の家族は老衰が主たる死因として納得します。堂々と老衰と書けない、また死亡時に渾々と「歳ですから!」と説明できない医師が多すぎるような感じがします。

Med_LawMed_Law 2007/10/31 23:02
香ばしいのは、遺族側の『血液検査などで腹膜炎の疑いがあると分かっていたはずなのに』という下り。

研修医が血液検査を見て、『これは肺炎でなく腹膜炎の所見です』などと言い出したら、張り倒して自宅で勉強するように謹慎申し付けちゃうかもしれない。
さて、このような主張を容認した原告側に、ほんとうに鑑定医がついているのか疑問に思われる。適当に慰謝料を求めて和解するための下工作かとさえ勘ぐってしまう

徹底的に原告側の主張を叩きのめして、親の治療をしてもらった恩を仇で返すものに、正義の判断を下してやって欲しい。

9000円也

InoueInoue 2007/10/31 23:29 医学の進歩は速いです。我々が知らない間に、腹膜炎の炎症マーカーが実用化されてたんです。

tematema 2007/11/01 00:31 他に悪いところが見つからない場合には心不全と診断され、遺族側から「心臓が弱ってた疑いがあると分かっていたはずなのに」と言われてしまうとか…

と 2007/11/01 10:48 科学の立場からすると、死因を追求するのは正義なんですけどね…

地下に眠るM地下に眠るM 2007/11/01 12:17 臨床は必ずしも科学ではにゃーでしょう。
馬鹿訴訟における馬鹿認定って、臨床の現場において厳密に科学的たれと要求しているもののような気もしますにゃ。

MIBMIB 2007/11/01 21:18 確かにいつ受傷あるいは発病したのか……という事を書けといわれれば困りますね、老衰は。生まれた時から老化は始まってますし……。

遠藤遠藤 2011/04/17 19:41 この情報は、前提条件が表示されていません。   交通事故で入院をして、整形外科で治療中の事故です。   PTSDとか他の要因が隠されています。   また、担当医が暴言を吐き、病院のガラスを蹴って割るなどの物凄い前代未聞の状況がマスクされています。   地元では有名な話です。  マスコミが嗅ぎ付けて動かないようにしなければ・・・・

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2007-10-29 老衰死は増えているか?厚生労働省の統計から

[]老衰死は増えているか? 老衰死は増えているか?を含むブックマーク

地下に眠るMさんによる医学的にみて純然たる老衰死ってあるの?という質問にインスパイアされて、老衰死の割合および経時的な増減を調べてみた。残念ながら純然たる老衰死の割合は不明であり、ここで論じるのは死亡診断書の死因の欄に「老衰」と書かれたものである。死亡診断書に書かれる死因は結構いい加減なところもあるが、大まかな傾向ぐらいはわかる。

老衰とされた死が増えたのか減ったのか、二通りの考え方があるだろう。医学が進歩し、さまざまな病気の治療法は改良された。もちろん、現代でも克服できない病気は癌をはじめとして多々あるが、それでも過去と比較して寿命は延びた。その分、老衰死は増えたかもしれない。病死して脱落する者が減れば老衰死というゴールにたどり着く者は増えるという考え方である。あるいは、診断技術の進歩により、過去には老衰死とされたような死に病名がつくようになり、老衰死という「診断」は減ったという理屈も成り立つ。90歳の高齢者が意識障害を起こしそのまま死に至った場合、30年前なら検査せずに「これは老衰でしょう」にされていたのが、現在なら頭部CTを撮って「脳出血」という病名がつく。

厚生労働省のサイトにあった死因年次推移分類別にみた性別死亡数の年次推移から、老衰および他の主要な死因の割合をエクセルで表にした。

死因(主要なもののみ)昭和45年55年平成2年12年17年
老衰 5.5% 4.4% 2.9% 2.2% 2.4%
結核 2.2% 0.9% 0.4% 0.3% 0.2%
悪性新生物16.8%22.4%26.5%30.7%30.1%
心疾患(高血圧性を除く)12.5%17.1%20.2%15.3%16.0%
脳血管疾患25.4%22.5%14.9%13.8%12.3%
肺炎 3.9% 4.6% 8.3% 9.0% 9.9%
不慮の事故 6.1% 4.0% 3.9% 4.1% 3.7%
交通事故(再掲) 3.4% 1.8% 1.9% 1.3% 0.9%
自殺 2.2% 2.8% 2.4% 3.1% 2.8%

これを見れば傾向は明らかで、老衰による死は減っている。昭和45年は全死亡のうち、老衰死は5.5%。それが平成17年は2.4%で、半分以下となった。2.4%という数字については、実感として妥当に思える。その他の死因については、やはり悪性新生物(ガン)が16.8%から30.1%にほぼ倍増したのが目立つ。科学が苦手な人は、「現代医学はその基本からしてとんでもない錯覚と誤謬に陥っている(現代医学が正しいならガン死は減るはずだが、そうはなっていない)*1」「工業化(つまりは人口物質)にあることは、明らか(喫煙率に大きな変化はなかったから、喫煙はガンの原因ではない)*2」という可哀想な結論に至るが、ガンの増加は単に日本人が長生きするようになったからに過ぎない。

肺炎が増えたのも、高齢者の割合が増えたからと思われる。高齢者の死亡は、純然たる老衰からよりも、肺炎等のきっかけで起こりやすい。非医療従事者にとっては肺炎が死因の上位にあるのは意外なようだ*3。私にとって意外であったのは脳血管疾患が半分以下に減っていること(公衆衛生学で習ったはずだが忘れていた)。高血圧が管理されるようになったためであろうか。他に減っているのが結核と交通事故である。医学の進歩による貢献もあるだろうが、栄養状態の改善や交通安全対策によるところが大きいようだ。



関連記事

■老衰の「発病」はいつ?

■どうして日本は癌大国になってしまったのか?

*1:『ガン呪縛を解く』序章その3(Creative Space) URL:http://www.creative.co.jp/top/main2712.html

*2:ガン死亡率が増えているのはタバコが原因?(るいネット) URL:http://www.sizen-kankyo.net/bbs/bbs.php?i=200&c=400&m=81272

*3:意外な病気死因上位の「肺炎」(夕刊フジBLOG) URL:http://www.yukan-fuji.com/archives/2006/12/post_8064.html

く 2007/10/29 17:33  病院で死ぬことが多くなったってこともあるんじゃないでしょうか。いくら社会的入院が多いとはいえ、まったく何にもなくて入院してることはないでしょうから、入院先の病院で死ねばなんか診断が付くのではないかと。
 厚生労働省は社会的入院削減(という名の老人放置政策)を推進してますから、そのうち、老衰がまた増えてくるんじゃないでしょうか。

bb 2007/10/29 18:33 80歳以上の死ならいくら肺炎になっていても、死因を老衰にして、その他の病名に肺炎と書くようにしています。できるだけ老衰という死因を書くべきです。

MERCYMERCY 2007/10/29 20:54 純然たる老衰死って具体的に死因は何?平均寿命をこれ以上延ばす必要があるのかという点には疑問を感じるけれども医学の目的ってのは老衰死に何らかの定義を行う事か、もしくは老衰って死因を無くす事なんじゃないかと
老衰って要は理由がわかんないけど何か死んじゃった、もう十分生きただろうし、死因を探しても意味無いよね、だから老衰でいいやって意味に見える

InoueInoue 2007/10/30 03:26 法的な取り扱いをどうするかが問題ですね。死亡診断書の「死因」には「不詳の死」なんて項目もありますから、どうにでもなるでしょうが、医師法21条を根拠に逮捕されるんじゃかなわない。遺族の中で不満を持った人が警察に相談した場合、逮捕理由としては十分であることが昨年証明されてしまいました・・・

路犬路犬 2007/10/30 13:41 「人生五十年」という考えの名残りがあった時代には、ある程度の年齢を越えた人の死で、それが自殺や不慮の事故死でさえなければ「大往生=老衰」と考える気分が一般的だったと思うんです。現代でも、例えば百歳を越えた人が亡くなったとして、その人の直接的な死因がたとえガンでも脳血管障害でも肺炎でも、家族や医療・福祉関係者が手を尽くした上での死だとすれば、少なくとも家族や周囲の人々は「大往生という名の老衰」だと思うんだろうな、と感じます。
私は「老衰」という言葉について、そんな風に何となく非医学的な言葉だと勝手に思い込んでいましたが、医学的に「純然たる老衰死」と呼ぶべき死因があるんですね。やがては消えていく言葉なんでしょうか。それとも死を克服する事すら可能になる日まで、ずっと残っていく言葉なのかなぁ。

uu 2011/07/05 09:37 死亡者数に対する死因別の割合を比較してるけど、総人口に対する割合で比較しなきゃダメじゃない?
ガンの死亡率が倍に高まって書いてあるけど、それは他の死因による死者が減ってるから相対的にガンの死亡率が高まっているように見えているだけだよ。
老衰はもっと減ってる。

2007-10-25 誤嚥のリスク

[]経口摂取の同意書 経口摂取の同意書を含むブックマーク

■損賠訴訟:入院患者の遺族、水ようかん摂取が死因 病院ミス否定−−鳥取地裁 /鳥取(毎日)

 訴状によると、男性は03年10月上旬、肺炎などで同病院に入院した直後から医師に絶食を指示された。ところが同月中旬、担当の看護師が水ようかんを食べさせた約1時間後に死亡。原告側は死因は水ようかんが気管に入ったことによる呼吸不全と主張していた。

 病院側は答弁書などで水ようかんを男性に摂取させたことは認めたものの、直後に吸引器を使って摂取物を吸引したところ吸引物がなかったことから、死因は水ようかんを与えたことではないとして医療過誤を否認した。


このケースが医療過誤にあたるかどうかは、情報がないので判断できない。一般論を言えば、誤嚥のリスクが高くても、経口摂取を再開せざるを得ないことはざらにある。むろん、誤嚥が起こってもすみやかに対処できるような体制下で再開する必要はある。しかしながら、医療には不確実性があり、最善の処置を行っても救命できないこともある。また、誤嚥の可能性がある患者はまめに監視しておくのが理想ではあるが、マンパワーに限りがある現在の医療体制下では常に監視下におくことは難しい。看護師が目を離した間に誤嚥・窒息した事例で、医療機関の責任を問われた事例もある*1

「誤嚥するような高齢者はもはや寿命である。医療資源は有限であり、常時監視や胃瘻などにコストをつぎ込むなら、もっと別のこと(たとえば産科や小児救急)にまわすべきである」という意見はありうるが、取りようによっては高齢者差別であるし、現実問題としてそんな意見を言ったところで訴訟リスクは減らない。できる限りの努力を行うとともに、ご家族に十分な理解をしてもらうしかないだろう。「十分な理解」となれば、やはり口頭ではなく、文書によるインフォームド・コンセントが必要だ。いまや誤嚥の可能性のある患者に経口摂取させるのは、大腸内視鏡や造影剤使用や輸血と同じくらいのリスクがあると考えたほうがいい。それだけで訴訟が避けられるわけではないが、同意書が必要だと考えるがどうか。


ID:×××××  ○田○子 様

経口摂取をされる患者さまへの同意書

この同意書は処置の目的と内容を説明し、処置を受けることの同意をいただくものです。

[名称] 経口摂取

[目的] 経口摂取は口から食物を咀嚼し嚥下することで、消化管から栄養を吸収する行為を指します。また口から薬物を飲み込むことも指します。

[合併症] 脳梗塞後遺症その他によって嚥下機能の低下した患者さまは、経口摂取した食物や水分が気管へ入ることがあります(誤嚥)。誤嚥により気道(空気の通り道)を塞ぐと窒息を起こします。誤嚥する可能性が高い患者さまには、とろみ調整等の誤嚥しにくい食事をお出ししますが、誤嚥を100%防げるわけではありません。誤嚥、あるいは窒息が起こったときは、可能な限りすみやかに、吸引、気道確保等の処置を行います。最善の処置を行うよう努力をいたしますが、窒息によってごく稀に死に至ることがあります。気道確保の際、気管挿管のほか、緊急気管切開・経皮的気管穿刺針の穿刺等の観血的な処置を行うことがあります。また、誤嚥後には高確率で肺炎を起こします(誤嚥性肺炎)。抗生物質の投与などの治療は行いますが、誤嚥性肺炎を起こされる患者様はもともと全身状態の悪いことが多く、治療が長引いたり、死に至ったりします

[その他の方法] 経口摂取が不可能な場合、末梢輸液・中心静脈栄養・経鼻経管栄養・胃瘻栄養などで水分・栄養を補給する方法があります。それぞれ、長所・短所があります。

ごく稀には上記されていない予期せぬ合併症を起こす可能性もあります。ご不明の点がございましたら、ご納得いくまでご質問ください。ご納得されたならば処置を行いますので、処置を受けるか否かについてご返事下さい。

説明日 平成○年○月○日    説明医師  ■山■夫

──────────────────────────────────────

△△病院   殿            ※1または2を○で囲んでください。

1. 上記説明をうけ、治療に同意します。  2. 説明をうけましたが、治療は受けません。

患者氏名

代諾者                  続柄        


これはネタだけど、本当に採用している病院があっても私は驚かない。寒い時代だとは思わんか?

*1:患者が誤嚥で死亡、病院の責任は?日経メディカルオンラインURL:http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/hdla/200710/504389.html

InoueInoue 2007/10/25 19:33 これから高齢化がますます進み、医療は厳しさを増していく一方だというのに、我々は外国人労働力まであてにしている。厚生労働省は現場のことは何も・・・(涙)

地下に眠るM地下に眠るM 2007/10/26 10:54 そのうち
「うちのおじいちゃんの老衰死は医療過誤のせいだあああ」
とかいうお笑い訴訟がでてきてもおかしくにゃーかも。
皮肉なことに医学の発達がそういうリスクを発生させることもありえるかもにゃ。
ところで質問だけど、医学的にみて純然たる老衰死ってあるの?
あるとしても多くにゃーように思えるにゃんが。

NATROMNATROM 2007/10/26 16:31 統計では死因が「老衰」というのは2〜3%のようです。「臨床的に老衰としか言えないだろう」ってのは、ときにあります。でも解剖してみたら明らかな死因となりうる病気があったってのを最近経験しました。厳密に「純然たる老衰死」というのは証明不可能だろうと思います。

tematema 2007/10/27 12:40 義理の祖母が悪性腫瘍になって早15年。
最近の連絡では、老衰のあまりがん細胞が死滅しかかってるとの事。
この祖母は、きっと老衰死になると思います

bamboobamboo 2007/10/27 23:56 だんだんに衰えて、肺炎や心不全で亡くなったのを、昔は老衰と言ったんじゃないでしょうか。臨床麻酔学会で、現在僻地医療に貢献しているかつての麻酔科教授が、「年寄りは食べられなくなるとまもなく死ぬ」と講演の中で言っていました。どうして寿命だと考えられないのでしょう。

2007-10-22 血液型ダイエット by ダダモ

[][]O型は肉を食え?血液型別ダイエットは根拠なし O型は肉を食え?血液型別ダイエットは根拠なしを含むブックマーク

やせる方法にも科学的根拠のあるものからトンデモなものまでいろいろだ。たとえば血液型別ダイエットなんてものまである。ちょいとGoogle検索してみたら、まあ予想できるように上位はほとんど肯定的なページである。中には科学的な考証をしたページもあってもよかろうとこのエントリーを書いてみた(どうか上位に表示されますように)。血液型別ダイエットは、他にも似たようなものがあるようだが、ピーター・J・ダダモ氏(Peter J. D'Adamo)が提唱したものが有名である。ネット上ではAll Aboutのページがまとまっている。


■O型は肉を食え!A型は米を食え! ダダモ博士の血液型ダイエット!(All About)*1


ダダモ氏は自然療法医を名乗っている。自然療法とは、あまり馴染みがないかもしれないが、ガードナーの名著、奇妙な科学においても同種療法(ホメオパシー)に並んで紹介されている由緒正しい代替療法である。代替療法もピンキリだけど、血液型別ダイエットについては、「父の代からの自然療法の研究結果と臨床経験から、血液型によって、かかりやすい病気も、とるべき食事も、運動の種類も違うという結論に達しました(All About)」とあるわりに、少なくとも検索にかかるような医学論文としては発表されていないとこからみて、かなり怪しげな部類に入る。

ダダモ氏の理論はさほど難解ではない(一般受けするには、理論の正確さよりも分かりやすさのほうが重要だ)。ダダモ氏によれば、血液型別に先祖が異なり、ゆえに体質に合う食べ物が異なるとのこと。O型は最も古い血液型であり、当時の狩猟生活の名残をその消化器官、免疫系に残しているため、肉食が適している、といった具合。他には、A型は農耕民族の子孫であり野菜や穀物を多く摂ると良い、B型は遊牧民族の子孫で乳製品が体に合う、とのこと。さて、ダダモ氏による血液型別ダイエットの問題点を、簡単に2点のみ指摘する。


・O型は最も古い血液型ではない


ヒトと近縁の種のDNAを調べることで、あるいはヒト集団におけるDNAを調べることで、ABO式血液型遺伝子の系統樹が推測できる。ヒト集団においては、A対立遺伝子がもっとも古い(斎藤成也による「霊長類におけるABO血液型遺伝子の系図」を参照)。よって、ダダモ氏の「O型は最も古い血液型であり狩猟民族の名残を残している」という主張は誤りである。もうこれだけでダダモ氏の主張は崩壊するが、実はDNAなど調べなくても、基本的な遺伝学の知識のみで血液型別ダイエットがトンデモであると言える。


・ダイエットに関係する遺伝子が、都合よくABO式血液型の遺伝子の近傍にあるとは限らない


よしんば仮の話として、分子遺伝学的な証拠がダダモ氏の主張と矛盾しなかったとしよう。O対立遺伝子は狩猟民族由来で、A対立遺伝子は農耕民族由来だと仮定する。ならば、ダダモ氏の主張は成立するか?ほとんど成立しないだろうというのが、遺伝学からの答え。狩猟民族の祖先が、O対立遺伝子および肉食に適した遺伝子*2のセットを持っていたとしても、その遺伝子のセットは世代が下るにつれ分離し、混ぜ合わされる。現代人のO型の人の全ゲノムのうち、何割かは狩猟民族由来であろう。しかし、それはA型の人だって同じことである。ABO式血液型の遺伝子そのもの、あるいはそのごく近傍の遺伝子が肉食に適した遺伝子であるという幸運でもない限り、現代人のO型の人が肉食向きの体質を持つということはない。

本当にダダモ氏が自説を科学的に証明したければ、たとえば、O型とそれ以外の血液型の人を多数集め、肉を多めに食べさせてどうなるのか比較してみる、といった研究を行うべきであった。しかし、ダダモ氏はそのような手間はかけなかったようだ。少なくとも論文にはしていない。科学的な証明よりも、本の売り上げのほうが大事だとすれば、正しい態度である。ネット上では「科学的証明された事実をもとにしてある」などという意見もあったが、臨床的な研究がない以上、血液型別ダイエットには科学的根拠はないと断言してよい。科学的根拠がないことを承知の上で行う分には、自己責任でどうぞ。



関連記事

■血液型と食べ物の相性

*1:URL:http://allabout.co.jp/fashion/diet/closeup/CU20020127A/

*2:肉食に適した遺伝子など存在しないとしたら、そもそもO型には肉食が適しているという話は成立しない

Med_LawMed_Law 2007/10/22 21:55
『最低の情報提供であろう。

間違った情報を元にして間違った情報を流したら、流したものも間違ったインチキ理論を作ったものと同様の罪を受け、非難を受けるべきだろう

川口なんとかは、自然科学そのものを否定するのか、全く無視した考えを提案して、恥ずかしくないのだろうか?

情報を処理できるまともな能力の無いものを集めて、騙して商売しようとするのでないのなら、反省して出直すべきだろ

All Aboutというサイトが、エンドユーザーの利益を代表しているのか、インチキダイエットで一攫千金をめざすヒトデナシを対象としているのかの試金石となることだろう 』

と、痛烈に批判しておきました。

減量の根本は、食餌療法と運動。

質量保存の法則は、ラボアジェが見つける以前から不滅の原理であり、人の身体は食べた物は効率よく吸収してしまう

ダイエット屋がこれだけ儲けるというのは、それだけ安易に頭を使わず痩せようとしている愚か者が背中に葱背負って集まっているということだろう。

だいたい、肉食に適した遺伝子があるとかないとか、前向き調査をしないで何が言えるというのだろう。
統計処理のできない理論家とは、単なる夢想家、妄想壁のトンデモ野郎に過ぎない

それにしても、企業がグルになってバカから金を剥ぎ取ることを許している社会と言うのは不健全だと思う。
もっと中学でしっかり、理科を教えるべきだろう

sci98sci98 2007/10/23 22:58 すみません、ちょっと疑問なんですが、肉食に適した遺伝子なるものが仮にあったとしたら、他の食物より肉の方が消化・吸収の効率がいいってことになるんじゃないでしょうか。ならば、肉食の方が太りそうな気がします。

名無し名無し 2007/10/24 01:28  てかそもそも狩猟民族、農耕民族という分け方がおかしいと思いますが。本当の狩猟だけで生活してきた民族ってアフリカのピグミーとかほんの一握りしかいないはず。よく狩猟民族と形容される欧州白人種だってあくまで農耕が生活の基本ですよね。肉食といっても酪農、畜産による肉の入手であって狩猟ではないですし。

杉山真大杉山真大 2007/10/24 21:56 AllAboutもナビゲーターが玉石混交だけあって、リテラシーを持たないとトンデモを仕入れることになりまつよ。政治のところで竹島問題の解説を読んだ時には、余りの中身に立ち眩みがしたもんでつ。日本の主張ばかり正当性を主張するんならアジであっても解説じゃないだろ・・・・・

ナナッシナナッシ 2007/10/28 20:21 AllAboutにしても、他の情報誌や情報サイトと同じく、取材記事と広告記事をわざと混ぜこぜにしてますからね。
妙に持ち上げているような記事は、インタビューも含め、宣伝費を頂いている広告記事と思って間違いないかと思います。

困るね。。。困るね。。。 2008/06/26 02:13 このダイエット内容が部分的に一人歩きしているぞ。
本の内容を聞きかじった知ったかぶりがメディアを通して広めてるぞ。
タイはバンコクで20代の女の子が実しやかに「A型のあなたは肉を食べるのは良くないよ」と言ってきた。
誰に聞いたの?と尋ねると「ラジオでもテレビでも言ってるよ」ですと。
ニュアンスからすると、アナウンサーやコメンテーターが知ったかぶって話してるようだ。
こんな話の広まり方は想定外だろうと思うけど、、、、メディアの責任は重い。

ダイエットっていうか...ダイエットっていうか... 2009/03/26 07:55 実は英語の原版を最近読んだのですが、ダダモ氏がどうのっていうよりも、日本人の「ダイエット」という言葉のイメージ自体にすでに意味合いのズレがあるのだと思います。この言葉の部分を、食事法に置き換えれば、本来のダダモ氏が提唱する内容により近くなるのでは?個人的に、これは間違っても減量を主な目的にしたものではないという理解でいます。(たまたまダダモ氏が肥満人口の高いアメリカ在住なため、減量したい人のための食品を本に盛り込んだところ、日本人が勝手に減量のためのダイエットとして紹介したのでは?と推測します)。。。ご興味のある方は英語ですが、直接ダダモ氏のサイトを見てみてもよいのでは?(www.dadamo.com)わたし自身も詳しいことはよくわかりませんが、ダダモ氏の研究は、いろんな食品に含まれる特定の成分が、体内に摂取されたのち血液型別に血液中で反応することなどで、その多くは代謝を悪くしたりすると書いてあったと思います。研究によって明らかになっている問題になりうる「レクチン」という成分についても、氏のサイトでその種類が食品別に見ることができます。その後も研究は進んでいるため、出版された本の内容から一部アップデートされた食品リストになっています。わたしは血液型ダイエットを8年ほど実践している知人に勧められて本を読み、ある程度血液型ダイエットを取り入れた食事法に切り替えて数ヶ月になります。でも減量どころか健康になって体重を増やすために始めたので、日本でこの食事法がずいぶん違った形で取り上げられているのにびっくり。とにかく体重はやや増え、体調も以前よりよくなっているので、個人的には満足しています。ちなみに、この知人(B型)も減量のためではなく、20年近くベジタリアンだったところ、顔色や体調が悪くなる一方だったため、食事法を切り替えたとのこと。その後体重も少し増え安定し、現在は脳腫瘍で、取りきれなかった腫瘍が残っているにも関わらず体調もいいとのことです。

NATROMNATROM 2009/03/26 23:41 ダイエットという言葉の意味を「減量法」ととろうが、「食事法」ととろうが、いずれにせよダダモ氏の主張に根拠がないことには変わりないのですが。

EmmaEmma 2009/04/07 15:31 何の科学的根拠もないまま、A型だからこれをたくさん食べてこれを食べるな、O型はこれを避けてこれを食べろ・・・と。今までも、りんごダイエットやバナナダイエットなど、日本ではたくさんのダイエット法が流行っていましたが、極端なダイエットは短期間で体重を減らせても、長期的に見ると栄養が偏って危険なことくらい誰でもわかるはず。
困ったことに、このダダモ博士のダイエット法(?)を、今ミスユニバースジャパンの専属栄養士、エリカ・アンギャル(「”世界一美しい”A型美人になる方法」という本も出しています)が現在のファイナリストの女の子達に指導し、彼女たちは何の疑問も持たずにブログで紹介し、たくさんのファンがそれに倣おうとしています。
あたかも科学的に根拠があるかのように提唱していますが、何の研究も、何の文献もFootnoteにつけておらず、こんなでたらめなダイエットをすすめて、無責任だと思います。しかし、少し調べればダダモ氏の話がうさんくさいことくらいわかるのに、有名人が言うとすぐに信じてしまうのはどうかと思う。

g 2010/09/24 03:35 NATROMはダダモの本を読んでいない。
ダダモは食べ物の中にあるレクチンとそれぞれの血液型との反応が違うよという話をしている。

本を読んでから書くといいよ。

NATROMNATROM 2010/09/24 08:03 「食べ物の中にあるレクチンとそれぞれの血液型との反応が違う」というのが仮に事実であったとしても、血液型別ダイエットには科学的根拠がないという結論は変わらないのですが。

ピンピン 2011/02/07 05:58 批判するなら本は読んだ方がいいんじゃないですか?
たしかに本の中でも狩猟民族だから……というおおざっぱな根拠とレクチンがどうの……という具体的っぽい根拠がごちゃまぜになってはいますが。
単にレクチン説をなぞれば科学的な根拠とは言わないまでも検証可能である可能性はあるのではないでしょうか。
あと質量保存の法則とダイエットは全く関係ありません。同じ様に食べて同じ様に運動しても同じように体重は増減しませんので。ここで質量保存の法則を持ち出す方の理科的センスを疑わざるを得ません。
いわゆる心理学本とも違うし実はダイエット本でもないので一読されると印象も違うような気もします。
ともあれ検証資料等が一切添付及び提示されていないのは残念ではあります。

NATROMNATROM 2011/02/07 08:32 「レクチン説は検証可能」でしょうね。だからといって、ダダモ氏の主張がトンデモであるという結論は変わりませんが。検証可能であるが検証されていない「具体的っぽい根拠」を織り交ぜるのは、トンデモさんの常套手段です。

玉子酒玉子酒 2011/10/05 19:22 臨床的研究は漢方薬や民間療法にもありません。
玉子酒が風邪に効くかどうかなんて、臨床研究は誰もしてませんが効きます。
経験則は、臨床研究よりもはるかに、説得力があります。
ダダモ博士を支持する人は、経験則から支持しているのです。

漢方ランダム化試験漢方ランダム化試験 2011/10/05 20:38 >玉子酒たん
漢方の本筋からは邪道か妥協か、エビデンス漢方と称する漢方の臨床的研究は存在します。
凡例、にんち症の周辺症状と抑肝散について。(Wiki執筆された貴兄、有難う御座います)
認知症患者(原疾患:アルツハイマー、脳血管障害、Lewy小体病)でMini-Mental State Examination (MMSE) スコア24 未満、neuropsychiatric inventory (NPI) スコア6 より高値の52例(抑肝散群27 例、非投与群25 例)によるランダム化比較試験において、抑肝散は非投与群に、NPI スコア、幻覚、不安興奮などで有意な改善を認めた[1]。
*抑肝散に関する最近の臨床研究および基礎データについてはhttp://en.wikipedia.org/wiki/Yokukansan(英語)を参照されたい(2010.5.22)。

医師の一分bot医師の一分bot 2011/10/05 22:05 (経験則は大切と共感し勝手ながら医師の一分ブログログより引用させて頂く次第です)
事故や手術などで神経細胞が傷ついて起こる「神経障害性疼痛(とうつう)」の治療に、トリカブトの根から取り出した生薬「附子(ぶし)」が有効であることを、山梨大医学部の小泉修一教授(薬理学)の研究グループが突き止めた。
 研究成果は19日付の米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載される。
 神経障害性疼痛は、脊髄(せきずい)の神経細胞が異常反応し、風が吹いたり、服を着たりする際にも激痛が走る慢性疾患。モルヒネなどの鎮痛薬が効きにくく、国内では約20万人、世界では約1500万人が苦しんでいるとされる。
 小泉教授らは、患者から附子の粉末を飲むと痛みが弱まるとの報告を受け、大腿(だいたい)部の坐骨(ざこつ)神経を傷つけたマウスで実験。足に触れられただけで飛び上がるように逃げていたマウスが、附子を飲ませると逃げる回数が減った。
 小泉教授は「副作用などを明らかにしなければならないが、保険診療にも適用されるようにしたい。附子は漢方薬に活用されているため、ゼロから開発するより格段に早く医薬品として応用できる」としている。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110819-OYT1T00036.htm

MonzenKozoMonzenKozo 2011/10/05 22:46 玉子酒さん

>経験則は、臨床研究よりもはるかに、説得力があります。

車通りが少ない道路なら、赤信号で横断歩道を渡っても問題があることなんかあまり無いでしょうからね。そこで得られた「信号なんかあてにならない」という経験則に自分の命を預ける事は、私にはとても出来ません。

一穴一棒へテロ一穴一棒へテロ 2011/10/06 22:30 ハナシ変わるけど、なんらかの信号の増設と撤去が要りそう。都市部の救急車は精神科領域の人たちのドラマに占有されてて、全国では毎年毎年3万人以上コンスタントに自殺してるって。どうにかして。。

2007-10-19 るいネット、あらカルト

[][]タバコはジャガイモや水道水より安全? タバコはジャガイモや水道水より安全?を含むブックマーク

■るいネット*1という「新しい認識を求める人のサイト」がある。「30年の実績を持つ企業・類グループを中心に管理・運営」されているのだそうだ。以前、るいネットの人たちと議論する機会があったが、彼らの認識が新しすぎて私がついていけなかったため議論がかみ合わなかった。しかし、それ以来、るいネットには注目している。私の他にも、黒影さん@幻影随想が言及している

るいネットは多くの投稿から成り立つが、「掲示板の質を高めるために、一定の水準を満たす投稿のみ掲載」するために、管理者の意向が強く表れる。つまり、るいネットの思想を的確に批判する投稿新しい認識を提示できない単に否定・批判するだけの投稿は掲載されないわけだ。投稿を前もってチェックするシステムは、掲載する投稿を選ぶ管理者がお馬鹿だったらお馬鹿な投稿しか載らないという欠点がある一方で、投稿の質を保つという長所がある。管理者が良質だと判断すれば佳作、秀作に分類される。全投稿一覧だと、まともな発言も新しい認識を得ていない投稿も散見されるが、 佳作一覧、秀作一覧だと、るいネットの思想をより反映した投稿のみ見れる。これがなかなか面白いので紹介する。


■悪玉はタバコ?それとも人工物質? 佳作一覧魚拓


タバコ発ガン説のウソ」「タバコと肺がんの関係における統計学的なごまかし」「タバコの常識の嘘」などの発言が見られる。内容はいつものやつ。養老孟司が主張したのなら話題として取り上げる価値があるだろう。しかし、一般の方々の投稿を集めたサイトとしては、いささか陳腐で物足りない。ただ、他の投稿と合わせるとなかなか興味深いものがある。たとえば、「水道水でガンになる?」という投稿。水道水中の「トリハロメタンやカルキ臭、残留塩素などの発がん性物質」を問題視している投稿だ。これも単独ではよく見かける主張であるが、「タバコ発ガン説のウソ」と並べることによって輝きを放つ。喫煙のような十分に確立されたリスクに懐疑的な一方で、水道水のようなきわめて小さいリスクを問題視することは、私のような古い認識しか持たない人間にはできない。

低レベル人工放射能の体内蓄積による肉体破壊」では、「放射能とガンの関係はだれでも知っている」とある。「喫煙とガンの関係はだれでも知っている」と投稿したら、るいネットに掲載されるだろうか。「私達は放射能汚染されたジャガイモを食べている」では、「ジャガイモは、当然放射能に汚染された強烈な発ガン食品である」との主張がなされている。「ケムトレイル:核戦争時代のエアロゾルと電磁兵器」に至っては、アメリカが強力な電磁気装置で気候を人工的に操作しつつ、軍事行動・人体実験として軍用機から有毒化学物質をばら撒いていることに警鐘を鳴らしている。

重ねて言うが、「中にはトンデモな主張をする人もいる」というレベルではなく、これらの投稿は、るいネットの管理者が審査した上で質の高い投稿と認めたものである。多分、るいネットの偉い人に、「人工化学物質」は嫌いだけど煙草は止められないという人がいるのであろう。彼らが言うには大衆は"共認支配 "させられているらしい*2。ニコチン中毒にさせられて、でもその自覚はなく、「ごく一握りの階級による支配を許すな」などと叫んでいるとしたら愉快なことであるなあ、さすが新しい認識を求める人のサイトと認めざるを得ない。他にも、るいネットには「新しい認識」がテンコ盛りなので、興味のあるかたはどうぞ。



関連記事

■タバコ有害論は製薬会社による陰謀だったんだよ!

*1:URL:http://www.rui.jp/

*2:一例:『肺がん・たばこ問題の本質は「共認支配」にある』URL:http://www.sizen-kankyo.net/bbs/bbs.php?i=200&c=400&m=84622

Med_LawMed_Law 2007/10/19 22:49
Garbage in、Garbage out。【ゴミを入れてたらゴミがでる】【ゴミからゴミしか生まれない】

ゴミしか情報がないのにゴミ以外のものを出すのは無理だし、ミソとクソが区別できないものが正しい味噌汁を作れるかどうかも大いに疑問。ましてや正しい情報を流し続けることは、ラクダが針の穴を通るより難しかろう

私たちの正しい態度は、そのようなゴミを撒き散らす公害野郎を正しく批判し、社会から正しく追い出すことでしょう。

残念ながら日本には、コバルト使った殺菌で食物に放射能が移ると思っている人が多数を占めていて、尚且つ愚かな大衆を説得できる正しい啓蒙者がいないと来ている。
マスゴミはマスゴミで知識がないのに正しい情報か判断できないのに、Newsというゴミを流して恥を感じないと来ている。

さてさて、日本が恥を知る文化というのは過去のものだったのか、幻想だったのか?
良識があればあるほど、行きにくい日本という世界が恨めしい

sci98sci98 2007/10/20 00:13 ジャガイモの害ってんで芽に含まれる毒のことを言ってるのかと思えば、その斜め上を行ってるなあ。流石だ。

tomotomo 2007/10/20 04:50 このグループの、類塾というのは実は大阪の北部限定ではトップクラスの塾です。
十年以上昔に非常勤講師をしたことがありますが、新人の研修会のなかで突然哲学談義が始まったりして面食らったことを思い出しました。

InoueInoue 2007/10/20 09:16 コバルト照射でジャガイモに放射能が残ることは事実ですよ。誘導放射能といいます。
しかし、まったく問題にならないレベルです。

InoueInoue 2007/10/20 09:20 中西準子さんあたりにリスクの試算をしてもらいたいところですけれども、私は放射線殺菌のリスクは、食品に含まれる防腐剤のリスクよりも少ないのではないかと思います。また、生の刺身を食べたり、逆に焼いたりするよりも、放射線殺菌した方が安全ではないかと思います。

mobanamamobanama 2007/10/20 14:46 コバルトから出るものは1MeV強程度のガンマ線(とベータ線)ですので放射化はしないと思いますが…。

mobanamamobanama 2007/10/20 15:03 以下http://takafoir.taka.jaea.go.jp/dbdocs/006001003002.htmlより引用。
-----
食品への放射線照射による誘導放射能誘発の過程は、放射線の種類、エネルギーによって異なる。例えば、食品成分中の主要核種のうち、C−12、N−14、O−16等の誘導放射能誘発の境界は、γ線、χ線で10MeV以上であり、境界の低いH−2、C−13、O−17でも各々2.2、4.95、4.14MeVであって、Co−60、Cs−137からのγ線の場合は全く問題はない。
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牛肉中の自然放射能レベルが〜200Bq/kg(〜5.4nCi/kg)であるのに対して、10MeV電子線で32kGy照射直後の誘導放射能は10・E(−3)Bq/kg[自然放射能の10・E(−5)程度]、10日後には10・E(−8)Bq/kg[同10・E(−10)]のレベルに低下する。仮に10MeVの電子線で32kGyの照射処理をした場合、照射により生成した放射性核種の体内での実効半減期は約10日であり、照射後3ヵ月間貯蔵した牛肉0.22kgを毎日摂取したとしても、人体中の誘導放射能は4×10・E(−6)Bqのレベルで飽和状態になり、連続摂取しても問題ないと試算されている。食品中にはK−40、C−14、H−3等の自然放射能が存在しており、特に、40Kの物理的半減期は1.28×10・E(9)年、又、C−14の物理的半減期は5.73×10・E(3)年である。その摂取により体重70kgの人体中には〜1×10・E(4)Bq(〜0.3μCi)程度の放射能がある。
-----
以上より、防腐剤のリスク以前に、食品に含まれる自然放射線の「リスク」よりも少ないのではないかと思います。

kmori58kmori58 2007/10/20 15:05 類グループってこれですか。企業の形をとってるけどヤマギシみたいな臭いがしますね。
http://job.mycom.co.jp/08/pc/visitor/search/corp7794/outline.html

2007-10-12 医療崩壊〜本田宏と小松秀樹

[][]勤務医の主張 勤務医の主張を含むブックマーク

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■医療の限界

■誰が日本の医療を殺すのか―「医療崩壊」の知られざる真実


勤務医による、医療崩壊を論じた本。内容は概ね医療関係のブログで言われているようなことなので、普段からそうしたブログを読んでいる人はわざわざ買って読む必要はない。匿名でない情報源にあたりたい、医療崩壊について興味がある一般の人が適切な読者層であろう。「医療の限界」は虎ノ門病院泌尿器科部長・小松秀樹による。以前、小松先生が書かれた■医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何かを紹介した。本書も、内容はかなりかぶっているが、新書であることもあり読みやすくなっている印象がある。

タイトルにもあるように、小松先生は医療の限界を強調している。医者の開き直りのように受け取られる危険があるものの、医療に限界があるのは単なる事実である。事実を医師と患者が共有できなれば、結果が悪かったときに軋轢が起こる。「人間がいつか必ず死ぬということ、医療が不確実であるということは、本来社会の共通認識であるべきだと思います。しかし現実には、ほとんどのメディアが不確実性を受け入れようとせず、一方的に患者と医師の対立を煽ってきたところがあります(P28)」。ここから日本人の死生観の話につながる。山本常朝の「葉隠」から引用したりする。前作の「医療崩壊」は「難解である」という評価を散見したが、本書についても堅苦しく感じる読者もいるだろう。

一方、「誰が日本の医療を殺すのか」は、ずっと読みやすい。著者の本田宏は済生会栗橋病院副院長兼外科部長。テレビの討論番組などに出ていて、積極的に勤務医の立場から発言している。本書は、主に医師不足と医療費不足が論点。多くの表やグラフで説明されていてわかりやすい。ただ、総医療費を先進諸国並みにする財源を「公共事業費を削って医療費に回せばよい」というのは、総論としては賛成だが、やや単純すぎるのではないか。承知の上で分かりやすさを優先したのかもしれないが。

オヤジギャグがところどころに入るのも特徴。電子カルテの導入で儲かるのはメーカーだけで医療者側にメリットがないことを「ITというのはインフォメーション・テクノロジーではなくて、イサカマ・テクノロジーの略である(P170)」。日本において総医療費とパチンコの売り上げが約31兆円で同レベルであることを「(病院の赤字の解消に)パチンコ屋を建てて『済生会栗パチ病院』をはじめませんか(P144)」。葬儀関連産業の売り上げ15兆円で諸外国と比較し高いことを「日本人は、血の通った生きている温かいイシ(医師)より、冷たいイシ(墓石)のほうが好きなようである(P144)」。公共事業費が社会保障費より優遇されていることを「日本は社会保障国ならぬ、社会『舗装』国だったのだ(P122)」。もともとは講演で話した内容を本にしたのだろう。

剛の小松、柔の本田。哲学の小松、オヤジギャグの本田。と言ったところか。

InoueInoue 2007/10/13 06:13 「医療崩壊」は読んだんですけれども、エッセンスは30年前の「お医者さん」(なだいなだ)と大差ないと思いました。

オフトピックスオフトピックス 2007/10/13 21:59 http://www.asahi-net.or.jp/~zq9j-hys/
林譲治氏の書かれたIDを主要な題材とした小説「進化の設計者」が発売されているようですね。既出だったらすみません。

Seagul-XSeagul-X 2007/10/17 23:16 まー、小説なんだから ID をネタに使おうが話の中で整合性がとれてて面白けりゃいいんじゃないですか。っていうか、SF で ID ネタは定番ですよね。

とりあえずエントリに沿った本を買ったので紹介。(読むのはこれから)
「貧乏人は医者にかかるな! 医師不足が招く医療崩壊」(集英社新書 ISBN978-4-08-720413-1)
著者は鈴鹿医療科学大学で医療情報学というのを教えていらっしゃるかたです。
目次をみるかぎり、あちこちのお医者さんの blog に書かれているような、医師不足の現状や諸外国との比較、イギリスやアメリカの医療の実情、訴訟問題、医師不足対策、そういった内容がてんこ盛りの本です。

InoueInoue 2007/10/18 12:13 SFでIDネタを数え上げたらキリがないですよ。
「百億千億」がIDでなかったらなんなんでしょうかね?
エヴァンゲリエオンも忘れちゃいけないね。

2007-10-11 トンデモ医療裁判

[]日経メディカルでトンデモ医療裁判の特集 日経メディカルでトンデモ医療裁判の特集を含むブックマーク

誰かが書くかなと思っていたけどあまり話題にあがらないので自分で書く。今月号(2007年10月)の日経メディカルの特集は、「医師を襲うトンデモ医療裁判」であった。


■日経メディカル 2007年10月号(魚拓

医師を襲うトンデモ医療裁判

 医療の限界や不確実性を考慮せず、医学的な根拠も蔑ろにする「トンデモ」判決が、医療界を脅かしている。そのトンデモなさは、萎縮医療を促進するだけでなく、ハイリスク診療科や病院からの医師の逃散を招いている。

 このままでは、司法が原因でこの国の医療が崩壊することになりかねない。(P56)


医療系のブログでさんざん言われてきたことである。しかし、いくら医療者向けの雑誌とはいえ、紙ベースの出版物でトンデモとまで言い切った司法批判は珍しいのではないか。私の記憶では、「医療者側に厳しい判決と言わざるを得ない」とか、せいぜいそのくらいまでだったように思う。記事は、トンデモ判決を分類したPart 1、具体的な裁判例を紹介したPart 2、訴訟を回避するための方策を論じたPart 3の3部構成。

Part 1では、トンデモ判決を「最高水準要求型」、「説明義務過剰型」、「因果関係こじつけ型」、「医学根拠希薄型」の4つに分類する。また、鑑定人の問題も指摘している。『鑑定人が、現場の実態や時代背景などを考慮せず「考えられる最良の医療」を鑑定書に記してしまうことがあるという(P57)』。ネット上で法曹界の方々の主張を聞くと、鑑定書が出された以上、それに従った判決をせざるを得ないとのこと。確かにそうであろう。だとすると、トンデモ医療裁判の原因は、鑑定書を出した医療側にもあるということになる。ただ、それだとトンデモな鑑定書を書いてくれる医師を1人でも訴訟相手が見つけてくれば、標準的な医療を行っていても裁判で負ける可能性があるわけだ。これもシステムの問題であって個々の裁判官や弁護士の資質とは別の問題なのであろう。医療事故を起こした医療従事者を責めても問題が解決しないのと同様に、トンデモ判決を出した裁判官を責めても問題は解決しないかもしれないことは心に留めておくべき。

Part 2では、4つの事例を扱っている。1つ目は、八戸市立市民病院で耕運機で巻き込まれた男性が、ガス壊疽になり下肢切断となった例。縫合する際に通常より太い糸を使ったことが血行障害を、ひいてはガス壊疽を引き起こしたとされた。記事では「医学的根拠希薄型」と「因果関係こじつけ型」の合併した"重症例"という評価。ブログでは、たとえば■もう外傷なんて診ない!(うろうろドクター)や■やられ放題 「八戸市立病院の敗訴確定=左足切断の手術ミス−最高裁 」(勤務医 開業つれづれ日記)で、同様の評価がなされている。

2つ目は、奈良県五條病院で急変し死亡した交通外傷患者に対し、死因は外傷性心タンポナーデであり超音波検査や心嚢穿刺を行うべきだったとされた例。ポイントは診療にあたったのが脳外科医で、脳外科医一般に求められれる医療水準は満たしていたのにも関わらず、それ以上の医療を求められたという点。記事では、事故当時の医療状況では救急医であっても外傷患者に積極的に超音波検査を行うのは標準的でなかったこと、そもそも患者の死因が心タンポナーデであったことからして不確定であったことを指摘している。ネット上では、■良心と保身の狭間で(産科医療のこれから)で、詳しく述べられている。引用された判決文を読む限りでは、鑑定書の問題などではなく、現実離れした要求を医療者につきつけたこの裁判官の資質を疑わざるを得ないと思うのだが、法曹関係者はどうお考えか。

3つ目は、脳内出血に対し早期にマンニトールを開始すべきだったとされた例。しかし、添付文書には「脳圧により一時止血されていたものが、頭蓋内圧の減少とともに再び出血し始めることもあるので、出血源を処理し、再出血の恐れのないことを確認しない限り、本剤を投与しない」とある。「これに対して高松高裁は『添付文書に従うか否かは医師の裁量権の範囲である』として、マンニトール投与の時期を逸した過失を認めた(P64)」。つまり、禁忌でも使うべきだったというわけ。使って結果が悪かったら、「禁忌なのに使った過失を認める」となっていた予感。この件についてはネットでは見つけられなかった。事件は1998年11月14日、判決は2005年5月17日に高松高裁であったとのこと。

4つ目は、帯状疱疹を低温やけどと誤診し、ステロイド外用剤を処方したために帯状疱疹後神経痛が生じたとされた例。記事では専門医による「最善の治療をしても、帯状疱疹後神経痛は残る場合がある。アシクロビルを早く使えば神経痛が残らないなら、皮膚科医は誰も悩まない」「(ステロイドを)1日外用したせいで神経細胞に浸透し、ウイルスの増殖を促したとは考えにくい」との意見を載せている。この件もネット上では見つけられなかった。事件は2002年1月、判決は2005年5月25日に名古屋地裁であったとのこと。

Part 3では、訴訟を回避するために、「隠さない」「チームでスピード対応」「真実を話し謝罪する」「メディエーターを置く」「払うべきものは払う」といった対策が述べられている。しかしこれでは訴訟の確率は減らせても、ゼロにはできない。トンデモ裁判を避けることもできない。

トンデモ裁判は悪だ。それは事実だ。しかし、最近私はこう思うようにもなっている。悪いのは、裁判以外に医事紛争を解決する手段がほとんどない制度の欠陥だ。無過失補償制度や医療事故を調査する第三者機関などの、裁判以外の医事紛争解決手段の早期導入を願う。

地下に眠るM地下に眠るM 2007/10/12 01:41 実質的な権限をにぎっている行政があまりにも無責任ではにゃーかと思うにゃ
各都道府県の厚生支局に医事紛争解決を目的とした部署を設け、訴訟はその部署における裁決を経た後でなければできにゃーようにするのがいいのではにゃーだろうか。
また、医療事故を保障する公的な保険制度もあっていい。患者と病院と国庫で保険料を負担して、運営を第三者機関にまかせるとか。

InoueInoue 2007/10/12 07:58 「脳に割り箸が刺さった我が子と大学病院の態度」というひどい本があります。杏林大学事件の当事者の母親が書いた本ですけれども、高校教師という(いちおう)インテリのくせして、視野の狭さはひどいものがあります。見過ごせないのは、
「医療ミスをしても医師は病院が弁護士の手配をしてくれるし保険もあるから痛くもかゆくもない。こっちは自費で弁護士雇って裁判をおこして云々」
とあったことです。あの耳鼻科医は、民事と刑事で裁判おこされた影響で、仕事できなかったと思うよ。示談で手打ちにしたくても、保険会社が納得してくれないと勝手に示談にはできない。

ssd666ssd666 2007/10/12 08:30 鑑定医に資格制度を導入するだけでいいと思いますけどね。
各学会の評議委員程度の学識を要求。
これだとハグレ医者無頼系の、その手の弁護士と結託する医者を排除できそう。
ただ、福島の事件みたいに、腫瘍が専門なのに鑑定医を引き受けていたら
次々に頼まれて、結局、周産期の大事件の鑑定医にまで、引きずり出されて裁判の現場で、
「あー、こういう事件で意見を述べるのにふさわしい周産期医療の専門家は誰ですかあ」
とか聞かれて、被告の親分とか、その仲間の旧帝大系の教授(被告側鑑定医として出廷予定)
を答えさせられるという羞恥プレイに陥る間の抜けた人はどうしようもないですが。

匿名匿名 2007/10/12 08:48 審決通→神経痛でOK?

NATROMNATROM 2007/10/12 10:02 >審決通→神経痛
訂正しました。ご指摘感謝。

newKamernewKamer 2007/10/12 10:07
>『鑑定人が、現場の実態や時代背景などを考慮せず「考えられる最良の医療」を鑑定書に記してしまうことがあるという(P57)』
 これは、他の分野の技術者なんかでも、普通にあることですね。例えば、納期とかを「何も問題が無く至極順調だった場合」で見積もって、公式資料としてしまうことなどです。実際には少しでも想定外のことがあれば、守れない納期になってしまうと。そして、想定外のことがないなどということもまずない。

arrackarrack 2007/10/12 15:17 高松高裁の該当箇所のみ「この点,被控訴人病院は,グリセオール,マンニトール等の脳圧降下のための利尿剤は,急性頭蓋内血腫が疑われる患者には,出血源を処理し,再出血のおそれがないことを確認されるまではその使用が禁忌であり,能書にもそのことが明記されている旨主張し,これにそう乙ロ22の1,2,23,証人Hがある。しかし,能書は製薬会社の製造物責任を果たすための注意書きであって,薬剤の作用機序やその使用によってもたらされ得る危険性を了解した上で,これに従うか否かは医師の裁量権の範囲内である(つまり,利尿剤による出血の危険より血腫や浮腫の悪化のほうが生命へのリスクが大きいと判断した場合はその使用が許容される。)。能書と異なる使用をすることは,日本神経外傷学会のガイドラインにも採用されている(乙ロ30)ところでもある。被控訴人病院の上記主張は採用できない。」
判断基準は学会ガイドラインによるところが大のようで。

JA50JA50 2007/10/12 16:48 効能書きが実際の臨床の場では「古い」ものであったり、効能書きの書かれていない治療分野に使われていたりする。
それを分かった上で、臨床医は保険薬を使っている。
しかし、それは、いつ何時、査定されるかもしれない(この場合は、病院の持ち出しとなる)や、もしそれで何らかの副作用が出た場合には、効能書きに書かれていない使い方をしたとして裁判に負けるかもしれないと、ビクビクしながらのものなんです。
教科書に書かれていることも、そのまま臨床に使えるわけではない。
また、ガイドラインもそうです。そのまま使えるわけではない。
医師は、いつも自分の知識と経験から、目の前の患者に「医師の裁量」で、治療をしている。

しかし、医療裁判では、これは「医師の裁量」だと、いつもいつも主張しているが、まずたいてい通らない。一顧だにされないと言ってもいいくらい。
それを、「医師の裁量」だから、効能書きに書かれていない使い方をすべきだったと言われて、敗訴の根拠にされるとは、驚きました。

defensive medecine。
これつつきる。

arrackarrack 2007/10/12 17:09 >現実離れした要求を医療者につきつけたこの裁判官の資質を疑わざるを得ないと思うのだが、法曹関係者はどうお考えか。

結論からいうと普通の裁判官ですね、ということです。
基本的に法曹、特に裁判官が責任を負うのは法律の条文です。
現実がこうだから(それに沿っておらず)トンデモ判決だ、というのはその世界に生きる人にとってはそうでしょうが、別の世界(条文の世界)の人は条文がこうなってるからこう判断するしかないよね、ということになります。
これが裁判官は世の中を知らないといわれる原因の一つでしょうが、これを外れると法律によってたつ裁判という法システムが機能しなくなります。
ですから、裁判官が判断基準として条文をだしてそれにそった判断をしてるにすぎないのに、それに対して「現実離れ」してるという批判は的外れ、ということになります。正しい批判は、その条文からそのような判断基準をたてるのはおかしい、というものです。本件でいえば「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」という法令の文言等から、医師の注意義務としてはどのような基準が立てられるべきか、ということであり、この裁判官の立てた基準に対する批判は法令に依拠したものでなければ批判としての意味を持ちえません。
もしこの裁判官が、「救急医療の現実」から「条文の世界」をこえた「現実」に沿った判断をした場合、いくら一般人として合格でも、それは条文の世界に生きる裁判官としては失格ということになります。
裁判官は事実(現実)のために法律を曲げないし、事実のために法律を変える権能をもつのは立法府であるというということをお忘れなきようにおねがいします。

どうも日経メディカルの記事はどのような事実を認めるかという事実認定上の問題(3つめの事例)と、どのような基準をたてるべきかという法律解釈上の問題(2つめの事例)をごっちゃにして医療裁判記事を書いているように見受けられます。
問題としている裁判における事象のレベルが違うのですから、対応策、解決策も変わってきます。

ちなみに↑の投稿の「判断基準」という言葉は事実認定レベルでつかっています。

JA50JA50 2007/10/12 17:50 裁判官は(というよりこの国の司法はと言うべきか)、現実よりも条文を優先するということなんでしょう。
いくら現実離れし、条文通り守れば現場を破壊することになろうが法律をその通り適用すると。

我々は、そういう美しい国にいるわけで、その国にいるかぎり従わざるをえない。

defensive medecine !!

NATROMNATROM 2007/10/12 19:02 arrackさん、コメントありがとうございました。

>条文をだしてそれにそった判断をしてるにすぎない

「救急医療について相当の知識及び経験」という条文から、心エコーおよび心嚢穿刺まで含めた技量を要求するのは条文にそった判断でしょうか。実際には心嚢穿刺は通常の二次救急施設ではできないような高度な技量でしょう。となると、「救急医療について相当の知識及び経験」に心嚢穿刺を含めるのは間違った判断ではないですか。「相当の知識及び経験」がどこまで含まれるかは裁判官の胸先三寸で決まるものではないと思います。最高レベルではなく、一般的な二次救急施設で働く医師の知識および経験が「相当の知識及び経験」であるという判断ではいけないのでしょうか。

sci98sci98 2007/10/12 20:17 ssd666さん
>鑑定医に資格制度を導入するだけでいいと思いますけどね。
鑑定医資格のない医師の鑑定書の証拠能力を否定するわけにはいけませんから、「資格のない医師の鑑定書は著しく証明力が劣る」という実績を作らないといけませんね。
arrackさん
>高松高裁の該当箇所
なんと、全部被告側の提出証拠なんですね。

arrackarrack 2007/10/12 20:33 判決を読むと3次救急と2次救急の差異は医療設備や医師の具体的施術レベルにおける差異であり、医師の診察判断能力においては救急医であるなら同じであるべきとしているように読み取れます(判決文「2次救急医療機関における医師としては,本件においては,上記のとおり,Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断をした上で,必要な措置を講じるべきであったということができ(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。)」)
また1次から3次までの救急指定については、病院の具体的症状対応レベルに基づく分類であって、医師の診察能力に基づく分類でないことや、法令に医師の経験上の差異を認めるような条文がない以上、二次救急であることを基準とした解釈をとることは難しいと思われます。
つまり判決は救急指定である以上、そこの医師の(診察)レベルは(1次2次3次の区別ではなく)「救急医」であるべきということを救急病院等を定める省令等を根拠に判断しているものと考えます。

NATROMNATROM 2007/10/12 23:29 条文がない以上、「3次救急施設でも2次救急施設でも、医師も診察判断能力においては救急医であるなら同じであるべき」というのはいいのですが(本当は良くないけど)、ならば「救急医療について相当の知識及び経験」の基準を3次救急施設で働く救急専門医に置く理由は何でしょうか。条文があるんですか?1次救急施設で日常的に救急医療に当たっている一般医のレベルを「救急医療について相当の知識及び経験」とみなしてもいけない理由は何かありますか。実際、彼らは救急医療についての知識も経験も持っています。実際、救急医療を行なっていますもの。なぜ彼らの知識や経験が「相当」ではないと言い切れるのですか?

そりゃ、条文に「救急専門医(救急認定医と救急指導医)が常時診療に従事していること」と書いてあるのであれば、「条文をだしてそれにそった判断をしてるにすぎない」という説明にも納得いきます。でも実際の条文は、「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」ですよね。条文は解釈の余地があり、より常識的な、現実に即した解釈も可能だったんじゃないんですか。

arrackarrack 2007/10/13 00:04 判決文を読み直してみましたが、上記の「そこの医師の(診察)レベルは(1次2次3次の区別ではなく)「救急医」であるべきということを救急病院等を定める省令等を根拠に判断しているものと考えます。」の私のコメは間違いですね。
判決文に「2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。」としてあるので「相当」の基準を2次救急の救急医水準にもとめていると思います。
この次に2次救急の救急医はどのようなものであるべきか、は鑑定書による事実認定の世界になると思います。

以下、リンク先にはない裁判所の判断部分の抜粋
第3 当裁判所の判断
1 前提事実に証拠(甲1,9ないし19,21,乙1 ,2,4,7ないし12,21,23,24,26,検乙1(枝番を含む。),原審における被控訴人E本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の各事実が認められる。
1 Fは,平成5年10月8日午後4時23分ころ,Jを助手席に乗せた乗用車を運転中,奈良県五條市a町b番地先路上(県道c線)で,民家のブロック塀に衝突する交通事故を起こした。乗用車は,前バンパー,ボンネット,左右前フェンダー凹損等の状態であり,前部が大破し,ハンドル等の作動実験は不能であった。現場にスリップ痕が認められないことから,通常走行する程度の速度で衝突したものと考えられ,また,Fはシートベルトを装着しておらず,乗用車にはエアバッグ装置もなかった。
 まもなく救急隊が交通事故現場に到着したが,救急隊員の判断によると,意識状態は,3−3−9度方式で,Jが〈1〉−2(覚醒しているが,見当識障害あり),Fが〈3〉−2(刺激で覚醒せず,少し手足を動かしたり,顔をしかめる状態)であり,Jは,胸痛を訴えながらも,自力で救急車に乗車したが,Fは,救急隊員により救急車に収容され,気道を確保されて,本件病院に搬送された。
2 本件病院は,院長ほか33名(定数)の医師を擁し、2次救急病院に指定されている。奈良県内には,高度救命の3次救急病院として,橿原市所在のKと奈良市所在のLがあり,本件病院から救急車で,前者は30分程度,後者は1時間以上要する距離にある。
 本件病院は,平成5年10月当時,医師2名(外科系,内科系各1名),看護婦(現・看護師)2名等で当直業務をしていたが,時間外にも,外科医,麻酔科医,看護婦等に連絡し,30分程度の準備時間をかければ手術をすることができる態勢を整えていた。なお,同日の当直は,外科系医師が被控訴人E,内科系が小児科の医師であった。 
 被控訴人Eは,当時,本件病院の脳神経外科部長であり,日本外科学会認定医及び日本脳神経外科学会専門医の認定を受けていた。また,M医師は,本件病院の副院長で,日本外科学会及び日本消化器外科学会の認定医であり,消化器外科を専門としていた。
 なお,本件病院には,救急専門医(救急認定医と救急指導医)はいない。
3 FとJは,同日午後4時47分ころ,本件病院に搬送された。被控訴人Eが両名の診察に当たり,救急隊員からブロック塀に自動車でぶつかって受傷しているとの報告を受けた。
 Jは,意識清明で,Fの正確な名前もJが答えたが,胸部痛をしきりに訴えており,胸郭の動きが異常であり,胸部損傷が窺われた。他方,Fは,不穏状態であり,意味不明の発語があり,両手足を活発に動かしており,呼びかけに対しては辛うじて名字が言えるという状態で,意識状態は3−3−9度方式で30R(痛み刺激を加えつつ呼びかけを繰り返すと辛うじて開眼する不穏状態)と判断された。
4 Jについては,来院時の血圧が180/90mmHgで,容体は安定しており,被控訴人Eは,まず肋骨骨折,肺挫傷,血胸等の有無の確認のため,胸部X線検査を実施したが,その検査途中に,呼吸困難を訴え,呼吸不全,循環不全,意識障害が出現した。このため,被控訴人Eは,当時手術室で他の患者の手術の麻酔管理をしていた脳神経外科のN医師に応援を依頼し,ともに救命措置を講じたが,血圧維持は困難で,措置中に現像ができた胸部X線写真で肋骨骨折,肺挫傷等の重篤な異常が認められたので,Kに転送することにし,午後6時頃,救急車にN医師と看護婦が同乗し,心肺蘇生を続けながら,Kまで搬送した。Kには午後6時30分頃到着し,直ちに蘇生術が試みられたが,外傷性心破裂のため午後6時40分頃死亡した。
5 Fについては,被控訴人Eは,まず頭部の視診,触診をして項部硬直の有無,眼位,瞳孔等の確認をし,振り子状の眼振を認めた。次に,胸部の所見をとり,頬からあごにかけて及び左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲の跡を認めた。呼吸様式,胸部聴診に問題はなかった。腹部の聴診と視診では,明らかな腹部膨満や筋性防御の所見はなく,腸雑音の消失,亢進はなかった。また,四肢の動態に異常な点は認めなかった。
 この頃のFのバイタルサインは,体温は不明,血圧は158/26mmHg周辺で推移していた。なお,Fの勤務先の定期健康診断(平成4年10月6日実施)における血圧は,108/78mmHgであった。
 被控訴人Eは,その後,Fが頭部を受傷しており意識障害があることから,頭部CT検査を実施することとし,M医師の応援を求めた。FはCT室に搬送され,頭部CT検査が実施されたが,CT室において,採血も行われた。頭部CT検査が終了したのは,午後5時9分であった。
 被控訴人Eは,頭部CT検査に引き続き,頭部,胸部,腹部の単純X線撮影を実施することにし,Fは,一般X線撮影室に搬送され,午後5時22分から28分にかけて,頭部,胸部,腹部の単純X線撮影がされた。
 なお,FのX線撮影が開始される前に,Jの容体が急変したため,被控訴人Eは,Jの蘇生措置に当たっており,FのX線写真等を検討したのは,午後5時30分をかなり過ぎていた。
 被控訴人Eは,Fの頭部CT及び各X線写真に異常な所見がないことを確認し,また,午後5時12分に算定された抹梢血液検査結果(乙1の37頁)では貧血を認めず,全診療経過を通して血尿の所見もなかった。また,午後6時15分頃から30分頃にかけて,被控訴人Eの下に血液生化学検査の結果報告書(乙1の36頁)が届けられたが,CPKの値は197mU/mlとかなり高かった(正常値は10〜130mU/ml)。
6 被控訴人Eは,特に緊急な措置を要する異常はないものと認め,Fを入院させたうえ,経過観察とすることが相当と判断した。また,M医師も,午後6時頃,病室でFを診察したが,腹部は触診で軟,筋性防御等の所見はなく,貧血を認めず,X線写真と総合すると,経過観察とするのが相当と判断し,被控訴人Eにその旨伝えた。
 このため,被控訴人Eは,Fを経過観察にすることにし,看護婦に,病名を頭部外傷〈2〉型,バイタルサイン4時間(最低4時間ごとに血圧等の測定や観察をするという意味)などと記した脳神経外科入院時指示表(乙1の38頁)を作成し,看護婦に交付した。Fは,午後6時30分頃,一般病室への入院措置がとられ,意識障害は継続していたが,呼吸は安定しており,点滴が開始された。被控訴人Eは,本件病院に駆けつけていた控訴人AにFの病状を説明し,同控訴人は,その説明を聞いた後,帰宅した。
7 ところが,同日午後7時頃,Fの容体は急変し,看護婦から血圧測定ができないとの連絡があり,被控訴人Eらにおいて,血液ガス分析のための採血を行ったが,その途中で,突然呼吸停止となり,胸骨圧迫式(体外式)心マッサージ,気管内挿管等の蘇生術を施行したが,効果がなかった。また,ポータブルX線検査を実施したが,明らかな異常を認めず,さらに,外傷性急性心タンポナーデであれば,心嚢穿刺によって劇的に状態を改善できると考え,超音波ガイドを使用せずに,左胸骨弓の剣状突起の起始部から6cmまで穿刺する方法を試みたが,うまくいかず,心嚢で液体を得ることはできなかった。なお,被控訴人Eは,研修医の時の救急救命センターでの研修を除けば,これまで心嚢穿刺をしたことがなかった。
8 Fは,同日午後8時7分死亡した。被控訴人Eの死亡診断は,胸部打撲を原因とする心破裂の疑いであった。
2 上記認定事実を前提として,まず,Fの死因につき検討するに,G鑑定が述べるとおり,Fの死因は外傷性急性心タンポナーデによるものと認めることができる。以下,その理由を述べる。
1 証拠(甲4,5,22,乙26,G鑑定)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
 外傷性急性心タンポナーデは,心挫傷や心破裂(心室破裂の場合は,現場で即死するのが常であるが,しばしば見られる心房の心耳と呼ばれる先端部の小穿孔などでは出血速度が遅い場合がある。)部から出血した血液が心臓を取り巻く心嚢内に徐々に貯留し,心臓を外から圧迫する結果,拡張期に心臓内に溜まる血液量が減少するために,心拍出量が著しく減少する病態である。心嚢内の貯留血液量に比例して心拍出量が減少するわけではなく,心嚢内の貯留血液量がある一定量(成人であれば200cc程度とされる。)を超えた時から,急速に心拍出量が減少し,症状が現れるのが特徴である(逆にいえば,心嚢内の貯留血液量を症状が現れる前の量以下にすると,症状は急速に回復する。)。
 外傷性急性心タンポナーデの特徴的な臨床症状は,突然発症するショックと同時に頸動脈の怒張,中心静脈圧(CVP)の上昇が見られることである(外傷患者のショックのほとんどは出血性ショックであるが,このときには頸静脈は虚脱しCVPは低下するので,急性心タンポナーデと出血性ショックは容易に鑑別できる。)。外傷性急性心タンポナーデの原因である心損傷(心挫傷,心破裂を含む。)を疑わせるものとしては,CPKなど心筋酵素の上昇,12誘導心電図における異常がある。また,院内での医師の目前で起こった心呼吸停止については,直ちに適切な心肺蘇生術が行われた場合には,癌や慢性疾患の末期でそれが原因となって心呼吸停止状態になったときを除き,後遺障害もなく,完全に回復するのがほとんどであるが,急性心タンポナーデが原因の場合には,心嚢内で心臓が圧迫され心腔内の血液量が少ないので,胸骨圧迫式(体外式)心マッサージを行っても,有効な血流が得られず,急性心タンポナーデを解除しない限り,蘇生は極めて困難である。急性心タンポナーデについては,胸部超音波検査によって確実に診断することができる。

2 これをFについてみると,Fは,前記認定のとおり,シートベルトを装着しない状態で,ブレーキ痕もなくブロック塀に衝突しており,高エネルギー外傷を受けたと考えられること,血液生化学検査により,CPKの値が197mU/mlと高い数値を示していたこと,受傷後循環動態が安定していたにもかかわらず,午後7時頃に容体が急変したこと,適切な心肺蘇生術を施行したが,全く反応がなかったことなどは,上記の外傷性急性心タンポナーデの特徴と合致し,Fの死因が外傷性急性心タンポナーデであると考えることによって,Fの臨床経緯を最も合理的に説明することができる。
 なお,被控訴人Eは,Fの容体が急変した後の午後7時頃に撮影した胸部正面単純X線撮影(検乙1の3)で異常を認めていないが,証拠(G鑑定)によると,胸部正面単純X線撮影では,心陰影の明瞭な拡大としては捉えることができないので,上記X線写真で心陰影が拡大していないことをもって,急性心タンポナーデの存在を否定することはできないことが認められ,上記認定,判断を左右するものではない。
 また,H鑑定は腹腔内出血が死亡原因であるとするが,証拠(G鑑定)によると,上記胸部正面単純X線撮影(検乙1の3)で中心陰影が縮小していないことから,急速な出血が死亡原因であるとは考えられず,その可能性は医学的に否定されることが認められ,H鑑定を採用することはできない。
3 次に,被控訴人Eの過失又は注意義務違反の有無について検討する。
1 前記認定のとおり,Fは,乗用車運転中にブレーキ痕もないままブロック塀に正面から衝突し,車の前部を大破する事故によって受傷しており,事故の態様からして,Fに極めて強い外力が及んだ可能性が高いことを容易に推測することができ,被控訴人Eも,救急隊員からブロック塀に自動車でぶつかって受傷しているとの報告を受けていたことからすると,Fに対し,高エネルギー外傷を受けている可能性が高いことを前提にして,診察等をする必要がある。
2 そこで,高エネルギー外傷を受けている可能性の高い患者に対し,いかなる診察,検査,措置を講じるべきであったかについて検討するに,証拠(甲4,5,8,22,乙26,G鑑定)によると,次の事実が認められる。
 受傷機転から高エネルギー外傷が疑われる場合には,まず最初に,血圧・脈拍数の測定(不整脈の有無も確認),呼吸数と呼吸に伴う胸壁運動(上気道狭窄,フレイル運動)の確認,呼吸音の左右差(気胸,血胸,気管支内異物)や心雑音(心損傷)の有無,冷汗(ショック準備状態)やチアノーゼ(肺酸素化障害),頸動脈怒張(緊急の処置を必要とする緊張性気胸や急性心タンポナーデで見られる。)の有無,意識レベル,腹部所見(腹腔内出血,管腔臓器の損傷による腹膜炎症状,圧痛部位),四肢(変形,運動,知覚,血流)の状態を調べなければならない。これらの確認は,2,3分で終えることができる。なお,頸椎を初めとする脊椎損傷が否定できるまでは,体位交換に際しても極めて愛護的に行わなければならない。また,着衣は,全て取り去り,全身の体表を調べ,外力が及んだ部位を把握する必要がある。その後,心嚢液の貯留,胸腔内出血,腹腔内出血に焦点を絞って,胸腹部の超音波検査をする(この検査は数分あれば可能である。)。その他に,動脈血ガス分析(呼吸機能と循環動態の評価),血液検査(初期は主に貧血の評価),血液生化学検査(基礎疾患,肝損傷,心筋損傷の評価)を実施する。
さらに,その後,胸部と腹部の仰臥位単純X線撮影,頸椎の正・側面撮影をする。以上の診察及び検査は,高エネルギー外傷患者については,症状がない場合でも必須である。
 以上の診察及び検査により,何らかの異常所見が得られた場合には,それぞれに応じて必要な処置及び診断を確定するための精査(CT検査はここに含まれる。)を行う。ただし,呼吸や循環動態が不安定な時には,それらに対する処置を最優先し,CT検査などは後回しにする。
 診察及び検査により,特別な異常がない場合でも,高エネルギー外傷患者は,入院経過観察が必要である。このときには,バイタルサインを連続モニターするか,頻回に測定する。また,初回の検査で異常がなくても,胸腹部の超音波検査を初めは1〜2時間間隔で繰り返し行う。
3 以上認定の事実に照らすと,被控訴人Eにおいて,高エネルギー外傷による軽度の意識障害を伴ったFに対し入院させ経過観察を決定したことは,妥当な判断であったといえる。
 しかしながら,Fに対しては,胸腹部の超音波検査,動脈血ガス分析を行う必要があったというべきところ,胸腹部の単純X線撮影,頭部CT検査を除けば,高エネルギー外傷で起こりやすい緊急度の高い危険な病態(急性心タンポナーデ,緊張性気胸,腹腔内出血,頸椎損傷等)に対する十分な評価が入院前にできていなかったにもかかわらず,看護婦に対し,バイタルサイン4時間等の一般的な注意をしただけで,具体的な経過観察の方法を示さなかったことは,適切とはいえない。高エネルギー外傷患者の経過観察としては,超音波検査をはじめ,呼吸循環動態,理学的所見を繰り返し調べるべきであった。
 そして,証拠(G鑑定)によると,Jにみられたように心破裂による外傷性急性心タンポナーデは,出血速度が早いため,現場即死あるいは受傷後短時間で発症するが,Fのように,受傷後2時間半頃に症状が出るのは,心破裂は極めて稀で,ほとんどの原因は心挫傷であること,心挫傷の場合は,心嚢穿刺又は心嚢を切開して貯留した血液の一部を出すことで症状を改善することができ,心臓の手術は必要ではないこと,血液を吸引除去あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開又は開窓術)していれば,救命できた可能性が極めて高いこと,Fは受傷から容体が急変するまでの約2時間半は循環動態も安定していたので,この間に重度外傷患者の診療に精通する施設に搬送していれば,ほぼ確実に救命できたことが認められる。
4 以上からすると,被控訴人Eとしては,遅くとも経過観察措置を講じた時点で,速やかに胸部超音波検査を実施する必要があり,それをしていれば,心嚢内の出血に気づき,直ちに心嚢穿刺により血液を吸引除去し,あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開又は開窓術)し,仮に本件病院で心嚢切開又は開窓術を実施できないのであれば,3次救急病院に搬送することによって,救命することができたということができ,被控訴人Eの過失・注意義務違反を認めることができる。

うんうん 2007/10/13 10:25  結局、人は自分の生きている世界のことは良く分かっているが、そうでない分野には疎く、自分のよく分かっている世界の判断基準を援用して判断し、批判しがちである、ってことでしょ。裁判官しかり、医者しかり、マスコミしかり。

NATROMNATROM 2007/10/13 10:44 >2次救急の救急医はどのようなものであるべきか、は鑑定書による事実認定の世界になると思います

「死因は何か」「救命可能性はあったか」という医学的論点についてなら、鑑定書によるのは納得できます。また、「現実に、一般的な2次救急医のレベルはどのようなものか」についても、鑑定書によるというものわかります。しかし、「2次救急の救急医はどのようなものであるべきか」ってのも、「鑑定書による事実認定」なんですか?「『2次救急の救急医は』胸腹部の超音波検査を行うべきだった」と鑑定書に書かれていたのでしょうか。引用部分からは読みとれません。

「救急医療について相当の知識及び経験」には胸腹部の超音波検査は必ずしも含まれないと私は思います。鑑定書にもそこまで踏み込んでは書かれていないと思います。もちろん、条文にも書いていません。条文と鑑定書から、「裁判官が解釈し」、判断したんじゃないのでしょうか。「条文がこうなってるからこう判断するしかないよね」と仰いますが、条文には解釈の幅があるんじゃないんですか?この件に関して、「条文の世界」をこえず、「法律を曲げず」、かつ、もう少し救急医療の現実に沿った判断も可能だったのではないでしょうか。

falcon171falcon171 2007/10/13 11:13 arrackさん 初めまして falcon171と申します。

昨年11月にこの奈良救急心嚢穿刺判決がネットで話題になったとき、新小児科医のつぶやき(2006年11月8日 http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061108)に少しコメントを書かせて頂きました。このエントリは、まとまっていると思います。是非ご一読の上、ご
意見頂ければ幸いです。

判決のarrackさんの引用部分までは、いいたいことはあるが、あまり誰も問題にしていなかったと思います。
問題になったのはその直後からの、

以下判決引用
我が国では年間約2千万人の救急患者が全国の病院を受診するのに対し,日本救急医学会によって認定された救急認定医は2千人程度(平成5年当時)にすぎず,救急認定医が全ての救急患者を診療することは現実には不可能であること,救急専門医(救急認定医と救急指導医)は,首都圏や阪神圏の大都市部,それも救命救急センターを中心とする3次救急医療施設に偏在しているのが実情であること,したがって,大都市圏以外の地方の救急医療は,救急専門医ではない外科や脳外科などの各診療科医師の手によって支えられているのが,我が国の救急医療の現実であること,本件病院が2次救急医療機関として,救急専門医ではない各診療科医師による救急医療体制をとっていたのは,全国的に共通の事情によるものであること,一般的に,脳神経外科医は,研修医の時を除けば,心嚢穿刺に熟達できる機会はほとんどなく,胸腹部の超音波検査を日常的にすることもないこと,被控訴人Eは,胸腹部の超音波検査が必要と判断した時には,放射線科あるいは内科に検査を依頼しており,自ら超音波検査の結果を読影することはなかったこと,当日,被控訴人Eとともに当直に当たっていた小児科の医師も,日常的に超音波検査をすることはなく,単独で超音波検査をすることは困難であったことが認められる。
 そうだとすると,被控訴人Eとしては,自らの知識と経験に基づき,Eにつき最善の措置を講じたということができるのであって,注意義務を脳神経外科医に一般に求められる医療水準であると考えると,被控訴人Eに過失や注意義務違反を認めることはできないことになる。G鑑定やH鑑定も,被控訴人Eの医療内容につき,2次救急医療機関として期待される当時の医療水準を満たしていた,あるいは脳神経外科の専門医にこれ以上望んでも無理であったとする。

しかしながら,救急医療機関は,「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ,その要件を満たす医療機関を救急病院等として,都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項),また,その医師は,「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)のであるから,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。

 そうすると,2次救急医療機関における医師としては,本件においては,上記のとおり,Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断をした上で,必要な措置を講じるべきであったということができ(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には,直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める,あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。),被控訴人Eの過失や注意義務違反を認めることができる。
判決引用終わり

の部分です。

これを読む限り、問題は、arrackさんのいわれる「この次に2次救急の救急医はどのようなものであるべきか、は鑑定書による事実認定の世界になると思います。」ではないと私は考えます。
G鑑定やH鑑定でも本件医師は「2次救急医療機関として期待される当時の医療水準を満たしていた,あるいは脳神経外科の専門医にこれ以上望んでも無理であったとる。」という鑑定はあるが、「2次救急医療機関勤務医として不十分とする鑑定結果」は少なくとも判決文上は見あたりません。もし、そういう鑑定結果が有れば、判決文の「しかしながら」以後に必ず「X鑑定によれば  」と書かれるだろうという風に推測しますが違いますでしょうか?

ということで、鑑定の問題ではないと思います。現場、現実の事情で、法文は曲げられないのはわかりますが、この「通達」があれば、「普通の裁判官」はこういう判決を出す、といわれれば、「心嚢穿刺の技量」を持たない「普通の多数派医師」は2次救急現場からの撤退を選択するというのも、当然とお考え頂ければ幸いです。
申し訳ありませんが、「法律改正運動」はする気は私にはありません。法律を改正して医師をリスクフリーにした方が現場に残る気になりますよ、その方が国民のお得なんじゃないですかと言う意見をネットで言うことで責は果たした、後は国民がお考え頂くということで。

apjapj 2007/10/13 12:59  専門的知識にまで踏み込んで込み入った判断をしなければならないのなら、知財と同じように、高裁のあるような場所に、医事紛争が専門の裁判官を集めて、そこで解決を図るといったことをしないとまずいんじゃないですかね。普通は、専門性を要する判断は全体のごく一部だから、鑑定書をいくつか出せば足りるけど、医事紛争は判断の全てにある程度の専門知識を要求されるわけでしょ。裁判官が医療水準の相場の見積もりを間違えているということなら、専門に特化した裁判官を用意しないと……。

杉山真大杉山真大 2007/10/14 23:14 >apjさん
藤末参院議員とこでコメントしたことがあるのですけど、その知財高裁にしてさえ往々にして大企業の利益擁護に走っている感があると思いますね。まぁ、医事高裁が出来ればトンデモ訴訟への歯止めにはなるかも知れませんけど、今度は厚生省の権益擁護になったりしそうな希ガス・・・・・

rageyragey 2007/10/18 00:43 医療事故長に関する共同通信の論説。
いや、ひどいですよ。M3で読めるので今度読んでみてください。
「ひどい医者を刑事告発できなくなるので遺族の間に不安が」
「刑事告発への道を閉ざしてはならない」
毎日新聞が医療崩壊を推進って言うレベルじゃねーぞ、共同通信のひどさは。
何でも担当記者が私怨で動いてて、特に産科医療を壊滅させようと躍起になってるらしいですよ。

NATROMNATROM 2007/10/18 09:02 厚労省試案では、「調査内容の刑事手続き利用を認めた」んですけどね。

真っ白素人真っ白素人 2015/06/11 16:07 初めまして。
検索で発見したこちらのページを興味深く拝見させていただいてます。

このエントリーで、薬品の禁忌と医師の裁量についての記載がありました。

そこでお聞きしてみたいと思うことが一つ浮かびました。

去年くらい(正確には覚えておりません。申し訳ありません)に、プロポフォールの小児への使用が大きな事件となりましたが、natromさんとしてはこの事件に対してはどのようなご意見をお持ちなのでしょうか?
こちらに書き込むのはマナー違反かもしれないのですが、あまりこのような場所に書き込むこともなく、他にふさわしい場所も思いつかなかったもので、あえてこちらに書き込みました。
このコメントが目に止まり、ご回答頂けたならば幸いです。

真っ白素人真っ白素人 2015/06/11 16:12 携帯よりの投稿で、改行などが見にくいなどの点、申し訳ありません。
また、既出の内容でしたら申し訳ありません。

NATROMNATROM 2015/06/12 08:51 真っ白素人さん、こんにちは。コメントありがとうございました。小児の集中治療における人工呼吸中の鎮静に対するプロポフォールの使用禁忌の件ですね。まず、一般論をお話しします。

添付文書に禁忌と記載されている薬剤を、医師の裁量で使用することはあります。医学が進歩して添付文書が記載されていた当時と医療事情が変わったことや、患者さんの特殊性(たとえば、添付文書上使える薬にことごとくアレルギーがある)によります。禁忌であるからと薬を使わずに患者さんが死ぬぐらいなら、薬を使うべきです。つまり、単に禁忌となっている薬を使ったからというだけでは不適切だとは言えないということです。「禁忌とされているけれども、理由があって使うのだ」ということを十分に医療者は自覚し、患者さんにもご説明し、カルテにも記載しておかなければならないのは、当然のことです。

プロポフォールの小児への使用の件はどうかといいますと、これはもう私の専門外から外れますので、確定的なことは言えません。ただ、医師専用掲示板でのやり取りなどを聞くに、問題となった医大病院での使用は安易であったのではないか、使用するにしても原則禁忌なんだからもうちょっと慎重にすべきであった、という論調が多いようです。

2007-10-09 母乳で伝わる遺伝子/南郷継正氏/空手道玄和会

[][]母乳で伝わる遺伝子 母乳で伝わる遺伝子を含むブックマーク

無知と偏見は連鎖する。病気の原因がわかっていなかったのがハンセン病患者に対する偏見の一因である。ハンセン病は感染症であり、感染力は非常に弱いことが周知されれば、「ハンセン病は患者が過去に犯した悪行に対する報いだ」などという偏見は消えていく。ハンセン病患者に対する偏見・差別は残っているが、少なくとも現代日本においてハンセン病を業病扱いすれば、発言者は知性を疑われる。知識は、偏見や差別に対する武器になる。

さて、私が以前から注目していた■心に青雲というブログがある。ブログ主は「空手道場主宰」で、エントリーにはしばしば「わが流派の最高幹部」の教えがよく登場する。「わが流派」とは、南郷継正氏が主催する空手道玄和会だと思われる*1。このブログではいささか私たちが知っている科学とは相容れない主張がなされている。たとえば、発達障害に関する一般的な学説を否定し、「原因は親自身の生活過程にある」と断言する。いわく、茶髪、ジャンクフード、タバコ、シンナー、刺青、人工授精。それから、紙おむつと人工乳。


■発達障害はなぜ起きる(下)*2

 粉ミルクでは母乳に入っている母親の大事な人間としての遺伝子が子どもに伝わらないで、代わりにウシの遺伝子が赤ん坊に注ぎこまれる。

 粉ミルクで育った赤ん坊がやがて、ウシの遺伝子に浸透された頭脳として育ち、友達をいきなり殴ったり、噛み付いたりするのだ。


母乳から人間としての遺伝子が子供に伝わるのですよ。現代生物学を根幹から揺るがす新事実。自閉症の原因は、かつては親の、それも特に母親の育て方のせいにされていたが、今では否定されている(この知識は自閉症児とその親に向けられた偏見に対する武器になるであろう)。それでもまれに、育て方や人工乳が原因であるという無知を散見することもあるが、ウシの遺伝子が赤ん坊に注ぎこまれるからというのは秀逸である。母乳が出ない母親もいるのではないかと思うのだが、母乳が出ないのも「生活過程が悪かったのだ」そうだ。それどころか、不妊も生理痛も帝王切開も生活過程のせいである。

女性に対してのみ不当だと思ってはならない。このブログ主に言わせると、「癌だろうが脳梗塞だろうが、はては肥満だろうが脊髄小脳変性症だろうが、原因はすべて生活過程にある」のだ*3。それにしても脊髄小脳変性症の原因が生活過程であるとは恐れ入る。このブログ主は、遺伝病の存在すら否定しているのだ。


■「1リットルの涙」と脊髄小脳変性症(上)*4

原因不明なのに遺伝性があるとは、これ如何に? 病気に遺伝があるのかどうか。病気が遺伝するって、おかしくないか? “遺伝的”というならわかる。例えば母親の胎内にいるときに、母親の病気がそのまま子の異常になって、それが生後に発症するというのなら。兎口や小頭症などは母親の妊娠中の何か(妊娠3か月以内に風邪薬を飲んだとか…)によって胎児が直撃されたものという。しかし、病気の遺伝子なんて…。それは弁証法の否定だ。


病気のほとんどが生活の歪みから起きるのなら、同一の家庭で育った兄弟の一方が病気になり、もう一方は健康である例は、どう説明できるのだろう?メンデルの法則に則って、50%の確率で子孫に伝わるのはなぜ?メンデル遺伝する遺伝病の原因遺伝子の多くは、染色体における位置からDNAの配列まで同定されている。病気の遺伝子が「弁証法」を否定するとしたら、すでに「弁証法」は否定されている。「わが流派の最高幹部は、医学であれ物理であれ、あらゆる個別科学を究められた」*5とあるが、その「個別科学」とは、我々が知っている自然科学とはまったくの別物である。

ブログ主は、少なくとも身体については健康であるのだろう。そして、その健康は幸運ゆえではなく、自らの生活過程のためだと思っている。これは、誰かが病気になったのはその人の生活過程が悪かったからだ、という考え方の裏返しである。実際、「いかにも精神障害者と知的障害者の社会復帰は大事なことかもしれない。しかし、そうなったのは親の責任、本人の責任ではないか」*6と書いた。無知は「精神障害者、知的障害者になったのは本人の責任である」という偏見に容易に結びつく。差別はすぐそこだ。

それにしても、「最高幹部」は、このブログ「心に青雲」の存在をご存知なのであろうか。もしこのブログの見解が「空手道玄和会」の公的見解と異なるのであれば、ブログ主に警告して断り書きをさせたほうがいい。現代科学を理解せず無知のまま偏見を垂れ流すトンデモ流派であるという誤解を招きかねないからだ。もし、会の公的見解と一致するとしても、会の見解は門外不出の秘伝とし、ブログを止めさせることをお勧めする。会はトンデモ流派であると、―この場合は誤解でなく事実ということになるが―、宣伝しているようなものだからだ。



関連記事

■「心に青雲」ステキ語録

*1:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/4cb3d19d06714b32db4bd7763ece6f24

*2:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/d5889e61d82ce8efbaed89d67dfabfbe

*3:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/ff2c0cbb04b41e493ad7e50aae47602a

*4:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/d5d35219c1f9c8659fa08fcf43510bb1

*5:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/6f81f01fc2cd815f09d3ea1fea5c43f5

*6:URL:http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/b0f93b05a64aebfc6b626e3174f2faf2

Seagul-XSeagul-X 2007/10/09 18:51 母乳から遺伝子が伝わるんなら、ヒトの必須アミノ酸を合成できる動物(なにがいいんでしょうね?)の乳を飲めば…素晴らしいじゃないですかぁ^^

EIMEIM 2007/10/09 19:10 >独自の「唯物論的弁証法」により武道・空手を科学として解釈した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E9%83%B7%E7%B6%99%E6%AD%A3

「最高幹部」自身も相当にトンデモですねw

「心に青雲」氏は、以前、医療問題に関するエントリで思い込みだけの酷い医者叩きを書き連ね、それに反論する医療関係者のコメントが賑やかでしたね。
風邪を引いて空手の練習を休んだり、練習で怪我をしても、「生活過程が悪い!」と一喝されるんでしょうねぇ?w

evergreenevergreen 2007/10/10 00:51 牛の遺伝子が注入されるのならば、乳牛のごとき穏やかな人々が増えるのかも知れず、それはそれで良い事でありましょう。

tematema 2007/10/10 07:26 ここで言う「遺伝子」は「ミーム」の意味である、と無理矢理フォロー。
授乳時に、母親の鼓動やホルモン等からミームが赤子に伝わるのです。
一方、粉ミルクでは…これはフォロー不可能です

無名の読者無名の読者 2007/10/10 08:15 これって乳児だけで、牛乳や牛肉を食ってる成人には問題が起きないんでしょうか?
成人になってもヒトの乳や人肉(しかも身内のでないといけないはず)を飲食しろとは言わないだろうなあ?

NATROMNATROM 2007/10/10 08:19 無名の読者さんへ。「母乳の時期に、ウシの乳を飲ませることが最悪なのであって、離乳後一般の食べ物として牛乳を飲むこととは別である」と師範は説かれました。

無名の読者無名の読者 2007/10/10 15:24 ご指摘ありがとうございます。でも、言い逃れとしか思えないですね>師範
というかこれって、お婆ちゃんなんかが言う「食べてすぐに横になると牛になるよ」みたいなパフォーマンスとして受け取った方がいいのかな、という気が一瞬しましたが、ガチで言ってるんでしょうね。

ssd666ssd666 2007/10/11 09:41 いや南郷氏は武道界隈でも電波系格闘家として名を馳せていますよ。

shinok30shinok30 2007/10/11 09:58 ツッコミ所満載の豪快なブログの割にコメント欄が静かだなあと思ったら,
やっぱり,コメントもトラックバックも
ブログ作成者から承認されるまで反映されない仕様になってますね

NATROMNATROM 2007/10/11 10:13 ちなみにトラバは送りましたが承認されなかったようです。

山口(産婦人科)山口(産婦人科) 2007/10/11 16:48 以前に産婦人科系話題で電波を飛ばしたとき、抗議のコメントを入れましたが、抗議コメントであふれかえっていらしたようです。その後コメント入れても削除されるようになりました。相変わらず電波なお方ですね。

V301SHV301SH 2007/10/11 22:01 初めまして、☆ありがとうです。あと、医業のおつとめご苦労様です。

アンテナにいれさせていただきます^^

米 2007/10/12 00:56 おもしろかったのでコメント入れてみたらお返事をいただけて楽しかったです。

心に暗雲心に暗雲 2007/10/14 03:04 その、米さんへのお返事。
>乳がどうかなのが問題であって、米のおかゆは乳ではありませんから、米の遺伝子が入ることはないはずです。
ない「はず」ですって。

agag 2008/10/15 01:12 『その「個別科学」とは、我々が知っている自然科学とはまったくの別物である。』と書いてありますが、以下のブログはお読みになりましたか?
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/4cb3d19d06714b32db4bd7763ece6f24
ここに出てくる本田克也氏は遺伝子・DNA研究の第一人者です。まったく別物の科学を研究している方が大学院の教授になれると思いますか?
http://www.md.tsukuba.ac.jp/chs/life_system/k_honda.htm

NATROMNATROM 2008/10/15 11:02 二つの可能性がありますね。本田克也氏がトンデモさんである可能性と、本田克也らの著作はまともなのに「心に青雲」のブログ主の理解がまともでないという可能性です。後者の可能性が高いのではないかと、私は考えます。ていうか、ご紹介のリンク先を見る限りでは、本田克也氏は遺伝学がご専門のようです。遺伝子が受精を通してではなく、母乳を通じて伝わるとしたら、本田克也氏のやっている研究はすべてウソということになりますな。

本田克也氏はこちら側(我々が知っている自然科学側)。「心に青雲」のブログ主はあちら側。理解できましたか?

agag 2008/10/16 01:12 お返事ありがとうございます。昨日偶然こちらのブログを見つけたのでまだほとんど読めていませんが、この返事でNATROMさんの考え方・主義・読解力・レベル等々が大体分かりました。お世話になりました。

2007-10-08 統計はこうしてウソをつく

[][]群衆の数を推定する 群衆の数を推定するを含むブックマーク

「教科書検定意見撤回を求める県民大会」の参加者数が議論になっている。朝日新聞では「11万人*1。産経新聞は「4万人強*2。よく聞く話だよな。この手の話を書いた本がたしか本棚にあったはず。


cover■統計はこうしてウソをつく ジョエル・ベスト(著), 林 大 (訳)。副題は「だまされないための統計学入門」。


本書は社会統計に関係した陥りやすい過ちについて論じている。第5章の「スタット・ウォーズ―社会統計をめぐる紛争」において、利害の対立が統計をめぐる争いを招くことを論じる。「論争の当事者は往々にして、自分は一つの統計だけでなく重要な利益や原則を擁護しているのだと考える(P170)」。朝日新聞と産経新聞も、単に参加者の数ではなく、その背後にある思想をめぐって争っているのであろう。沖縄の県民大会において、どちらの数字が正しいそうなのかの判断材料を私はもっていないので、本書より、似たような事例を紹介する。

1995年にワシントンにあるモールと呼ばれる公園で行なわれた「100万人大行進」に参加した人数は、主催者のルイス・ファラカンの発表では150万人から200万人。一方、モールの治安維持を担当した公園警察の発表では40万人。ずいぶんと差がありますな。公園警察は航空写真を使って、群衆の面積を出し、単位面積あたりの推定平均人数をかけて推定値を出した。


主催者と公園警察の見積もりの食い違いはお馴染みのパターンどおりだったが、ファラカンは憤慨し、「連中は人種主義、白人優越主義、このルイス・ファラカンへの憎しみのせいで、われわれの成功を認めるのを拒むのだ」と非難し、公園警察を訴えることも辞さないと述べた。ボストン大学の(群衆ではなく自然を写した)航空写真分析の専門家チームは、公園警察の写真を調べて独自の見積もりを出した。それは誤差25%で87万人というものだった(つまり、群衆は100万人に達したのかもしれないと認めたのである)。公園警察はさらなる情報で対抗した。その情報とは、新たな写真、公共交通機関の記録などで、その記録によると、行進当日のワシントン中央部への交通量は普段より少し多いだけだった。これを受けて、ボストン大学の研究者たちは見積もりをやや修正し、83万7000人とした。(P173)


ボストン大学と公園警察の推定値の違いは、単位面積あたりの推定平均人数の違いであった。著者は、ボストン大学の想定した数字は大きすぎ、公園警察による群衆の密度も「聴衆の密度としてはかなり高い」と評価している。具体的な数字は、ボストン大学の研究者は「平方メートルあたり6人」=「1人あたりの面積が1.8平方フィート」で「満員のエレベータ程度の混み具合」程度。公園警察はその半分の「1人あたりの面積が3.6平方フィート」だったと想定した。これでも聴衆としては密度は高く、通常は聴衆の密度は「1人あたりの面積が5.7から8.5平方フィート」であるとのこと。


ボストン大学の研究者の見積もりは、公園警察の推定手続きに疑問を投げかけたが、群衆の密度について公園警察がおこなった推定のほうが現実的なようだ。だが、ほとんどつねにデモ主催者の発表を下回り、主催者を怒らせる推定値を出すのは割に合わない仕事で、ボストン大学チームの推定を伝える報道のなかには、公園警察が偏っていたかのように言うものもあった。公園警察は議会から新たな指示を受けて、もうモールでおこなわれるデモの規模について推定値を出さないと発表した。(P174)


沖縄県警も、「12年前の県民大会参加者数を主催者発表より2万7000人少ない5万8000人と公表、『主催者から激しくクレームをつけられた』ため」、参加者の概数を把握しているが公式発表を控えているそうである*3。海の向こうもこちらもあまり変わらない。正確さについて議論があるにしても、警察などの公的機関が、一定の手段・方法で推定した値を発表すれば、少なくとも過去に行なわれたデモと比較はできるだろうに。主催者も、参加人数だけでなく、参加人数を推定した手段・方法を発表すれば、第三者が検証ができるだろう。


社会問題に関するおかしい統計のなかには故意に人を欺くものもあるが、混乱、無能さ、数字オンチの産物、あるいは、正しいと論者が考える主義や利益を肯定する数字を生みだす選択的でひとりよがりな営みの産物も少なく無い。スタット・ウォーズへの対応としていちばんいいのは、誰が嘘をついているかを推測しようとすることではなく、まして、自分と意見の異なる人たちのほうが嘘をついているのだと考えることではない。むしろ、おかしい統計が生じる標準的な原因―当て推量、疑わしい定義や方法、突然変異統計、不適切な比較―に気をつけることが必要なのだ。(P202)


自戒をこめて。

*1:URL:http://s04.megalodon.jp/2007-0929-2235-50/www.asahi.com/national/update/0929/SEB200709290015.html(魚拓)

*2:URL:http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071006/stt0710062247005-n1.htm

*3:URL:http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071006/stt0710062247005-n2.htm

wadjawadja 2007/10/09 00:20 うちの団地の自治会は、草取り大会の参加人数を主催者発表するけど、参加者に配ったジュースの本数で算出してますな。一人で2本飲む人や、ジュースを貰わない人も居るだろうけど、航空写真よりは誤差が小さいに違いないw

杉山真大杉山真大 2007/10/09 18:13 早速、柳生センセが喜んでこの一件を取り上げてますよ・・・・・
http://empire.cocolog-nifty.com/sun/2007/10/post_767c.html

全く・・・・・敵にいい攻撃材料与えて何考えているんだ>集会の主催者

マーイケルジョーダンマーイケルジョーダン 2007/10/26 00:29 「産経抄」の自己矛盾
 「朝日新聞をたたくのは自由だが、事実の確認だけはくれぐれもお忘れなく」
 先月28日のこの欄〔らん〕で、産経新聞の1面コラム「産経抄〔しょう〕」にそう呼びかけたところ、3日の「産経抄」でお返事があった。
 いやはや驚いた。こちらの指摘はほっかむりしたまま、こんどは沖縄〔おきなわ〕戦の集団自決をめぐる29日の県民集会の報道をとりあげて、朝日に「事実の確認だけはくれぐれもお忘れなく」と切り返してきたのである。
 朝日新聞は朝刊1面で「沖縄11万人抗議」の見出し(東京本社最終版)で大きく報じたが、「11万人は主催者発表の数字です」「関係者によると、参加者は最大で4万3000人だそうです」というのだ。
 ならば当然、産経は「参加者は4万3000人」と書いているのだろう。そう思って記事を探すと、社会面にこんな見出しがあった。「撤回求め11万人集会」
 何だ、同じではないか。
 首をひねりつつ2日の「産経抄」を読み返すと、そこにもこんなくだりがある。
「11万人(主催者発表)が参加した」
 11万人という数字が主催者発表であることはその通りだ。朝日の記事も「参加者は主催者発表で11万人」と明記している。
 自ら11万人と繰〔く〕り返しながら、やはり11万人と書いた朝日をたたく。自己矛盾〔じこむじゅん〕としか言いようがない。
 きちんとした批判なら耳を傾〔かたむ〕けたいが、意味不明の批判には答えようがない。重ねての忠告で恐縮〔きょうしゅく〕だが、事実の確認だけはくれぐれもお忘れなく。

 〈恵村順一郎〉朝日新聞2007年10月4日 夕刊2面 窓 論説委員室から

3Kの変わり身の速さには恐れいります。

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2007-10-05 医療と自由競争

[]医療業界が自由競争ではうまくいかない理由 医療業界が自由競争ではうまくいかない理由を含むブックマーク


「医療業界にはいろいろ規制があって非効率的だ。市場原理にまかせて競争にさらせば、より良い医療機関が残り、医療の質は向上する」


という意見を散見する。「混合診療全面解禁を!」「医師会が反対するのは既得権利を守るためだ」という主張とセットになっていることが多い。一般的には自由競争は市場を効率化するが、医療業界は自由競争ではあまりうまくいかない。なぜか。理由はいろいろあるが、その一つは情報の非対称性である。

通常、商品を買うときにはその商品の質を買い手は評価できる。1万円の洋服を買うのは、1万円の価値があると判断してから買えばよい。情報の非対称性の説明でよく持ち出される中古車市場においてすら、商品を買ったあとでスカと分かれば、次からその業者から買わない、その業者の評判を共有する、など、買い手が売り手に対抗する方法はある。

では医療においてはどうか?病室の清潔さ、食事の質、医師の態度、説明が十分かどうかなどは、買い手が評価しうる。しかし、肝心の医療行為の質そのものの評価は、以前■ヤブ医者マップは役に立たないで指摘したように、たいへんに困難である。5年生存率が90%の疾患の手術を受けた患者さんは、術直後はもちろん、5年後ですら受けた手術の質は評価できない。本当は10%に入るところを名医により生きながらえたのかもしれないし、60%しか助けられないヤブ医にあたったのかもしれない。

多くの患者さんを集めて評価するという方法もないではないが、これも問題点がある。いくら進行度その他で層別化しようとも、リスクの高い低いはあるわけで、リスクの高い患者さんにも積極的に手術をする医療機関の見かけの数字は悪くなる。参考程度にするならともかく、患者が数字だけで医療機関を評価しようとすると必ず選別が起こる。すなわち「成績が悪くなるからこの患者さんを手術するのはやめよう」。それでも医者かと批判するのは簡単だが、腕を磨き、困難な症例に立ち向かい、徹夜で術後管理を行った結果が、「ヤブ医者」という評価なら誰が好き好んで難手術に挑戦しようか。


■がん生存率、専門病院ごとに初公表 患者の要望に応え(朝日)という記事を見て、以前書いてお蔵入りしていた上記文章を完成させた。ちなみに、この記事で紹介された数字は、年齢、性別では補正しているものの、病気の進行度での補正はなされていない。患者が施設ごとの治療成績の開示を求めたとあるが、これを見てどのように役立てるのであろうか。記事中に正しく指摘されているように、数字をそのまま医療の質が高いととらえることはできない。



関連記事

■国民皆保険制度がわりとうまくいっていた理由

JA50JA50 2007/10/05 10:35 この記事で分かることは、ここに載っている病院は全てまともなところだってことまでではないでしょうか。
だって、、、
各部位別に100人以上治療した
治療した全患者のうち9割以上を、5年後まで追跡できた
6割以上でがん進行度を判定できた
――などの基準を満たした施設について生存率を算定。

症例数が十分にあり、きちんとフォローもしていると。

lukeluke 2007/10/05 11:55 医療分野で情報の非対称性が大きな問題であることはおっしゃるとおりですが、それは市場機構を導入しない理由にはならないでしょう。患者に正しく判断できないとしたら、誰なら判断できるのか? より正しく判断できる人がいるなら、その人の情報の公開を促進すれば、非対称性を緩和できることになります。 いないなら、市場機構でも今と比べたマイナスはないことになる。正しい選択が難しいからと言って、選択の余地をなくしてしまうことが解決にはならないでしょう。

また、混合診療を許可しないにしても、営利法人の参入や、佐々木委員会報告(医師が余って医師給与が減ることを防ぐために医師の供給を大幅に減らす)により削減された医学部定員の復元は望ましい市場機構の導入と言えるのでは。

NATROMNATROM 2007/10/05 12:15 市場機構を導入してうまくいくのであれば、導入してもいいですね(「営利法人の参入」でうまくいくかどうかはともかく)。それはそれとして、「自由競争にさらせばうまくいくというは幻想」というのが今回のエントリーの主題です。ちなみに、現在の制度化でも、完全自由競争ではないにせよ競争はあるんです。

電気屋電気屋 2007/10/05 12:27 市場原理で言われる「神の手」ってのは結局消費者の判断の総和のこと。
一人一人の消費者はそれぞれの持てる判断力を駆使してよりよい商品を求めます。誰だってよい買い物したいもんね。
その判断力の総和は信頼するに足るから、市場全体はよりよい方向へと向かい、消費者サービスは向上する。これが市場原理です。
もし個々の消費者(この場合は患者ですね)の判断力がアテに出来ないのなら市場原理で働く「神の手も」アテにできなくなります。
そしてより正しく判断できるのは売り手である医師しかいないわけで、これでは信頼性の高い情報のフィードバックは望めないでしょう。
第三者的な評価機関を作るってのは可能かもしれませんが、少なくともその機関で判断の主体となる人は医学の専門家でなくてはなりません。専門家アレルギーな多くの人々がそんな機関の格付けを信用するんだろうか?
そしてなにより問題なのは、専門家ですら判断しかねることが多々あること。
人はあまりにも千差万別なので、症例の積み重ねはとてもしづらいはずです。
疫学的な手法はそれなりに有効でしょーが、その性質上ぼやけたモノにしかなりません。
アテにできない情報でも流す価値があるとはやつがれには思えませんな。

ssd666ssd666 2007/10/05 12:44 いや、ごく単純に
「医療に競争原理を持ち込んでうまくいったところがあるんですか?」
この答えを出せた人にまだ私は出会ったことがありません。
反例はいくらでもあります。

やまきやまき 2007/10/05 15:25 NATROMさんの論点はわかりますし、「自由競争=効率的」というのは楽天的すぎる発想だというのにもまったく賛成なんですけど・・・それって「情報の非対称性」の話題なんでしょうか?情報が非対称というからには、医療の客観的価値というものがあり、それを医者は評価できるが一般人にはできない、という話に(典型的には)なるはずですが、おっしゃっているのはどちらかというと医療の客観的価値が測りづらいという話ですよね?もし医療において情報の非対称性があってそれが市場原理が機能しない理由であるのなら、その理由は医療を評価するのに必要な情報を医者が隠ぺいするからであって、その情報を開示させるしくみをつくればよい、という変な方向に議論が転がりかねません。
あと、電気屋さん、市場原理と多数決かなにかを混同してませんか?

ssd666ssd666 2007/10/05 15:57 別に評価するのは難しくないよ。統計学と疫学を理解できればいいだけ。
ふつうの知能の持ち主なら理解できるはず。
ただその理解する努力を怠ってる連中が、オレにも理解できるように単純化したモデルを出せ!!というなら、「出来るかボケ!!」とちゃぶ台をひっくり返すだけ。
医者が隠蔽しているなんていうのは、言いがかりです。
情報の非対称性というオブラートに包んだ優しい言い方じゃなくてはっきり言えばいいのに、「理解力の非対称性」とね・・・。

悪性新生物悪性新生物 2007/10/05 16:17 医療の評価が重要になってきたらそれを専門にする会社ができるからほかの問題に比べればたいしたことはないと思うよ。
なんとなくインフルエンザの予防接種騒動を思い出したな〜

やまきやまき 2007/10/05 17:09 >ssd666さん
理解力の非対称があることにはとっても賛成ですけど、それは市場システムが機能しない理由じゃないですよね。あと、NATROMさんの話では、単純に疫学や統計学ではカバーしきれない、とむしろとれるのですけど、それは違うというご意見ですか?

>悪性新生物さん
きっとその専門会社の顧問には某浜六郎氏なんかがおさまるんでしょうね。

NATROMNATROM 2007/10/05 17:46 このようなケースを「情報の非対称性」と呼んでいいのか、経済学用語としての厳密に正しいのかは分かりません。ただ、医師同士では医療の質をある程度評価できるのは事実です。別に隠しているわけではなく、患者さんをどこかに紹介するときは、通常は自分が信用している医療機関や医師に紹介します。最近は、自分で決めたい患者さんが増えたようですが。

ふさふさふさふさ 2007/10/05 19:56 混合診療になったらどうなるか、歯科や産婦人科の現状を鑑みればわかりそうなものですが。。

ssd666ssd666 2007/10/05 20:36 えーと、経済の世界の格付け機関の有り様を見ても、「問題ない」なんて確信を持てるんですか?
格付け機関の評価能力が妥当なら、市場で損する人間はいない。
医療の世界でも、格付け機関は、病院機能評価などがありますが、実際の臨床能力との解離は、医者ならたいていの人は知っています。
名医本の内容の悲惨さも今更述べる気もなりません。
ある特殊な団体の自称医療ジャーナリストが執筆した名医本に、医者なら誰もが知っているような超一流の施設が取材拒否したと書いてあって笑いました。
私は、その「情報の非対称性が市場メカニズムを阻んでいる」というのは
そもそも、その反証が論理的に成立しないと思っています。
「情報の非対称性は医療においては現実的に解消しない」が故に市場化メカニズムは実現できません。
また無理に市場化したとしても市場化したメリットを享受したという実例を聞いたことがありません。

mnmn 2007/10/05 21:30 電気屋さんはカリフォルニア電力危機ってご存知ですか?

mnmn 2007/10/05 21:39 電気屋さん、すいません。誤射しちまった。

LucaLuca 2007/10/05 21:46 「進行度が高いほど、より地域の中核病院に搬送され手術される事例が増えるだろう」との話でしょうか?
本文をざっと読んだもののそこまでは読みきれなかったのですが、追記や補足が必要なのではないでしょうか。

RyoRyo 2007/10/05 23:06 情報の非対称もですが、その情報を伝える側のマスコミ、そして受け取る側の患者自身の、情報に対するリテラシーが巨大な障壁になるように思えます。
中途半端な情報開示で誤解を招くこともあれば、詳細な情報開示をしてもきちんと理解してもらえず、かえって不信を招くという。

ishatamagoishatamago 2007/10/06 03:31 医療点数制度を利用してクリティカル・パスからの乖離の統計的評価を各医療機関ごとに公開するのはどうでしょうか。自由競争が嫌なら社会主義的におしりペンペンしないといけないと思います。

ssd666ssd666 2007/10/06 08:12 それって事実上DPCですがな。
で、実際どうなってるのか、まあちょっと調べてみてください。

NATROMNATROM 2007/10/06 09:03 Lucaさんへ。難しい症例を積極的に引き受けている病院はあります。現状では、一般病院では簡単な症例は自分のところで治療し、難しい症例は高次病院へ紹介します。なので単純に治療成績を見たら、成績がいいのは高次病院ではなく、一般病院。そういうことを十分理解した上で、がん生存率を集計するのはいいでしょう。だけど、十分に理解されないまま治療成績が公表されると、頑張って難しい症例に挑戦している施設が正当に評価されなくなるのではないか、と言っているのです。

「進行度が高いほど、より地域の中核病院に搬送され手術される事例が増えるだろう」ではありません。現状ですでにそうなっています。「進行度が高いほど、どの病院でも手術されなくなる事例が増えるだろう」と言っています。

NATROMNATROM 2007/10/06 09:12 ishatamagoさんへ。十分かどうかはともかくとして、既に社会主義的におしりペンペンされています。その成果が、国際的にも高い評価を受けていた日本の医療制度です。もっとペンペンしたいというのならそれでもいいですが、あまりペンペンすると逃げ出しますよ。「クリティカル・パスからの乖離の統計的評価」については、これをあまり重視しすぎるとやっぱりサクランボ摘みがおこるだけだと思います。

うんうん 2007/10/07 10:42  では、どうやったらうまくいくんでしょうか?

やまきやまき 2007/10/07 14:43 NATROMさん、くどい話をはじめてしまってすみません。
私が言おうとしているのは、ここで言われているのは経済学者の言っている「情報の非対称」とは似て非なるものに見えるため、レモン市場のアナロジーはうまくはまらないんじゃないでしょうか、という程度の話です。
医者の方が的確に医療の品質を把握できる(議論の分かれうる「客観的」という話はとりあえず措くとして)というのはまったくおっしゃるとおりであろうと思っています。
あえて経済学的な分析でモデル化するとすれば、むしろ消費者行動の非合理性というとらえ方になるんじゃないかなあ、と思いますが、私も専門というわけじゃないですし、どんどん本題から外れますのでこのへんにしておきます。

NATROMNATROM 2007/10/07 17:25 やまきさんへ。確かにレモン市場で喩えてしまうと、医療者が患者の無知につけこんでいると思われてしまいますね(そういう医療者もいないわけではないのでしょうが、このエントリーとはとりあえず無関係)。Google先生にも聞いてみたのですが限界があります。医療経済学に詳しい人がいればいいのですが。

NATROMNATROM 2007/10/07 17:30 うんさんへ。信頼できるかかりつけ医をつくって、基本的におまかせするというのが、一番うまくいく確率が高いです。少なくとも、「がん生存率」や、出版されている医療機関番付を参考に一般の方が自己判断するよりかはいいです。重大な病気であれば、セカンドオピニオンを得てもいいです。

うんうん 2007/10/07 22:50 >>信頼できるかかりつけ医をつくって
??
その「信頼できるかかりつけ医」とやらは、どうやれば見つけられるのでしょうかね?なにをもって「信頼できる」と「一般の方」が「自己判断」できるのでしょうか?

chirin2chirin2 2007/10/08 00:20 信頼できるかかりつけ医を育成したり、それを見つける方法を広く知らせることを目標とする方が、ガンの生存率を病院ごとに公表するよりも有用だと思います。どうやればそれができるのか聞かれても、論点が別なので、なんとも。

Med_LawMed_Law 2007/10/08 00:33
医療情報の非対称性を克服しようとして、アメリカが導入したHMOなどの中間組織が取った行動はと言えば?患者の代わりに医療機関を評価して、支払をする。。。。

医療資源が限られている中に、収益法人を入れたら、患者が支払う金額が増加し、医療側が受け取る金額が減少し、保険に入れない中間層が医療費で破綻する、悲惨なアメリカ医療Sikkoの出来上がり

今の日本の医療法人が通常の公益法人よりも公益性を重視し、公務員より無私で働いている現状を、一般人が理解していないのが悲劇であり喜劇。

ちなみに基幹病院は開業医の紹介と言う形で選別を受けていますわな。
但し、基幹病院が限られているところは選択肢がないのは当然のこと。医療を提供してもらっているだけで感謝してもらわないとね。

一般人が大きく誤解しているのは、医療なんていうものは、ほんの数人の良医が作り出すシステムなり、医療環境に大きく依存している脆弱な基盤で動いているということ。

田舎の病院で数人の医師が抜けたら病院全体の存続が危なくなるのが証拠と言えよう

非一般の人に!贅沢言うのも、贅沢いえる対象があるうちだけだよ。

Med_LawMed_Law 2007/10/08 00:34
非一般の人に(誤)→一般の人に(正)

ただの打ち間違い。お許しあれ

NATROMNATROM 2007/10/08 04:14 うんさんへ。それはもう、人柄とかで判断するぐらいですかねえ。外れることもあるけれども、この辺が一番、分の良い賭けではないかと。

lukeluke 2007/10/08 22:34 医療の世界の一部に、市場の失敗が起こる可能性が高い分野があることは否定できないと思いますが、「医療業界が自由競争ではうまくいかない」というのは、いくらなんでも一般化しすぎじゃないですかねえ。

NATROMNATROM 2007/10/08 22:59 「医療業界」をどう捕らえているかによりますが、たとえば、「○○社のエコーは性能がいいから使おう」なんてのは、市場原理は働きますよ。でも、私の言いたいことはそういうことではないです。国単位での医療制度の話。実際、医療に自由競争を入れてうまくいっている国なんてありません。Med_Law さんが既に指摘していますが、アメリカ合衆国なんて惨澹たるものです。lukeさんのいう「営利法人の参入」って、たとえば具体的にどういう案なんですか?

地下に眠るM地下に眠るM 2007/10/09 01:17 医療や教育を「単なる商品」とみなすことを首肯するのなら市場化もいいかもね
医療や教育に「人間的ななにか」を求めるのであれば、市場化には反対すべきでしょうにゃ
「医は仁術」と「医療の市場化」が(一部の金持ち以外にとっては)正反対のベクトルを持つことくらいは理解しにゃーといけにゃーはずにゃんが

僕たちの世代は、子や孫に恨まれることになると思う。
馬鹿に躍らされてまともな医療システムをドブに捨てたと。

やまきやまき 2007/10/09 12:52 たぶんlukeさんは「市場機構の全否定はやりすぎ」ぐらいの、かなり大きな話をされようとしているんだと思います。それはそれで共感できなくもないのですが、市場機構の導入といったっていろんな形がありえますし、ここでの議論は今現在行政が進もうとし、現にアメリカで破たんしたような形での「自由競争」ですよね。
そこに限定した場合にlukeさんの見解はいかがですか?

kmori58kmori58 2007/10/10 13:06 医療サービスでは患者と保険組合の2つの支払い者がおり、保険組合には必ずしも患者の受ける効用を最大化するインセンティブはありません。保険組合が「安かろう悪かろう」な治療法や医療機関を好んで選択する可能性はあるわけで、そうすると保険適用できる治療法を法律で縛り、医療機関の選別をさせないようにするのには意味はあると思います(同じことは教育でも言えます)。
あと「市場機構」では医療機関だけではなく患者側も選別されるということを忘れてるような。金持ちが医療リソースをよりたくさん使おうとするなら、貧乏人の受けとれるリソースはそれだけ減ってしまいます(もちろん、効率だけが目的ならそれは正しいのです)。アメリカはもちろんですが、医療費無料のイギリスでもそうなっていますね。