NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医師の無罪を信じ支援します

■今年も2.18企画(新小児科医のつぶやき)に賛同して。


今日は日本の医療にとって特別な日です。2006年の今日、2月18日に、福島県立大野病院の産婦人科医師が逮捕されました。帝王切開中に癒着胎盤という稀な病態のため多量の出血が起こり、救命のためにさまざまな努力がなされたにも関わらず、患者さんは死亡されました(詳細は、たとえば、■癒着胎盤で母体死亡となった事例(ある産婦人科医のひとりごと)、■いちかばちか(新小児科医のつぶやき)など)。あらためて死亡した患者さんのご冥福をお祈りいたします。

現在入手可能な情報からは、大量出血は予測不可能であり、産科医師には過失がないと考えられています。逮捕から2年が経ち、裁判も始まっているにも関わらず、検察側からは医学的に納得できる証拠は提出されていません。最終的に裁判で勝ったとしても、現状では、通常の医療を行っていたとしても、結果が悪ければ、逮捕されることもありうると、医療者は考えざるを得ません。遺族が、悲しみのあまりに、医療者に対して攻撃的になりがちなのは理解できます。しかしながら、警察、検察、マスコミは第三者です。それぞれの専門分野のプロとして、合理的な判断をしていただきたいと考えます。

2006年の2月は、私はとある地域の中核病院に勤務していました。その前年の11月に■医療当直の労基署通達というエントリーを書いていますので、それまでは宿直とは本来「夜間に充分睡眠がとりうる」ものであり、宿直中に働いたら「宿直手当の他に、時間外手当がもらえる」ことを知らなかったわけです。[逃散]というタグでブックマークをつけはじめたのが2006年の2月21日。2006年の4月から当時勤務していた病院から内科医が1人減り、しかも補充の見込みがたっていませんでした。

宿直はオンコールを含めれば月に4-5回。もちろん「夜間に充分睡眠がとりうる」ものじゃないです。幸いなのか、外科当直と二人体制で交通外傷などは診なくてすんだのですが、外科系当直が放射線科医や泌尿器科医だったら、「内科的に問題ないか診てください」とよく呼ばれました(こっちも呼ぶからお互い様)。何がどうなってか、一度、腹部外傷が内科に振られたこともあります(主訴が腹痛だから?)。小児は断ってもいいことになっていましたし、入院が必要なら小児科オンコールを呼ぶことになっていましたが、救急隊から「風呂場で心肺停止になっているところを発見された2歳児」の受け入れ要請があったときはしょうがないから受けました(当院が断れば次の搬送場所は30分以上遠くになる)。たまたま小児科医が院内にいましたので二人で対応できましたが、下手すりゃ一人で2歳児の心肺蘇生をする羽目になったのです。

その子は結局一度も自己心拍が戻らず死亡確認をいたしました。ご家族も納得はされてはいなかったでしょうが、少なくとも医師に矛先を向けるようなことはありませんでした。でも、可能性を考えれば、中途半端に蘇生したために、ご家族とのトラブルに巻き込まれることだって想像できます。ベテランの産婦人科医がきわめて稀な癒着胎盤症例を救命できなくて逮捕されるのなら、救急医療のトレーニングを積んでいない、小児の気管内挿管を一度もしたことがない内科医が、無責任にも心肺停止した小児を安易に受けるほうがリスクが高そうです。実際、「2次救急医療機関の医師は、救急医療に求められる医療水準の注意義務を負う」という判決もあります*1。私の技量はその水準に達していません。

もっと過酷な勤務の先生方もたくさんいらっしゃると思います。でも、私はその病院を辞めました。その理由の一つに大野病院事件があったことは確かです。




*1:■交通事故による外傷性心タンポナーデによる急死(判例に基づいた医療 - (JBM: Judgment-based Medicine)のページ)