HPVワクチンは世界的に安全とされている
HPVワクチンは安全だというのが世界の標準的な考え方である。
HPVワクチンはきわめて安全です。「HPVワクチンは安全」とされるのは、副作用が一切ないという意味ではなく、他のワクチンと同様に、許容できる範囲に収まっているが一定の副作用は起こりうる。とはいえ、元杏林大学保健学部准教授の平岡厚さんが主張するように「HPVワクチンの深刻な副反応・薬害としての自己免疫性脳症が、相当規模で存在している」とは考えにくい。日本を含め、HPVワクチンの定期接種が中止された国は存在しない。積極的勧奨が差し控えられた日本以外の国ではHPVワクチン接種が継続されている。平岡さんの主張が正しければ、海外において日本の何十倍もの「薬害」が発生しているはずなのに、ほとんど問題になっていない。この点について、
■HPVワクチンの「相当規模」の薬害が存在するのなら、WHOやCDCがなぜ無視しているのか、合理的な理由を説明して欲しい
をはじめとして平岡さんに何度もお尋ねしているが、いまだに有効な回答をいただけていない。
「優生思想と功利主義の影響」という説明は根拠に乏しい
強いて言えば、「功利主義と結びついた優生思想の影響」があるという主張が回答なのかもしれない。功利主義とは「(ある程度の犠牲を伴う施策によってでも)最大多数の最大幸福が得られればよい」とする考えだ。平岡さんによれば、WHOの幹部を含むHPVワクチンを推進する少なくない人が「副反応を発症しやすい一群の人々が『淘汰』されても、全体として子宮頸癌の発症が減少すればよい」「極一部の人に重篤な副反応が生じても、それは無視してよい」と考えているのだそうだ*1。
平岡さんの主張は、相手の立場を極端に単純化し、それを批判することで論を進める「わら人形論法」である。わら人形論法ではないというのであれば「副反応を発症しやすい人々が淘汰されてもいい」という主張を具体的に引用すべきである。
あらゆるワクチン推奨を「優生思想と功利主義の影響」のせいにしてしまえる
また、平岡さん自身が認めているように「どんなワクチンでも少数であれ、必ず副反応による被害が出てしまう」のであるから、「功利主義と結びついた優生思想の影響」という論法はあらゆるワクチンを否定する反ワクチン的な主張を可能にしてしまう。平岡さんは新型コロナワクチンを容認しているが、もし反ワクチン論者が以下のような主張を行ったら、平岡さんはどのように反論するのだろうか。
新型コロナワクチンを推進する人々の中に、優生思想と功利主義の影響を受けて「副反応を発症しやすい一群の人々が『淘汰』されても、全体として新型コロナの発症や重症化が減少すればよい」「極一部の人に重篤な副反応が生じても、それは無視してよい」という思考が潜在している。
平岡さんによれば、新型コロナウイルスは「空気感染により高齢者や持病持ちの人々に相対的に高い死亡率をもたらし、また感染者の一部をLongCovidで長く苦しめる非常に危険な病原体であり、また特効薬もワクチンと比較してさほど遜色がない代替手段も今はない」ことを理由にワクチン接種を容認するのだそうだ。つまり、空気感染する危険な病原体に対するワクチンであれば、平岡さんは「副反応を発症しやすい一群の人々が『淘汰』されてもよい」「極一部の人に重篤な副反応が生じても、それは無視してよい」とお考えなのか。
百歩譲って、空気感染する病原体に対するワクチンならば容認するとしても、空気感染しない病原体についてはどうか。B型肝炎ウイルスは空気感染しないが、B型肝炎ワクチンは国際的にも推奨され、日本でも定期接種の対象である。もし反ワクチン論者が以下のような主張を行ったら、平岡さんはどのように反論するのだろうか。
B型肝炎ワクチンを推進する人々の中に、優生思想と功利主義の影響を受けて「副反応を発症しやすい一群の人々が『淘汰』されても、全体としてB型肝炎が減少すればよい」「極一部の人に重篤な副反応が生じても、それは無視してよい」という思考が潜在している。
B型肝炎ワクチンを否定する「B型肝炎ワクチン接種慎重派」と、平岡さんの主張はいったいどこが違うのか、何度もお尋ねしているがいまだに有効な答えがない。B型肝炎ワクチンは安全で効果的であるが、副作用が一切ないというわけではない。平岡さんは、B型ワクチン推奨についても「功利主義と結びついた優生思想の影響」があると主張しなければ整合性が取れないはずだ。
実のところ、HPVワクチンを含むワクチンの推奨は、優生思想とはまったく異なるものである。むしろ、科学的に有効性が確認されたワクチンを否定する立場こそ、感染症に弱い人々が淘汰されても構わないという発想に通じかねないのではないか。
代替手段の考察も足りない
代替手段についての平岡さんの考察も、残念ながらきわめて底が浅いと言わざるを得ない。新型コロナに対しては「代替手段も今はない」ことを理由にワクチンを容認するが、ワクチンが開発される以前から、マスク着用や手洗いといった基本的な感染対策や、ロックダウンによる人流抑制という手段はあった。むろん、そういった代替手段だけでは効果不十分であったり、害が大きすぎたりするので、ワクチンを含めて総合的な対策が必要だというのが標準的な考え方である。
それなら、子宮頸がん対策だって同じことだ。子宮頸がん検診は浸潤子宮頸がんの発症や死亡を減らす有効な手段であるが、検診だけでは十分ではないし、偽陽性や過剰診断、前がん病変への治療的介入に伴う合併症といった害もある。B型肝炎についても、定期接種ではなく高リスク者への選択的接種という手段もあるし、効果的な抗ウイルス薬も利用可能である。
HPVワクチンだけ優生思想を結びつけるのは不当である
以上のように、HPVワクチンの推奨だけを「功利主義と結びついた優生思想の影響」があるとするのは妥当ではない。平岡さんの主張は一貫性を欠いている。首尾一貫という点だけを見れば、すべてのワクチンに反対している反ワクチン論者のほうが平岡さんよりもましである。
そもそも、ワクチンに限らず、あらゆる医療介入には一定の害が伴う。害よりも利益が十分に大きいと考えられたとき、その医療介入は推奨される。これは広い意味での功利主義と言えるかもしれないが、「害は無視していい」とか「害を被る人が『淘汰』されてもいい」とかいう主張とは同義ではない。
害と利益のバランスを適切に評価するには、科学的根拠と専門的知見に基づく検討が必要である。一方、自らの好みに合わない医療介入に対して、「推進している人たちは害を無視してよいと考えている」とレッテルを貼り、「功利主義と結びついた優生思想の影響だ」と断じ、「脆弱な一群が存在するかもしれないから中止すべきだ」などと主張するのには、専門的知見は要らない。害より利益が上回るという研究も無視できる。論文を読む必要も、誠実な議論をする必要もない。
HPVワクチンに反対するのなら、HPVワクチンの害が利益を上回ることを示せばいいだけなのだが、いまやHPVワクチンによる利益が害を上回るという圧倒的な証拠が積みあがったので、「功利主義と結びついた優生思想の影響」を持ち出すしかない、というのが平岡さんの立場なのだろうと私は考える。