NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

すべての医療ミスを免責せよ?

小倉弁護士は、「すべての医療ミスを免責せよ」と医療者が主張していると思っているらしい。しかし、たとえば、以下のような医療ミスを免責せよと主張する医療者がどれくらいいるだろうか。


■「極論」といえば反論した気になれる。(la_causette)


業務上過失致死罪に関する刑法第211条を削除する、あるいは、211条に第3項を設けて医療行為により人を死傷させた者については業務上過失致死罪の適用を排除するということになれば、患者の血液型を確かめもせずに勘で「こいつはA型に違いない」と決めつけてA型の血液を輸血して実はB型であった患者を死に至らしめる行為も不可罰となります。これは極論ではなく、そのような法改正を行えば当然そうなるけれどもそれは妥当なのかとして、当然行われるべき検証の一つです。


私は、患者の血液型を確かめもせず、クロスマッチも行わない輸血*1によって患者を死亡させれば、刑事責任を問われても仕方がないと考える。これは私見であるけれども、ほとんどすべての医療者は賛成してくれるものと思う。医療行為の結果、患者が死亡したとき、「水準以上の医療を施したけれど死亡した」という一方の「白い」端と、「それはいくらなんでもダメだろう」というもう一方の「黒い」端があり、その間にはさまざまな段階の「グレー」のグラデーションがある。医療者の間で、どこまでを免責するかについては必ずしも意見は一致していないが、「真っ黒を免責せよ」と主張する人はいない。要するに線引き問題なのだ。非医療従事者であっても、■何が免責されるのか(SiroKuro Page)などを読む限りでは、きちんと理解している人もいる。

刑事罰を与える線をどこに引くかは、トレードオフの問題になる。医療ミスの起こった原因を究明し、再発を予防するためには「黒」に近い側に線を引いたほうがよいだろう。一方、あまりに「黒」に近い側に線を引くと、罰せられないからと医師が手を抜くのではないか、と疑われても仕方がない。多くの医療従事者は手を抜いたりしないと私は信じるが、どのような集団にも少数の馬鹿は常にいる。何らかの歯止めは必要だ。いずれにせよ、線引き問題についての議論は有意義だろう。『ひとたび線を引けば、ずるずると「女性患者に対するいたずらも容認せよ」というところまでなるかもしれない』などと主張する馬鹿がいなければ、の話だが。

小倉弁護士は、「これまでは真っ黒しか処罰されていないのだから、いまさら免責を要求するということは、真っ黒に対して免責を要求しているということだ」といった主張を行なっている。



現行刑法の下で、業務上過失致死罪で処罰されている例はそのまま処罰して構わないと言うことであれば、敢えて「刑事免責」など求める必要はないわけであって、それにも関わらず医療系コメンテーターがことさらに「刑事免責」を求めるということは、これまで業務上過失致死罪で処罰されてきた事例でも刑事罰を科されないようにしたいということを意味します。


小倉弁護士は大野病院事件のことを知らないのか、思ってしまう。大野病院事件は「真っ黒」どころか、「黒に近いグレー」ですらない。「白」か「限りなく白に近いグレー」である。「まだ有罪とされていない」「妊婦が死ぬたびごとに産科医が逮捕起訴されているわけではない」*2から問題ないと、本気で思っているのだろうか?大野病院事件以前も、「グレー」に対して刑事罰が下されることがあった*3。それでも刑事免責を求める声が医療者から出ることはほとんどなかった。このことは、「これまで業務上過失致死罪で処罰されてきた事例でも刑事罰を科されないようにしたい」とは正反対のことを示している。

「すべての医療ミスを免責せよと要求している人はいない。小倉弁護士は架空のわら人形を攻撃している」という指摘に対して、小倉弁護士は、■NATROMさんからみた藁人形って何?(la_causette)というエントリーで、「すべての医療ミスを免責せよと要求している人」だと小倉弁護士が考えている例を引用して示している。が、小倉弁護士も実はご自分でもわかっているのだろう。『「すべての医療ミスを免責せよ」と主張しているように読めます』と書いてある。そう、「すべての医療ミスを免責せよ」という主張はなく、「すべての医療ミスを免責せよ」と主張しているように読める発言があるだけである。しかもこの解釈は読み手を選ぶ。私には「すべての医療ミスを免責せよ」とは読めないし、非医療従事者でもそうは読まない人もいる。

解釈の食い違いが生じた責任は、医療従事者側にもある。たとえば、これまで医療ミスが業務上過失致死傷罪で処罰されてきたわけであるから、業務上過失致死傷罪を廃止して欲しいという要求を、「すべての医療ミスを免責せよ」と解釈するのは理解できなくもない。しかしながら、刑事免責の話が出てきた背景を考えると、「クロスマッチも行わない輸血すら免責せよ」と医療者側が主張しているわけではないと「受け取るのが普通」ではないか。確かに、書き手の「言いたいこと」を認識するに当たって、直接書き手と連絡をとってその真意を常に確認しなければならないわけではない。しかしながら、書き手の「言いたいこと」があまりにも法外なものであれば、その解釈で正しいかどうか、真意を確認してもよいのではないか。ましてや、書き手とバックグラウンドを共有している者から「その解釈は間違っている。架空のわら人形だ」と再三指摘がなされているのであればなおさらだ。

■医療側からの刑事免責の主張をどう理解すべきか(元検弁護士のつぶやき)やいくつかのブクマコメントを見る限り、非医療従事者にも、解釈の食い違いなく概ね理解してもらえている。解釈の食い違いが生じるのはある程度仕方がないのかもしれないが、大多数の方々とは理解し合え、有意義な議論ができるのは喜ばしいことだ。

*1:もちろん、緊急時におけるO型血液の輸血は除く

*2:http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/06/post_26a4.html

*3:たとえば、横浜市立大学病院患者取り違え事件取り違え事件。