0010 | 11 |
0011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 11 |
0012 | 04 | 05 |
2004 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 |
2008-11-20 患者の家族が病室で宴会してた
■[医学][日常]患者の家族が病室で宴会してた

地方の中核病院で勤務していた頃のこと。ずいぶん前から意識のなかったあるご高齢の患者さんがいよいよ危ないため、病院に泊まりこんでいた。といっても、大往生といっていいくらいの年齢であり、ご家族も納得の上で、「蘇生処置はしない、自然に看取る」という方針で、することはあまりない。夜の9時ごろだったろうか、看護師に呼ばれて病室へ行った。すでに患者さんは個室に移っており、ご家族が15人ほどいた。部屋に入りきれず、部屋の外にあふれている。ここまでは別に珍しいことではない。
病室に入ると、見たことのないおっさんが「酸素の管が外れとる」と大声で言った。確かに鼻カニューレが外れている。テープ等で固定されているが、それでも外れることはある。別に大きな問題ではなく、看護師が戻せばいいだけの話だし、家族が戻したっていい。なぜわざわざ医師を呼ぶのか。おっさんは明らかに酔っ払っており、看護師は困惑顔。おそらく、おっさんが「主治医を呼べ」などと言ったのだろう。ベテラン看護師ならそこら辺はうまく収めてくれるのだろうが、その若い看護師は困って私を呼んだのだろう。まあ寝ているのをたたき起こされたわけでもなく、どうせぼちぼち様子を見にいこうと思っていたところだった。「はあ、申し訳ございません」などと言って鼻カニューレを戻すと、おっさんは満足したようだ。
というか、このおっさん誰?家族とは何度も話しているが、このおっさんには一度も会ったことがない。部屋をよく見てみると、ビールの空き缶が…。重箱に入ったお弁当付き。さすがにお酒を飲んでいる人はたくさんはいないが、みんなでお弁当を食べていて楽しそう。この雰囲気は何かに似ていると思ったら、年寄りが亡くなったときのお通夜だ。泣くほど悲しいことではなく、みんなで故人の思い出話に花を咲かせる。けして悪い雰囲気ではなかった。患者さん本人はまだ故人ではなかったけどな。
深夜過ぎに患者さんは亡くなったが、そのときにはおっさんはおらず、いつも会う家族だけだった。私の推測だが、おっさんは家族ではなく、単なる近所の人だったのではないか(遠い親戚という可能性もあるが)。ご近所のばーちゃんが危篤というので弁当持参で、ついでにビール持参で見舞いに来たというところだろう。知人の死は非日常ではあるが、忌むものではなく、いわゆる「ハレ」とみなされているのではないか。その病院には2年間ぐらい勤務してたのだが、さすがに飲酒していたのはこのおっさんぐらいだったものの、見舞いがてら弁当持参で病室で談笑はよく見かけた。人数が多い時はシートも持参で。地域性や客層の違いもあるだろうが、よそではあまり見ない。見舞いどころか、亡くなるときですら家族が来ない患者さんもいる一方で、宴会されながら看取られるのは幸せだったろう。










非常に興味深い日記を書かれていて一気に読ませていただきました。
聞いたことはありますけど、そういう文化なんでしょうね
ほかの患者さんの迷惑にならなければいいですが
そこでも非常に楽しくお通夜をやってます。
このエントリを見て、どういうものか気になった方見てみると面白いと思いますよ。
喪主と云うのは大変で、かなり駆けずり回る。しかし近所のおっさんおばさんやら、ほとんど会話した記憶のない親戚縁者みたいなのがどこからともなく現れて、絶妙に手助けしてくれて感謝したことをよく覚えている。
おときでは、やたらに酒をすすめられて辟易したけれど。
病院で酒宴というのはどうかと思うが、死者を弔うというよりも、あれは遺された者たちへの気づかいの一種なのだろう、と私は思う。すこしでも早くふだんの日常に戻ってもらうための禊のようなものであるのかも知れない。
田舎のお通夜で、小さい子供が遺体の布団の上によじ登っていました。本当にすぐ横で酒盛りでした。自分が遺した子供に見送られるのは、幸せだと思います。
五代君ではありませんでしたが、そのような人に囲まれて良い人生だったのでしょうね。