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2008-12-16 やる夫で学ぶ脚気論争
■[科学]やる夫で学ぶ脚気論争

脚気は米を主食とする日本や東南アジアに多発した病気で、定説ではビタミンB1の欠乏が原因とされる。ところがカビ毒が原因であるという異説もあり、調べ始めたらこれが面白い。そのうちブログに書くが、とりあえずは定説の成り立ちを理解していないと面白さがわからない。そこでまずは定説を解説してみた。教科書的に書いても良かったのだが、面白く読んでもらおうと思ったらこうなった。
/\ /\ 海軍軍医高木兼寛だお!
/( ●) (●)\ 日本の軍隊は脚気が多すぎるお!
/ :::::⌒(__人__)⌒:::::\ 英国留学帰りの私が
| |r┬-| | 日本のために脚気を根絶させるお!
\ ` ー'´ /
高木 兼寛(1849年〜1920年)
____
/⌒ ⌒\
/( ●) (●)\ 原因究明のため、まずは
/::::::⌒(__人__)⌒::::: \ 脚気の発生と生活環境(衣食住)の
| |r┬-| | 関係を調べてみるお。
\ `ー'´ /
当時の日本の軍隊は全兵員の3-4割が脚気に罹患していたという。日本の医学界ではドイツ流の細菌学あるいは病理学的な手法が主流であり、解剖し、顕微鏡を覗き、実験室で試験管を振るのが医学であった。高木の採用した疫学的手法は、当時としては画期的だった。
/ \
/ ─ ─\ どうやら食が関係してそうだお。気候が
/ (●) (●) \ 原因なら欧米人も脚気になるはずだお。
| (__人__) | いいもの食べる将校には脚気がないお。
/ ∩ノ ⊃ / 航海中の水兵には脚気が多いけど、
( \ / _ノ | | 外国の港に停泊中は発生しないお。
.\ “ /__| | きっと洋食(肉・パン)が脚気を防ぐお。
\ /___ /
____
/⌒ ⌒\ 炭水化物が多く、蛋白質が
/( ●) (●)\ 少なすぎるのが脚気の原因だお!
/::::::⌒(__人__)⌒::::: \ 脚気栄養欠陥説だお!
| |r┬-| | 早速、実験して検証するお!
\ `ー'´ /
____
/ \ 実験の許可が下りないお。
/ _ノ ヽ、_ \ 費用の問題もあるお。
/ o゚⌒ ⌒゚o \ 脚気の原因が外国人によって発見
| (__人__) | されたら、日本の恥なのにお。
\ ` ⌒´ /
脚気栄養欠陥説を検証するための実験には各方面から反対があり、高木は苦労したようである。高木は伊藤博文らの援助により、明治天皇に直接奏上した。その一部を以下に引用する。
今やわが国の兵士はその多くが脚気病にかかり死亡いたします。そのため、どういたしましてもこの病気を予防することを計らねばなりません。この病気の原因を研究いたし、これを予防することができますれば、日本国民および医学にたずさわる者の名誉でございます。わが国にかくも多数発生する病気の原因が外国の学者によって発見されるようでは、日本の学者の不名誉でございます。是が非でもこれをはやく究めねばなりません。脚気患者が死にますと死体解剖を致しますが、病気があるだろうと思うところを尽く顕微鏡その他で検査しておりますけれども、未だその原因が分かっておりません。高木の考えでは、死んだ後に病的変化を調査するようでは脚気病の本当の原因は分からぬ、という考えをもったのでございます。
天皇に奏上した効果もあってか、高木の脚気予防実験は1884年に実施された。前年度に多くの脚気患者を出した練習艦龍驤と同じコースを、練習艦筑波が航海した。違うのは、筑波の乗組員には従来より蛋白質を多くした改善食(主として洋食)が与えられたことである。実験は大成功で、約300名の乗組員のうち龍驤(従来食)では、脚気患者169名、死亡者25名に対し、筑波(改善食)では脚気患者14名、死亡者0名であった。筑波の脚気患者14名は、偏食のため規定通りの食事を摂っていなかったものであった。以降、全海軍の兵食を改善したところ、兵員の3割以上が脚気であったのが、激減し根絶にいたった。
/⌒ ⌒\
/( ●) (●)\ 海軍では脚気は根絶できたお。
/::::::⌒(__人__)⌒::::: \ パンが嫌いな人は、
| |r┬-| | 麦食でも脚気は予防できるお。
\ `ー'´ /
/ ̄ ̄\ 陸軍軍医の森だ。
/ _ノ \ 麦で脚気が予防できる?
| ( ●)(●) 脚気栄養欠陥説?
| (__人__) 脚気は夏に多く、集団で発生する。
| ` ⌒´ノ どうみても伝染病だろ。
| } 常識的に考えて。
ヽ }
ヽ、.,__ __ノ
_, 、 -― ''"::l:::::::\ー-..,ノ,、.゙,i 、
/;;;;;;::゙:':、::::::::::::|_:::;、>、_ l|||||゙!:゙、-、_
丿;;;;;;;;;;;:::::i::::::::::::::/:::::::\゙'' ゙||i l\>::::゙'ー、
. i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|::::::::::::::\::::::::::\ .||||i|::::ヽ::::::|:::!
森 林太郎(森鴎外) (1862年〜1922年)
____
/ \
/ _ノ ヽ、_ \ 実験で確認したお。
/ o゚((●)) ((●))゚o \
| (__人__)' |
\ `⌒´ /
/ ̄ ̄\ 正しい実験ではない。
/ _ノ \ 正しい実験をするなら
| ( ●)(●) 兵団を二分して一方に麦食を、
| (__人__) もう一方に米食を与えて
| ` ⌒´ノ 比較するべきである。
| } 筑波の脚気減少は偶然だ。
ヽ }
ヽ、.,__ __ノ
_, 、 -― ''"::l:::::::\ー-..,ノ,、.゙,i 、
/;;;;;;::゙:':、::::::::::::|_:::;、>、_ l|||||゙!:゙、-、_
丿;;;;;;;;;;;:::::i::::::::::::::/:::::::\゙'' ゙||i l\>::::゙'ー、
. i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|::::::::::::::\::::::::::\ .||||i|::::ヽ::::::|:::!
____
/ \
/ _ノ ヽ、_ \ 同時期に東京の脚気は減って
/ o゚((●)) ((●))゚o \ なかったお。
| (__人__)' |
\ `⌒´ /
/ ̄ ̄\ そんなの根拠になるか。
/ _ノ \ わが日本の食事が劣るとでも?
| ( ●)(●) そもそも、米食に蛋白質は
| (__人__) それほど少なくねーぞ。
| ` ⌒´ノ わが陸軍では、米食でいくぞ。
| }
ヽ }
ヽ、.,__ __ノ
_, 、 -― ''"::l:::::::\ー-..,ノ,、.゙,i 、
/;;;;;;::゙:':、::::::::::::|_:::;、>、_ l|||||゙!:゙、-、_
丿;;;;;;;;;;;:::::i::::::::::::::/:::::::\゙'' ゙||i l\>::::゙'ー、
. i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|::::::::::::::\::::::::::\ .||||i|::::ヽ::::::|:::!
____
/ \
/ _ノ ヽ、_ \ 予防はできるお。病気が
/ o゚⌒ ⌒゚o \ 起こりさえしなければそれでよいお。
| (__人__) |
\ ` ⌒´ /
森の言うように、厳密に言えば高木の実験は対照群が不適切である。しかし、人を対象とした実験の場合、常に理想的な実験系が組めるわけではない。高木の実験は、現代の疫学で言うところの介入研究に相当し高く評価されている。また、現代の知識から見ると、炭水化物過大・蛋白過小が脚気の原因であるとする説は誤りである。麦食が脚気を予防するのは、蛋白質ではなくビタミンB1を多く含むからである。ただ、麦食が脚気を予防するというのは事実であり、米食にこだわった陸軍は日清戦争(1894年〜1895年)、日露戦争(1904年〜1905年)において、多くの脚気患者を出す。
/ _ノ \ 馬鹿な…
| し -□-□) 海軍では脚気患者ゼロで、
| (__人__) 陸軍では40000人の患者と、
| ` ⌒´ノ 4000人の死者だと…
| し } 俺は認めんぞ…
ヽ }
ヽ、.,__ __ノ
_, 、 -― ''"::l:::::::\ー-..,ノ,、.゙,i 、
/;;;;;;::゙:':、::::::::::::|_:::;、>、_ l|||||゙!:゙、-、_
丿;;;;;;;;;;;:::::i::::::::::::::/:::::::\゙'' ゙||i l\>::::゙'ー、
. i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|::::::::::::::\::::::::::\ .||||i|::::ヽ::::::|:::!
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____
/⌒ ⌒\ 母校のセント・トーマス病院医学校で
/( ●) (●)\ 講演を要請されたお。
/::::::⌒(__人__)⌒::::: \ 世界的な医学誌Lancet誌にも
| |r┬-| | 載ったお。
\ `ー'´ /
1908年(明治41年)、日本政府は臨時脚気病調査会を発足させ、当時の陸軍医務局長・森林太郎を委員長に任命した。1924年にようやく臨時脚気病調査会は「脚気はビタミンB欠乏を主因としておこる」という結論を下した。高木の死後4年後、森の死後2年後のことである。海外では、エイクマン、フレインス*1らによる研究によって、脚気が栄養の不均衡によって起こるものではなく、特定の栄養因子の欠乏、すなわちビタミンB1の欠乏によって起こることが明らかにされた。「抗神経炎ビタミンの発見」の功績によって、1929年にエイクマンはノーベル生理学医学賞を受賞している。受賞講演*2で、エイクマンは高木に言及した。
ー=ニ ァ / /, / 、 `ヽ. \
/ , 〃 / /' │ :lヽ ハ \
/ / // / / │ :| ! i| l ヽ
/ イ l | │ j ∧ l |\ i| │ \
l/ | | l ∧ ハ l '. ハ j ヽ i| │ } ̄
││ l|│ナ下/-ヽ | ヾ /_ム'― 弋| │ ! j
j. │ |i V ,ィテ圷、ヽ ∨ ィチ示k l: ト ?
ヽ | ハ` Vf:::::i} Vf:::::i} Y| ム N ……高木が日本海軍の
ヽ |ヘ i l ゝー' `ー'' ハ! ,) }i| 食事を西洋式に変えて
`l ヽム ' /:/ ルイN 脚気との戦いに成功した…
', |ヘ、 ‐ ィ' / / il (ノーベル賞受賞講演)
ヽ lヽ >,、 イ/7 /
\! V厶|>ー <レ_'/ //
>'´/ノ L、ヽ
j-' | ____ | \
ノ¨´ |´ _`ー<| \
エイクマン(オランダ、1858年〜1930年)
南極大陸には、「エイクマン岬」「フンク氷河」「ホプキンス氷河」「マッカラム峰」などの著明なビタミン学者の名前がついている地名がある。その中に、ビタミン学説が提唱される30年前に、すでに食事の改善によって脚気の予防に初めて成功した功績による「高木岬」がある。
関連記事
参考文献
松田誠、高木兼寛の医学 東京慈恵会医科大学の源流、東京慈恵会医科大学、2007年
森岡聖次ほか、疫学事始―日本における疫学の発祥からその認知まで、日本胸部臨床66巻9号P752
■高木兼寛「脚気病栄養説」(1) (How to make クリニカル・エビデンス 医学書院)
■高木兼寛…南極に名刻むビタミンの父(宮崎市高岡町)(読売新聞)
■偉大なる日本疫学の父 麦飯男爵高木兼寛の 脚気撲滅プロジェクトX だいたい合ってる
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高木兼寛を主人公とした小説。淡々と書かれているが、「ビョウシャイチニンモナシ アンシンアレ(病者一人もなし 安心あれ)」という電文を受け取る場面は泣ける。












vipに転載してやってください。是非お願いします。
高木先生が御長命であったら、ノーベル医学賞の受賞もあったかもしれません。
だったら、臨床医学で臨床疫学が基本となるような医学教育が行われたかもしれません
たら、れば、の世界ですが・・・
壊血病も、ビタミンCの不足だと分かったのは1753年のジェームズ・リンドの着目よりずっと後のことのようですが。
また、ここを見ると
http://www.shc.usp.ac.jp/shibata/H16-18.I-01.pdf
>貯蔵不良の白米による中毒説,などもあった.
そうで、調べてみると、榊順次郎、山極勝三郎の名前が出てきますね。 カビ毒が原因であれば、白米はカビに汚染されていたはずなんですが、陸軍の軍医たちは、カビには気づかなかったんでしょうかねえ。そっちのほうが、ミステリーな気がします。
それから、白米より玄米のほうが、ずっと痛みやすくカビやすいはずなんですが、玄米つくカビと、白米につくカビの種類は違うんでしょうか。
さらに言えば、雑穀にだって、カビはつくし・・・麦にだって・・・
脚気が夏に流行したのは?
http://www.okayama-u.ac.jp/user/hos/kensa/sisitu/VB1.htm
>VB1値は季節変動があり,夏に最も低値である。
ふーん・・・
いつも興味深く読ませていただいておりますが、医学の内容のこととなると門外漢の私にはとても難しくて「分からない〜(涙)」となるのですが、このエントリ、分かりやすいしとても面白かったです。あまりに面白かったので初コメントしてしまいました!
ホントですか?
ウチでは2-3年前から玄米保存なんですが、少なくとも虫は玄米のがつきにくいです。
Wikipediaにも「米は、保存性から玄米か籾で貯蔵される。日本では玄米で貯蔵する。」とあります。
当時のパンは一部の菓子パンを除けば今よりもずっとパサパサしていて硬く、保存食としての意味合いが強かったからだ。
娯楽要素の少ない軍役生活にとって、食事は兵士たちの最大の楽しみの一つであるから、
脚気を気にしてパン食を強制された水兵たちのストレスは相当なものだった。
http://twitter.com/tsukasafumio/status/120149690313478144
http://twitter.com/tsukasafumio/status/120150444126380032
http://twitter.com/tsukasafumio/status/120151378340483072
http://twitter.com/tsukasafumio/status/120152504318177281
脚気が白米食に由来することが江戸期から知られていたとは聞いていましたが、
明治天皇が脚気に罹患し、自力で治してしまったとは!
高木の奏上をなんとお感じになったか、知りたいものです。