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cover ■「ニセ医学」に騙されないために

 ホメオパシー、デトックス、千島学説、血液型ダイエット、ワクチン有害論、酵素栄養学、オーリングテストなどなど、「ニセ医学」についての本を書きました。あらかじめニセ医学の手口を知ることで被害防止を。

2009-01-29 いただいたメールをご紹介します

[]いただいたメールをご紹介します いただいたメールをご紹介しますを含むブックマーク

私は2000年ごろから、■進化論と創造論〜科学と疑似科学の違い〜というサイトを開設しています。疑似科学批判のサイトとしてはわりと古いほうでしょう。「勉強になりました」「これを機会に勉強してみます」といったメールをときに受け取ることがあり、微力ながら少しはお役に立てたのかと思います。先日、疑似科学批判の有効性が議論になったとき、疑似科学批判が役立つこともある事例としてメールを公開しようかと提案しました。直接議論の相手となった方とは論点がずれてしまいましたが、「どういった例があるか、というのはなるべく知っておきたい」という意見も別の方よりいただきましたので、いくつかメールを紹介いたします。メールは私信でありますので、公開にあたってプライバシーに関わる部分を中心に、メールの趣旨が変わらない範囲内で変更を加えたことを断っておきます。



昆虫の進化について質問 1000字程度で明日中に

Subject: 質問なんですが

授業で昆虫の進化をやっているんですが,昆虫の進化とは何ですか.

抽象すぎる質問ですが,1000字程度ぐらいで答えてもらえませんか?

できれば,今日中もしくは明日中にお願いしたいんですが・・・

お願いします

まるで、レポートの締め切りが明日にせまっている学生のような質問ですね。レポートを手伝って欲しいとしても、もうちょっと工夫して質問すればいいのに。たとえば、掲示板で、「昆虫が進化した証拠など一切存在しない。進化論を信じているダーウィン教徒は愚か者ばかり」などと投稿すれば、親切な人たちがいろいろ教えてくれたでしょうに。メールをくださった方が、きちんと自分で勉強できるように、あえてお返事は出しませんでした。



私は女子高生ですけど、あなたのことを教えてください

一つ目のメールは、「疑似科学批判が役に立った例」としては、不適切であるような気もします。けれども、二つ目のメールは「役立った」と言えますよ。


Subject: こんにちは。はじめまして。

私は高校三年生の女の子です。生物のレポ−トの為にインタ−ネットで

いろいろ検索していてこのペ−ジに来ました。

レポ−トは磯の生物についてだったんですが、内容は自由だったんで

磯にいるあまりにたくさんの種類の生物に驚いたことがきっかけで

進化論が気になりました。

そして、このぺ−ジを発見して、かかか感動!!

特にQ&Aでの的確な答えと分かりやすい解説はすばらしいです!

読んでるうちにドキドキしちゃいました。

とはいっても、ダ−ウィンの進化論もまともに知らない私が理解できる

範囲は、ほんとにしょぼくて、せつなかったです。

受験生じゃなかったら読みたかった!

(中略)

あなたのことも、よろしければ教えてください★

ひ・暇だったらでいいですから−。

女子高生からのメールですよ。疑似科学批判のページをつくっていなかったら、女子高生から「ドキドキしちゃいました」などというメールを貰う機会なんてなかったでしょう。うん、役に立った。女子高生からメールを貰いたい人は、ぜひ今からでも疑似科学批判のページをつくりましょう。ちなみに、釣り針がついていそうなので、あえてお返事は出しませんでした。



死ね

f:id:NATROM:20090129160615j:image

死ね


もちろん、お返事は出していません。

wadjawadja 2009/01/30 23:33 本当に疑似科学批判って、人の役に立っているのですね。どれも感謝の気持ちが溢れるメールばかりで、特に最後のメールには感動しました。

これからも頑張ってくださいw

bamboobamboo 2009/01/31 10:09 最後のメールをプリントアウトして、透かしてみたらアドレスが見えた。(嘘)
・・・net.ne.jp って見えるけど、これもフリーメールですか。

odakinodakin 2009/02/02 12:00 ワロタ

2009-01-28 等身大の主人公・麻酔科医ハナ

[][]等身大の主人公・麻酔科医ハナ 等身大の主人公・麻酔科医ハナを含むブックマーク

cover

麻酔科医ハナ (1)(アクションコミックス) なかお白亜 (著)。


医師を主人公とした漫画はたくさんあるが、その主人公の多くはスーパードクターか、でなければ青臭い理想論を吐く暇そうな研修医である。医師からは、漫画の中の「名医」に対しては厳しい見方がされることが多い。要するに「ありえない」「患者に媚びすぎ」というツッコミである。フィクションなんだからツッコんだってしょうがないのだが、医療事故が問題になるたびに「Dr.コトーを見習え」などと(Yahooブログとかmixiとかで)仰る、フィクションと現実の区別がついていない一般の方々もいらっしゃるので、まあ文句を言いたい気持ちもわかってくださいな。

なかなか等身大の医師を主人公にしたマンガは少ない。「研修医なな子」は名作。「がんばれ!猫山先生」は先日紹介した。最近読んだのが、shy1221さんが紹介した「麻酔科医ハナ」。主人公は、大学病院勤務の3年目の麻酔科医。薄給・激務などの自虐的な要素がある一方で、それ以上に麻酔科医としての誇りを感じさせる内容だ。著者は、現役かどうかはともかくとして、医師だろう(著者が現役麻酔科医だという情報もあるけどソースが見つからない)。私は内科医で、あまり麻酔科医の先生と接する機会がないものだから、どこまでリアルかは分からない。少なくとも、内科医の目から見たらリアルだ。


f:id:NATROM:20090128141112j:image

若くてイキのいいローテーター

実際麻酔科の女医はローテーターと結婚することがわりとあるのよ…

ローテートは絶好のお見合いシステムよね…

待っているだけでいくらでも若い医者が流れてくるから

あとは数ヶ月という短期間でネタを見極めねらいを定めて…

食う。


ええと、リアルなんでしょうか?

たまごどんたまごどん 2009/01/28 23:27 食われたいピョンなあ‥

イカン、これでは佐川一政じゃな。

physicianphysician 2009/01/29 02:34 うーん。身近に結構あるからなぁ。ローテート先の女性オーベンと結婚...。

critical physician critical physician 2009/01/29 05:20 麻酔科専従の女医から見ると、やはり仕事ができる外科医が魅力的なわけで、昔は結構
学年が上の外科系医師の麻酔科研修があったので、この本のパターンも多くありましたが、現行の研修制度では、若いけどなにも出来ないのが回ってくるので、相手にされないんじゃないだろうか、と思われます。

simbelmynsimbelmyn 2009/01/29 15:05 私も麻酔科医ではありませんが・・・うちの病院をみると・・・リアルですね・・・。

NATROMNATROM 2009/01/29 16:17 そういや、よく考えたら同期で「ローテート先の女性オーベンと結婚」いた。男性のほうが積極的にアプローチしていたようだけど。

bamboobamboo 2009/01/29 19:05 うちの病院に来る外科のローテーターは、看護師を妊娠させて帰ります。
相場は2千万円ね。

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2009-01-24 余が脚気ミカン療法

[]余が脚気ミカン療法 余が脚気ミカン療法を含むブックマーク

医学論文を探すのに、いまではPubmedなり医中誌なりのデータベースがある。雑誌によってはネット経由でフルテキストを入手できる。もう空気のように当たり前になっているけれども、考えてみれば超便利。文献検索システムを作った人は偉い。さて、脚気について調べ物をしているとき、戦前の文献を調べる必要があったのだが、当然、医中誌は使えない。検索対象年が1983年からだからだ。そんなときに頼りになったのがこれ。


f:id:NATROM:20081201041444j:image

f:id:NATROM:20081201041437j:image

日本ビタミン文献集(1884-1960)

結構ぶ厚い


脚気に関する項目もちゃんとあり、当時の論争を垣間見ることができる。あまりオブラートに包んだりしなかったようだ。


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名指しで批判


「○○君らの非を諭す」ってフレーズは上から目線でいい感じだ。今度使おう。こんなのもある。


f:id:NATROM:20090124194100j:image

余が脚気ミカン療法


って、あんた暴れん坊将軍か。と思ったけど、当時の論文では、一人称として「吾人」「著者」と並んで「余」はよく使われていた。



関連記事

■月刊索引

critical physiciancritical physician 2009/01/25 04:36 「非を諭す」って良いですね。上から目線だけど、角がとれてる。でも論文なら兎も角、こんな抄録で発表したら、質疑応答は揉めるだろうなぁ。

bamboobamboo 2009/01/25 05:25 「NATROM君の非を諭す」とか書いちゃうトンデモさんが出てきそう。

gryphongryphon 2009/01/25 08:18 福田恆存と金田一京助のかなづかい論争では
金田一の「福田恆存氏のかなづかい論を笑う」に対し
福田は「金田一老の仮名遣い論を憐れむ」とかえしたことがありました。

ROCKY 江藤ROCKY 江藤 2009/01/25 17:10 福田恆存だったら「金田一老のかなづかひ論を憐れむ」じゃあなかったんでしょうか?

gryphongryphon 2009/01/25 20:29 ああ、たぶん福田氏なら、自身の論理上そういう表記になりますね。ちょっと記憶で書いてしまいました

2009-01-21 福島県の医師は足りている

[]福島県の医師は足りている 福島県の医師は足りているを含むブックマーク

読売新聞に、福島県が緊急の医師確保素案を示したという記事が載った。


■(地域>福島 )民間の医師、公立に派遣(読売)

 県は19日、緊急の医師確保策として、民間病院から公立病院への医師派遣などを盛り込んだ「緊急医師確保対策プログラム」の素案を県地域医療対策協議会で示した。県立医大などでの医師養成を待っていられないとして、素案をたたき台に具体策の議論を始める。厚生労働省によると、同様の医師派遣は岡山県で行われているものの、全国的には珍しい。

 素案によると、これまで県立医大などがへき地を含めた医療機関へ行っていた医師派遣ネットワークの派遣元に、開業医を含めた民間病院を加える。診療科は、医師不足が顕著な救急や産婦人科などについて重点的に検討していく。

 県によると、県内の人口10万人あたりの医師数(2006年)は3663人。人口換算すれば、全国平均より医師が600人不足している。特に産婦人科は深刻で、2008年には県立南会津病院で2人の医師が退職し、同科は一時休診となった。


強調は引用者による。福島県内の人口10万人あたりの医師数は3663人とのこと。1000人あたりにすると約36人である。さて、経済協力開発機構(OECD)に加盟している国での人口あたりの医師数の統計はよく言及されている。赤旗より引用*1


■日本の医師数 主要国最下位 OECD調査(しんぶん赤旗)

日本の人口千人当たりの医師数は二・一人(二〇〇六年)で、経済協力開発機構(OECD)に加盟している三十カ国中二十六位であることが、同機構がまとめた「ヘルスデータ二〇〇八」でわかりました。OECD平均の三・一人を大きく下回っています。主要七カ国ではカナダと並んで最下位です。


分かりやすいように、しんぶん赤旗のグラフを改変してみた。


f:id:NATROM:20090121192202j:image

圧倒的じゃないか、福島県は


m3.com経由のネタでした。


※3663人とは「県内の人口10万人あたりの医師数」ではなく、「県内の医師数」と思われる。

*1:赤旗から引用したのは、たまたま見やすいグラフがあったため

ゆんゆん探偵ゆんゆん探偵 2009/01/21 19:39 福島県の人口は10万人。

道標主人道標主人 2009/01/21 23:54 福島県人口 20年12月1日現在人口 2054800人

道標主人道標主人 2009/01/21 23:57 平成14年12月31日現在
医師総数3,768

種明かしでした m(_ _)m

麻酔科医麻酔科医 2009/01/22 00:17 10万人あたり3000人というあたりで人口の3%が医師なんてありえないだろうと思うのですか、、、、。
ま、若い世代は、100万人にたいして1万人以上の医学部入学枠をつくると人口の1%が医師というすごいバブルになりますね。

AH1AH1 2009/01/22 14:45 福島がコレで日本平均がコレだと、いったい他の都道府県ではどんだけ少ないのかと・・

メンチメンチ 2009/01/22 22:30 福島県のお医者さんは経営が大変そうだぁ

はらいっぱいはらいっぱい 2009/01/23 21:43 読売新聞大マヌケ。
厚労省統計
http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/youran/indexyk_2_2.html 第2−49表

skyteamskyteam 2009/01/23 23:16  すごいですね・・・。日本で一番たくさん読まれている新聞でこの程度ですか。ほぇ。

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2009-01-19 「水からの伝言」は科学を自称していないから疑似科学ではない?

[][]「水からの伝言」は科学を自称していないから疑似科学ではない? 「水からの伝言」は科学を自称していないから疑似科学ではない?を含むブックマーク

疑似科学(ニセ科学)は「科学であるように見せかけていながら、科学ではないもの」をいう。血液型性格診断、マイナスイオン、水からの伝言、ゲーム脳、EM菌などが、疑似科学の例として挙げられることが多い。疑似科学に対してさまざまな批判がなされているが、この疑似科学批判に対してさらに批判がなされることがある。いわゆる疑似科学批判批判である。疑似科学批判の中に不適切なものや行き過ぎたものもあるだろう。そういうものに対する批判は別にかまわない。ただ、疑似科学批判批判には的外れなものが多いように私には思われる。たとえば、こんな具合。


■詭弁者(Interdisciplinary)のコメント欄のtittonさんの発言より

> 「なぜ水伝は擬似科学では無いか」もよろしく。


だから水伝は(少なくとも最近の水伝は)科学を自称していない。科学でないと明言さえしている。科学を自称していないものを疑似科学と呼ぶなら宗教だって疑似科学になってしまう。疑似科学も宗教も人心を惑わすという似たような面を持っているが、同じ方法では対抗できない。科学は科学でないものを批判できない。(有害な)思想は思想として批判すべきこと。


昨今の疑似科学批判者は科学の名を騙って思想を批判することが多い。それは科学を科学以外の目的に使っているわけで、疑似科学論者がやっていることと同じ。科学が批判できるのは提示された事柄が科学として見た場合妥当か否かだけであり、思想までは判断できない。


また「科学を装っている」という人もいるが、装っているかどうかは多分に主観的なものであり、文章をどう解釈するかとか社会通念に照らしてどうか等は科学が扱う問題ではない。もちろん科学とは別個に、有害思想や詐欺行為として批判するならそれは自由だ。しかしそれを科学の名の下に行うのは科学を逸脱した行為。


少なくとも最近の水伝は科学を自称していない、だから水伝は疑似科学ではないそうだ。水伝が科学を自称していないって、本当かな?「水からの伝言」を出版している株式会社アイ・エイチ・エムのサイトを見に行ってみたよ*1


f:id:NATROM:20090119153126j:image

波動と水を科学する 株式会社 I.H.M.


トップページに「波動と水を科学する」って書いてある。波動機器の歴史というページはもっとすごいよ*2。たとえばこんな具合。


もう一人は、アメリカでも有数の超心理学者であるディーン・ラディン博士です。博士は様々な意思のサイエンスに関わる実験を行ったことで紹介されていましたが、中でも江本勝 IHM総合研究所所長との合同実験である2,000人の祈りが水に与える影響の公開実験を行ったことで、その内容が紹介されていました。ここでも科学的な手順を守った実験を行い、水の氷結形状の評価については、一般人の投票によって評価するという客観性を持たせました。結果は、祈りの力が水の結晶構造を変える証明となったのです。


明らかに科学を自称してるよね。おそらく、「水伝は科学を自称していない。科学でないと明言さえしている」というtittonさんの発言は、AERAのインタビュー記事からだろうけど*3、「水からの伝言」への批判に対する言い訳であり、その言い訳ですら「今後、周りの研究者によって科学的に証明されていくと思う」などと答えている*4。本当に江本勝氏が、「水からの伝言はポエムだと思う。科学だとは思っていない」のであれば、自ら代表を務める株式会社アイ・エイチ・エムのサイトの不適切な記述を訂正すべきだ。

要するに、江本氏は二枚舌なだけ。疑似科学だと批判されたら、「いやいやこれはポエムですから。科学なんて自称していませんよ」と逃げつつ、一方では「科学的な手順を守った実験で証明されましたよ」と宣伝している。「水伝は科学を自称していないから疑似科学ではない」などという主張は、二枚舌の江本氏を利することになる。江本氏は「波動機器」と称する怪しげな機械を高値で販売しており、「機器」である以上、ポエムやファンタジーでは宣伝にならないことは、「水からの伝言」問題を追いかけている人なら知っている。疑似科学批判批判もいいが、「水伝は疑似科学ではない」などと主張する前に、そういう背景を知る努力を行って欲しいものだ。



追記(1月19日17時45分):いま気づいたけど、id:tittonさんから、「↑natrom 自分と意見が違うのは相手が無知だからメソッド発動」というブクマコメントをいただいていました*5。このエントリーを読んでもtittonさんは同じ意見でしょうか?少なくとも、tittonさんは、江本勝氏が代表を務め、「水からの伝言」を出版した会社が、「波動と水を科学する」と自称していることについて無知だったのではないでしょうか。



関連記事

■血液型と性格の関係についてぶっちゃけちゃった大学教授

■毎日新聞の石田宗久記者が良質な記事を書いている件

■911陰謀論と千島学説の関係は?

*1:URL:http://www.hado.com/

*2:URL:http://www.hado.com/hadokiki/hadokiki-history.html

*3:違うというのなら、情報元を明らかにするように要求する

*4:詳しくは、■「水からの伝言」江本氏の主張(2005/12/28)(水商売ウォッチング)を参照のこと

*5:URL:http://b.hatena.ne.jp/titton/20090119#bookmark-11722375

bamboobamboo 2009/01/19 17:07 トンチンカンなコメントする人って、どうして「ごめん」が言えないんだろう。
そういえば「ごめんも言えないろくでなし」と言うカルタの文句があった。

lets_skepticlets_skeptic 2009/01/19 17:21  「疑似科学批判批判(ニセ科学批判批判)」の人は、疑似科学信奉者のアドホックな言い訳(これまでの歴史で頻繁に使われてきたもの)を真に受けたような主張をする人が多いなと感じたりします。真に受けてるわけではなくて、発想しちゃったのかもしれませんが。

TAKESANTAKESAN 2009/01/19 17:33 今日は。

ここに面白いものがあります⇒http://www.masaru-emoto.net/newemoto2/index200711.html

「2007年11月21日(水) 読者からの質問20」という所の回答なのですが、
▼▼▼引用▼▼▼
私どもは小さな民間の研究所であり、その設備は科学的とは言えません。ですから、いわゆる科学論文成るものは、今のところは書いても認められないでしょう。
もちろん将来は、そのようなことが出来る設備や、スタッフを揃えたいとは思いますが、この種の水の研究を科学的な条件をそろえて行うのには、巨額な資金が必要で、どなたも投資や援助をしてくれている訳ではありません。
ですから、私は今のところ私がやってきた事、やっている事を科学とは言っていません。まあ、こんな事をやったら、こんな写真が撮れた。私はそれについてこう思いますが、皆さんはどう思いますか?という問いかけを、一般の市民に伝え歩いている、という役割に徹しています。
科学者の中には、素直にそれに反応してくれて、研究論文を書いてくれている方もいらっしゃいます。例えば、ノエティックサイエンスのディーン・ラディン博士のようにです。
http://www.explorejournal.com/article/PIIS1550830706003272/abstract
私としては、13年に及ぶ過去の全てのデータはお見せしますので、科学的に不足している所を是非、大学の研究機関なりで補い検証してくれればと思っています。
▲▲引用終了▲▲
要するに、「”文字通り”に”科学的”とは言っていない」から科学では無い、という主張ですね。ここでも二枚舌が見事に発揮されています。原典をちゃんと読まなかったりする人には尤もらしく見えるのかも知れません。巧みといえば巧みです。狡猾という意味ですが。

水伝は科学では無い、と本当に思っているのならば、アストレアに科学的根拠は無いと明言し、トップページの記述も替えるべきでしょうね。「波動カウンセリング」なる紛らわしい説明体系のものも、ちゃんと「科学とは関係無い」と書くべきですよね⇒http://www.hado.com/LABO/kaunsering.htm

tittontitton 2009/01/19 20:48 コメント欄に来いというから来たよ。グッズの件はスペースがなくてああいう書き方になったけど、一応俺の考え方の説明になってるつもりなのだけどね。オチョクリではない。

疑似科学なのかただの宗教なのかはその主張の中核部分がどこにあるかを見て判断しなければならない。たとえば多くの信者がフリーエネルギーの装置に惹かれてその主張を支持しているならそれはその装置の科学的な側面を評価しているのだから、科学として(つまり疑似科学として批判するのが妥当。

一方信者が宗教的側面を支持しているのであれば、それは宗教的要素の部分が主なのだから、疑似科学として批判したところで意味はない。現に教祖様が「水伝は科学ではない」と公言しても水伝を支持する人間は動揺しないわけだよね。それは支持者にとって水伝が科学かどうかはどうでもいいことだからだ。

両者を一括りにして扱うと本質を見失うといっている。

tittontitton 2009/01/19 21:09 フリーエネルギーの装置ならそれは科学的に検証できる。少なくとも検証する手段を示せる。だから科学が批判することは可能だ。一方宗教的なものいいかえれば心理的なメリットを目的に信者が支持しているものに対して、そのメリットを科学じゃ否定できない。苦し紛れにちょっとでも科学的側面を見つけて批判を加えたところで、誰にも何の効果ももたらさないだろう。むしろ的外れな批判をしていると思われるだけだ。信者からはもちろんそうでない人たちからもね(実際的外れの批判なんだから)。そんなことをしても疑似科学批判自体の信用を落とすだけのこと。どうしても批判したいなら不健全な宗教や思想として批判すべき。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/01/19 21:28 よし!
フリーエネルギーを取り入れた信仰を取り入れて新しい宗教を作ろう!
教義案
1)水は言葉がわかる
2)フリーエネルギーは波動エネルギー
3)水伝やフリーエネルギーが認められないのは陰謀論
4)NATROMはダークサイド

メンチメンチ 2009/01/19 21:33 tittonさんに質問があります。
科学の威を借りて信者を獲得しようとする宗教は
疑似科学として批判すれるべきなのですか?
それとも、不健全な思想信条として批判すれるべきなのですか?

あなたの意見だとこの二つを同時に行ってはいけないように読み取れます。

メンチメンチ 2009/01/19 21:34 すれるべき⇒するべき

NATROMNATROM 2009/01/19 22:36 tittonさん、ようこそ。まずはブクマコメに返事を。

>聖杯とかを騙ったグッズを売っている会社があればキリスト教信者も疑似科学信者になるの?

id:sunagimo2さんのコメント「バチカン(江本)が聖杯工業(株)を設立して、そこのサイトに「主と聖杯を科学する」と書いていて、なおかつ信者がこぞって聖杯グッズ(なんか適当な科学っぽい説明つきの)を買い求めればそうなる」の通りです。というか、tittonさんは、創造科学をご存じない?


>一方信者が宗教的側面を支持しているのであれば、それは宗教的要素の部分が主なのだから、疑似科学として批判したところで意味はない。現に教祖様が「水伝は科学ではない」と公言しても水伝を支持する人間は動揺しないわけだよね。それは支持者にとって水伝が科学かどうかはどうでもいいことだからだ。

「疑似科学として批判したところで意味はない」かどうかは、何を目的にしているかによりますね。支持者を”転向”させたいのであれば、確かに疑似科学として批判したところで意味はありません。けれども、支持しようかどうしようか迷っている人に示唆を与えたり、教育や政治の場に入ってこようとするのを防いだりするのが目的であれば、意味があります。


>フリーエネルギーの装置ならそれは科学的に検証できる。少なくとも検証する手段を示せる。だから科学が批判することは可能だ。

「ありがとう」という言葉をかけると氷の結晶の形が変わる、という主張は科学的に検証できますので、科学が水伝を批判することは可能ですね。というか、フリーエネルギーの支持者の多くも「宗教的側面を支持」しているのだろうと思いますが。


>一方宗教的なものいいかえれば心理的なメリットを目的に信者が支持しているものに対して、そのメリットを科学じゃ否定できない。

もちろん、その通り。たとえば、代替医療については「心理的なメリット」は無視できません。私のサイトの愛読者であれば、私がこの問題について論じてきたことをご存知でしょうに。それに、「不健全な宗教や思想として批判」したところでやっぱりそのメリットを否定できないと思いますが。


>苦し紛れにちょっとでも科学的側面を見つけて批判を加えたところで、誰にも何の効果ももたらさないだろう。むしろ的外れな批判をしていると思われるだけだ。信者からはもちろんそうでない人たちからもね(実際的外れの批判なんだから)。そんなことをしても疑似科学批判自体の信用を落とすだけのこと。

「苦し紛れにちょっとでも科学的側面を見つけて」いるんじゃないんです。科学は、科学的側面しか批判できないからそうしているだけです。「誰にも何の効果ももたらさないだろう」というのは根拠がありませんよね。私の不案内な分野で行われている疑似科学批判については、少なくとも私にとっては役に立っています。私のサイトが役に立ったというメールをもらうこともあります。現在の疑似科学批判で、必ずしもすべての人に役立つとはとても言えないし、今のやり方が必ずしも最善であるとも言えませんが、少なくとも「誰にも何の効果ももたらさない」というのは誤りでしょう。


>どうしても批判したいなら不健全な宗教や思想として批判すべき。

宗教批判、思想批判も別にかまいませんが、科学的見地からみた批判だって行っていいでしょう、というのが私の見解。私はたまたま科学の分野が得意なので、「○○は自称科学的だと主張しているが、××という理由で科学的には間違っている」という情報を発信できます。宗教や思想の部分まではあまり否定したくはありません。

「水伝は明らかに科学を自称している。よって、『科学を自称していないので水伝は疑似科学ではない』という主張は誤りだ」というエントリーの主題にも反論があればよろしくお願いします。株式会社アイ・エイチ・エムのようにあからさまに科学を自称していても疑似科学とは言えないのであれば、この世には疑似科学などないことになってしまいませんか?tittonさんのお考えを聞きたいのですが、「世の中には疑似科学など存在しない」と主張しておられるのですか、それとも、「疑似科学と呼ばれるべきものはあるが、水伝は疑似科学には相当しない」とお考えなのか、教えてください。後者の場合には、疑似科学と呼ばれるべきものの例を教えてくだされば幸いです。こと、創造科学が疑似科学に相当するのかどうか、ご意見を伺いたいです。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/01/19 23:22 4)NATROMはデビルサイダー 
と訂正

momomomo 2009/01/19 23:54 横からすみません。tittonさんのブクマコメントとこのエントリでのコメントの趣旨が変わってらっしゃるようなので、方針転換するならそう宣言された方が良いと思います。黙って方針転換すると論点すり替えをしているように見えてしまうかも知れません。

個人的にはtittonさんがなぜ水伝を「不健全な宗教として...」と仰ったのかが気になります。科学的言説で自らを権威付けしようとしたり、科学的発見を都合良く取り入れるという点ではだいたいどの宗教も似たようなものですよね。

tittontitton 2009/01/20 16:42 NATROMNATROM さんへ

> バチカン(江本)が聖杯工業(株)を設立して、

俺はそうは考えない。上にも書いたけれど聖杯工業に興味を持ちその製品を購入したりその支持者になる人は聖杯グッズのメカニズムや効能に興味を持っているのであり、もしそのメカニズムの説明がインチキだったり、期待された効果が発揮されなければ信者にとっては重大な問題。

一方キリスト教そのものを信じている人にとっては聖杯工業の製品などどうでもいいこと。聖書に書かれたキリストの奇跡が科学的に否定されたところで、キリストが奇跡を起こすからその教えを正しいと考えてキリスト教を信仰しているわけではないだろう。

両者を支持する人も動機も異なるわけで、それらは別々なものとして区別して考えるべき。そしてたとえバチカンが聖杯工業を直営していたとしても、この構図自体にはなんら影響がないことに気づくべき。バチカンがオカルトグッズを売っていて、しかもそのインチキ性が暴露された場合、オカルトグッズの購入者はそっぽを向くかもしれないが、キリスト教信者はキリスト教を信仰し続けると思うよ。両者は別物と考えるべき。疑似科学などは支持者の傾向を主軸に分類した方がその性質をとらえやすい、俺はそう思っている。

また同一人物が両者を主催しているなら、インチキグッズが暴露されたら教祖としての信頼もダメージを受けるだろうという考え方をする人もいるだろう。もちろんそういう考え方をする人はいるだろうけれど、当然しない人もいる。個人の社会的信頼性によってその言動の信憑性を推測するのは便宜的手段としては有効性を認めるが、基本的にはそういう判断方法は適切ではないと考えている。少なくとも科学的な姿勢ではない。

> 創造科学をご存じない?

ご存じないわけないじゃん。創造科学は創造科学が疑似科学なのであって、キリスト教が疑似科学なのではない。なんでなにもかも一緒にして考えたがるのか。妙な物理学者がいたら物理学全体をその物理学者と同一視する、というような乱暴なものの見方だと思うよ、それは。疑似科学批判者は疑似科学に対しては、物事の見方が疑似科学っぽくなる傾向があるね。強引に意図した方向に結論づけてしまう。

> 支持しようかどうしようか迷っている人に示唆を与えたり、教育や政治の場に入ってこようとするのを防いだりするのが目的であれば、意味があります。

いや、意味ないと思うよ。少なくとも合理的な意味はない。たとえば振り込め詐欺防止キャンペーンをやれば犯罪抑止に一定の効果がある。しかしそれは人々の警戒心や恐怖心を煽ることが効果の主成分なのであって、詐欺か詐欺でないかの判断能力を人々に授けるものではない。

「カルトやマルチ商法にハマるとこんな悲惨な事になります」と訴えるように「疑似科学にハマるとこんな悲惨な事になります」と訴える方がよほど効果があるだろう。科学的に疑似科学を批判したところで、実は科学的な論述が効果を発揮しているのではなく、警戒心や恐怖心を喚起する部分が効果を発揮しいてる。

教育や政治への浸食を防止する政治的なキャンペーンをやるのは賛成だが、それは思想(イデオロギー)の戦い(「水伝を信仰した方がよい社会になる」と「そういうものを排除した方がよい社会になる」と)、科学とは関係がない。科学はどちらのイデオロギーが社会にとってプラスになるかについて何の示唆も与えない。資本主義と共産主義のどちらが優れているか科学では判断できないように。反水伝側は自分には科学の後ろ盾があると思うのは錯覚。

> 科学が水伝を批判することは可能ですね。

だからそれは水伝の本質的な部分ではないのだから、的外れの批判に(水伝信者はもちろん第3者からも)見られるという話をしてるのだけど。的外れの批判を続けていたら評価が落ちるのは批判をしている側だ。

> フリーエネルギーの支持者の多くも「宗教的側面を支持」しているのだろうと思いますが。

それは「宗教的側面」を広義に設定しすぎだと思うよ。UFO信者であっても明らかに宗教化しているものと、(疑似)科学よりのものがあるわけで、そういうものを荒っぽく一緒くたに扱って論じても有意義な結論にはたどり着けないだろうね。

> 私がこの問題について論じてきた

あのね、疑似科学批判批判者が疑似科学批判のマイナス面を指摘すると、疑似科学批判者は「そんなことはちゃんと考えている」とよくいうけれど、実際の言動にそれが反映されているように見えないから「考えていない」批判されるわけなんだけどね。「考えている」「論じてきている」で止めちゃったら話がそこから先に進まないじゃん。「考えた結果どうなのか」「論じてきた結果どうなのか」を語らなければ。なぜ疑似科学批判者の多くがそこで立ち止まってしまうかといえば、それはそこから先は「確定的な答えが出ない」問題だからだ。

疑似科学批判者というのはその活動の目的が政治的なもの(「よい社会にするにはどうすべきか」)であるにもかかわらず、科学的な側面を中心に語りたがる。それは「科学的に見て間違い」は言い切ることが比較的容易だが、「社会にとって有害」かどうかはそれに比べて白黒つけにくいテーマだからだ。そこで妥協の産物として「(科学を)詐称しているからダメ」とか「主催者がウソつきだからダメ」などを持ち出し、とにかく白黒は明らかである、と方向の主張をしようとする。しかしそれは理由のこじつけでしかない。そういう小細工のような方法をとることが批判されているのだとしるべき。

> それに、「不健全な宗教や思想として批判」したところでやっぱりそのメリットを否定できないと思いますが。

たとえば「水伝の思想は○○という不健全さがあるから教育現場から排除しよう」という主張の場合、「たしかに水伝の○○の部分は有害だ。しかし一方で水伝には××というメリットがある」「では、○○と××のどちらを重視すべきか。また水伝からデメリットの部分だけを取り除くことはできないか」という方向の議論に発展する余地がある。

一方「水伝は疑似科学で教祖がウソつきで会社が詐欺ビジネスなんだから社会から排除すべき」という主張の場合、これはもう互いに1か0か、完全勝利か完全敗北かしかないわけで、上述のような議論の発展性がない。前者と後者なら前者のような批判の仕方の方が望ましい批判の仕方だといっている。

> 科学は、科学的側面しか批判できないからそうしているだけです。

だから科学は水伝が社会にとって有害だとか批判できないはずだよね。たとえば「水伝の実験には再現性がない」というのは科学的な批判だ。一方「再現性がないことをあるかのように語るのはけしからん」というのは科学的な批判ではない。科学は科学のルールを守るもの同士の間でジャッジを行うのであって、科学のルールを守るべきかとか、科学を装うことが悪いことなのか、についてはなにも判断できない。

水伝の実験が科学的でないという批判までは「科学的な疑似科学批判」だから科学の名の下に行っていいが、その勢いのまま「科学を騙るのはけしからん」と政治的な批判に持ち込むのは、科学の威を借りて政治的主張をしているように見える。科学を装って政治的な主張をしているわけだ。水伝をあれこれ「科学だと誤解される恐れがある」と批判するなら、自分たちのこういう「科学と誤解させる行為」も省みるべき。

> 少なくとも私にとっては役に立っています。

あなたが言っているのは知識の収集という面で役に立つと言うことで、俺が言っているのは人の考えを変えさせる(疑似科学にハマろうとしている人を引き留める)という面で役に立つかどうかを言っている。

> 科学的見地からみた批判だって行っていいでしょう、というのが私の見解。

ある事柄について科学的見地から見た批判が正鵠を射るものになるかどうかという点は検討しないのか、行った上での判断が現状のようなものなのか。いずれにせよ俺から見れば適切なものになっていない。

> 宗教や思想の部分まではあまり否定したくはありません。

あなたは教育や政治の分野への浸食を防ぐことを意識して水伝批判を行っているといった。ある事柄が疑似科学の側面と宗教や思想の側面を持っている場合、疑似科学の面を理由に社会から排除するということは必然的にそれがもつ宗教や思想の面も排除することになるわけだが、それらについては関心がないとか排除するつもりはないというのはおかしな話だろう。そういう部分の価値も評価した上でなおデメリットの方が大きいと考えるから排除するというならわかるが。

社会にとって有益か有害かという政治的な批判に踏み込まず、実験方法が不適切云々のように純粋に科学的な側面だけの批判に留まるのであれば、「自分は科学の面だけを論じる」というのも許されるだろうが、政治的批判に踏み込んでおいてそれは通用しないと思うよ。

「水伝は明らかに科学を自称している。よって、『科学を自称していないので水伝は疑似科学ではない』という主張は誤りだ」という

> エントリーの主題にも反論があればよろしくお願いします

だから「自称している」か否かは信者の支持の動機を見て判断すべきであって、ほんのわずかでも「科学的な主張だ」と言いがかりをつけられる部分が存在していれば「科学を自称している」のだというのは、科学が神を冒涜するつもりはないのに地動説は神への冒涜だというのに通じるものがあるからダメだ、と言っているのだが。

> 株式会社アイ・エイチ・エムのようにあからさまに科学を自称していても疑似科学とは言えないのであれば、

最初にブコメで述べたように宗教とオカルトグッズが組み合わさっている場合、オカルトグッズの会社が疑似科学であることと宗教本体が疑似科学であることは区別すべきだと言っているのだけどね。水伝の場合、水伝(という宗教)があってオカルトグッズがあるのであって、逆ではない。オカルトグッズの会社が全部なくなっても水伝はなくならないわけで。オカルトグッズの方を疑似科学だと批判するのはいいと思うよ。

> この世には疑似科学などないことになってしまいませんか?

俺は逆にあなたの理屈を推し進めていくと、この世に疑似科学でないものなどなくなってしまうと危惧しているのだけどね。疑似科学批判者は疑似科学の範囲をどの辺りに収めるかという事に無頓着だと思うね。

> 「世の中には疑似科学など存在しない」と主張しておられるのですか、

こんなことは主張してない。

> それとも、「疑似科学と呼ばれるべきものはあるが、水伝は疑似科学には相当しない」とお考えなのか、

こちらだね。少なくとも区別をつける必要があると思っているよ。

> 後者の場合には、疑似科学と呼ばれるべきものの例を教えてくだされば幸いです。こと、創造科学が疑似科学に相当するのかどうか、ご意見を伺いたいです。

創造科学は疑似科学だと思っているよ。だってその存在意義・活動目的はそれ(進化論を創造科学で置き換える)がすべてであり、それをとったらなにも残らないのだから。創造科学が持つ唯一の側面が疑似科学なのだから、それは疑似科学そのものといっていい。

俺は疑似科学を主張することを直ちにけしからんとは考えない。しかし学校の科学の授業時間を浸食するとなると看過できない。学校はより価値のある知識を優先して教えるべきであり、疑似科学を教えることによるメリットは非常に小さい。

BrittyBritty 2009/01/20 16:52 tittonというひとがキリスト教を理解していないことはよくわかりました。
奇跡とは被造世界への神の超自然的介入です。
科学法則で説明できないが事実としてそこにあると信じられるものを奇跡と呼ぶ。いわば科学法則の例外事項です。科学的に説明できたらそれは奇跡ではない。

あとヴァティカンはキリスト教最大の教派ですがあくまでも一部分にしか過ぎません。それをごっちゃにするのはみなさまいささか論が粗雑かと思います。これは少しはずれる話題ですが、あえて。

moorhenmoorhen 2009/01/20 17:24 > 「自称している」か否かは信者の支持の動機を見て判断すべき

創造科学信者の支持の動機として、キリスト教根本主義以外のものがあるとは思えませんが。

> その存在意義・活動目的はそれ(進化論を創造科学で置き換える)がすべてであり、それをとったらなにも残らない

そんなものは表面的動機に過ぎません。創造科学の本質は水伝よりもはるかに宗教的。だから、創造科学が擬似科学だが水伝がそうでないというのは、ダブルスタンダード。

NATROMNATROM 2009/01/20 18:15 >> バチカン(江本)が聖杯工業(株)を設立して、
>俺はそうは考えない。

tittonさんがどうお考えになるかは自由ですが、だいたい読者のみなさま方は納得されたようです。tittonさん以外で、どなたか「バチカンが聖杯を科学的だと自称して売り始めたら疑似科学とみなされる」点について疑問の方はいらっしゃいますか?すでにコメント欄で指摘されていますが、「信者が宗教的側面を支持しているのであれば、それは宗教的要素の部分が主なのだから、疑似科学として批判したところで意味はない」というtittonさんの主張が正しいとしたら、創造科学を疑似科学として批判したところで意味がないことになります。「創造科学の本質は水伝よりもはるかに宗教的」でしょ。


>だからそれは水伝の本質的な部分ではないのだから、的外れの批判に(水伝信者はもちろん第3者からも)見られるという話をしてるのだけど。

「ありがとうという言葉で氷の結晶の形が変わる」という主張は、水伝の本質的な部分だと私は思います。仮に「氷の結晶とは本質的ではなくて、感謝のキモチが大事なのだ」としたら、別にその部分は批判しません。そう信じるのはご自由に、というだけです。


>それは「宗教的側面」を広義に設定しすぎだと思うよ。

ブーメランですなあ。水伝および創造科学の「宗教的側面」について、ダブルスタンダードにならないように説明してくださいな。


>俺が言っているのは人の考えを変えさせる(疑似科学にハマろうとしている人を引き留める)という面で役に立つかどうかを言っている。

最善かどうかはともかくとして、疑似科学批判が、疑似科学にハマろうとしている人を引き留めることに役に立っていると述べましたが?不適切にならない範囲で、私がもらったメールを公開しましょうか?それにしても、「人の考えを変えさせるという面で役に立つかどうか」をtittonさんが論じるのは、やっぱりブーメランですなあ。tittonさんによる疑似科学批判批判は、何か意味があるんですか?何のためにやっているんですか?いったい、何と戦っているのですか?「的外れの批判を続けていたら評価が落ちる」って、ご自分がなさっている疑似科学批判批判がどのように評価されているのか、ご存じですか?「はてなの連中は例外」とでもお考えで?


>だから科学は水伝が社会にとって有害だとか批判できないはずだよね。

できませんよ。tittonさんは、どうも、「疑似科学批判は100%科学によってなされるべき」、あるいは、「疑似科学批判者は自らの主張は100%科学であると考えている」、と思いこんでおられるようです。たとえば、A「水伝の実験は科学的ではない」、B「だから教育の場で水伝を教えるのは不適切である」という主張があるとして、Aは科学の範疇ですが、Bは科学の範囲外です。「教育の場で疑似科学を教えるのは不適切であると科学的に証明された」などと主張が仮にあれば、疑似科学だと批判してくださいな。tittonさんは藁人形を攻撃しているだけ。


>「自称している」か否かは信者の支持の動機を見て判断すべき
>創造科学は疑似科学だと思っているよ。

創造科学の信者の支持の動機は、宗教的なものだとばかり私は考えていました。創造科学者は、確かに「進化論を創造科学で置き換える」ことを望んでいますが、その動機は宗教的なものでしょう?tittonさんの意見を聞かせてくださいな。

TAKESANTAKESAN 2009/01/20 18:32 今晩は。

NATROMさん
▼▼▼引用▼▼▼
不適切にならない範囲で、私がもらったメールを公開しましょうか?
▲▲引用終了▲▲
この部分、大変興味があります。どういった例があるか、というのはなるべく知っておきたいので、ご紹介頂ければ、読者としてもありがたいです。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/01/20 21:09 デビルサイダーとして簡単に。
【動機】に着目して宗教(あるいは呪術)と科学を分離するのは無理だろにゃ。実は動機としてはこれらは同じものからきているでしょうからにゃ。
とにかく、【動機】で宗教と科学を分けるのは無理だってば>titton

【結果あるいはプロセス】、それも検証可能な【結果あるいはプロセス】に基づいて、ある主張が疑似科学「的」かどうかが判断されるのではにゃーだろうか。もしデタラメな主張が科学を名乗っていたら、真っ黒の疑似科学(ニセ科学)ですにゃ。

kozimakozima 2009/01/21 02:37 はじめまして。
私はtittonさんの主張はそんなにおかしくないと思うのですが。
横やりの上に長くなるので自分のブログにっと思ったんですが、自分のブログ無いので、匿名ダイアリーに書きました。http://anond.hatelabo.jp/20090121023411
おそらくtittonさんはこういう事が言いたいのではないかと。

TAKESANTAKESAN 2009/01/21 04:08 >kozimaさん

せっかく言及頂いたのに恐縮ですが、書かれた事、間違っています(間違っている部分があります)。
増田の方にブクマしたので、よろしければ参考にして下さい。

私が書いた、
▼▼▼引用▼▼▼
上で自ら水伝話と絡めているので
▲▲引用終了▲▲
の部分、「自ら絡めている」と書いてありますよね?
これ、そもそも私はエントリーで「ゲーム有害論」について語っていたが、tittonさんがなぜか疑似科学の話と絡めたので、せっかくだから以前にした質問の答えを求めた、という流れです。

後、煽られてもしょうがない、って、私はtittonさんの煽るような書き方については、特に何も言ってないような。いや、全部憶えてはいないので、断言は出来ませんけれど。ああ、私以外の方に向けている、というのもあるのかな。

他の部分についてはまあ、水伝は自然科学の観点のみから批判されてはいない、と私は思っているのですが、そこら辺については、色々お調べ下さい、としか言いようが無いです。もしかして、私が水伝を自然科学の観点だけから批判している、と感じておられますか?

別所の話をして申し訳ありません>NATROMさん
kozimaさんが書かれた増田への感想は、これきりにします。

エディエディ 2009/01/21 04:35 >kozimaさん

「tittonさんは水伝が疑似科学じゃないなんて一言も言ってない」
という主張されていますが、tittonさんご本人がはてブで
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://hado.exblog.jp/10105764/
【titton 水伝は疑似科学ではなくカルト 2008/12/29】
と書かれていますよ。

NATROMNATROM 2009/01/21 09:09 kozimaさんにお返事しておきました↓
http://anond.hatelabo.jp/20090121090548

ぱくぱく 2009/01/21 13:05 自分自身しか知らないルールでしか物を言えない人と論議をしても、そりゃかみ合うはずがない。
説明するだけ無駄!!
相手はこちらのルールどころか言葉さえも理解できないのだから。
特に疑似科学の話になると必ず持ち出してくるのが決まって宗教です。
その時点で話はおしまいでしょう。それ以上は議論にもなりません。

サルガッソーサルガッソー 2009/01/21 15:37 http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/nisekagaku/mizuden_doutoku2.html

サルガッソーサルガッソー 2009/01/21 15:44 すみません↑はミスタイプです。

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/nisekagaku/mizuden_doutoku2.html
これなんかは科学者がなるべく科学のフレームワークを使わずに水伝を批判した文章なんだけど id:titton は読んだことあるのでしょうか?
これを読んだ後でも
>昨今の疑似科学批判者は科学の名を騙って思想を批判することが多い。それは科学を科学以外の目的に使っているわけで、疑似科学論者がやっていることと同じ。科学が批判できるのは提示された事柄が科学として見た場合妥当か否かだけであり、思想までは判断できない。
なんてことが言えるのなら本物だとは思いますが。

tittontitton 2009/01/21 23:11 NATROM さんへ

> だいたい読者のみなさま方は納得されたようです

あなたのブログを読んでいる人間はあなたの考えに近い人が多いのだから、当たり前で、そんなことで満足するならそもそも議論など始める必要ないだろう。多数派工作をしているわけではないのだ。あなたは疑似科学のセミナーで主催者が同じ事を言ったりやったりしたらどう考えるのか。

> 創造科学を疑似科学として批判したところで意味がないことになります。「創造科学の本質は水伝よりもはるかに宗教的」でしょ。

創造科学の宗教的側面とはキリスト教そのものだろう。それとは別に創造科学なるものを生み出す必要があったのは科学の分野である進化論を置き換えるためであり、それが存在意義のすべてなのだから、いくら創造科学が宗教をベースにしていても、宗教的側面が創造科学の本質ではない。同様のことは水伝関連のオカルトグッズにも言えること。オカルトグッズの方は疑似科学だが、水伝本体は宗教のカテゴリに入れるべき。


> 「ありがとうという言葉で氷の結晶の形が変わる」という主張は、水伝の本質的な部分だと私は思います。

これは同意するよ。

> 仮に「氷の結晶とは本質的ではなくて、感謝のキモチが大事なのだ」としたら、

「感謝の気持ちが大事」という部分も水伝の本質だと思うよ。キリスト教がキリストという存在や初期に起こした奇跡などのエピソード必要なように、宗教や思想には媒体(水の結晶だったりキリストだったり)が必要。重要なのは目的の方であり、非科学的な部分が宗教や思想を普及するための道具として用いられているのか、それとも科学に食い込む(フリーエネルギーや相対論は間違っているとか)ために用いられているのか、によって疑似科学なのか思想・宗教なのかカテゴリ分けすべきだと言っている。

> 別にその部分は批判しません。そう信じるのはご自由に、というだけです。

疑似科学批判は「科学的な疑似科学批判」と「政治的な疑似科学批判」の2つの側面がある。

a)科学的な疑似科学批判
その疑似科学について科学的に見た場合どのような点に誤りや不備があるかのみを指摘する。実験方法に問題があるとか、検証が不十分だとか、再現性がないとか、見落としている点があるとか、理論の組み立てに誤りがあるとか。あくまで不備の指摘のみでありそれらについて価値判断は一切行わない。デタラメな実験や未検証な段階で一般大衆に公表するのは「よくない」とか、まっとうな科学にとって「迷惑だ」とか、そういう価値判断の伴う批判は避ける。

b)政治的な疑似科学批判
社会にとって有益か有害かという価値判断を行い、有害なものを排除するための批判。このような疑似科学が社会にはびこると社会にとってマイナスであるとか、人々が科学的な考え方ができなくなって科学の衰退を招くとか、創造科学に授業時間を取られると科学教育に当てられる時間が減り教育水準が下がるとか。こういった「どうすればよりよい社会になるか」と言う視点からの批判。

どちらも必要な批判なのだが、多くの疑似科学批判者はそのやり方が間違っている。政治的な批判であれば「科学的に間違っている説を流布するのはけしからん」「科学を装っているのはけしからん」という単純な判断ではダメだ。「ウソをつくのはなにがなんでもダメだ」と言うのでは幼稚園や小学校のレベル。必要なウソもあるだろう。釈迦に説法だろうが病名の告知などは事実を告げればいいという問題ではないはず。社会をよくするための批判であれば、「間違いはダメ」「詐称はダメ」という単純な思考で行うべきではない。

ところが疑似科学批判者はそういう問題を避けている。思考停止していると言ってもいい。その言い訳が自分たちは科学的な疑似科学批判をしているのだから、そういう複雑でなかなか答えのでない問題については関わらないんだ、というものだ。しかし実態はあなたが自分でも「人々が疑似科学にハマるのを防ぐ」と述べているように、政治的な目的で行われている。疑似科学に人々がハマるのは社会にとって望ましくない、という価値観があるからそれを防ごうとしているわけだ。

実態が政治的な批判であるにも関わらず、これは科学的な批判なのだと言い訳することで、その価値判断の正当性(疑似科学を排除した方が世の中のためになるのか、それとも逆なのか)に関する議論を避けている。それが疑似科学批判が批判される理由。あなたは自分は思想や宗教の部分はあまり否定したくないと述べた。それは他人の思想を否定したり排除したりすることの危険性を一応分かっているのだろう。しかしあなたは既に自分の思想「疑似科学がはびこるのは社会にとってマイナスである」を喧伝し、それに基づいて自分とは異なる思想「疑似科学が普及するのは社会にとってプラスである」を弾圧し社会から排除しようとしているのだよ。それに気づいていない。

思想(イデオロギー)同士が戦い合い互いに相手を排除しようとし合うのは世の常だからそれは存分にやればいいと思うが、議論を戦わせずにただの宣伝合戦になっているのが問題。相反する意見が対立することで互いに気づかなかった自説の欠点が明らかになるのは科学を擁護している人間なら承知のことだろう。相手のイデオロギーを社会から排除しようという大それた事をしているのだから、もし欠陥があるまま運良く(運悪く)成功してしまったら、後で後悔してもし切れない事態になるやも知れない。「疑似科学を排除することは間違っていない」という思想は常に検証され続けるべきもの。ところが昨今の疑似科学批判者にはそういう謙虚さが感じられない。あなたの「の部分は批判しません、自由です」というような乱暴な考えがそれを示している。

> 「宗教的側面」について、ダブルスタンダードにならないように説明してくださいな。
今回の投稿も含めて、どのような視点からどの辺りを基準に判断を行うべきかは、既に述べている。それで不足なら俺が述べたカテゴリ分けだと、このような場合両方が同じカテゴリに入ってしまう、という点を指摘してくれないと、あなたがなにを持って俺の基準がダブルスタンダードと感じるのか俺には分からない。

> 疑似科学批判が、疑似科学にハマろうとしている人を引き留めることに役に立っていると述べましたが?

だからそれについては他の箇所で述べているつもりなんだけどね。不足だというならそれなりの文章量を費やして説明しよう。先ず自己申告で「役に立った」というのがどれほど当てになるのか。疑似科学の信者も同じように「この疑似科学に出会ったおかげで幸せになれた」というだろう。本質的でない言いがかりのような批判によって疑似科学にハマることを防ぐのが方法として正しいのか?と言っている。そんなまやかしのような方法でお手軽に考え方を変える人は、同じ理由で別な機会にやっぱり疑似科学にハマることだろう。引き留めるのであれば、正攻法で引き留めるべき。

正攻法には2つある。

1)本当にその人に科学的な考え方を身につけさせる方法。
2)得体の知れないオカルトグッズを買わされると損得勘定の方向から説得する方法。

ほとんど揚げ足取りのような安っぽい疑似科学批判が科学的な考え方を身につけさせることに貢献するのか。あなたのサイトはこの点マシな方ではあるけれどね。そもそもまとも度が上がるほど敷居が高くなり、受け入れられにくくなると言うジレンマがある。生真面目に筋道立てて丁寧に説明している疑似科学批判本よりも、センセーショナルに「こいつら馬鹿だ」という感じで疑似科学を叩く本の方が人気が出る。しかしだからといってそういう方向に流れてしまったらますます科学的な考えを身につけさせる機会は減るだろう。
そもそも多くの人間が科学的な考えを身につける必要があるのか疑問だ。俺は必要ないと思う。その場合損得勘定面から説得すべきだろう。金銭を巻き上げられる等の実害があるとか、そうでなくてもその宗教が思考停止を推奨するなど不健全であるとか。

上記のセンセーショナルなおもしろおかしい宣伝合戦を3)とすれば、1)を選ぶか、それが宇可能なら2)で対応すべきで、3)の方法は選択すべきではない。3)の方法ではその時は防げてもそういう人は逆の宣伝(疑似科学側の宣伝)にさらされればコロッと疑似科学にハマってしまう。宣伝で判断を返る人間はどっちにも転ぶ。

> tittonさんによる疑似科学批判批判は、何か意味があるんですか?

上記のように、健全な疑似科学批判が行われることを目的としているのだけどね。純粋に科学的な疑似科学批判であれば価値観に言及せずに純粋に科学として批判すべきだし、よい社会を目指すために批判を行っているのであれば、科学的に正しいかどうかのみではなく、社会にどのような影響を与えるのか、落とし穴はないのか、暴走して排除すべきでないものまで排除してしまう危険はないのかなど、様々な点を考慮しながら批判を行うべきだ。特に現状の疑似科学批判はどこまで・どのようなものまでを排除すべきなのかという歯止めが設定されていないように思うよ。これは非常に危険。

> ご自分がなさっている疑似科学批判批判がどのように評価されているのか、ご存じですか?

もちろん最終的には俺の意見の賛同者が増えることを願っているが、現状少ないから主張するのを辞めるべきだというのはおかしいだろう。自分の意見を理解させ広めていく努力こそが主張のプロセスなのだから。あなたは随所にこういう妙な、自分に都合のいい、ものの言い方をするよね。科学の新しい仮説だって当初は賛同者は少数だろう。だからといってその仮説が間違いだと言うことにはならない。

> 「教育の場で疑似科学を教えるのは不適切であると科学的に証明された」などと主張が仮にあれば、

そんな主張はないから、科学以外に根拠を求める必要があるにもかかわらず、それを疎かにしているのが問題なのだ、といってるのだが。もちろん散発的には疑似科学批判者側もその都度理由を挙げているだろう。創造論であれば学校の授業ではより有益な進化論の方を教えるべきでそれが社会にとっての利益である、とかね。俺はこの理由で創造論は批判している。

では水伝はどうなのか?よく聞く「水伝は科学を装っているから」と言う理由は水伝を社会から排除する行為に見合うほど罪深いことなのか?今のところ俺はそうは思っていない。俺と同じように思う人もいるだろう。そういう人たちに水伝を社会から排除しようとする運動をどう納得させるのか。納得する根拠を示せないから疑似科学批判批判が沸き起こる。納得させるには「自分は宗教や思想はあまり否定したくない」という甘っちょろい逃げのスタンスでは無理だろう。それらと正面から対峙しないとね。

> 創造科学の信者の支持の動機は、宗教的なものだとばかり私は考えていました。

これはこの記事の冒頭で説明したとおり。創造科学は特定の目的のために生み出されたものだ。その特定の目的とは科学を自分たちの宗教で置き換えることだ。その目的の達成が行動の動機のすべてであり、宗教本体(キリスト教的価値観など)とは一括りにすべきではないと思うけどね。

もちろん水伝と水伝関連のオカルトグッズ、キリスト教と創造科学は、括り方を変えれば「同じもの」であるとも「違うもの」であるとも言うことができる。その点をあなたは俺がダブルスタンダードだというかも知れない。一応俺なりにこれまで括り方の基準を示してきたつもりだが、カテゴリ分けというのはたいていの場合手探りからスタートするものだ。だからあなたが現状の俺のカテゴリ分けの方法に文句をつけようと思えば当然いろいろ付けられるだろう。しかし重要なのはこうした見方をすること。それによって今迄見えてこなかったものが見えるであろう、と俺はそう考えている。

sakimisakimi 2009/01/22 00:40 なんだか、自己矛盾を誤魔化すために長文を書く人がいるな

>創造科学の宗教的側面とはキリスト教そのものだろう。それとは別に創造科学なるものを生み出す必要があったのは科学の分野である進化論を置き換えるためであり、それが存在意義のすべてなのだから、いくら創造科学が宗教をベースにしていても、宗教的側面が創造科学の本質ではない。

進化論を無視した創造科学は実は成り立っている
宇宙は、3秒前に今の形で産まれた
物理学的には矛盾は全く無い
観測者がいなければ誰も証明出来ない定理だったりする

moorhenmoorhen 2009/01/22 00:48 > 多くの疑似科学批判者はそのやり方が間違っている。
(中略)
>「ウソをつくのはなにがなんでもダメだ」と言うのでは幼稚園や小学校のレベル。必要なウソもあるだろう。

サルガッソーさんと被りますが、
疑似科学批判者を批判するのなら、たぶんkikulogくらいは目を通しているはずですよね?
それでも「多くの疑似科学批判者」が水伝批判で「ウソをつくのはなにがなんでもダメだ」というレベルで頑張ってると思い込んでいるのだったら、よほど読解力がないとしか。

> 現状少ないから主張するのを辞めるべきだというのはおかしいだろう。

何でNATROMさんが「主張するのを辞めるべき」と言っているという理解になるのでしょうか。NATROMさんはtittonさんの主張がブーメランだということを指摘しているだけに過ぎないのに。
したがって

> あなたは随所にこういう妙な、自分に都合のいい、ものの言い方をするよね。

こういうのも傍目にはブーメランにしか見えません。ご自分で気がついていないのなら不幸なことですが。

tittontitton 2009/01/22 01:53 追記

創造科学の件。こういう説明の方がいいかな。キリスト教本体が存在せずに創造科学だけがあったとして、創造科学を支持する人がどれだけいるか?を考えればいい。創造科学の宗教的側面に引かれてそれを支持する人は少ないと思うよ。創造科学を支持している人は、あくまでキリスト教の領土を科学の方面に拡大するという目的で創造科学を支持しているのだろう。それはキリスト教の宗教的思想や価値観を支持しているのであって、創造科学のそれらを支持しているのではない。

sakimisakimi 2009/01/22 02:05 進化論を提唱したダーウィンの生涯や苦悩を知らんのだな
彼は神学校出身のエリートで、名声を得ようと思ったら教会での出世を選んだ方が早い人間なんだけど
唯一神が創造を行ったって説を証明しようと研究した結果が進化論だってのに
そして発表までに至った時間を考えると、敬虔なカソリックとしてはどこまで葛藤したんだかね
ファンダメンタリストよりは信徒としてまともだとは個人的に思う

金に関してはウェッジウッド家からの支援があったから不自由無かったんで金が欲しかったってのはありえない

kajikaji 2009/01/22 02:40 (携帯からなので見にくかったらすいません)
宗教についての話しをする場合よくあるのですが、双方の宗教に対する定義がズレている場合がありまして、『不合理なもの全般』を指す方から、教儀や教祖一定の社会認識が必要と考える方までかなり幅があります。
なので、定義付けが明確でないと、当然話が噛み合わないということが起こります。
また、共通認識としての宗教についての定義付けは意外に繁雑で、ここで論じ合うべきではないかと。( もちろん宗教全般ではなく、キリスト教にかぎっても同様な部分が多いので)
個人的には宗教「的」なものの定義として『受け入れ難い事実を(あくまで)「形式上」合理的に説明し受け入れやすくする装置全般』と考えるているので、占いから風水、擬似科学まで含まれるという、けったいなことになります。(^_^;)

NATROMNATROM 2009/01/22 09:07 >あなたは疑似科学のセミナーで主催者が同じ事を言ったりやったりしたらどう考えるのか。

参加自由・反論自由の疑似科学のセミナーがあったら教えてください。コメント・トラックバック自由の場で「私の考えに近い人が多い」というのが重要なのです。


>創造科学の宗教的側面とはキリスト教そのものだろう。それとは別に創造科学なるものを生み出す必要があったのは科学の分野である進化論を置き換えるためであり、それが存在意義のすべてなのだから、いくら創造科学が宗教をベースにしていても、宗教的側面が創造科学の本質ではない。

「宗教的側面が水伝の本質ではない」と主張すれば、水伝を疑似科学と呼んでもよいの?いったいtittonさんは、どういう基準で「本質」が宗教的なのかそうでないのか判断しているのですか?ものすごく恣意的に見えるんですが。


>> 「ありがとうという言葉で氷の結晶の形が変わる」という主張は、水伝の本質的な部分だと私は思います。
>これは同意するよ。

水伝の本質的な部分であるところの、「ありがとうという言葉で氷の結晶の形が変わる」という主張は科学的に検証できますので、科学が水伝を批判することは可能ですね。フリーエネルギーだって、「宗教や思想を普及するための道具」の側面もあると思いますが。tittonさんの分類はとても恣意的。


>社会をよくするための批判であれば、「間違いはダメ」「詐称はダメ」という単純な思考で行うべきではない。

じゃあ、単純な思考で行われた疑似科学批判の例を個別に具体的に挙げて批判してはいかが?「必要なウソもあるだろう」というのは事実ですが、ゲーム脳や水伝は「必要なウソ」ですか?


>しかしあなたは既に自分の思想「疑似科学がはびこるのは社会にとってマイナスである」を喧伝し、それに基づいて自分とは異なる思想「疑似科学が普及するのは社会にとってプラスである」を弾圧し社会から排除しようとしているのだよ。それに気づいていない。

「疑似科学が普及するのは社会にとってプラスである」という思想をお持ちの方がどこかにいらっしゃるので?あまりにも自明なことについては、いちいち述べないのも当然でしょう。もちろん、個別の事例(たとえば、ホメオパシーは疑似科学ではあっても、軽症患者の不安を取り、あるいは医療費抑制に役立つという面もあるという点など)については、別途メリットも考察しています。「思考停止している疑似科学批判者」は、架空のわら人形じゃないんですか?あるいは、実際に存在するのかもしれませんが、個別に批判してくださいな。


>先ず自己申告で「役に立った」というのがどれほど当てになるのか。

もともとは、「誰にも何の効果ももたらさないだろう」というtittonさんの主張がはじまりでしたよね。少なくともメールをくれた人にとっては、「何の効果ももたらさない」とは言えません。なるほど、お手軽に考えを変えた人は別な機会にやっぱり疑似科学にハマってしまう人もいるかもしれません。でも、一部の人は、これを機会に少しは科学についてものを考えるでしょう。そういうメールも受け取っています。


>ほとんど揚げ足取りのような安っぽい疑似科学批判が科学的な考え方を身につけさせることに貢献するのか。

「本質的でない言いがかりのような批判」「安っぽい疑似科学批判」があるのなら、個別に批判してくださいな。揚げ足取りにもなっていないような安っぽい疑似科学批判批判は役に立つの?


>その場合損得勘定面から説得すべきだろう。金銭を巻き上げられる等の実害があるとか、そうでなくてもその宗教が思考停止を推奨するなど不健全であるとか。

損得勘定面からの説得は、たとえば、「○○で癌が治るのなら、損得勘定面から考えてもお得」という思い込みに対しては無力ですな。血液型性格診断のような差別と結びつく疑似科学については、差別する側はなんら損しないこともありえます。


>もちろん最終的には俺の意見の賛同者が増えることを願っているが、現状少ないから主張するのを辞めるべきだというのはおかしいだろう。

どなたか、「現状少ないから主張するのを辞めるべき」と仰っておられるので?「健全な疑似科学批判批判が行われることを目的としているのだけどね」とか言ってみたり。「疑似科学批判者のやっていることは何の効果ももたらさないし、かえってマイナスだ」というtittonさんの主張は、何か効果をもたらしているのかなあ、と思いまして。損得勘定面からでも、イデオロギーの面からでもいいから、何か有効な批判をしてみたらいかがですか?アドバイスして差し上げます。「様々な点を考慮しながら批判を行うべき」ですよ。


>科学以外に根拠を求める必要があるにもかかわらず、それを疎かにしているのが問題なのだ

少なくとも水伝に関しては疎かになっていません(サルガッソーさんから指摘あり)。tittonさんが無知なだけでしょう。いやいや、無知だと指摘したら憤慨されますね。無知でないというのであれば、「水伝に関しては、批判者から○○という科学以外の根拠が提示されているが、××という理由で不十分である」と提示してくださいな。


>創造科学は特定の目的のために生み出されたものだ。その特定の目的とは科学を自分たちの宗教で置き換えることだ。その目的の達成が行動の動機のすべてであり、宗教本体(キリスト教的価値観など)とは一括りにすべきではないと思うけどね

水伝だって特定の目的のために生み出されたものだと思いますけどね。それはそれとして、「宗教本体(キリスト教的価値観など)とは一括りにすべきでない」とは、その通り。私は創造科学批判にあたって、宗教批判・キリスト教批判ではないことを強調しています。でも、「科学を自分たちの宗教で置き換えるという目的の達成が行動の動機のすべて」だとしたら、「創造科学の信者の支持の動機は宗教的なもの」じゃないんですか?水伝の目的のほうが、よっぽど宗教的でない。あれは商売目的でしょ。

と 2009/01/22 11:26 そういえば、通称ふま氏も水伝はニセ科学じゃないというようなことを主張していました。ニセ科学批判よりましな方法があるとも主張されていたので、そうであるならば、ご自身でその方法を実践されて実績を積まれればよいのではというような返事を書いた覚えがあります。結局、そのような実績は出てこなくて、かまって欲しいだけの迷惑な人という実績ばかり積み上げてしまったようですが。

AH1AH1 2009/01/22 12:50 「聖書に書かれた創造は事実である」が創造科学の基本なんだから、キリスト教のない創造科学は存在しようがないのだが・・・ まあ仮に神を名乗らず「何か偉大なるもの」と名乗ったとしても、やっぱり科学的根拠に著しく乏しいという批判は当然されますよね。で、それがID論なんだけど、御存知ない?

TAKESANTAKESAN 2009/01/22 17:43 今日は。

NATROMさん
▼▼▼引用▼▼▼
「疑似科学が普及するのは社会にとってプラスである」という思想をお持ちの方がどこかにいらっしゃるので?
▲▲引用終了▲▲
ここら辺に間接的に関わる所ですが、tittonさんは私の所で、

▼▼▼引用▼▼▼
疑似科学批判もそうだけどやたら「誤解を招く」ということを言う人がいるけれど、誤解を真似かないような、馬鹿でも正しく判断できる情報だけでこの社会を埋めるのが正しいとは俺は思わない。馬鹿は騙されたり判断を誤ったりする社会の方が健全だと思っている。
▲▲引用終了▲▲(原文ママ)
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-4ad1.html

こういう事を書いておられますね(NATROMさんは既にお読みかも知れませんけれど)。

これは、根本の認識を端的に表している部分なんじゃないかな、と。

tittontitton 2009/01/22 17:57 NATROM さんへ

> 自由の場で「私の考えに近い人が多い」というのが重要なのです。

重要とは思えないけどね。多数の意見が正しいという考え方なら、話す前から結論は出ているわけで、俺と何か話す価値があるの?自分は正しい、その証拠に支持者がたくさんいる、納得しないのは相手が無知で馬鹿だからだ、そんな相手の言い分に聞く耳は持たないし、ましてそれに答える価値もない。そういってるわけだよね?疑似科学論者と全く同じだ。そういう姿勢が目に余るのが、疑似科学批判が批判されはじめた理由。


> 「宗教的側面が水伝の本質ではない」と主張すれば、水伝を疑似科学と呼んでもよいの?

その主張に妥当性があればそうなるだろうね。俺はそうは思っていないが。水伝教の教祖様が自ら「水伝は科学ではない」というのは、そう発言しても水伝にとってダメージにならないと考えるからだ。科学であろうがなかろうが水伝の支持者は水伝を支持するだろう。それは水伝の本質は「科学を装うこと」ではないことを意味する。一方創造科学の人が「創造科学はキリスト教とは何の関係もない」と発言したら大騒ぎになるんじゃない?

> という主張は科学的に検証できますので、科学が水伝を批判することは可能ですね。

科学としてみた場合に、その実験方法や結論が適切かどうかは、もちろん科学的に批判可能だし、最初からそういってるつもりなのだけどね。俺が問題視しているのは「科学としての批判」をそのまま安易に「社会悪としての批判」に結びつける部分。「科学的に間違いだ」と言う批判の正当性に根拠の不足はない。しかし「科学的に間違っていることを言ってはならない」という批判はあなたが思っているほどには確固たる根拠を持たない。

そのような批判に意義を感じ今後も続けようと思うなら、根拠の整備が必要。疑似科学批判は疑似科学よりも後発で、しかも初期の頃は少数派だったから、今迄はそういう点を大目に見られていた。「ウソをつくのはいけないことです」みたいな子供の理屈程度の根拠でもさして批判されなかった。しかし本気で勢力拡大をし、自分たちの信じる「(疑似科学を排除した)よい社会」を実現しようとするなら、そういう部分の論理武装がいまよりももっと必要。

> フリーエネルギーだって、「宗教や思想を普及するための道具」の側面もあると思いますが。

どちらが主体なのかと言う話をしているのだが…

> じゃあ、単純な思考で行われた疑似科学批判の例を個別に具体的に挙げて批判してはいかが?

「じゃあ○○しろよ」みたいなのは、八つ当たりというか逆ギレにしか見えないのだが。個別な例の批判はそれぞれするとして、それを一般論として語ってはいけないというようなニュアンスの主張はおかしいと思うが。

> 「必要なウソもあるだろう」というのは事実ですが、ゲーム脳や水伝は「必要なウソ」ですか?

ゲーム脳の件はそれをきっかけに「まじめに研究しましょう」という動きがあったと思うんだよね。その後成果が上がったのか知らないけれど。ゲーム脳がブームになったのは、人々がそういうことに重大な関心を抱いていると示したわけで、それまで注目されなかった研究分野に予算が付くならそれは良いことだと思うね。「環境問題のウソ」の武田邦彦教授なども、彼自身の主張はかなりむちゃくちゃな点が多いが、それをきっかけにそれまで無批判だった環境問題を批判的な目で見る流れが起きたのは、彼の功績といえる。社会を動かすには「必要なウソ」も必要だというのが俺の考え方。ウソによって社会を動かす事を肯定するのはリスクが高すぎるという人も当然いるだろうが、社会が健全に機能していればウソはいずれバレて訂正されるはずで、「きっかけ」としてのウソの価値はあると俺は考える。

水伝については俺は水伝の思想を支持していない(というか有害な思想だと思っている)ので、俺は「必要なウソ」とは思わないが、支持者にとっては必要なウソなのだろう。必要なウソというよりもそれが科学的な事実なのかなどどうでもいいものなのだろう。既に書いたがキリストの奇跡を科学的に否定したとしても、キリスト教を信仰している人がそれによって信仰を変えることはないだろう。奇跡が事実か否かとか科学的に正しいか否かは彼らにとってさほど重要な問題ではないのだから。

> 「疑似科学が普及するのは社会にとってプラスである」という思想をお持ちの方がどこかにいらっしゃるので?

あなたは答えに詰まるとそういう書き方になるよね。俺はプラスになると思っているよ。少なくともプラス面があると思っている。すべての人間が科学的に正しい考え方だけしかすべきでないというのはおかしな話。あなただってこれまで疑似科学擁護者の意見を聞いたことがないわけがない。あなたの中では論破済みだったり、あまりにも馬鹿馬鹿しくて耳を傾けるに価値がないとなっていたりするのだろうけれどね。しかしそう考えない人がいるから疑似科学ははびこるわけだよ。

あなたは人々が無知だから疑似科学を信じるのだと考えているのかもしれないが、そうではない。実際あなたがいくら正しい知識を説明しても疑似科学を支持し続ける人はいるだろう?それが証拠だ。彼らは疑似科学を支持することが社会にとってプラスになると考えているから、あなたが説明する正しい科学的な知識よりも自分の信念を優先するわけだ。なぜ自分が彼らを説得できないか少しは自己分析すべき。「馬鹿だから」「無知だから」で片付けていてはなにもそれ以上分析は進まない。

>「思考停止している疑似科学批判者」は、架空のわら人形じゃないんですか?あるいは、実際に存在するのかもしれませんが、個別に批判してくださいな。

繰り返しになるが「個別に批判〜」という言い方に意味があるのかな?まあいい。個別の事例というなら、たとえば「疑似科学批判批判者はたいてい無知」みたいなブコメをつけた人がいるわけだけどこれは一種の思考停止なんじゃないの?あなたの理屈ならそれこそそんな総論で括らず個々の主張を批判すべきだろう。とはいえあなたの場合こうして一応対応しているのだから、いくぶんマシな方だと言えないこともないけどね。

しかし「俺はちゃんとやっている。ちゃんとやっていないヤツもいるかも知れないがそれは俺とは無関係だから勝手に個別に批判しろ」では、自浄作用は望めないよね。科学の優れた点は自浄作用を持つことだ。これは科学以外の分野でも尊重すべき事。疑似科学批判の立場を取るなら、疑似科学批判全体が健全な方向に成長することにも心を砕くべき。

> でも、一部の人は、これを機会に少しは科学についてものを考えるでしょう。そういうメールも受け取っています。

「誰にも」というのを「本当に一人も」と解釈してあれこれこだわるのは、小学生の喧嘩のようなもので辞めた方がいいと思うけどね。

> 揚げ足取りにもなっていないような安っぽい疑似科学批判批判は役に立つの?

これもただの煽りレベルの文章だよね…

> 損得勘定面からの説得は、たとえば、「○○で癌が治るのなら、損得勘定面から考えてもお得」という思い込みに対しては無力ですな。

「○○では癌が治らない」ことをは「権威」によって納得させればいいのであって、個々の人間が自力で科学や医学的知識によって判断できるようになる必要はない。患者は医者の説明を理解して納得しているのではなく、専門家の見解という権威によって納得しているわけだ。疑似科学批判も権威や威信が大事なのだから、やたらセンセーショナルな低俗な方向に疑似科学批判が向かえば、それ自体が安っぽく見られ権威もなにもなくなってしまう、という話。

> 何か効果をもたらしているのかなあ、と思いまして。

なんかますますあなたの発言には煽りの要素しかなくなってきたね。それって疑似科学論者が疑似科学を擁護するのにも使える方法だよね。そういう主張の真偽に関係なく成立するような論法を議論の中で多用すべきではない。


>科学以外に根拠を求める必要があるにもかかわらず、それを疎かにしているのが問題なのだ

> 「水伝に関しては、批判者から○○という科学以外の根拠が提示されているが、××という理由で不十分である」と提示してくださいな。

あの菊池さんの文章は動画でも本人が喋ってたと思うけれど、菊池さんを知っている人ならたいてい一度ぐらいは読んだことがあるんじゃないの?あなたは二言目には無知だなんだというけれど。あの文章について語れというなら語るよ?その前に一応言っておくけれど、その段階にもまったく到達していない安直な疑似科学批判が多いのが目に余ると俺は言っているのだけどね。

そしてなぜあれに類する他の意見がないのか。1)菊池さんの文章があまりにも完璧で非の打ち所がないから。2)誰もまじめに深く考えていないから。たぶん2)だろう。様々な考え方の人間がいるのだから、疑似科学批判の立ちに立つ人間であっても細部の考え方は違いが出るはず。実際科学的側面の批判は呆れるほど重箱の隅をつつくような微妙な部分までこだわる議論が展開されるよね。それがこちらの方面は非常に静かだ。

で、お待ちかねの俺の意見。

| * 結晶形の良し悪し(美醜)を言葉の良し悪しと関連づけることは、「人を見かけで判断してはならない」という道徳と矛盾するように思います。

これは菊池さんの道徳の観念であるし、そもそも道徳というのは至る所で矛盾するものだ。悪いことをすると地獄に堕ちるというのも考えようによっては罰則で無理矢理従わせようという発想につながると言えなくもない。水伝の説く道徳に彼が自分は同意できないと述べるのはよいけれど、これを持って「社会から排除する」正当な理由とするには弱いだろう。

| * 良し悪しの判断を結晶形に委ねてしまうことは、思考停止ではないでしょうか。良し悪しは自分の頭で考える(考えさせる)べきものだと思います。

この点に限っては全く同意だね。宗教というのは少なからず思考停止の要素があるものだが、水伝のは許容範囲を超えると俺は思う。そういう点で水伝はカルトという表現になる。だから彼が水伝の非科学的な部分などにこだわらず、思考停止を進める水伝の思想が学校教育的にふさわしくないと主張しそういう運動をするなら大賛成だ。

| * そもそも道徳を科学(この場合はニセ科学だが、仮に事実としても)で裏付けようとすることには問題がありそうです。

ここは彼のスタンスを踏襲して水伝は科学であるという仮定で話すけど(そうしないと話が始まらない)、科学の立場として科学を道徳教育に使うべきではないという彼の考えは分かるが、それは彼の(というか多くの科学者の)考えであって、科学を離れた立ち位置にいる人々からみれば、そう決まったものではないと思うよ。ならば道徳教育に利用できるのはどういうものなのか。

森のクマさんなどメルヘンチックな寓話や故事だけを使うべきなのか。道徳は心の問題というのはその通りだが、ならば森のクマさんだって人間の心とは関係がない。俺も自分では科学を道徳の根拠にしようとは思わないが、他人がそれを試みるのをなにがなんでもダメだと止めようとは思わない。そもそも科学的姿勢というのも一種の道徳だよね。謙虚さとか客観性とか先入観の排除とか。

| * 人間の気持ちを水のせいにしてしまうのは、人間の尊厳を傷つけるように思えます。
これも彼個人の価値観の披露でしかない。宇宙が地球を中心に回っていないのは神の創造物である人間の尊厳を傷つけるものだということもできるし、人間は宇宙ではそのようにちっぽけな存在なのだから、人間同士がむやみに地球上で争うのはやめるべきという道徳にも使える。要は道具の使い方によって良い方向にも悪い方向にも使えるということ。

そもそも道徳とは合理性だけでは語れないのだから、非合理な部分が生じるのは当たり前のこと。それを「科学を使って道徳を語るとこういう非合理な部分が生じる」と並べたところで、そうすべきでない理由にはならない。

| * 「ありがとう」はよくて、「ばかやろう」は悪いという安直な二分法でよいのでしょうか。

これは意味のない批判だと思うね。道徳を教える場合多くは単純な例を用いて説明するものだ。そういう部分を取り上げて「この道徳教育方法は不適切だ」と言うのと同じ。もちろん実際に改善すべきケースもあるだろうけれど、それは水伝だって改良されていくんじゃないかな。キリスト教が長い時間かけて完成度を増していったように。

| 言葉はそれだけで切り出すべきではなく、「場面」と合わせて初めて意味を持つはずです。

「ありがとう」に対応する結晶の形が確定すれば、どのような時に「ありがとう」を言うべきか結晶の形を見れば判断できると思うのだけどね。

| * 高学年ともなれば、結晶の形が言葉に影響されないことを知っている子供もいそうです。
| * その場で納得した子供が、あとで「事実ではない」と知ったとき、裏切られたと感じるのではないでしょうか
| * 親が「それは嘘だ」と言ったら、子供は教師と親の板挟みにあいそうです

これらは水伝に限らず学校教育全般で生じることだろう。学校で教えられたものが実際は正しくないというのは珍しいことではない。とくに道徳教育というのはその傾向が強い。そういうものを気にし過ぎれば、間違うまいと思うあまりなにも教育できなくなってしまう。

ま、こんなもんで。

> 水伝だって特定の目的のために生み出されたものだと思いますけどね。

特定の目的が水伝関係のオカルトグッズを売るためなら、俺の考えも違ったがそうではない。最近の水伝の教祖様はすっかり世間ずれしてしまったけど、最初の頃は純真で朴訥だったと思うけどね。水伝ビジネスがあって水伝があるのではなく、水伝が幸か不幸かヒットしてしまったがために水伝ビジネスが生まれたわけで。

> 「創造科学の信者の支持の動機は宗教的なもの」じゃないんですか?

何度か説明しているつもりなのだが、あなたと俺の言う「支持の動機」が微妙に違う。人々が創造科学を支持しているのは「キリスト教の宗教的部分」に対する支持であって、「創造科学の宗教的な部分」に対する支持ではない。これを「結局宗教的な支持だからどっちも同じだ」と括ってしまうと、キリスト教支持者と創造科学支持者の思考を区別することができなくなる。キリスト教が提供している人間の価値観やどのように考えどのように生きるべきかという経験則などのデータを、創造科学もまたその信者に提供しているのだろうか。していないだろう。そういうものを提供するものを宗教と呼ぶのであって、その意味で創造科学は宗教ではない。

NATROMNATROM 2009/01/22 19:31 >重要とは思えないけどね。多数の意見が正しいという考え方なら、話す前から結論は出ているわけで、俺と何か話す価値があるの?

オープンな場で議論することで聴衆の意見が変わることだってあるでしょう。「多数の意見」は、意見の正しさの根拠じゃなくて、結果です。tittonさんには「根拠の整備が必要」ですよ。疑似科学批判批判全体が健全な方向に成長することにも心を砕いたほうがいいですよ。


>> 「宗教的側面が水伝の本質ではない」と主張すれば、水伝を疑似科学と呼んでもよいの?
>その主張に妥当性があればそうなるだろうね。

「ありがとうという言葉で氷の結晶の形が変わる」という科学的に検証可能な主張が水伝の本質的な部分であることには同意いただけたはずですよね?


>一方創造科学の人が「創造科学はキリスト教とは何の関係もない」と発言したら大騒ぎになるんじゃない?

ID論は疑似科学ですか?


>俺が問題視しているのは「科学としての批判」をそのまま安易に「社会悪としての批判」に結びつける部分

ですので、『「科学としての批判」をそのまま安易に「社会悪としての批判」に結びつける疑似科学批判者』は、架空の藁人形だ、と指摘しています。


>> フリーエネルギーだって、「宗教や思想を普及するための道具」の側面もあると思いますが。
>どちらが主体なのかと言う話をしているのだが…

どの側面が主体なのかの判断の基準は?そういえば、『いったいtittonさんは、どういう基準で「本質」が宗教的なのかそうでないのか判断しているのですか?』という質問に答えがないですね。


>しかし本気で勢力拡大をし、自分たちの信じる「(疑似科学を排除した)よい社会」を実現しようとするなら、そういう部分の論理武装がいまよりももっと必要。

疑似科学がはびこらなければいいだけで、別に「排除」「根絶」は目指していませんが。それに、tittonさんの意見に賛同する人がほとんどいない現在では、「そういう部分の論理武装」は不要だと思いますけどね。疑似科学批判批判は、きわめて少数で、今後勢力を伸ばすことはないでしょうし。


>> じゃあ、単純な思考で行われた疑似科学批判の例を個別に具体的に挙げて批判してはいかが?
>「じゃあ○○しろよ」みたいなのは、八つ当たりというか逆ギレにしか見えないのだが。

私の意図が伝わっていないようなのではっきり言いましょう。「単純な思考で行われた疑似科学批判」って、架空の藁人形なんじゃないですか、と言ったんですよ。


>社会を動かすには「必要なウソ」も必要だというのが俺の考え方。ウソによって社会を動かす事を肯定するのはリスクが高すぎるという人も当然いるだろうが、社会が健全に機能していればウソはいずれバレて訂正されるはずで、「きっかけ」としてのウソの価値はあると俺は考える。

「ゲーム脳」のような稚拙なやり方でなくても社会を動かすことは可能だろうと思いますが。それに、「ウソはいずれバレて訂正されるはず」という健全な社会の機能を疑似科学批判者が行っているのですよ。健全な社会の機能を阻害しているのが、「馬鹿は騙されたり判断を誤ったりする社会の方が健全だ」という思想ですな。


>あなたは答えに詰まるとそういう書き方になるよね。俺はプラスになると思っているよ。少なくともプラス面があると思っている。すべての人間が科学的に正しい考え方だけしかすべきでないというのはおかしな話。

「すべての人間が科学的に正しい考え方だけしかすべきでない」というのが架空の藁人形。それはそれとして、「疑似科学が普及するのは社会にとってプラスである」というのは、かなり特殊な部類に入りますよね。程度問題です。少しでも多くの人が科学的に正しい考え方をできるようになればいいなあ、と思っていますが、すべてって無理でしょ。


>たとえば「疑似科学批判批判者はたいてい無知」みたいなブコメをつけた人がいるわけだけどこれは一種の思考停止なんじゃないの?

実際、「少なくとも最近の水伝は科学を自称していない」という主張は無知に由来するものでしたが。「少なくとも最近の水伝は科学を自称していない、だから水伝は疑似科学ではないそうだ」という主張が、いつのまにか、「水伝の支持者の動機が宗教的か否かで判断すべき」に変わっちゃいましたけど?動機が重要なら初めからそう言えばいいのに。後出しジャンケン。しかもそれでも負けてる。


>あなたは人々が無知だから疑似科学を信じるのだと考えているのかもしれないが、そうではない。実際あなたがいくら正しい知識を説明しても疑似科学を支持し続ける人はいるだろう?それが証拠だ。彼らは疑似科学を支持することが社会にとってプラスになると考えているから、あなたが説明する正しい科学的な知識よりも自分の信念を優先するわけだ。

個々の疑似科学を支持する人も、「疑似科学を支持することが社会にとってプラスになる」とは考えていませんよ。「疑似科学はケシカラン。排除すべき。でも、創造科学は科学だから学校で教えるべき」という具合。


>> でも、一部の人は、これを機会に少しは科学についてものを考えるでしょう。そういうメールも受け取っています。
>「誰にも」というのを「本当に一人も」と解釈してあれこれこだわるのは、小学生の喧嘩のようなもので辞めた方がいいと思うけどね。

それはそれとして、「誰にも何の効果ももたらさないだろう」というのは誤りですよね。ご自分の誤りを指摘されて、「小学生の喧嘩のようなもので辞めた方がいい」などと逃げるのは不誠実です。「マジレス希望ならコメント欄に来い」って言ったでしょう。だからマジレスしているのです。


>なんかますますあなたの発言には煽りの要素しかなくなってきたね。

それなんてブーメラン?


>水伝ビジネスがあって水伝があるのではなく、水伝が幸か不幸かヒットしてしまったがために水伝ビジネスが生まれたわけで。

由来によって、「疑似科学」かそうでないのか区別されるわけですか?たとえば「水伝の教祖様」が昔書いた本が「再発見」されて、水伝ビジネスが先だったことが明らかになったら、そのとたんに水伝は疑似科学になるのですか?その判断基準はおかしいですよ。


>人々が創造科学を支持しているのは「キリスト教の宗教的部分」に対する支持であって、「創造科学の宗教的な部分」に対する支持ではない。

しかし、キリスト教徒の宗教的部分を支持している人でも、創造科学を支持していない人はいくらでもいますよね。感謝の言葉の大切さを「信仰」している人でも、水伝を支持していない人がいくらでもいるのと構図は同じです。疑似科学批判者は感謝の言葉の大事さを批判していません。

genbgenb 2009/01/22 20:58 titton さんの意見をまとめてしました。

(1)「水からの伝言(以下水伝と記載)」は(少なくとも最近の水伝は)科学を自称していない。科学でないと明言さえしている。
(2)疑似科学なのかただの宗教なのかはその主張の中核部分がどこにあるかを見て判断しなければならない。(
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119#c1232365702 )
(3)Natromさんの発言『「ありがとうという言葉で氷の結晶の形が変わる」という主張は、水伝の本質的な部分だと私は思います。』には同意する。( http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119#c1232547082 )
(4)疑似科学批判は「科学的な疑似科学批判」と「政治的な疑似科学批判」の2つの側面がある。( http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119#c1232547082 )
(4−a)科学的な疑似科学批判
その疑似科学について科学的に見た場合どのような点に誤りや不備があるかのみを指摘する。実験方法に問題があるとか、検証が不十分だとか、再現性がないとか、見落としている点があるとか、理論の組み立てに誤りがあるとか。あくまで不備の指摘のみでありそれらについて価値判断は一切行わない。デタラメな実験や未検証な段階で一般大衆に公表するのは「よくない」とか、まっとうな科学にとって「迷惑だ」とか、そういう価値判断の伴う批判は避ける。( http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119#c1232547082 )
(4−b)政治的な疑似科学批判
社会にとって有益か有害かという価値判断を行い、有害なものを排除するための批判。このような疑似科学が社会にはびこると社会にとってマイナスであるとか、人々が科学的な考え方ができなくなって科学の衰退を招くとか、創造科学に授業時間を取られると科学教育に当てられる時間が減り教育水準が下がるとか。こういった「どうすればよりよい社会になるか」と言う視点からの批判。( http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119#c1232547082 )
(5)政治的な批判であれば「科学的に間違っている説を流布するのはけしからん」「科学を装っているのはけしからん」という単純な判断ではダメ。( http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119#c1232547082 )
(6)疑似科学批判の実態は「人々が疑似科学にハマるのを防ぐ」と述べているように、政治的な目的で行われている。( http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119#c1232547082 )

梨 2009/01/22 21:35 おそらく揚げ足取りととるでしょうが一言。
>「環境問題のウソ」の武田邦彦教授なども、彼自身の主張はかなりむちゃくちゃな点が多いが、それをきっかけにそれまで無批判だった環境問題を批判的な目で見る流れが起きたのは、彼の功績といえる。社会を動かすには「必要なウソ」も必要だというのが俺の考え方。

「環境問題のウソ」は池田清彦氏の著作ですよ。それと結果的に批判的な目で見る流れができてよかったとおっしゃいますが、ただ批判的であるだけではなく事実に基づき論理的でなければ批判として無意味ですよね。そういった批判を知っておいででしたら教えていただけないでしょうか。

genbgenb 2009/01/22 22:19 titton さん、質問をしてもよろしいでしょうか。
いかに書く括弧書きの数字は「http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119#c1232625517」で書かせていただいた内容に対応しています。

【質問1】
titton さんの意見(1)に関してはすでに反論がNatromさんからあがっております。確かに「科学ではない」という言説も著者が行っていますが、本の内容が書き換えられたわけでも関連会社のサイトでも記載も変わっていません。科学を標榜していると言えるのではないかと思えます。
「水伝は科学を自称していない」はまだ持論としてお持ちでしょうか。それとも撤回されますでしょうか。

【質問2】
titton さんの意見(2)と(3)に関して。「氷の結晶が変わる」の主張は水伝の本質的な部分であり「間違っているかどうか」を科学的に検証可能な命題です。この命題に関して(水伝全般ではなくこの命題に関して)科学的手法や理論で成否を判断する事に関してはどのように判断されますでしょうか。

【質問3】
科学的に検証可能な命題を本質に持ち、またその命題が間違っていると科学的な検証の結果判断された場合。間違っていることが指摘されてもなお訂正する事無く同じ主張を続けるものは「疑似科学」でしょうか。ただの宗教なのでしょうか。

【質問4】
疑似科学を批判する場合に(4−a)だけではなく(4−b)も行う必要がありますか? またそれはどういった理由ですか。
(「必要か?」が質問内容です。ベターかどうかじゃなくてマストかどうか。)

【質問5】
疑似科学批判の実態が「人々が疑似科学にハマるのを防ぐ」ためだったとして(4−a)だけではなく(4−b)も行う必要がありますか? またそれはどういった理由ですか。
(「必要か?」が質問内容です。ベターかどうかじゃなくてマストかどうか。)

【質問6】
水伝の批判は様々な確度から行われており、「水伝が嘘である事により社会においてどのように有害か」ということも指摘されています( http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/md/class.html#2 )。このような科学的な面からも社会的な面からも指摘があれば問題ないとお考えですか。

【質問7】
(5)に関してですが「科学的に間違っている説を科学的に正しいと偽って流布すること」は騙される人を作ることになります。刑事罰を与えるほどの罪ではないかもしれませんが、一般的にこの社会で多くの人が共有している倫理観としてはそのような詐称は悪とされます。また科学者に対しての冒涜でもあります。それでもそのような批判は「ダメ」なのでしょうか。

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2009/01/23 00:14 宗教と科学を動機(あるいは目的)でわけるのは無理だという指摘はtittonにとってやっぱりクリティカルだったかにゃ?
ああ、それと、自然科学は自由民主主義政体における意思決定の原理として公的な性格があるので、疑似科学の跋扈そのものが市民社会における理性的な合意形成を阻害する要因だにゃ。疑似科学は科学の寄生者なのよ。
このあたりについて詳しくは
http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20081126/1227653451

サルガッソーサルガッソー 2009/01/23 11:33 俺にはid:tittonは「目的が正しければ間違った手段を使っても許される。」と言っているようにしか思えなくて、結局はそこの部分が決定的にかみ合っていないだけだと思う。

ナナシーナナシー 2009/01/23 16:42 一番の対立点は「水伝は科学を語っているかいないか?」ではないでしょうか?
titton氏は「科学とは言っていないと言っていますが、江本氏は「水は心の鏡だという。撮影者の意識が働いてきれいなものになるということはある。それは別に非科学的ではないと思う。」と言っているのだから、水伝の本質的な部分である「水は言葉を理解する」と言うのは科学的検討が可能な命題でしょう。そしてそれは否定されていますね。

ちょちょんまげちょちょんまげ 2009/01/23 17:04 NATROMさん、場所をお借りいたします。

>titton さん
横から失礼いたします。

>水伝ビジネスがあって水伝があるのではなく、水伝が幸か不幸かヒットしてしまったがために水伝ビジネスが生まれたわけで。

以下、Wikiからの記述ですが、

1986年に株式会社I.H.M.を設立1986年に株式会社I.H.M.を設立。アメリカで鳴磁場分析器や磁場共鳴分析装置といった波動測定器に出会い、そこから彼の現在の水の研究が始まった。
『波動時代への序幕 秘められた数値への挑戦』 サンロード、1992年
『波動の人間学』 ビジネス社、1994年
『波動の真理 人間・地球・自然の未来のために』 PHP研究所、1994年
『波動と水と生命と 意識革命で未来が見える』  PHP研究所、1995年
『波動革命 "新たな科学思考"が人類と地球を救う』 PHP研究所、1995年
『波動の幸福論 最先端科学が生み出す新しい哲学』 PHP研究所、1996年
『波動学のすすめ 新世紀思考への意識革命』 PHP研究所、1996年
『波動とは何か 科学と心の共鳴エネルギー』 PHP研究所、1996年
#『甦る潜在記憶 新しい自分を求めて』 PHP研究所、1997年
『水からの伝言 世界初!!水の氷結結晶写真集 今日も水にありがとう』 波動教育社、1999年

確かに「水伝ビジネス」は「水伝後」かもしれませんが、どう見ても、そもそも「水伝」自体が江本氏の「波動ビジネス」の一環です。
ですから、「波動ビジネス」があって、「水伝」があるのですよ。

それから、「水伝」を信じている人は江本が言う「結晶の再現性」をある程度信用しているから「水伝」を信じているのであって、「感謝の言葉が大事」という教義だけではそもそも「宗教」にならないでしょう?

tittontitton 2009/01/24 00:32 NATROM さんへ

> tittonさんには「根拠の整備が必要」ですよ。

不備に見える部分は個別に指摘すればんじゃないの?それをせずにおおざっぱに根拠が不足だ、というのでは議論にならないだろう。

> 「ありがとうという言葉で氷の結晶の形が変わる」という科学的に検証可能な主張が水伝の本質的な部分であることには同意いただけたはずですよね?

同意しているのは水伝が「ありがとうという言葉で結晶の形が変わる」と言う部分であって、その主張が「科学的に検証可能なもの」だとは言っていないのだが。それを"科学としてみた場合に"どうなのかを科学が批判するのは自由だといっている。しかし水伝の主張が科学ではないのだから、宗教的な主張としてみた場合については科学は何も語れないといっている。前回も同じようなことを説明したつもりなのだけどね。

たとえば神社の境内にいたずら書きをしたら帰り道に石につまずいて転んだとする。それを科学として検証すれば両者に何の因果関係もない偶然の出来事ということになる。しかし人はそれを「罰があったのだ、神様はちゃんと見ているのだから悪いことをしてはいけない、正しく生きなければならない」と考える。それが宗教や道徳なわけだよ。


> ID論は疑似科学ですか?

質問の意図がよく分からないが、疑似科学じゃないの?宗教的要素の強弱のことをいってるのかな?もちろん宗教的な要素が弱い疑似科学も当然だろうだろうし、強い疑似科学もあるだろう。そして強い疑似科学はそれ自体が宗教的思想を持つものと、他の宗教に間借りしているものがあり、それ自体が宗教的思想を持つならそれはもはや宗教であって疑似科学に分類すべきものではないだろう。他の宗教に間借りしているものはそれ自体は宗教的思想を持たないのだから宗教ではなく疑似科学だろう。そういう話をしてるのだが。

人が宗教に求めるのは価値観や生き方の示唆であり、そういうものを求めて人々が疑似科学を支持しているのならそれは宗教として支持している。それについて科学的にどうこういったところで信者は意に介さないだろう。

一方そうでない場合は他の目的で人々はその疑似科学を支持しているわけだ。創造科学ならそれは自分が信じる宗教(キリスト教)をバックアップしてくれるというメリットでそれを支持しているのだと思うよ。創造科学が提供する価値観や人の生き方に感銘を受けて支持しているわけではない。だからもしそのメリットがなくなり役立たずだと分かれば人々は離反するだろう。もちろん宗教が提供する価値観や生き方の示唆が役立たずだと証明されれば、それはそれで人々はそれを支持するメリットがなくなり離反するだろうけれど、その証明は難しいから無理だろう。

宗教とは何の関係もない疑似科学も、あたりまえだが、存在する。それを支持する理由は様々だろうけれど、たとえば学問的な面白さとかがあるだろう。そういう理由で支持している人々は「理屈」の組み立てに興味があるのだから、科学の視点でその欠点などを指摘すれば興味を示すことは期待できる。疑似科学を放棄するに至るかは定かではないが、聞く耳ぐらいは持ってくれるだろう。

またその人があまりにも疑似科学に多くのエネルギーを注いできたために、その人の人生の多くの部分を疑似科学が占める状態になっている場合、疑似科学を否定することはその人の人生を否定することに等しいわけで、理屈を説くことで転向させることが難しい。あなたのいう「ハマってしまった人を救い出すのは難しい」というのはこれに当たる。このタイプの人たちを本当に足を洗わせるためには疑似科学を取り上げるだけではダメで、その穴埋めとなる生き甲斐を提供してあげなければならない。

疑似科学よりももっと夢中になる事を見つければ疑似科学などどうでもよくなるだろう。しかしそんな他人の人生の面倒まで赤の他人がみることは無理だから、結果的にそういう人を言葉だけ説得するのは不可能だということになる。ハマってしまった人が考え方を変えないのは「馬鹿だから」ではない(取り返しのつかない判断をしたという意味では馬鹿かもしれないけれど)。

このように人々が疑似科学を支持するにはそれぞれ理由があるのだから、一括りにして疑似科学信者という見方をしていてはその本質にたどり着くことができず的確な対処をすることができない。

> ですので、『「科学としての批判」をそのまま安易に「社会悪としての批判」に結びつける疑似科学批判者』は、架空の藁人形だ、と指摘しています。

ではあなた自身がどういう根拠で疑似科学を「社会悪として批判」しているのか、示して見せてよ。あなたは安易に結びつけていないというのだから、それなりに説得力のある根拠を持っているんだよね?

> どういう基準で「本質」が宗教的なのかそうでないのか判断しているのですか?』という質問に答えがないですね。

何度も答えていると思うが。その思想自体が宗教的な価値観や人の生き方の示唆を提供し、人々がそういうものを理由にその思想を支持しているならば、それは宗教的面が本質だと。それに対してあなたはどうやら反論として創造科学を出しているようだけど、(キリスト教のものではなく)創造科学それ自体がそういうものを支持者に提供してるの?愛とか争いごととか突然襲ってきた不幸とかそういうものをどう受け入れるべきか、正しく生きるとはどういうことなのか、道徳観はどうなのか、これはらを創造科学はどのように説いているのか。

もしそれなりのものがあり、人々が創造科学のそういう思想部分に引かれて支持をしているのであれば、創造科学も宗教に分類されるべきだろうね。それはそれでいいと思うよ。もちろん宗教である創造科学が科学と学校の授業時間を取り合っていいかは別な問題だが。あなたは疑似科学だと悪で疑似科学ではないと悪ではない(少なくとも簡単には悪と断罪できない)と考えているから、その思想の本質部分が疑似科学なのか宗教なのか見極められない。というか見極めようとしない。疑似科学ではなくて宗教や思想に分類すると簡単には批判できないと考えているからだ。自分でも言っているよね、思想批判には立ち入りたくない、と。

しかしそのために返って物事の本質から目を背ける事になってしまっている。宗教でも思想でも疑似科学でも、社会にとって有害なら批判し排除しなければならない。特定の宗教や思想を社会から排除するという重大な行為をするのだから、それは正攻法で行わなければならない。本質的でない疑似科学の側面を誇張し疑似科学として排除するのは正攻法ではない。

> 疑似科学がはびこらなければいいだけで、別に「排除」「根絶」は目指していませんが。

はびこるのを防止するというのは排除することだろうに。ちんけな言葉遊びにしか見えない。それともこれらに本質的な違いがあるというの?それならあなたはどのように考えているのか説明してくれ。

> 「そういう部分の論理武装」は不要だと思いますけどね。

それは暗に論理武装ができてないことを認めているわけだね?安易に社会悪と結びつけてはいないというあなたのこれまでの主張と矛盾するじゃないか。語るに落ちるとはこのこと。安易に結びつけているが、それを改める必要性を今のところ感じていない、というのが本音なわけだ。

> 私の意図が伝わっていないようなのではっきり言いましょう。

あなたの意図は了解しているつもりだよ。ただしそれを正しいと思ってないだけだ。安易な批判などこの世にない。tittonは幻と戦っているというならば、まずあなたが安易でないところを見せてもらいたいものだ。あなたはどうして疑似科学は社会から排除されなければならないと考えるのか。

> 「ゲーム脳」のような稚拙なやり方でなくても社会を動かすことは可能だろうと思いますが。

結果としてゲーム脳が社会を動かすきっかけになったし、それ以前はあまり注目されなかった。これは多くのことに当てはまると思うよ。怪しげな説、デマや俗説がはびこり、それによって社会不安が生じるから、きちんとした信頼性の高い研究が求められるようになる。

> それに、「ウソはいずれバレて訂正されるはず」という健全な社会の機能を疑似科学批判者が行っているのですよ。

だから純粋に科学的な批判はどんどんすべきだと言ってるつもりだが。たとえばある人が科学的に間違いだととっくに証明されている事柄について、そういう経緯を知らずに独自に再発見して疑問を口にしたとする。血液型でも占星術でもいい。あるいは満月の時は事故が多いとかでもいい。それについて既に検証済みの科学的事実を示し間違いだと指摘するのは良いことだ。大いにやるべき。

しかし最近の疑似科学批判はそういう方向ではない。そんなとっくに否定済みのことをろくに調べもせずに口にするな、と言う乱暴な批判が多い。つまり無知な人間は無知でなくなるまで発言するなと言う方向だ。他ならぬあなたも俺に対して「無知だ」から始まっているよね。この議論の中でも何度となくあなたはそういっている。ちゃんと勉強してから来い、と。そういう批判の仕方は疑問を持つこと自体を否定するもので健全な批判ではない。したがって健全性を阻害しているのはあなたの方だ。

> 「馬鹿は騙されたり判断を誤ったりする社会の方が健全だ」という思想ですな。

騙されなければ、どうすれば騙されなくなるかを学ぶことはできないだろうに。馬鹿でも騙されない社会を作ると言うことは、賢くなる機会を奪っているわけで、それこそが不健全だと思うね。

水伝についても、たとえば生徒が夏休みの研究の材料として水伝を選び、水伝の主張を支持する実験結果を提出した出来事があったと思う。それをそのまま放置するのは教育上好ましくないのはいうまでもないが、学校で水伝を教えないようにすればそれで問題は解決するのか?科学的な論証とはどういうものなのかをその生徒が理解していない点が問題の本質なのであって、水伝を教えなければその生徒が正しい科学的な考え方が身につくものではない。むしろその実験のどこに問題があったかを指導すべきだろう。

科学として本当に大事なのは科学的なものの考え方であって、科学的知識の方ではないはず。知識ならば暗記させればいいが、考え方というのは試行錯誤させなければ身につかない。そういう意味で騙されることは必要だといっている。

> 「すべての人間が科学的に正しい考え方だけしかすべきでない」というのが架空の藁人形。

ならば「科学的でない」という理由で他人の言動を叩くのはおかしいだろう。科学的な知識がないと言う理由も同じ。あなたは二言目には俺に対して「無知だ」と言っているよね。無知かどうかは別として、俺が無知だったらどうなのさ?もっと勉強して出直してこいということなのだろう?それは科学に無知な人間はネットで発言をするなと言うことではないの?それはネットで発言する人間はすべて科学の知識を身につけるべきだ、と言っていることと同じに聞こえるのだけどね。違うの?

> 程度問題です。少しでも多くの人が科学的に正しい考え方をできるようになればいいなあ、と思っていますが、すべてって無理でしょ。

あなたはそういう表現の話問題にするのが好きだね。まるで2chで煽り合いをしているようなものだ。「すべて〜べきだ」でも「なるべく〜なればいいな」でも質的にも結果的にも変わらないと思うよ。限界点が示されてないのだからね。限りなく続けていけば最終的には完全な排除に到達する。あなたはそれでもいいと考えているのだろう?俺はそう考えない。これまで述べてきたような理由から疑似科学は社会に一定の割合存在すべきだと積極的に考えている。

その割合とは科学の発展の足を引っ張るまでにならない範囲でその最大の点だ。これは実際にやってみなければ分からないわけで、その意味で現在よりも疑似科学は増えた方がいいとさえ思っている。よく疑似科学をがはびこると科学的なものの考え方ができなくなる人が増えて、科学の進歩の妨げになるという話をする人がいるけれど、少なくとも現状程度ではそうなっているとは思えない。むしろ疑似科学は科学にとってプラスになるとさえ思う。科学的に物を考えられない人は疑似科学があろうがなかろうが考えられないのであって、疑似科学の責任ではない。さすがに科学の授業時間を削ってその分創造科学を教えろというのは、反対しなければならないが。

> 「少なくとも最近の水伝は科学を自称していない、だから水伝は疑似科学ではないそうだ」という主張が、いつのまにか、「水伝の支持者の動機が宗教的か否かで判断すべき」に変わっちゃいましたけど?

それはあなたの考えの底が浅く言葉の表面だけしか見ていないから、そういう早とちりをするのだろう。あなた側に問題がある。ずいぶん前に説明したと思うけどね。水伝の教祖様が水伝は科学をでないと発言したのは事実でなわけで、それは水伝にとって「水伝は科学である」と主張する必要がなくなった事を意味する。それは水伝の宗教的な魅力だけで支持者を引きつけられるということ。

教祖様がいつどこで何回「科学である」と言ったとか「科学でない」と言ったとかを論じることに意味があるのか?言質をとったり個々の言葉尻にこだわっても不毛なだけで何も得るものはないと思うよ。人はそれほど一貫した言動はしないものだ。科学の世界ではそれは困るが、ここは科学の世界ではないのだから。

一貫した言動を期待できないのであれば何を重視すべきか。それはその発言の意図や背景であり、それは個々の言葉ほどはブレないものだ。上述のように「科学でない」という発言は科学としてみられることを水伝は重視していないということ。枝葉末節よりもそういうものを読み取るべき。

> 動機が重要なら初めからそう言えばいいのに。後出しジャンケン。しかもそれでも負けてる。

上述のように「科学的でない」発言と「動機が重要」はちゃんとつながっていることだ。話の途中であなたは狭い範囲の事だけを見て、それだけがすべてだと早とちりしたわけだよ。話の途中で割り込むことを悪いとは言わない。そういうことは必要だと思うからね。しかしそれで早とちりをしたにもかかわらず自分を省みず、なお相手が途中で話をすり替えていると強弁するのはいかがなものかと。

それはそれとして、あなたは他にも「無知」と言うことを連発しているよね。それらについてはどうなのかな。「少なくとも〜」で全部帳消しにするつもりなのだろうか。これも個別の「無知」発言がどうこうというよりも、むしろこれだけ連発する傾向がある点の方が重要な気がするけどね。何でもかんでも相手を無知呼ばわりして手っ取り早く安直に処理しようとする傾向を読み取るべきだろう。あなたは自分で思っているよりも遙かに安直に物事を処理しようとする傾向があると思うよ。

> 「疑似科学はケシカラン。排除すべき。でも、創造科学は科学だから学校で教えるべき」という具合。

それは呼び方の問題に過ぎない。批判者が疑似科学と呼んでいる同じものを創造科学は科学と呼んでいるだけのことだ。モノは同じ。それにしてもどうしてこう表現とか呼び方とか表面的な部分だけの反論するのだろうか。馬鹿な疑似科学論者とばかり議論してたから馬鹿な議論のスタイルが感染しちゃったんじゃない?(笑)。

> 「小学生の喧嘩のようなもので辞めた方がいい」などと逃げるのは不誠実です。

あのね、多くの人はあなたが考えるような、あなたにとっての正確な意味では日本語の言葉を使わないわけだよ。あなた自身が正確な表現に努めるのは自由だけれど、他人の言葉にもそれを勝手に適用して、その都度「不正確な表現だ」と突っかかることに意味があるのか。それともあなたは(あなたの考える)正しい日本語の普及も推進しているのだろうか。疑似科学の話と正しい日本語の推進運動を同時にやったら、どちらも中途半端になると思うけどね。

それともあなたルールの日本語の作法を受け入れない人とは、あなたは議論できないのだろうか。それは常識に欠けると思うよ。言葉というのは使う人によって微妙に違うのだ。それゆえ文章の前後や全体をと考えて、この人はこの言葉をこういう意味で使っているのだと推測しながら理解事が必要になる。それが読解力だ。ちょっとでも自分の使い方と違うからといって「誤りだ」とするのはそういう能力が欠如していると思われても仕方ない。

> 由来によって、「疑似科学」かそうでないのか区別されるわけですか?

由来ではなくどちらが中心なのかという話の傍証として水伝の成長がどういう経緯をたどったか話をしているのだが。あくまでも現状がどうか?という話であって、由来で区別すべきだという主張ではない。その短絡的な思考は何とかならないものだろうか。

> たとえば「水伝の教祖様」が昔書いた本が「再発見」されて、水伝ビジネスが先だったことが明らかになったら

その場合、間に断絶があるのだから判断に変化はないと思うけどね。もちろん断絶などないとか、いやそのほかにも断絶があるとかは、それはそれで研究のテーマになるかもしれないが。

> しかし、キリスト教徒の宗教的部分を支持している人でも、創造科学を支持していない人はいくらでもいますよね。

ものわかりが悪いな〜。だからこそ創造科学を支持している人は(キリスト教の)宗教的部分を支持しているのではなくて、他の目的(キリスト教の勢力拡大とか)のために支持しているのだ、と言う話をしているのだが。

> 感謝の言葉の大切さを「信仰」している人でも、水伝を支持していない人がいくらでもいるのと構図は同じです。

なんという乱暴な理屈。キリスト教を支持していない人(たとえばイスラム教徒)の存在をもってキリスト教は疑似科学だというような粗雑な組み立てだと思うよ。

A_lie_sunA_lie_sun 2009/01/24 03:01 こんばんは、皆様。
突っ込みを入れさせて頂きに来ました。

・不足ではなく整備なのだが、日本語が読めないようだ。tittonさんの論理展開が破綻しているので根拠を整理して論理を組み立てなおした方が良いですよという忠告の理解からして破綻しているのでは当然か。

・「ありがとうという言葉で結晶の形が変わる」をやってみるのが科学的な検証。実行可能。

・「水伝の主張が科学ではない」の根拠は既に破綻している。

・「神社の境内にいたずら書きをして帰ると必ず石に躓いて転ぶ。転びたくなければお賽銭を投げなければならない」がニセ科学。「必ずは転ばないけど、そもそもいたずら書きは駄目だね。お賽銭は必ずしも必要なく、素直に神主さんに謝るのが本筋だよね」がニセ科学批判。

・「神社にいたずら書きをして帰ると、神様が罰を当てて転ぶからやめよう教」は、神道に間借りしているから疑似科学になるんじゃないの? この辺が『根拠を整理した方が良い』と指摘される所以。

・「信者は意に介さないだろう」ってかつてガリレオはキリスト教から排斥されてしまいましたがな。

・キリスト教の提供する価値観や人の生き方を絶対視する原理主義(=感銘を受け過ぎ、熱烈に支持し過ぎ状態)だから想像科学を支持している。
・創造科学のメリットが無くなる=キリスト教原理のメリットが無くなる=原理主義だから認めないし離反もしないし離反したら原理主義ではない

・「当たり前に存在する宗教とは何の関係もないニセ科学」って何だろう? tittonさんは知ってるみたいだがきっと他には誰も知らないんだろうなあ。

・「学問的な面白さとかがある疑似科学」という自説に有利な虚像を用意して話を進めるのは詭弁。
・詭弁を基点に長々と書いてもそれはtittonさんの妄想・脳内世界の事でしかない。

・『詐欺の被害実態を生み出しているから』等の「科学としての批判以外の根拠」は何度も示されている。今更「科学以外の批判根拠を示せ」というのはtittonさんの理解力か記憶力の乏しさを示す。

> どういう基準で「本質」が宗教的なのかそうでないのか判断しているのですか?』という質問に答えがないですね。

・宗教的な原理主義が本質である創造科学を宗教とは無関係だと言ってしまうtittonさんが有する『「本質」が宗教的なのかそうでないのかの判断基準』の妥当性には疑問符を付けざるを得ない。

・疑似科学はSFを含む概念なので、疑似科学=悪だと言っている人間はまずいない。NATROMさんも同じ。
・『疑似科学ではないなら悪ではない』なんて誰が語っただろうか? 少なくとも現実には存在しなさそう。

・創造科学がキリスト教原理主義であるという明白過ぎる本質が見えないtittonさんが本質を語るのを見ていると臍が茶を沸かすので是非止めて頂きたい。

・カビがはびこるのを防止する≠カビ菌の完全滅菌。清潔でカビがはびこらない状態を保てばそれでよし。
・カビがはびこらない状態を保つのを排除というならそれはそうかもしれないが、少なくとも根絶ではない。
・tittonさんは排除を根絶の意味で使っているとしか思えないので、ここらではっきりして欲しい。

・『【tittonさんの意見に賛同する人がほとんどいない現在では】、そういう部分の論理武装」は不要だと思いますけどね』の【tittonさんの意見に賛同する人がほとんどいない現在では】が読めずに、『それは暗に論理武装ができてないことを認めているわけだね?』等とするのは為にする反論以外の何物でもない。

・tittonさんは『勢力を拡大する為の論理武装』の話がが何故『安易に社会悪と結びつけてはいないというあなたのこれまでの主張と矛盾する』のか、論理武装した方が良いのではないかと思う。

・『「単純な思考で行われた疑似科学批判」って、架空の藁人形なんじゃないですか』という意図をはっきりさせた部分に対して、
『安易な批判などこの世にない。tittonは幻と戦っているというならば、まずあなたが安易でないところを見せてもらいたいものだ。』って、全く話が噛み合ってない。

・『結果としてゲーム脳が社会を動かすきっかけになった』って、ゲーム脳はゲームに対する偏見を生んだだけだからtittonさんの言う「社会を良くするきっかけになるウソ」とは確実に違うし、それ以前は何に注目されていなかったのかがさっぱり不明な分。

・『ゲーム脳が社会を動かす前にはそれ以前はあまり注目されていなかったもの』って何だろう? 日本語が不足していてさっぱり分からない。

・『怪しげな説、デマや俗説がはびこり、それによって社会不安が生じるから、きちんとした信頼性の高い研究が求められるようになる。』って続いてるから、多分脳に関する研究の事なんだろうけど、それならゲーム脳以前にきちんとした信頼性の高い研究は成されているし、社会不安の要請で信頼性の高い脳に関する研究が始まったなんて話も聞かない。誰かご存知?

・最近の疑似科学批判批判は、科学もニセ科学も調べもせずに批判するなという乱暴な批判批判批判なのは、実際にそれをやっている私が認めるが、類似の事をニセ科学批判でやった事は私は無いし、そんな事例も知らない。
tittonさんは自分のニセ科学批判批判への批判批判批判と、ニセ科学批判を区別できてないんじゃないだろうか?
・上記の混同を元に、だから最近のニセ科学批判は健全ではない、と言っても前提が混同により破綻しているのでtittonさんの『どうだ批判してやったぞ』という自己満足にしかならない。

・騙されなくても、過去事例や想像力を元に学ぶ事は出来る。tittonさんがKYとかヒヤリハットとかリスクアセスメント等に出会ったら相当なカルチャーショックを受けるに違いない。それともそんな物は無意味だと批判して回るのだろうか。

・水伝が発生する前は水伝を知らなかったのに、水伝を教えられずとも批判できている科学者の存在から考えると、教えるべきは水伝ではなく科学である事は自明なのだが、tittonさんには分からないらしい。

・tittonさんの理屈で言えば、この世に存在する科学者は軒並みニセ科学に騙された事が有るという事になる。彼は一体何を批判しに来たのであったろうか? 実に笑える話である。

……これだけ突っ込み居れてもまだ途中で、さらに突っ込み所が満載という凄まじさ。
そろそろ正面から相手をする必要も無いのではないかなと思います。

totsuantotsuan 2009/01/24 08:22 コメントの一部始終を拝見しておりますが、正直、途中からきちんと読むのに辟易しております(※”それは御前の勝手”と言うツッコミは甘んじてお受けします)。どう考えてもこれは”議論”といえるものじゃないと考えます。

特にtittonさんの文章内容や話の方向性が全体的に無茶苦茶に感じます。それにお付き合いしている方々は皆さんすごいと思いますが、その意見すらもはや私には読解困難です。そんな気がしているのは私だけですか?そもそもこのエントリについて議論するのに宗教なんか殆ど関係ないと思うんですけど。
ただあるのは、”「水伝」が「まだ科学的に証明していない現象」を「科学的に再現可能」と偽って(=関連グッズの量産販売等がその証拠)、自分達の主張に「架空の権威付け」と「神秘性」を付加させようとしている”と言う一点だけで、それを「似非科学」というこれまた曖昧な概念の枠にはめようとするから混乱するのではないでしょうか?単純に「当現象が再現可能か否か」を実際に突き詰めれば、後は詐欺罪で訴えるなりすればそれで済むように思われますがいかがでしょうか?それに、彼らがHPや著書などで用いている「科学する」と言う表現が”科学した”という事実ではなく”現在行っている途中”という意味だという主張なのであれば、関連グッズの説明書に注意書きをつけることは法律上必須です。

>あなたルールの日本語の作法を受け入れない人とは、あなたは議論できないのだろうか。
tittonさんが終始”議論”していらっしゃるつもりだったとは意外でした。これまでの文章はどう読んでみても、上から目線での一方的な物言いにしか受け取れません。そもそも議論で使う各単語および表現の定義を統一することは、最低限のルールでしょう?それにブログ主が使っている”作法”は少なくともローカルルールでありません。それすら守らないのであれば相手との意思の疎通はできていないはずですし、そんな状態で議論をしている気になっているtittonさんは”議論”というものを誤解なさっているように思います。

”作法”の存在を知っているのにわざと無視しているtittonさんの方が常識に欠けていると思いますよ。そもそも文体そのものが失礼ですよね?それをあえて「個性」と主張なさるかも知れませんが、少なくともブログ主他の皆様と対等の立場で議論しようと考えている人がとる姿勢ではないし、そうしようとも思ってないように受け取れます。
人に常識云々を語る前に、自分の姿勢を見直すべきでしょう。

>言葉というのは使う人によって微妙に違うのだ。
>それゆえ文章の前後や全体をと考えて、・・・それが読解力だ。
>ちょっとでも自分の使い方と違うからといって「誤りだ」とするのはそういう能力が欠如していると思われても仕方ない。
>それは常識に欠けると思うよ。
そもそも自分の発言内容と相手の発言内容に齟齬を感じた時にお互いが調整を行うのが議論なのではないのですか?議論において相手に読解力を要求するような表現を用いるのは間違っていますし、そういった表現は更なる無駄な誤解を招いて議論を不毛にするだけです。しかも自分の不適当な表現を謝らずに一方的に相手のせいにするのはそれこそ”常識に欠ける”行為だと思います。
それと、”作法”の存在を知っているのにわざと無視しているtittonさんの方が常識に欠けていると思いますよ。第一、文体が相手に失礼ですよね?それをあえて「個性」と主張なさるかも知れませんが、少なくともブログ主他の皆様と対等の立場で議論しようと考えている人がとる姿勢ではないし、そうしようとも思ってないように受け取れます。
人に常識云々を語る前に、自分の姿勢を見直すべきでしょう。

tittonさんは”批判すること”そのものが高尚な行為(=だから”批判”を批判することはもっと高尚だ)だと勘違いなさっていらっしゃるようですが、文章が冗長で表現も込み入っている割には具体的に何をおっしゃりたいのかが一般人の私には分かりません。本気で自分の主張を相手に理解させたいのであれば、小中学生が読んでも分かるような簡潔な文章にすべきです。少なくともtittonさんの文章にはそういった配慮が無いように感じます。もしそういった努力もせずに”分かる人だけ分かればいい”と主張なさるのであれば、まずは己のコミュニケーション能力の拙さを反省なるべきでしょう。

乱筆乱文にて失礼致しました。

NATROMNATROM 2009/01/24 09:22 だいたいtittonさんがどういう考えを持っているのかは示せました。もういいよね?tittonさん以外に、「tittonさんの考えには一理ある」とお考えの方は、別途コメントください。kozimaさんからはお返事がないようだけど、ご納得されたのかな?

TAKESANTAKESAN 2009/01/24 12:53 今日は。

NATROMさんには、お疲れ様でした、としか申し上げようがありませんね・・。一連のやり取りで、色んな事が示されたと思います。

個人的には、kozimaさんのご意見は伺いたいですね。私も言及されたんで。

エディエディ 2009/01/24 16:21 卒論で忙しいんじゃないですか?<kozimaさん

>さて、現実逃避はこれくらいにして卒論やろ。

とありますから。逃げるのに上手い言い訳になりますね。

tittontitton 2009/01/25 11:33 もういいって、自分から文句があるなら来いといっておいて、そういう言い方はどうなのかな。まあ、あなたがもう十分だというなら俺はそれでいいけどね。

あなたは自分に賛同する人間の方が多い、と繰り返し言っているようだけどそんな考え方でいいのかね。たとえば疑似科学支持の意見の方が多数ならあなたは自分の意見の方が間違っていると考えて取り下げるのだろうか。そもそも疑似科学批判の方が多数だと思うならわざわざ疑似科学批判などしてないんじゃないの?少なくとも十分に多数だとは思わないから一生懸命疑似科学を批判しているのだろう。どちらの意見が多いとか少ないとか言い出せば待っているのは自己矛盾でしかない。

うさぎうさぎ 2009/01/25 18:27 totsuanさんの言ってる事理解できなかったのかな、titton氏。そもそも議論になってないのですよ、「多い少ない」ってのは議論以前の問題。用語法とか、理屈の建て方とか。
 その部分で殆ど誰もが顧みないような独自の方法とられたら「多数」の人間としては「こちらの用語法、こちらの文化が多数派ですよ」と言わざるを得ない。勿論、少数派から新たな思想が生まれたことはかつても多々あるが、少なくとも私はtitton氏から何かが得られる、学べるとはほんの少しも思えないな。

NATROMNATROM 2009/01/25 19:03 賛同する人間の方が多いから正しいって言っているんじゃないんですよ。tittonさんによる疑似科学批判批判が間違っていても、多くの人が賛同したなら、tittonさん批判も必要でしょう。でも、現状では不要ですよね。少なくともここのコメント欄で続ける意味はありません。tittonさんの「現状の疑似科学批判のやり方は有効でない」ってのは、ブーメランです。tittonさんが有効な疑似科学批判批判をできるようになったら、相手してあげます。

と 2009/01/26 00:24 なんだか、キクリさんを思い出します。医師は国民から支持されていない、と無条件に前提化して、その原因は医師の傲慢さのせいであるという論調で堂々巡りをしていた人。やっぱり話が通じず、荒らし扱いになってしまったようですけど。

ゆんゆん探偵ゆんゆん探偵 2009/01/26 15:58 http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1232850068#CID1232950350 そして江本氏は水伝が科学であると証明するための論文を提出した。さて、ちゃんとした再現実験の可能な内容の「科学的論文」になっているのか、お手並み拝見といったところですね。論文の内容が閲覧できるようになるのが楽しみです。

tittontitton 2009/01/26 17:08 NATROM さんへ
あなたは俺の疑似科学批判が間違っているということを多数決を使わずに示せたの?あなたは自分の方が多数だとばかりいってて、何も示せてなかったと思うけどね。示せたのなら要点をまとめたらいい。1問1答形式とかでね。そうすればあなただって何度も同じ事を言う必要がないから手間が省けるだろう。待ってるよ(笑

tittontitton 2009/01/26 17:15 もう一つ。反論者がいないから反論を考えるのは不要だという考え方がおかしい。誰もいなくても思索を深め正しい考えにたどり着くために、自分の中で常に自問自答しなければならない。今自分が考えている以外のものの見方はないのか?そちらの方がもしかしたら妥当ではないのか?とね。

野生動物から反論が来ないからといって、人間の身勝手な考えの方が正しいということにはならない。人間は野生動物の立場でも考える必要がある。あなたの「不要だ」という言葉があなたの姿勢のすべてを表していると思うよ。あなたは正しい考えにたどり着こうとはしていない。単に今進んでいる方向の邪魔になるモノがあるか無いかだけを考えている。

NATROMNATROM 2009/01/26 18:05 tittonさんの疑似科学批判批判が間違っているということは既に何度も示しました。tittonさんが理解できたかどうかは別問題ですが。反論の必要性についてですが、なるほど、自問自答が有効なこともあるでしょう。でもコメント欄でやる必要はありません。さらに言うなら、考える時間だって有限なのだから、時間を費やす価値があるものを考えたいのです。tittonさんの主張にそれだけの価値があることは示されましたか?価値があると思う人はもしかしたらいるかもしれませんが、そういう人が考えるのは自由にやってください。「今進んでいる方向の邪魔になる主張」だとしても、それなりの根拠があれば、きちんと考えます。

それに、tittonさんのほうにこそ、自問自答が必要だろうと思います。孤立無援が好きらしいですが、なぜ孤立無援なのか考えてみたほうがよいと思います。もしかして、疑似科学批判をしている連中すべてより、ご自分のほうが頭がいいとでもお考えなのでしょうか?自分は凡庸ではないと思い込みたい人には受け入れがたいことでしょうが、世の中、めったに「ユニークかつ正しい」主張はありません。

studentstudent 2009/01/27 22:18 コメント失礼します。上の議論について質問というか確認をしたいのですが、よろしいでしょうか?不要と思われましたら無視していただいて構いません。

tittonさんの主張は

1、科学それ自体は「水伝が科学的に正しくない」ことは言えるが、そのことが「社会的に悪である」ことは言えない。
2、水伝の主張は必ずしも科学的であることを必要としない主張である。
3、世の中に非科学的主張があってもいい。
4、1〜3より、科学的に誤りだという批判は水伝への部分的な批判にしかならない。
5、疑似科学批判は水伝が科学的に誤りだということのみを根拠に水伝を社会的に悪だとして排除しようとしていて、これは危険である。

ということだと思うのですが、NATROMさんご自身は上のどの部分が間違いとお考えでしょうか?(genbさんは2と5を否定としているように思いましたが。)番号だけでもよいので、お答えいただければ幸いです。

NATROMNATROM 2009/01/28 08:54 5ですね。「水伝が科学的に誤りだということのみを根拠に水伝を社会的に悪だとして排除しようとしている」というのは藁人形です。他に、疑似科学批判の効果についても間違った主張をしています。

studentstudent 2009/01/28 18:43 わかりました。お返事ありがとうございました。

genbgenb 2009/01/30 22:09 ハテナの自動トラックバックでこのエントリにすごい数のトラックバックを送ってしまいました。申し訳ありません。

torisugaritorisugari 2009/02/05 06:36 科学を“信じて”いない者たちに対して、水の伝言は科学的に云々だから〜とか言っても意味は無いですよね。それでもなお、水の伝言に関して科学的に云々〜と疑似科学批判者が言い続けるのは、科学を信じない者たちを吊るし上げる行為であって、「科学信者」による異教徒狩り的な面があるんじゃないだろーかと思いました。
小さい頃から理科を教わってきた僕らにとっては、教科書に載っている自然法則こそが神であって、それを否定するような邪教を見逃すわけには行かないんですよね。
みな表立って口には出しませんが、そういう部分が疑似科学批判の際には出てきやすいのだと思います。

全くもって通りすがりの意味の無い亀レスですが、いろいろ考えさせていただくきっかけになったのでコメントさせていただきました。
一通り読んだうえで、tittonさんの主張は決して間違ってはいないと思いました。ただ、NATROMさんとの議論の中の反論としては、少し的を外れた主張になってしまったんじゃあないでしょうか。

Pz-4Pz-4 2009/02/05 09:22 ↑周回遅れにも程がある。
使い方を知らないばかりに、結果的に科学を信じ過ぎなのは水伝信者のほうだっちゅーに。

NATROMNATROM 2009/02/05 10:34 科学を信じないのは自由です。それが批判されているんじゃないんです。科学じゃないものを科学だと詐称することを批判されているんです。tittonさんは、torisugariさんのような人に(だけ)支持されるようですね。

AH1AH1 2009/02/06 12:44 科学を信じないなら(もちろんそれは自由だが)、その科学を装おうのは如何なものでしょうかね。それとも哀れな科学教徒にも「科学でコーティングした糖衣錠」を飲ませてやろうという博愛の心?

tektek 2009/07/24 17:40 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E3%81%82%E3%81%8D%E3%82%89

第150回国会の参議院文教・科学委員会にて、質問に立った松は、江本の著書『水は語る――Water, it tells us precious things』の実験内容を詳細に語り、持参した水の結晶の写真を委員会室で回覧させ、「やはり水も言葉がわかる」……
松はさらに科学技術庁に対し「ぜひ実験してみてください」[6]と要請した。

NATROMNATROM 2009/07/24 18:04 公明党にも痛い議員がいるんですね。

2009-01-15 遺伝子工学で生産された人間豚の高級肉@阿久根市長ブログ

[]遺伝子工学で生産された人間豚の高級肉@阿久根市長ブログ 遺伝子工学で生産された人間豚の高級肉@阿久根市長ブログを含むブックマーク

■陰謀論にはまる市長(ほたるいかの書きつけ)経由のネタ。最近、「鹿児島県阿久根市の竹原信一市長がブログで市議の不人気投票を行っている」という報道があった。


■「辞めてもらいたい議員名」投票 阿久根市長自分のブログで募る(J-CASTニュース)

 2009年1月12日のブログでは、「阿久根市議会で最も辞めてもらいたい議員は?」と題して、名簿順に市議会議員15人全員の名前を挙げて投票を募っている。ユーザーは自由に投票できるほか、「全議員辞めてもらいたい」「全議員が残って欲しい」という選択肢もある。

 前日の1月11日のブログでも、「竹原信一阿久根市長を支持しますか」という自身の支持率調査や、「阿久根市議会は解散すべきだと思いますか」という議会解散の是非を問うアンケートへの投票を呼びかけている。


朝日新聞は「市長が市民の意見を聴く方法として、ただでさえ慎重さが求められるネット投票という手段を使うことに疑問を感じる。(中略)問題は非常に大きい」という法文学部教授(政治学)の談話を載せていた*1。私の最初の感想は、偏りがあることを承知の上でなら、ネット上でアンケートを取るのは別にかまわないと思った。この件に関してはいろんな意見があるだろうが、それはそれとして、この竹原信一市長のブログ(さるさる日記 - 阿久根時事報)、たいそうに面白い。FSMさんが指摘するように、「アンチ・ロスチャイルド」「リチャード・コシミズ」などの陰謀論系へのリンクが張ってあるのだ。さっそく過去ログをざっと読んでみたよ。強調は引用者による。どこもかしこも強調したかったけど我慢したよ。



「リチャード・コシミズ」の本を読んでもらいたい

■2007/01/12 (金) 堕ち続けている(さるさる日記 - 阿久根時事報)

無知が罪を助長する。 

 日本人の多くは北朝鮮人が独裁者に騙され洗脳されていると知っている。

しかし、自分達も全く同じ状態であることがまるでわかっていない。

国民の多くが、無知に安住している事で世界中に迷惑をかけ、同時に自分たち自身も滅亡へとひた走っているのである。


ブックセンター書林へ行って「リチャード・コシミズ」の本を読んでもらいたい。買ってもらいたい。その中身を多くの人に知らせて欲しい。 多くの人が知らなければはじまらない。世界と日本の真実を知れば阿久根は自分達で変える事が出来る。

知って、阿久根市民が阿久根市を変えなければいけない。

リンクしてあるだけなら、「いろんな議論が起こっている9.11について、参考にという意味合いです」などと言い訳もできるが、明らかにリチャード・コシミズの本を読め、買えと推奨している。コシミズ氏の本に世界と日本の真実が書いてるとお考えなのだろう。



特別な遺伝子がある支配者層に人類は飼われている

■2007/11/27 (火) 合法的蓄財の手口(さるさる日記 - 阿久根時事報)

 人が身を捨ててでも人類の為に何かをしなければならないという衝動はプログラムの混乱によるものではない。例えばミツバチが刺せば自分自身が死ぬ事が決まっていても巣を守る為に戦う。 これはミツバチ種が持つプログラムのひとつと考える事ができる。個々のミツバチはあたりまえに巣全体のために生まれ、死ぬ事ができる。

ほとんどの人はこうしたあたりまえの事ができなくなっている。何らかの環境ホルモンが人類という種のプログラムを破壊してしまったと見ることはできるだろう。


 もうひとつの見方がある。人類が別の種に飼われているという視点だ。人がミツバチを巣ごと飼う様に人類を丸ごと飼育している存在があるという見方だ。


 世界のお金システムを掌握しているのがロックフェラー・ロスチャイルドグループである事を私達は知っている。彼等が戦争を作ってきたこともわかっている。世界の人口を1/3にする計画を実行している事も判明した。


 いわゆる先進国では彼等の思惑どうりに自己規制する人間ばかりの社会になっている。


 このように人類を家畜のごとく扱う世界の支配者層には特別な遺伝子があると見ることができる。


わたしはロックフェラーグループが遺伝子収集の目的で日本人の女性を探しているという話を増田俊男氏から聞いた。彼は人工的精神操作まで受けているロックフェラーの手先であり、その世界の事に詳しい。口が軽いので親分の秘密まで時々漏らしてしまう。

人間は、「自分自身が死ぬ事が決まっていても巣を守る為に戦う」ような当たり前のことができなくなっているそうだ。「何らかの環境ホルモンが人類という種のプログラムを破壊してしまった」可能性があると。まあ人間はミツバチじゃないからねえ。ここまででもかなり味わい深いのだが、陰謀論とリンクすると、さらに深みが増す。人類を家畜のごとく扱う世界の支配者層が人類を飼っているのですよ。口が軽いので親分の秘密まで時々漏らしてしまう人工的精神操作もいい感じ。



遺伝子工学で生産された「人間豚」がレストランの高級ステーキ用として販売されている

■2007/07/10 (火) 人格異常者達が支配する地球1(さるさる日記 - 阿久根時事報)

中国では警察関係組織が逮捕した人間の臓器を販売して利益をあげている。

地球上にはカネの為に何でもやる種類の者たちが本当に居る、そしてそのカネを背景に政治家や会社社長など指導的立場を獲得している。


飲血、食人など、彼らの一部がやる事を見ればその目的はカネの為ばかりではない。彼らは極めて特異な衝動を持っている。


 「自由からの逃走」などを著した心理学者エーリッヒフロムが「人間の死に異常な喜びを感じる種類の人間が存在する。このような者が社会的地位を獲得しないように心理テストを課すべき」と提唱したことがある。

 この提案は無視された。結果、この世はある種の人格異常者達が操作しているようだ。


高級ステーキ用人間の肉 (以下オルタナティブ通信より)


(中略)


臓器移植に適した年齢以前に「売られた」子供を「適齢期」

まで「飼育」する、臓器移植用の子供の「家畜小屋」もある。


中南米ではキリスト教カトリック教会が

その「家畜小屋」であるケースが多い。


子供を育てられない貧困層が、カトリック教会に

子供を預けたり捨てて行くからだ。


米国ではネバダ州ラスベガス近くに複数の家畜小屋がある。

専門の飼育係=ブリーダーもいる。

アメリカ陸軍が関係する砂漠の地下家畜小屋もある。


こうした家畜小屋では、米軍が人間の子供と豚の遺伝子を

結合させ、遺伝子工学で「人間豚」を「生産」している


レストランの高級ステーキ用に人間豚の肉は味が良く、

非常に高値で「販売」される


これは食肉ではなくほぼ人間の肉だが、

高級レストランでは牛肉として出される。


時々テレビのグルメ番組で使う、

1枚数十万円の高級ステーキがそれだ。

ええと、現役の市長のブログだよね?阿久根市民は、竹原信一氏がこういう主張をしていると知っていて市長に選んだのかな?市議会は竹原市長と対立しているようだけど、「ネット投票は議会制民主主義の否定だ」などと批判する以前に、いくらでも隙があると思うのだが。辞めてもらいたい市長の投票でもしてみたら?

他にも、竹原市長のブログには面白い記述がある。「家畜」「奴隷」あたりをキーワードに検索するのが吉。

*1:URL:http://www.asahi.com/national/update/0113/SEB200901130017_01.html

麻生麻生 2009/01/15 18:45 ネタ元は例によってオルタナティブ通信ですかね
ttp://alternativereport1.seesaa.net/article/49619117.html

ssd666ssd666 2009/01/15 19:47 ていうかマジ病気っぽくね。

うさぎうさぎ 2009/01/15 23:45 田母神なんてこの人に比べりゃ赤子同然。いや、ものすごい逸材ですね。

ナナシーナナシー 2009/01/16 10:01 阿久根には何度か行ったことがあるけど、東シナ海の美しい景色と美味しい海産物の町としか認識してなかった私が、いかに上っ面しか見ていなかったか思い知らされました。

wadjawadja 2009/01/17 21:50 人間豚の肉なのに、牛肉として出してばれないのか?なんて突っ込みはなしですか?

ロックフェラー/ロスチャイルドの支配ってのは、エコノミストでも真面目に言う人が居ますけどね。まあ、確かにアメリカ社会では多大な影響力をもつお金持ちではありますが。

wan!wan! 2009/01/23 19:52 http://mainichi.jp/seibu/news/20090123sog00m040002000c.html?inb=yt
…大丈夫なんでしょうか?この市長は
それにしても、定員16人の市議を10人減らすって、市政はたった6人でできるもの?
今の市長派が4人だから、6人なら市長派が多数になる、なんて考えてないでしょうね…まさか、ねぇ?

tokyocooltokyocool 2009/04/18 00:55 人間豚はさておいて、bertelsmann-stiftungのレポートによると臓器切除目的のトラフィッキング(人身売買なので臓器販売ではない、したがってその後どうなるかは・・・)は実際あるという認識だね。。そっちの言及のほうが注目に値するな。
http://www.bertelsmann-stiftung.de/cps/rde/xbcr/SID-0A000F0A-4D4C3A2E/bst_engl/Spotlight_04_2008_Human%20Trafficking.pdf/

bamboobamboo 2009/06/01 14:55 再選されましたが何か。
って、オイオイ。

NATROMNATROM 2009/06/01 14:59 不謹慎ですが、ちょっとwktkしてきました。どうなるんだろう、阿久根市。

杉山真大杉山真大 2009/12/03 21:58 ナチス紛いのこと言い出したそうで>竹原市長
http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=521727&log=20091108
しかも、その典拠が池田信夫なんですよね。何とも香ばしい取り合わせで・・・・・
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/f65bacae249f66488dc8bfc3e9fbe384

zyzyzyzy 2009/12/06 02:23 流石に今回のネタは、ストライクにヤバイ臭いがテレビで放映されるレベルなので、市民も気づく……と信じたいんだが、どーなんだろーな、前回のことを考えると……

プル6プル6 2009/12/15 12:33 この市長は危険人物かも知れないけれど、コメント書いてる人は楽観的過ぎる。日本から出た事無い輩でしょ。臓器売買用の子供って沢山いますよ。日本も買ってますよ。戦後直ぐなんて日本人を食肉用にする計画がアメリカ本土の上院で議題に上がったのに知らないなんて。先進国で、世界を知らないのは日本だけって知らないよね、日本に住んでるだけだもん。この市長は正論を言うからヤバクなるだけ。読む人がふやけてるからヤバクなるだけ。
本当に民主主義の国なら選挙で選ばれてない公務員官僚を野放しにしないはずだよ。納税者が「税金と拳」を官僚に出さないのは納税者が自分の暮らしに興味無いからだから仕方ない。公僕主義国家は帝政国家より始末が悪いって。日本人に言っても無駄かな。

NATROMNATROM 2009/12/15 13:54 どこを縦読みすればいいんですか?

通行人通行人 2010/06/21 20:08 現実を分からせようとしてるのでしょう。良いんじゃないですか、現役市長でこういう真実をはっきりと分からせようとする人はほとんどいないでしょう。

私たちは身近にそれを感じる事が無いからそう言う真実が間接的に徐々に影響を与えてる事に気づかないだけです。

裏事情など、自分がその当事者に近い体験をしなければ陰謀というものが実際にあるという事に気づけないのです。

そして体験すれば結構な恐怖状態に持って行かれます。

それだけ悪人も巧妙に筋を通して、行なっているのです。経済を知り尽くした学力のある人、人生経験豊富な者達が利害一致の元に世界を自分たちの活動に有利な方向へ正しくない建設的な国際社会を作りつつ、そして逆に地球を破壊しながら大きな組織に拡大させようとしている。

いずれ世界全体で、経済運営面など縋らなければならないような状態になった時、彼らの闇組織と言われる団体が世の中にはっきりと分かる形で姿を表すのではないかと思います。

ビルゲイツの低価格軽水炉の開発設計、Googleの電力事業参入、これもまさにその現れなのです。人々は低価格で提供する事を喜びがちです、私も当然そうですがしかしこれに対してだけでなく他の製品をよく考えてみて下さい、何があるでしょうか。

いろいろな業種での売り上げ収入、正しい正しくないは、法律が定める、しかしそのおかげで環境破壊が高度経済成長から急速に進み、法律で判断しすぎるとこのような結果をもたらしてしまうのです。

とにかく細かい視点で正しく物事を捉える事が必要な時代なのです、悪も巧妙に細かく遂行されてるからです。

ナノテクノロジーもでいずれ何かしら弊害をもたらしかねないのです。

DeepThinkerDeepThinker 2012/01/28 21:15 勉強もしないでよくこれだけ日本を守ろうとしている竹原さんの批判が駆けますね。
無知すぎます。
YouTubeでアマノウズメ塾という方が居られます。そのビデオをよく勉強されてから、このような行動はとりましょう。または英語をマスターして海外の情報をきちんと自分で調査しましょう。竹原さんがおっしゃっていることは「全て」事実です。海外ではこのような事実はもう当たり前の知識。知らない日本人のレベルが恥ずかしいと感じます。
Thriveというサイトも勉強してどのようにしてこの世の中が動いているかを理解しましょう。無知は日本の子供たちの未来を破壊しています。真剣に真実を知る心を持ちましょう。

TUZTUZ 2012/01/30 17:42 DeepThinkerさん
>竹原さんがおっしゃっていることは「全て」事実です。

なるほど、つまり
「米軍が人間の子供と豚の遺伝子を結合させ、遺伝子工学で「人間豚」を「生産」している。レストランの高級ステーキ用に人間豚の肉は味が良く、非常に高値で「販売」される。これは食肉ではなくほぼ人間の肉だが、高級レストランでは牛肉として出される。時々テレビのグルメ番組で使う、1枚数十万円の高級ステーキがそれだ。」
という想像し難いことも事実とおっしゃるわけですね。

高級肉なんぞ食えない貧乏人でよかったです。人間と豚を掛け合わせると牛肉の味になるんですね。プリンに醤油をかけるとウニになるようなものでしょうか。

2009-01-14 医師届出票を書いた

[][]医師届出票を書いた 医師届出票を書いたを含むブックマーク

医師は二年に一度、氏名やら住所やらを届け出なければならない。医師法にそう書いてある*1


医師は、厚生労働省令で定める2年ごとの年の12月31日現在における氏名、住所(医業に従事する者については、更にその場所)その他厚生労働省令で定める事項を、当該年の翌年1月15日までに、その住所地の都道府県知事を経由して厚生労働大臣に届け出なければならない。


以前は、医局の秘書さんがやってくれていたような気がするのだが、今年は自分で書かねばならなくなった。記入事項は、住所、氏名、性別、生年月日のほか、医籍登録番号と医籍登録年月日、主に従事している施設及び業務の種別、主たる業務内容、従事先の名称、従事する診療科名などなど。面倒くさい。医籍登録番号なんて覚えていない。医師免許証を引っ張り出す羽目になるかと思ったけど、ファイルに保存してあった履歴書に書いてあった。さらに今回は、「本届出票の活用に対する同意確認」という項目がある。


各都道府県における医師確保対策の検討等に活用するため、本届出票に記載した情報の全部又は一部を、従事先の所在地の都道府県に提供されることに同意する場合には、右欄に○を付けること。


とあった。うまく医師を確保できるといいですね。


f:id:NATROM:20090114172519j:image

本届出票の活用に対する同意確認

*1:houko.com 医師法 URL:http://www.houko.com/00/01/S23/201.HTM

inoue04inoue04 2009/01/15 13:31 この条項、罰則ないです。誰も守ってないのでは?

麻酔科医麻酔科医 2009/01/15 13:49 罰則あります。50万円以下の罰金です。でも、提出しても提出したという証明を貰えない現在では、提出していないと罰することができないのではないかと思っています。
ま、遺跡システムに掲載されないとう「罰」がまっていますが。いままで罰金を払わなくて、罰金を命じられた医師はいるんでしょうか?遺跡システムに掲載されていないのを週刊誌にすっぱ抜かれた医師はいますが。

JA50JA50 2009/01/16 12:24 私はこの同意欄を空白で出しました。
同意する場合には丸とつけろとあるだけで、同意しない場合、どうするかが書かれていない。何かチェックを入れると、逆に同意したものと見なされないかというのもあって、空欄のままとしました。
ただ、空欄だと、役人が勝手に丸を入れる可能性もありますね。
でも、そんなことをしたら、立派な犯罪だと思うけど、やりかねない。

shogoshishogoshi 2009/01/16 14:24 医師法から関連条文を,参考までに引用します。

第6条 (前略)
3 医師は、厚生労働省令で定める2年ごとの年の12月31日現在における氏名、住所(医業に従事する者については、更にその場所)その他厚生労働省令で定める事項を、当該年の翌年1月15日までに、その住所地の都道府県知事を経由して厚生労働大臣に届け出なければならない。

第33条の2 次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。
1.第6条第3項、第18条、第20条から第22条まで又は第24条の規定に違反した者
(後略)

ちなみに,24条は

第24条 医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
2 前項の診療録であつて、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その医師において、5年間これを保存しなければならない。

です。
カルテを書かない and/or 保存しないのと同程度の悪事って言いたいだけちゃうんかと小一時間...

↑ 2009/01/16 22:21 >同意しない場合、どうするかが書かれていない。何かチェックを入れると、逆に同意したものと見なされないかというのもあって、空欄のままとしました。
>ただ、空欄だと、役人が勝手に丸を入れる可能性もありますね。
 下の備考欄に「同意しない」と明記するのがいいのでは・・・

inoue04inoue04 2009/01/17 18:56 ああ、なるほど。罰則はあると。だけれど、実際に処罰された人っているんでしょうか?

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2009-01-12 神様は多分存在しない。心配せず人生を楽しもう。

[]神様は多分存在しない。心配せず人生を楽しもう。 神様は多分存在しない。心配せず人生を楽しもう。を含むブックマーク


■英国の公共交通機関で「無神論」キャンペーン(エキサイトニュース/ロイター)

 英国の無神論者が今週、同国の公共交通機関で「神は存在せず」と通勤客らに呼び掛ける広告キャンペーンを立ち上げ、話題となっている。

 英国全土の都市で運行する800台のバスとロンドンの地下鉄の車内に貼られたポスターには、「おそらく神は存在しない。心配することを止めて人生を楽しもう」と書かれている。

 無神論推進派で作家でもあるリチャード・ドーキンス氏は、宗教に関心を持ち過ぎることが幻滅につながるということを示す手助けになればと、今回のキャンペーンを支援する理由を語った。


作家て。そりゃ本も書いているけどさ。せめて進化生物学者って言って。知らない人のために簡単に説明すると、ドーキンスは「利己的な遺伝子」という本を書いた科学者で、「進化論は科学的に間違っている」とか阿呆なことを言っているキリスト教原理主義者のみならず、「神は妄想である―宗教との決別」という本で宗教全般を批判した。とうぜん、議論が巻き起こり、「いやいやいや、それ言い過ぎ。穏健な宗教は科学と共存できるから」などと科学者からも反論された。こんな感じで、攻撃的な無神論者として有名な人だ。今回の「無神論」キャンペーンも、「何もそこまで」と思ってしまうが、なんでも、ロンドンのバスには、「神を拒む者は地獄で永遠に苦しむことになる」などという広告が掲載されており、それに対抗するためのものだとのこと*1

ドーキンスらのキャンペーンに対して、宗教界からの反応は、「神への興味を継続させるのでドーキンス教授に感謝する」「人々を人生の深い問いに関わせるのなら良いキャンペーンだ」という大人の対応*2から、広告基準協議会*3に苦情を訴えるものまで。どういう苦情かというと、「実証と真実性というルールに違反している」というもの*4。見事に釣られている。この苦情により無神論キャンペーンの広告が規制されることになったら、同時に、「神を拒む者は地獄で永遠に苦しむことになる」という広告も、真実性を実証しない限り規制されてしまうだろう。

ちなみに、「コメディアンで同キャンペーンの主催者でもあるアリアン・シェリン氏」はけっこう美人→■Ariane SherineでGoogleイメージ検索/■atheistcampaign.orgより*5。エキサイトニュースでドーキンスの写真しか載せていないことに苦情を訴える!



関連記事

■神と科学は共存できるか?グールドとドーキンス

*1■「神様は多分いない」と書かれたロンドンバス、来春にも登場か(AFPBB News)

*2■'No God' slogans for city's buses(BBC NEWS)

*3:日本広告審査機構(JARO)のようなものだろう

*4■'No God' campaign draws complaint(BBC NEWS) "But organisation Christian Voice has complained to the Advertising Standards Authority saying they break rules on substantiation and truthfulness."

*5:左のTシャツ着ているのがアリアン・シェリン、真ん中がドーキンス、右端で切れているおばちゃんはPolly Toynbeeというコラムニストらしい。カメラマンの興味の対象がありありとわかる写真ですな。魚拓

t_ft_f 2009/01/13 11:34 問題なのは、決して少ないとは言えないイギリスのムスリムはこれをどー思っているのかってことかと思われます。

びじうびじう 2009/01/13 11:45  何というかイギリス人の身を切るようなギャグの切実さに乾いた笑い。もうちょっとひねればまだ面白くなるような気もしますけど。。

satohhidesatohhide 2009/01/13 17:53 エキサイトニュースの「コメディアン」というのは誤訳ぽく、本当は喜劇作家、ジャーナリストですな。ガーディアンやインディペント誌にも寄稿しているようですし。

常田啓子常田啓子 2009/01/13 18:24 アンチ

常田啓子常田啓子 2009/01/13 18:25 牧師の妻です

常田啓子常田啓子 2009/01/13 18:25 頭悪ーい

tematema 2009/01/13 21:47 >エキサイトニュースでドーキンスの写真しか載せていないことに苦情を訴える!
完全に同意します。

たべかつやたべかつや 2009/01/13 23:29 >ちなみに、「コメディアンで同キャンペーンの主催者でもあるアリアン・シェリン氏」はけっこう美人
これに完全に同意できない私は、アリアン・シェリン氏の写真を見せた水の結晶写真を要求します。
……あ、アリアン・シェリン氏が本当に美しいかどうか判断できない私は、その水の結晶写真が本当に美しいかどうかを、どう判断すれば……(汗)。

wadjawadja 2009/01/14 00:41 丁度ドーキンスの「神は妄想である」を読み終わったところ。どうせなら、イギリスよりもアメリカでってくれれば天晴れなのにw

>常田啓子さん

日本語ネイティブですよね?コメント入れるなら、ちゃんと分かり易い日本語にした方が良いと思いますよ。本当に牧師さんの奥さんかどうか分かりませんが、アンチキリスト教のキャンペーンでもやっておられるんですか?

メンチメンチ 2009/01/14 00:49 毎日乗ってるJRの社内広告はSGIとナノイーくらいしかめぼしいものはないなぁ
*5の写真の見切れ方はなかなか味わいがありますねw

ROCKY 江藤ROCKY 江藤 2009/01/15 03:19 >牧師の妻です
惜しい! もう一ひねりして「神父の妻です」ならば・・・

常田啓子常田啓子 2009/06/16 10:46 神父と牧師って
どう違いますか

カルラーカルラー 2009/11/17 09:33 >神父と牧師ってどうちがいますか
常田啓子さん。そんなことも知らないようでしたら、
間違いなくあなたが牧師の妻だと言うのは、嘘ですね。
他人の名前でも騙っているのでしょうか?

遼巌遼巌 2010/02/01 23:43 この場をお借りして申し訳ないが、本物の常田女史に師事して頂いた者である。
怒髪天を付いたので書かせて頂きたい。
コメントに足跡を残せし“常田啓子”の名を騙る者、方々のブログに名誉毀損、・誹謗中傷、挙句、呪詛まで致すとは言語道断!!
御本人、ブログの主、閲覧者に対し謝罪すべし!

ブログの主に願う。
即刻管理者、御本人常田啓子女史に連絡すべし。
乱文失礼致した。

2009-01-11 大阪市会議員が尼崎医療生協病院を批判

[][]大阪市会議員が尼崎医療生協病院を批判 大阪市会議員が尼崎医療生協病院を批判を含むブックマーク

尼崎医療生協病院の腹水穿刺の件に関して、医学知識なしに安易に病院側を叩くブログが出てくるだろうなあと予想していたら、案の定。


■医療生協で、またもや医療ミス、失血性ショックで若い女性が死亡(辻よしたかプレス)

マスコミ御用達の医療生協病院で、またもや医療ミスが起こった。


とんでもない初歩的なミスで、あきれかえる。


厚生労働省は、医療生協系病院の徹底査察を行って欲しい。


尼崎医療生協病院 ← ホームページは謝罪の一文もない(1/8 14:00現在)


■尼崎医療生協の悪あがき、赤旗ではどう報道するのかな?遺族にはミスを認めたのに、会見ではミスを認めずの理不尽医療機関(辻よしたかプレス)

やっちまったなぁ。MBSのVOICEでも報道されていたけど、昨日の会見ではミスとしては認めず、遺族にはミスを認めていたことが明らかになり、遺族は憤慨している。


腹水をとるだけで、死に至る病院。一端、ミスを認めておきながら、マスコミの前ではミスというのは適切ではないとうそぶくあの院長のこころはいかに。


もうこんな病院は信用できないんじゃないだろうか。今後の展開は、裁判か、もしくは、ミスを知りながら放置したとしたら、殺人罪、業務上過失致死の可能性もあり、警察に動いてもらうしかないと思うけどね。刑事告発は、必至だね。


さて、正義の新聞、赤旗はどんな記事を掲載するんだろうね。


盟友 医療生協とはいえ、こんな病院許せないよね。もちろん。


でも、いまのところ、しんぶん赤旗も日本共産党もだんまり。


現時点では、医療ミスとは断定できない。よしんばミスであったとしても、「とんでもない初歩的なミス」とは言えない。「遺族にはミスを認めていた」ことも明らかになっていない。明らかになったのは、「『病院側はミスを認めた』と遺族側は認識していた」ことである。前後の記事も読んでみたが、このブログ主は共産・民主が嫌いという点で一貫している。尼崎医療生協病院が共産党系なので、ここまで批判したのだろう。典型的なネット右翼であるなあと思ってプロフィールを見てみたところ、


大阪市会議員2期目。市会議員としての日常をお伝えしたいと思います。


大阪市会議員ですかい。公明党かあ。政治家は多くの分野を扱わなければならないので、個々の分野に専門的な知識を持つことができないというのはわかる。しかし、自分のよく知らない分野において「とんでもない初歩的なミス」などと批判することには慎重になってもらいたい。また、マスコミの報道が必ずしも信用できないことについても理解しておいて欲しい。この市会議員は他の件ではマスコミ批判をしているようなので、尼崎医療生協病院批判の点のみにおいて報道を鵜呑みにするのはダブルスタンダードである。それから、サイトのトップページ*1で「911の真実とは」という動画にリンクを張るのは止めた方がいいと思うよ。



関連記事

■腹水穿刺後の死亡についての記事比較

■謝罪とミスを認めることは異なる

*1:辻よしたかのホームページ URL:http://www.tsuji-y.com/

杉山真大杉山真大 2009/01/11 14:16 おやおや、自分が参加しているJRANKのホームページランキングの上位常連だった辻センセイですか。
http://hp-ranking.net/cgi-bin/46/html/

今覗いて見たんですけど、公明党って言ってる割に「シッコ」はリンクされてるは、石井紘基の動画(?)はあるは、兎に角票になりそうなものは何でも引き合いに出したいって気がしちゃいますね。尤も、それが政治家と言うものかも知れませんが。

ゆっゆっ 2009/01/12 00:34 なんか件の人、この記事に反論がされてますね。
全然かみ合ってないのが微笑ましいです。

mohumohu 2009/01/12 01:30 医学知識が無い人にも分かるように問題点を提起し、共に考えることが出来るようにするのがメディアの役目ではないでしょうか。

bamboobamboo 2009/01/12 10:02 ネット上で録音の一部を聞けますが、医師はミスを認めてはいませんね。
あくまで病状悪化のきっかけとなったことを認めているだけで。

DH98DH98 2009/01/13 10:12 テレビと新聞による事実の断片的な概略報道で「病院が悪い」と断定しているのは、
とてもすごいことだと思います。

市民市民 2009/01/14 14:59 この辻さんって池田真理教政治部の方らしいから、どこまで真剣に考えているかわからない。いろいろ池田真理教政治部の政策に対し批判する民医連加盟事業所や医療生協に対して、「批判」ではなく政治的な「ケチ」つけに終始する。医療安全を追及する「批判」なら、誤解や勘違いの部分が仮にあっても十分に傾聴に値するが、池田真理教政治部・池田真理教の自称「批判」は、憎い相手に対するイチャモンにすぎない。
医療事故は大学病院でも公立病院でも発生している。池田真理教は、特定の病院だけねらい打ちにして、全国各地で騒ぐ。何年たってもね。まるで総会屋と同じだね。池田真理教政治部(政権与党)は、総会屋政党だと思うよ。

正しく考えたい正しく考えたい 2009/01/14 19:41 この議員の方は「情報を正しくとらえるための努力」と「正しく論理的に考える力」が弱いようですね。それにお気づきになっていないので読んでいるほうが恥ずかしくなります。反面教師として参考になります。この議員周囲の方(後援会・友人など)は言いにくいかもしれませんがおかしいところはきちんと意見していただきたいです。議員のためにも。

sakisaki 2009/01/15 09:09 こういう場合には、
『患者さんの側に立って意見を言う』
べきではありません。
ご本人におかしいと気づいていただきたい。

市民市民 2009/01/16 23:24 こんばんは。
悲劇ともいうべき医療事故(生命を救おうという「医療」活動から「死」を生む矛盾!)を無くそうと医療従事者は努力をしています。同時に、現実にあるミスだったり認識の不十分さなどで、事故はなくなっていません。このギャップを埋め、安全な医療を実現する実践を、医療者だけでなく多くの市民も含めて共同の営みとして進めていく必要があります。科学的認識を基礎にする「民主的」議論・批判的「知性」だと思います。しかし、辻氏をはじめと知る池田真理教・同政治部は、党利党略的姿勢を堅持し、自セクトに対し批判的見地をもつものの事件に関しては、極めて批判的精神ではなく誹謗的精神でことに対応していると思います。そこが、「カルト」的要素とも言えます。
「打倒CO2」という非科学的な政策ポスターをつくり自慢げに全国各地で掲示する精神、そこに池田真理教・同政治部の貧困なる知性が見え隠れします。
残念ながら「おかしい」という人は、一種のカルト教団となってしまった池田真理教にはいないようです。初代会長・二代目会長の教えから隔離し、「池田」真理教となり巨大化した組織には、批判的知性というものが存在しないようです。世界中から勲章をもらい喜んでいるようですが、「お金の力」で受勲され、国内のいわゆる高等教育部門では関係団体である創価大学以外では相手にされていない事実、それを直視してもらいたいものです。つまりカネでは変えるが、中身では相手にされない事実を。

DH98DH98 2009/01/18 14:06 辻さんの「やっちまったなぁ」のエントリーの方が1月の一覧では表示されないよ。
リンク先はまだ消えてないけどね。
なんかずるいなぁ。

NATROMNATROM 2009/01/18 14:13 単に記事数が多くなったので押しやられただけでしょう。辻さんのブログで1月の一覧を表示させておいて、右上の「次へ >」をクリックすると、該当記事は表示されます。

DH98DH98 2009/01/18 16:45 早とちり失礼しました。

2009-01-10 謝罪とミスを認めることは異なる

[]謝罪とミスを認めることは異なる 謝罪とミスを認めることは異なるを含むブックマーク

■腹水穿刺後の死亡についての記事比較の続報。


■「病院はミスを認めていた」遺族の悲痛な訴え(MBSニュース)

 患者は重度の肝硬変で入院していた35歳の女性で、腹部に大量に溜まった水を針を刺して抜く治療を受けました。


 治療したのは20代の研修医。


 1度目は失敗し、2度目でおよそ1.5リットルの水を抜きましたが、その後女性が腹痛を訴え、皮下出血を起こしていたことがわかりました。


 しかし病院はすぐに血を止める治療を行なわず、数日後、輸血をしましたが、女性は先月16日、出血性ショックで死亡しました。


「娘が『失敗された、痛かった』と言ったから。『失敗したんでしょ』と言ったら『はい』って」(亡くなった女性の母親)


 不審に思った家族は病院に説明を求めます。


 そのとき病院側は結果的に病状を悪化させたと謝罪しました。


「出血に対して十分な対応を結果的にしていなかった。甘く見ていたんだと思う」(女性の主治医〜病院の説明の記録)

「腹水を抜くのに失敗したのが原因?」(女性の母親〜病院の説明の記録)

「それが大きなきっかけ」(女性の主治医〜病院の説明の記録)


 しかし8日開かれた会見では…。


「(Q.ミスといえるのか?)ミスという言葉を使っていいかについては、今のところこちらで判断しかねている」(尼崎医療生協病院・島田真院長)


「私らの前で言っていることと娘にも謝罪しているのにあの会見は何?とすごく腹立つ」(女性の母親)


ご家族からみれば、「病院側は一旦は医療ミスを認めたはずなのに、会見では認めていない。不誠実だ」ということであろう。ご家族がそう考えるのも無理がない。しかし一方で、病院側は医療ミスを認めたつもりはなかったという可能性がある*1。今回の記事で、その可能性が強いと改めて私は考えた。ポイントは、結果的にという言葉である。記事には「病院側は結果的に病状を悪化させたと謝罪しました」とある。

腹水穿刺がきっかけとなって皮下出血を、ひいては出血性ショックを引き起こし、女性の死亡の要因となったことには争いはないだろう。問題はそこに医療過誤(医療ミス)があったかどうかである。医療事故医療過誤は区別されるべきもので、一般的に、医療事故は「医療従事者に過失がある場合だけでなく、予測不能や回避不可能であった事例も含む」。一方で、医療過誤は、「医療従事者に過失がある場合のみを指す」*2。医療ミスは医療過誤と同義である。本件は、医療事故であるが、医療過誤かどうかは確定的ではない。

過失がなくても、医療行為が結果的に病状を悪化させることはありうる。医療行為の結果を確実に予測することは困難だ。ジャンケンにたとえるとわかりやすいだろうか。ほとんどチョキを出さないとあらかじめ分かっている相手とジャンケンして、パーを出して負けたとしよう。結果的にパーを出したことが負けた原因であるが、過失はない。これが、相手がほとんどチョキを出さないと分かっているのにも関わらず安易にグーを出して負けたのであれば過失である。

繰り返すが、本件において過失があったかどうかは確定的ではない。しかし、過失があったかどうか不明の段階でも、結果的に病状を悪化させたことについて病院側が謝罪してもおかしくはない。最近は、真実を説明し、謝罪することで訴訟リスクが減ると言われている。謝罪も、「共感表明謝罪」と「責任承認謝罪」とがあり、過失が明らかでなくても「共感表明謝罪」を行うべきだそうだ。このこと自体は正しいのだろうが、共感表明謝罪を行うときには言葉をかなり慎重に選ばないと、誤解を引き起こしうる

*1:念のため。家族に対しては医療ミスを認めたという可能性もある

*2■医療事故(ウィキペディア)

JA50JA50 2009/01/10 12:05 過誤(ミス)があったのかなかったの明かでない段階で「謝罪」などするなということの事例の一つではないでしょうか、これは。
共感表明「謝罪」だろうがです。

遺憾の意を表明するのは大事なことだし、医師たるもの、いや、医師だけじゃない医療従事者は皆そうでないといけないとは思います。
しかし、それと「謝罪」とは別でしょう、いくらなんでも。
それを「まず患者に謝罪」などということを言い出すからおかしくなる。
よけいことをまずくする。

以前、あの毎日捏造新聞が「医療事故マニュアル:まず患者に謝罪…全社連が採用」などと報道し、ほんとかと驚いたことがあります。
(このリンク先は消えています)
その元になった全社連のサイトはまだ残っていて、、、
http://www.caremanagement.jp/news+article.storyid+2360.htm

>3.原因が不明な場合、医療者は遺憾であること(例:「私たちは、このことがあなたに起こって残念に思います」)を表明(=「共感表明(謝罪)」し、何が起こったのかの説明を行い、傷害を和らげるために何がなされるべきかを話し合わなければならない。

となっています。
括弧付きで「謝罪」と入れている。

私は、こういうよけいなこともするなと言いたいです。
「共感表明」だけでいいじゃないですか。
なんで、こういうよけいな言葉、それも誤解させるような言葉を入れるんですかね。

びじうびじう 2009/01/10 13:07 こういう話もあるので、根拠がないわけではないと思いますよ。
「Sorry Works」
http://www.amazon.co.jp/Sorry-Works-Disclosure-Relationships-Malpractice/dp/1434354970

Med_LawMed_Law 2009/01/10 13:08 相手が「責任承諾謝罪」を求めているのに、受け手が「共感表明謝罪」だけを繰り返していても溝は埋まりません。

悪いのは人でも行為でもなく、病気であるということを徹頭徹尾貫かねばなりません

一番恐ろしいのは、一番弱いところからの「責任承諾」であって、院長、研修医、パラメディカルの認識不足や、間違った正義感で行われると、組織としての「責任」を問われかねません


>1度目は失敗し、2度目でおよそ1.5リットルの水を抜きましたが、その後女性が腹痛を訴え、皮下出血を起こしていたことがわかりました。

”その後”に数時間の間があれば、直接的因果関係を結ぶのはダメでしょう
やはり引用するにも、細かな考察が必要です

マスゴミは嘘だけでなく、ワザと真実が曲がるような報道をします。
毎日変態新聞や産流新聞、最近顕著になってきたゴミ売りなどは、公正に報道するのではなく、恣意的に世論を誘導したいという姿勢が明らかになってます

マスゴミは謝っている相手には、容赦なく攻撃できるから大好きなのです。
否定している相手については、人権配慮が求められるのに、マスゴミは人権を考えたことがありません。

*) マスゴミとは毎日変態記事を流したり、懲罰的昇進で社会をあっと言わせたりする反社会的報道関係者を指し、報道倫理に基づいた適正な活動をしている新聞社を指すものではありません。

bamboobamboo 2009/01/10 18:26 やはり“apology”と“regret”をきちんと使い分けなければならないのでしょう。
日本語の場合曖昧ですから。

notenote 2009/01/10 19:49 『オフィス北極星』というマンガの次のセリフを思い出しました。

「もし知らないうちに人を傷つけてしまったとしたら、あなたならどうする?」

オフィス北極星は90年代を舞台とした、日本人と西洋人(というより、グローバルスタンダード)の軋轢が一つのテーマになった作品ですが、この質問を受けた日本人は謝ると答えました。

「自分に過失はないと思っているのよ?」(西洋人)

「悪意はなかったことを説明して理解してもらおうとするだろうな」(日本人)

「理解って……何を」

「悪意がなかったってことさ」

「そんなもの説明してどうなるっていうのよ。悪意があれば過失じゃないわ、犯罪よ」

「……いわれてみればそうだ」

「普通は過ちを認めて謝るか……でなきゃ戦うかよ」

共感表明のつもりだろうと、regretのつもりだろうと、

「腹水を抜くのに失敗したのが原因?」
「それが大きなきっかけ」

このやりとりが本当にあり、またこのやりとりが全てだったなら(このあとに続いて腸水を抜くのが失敗するのは現在の医学水準で予想するのが困難であることを患者に納得させるなどのやりとりが行われていないのであれば)、それは「ミスはなかった」では通らないと思います。

結果的という修辞を使うのではなく、患者およびその家族に、NATROMさんがこのblogでされているような現段階の医学で可能なことと、それができることを前提にされると著しく困難であることの説明をしっかりしていくことが、必要なことだと思います。

最初は手間でしょうが、一人一人の医師がそうしたことを積み重ねていくと、やがて医学には求めるべき水準があるんだという前提が社会で共有されるようになっていくと思うのですが。

JA50JA50 2009/01/11 11:00 >このやりとりが本当にあり、またこのやりとりが全てだったなら(このあとに続いて腸水を抜くのが失敗するのは現在の医学水準で予想するのが困難であることを患者に納得させるなどのやりとりが行われていないのであれば)、それは「ミスはなかった」では通らないと思います。

「腹水を抜くのに失敗」の失敗ってどういう意味で使っているのでしょう?

腹水自体を抜けなかったという意味の失敗。
それとも、合併症が起こったという意味の失敗。

前者なら、どうしてと思うけど(でもこれは死因じゃない)、後者なら現在の医療水準で予想するのは容易ですけど。

それと、ミスはなかったでは通らないことはないと思うけど。
末期の肝硬変、それも大量の腹水がたまるほどの肝硬変では、ミスが無くても死にますよ。

>最初は手間でしょうが、一人一人の医師がそうしたことを積み重ねていくと、やがて医学には求めるべき水準があるんだという前提が社会で共有されるようになっていくと思うのですが。

バカの壁が立ちはだかっている場合はどうするんでしょう?

それと、やれと言われても、現在のように医師の数が少なすぎる、医療費が安すぎるってことをなんとかしない、どうしようもない。
医師は、頭や口、手が百本も千本もあるわけじゃない。
身は一つです。

匿名希望匿名希望 2009/01/11 18:47 >著しく困難であることの説明をしっかりしていくこと
 私もこれに若干引っかかりを感じました。おそらくは、”現にやられているだろうけれど、そのようなことをやっても解決はしないだろう”というものでしょう。一種の諦めです。
こちらの常識を理詰めで説得しようとしても通じない人が世の中には確かにいるのです。(バカの壁とは言いません)彼ら彼女らにも自分なりの常識・合理性があるのです。社会全体の流れと個々の行動は必ずしも一致しません。

現代の医学のレベルをいくら説いたところで、納得しない人は納得しません。(一般論でもこのようにこじれた場合でも) 権利の衝突ですから、第三者=社会が裁定するしかないでしょう。そういう意味では社会通念の醸成のため「必要」な活動であるのに間違いはありませんね。必要条件と十分条件?

医療従事者はびくびくしながら(by元○○:笑)仕事をするか、立ち去るか、戦うしかないのでしょうか。

ちなみに無関係とは言わないものの
>医師の数が少なすぎる、医療費が安すぎる
とは別個の問題だと私には感じられます。(昔は今より医師の数が少なかったわけですし)

NATROMNATROM 2009/01/11 22:36 昔は今より医師の数が少なかったわけですが、それ以上に医師のするべき仕事が少なかったこともご考慮いただければ幸いです。

匿名希望匿名希望 2009/01/12 10:56 コメントありがとうございます。ご指摘の点は了解しております。
一部の患者さんの意識の変化・要求の変化を医師の数(それによる説得時間の増加という量的なパラメータ)でカバーしうるかというとそれは疑問だと思いましたのでコメントしてしまいました。医師(の仕事)が少なかった時代はまた従来のパターナリズム(この語でくくるの嫌いですが)の時代でもありましたよね。
患者さんサイドの意識のパラダイムシフトが起きているのに解決できない理由として
>医師の数が少なすぎる、医療費が安すぎる
を挙げるのはさて?と思った次第です。繰り返しますが、無関係とは申しません。

諦念として、「医師が増えたとしても解決は難しいだろう」
「(医師が少なかった時代同様に)病院に適切な時間内で連れて行くのすら困難になり、時代の標準的治療を行った上での死が当たり前になる時代が再び来れば解決するかもしれない」(black jokeですよ)
現実的には地味な努力が色々必要なのでしょう。(医師増員医療費増加を否定する意見はありません)
 もう一つのblackなアイディアとしては、訴訟になった医師を逐次退場させても十分なくらい大量に医師を現場に投入する、というものですが、JA50さまはまさかそうおっしゃっりたい訳じゃないですよね…<笑>

NATROMNATROM 2009/01/12 11:47 了解です。「不満の総量は常に一定」という話を思い出しました。かつて1000人中100人が死ぬ病気が医療の進歩で1000人中1人しか死ななくなったとして、不満の総量は100分の1にはならず、むしろ死んだ人の遺族の不満はかつての100倍になるために不満の総量は変化しないというわけです。医療の進歩や医師数増加では、この問題は解決しませんねえ。

by-standerby-stander 2009/03/26 19:00 秘書逮捕についての野党党首の記者会見を見ていて、このエントリを思い出しました。
彼も(真実はどうあれ)自らにも秘書にも一切やましいことはない、と強く主張していますが、それでも会見の冒頭で、まず「お騒がせしたことのお詫び」を述べていました。

この種の「謝罪」とか「遺憾の意の表明」は日本式(というほど特別かどうかは知りませんが)の問題対応の定型として、がっちり根付いているんだな、と思います。

2009-01-09 すべてのパーツが高品質化する超結界

[]すべてのパーツが高品質化する超結界 すべてのパーツが高品質化する超結界を含むブックマーク

車やオーディオ関係にはトンデモアイテムが多い。思い込みで効果があると誤認しやすいからであろう。燃費が良くなる程度のものはしばしば見かけるが、すべてのパーツに影響を及ぼすと主張するものは珍しい。


■強力エネルギーフィールドでクルマを包み、すべてのパーツが高品質化 超結界(フェラーリレッド)*1

超結界は車内に置くだけで車を特殊なフィールドで包み、金属、エンジン、オイル、空力などに影響を与え、クルマの諸性能を向上させ、ドライブをより楽しく感じられる方向に変化させます。

その変化は、より上質な方向への変化であり固いモノはより固く、柔らかいモノはより柔らかく、そしてスムースなモノはよりスムースな状態へと変化します。

その為エンジンの調子はより安定した状態になり出力も向上します。ボディ剛性も向上し、気になっていたボディの軋み音や捻れ感などが減少し、クルマが硬くなったと感じられます。この変化は走行中の車の周囲の空気にも影響し、空力特性が良くなったかのように感じる事が出来、オープンカーでは風の巻き込みが少なくなります。


ただの結界じゃなく、超結界ですよ。強力エネルギーフィールドでクルマを包むのです。原理はよくわからないがスゴイ効果である。他にも、

  • 1個の超結界が作るフィールドは直径約28m
  • でも、周囲の車には影響を与えない
  • 超結界を設置してから安定するまでには時間がかかり、100%になるには24時間かかる
  • 一度安定するまで装着すれば、その車の仕様を記憶する
  • 記憶容量は、車36台分
  • 商品出荷時に同梱されている小風呂敷で超結界を包むと、超結界は休眠状態になる
  • 市販の風呂敷、布、袋等々で代用できない。

などなど、原理はよくわからないがスゴイ効果がある。旧製品に「結界棒」というものがあって、そちらは結界棒の能力を十分に発揮させるために初期化が必要で、

  • 初期化中は音楽などは消さないといけない
  • マークが付いている方を北にして、南北に向けた状態でシートの上に10分間放置する

という、やや面倒な部分があったのだが、なんと「超結界」では初期化の作業が不要になった。スゴイ便利になりましたね。お値段は195000円! インチキグッズに対して「そんなにいいモノがあったら、車屋さんが真っ先に採用して搭載するはず」という批判があるが、その批判は超結界には当てはまらない。車屋さんが超結界を採用しないのは、コストに見合わないからであろう。



関連記事

■最初に採用するとしたら製薬会社

*1:URL:https://ge3.jp/index.php?main_page=product_info&products_id=136

黒潮家族黒潮家族 2009/01/09 23:44 ちょっとすごいですね。アムロのお父さんが開発してそうな新技術じゃないですか。サイド6で。

メンチメンチ 2009/01/09 23:55 まさに「何にでも効くものは何にも効かない」のような

moorhenmoorhen 2009/01/10 00:36 金属製のスプリングって、どっちかといえば固いものに分類されそうですが、もっと固くなったら乗り心地が悪くなるんじゃないでしょうか?

ssd666ssd666 2009/01/10 04:03 しかし、アドセンス酷すぎ(www>http://googleads.g.doubleclick.net/pagead/iclk?sa=l&ai=BwxroNJ9nSc5kkN6-A9Le8bsBg8_De4WJ-rUNwI23AcDcrhcQAhgCIP_T0Q0oAjgAUKW20e0EYInru4TYE7IBDmQuaGF0ZW5hLm5lLmpwugEJNDY4eDYwX2FzyAEB2gEdaHR0cDovL2QuaGF0ZW5hLm5lLmpwL05BVFJPTS-pAuihXM5FmUc-qAMByAMH6AOAAugDLegD_gHoAxP1AwAAAAT1AwBAQACYBAA&num=2&adurl=http://www.life-hot1.com/gan1.html&client=ca-pub-3514959548144412&nm=6
このブログの内容考えたら、皮肉としか言いようがない

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090109

2009-01-08 腹水穿刺後の死亡についての記事比較

[]腹水穿刺後の死亡についての記事比較 腹水穿刺後の死亡についての記事比較を含むブックマーク

35歳女性の肝硬変の患者さんが、腹水穿刺後に出血し、その後死亡したというニュース。まず、亡くなった方に哀悼の意を表します。現在のところ、ネット上では、朝日新聞社、MSN産経ニュース、神戸新聞が記事にしている。


■研修医、治療中に血管傷つけ患者死亡 兵庫・尼崎(朝日新聞)

 兵庫県尼崎市の尼崎医療生協病院は、20代の男性研修医が入院中の女性患者(当時35)の腹水を抜く際に針で血管を傷つけ、患者を死亡させたと8日発表した。同病院は「結果的に力が及ばずに極めて残念」とコメントし、遺族にも謝罪したという。

 同病院によると、患者は昨年11月27日に重度の肝硬変で入院。12月4日に主治医が立ち会って、腹部にたまった水を抜くために医療用針(外径1.7ミリ、長さ55ミリ)を腹部に刺した。1度目では水が抜けず、2度刺したという。ところがその日夜に腹部の皮下出血が確認された。その後、貧血が進み、6日から輸血したが、16日に出血性ショックで亡くなった。

■尼崎医療生協病院、医療過誤で女性死亡(MSN産経ニュース)

■腹水抜く出術後、患者死亡 尼崎医療生協病院(神戸新聞)*1



各社の記事を比較し、現在入手可能な情報から何が起こったのかを推測してみる。まず、3社共通の情報として以下があげられる。

  • 35歳女性の肝硬変患者に対して、主治医の立会いのもと、研修医が腹水を抜くために針を刺した。
  • 1度目の穿刺で水は抜けず、2回刺した。
  • 腹水穿刺を行った日の夜に皮下出血が確認された。その後、輸血を行った。
  • 穿刺の12日後に死亡した。死因は出血性ショックだった。
  • 病院側は遺族に謝罪した。

3社間の情報が異なる点で一番気になるのは、産経では『病院側は「血管を刺したことで出血が止まらず亡くなった」とミスを認め』とし、見出しにも「医療過誤で女性死亡」とある一方で、他の2社には病院側がミスを認めたという情報がないこと。朝日では、病院側のコメントとして「腹水を抜く方法、態勢に問題はなかった」と報道している。謝罪の理由は「結果的に力が及ばず」と読める。神戸新聞では、説明不足について謝罪したものの、「現時点で医療過誤とは判断していない」と院長は説明したとしている。

一般的に言えば、腹水穿刺そのものはそれほど難しくない。手術というよりも、「処置」「手技」である。腹水の量が少ないときは、誤って腹腔内臓器を傷つける可能性があるが、腹水が多量ならその心配はほとんどない。採血よりも簡単だ。研修医にさせることもよくある。概ね安全であるとされているが、進行した肝硬変の場合、血が止まりにくいので出血のリスクはある。ただし、皮下にある血管は見えないので避けて刺すことは不可能である。腹水穿刺の必要性については、腹水を認めたときには、診断的腹水穿刺を行うべきだとされている。神戸新聞の記事によれば、腹水穿刺の目的は細菌感染を疑い検査するためだったとのこと。直径1.7ミリの針*2(なぜか産経では1.2ミリとなっている)は、検査目的の腹水穿刺に使うにしては太いように思われる。しかし、腹水が粘調だと細い針では抜けない。最初に細い針で試みて、水が抜けなかったら太い針に代えて刺しなおすことはある。

腹水穿刺の手技自体にミスがあったと強いて考えるとしたら、出血傾向があるのにも関わらず最初から太い針を使った、というケースだろう。最初は細い針を使い、水が抜けないために太い針に代えて刺したのであれば、血管を傷つけたことそのものは、不可避な合併症であり、ミスではない。研修医がやろうが、ベテランがやろうが、運が悪ければ起こる。少なくとも、本症例では、「研修医にさせたせい」ではないと考える。皮下出血が確認された後の対応も、単に放置していたのか、あるいは圧迫止血などを試みたのかを知りたいところである。圧迫止血をしても、止まらないときは止まらない。輸血までして、12日後に死亡した死因が「出血性ショック」というのは、よく理解できない。経過をみると、穿刺部位からの出血はゆっくりだったと思われるからだ。

いずれにせよ、この研修医が不当に責められるようなことがないように願う。教訓としては、今後、腹水穿刺を行うときには、「死ぬこともあります」と十分な説明を行うこと。



追記(1月9日)

腹水穿刺の目的についても報道に乖離がある。

  • 「水を検査するため腹腔内に針を刺す手術を実施した」(神戸新聞)
  • 「2度目でおよそ1.5リットルの水を排出しました」(MBS近畿)*3

大雑把に腹水穿刺には診断目的と治療目的と二種類ある。診断目的だったら30ccもあれば十分だし、水が引けるなら細い針でもよい。治療目的であれば、ある程度は太い針が望ましい。

*1:「出術」は原文ママ

*2:調べてみたら直径1.7ミリは16〜17Gの針に相当するようだ。私は22G(だいたい0.8ミリ)か20G(だいたい1.0ミリ)をまず使うように習った。

*3:URL:http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/mbs/20090109/20090109-00000005-mbs-loc_all.html

実弟実弟 2009/01/08 20:29 病院側と話た時ちゃんと医療ミスは認めているし、会見の内容が違います。証拠もあります。死亡後の処置もめちゃくちゃで遺体を家に運ばび寝かしていたら気付くと布団1面血の海でした。詳しくはmakimakiunco@ezweb.ne.jp

NATROMNATROM 2009/01/08 21:19 仮にご家族が「病院側はちゃんと医療ミスを認めた」と認識していたとして、病院側としては医療ミスを認めたつもりはなかったという可能性もあるのがやっかいなところです。ご家族は仕方が無いですが、マスコミはプロなんですから、医療過誤だと報道するのであれば、その根拠まできちんと報道して欲しいものです。

ssd666ssd666 2009/01/09 11:22 医療関係者としては、純粋に何が起きたのか知りたいという願望があります。

実弟実弟 2009/01/09 13:00 ミスを認めたテープレコーダーがあります。何が起きたのかは腹水を抜くのに失敗しその後も止血もしないまま安静にとゆう指示もないまま普通の入院生活で、深夜お腹が痛いとゆうと安定剤、痛み止めを一時間に三回投与し姉がトイレ行く時倒れて意識不明。以下省略。詳しくはメールください

NATROMNATROM 2009/01/09 13:12 手技そのもののミスは考えにくいというのはエントリーに書きました。腹水穿刺後の安静指示は、普通はあまりしません。報道されている経過からも、腹水穿刺終了時には出血はわからなかったものと思われます。問題があるとしたら、腹痛を訴えたときの対応でしょうね。

bamboobamboo 2009/01/09 15:18  私は毎日新聞と共同通信の記事を読んでブログを書きましたが、貧血のデータのことや輸血のことには触れていませんでしたので、穿刺当日にショックになり、その後亡くなったのかと思っていました。そのため、腹水を急激に抜いたためのショックが原因ではないかと想像しました。
 いくら出血傾向があるとはいえ、皮下出血で亡くなるものでしょうか。しかも輸血までしているのでしたら、皮下出血による出血性ショックでの死亡というのは疑問を感じます。死因は別にあるのではないでしょうか。
 ところで「実弟」さん、メアドが「巻き巻きウンコ」では、誰も真面目に問い合わせはしないと思いますよ。

ssd666ssd666 2009/01/09 15:28 実際のところ、主治医自身なぜお亡くなりになったのかわかっていないのではないでしょうか。
司法解剖、せめて病理解剖がなされていればわかったのかもしれませんが、単に時間的因果関係で、責任を認めるような発言をしたのなら、やはり真相は永遠に藪の中でしょう。

Med_LawMed_Law 2009/01/09 16:19 ありがちなのは、
診断されてなかったHCCの破裂→出血性ショック、急激な肝不全の進行→DIC→死亡

深夜の腹痛やショックによる気絶というのも完全合致
「実弟」さんが言われるような”痛み”なんて、腹腔穿刺じゃあありえません

山火事の現場検証で残ったタバコの吸い殻が原因と推定されていたが、実は山火事でタバコが燃えただけだった。。。。。これ位のオチを想像してしまいます

皮下出血は死亡原因ではなく、死亡原因から引き続いて起こった結果に過ぎない
因果の流れが逆になっていることを病院がもっともっと主張しないでどうする!?

実弟さんの証言が事実だとすると、ますます実弟さんの主張する『医療過誤』から遠ざかり、賠償請求もありえなくなることでしょう。

自己に不利な証言を行うことを自白といいますが、真実というのは時に残酷であり、病が残酷だったという結論を私は考えざるをえません

NATROMNATROM 2009/01/09 18:39 穿刺→皮下出血→出血性ショック→肝不全→12日後に死亡というストーリーはありうると思います。死因については、どの報道でも一貫していますので、死亡診断書に「出血性ショック」と書かれていた可能性は高いと思います(アの原因とか、経過に影響を及ぼした傷病名とかで)。そう考えると、皮下出血まではしょうがなくても、出血性ショックをどれだけ早く気づけるかという部分が争点でしょうか。腹水穿刺のときにも、ルート確保および頻回のバイタルチェックが必要な時代なのかもしれません。

JA50JA50 2009/01/09 21:34 家族ならば(本当に家族ならば)、そして本当に「真相を知りたい」と思っているのなら、カルテを公開すべきです。
病院にカルテ開示を請求し(もうしているのかな?)、それを公開するんです。
そうすれば、日本中の医者が検討してくれる。

もちろん、それで家族にとって「不都合な」真相が明らかになる可能性もあるけど、本当に「真相を知りたい」を言うのなら、公開したらどうでしょう?

まぁ、それだけの覚悟がある「遺族」ってのは、たぶんどこにもいないでしょう。
特に、「真相を知りたい」とか、マスコミに公言しているような「遺族」は。

ブーバーブーバー 2009/01/10 00:05 実弟さんへ
記事およびこのブログのやり取りを拝見いたしました。
お姉様のご冥福をお祈りいたします。
もしよろしければ、詳細をお伺いしたいのですが、掲載している実弟さんのアドレスに直接MAILしてよろしいでしょうか?

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2009-01-07 昔時の様な治療が行われるかもという杞憂

[]昔時の様な治療が行われるかもという杞憂 昔時の様な治療が行われるかもという杞憂を含むブックマーク

なんでも、エジプトの遺跡や平安時代の文章にも「最近の若いものはなっとらん」的な言葉があるそうで、「昔も今も変わらない」という話の枕に使われてたりしている。一方、日本の脚気の患者数は昔と比較すると激減したわけだが、死亡者の統計はあれども、その内訳、ことに衝心脚気の統計がなかなか見つからない。ただ、少なくとも衝心脚気が大正時代に消失したわけではないことは、■なぜ大正時代に衝心脚気が無くなったのか?で述べた通りである。

今回は、昭和13年の西山信光(医学博士・耳鼻咽喉科)による『入澤博士の「日本と欧州に於ける内科疾病頻度の相違」を読みて』という論説*1を紹介しよう。論説というか、エッセイに近い。昭和13年は西暦で言うと1938年。鈴木梅太郎によるオリザニンの精製から28年後、臨時脚気病調査会が「脚気はビタミンB欠乏を主因としておこる」という結論を下した1924年から14年後のことである。そのころには東京では脚気に罹る人が少なくなり、その要因は衛生思想の普及にあると西山は推測している。既にビタミンB以外の脚気の治療法は過去のものであった。


聞くところによれば昔は脚気患者の療法は麦飯を食せしめ、薬剤としては硫酸「マグネシウム」を服用せしめたに過ぎなかったそうである。従って罹病者並に死亡者の率がかなり高かったので、識者は邦人に特発するこの病気を根絶しなければ国家のために由々しき大事であると憂慮して不断の努力、研究の結果、遂に今日の好成績を収めて罹病者を激減せむる様になったことは実に慶ぶべきである。


硫酸マグネシウムは下剤として使われていたようで、むろんのこと脚気には効果はなく、気休め程度。


然るに国民保険だとか、健康保険が出来て物価は日に日に騰貴する。殊に薬品の価格はおおよそ高いものであるのに、無闇矢鱈に安価治療を強請せられるが、かくては治療の低下は免かれず、再び逆転して昔時の様な治療が行われて病者の不幸を招来するのではないかと甚だ杞憂に堪えない。


コストを削減すると医療の質が犠牲になりますよ、という話。どこかで聞いたような話だね。


私は先頃ある内科医の人にこの話をしたら、その人曰く、「イヤ実際にそういう例に遭遇したことがある。急病者があるというので往診を乞われて行って見たら、衝心脚気であった。今日迄の経過を尋ねたところ、某慈善病院の治療を受けていたという。家人の差出す処方を見ると硫酸「マグネシウム」を投与せられてあった。しかしてその患者は遂に死亡した」と。


そのうち、貧乏人にはクモ膜下出血が強く疑われても頭部CTを撮らない、心筋梗塞を起こしても緊急カテしないようになるかもしれないよ。杞憂であるのならいいのだが。

*1:西山信光、入澤博士の「日本と欧州に於ける内科疾病頻度の相違」を読みて(脚気、猩紅熱等)、実験医報 第24年第287号P1589〜(1938年=昭和13年)、引用者によって旧かなづかい・旧字等を改めた。

numachinomajonumachinomajo 2009/01/08 11:20 貧乏な人のCTをひかえるようになるまでには行かないと思うのですが、高齢者が腎不全になっても透析を導入しない日がそこまで来てる気がするのですが、杞憂でしょうかね〜?

OPCAOPCA 2009/01/08 18:54 http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2542dir/n2542_05.htm
李啓充先生の医学書院での連載記事から
「ここ数十年,医療技術は目覚ましい進歩を遂げてきたが,人工心臓に代表される人工臓器の実用化はその最たるものである。しかし,医療技術の進歩は,人類に福音をもたらす一方で,医療費の止めどない上昇をももたらした。これまでは,医療の進歩に対してそのコストを負担する余裕が社会にあったので,必要や適応のある患者「すべて」に対して,医療保険などの形でそのコストの大半を負担することが可能であった(先進諸国のほとんどで,腎不全患者に対する腎透析が医療保険でカバーされていることはその好例である)。
 ところが,医療費が止めどない上昇を続ける限り,やがて,「ない袖が振れなくなる」日が到来することは避けえない。例えば,人工心臓が実用化された場合,心臓「置換」の適応がある患者すべてに対して,その医療費を社会として負担することができる国がどれだけあるだろうか?
 社会が医療コストを賄えるかどうかだけでなく,医療資源そのものの量が極めて限定されている状況においても,必要と適応がある患者すべてにはその資源を供給しえないという状況ができる。例えば,腎透析の黎明期,世界で初めて透析を実用化したシアトル市のスウェーディッシュ・ホスピタルには,わずか5人分の透析供給体制しか整えられていなかった。あまたの腎不全患者の中から透析を受けるに「ふさわしい」患者を選別するための委員会が同病院内に設置されたが,腎不全患者の生き死にの運命を決定するこの委員会は,やがて「God Committee(神の委員会)」と呼ばれるようになった。 」

OPCAOPCA 2009/01/09 07:20 生活保護受給者(大臣や議員でなく)には後発医薬品を使うべし
という厚生労働省からの通知も出てましたね。
http://www.asahi.com/life/update/0429/TKY200804280368.html
撤回されたみたいですけど
http://www.asahi.com/life/update/0430/TKY200804300321.html

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2009-01-05 アクセスフリーの弊害

[]アクセスフリーの弊害 アクセスフリーの弊害を含むブックマーク

地方の中核病院に勤務していたころのこと。その病院は基本的には外来は午前中のみで、午後は急患のみ受け付けるようになっていた。救急専門の医師なんていないので、午後の急患当番を曜日ごとに決めていた。医師は不足気味であったので、午前外来・午後急患当番なんて曜日もあり、大物が飛び込んでくると入院患者さんを診る暇もなかった。

とある午後、20歳男性の頭痛の患者さんが来たと外来から連絡があった。なんでも、当日の午前中に別の医院に受診して薬も処方されたが、検査希望とのこと。紹介状なし。これがたとえば心肺停止であったら、とにかく今やっている仕事は全部中断して駆けつけるのであるが、急患ではなさそう。受け付けた以上は診ないわけにもいかないし、とりあえず仕事が一段落するまで待ってもらえと伝えた。30〜40分ぐらいしたら今度は脳外科の先生から、「頭部CTを撮ったけれども異常なし。内科的疾患だと思う。よろしく」と連絡があった。どうやら、内科の医師である私がすぐに診れないため、外来の看護師が気をきかせてか、頭痛ということで脳外科を受診させたらしい。

純粋に医学的見地から言えば、頭痛だからといってCTを撮るのは阿呆のすることである。詳しく病歴を聞き、丁寧に身体所見をとり、なんらかの頭蓋内病変を疑ったときに頭部CTをオーダーするのが「正しい」。しかし一方で、現在の日本で検査を希望する頭痛の患者さんのCTを撮らないのは馬鹿のすることである。万が一にでも、後からクモ膜下出血でも起こした日には、もれなく訴訟。そうでなくても、CTを撮ることで、患者さんの満足度は上がり、医療機関も収入が増える。

実際に患者さんを診察してみると元気で、前医で処方された解熱鎮痛薬でずいぶんと頭痛は改善していた。意識清明、血圧正常、髄膜刺激症状なし、微熱と上気道炎症状を伴う。前医の診断は感冒に伴う頭痛であり、患者側からの希望がなければ、まず頭部CTなんて撮ろうとは思わない症例だった。患者の母親が心配し、「ちゃんとした大きな病院できちんと検査してもらわなくて大丈夫か」と来院したという経緯であった。「この程度で来るな」と注意しようかどうか迷ったが、理解してもらえれば良いもののトラブルにでもなったらややこしいので、「検査では異常はありませんでした。良かったですね」と笑顔で対応し、強くは言わなかった。ちなみに前医は大病院で内科部長を勤めたのちに開業した医師で、私よりもずっと経験豊富である。

「母親が心配するのは当然。素人なんだからしょうがない」と思われる方もいるだろう。「死に至る万一の可能性を考え事実確認するのは当たり前」という意見もあるかもしれない。気持ちはわかる。しかし、この症例のような受診行動はコストがかかる。紹介状なしの初診であるからいくぶんかは割り増しがあるが、診察やCTにかかった費用については3割のみが自己負担である。医学的には意味のない「安心」のため、医療費が無駄に使われている。この無駄を無くすには、何らかのアクセス制限―たとえば紹介状が無い急患は断っていいというルールなど―が必要である。私の知る限り、開業医に受診した当日に、心配だからといって別の医療機関でCTを撮れるような贅沢ができる国は日本の他にはない。

日本のようなアクセスフリーの医療制度下で、低コストで医療が行われてきたのは奇跡的なことだ。その要因として国民皆保険制度のほか、国民が医療機関の利用に抑制的だったことがあるだろう。医療崩壊の原因の一つに、受診行動の変化があると考える。かつて「夜分にすみません」であったのが今ではコンビニ受診、酷い場合には「空いていると思ってわざわざ夜中に来たのに、こんなに待たすとはけしからん」になった。救急車の出動件数が増加したのは、かつては救急車を呼ぶほどではなかった軽症者にも最近では出動しているからだろう。むろん、気軽に時間外外来・救急車を利用できるようになったために助かった命はある。時間外受診するべきか、救急車を呼ぶべきか、一晩様子をみるべきか、素人が正しく判断するのは困難である。気軽に救急車を呼ぶのを禁止すると、必ず少数の犠牲が生じる。だが、「気軽」「安心」にはコストがかかる。そろそろ、我々は選択しなければならない。コストを負担するか、アクセス制限か、医療の質をあきらめるか。医師同士で解決するべき問題ではない。勤務医が雇用者と交渉してどうにかなる問題ではない。我々の問題だ。



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■病院は原則受け入れよ。聖地・福島のニュース

Med_LawMed_Law 2009/01/05 23:07 「我々」のうしろに”全国民”と入れないと、俺じゃない私じゃないというDQNが頻発すると思われ・・・・

医療を他人事じゃないと叫ぶ一般人も、ほとんど自分に事件が起こってから叫んでいるだけ。事件が起こる前は、全くの他人事。

婉曲表現が伝わらない人には、はっきり明瞭に単純に、同音異義語がないように、他意なく表現しないといけません

RRDRRD 2009/01/06 00:04 俺のブログへのブックマークコメントありがとうございました。
おかしいおかしいと思ったら、やはり医者でしたか。
「文句を言う相手が違っている。」とまで断言されるのでしたら、なぜブログに直接コメントいただけませんかね?
ま、それはいいとして
>かつて「夜分にすみません」であったのが今ではコンビニ受診、
これとかは聞き逃せませんね。
かつて夜分は夜分でしたが、今の夜分は夜分じゃないんですよ。そりゃ俺だって深夜に問い合わせの電話がかかってきたりとか、この客バカじゃねーかとは思いますが、しょうがないとも思います。お電話ありがとうございます、ですよ。
客の弱みを握ってる商売だけが時代の変化に対応してないんです。
そのことの善悪は言いません。俺も正月3が日くらいは全商店休みにするべきだと思います。

>そろそろ、我々は選択しなければならない
ぜひ選択させてください。この選択の機会もなく今まで来てるんですから。
「医療の質をあきらめる」とやらに一票。これって医者の数を増やすってことですよね?なぜこういう表記をするのか、その恣意にぞっとします。

AFCPAFCP 2009/01/06 00:22 コスト、アクセス、医療の質と並べるのはテンプレ。
あと医療の質をあきらめる方法は他にもいろいろある。診察時間の短縮とか、検査を減らす(あるいは増やす)とか、専門ではない医師の診療で我慢するとか。表記に恣意を感じるのは勝手だけど、ぞっとしてるのに共感はできないですね。

NATROMNATROM 2009/01/06 03:36 RRDさんのブログの労働問題についてのエントリーは勉強になりました。なるほど、医師は派遣労働者よりかはずいぶんと優遇されています。けれども多くの医師は労働者です。「派遣労働者は自己責任!それより医師を優遇しろ!」などと言っている医者がいたら(いないことはないと思う)、存分に批判してやってください。けれども、「医師は自力救済が可能な強者であるから、医師同士で問題を解決しろ」というのはおかしくないですか。自力救済は確かに可能です。他に労働条件の良い職場があるのですから。でも、それだと困るのは医師ではなく、患者さんでしょう?だから、医療政策の話は、医師の問題ではなく、「我々の」問題なのです。医療費を削って、派遣労働者を助けるという選択をするならするでいいんです。コストを削った分だけ、アクセスもしくは質が犠牲になることを理解していただければ。

それから、よく知らない人のブログに直接コメントするのを私はあまり好みません。批判的なコメントを削除する方がたまにいらっしゃることと、ブログ主に対するメッセージではなく忘備録的な用途を主な目的にしていることからです。今回は、お求めがありましたのでコメントさせていただきました。

「今の夜分は夜分じゃない」。分かります。仕事などで時間外にしか病院にかかれない人もいるでしょう。そういう方が増えたのが、日本の医療が崩壊した一因であるというのが、このエントリーの主旨です。時間外にそれなりの医療の質を維持しようとすれば、コストがかかることはご理解いただけると思います。

『「医療の質をあきらめる」とやらに一票。これって医者の数を増やすってことですよね?』。医師の質にもよりますね。年収300万の2級医師でいいなら、低コストで医師の数を増やせます。ときどき見落としが出るし、賠償金ももらえないと思います。それでも良いならどうぞ。普通に薬局に行くのではダメなんですかね。薬剤師じゃだめなんですか。あるいは、「壮快」とか「安心」とかいう雑誌の健康法で金のかからないものを選ぶというのは?「看護師の1ランク上の資格を作る」というのもよいアイディアですが、これは「コストを負担する」選択肢になりますね。

totsuantotsuan 2009/01/06 05:10 RRDさんのブログからのチラ見で失礼致します。
まず最初に。
ここのエントリと直接関係ないかも知れませんが、向こうで書いた「ブログ主(=RRDさん)が持つ気持ちは理解できますよ」と言う当方の発言に不快感を持っておられる件についてです。「気持ちは理解できる」という文面の裏をきちんと読解できる方であれば、今までの向こうでの私のコメント内容が決して”医師叩き”ではないと御理解頂けると思うのですが如何でしょうか?
現在の日本の社会環境では、全ての人々が何らかの理由で叩かれており、その反動で自分達以外に対しては非常に狭量となっているような気がします。当方の基本スタンスとして、常に相手側の事情も鑑みる様に努力しているつもりです。クレームや意見を言う人達は例えそれが客観的に無茶苦茶であっても、彼らなりの「論理」を持っているはずです。できる限りその「論理」を汲み取ってあげた上で、お互いを同じ議論の舞台に導いて向き合う事が必要だと考えます。確かにRRDさんの文章は挑発的で論理的にも納得しがたいものではありますが、医療者側として非医療者側の貴重な一意見の真意を丁寧に汲み取るべきだと思います。
昨今の医療事情において、ブログ主を含め医療者側/患者側それぞれが不満を持っているのは明白です。しかし、自らの反省点を考慮せずに不満を最初から全部相手に投げつけてしまっては何も解決しないように思います。

>「この程度で来るな」と注意しようかどうか迷ったが、
>理解してもらえれば良いもののトラブルにでもなったらややこしい
この思考プロセスは”患者教育の放棄”とも受け取れます。勿論、当時のブログ主の心情は痛い程理解できますし、当方自身は当時のブログ主の対応を一概に非難できません。しかし、その時に別の物言いでやんわりと”患者教育”できなかっただろうか?と反省できたのであれば、このエントリで吐露する程の憤りを持たずに済んでいるのかもしれません。毎日の診療で心身共に疲弊なさっている中、”釈迦に説法”のコメントで辟易なさっておられるかと存じますが、何卒御了承下さい。

>我々は選択しなければならない。コストを負担するか、アクセス制限か、医療の質をあきらめるか。
確かにこういった事態が近づいているのは間違いないようです。最悪、全てを選択して「アメリカ医療の劣化コピー」となる可能性があるかもしれません。ですから、そういった事態を少しでも先延ばし/回避するために医療者/患者それぞれができることを少しずつ行って改善に努めるしかないですね。
深夜のコメントにお付き合い、有難うございました。明日の御仕事に差し障りの無きよう、御身体を休めて下さい。
乱筆乱文にて失礼致しました。

lets_skepticlets_skeptic 2009/01/06 09:54 医師がネット上のモンスター患者を相手にしなければいけない現状を変えなきゃいけませんね…。
http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20071121/p1

rnarna 2009/01/06 13:13 >lets_skeptic さん
そのモンスターナントカっていうのやめません? 意味ないし。
特定のトンデモさんをモンスター扱いするのはともかく、医療問題を医師vsモンスター患者って図式で語るのは不当です。もっぱら経済的な問題を倫理の問題であるかのように吹聴するのは百害あって一理なし。
リンク先で「問題点を的確に指摘できるのは、医療関係者になってしまいがちだ…が、戦略的にはあまり成功しない方法をとっているとは思う」というのは同感ですが、「間違った医師批判などに反論すべきなのは、私たちのような第三者の庶民であって、専門家ではない」というのは反対で、おそらくそれは社会科学の専門家の仕事なのでしょう。少なくともモンスター呼ばわりで対立を煽るようでは、医者に反発するような人から見れば、相手が庶民でも「医者の尻馬に乗ってる奴」だと反発されるだけです。

lets_skepticlets_skeptic 2009/01/06 15:48 > rnaさん
そうですね。モンスター○○は撤回します。私の場合、自分の無知で医師からかなり厳しいツッコミを入れられたことがあるので、自虐の意味が含まれていたのですが、そんなことは誰にも分かりませんし、このエントリの文脈では不適切ですね。

lets_skepticlets_skeptic 2009/01/06 16:14 > rnaさん
 念のため説明しておくと、私は「医師vs患者」的な考えを持っているわけではなくて、医師が問題の指摘をしなければならないという現状が「医師vs患者」というわかりやすい物語を作っている原因になっていると考えています。
 ただ、rnaさんの言う「もっぱら経済的な問題を倫理の問題であるかのように吹聴する」というのは理解できていないので、教えていただければ幸いです(rnaさんのブログは購読してますので、そちらででも)。
 そこが理解できていないので、私は現状の医療崩壊問題は、政治の問題と患者の倫理観の問題の複合技(でも政治の問題って患者=国民の問題ともいえますよね。理想的には。あと、無知の問題を倫理の問題に含めていいかは未検討。)だと考えています。
 えーと、ここで言っている倫理観は、周りが全員賄賂をもらっている状況で、一人だけ賄賂を拒否しては生きていけないみたいな、倫理観の腐敗を想定しています。

匿名希望匿名希望 2009/01/06 22:29 心配・安心・念のため受診・・・
ある逃散系記事へのはてなブックマークであった「日本では医者も「お上」の一種。人間社会とはかけ離れた超常の世界の住人だと捉えているから、どんな不可能でも可能なはずだ!!という「暗黙の信仰」が根底にあるから。」
と底根っこで通じているかも。
つまり、何かあったら誰かに詰め腹切らせ責任取らせるのをてぐすね引いて待っている社会。自分は被害者〜弱者であるがゆえに、何を言っても許され、何も考えずに「権威」を責めることが許される。
これもはてな界隈の言説みたいですがカジュアル嫌権力(反権力)
権力・権威はなんでも俺たちのためにやってくれるべきだ・所与のものとしてやってくれる能力があるはずだという持ち上げ型依存意識とだからやってくれない・できなかったのは権威側が一方的に悪くてそれを叩くのはよいことであって理由を考えたりする必要はない。
そりゃ責任をおっかぶせられるのが嫌な側はカジュアルに頭痛でCT撮るわな。自分の懐が痛むわけじゃなし。CTを撮らないというインセンティブが働く余地がない?

杉山真大杉山真大 2009/01/07 12:09 そう言えば、昨年暮の『ザ・リバティ』にアホタローをヨイショする記事が載っていたけど、その中で「医療関係者の証言」ってのが紹介されていたんですよね。
「医師はサラリーマンと比べると社会的常識が欠落している人が多いと感じます。年上の病院スタッフや患者に礼儀をわきまえない医師が多く、ある研修医は高齢の患者に対して『ため口』をきく。先輩が忠告しても素直に聞かず、逆キレすることもしばしば」(関西の公立病院に勤務する男性医師・40代)
「素晴らしい人も多いですが、基本的には首相の発言の通りかも。医師は専門的な知識には精通しているが視野が狭くなりがち。若い頃から『先生』と呼ばれ、医療現場の権限を一手に握っているため、どうしても傲慢、尊大になりやすい。『医者は素晴らしくあってほしい」という期待も大きい分、常識のなさが際立ってしまうところはある」(中国地方の男性内科医長・40代)

杉山真大杉山真大 2009/01/07 12:15 「仕事で取り寄せる医師の意見書は、字が汚くて何が書いてあるのか判別できず、数人で解読しようと頑張るがまったく分からず苦労することが多い。読む人のことを考えているのか首を傾げたくなる」(女性ケアマネージャー・61歳)
「医師に対して、薬の副作用の可能性があることを指摘したら、ものすごい剣幕で叱られた」(女性薬剤師・55歳)

どこまで、この「証言」が真実なのか解かりませんけど、少なくともこうした言説が真実味をもって受け入れられてるから、アクセス制限とか質の低下とか兎角反発しちゃうのかも。

rnarna 2009/01/07 13:06 >lets_skeptic さん
医療崩壊問題については入門書(?)も読んでない状態なのであまり偉そうなことは言えませんが、医師のブログなどを見る限り個別の体験のバイアスが強い印象があって、割と懐疑的に見ています。救急出動の増加のようなある程度マクロな動きに関しては統計的な裏付けを伴った分析が欲しいと思い色々情報を探しているところです。もう少し勉強したらブログの方で何か書くかもしれません。
「ここで言っている倫理観」がよくわからないのですが、とりあえず一般的な倫理の問題だとすると、一般に国民の倫理が低下するような要因があるなら医師の倫理が低下しない理由はないわけで、一方的に患者が悪いという話にはならないのではないでしょうか。
僕は医療の需要増には高齢化、核家族化、不安社会化などが効いていて、供給が追いつかないのは経済と財政の問題だと思っています。一人あたり医療費や人口あたり医師数が高いGDPや高齢化率のわりには低い水準であることを考えると需要抑制より供給を増やすことを考えるのがスジだと思います。医師は急には増やせないので短期的には様々な工夫が必要ですが、本筋は別だというのを見失ってはならないでしょう。
あと、モンスターナントカに過剰反応ぎみに反応してしまいましたが、医療問題に限らずいろんな社会問題が弱者権力の横行と解釈されがちな流れがあって、少し神経質になっています。すみません。

lets_skepticlets_skeptic 2009/01/07 14:58 > rnaさん
色々興味深いので、rnaさんのエントリを期待するとともに、出てきたヒントをもとに考えてみます。

ssd666ssd666 2009/01/07 15:32 「アクセスフリーの堅持」とか言ってるのは医師会の爺医だけでしょ。
勤務医の99.9999%は糞食らえと思ってる。

NATROMNATROM 2009/01/07 17:07 99.9999%は言い過ぎです。せいぜい99.9%ぐらいでしょう。軽症を医院に誘導すれば開業医にもメリットがあるのに、医師会がアクセスフリーにこだわるのはなぜでしょうかね。

BPPVBPPV 2009/01/09 15:31 これが世に言う”たらい回し”か(笑)あるいは日本語の不自由なマスコミのいう「医師の縄張り意識」?
それはさておき、目の前にいる頭痛を訴える人を「自分の守備範囲でない」というために脳神経外科医はCTを使える。CTで異常のない頭痛患者を「厄介払い」できる。
”その他の頭痛”、としてwaste basket処理を押し付けられた”内科””総合診療科”が哀れですが…

BPPVBPPV 2009/01/09 15:31 これが世に言う”たらい回し”か(笑)あるいは日本語の不自由なマスコミのいう「医師の縄張り意識」?
それはさておき、目の前にいる頭痛を訴える人を「自分の守備範囲でない」というために脳神経外科医はCTを使える。CTで異常のない頭痛患者を「厄介払い」できる。
”その他の頭痛”、としてwaste basket処理を押し付けられた”内科””総合診療科”が哀れですが…

メメントモリメメントモリ 2013/10/04 23:50 化学物質過敏症と呼ばれている現象を、芸術として見てみようかと思いました。

2009-01-03 2級医師資格は医療費を抑制しうるか?

[]2級医師資格は医療費を抑制しうるか? 2級医師資格は医療費を抑制しうるか?を含むブックマーク

医療コスト削減対策として、「2級医師あるいは准医師といった資格をつくり、簡単な病気は2級医師が診ればよい」という主張をときに見かける。「医師会が既得権益を守るために反対している」という主張とセットになっていることが多い。典型的には、森永卓郎による■資格医師の数を増やして医療コストを削減せよ(日経BP社)。


 例えば、こうしてみたらどうだろうか。建築士と同じように、医師の資格も1級と2級に分けて仕事を分担するのである。

 確かに、先端医療の場合には、高度な知識や技術が必要なことはわかる。しかし、中高年やお年寄りに多い慢性疾患の場合は、さほど高度な医療判断が必要だとは思えない。極端なことを言えば、医者は話の聞き役にまわればよく、出す答えもほぼ決まりきったもののことが多い。もし、手に負えない症状であったり、急性疾患の疑いがあれば大病院にまわせばいい。

 そこで重要になってくるのは、先端医療技術よりもコミュニケーション能力である。そうした技能の優れた人を養成して、2級医師にするわけだ。2級医師は4年制で卒業可能として、とりあえず大量に育成する。

 最近の若者には、福祉の分野で働きたいという意欲を持つ人が多いから、人は集まるだろう。病院が彼らを年収300万円ほどで雇えば、若年層の失業対策にもなる。

 病院としても、そうした2級医師を採用して「早い、安い」を売り物にすれば人気が出るだろう。高齢者にとっては、待ち時間が減って、話をじっくり聞いてくれるので喜ばしい。こうした医療機関が普及すれば全体の医療費を下げられる。みんなハッピーになるのではないか。


医師会はどうだか知らないが、私は別に反対しない。現状で「仕事を奪われるかもしれない」などと懸念するのは、旱魃のときに洪水を心配するようなものだ。だいたい、病院によっては採血やルート取りや静脈注射が医師の仕事になっているところもあるが、そこで働く医師は誰もが看護師がやってくれたらいいのにと考えている(参考:■大学病院の看護師が静脈注射をしない理由)。2級医師だろうと准医師だろうと、仕事を手伝ってくれる人がいたらどれだけ助かるか。

ただ、実現するには解決すべき問題点がある。たとえば、2級医師が医療ミスをしたときの責任は誰がとるのか。「重症だったら1級医師に回せばいい」というのは安易に過ぎる。多数の軽症者の中に、一見しただけでは分からないような重症者が混じっているからである。見落としの責任を追及される立場には、それ相応の待遇が必要であろう。森永卓郎は「2級医師を大量に育成して年収300万円ほどで雇う」と主張するが、年収300万円で地雷原を歩く人がいるだろうか。いや、いるか。某大学病院の医員は、大学病院からもらう給料は年間300万円ぐらいだった。

よろしい。無職になるぐらいなら地雷原を歩く人もいるとしよう。ならば患者側から見ればどうだろうか。「とりあえず大量に育成された」2級医師に診てもらいたいと思うだろうか。患者側の大病院指向、専門医指向は以前から指摘されているところである。なんらかのアクセス制限とセットでなければ、2級医師制度はうまくいかない。医療の質も保証されない。要するに、2級医師制度でコストを削減しようとするなら、アクセスと医療の質が犠牲になりますよという話。

コスト削減ではなく医師不足対策として、助産師のような看護師の上級の資格を作るのはありだと思う。看護師の中には、それだけの能力を持つ人たちもいる。そういう能力を持った人たちは安い給料では働かない。そもそも人件費は医療費の一部に過ぎない。

とおりすがりとおりすがり 2009/01/03 20:12 かかりつけ医も似たような制度かと思いますが、それもダメですかね?

NATROMNATROM 2009/01/03 20:24 イギリスのように、まずはかかりつけ医へ受診するようにして、いきなり高次医療機関にかかれないようなアクセス制限ができれば、少しは医療費を抑制できると思います。医療の質という点では、日本の開業医の多くは勤務医経験者であり、「とりあえず大量に育成された2級医師」とは比較になりません。

JA50JA50 2009/01/03 20:35 かかりつけ医ってのは二級医師だったのかぁ。
少なくとも、かかりつけ医はそう見られているわけだ、非医療者には。

かかりつけ医は開業医の中から患者に選ばれてなる。
その開業医は、勤務医をだいたい10年はやって、一人で患者を診れるとなって初めてやるもんです。
それでも、清水の舞台から飛び降りるようなつもりでなる(特に世襲でない場合は)。
失敗したら破産。

とおりすがりとおりすがり 2009/01/03 21:01 別に2級医師とは見ていませんよ。
ただ、段階を踏んでいるという点で似ているのかなと思ったまででして。

Med_LawMed_Law 2009/01/03 22:30 看護師さんたちでも、夜勤コミコミで平均年収500万円超えてます。
http://job.goo.ne.jp/topics/special/income/008.html

これだけでも仕事に見合った給与とは全然思えないのに、森永氏は自著の「年収300万円」を強調したいのでしょう。

専門家の事を尊重せず、尊敬しないのに、医療を委任するなんていうことがありえるのかどうか?

今、どんどん専門看護師を作って、普通の看護師以上の待遇を求めようとする人達が聞いたら、怒り心頭に達するのではなかろうか?

道路を造っても、医療にお金を掛けたくない政治家を支持している国民に、さて、どこまで医師が誠意を尽くすべきなのだろう?既に全ての誠意は尽くしており、経済合理性は成り立たなくなっているというのに、、、、、

雑ネタ雑ネタ 2009/01/03 23:03 http://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/52229574.html
>「最近は風邪をひくと内科じゃなくて外科に行く人が多いだよ」。近所のお年寄りが言うので、最初は、どういうことか?と思いました。いまは(略)外科が暇になっているんだそうです。風邪ぐらいなら簡単な診察で薬をもらえば済むと分かっているし、歩いてゆけるところにいる昔から知っている開業医に診てもらった方が良い。そういう高齢者が増えていると聞き、
 (時間的な)コストを考えるとこういう行動に出る人もいるようです。
 外科開業医≒内科2級医師?w

それはそれとして、”医療ミスをしたときの責任は誰がとるのか。”
これにつきますね。基幹病院の外来に、胃の手術をうけた後、10年20年通院し続ける。眼科で整形外科で泌尿器科でかかってるから、といって血圧の薬を基幹病院の内科の外来でもらい続ける。急変して侵襲的治療が必要になったとき、死亡確認に何時であろうと入院主治医が必ず関与する主治医制度。逆に、ペースメーカーが入っているからうちでは対応できませんのでそちらでやってもらってください。それもこれも、いざというとき、○○に”責任をとってもらうために”という意識に通じている。
毎月薬をもらいにきちんと通院していたのに見つかった肺がんが末期だったら…そのシナリオのおそろしさに人の行動が。

Med_LawMed_Law 2009/01/03 23:28 >毎月薬をもらいにきちんと通院していたのに見つかった肺がんが末期だったら…そのシナリオのおそろしさに人の行動が。

日本の保険診療は、ある疾病に対して診断・治療をするのに現物給付がなされるだけのことで、”肺癌”の検診義務まで負っているいる訳じゃありません
義務がないのだから責任もありません。同情はしますけどね。

基幹病院に10年も20年も通院し続ける人がいるとすれば、他の人の診療機会を奪っているとすれば、今後は許されない贅沢な行為と非難されることでしょうね。

physicianphysician 2009/01/04 01:34 >毎月薬をもらいにきちんと通院していたのに見つかった肺がんが末期だったら…そのシナリオのおそろしさに人の行動が。

大学病院の上司なんかは、患者さんに、専門分野しか診てないから、それ以外については健診をうけろ、と言ってますが?
健診で癌が見つかるかどうかは知りませんけど、外来で大した検査もしてない(不可能だから)のに比べれば、見つかる率は高いと思いますがね。

diamonds8888xdiamonds8888x 2009/01/04 06:32  素人ながら、森永卓郎氏の「中高年やお年寄りに多い慢性疾患の場合は、さほど高度な医療判断が必要だとは思えない」という判断は色々な面で疑わしく思えます。が、1級医師の負担を軽くするという意味ではおもしろい提案だとは思いますね。私ならまず最初は1級医師に診察してもらい、「高度な医療判断は不要」とのお墨付きが出たら2級医師に回してもらう、という方法が安心できますね。整形外科の初診ではまずレントゲンで骨の異常の有無は確認しておくというようなアレですね。
 言ってみれば、歯科医に対する歯科技工師、サイエンチストに対するテクニシャンみたいな職業の人達を増やせば良いのではないか、というのが森永卓郎氏の提案の妥当な方向ではないでしょうか。これは氏自身の構想とは違うと思いますが、どんな患者であれ、初診は一番高度な医療判断が必要ではないかと思います。
 テクニシャンを増やすという案では人件費は増えるとは思いますけど、サービスの質がより高まるなら、それは医療費の使い方が効率的になったということです。ていうか、今以上の医療行為も可能なスペシャル看護師資格とかを作ればいいのでしょうか?

Med_LawMed_Law 2009/01/04 11:20 diamonds8888xさん

申し訳ないですが、素人の推測を超えないようです

>ってみれば、歯科医に対する歯科技工師、サイエンチストに対するテクニシャンみたいな職業の人達を増やせば良いのではないか

残念ながら専門家に対する専門的アドバイスができる専門家を想定すると、医科の場合は後者の方がレベルが高く人件費も高いです。
例えて言われている歯科医と歯科技工士、サイエンティストとテクニシャンの上下関係をひっくり返すような話です。

〉人件費は増えるとは思いますけど、サービスの質がより高まるなら、それは医療費の使い方が効率的になったということです。

これはアメリカ型医療システムの構築と変わりませんが、医療費は跳ね上がります
医療費総額が増えないなかで、配分の妙で解決できる問題じゃないので、全然、解決案になりません。

金を出さないなら、質の低下か、便利さが低下する
質を落とさないのであれば、金が掛るか、便利さが低下する
便利さを落とさないのであれば、金が掛るか、質が落ちる

これを3拍子揃えられることを大前提として、金をださずに解決案を出そうとするから現場に皺寄せが来て、カイゼンでは済まないところに来ているのが今。

既に医療費は最高に効率的に運用されていたのに、日本の数倍の一人当たり医療費を注ぎ込んでいるアメリカの一面だけを取り入れようとするから、最適解を壊してしまったのが今。

それと、
>「高度な医療判断は不要」とのお墨付き

これはあくまでも、消費期限付きの御墨付きにすぎないのであって、ほんの数時間、数日で大きく変化することなんてザラです

最後に言っておきたいのは、自分達よりも能力が高い人達を自分達より安く使おうという根性は間違っており、合理性を欠いています。

あえて、「素人」と言い切っていますが、他意はありません。

カーネギーメロン大学のロボット工学の超エキスパートの金出 武雄先生は、
「素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術」
ということを提唱しておられます。
素人的発想自体は自由ですが、玄人の検証に耐えられなければ当然棄却されます

発言の自由の裏には、発言の正当性を担保する責任が伴うことをお忘れなく

素人の発想 ⇒ 素人の検証 ⇒ 素人の実行 ⇒ 破滅 (今、ココ)

もにょもにょ 2009/01/04 13:20 こういった言説を見るにつれ、内科的な仕事って随分簡単に見られてるんだなあ、と思います。まあ手術や3次救急に比べて華がないのは確かなので(医者漫画の主人公も外科系ばっかりだし)、ある程度は仕方ないんですが…。
こういう方は、野球のキャッチャーは球を受けるだけだから誰でもできる、とか思ってるんでしょうか。

○ 2009/01/04 18:24 全く素人の発想になりますが、発生する患者の数とレベルをモンテカルロ法かなんかで現実に近いモデルを作って仮定して、どのようなレベルの医師が何人いるかと、人件費を条件に足せば全体の費用を含めた最適解を出せませんかね?単なる机上の計算の段階になるかもしれませんが。

katogawakatogawa 2009/01/05 14:22 別件で調べ物をしていたら関連しそうな以下の文献を見かけました。

Substitution of doctors by nurses in primary care.Laurant M, Reeves D, Hermens R, Braspenning J, Grol R, Sibbald B. Cochrane Database Syst Rev. 2005 Apr 18;(2)

医師が行うプライマリケアを看護師が代替したときのアウトカムや活用資源の量(コストも含む)に関する研究のメタアナリシスで、
・患者の満足度はNsのほうが高い傾向で、その他のアウトカムには差は見られない。
(“適切な訓練”があれば医師の同等のQualityのプライマリケアの提供は可能)
・コストや医師の労働負荷が減少するかは不明
などといった結果が出ているようです(かなり略して記載しましたのでご関心があれば原典におあたりください)。

研究数が少ないため、明確な結論は導き出せていないようですが、2級医師のような存在を導入すれば即医療費が削減される、というのはこれを見る限りでもなさそうな気がします。

おかだおかだ 2009/01/05 23:15 森永さんは、軍医と看護兵の関係を想定しているのかな、と感じました。ちなみにアメリカで医者の補助をしているフィジシャン・アシスタントは、平均年収8万6000ドルです。

diamonds8888xdiamonds8888x 2009/01/13 06:02 Med_LawMed_Lawさん 長文失礼します

 私の説明不足のせいですが、微妙に私の提案とずれた案の批判のように思えますので、再度説明させていただきます。まず私の提案は森永氏の提案に刺激を受けたものではありますが別の案です。またコスト削減よりも医師の負担を軽くする、つまりは高度な訓練を受けた人材をより有功に活用するという点に主眼があります。ありていに言えば、NATROMさんの「医師会はどうだか〜やってくれたらいいのにと考えている」に一番刺激を受けてのものです。

 歯科医と歯科技工士の関係は了解しました。これを例としたのは私の認識不足でした。むしろ、歯科医がまず診察をして歯石取りは助手に任すとか、医師が診察をして判断を下し看護師が実際の治療行為をする、というイメージです。そこで現在の看護師資格ではできない処置なり判断なりでもできるような資格というイメージですね。

 もちろん具体化となると問題点も多々出てくるでしょうし、その結果人材の効率活用にはつながらず却下となるかも知れませんよ。しかし提案ですからそれは当然です。具体案に育てるだけの見込みがあるかどうかが問題でしょう。

>素人的発想自体は自由ですが、玄人の検証に耐えられなければ当然棄却されます

 当然です。どしどし検証すれば良いのです。そして棄却されることを恐れて素人的発想を披露することを躊躇するのもNGだと私は思います。それでは開発を前進させることは難しい。一連の議論は社会制度の開発に関する議論ですから。

>発言の自由の裏には、発言の正当性を担保する責任が伴うことをお忘れなく

 当然のことです。が、私の発言のどこかに正当性に欠ける部分があったでしょうか? 上に述べた通り、提案に欠陥があることや素人的であること自体は正当でない理由にはなりませんよ。

>これはアメリカ型医療システムの構築と変わりませんが、医療費は跳ね上がります

 「これは」で何を想定されているのかわかりかねます。さほど具体的ではない私の提案で「医療費は跳ね上がる」というかなり確定的な予測が可能とは思えません。なので「私の提案とずれた案の批判」に見えたのです。もっとも、ここ以下「〜最適解を壊してしまったのが今。」までの認識は、たぶんその通りなのだろうと思っています。自分で資料等よく見てはいないので「たぶん」としか言えませんが。

>自分達よりも能力が高い人達を自分達より安く使おうという根性は間違っており、合理性を欠いています。

 当然ですね。これは大前提でしょう。あれ、でも「自分達よりも」という単語は余計なような気もしますが。金を払ってサービスを買おうとする場合は、そのサービスに関する能力は消費者の方が劣っているのは当たり前ですよね。どうもここに関しては私の方が微妙にMed_LawMed_Lawさんの意図を誤読しているかも知れません。「自分達より安く」??と言っても消費者の職業は関係ないはずですが。

>これはあくまでも、消費期限付きの御墨付きにすぎないのであって、ほんの数時間、数日で大きく変化することなんてザラです

 もちろん私には具体的なことはわかりませんが、病気によっても違うでしょうし、結局はコスト見合いということになりませんか? そういう可能性のある変化を監視するために医師がつきっきりというわけにはいきませんし、現在でも四六時中モニターしているのは、そのコストを支払っても必要な場合ですよね。極論を言えば健康体に見えていた人間でも短時間で大きく変化する可能性はあります。でも毎日の健康モニターに多大なコストをかけたりはしません。しかし例えば腕にはめるなり皮下に埋め込むなりする安価な健康状態モニターなどというSF的ガジェットがもし実用化すれば、健康体に見える人間でも常時モニターするのが常識となるかも知れません。