0010 | 11 |
0011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 11 |
0012 | 04 | 05 |
2004 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 |
2011-03-29 差別を許容するコスト
■[日常]差別を許容するコスト

「避難してきた被災者の車が、いわき市のナンバープレートをつけていたため、近所からクレームがついた」といった話は聞いていた。車についた「放射能」を恐れたのであろう。困ったことであるが、不安に駆られて、そういう行動をとる人がいても仕方のないことだろうと思っていた。しかし、医療機関や避難所といった、公的な性格を持つ施設が、正当な根拠なく被災者を不平等に扱うのは問題である。
■福島第1原発:放射線検査「義務付け」 偏見で過剰反応 - 毎日jp(毎日新聞)
原発から半径20〜30キロの自主避難促進区域にある福島県南相馬市原町区から福島市に避難してきた会社員、岡村隆之さん(49)は24日、市内の医療機関で8歳の三女の皮膚炎の治療を断られた。理由はスクリーニングの証明書がないこと。市販薬で何とかしのいだが、岡村さんは「ただでさえ不安な避難生活。診察を断られたことが、どれだけショックだったか」と話す。
福島県は13日、県内13カ所でスクリーニング検査を始めた。17日からは、その結果を記した県災害対策本部名の証明書も発行している。しかし、本来は個人が自らの放射線量を知って安心するために行われる検査の証明書が、避難してきた人が受け入れてもらうためのお墨付きになっている実態がある。
南相馬市などから約1300人が避難している福島市の「あづま総合運動公園」の避難所では、17日から入所の際にスクリーニングの証明書提示を求め、証明済みの目印にバッジを付けることになった。避難者が一時帰宅した際には再入場時にも検査を求めており、出入り口には説明文が張り出されている。
避難所の担当者は「他の避難者から不安がる声が多かったため始めた。疑心を事前に摘み取るために必要だと考えている」と説明する。収容人員の多い他の避難所でも同様にスクリーニング検査を求める所がある。
産経でも同様の報道がなされている。
■【放射能漏れ】「証明書」なければ入所拒否 放射線検査、避難所に波紋も+(1/2ページ) - MSN産経ニュース
毎日新聞では、広島大病院高度救命救急センター長の谷川攻一教授の「原発での特殊な作業に従事する人を除けば、現時点で基準値を超える放射線量が出る人がいるはずがない。証明書がなければ必要な医療を受けられないなどというのは言語道断。過剰反応は厳に慎んでほしい」というコメントを紹介している。私も同感である。ついでに言えば、多少基準値を超える放射線量が出る人がいたとしても、他の人に与える影響はほとんどないと言っていい。
「他の避難者から不安がる声が多かったため始めた」とする避難所の担当者の言い分もわかる。「大丈夫だ、安心しろ」という説明だけでは「他の避難者」は安心しない。簡単なスクリーニングで安心を買えるのなら安いものだと思ったのかもしれない。しかし、差別を正当化する代償は安くないと私は考える。そう、「他の避難者の不安がる声」を理由に、医学的には不要であるスクリーニングを強要することは、差別に他ならない。「他のお客様の不安がる声」を理由にハンセン病元患者の宿泊を拒否するのとどう違うのか。
スクリーニングの証明書がないことで治療を断った医療機関については、避難所の担当者よりさらに酷い*1。放射線の害について、医師であれば基本的な知識として知っておくべきである。本来、不安がる患者に対して、大丈夫であると説明する立場であろう。医学的には患者に感染させる恐れがないにも関わらず、HIVキャリアの看護師を解雇しようとした医療機関を思い出させる(■HIVキャリアを理由に看護師を解雇することは正当か?)。
HIVキャリアの看護師の件については、医療機関を支持する発言も見られた。患者に感染させるリスクが事実上ゼロであっても、患者の不安や風評も考えろ、ということらしい。しかし、「差別を許容することによって自分が差別される側に立たされるリスク」は考慮されていない。今回の原発事故から、まさしく、いつ「差別される側に立たされる」かわからないということを改めて思い知らされた。差別を許容してはならないのは、そのとき差別される人のためだけではなく、自分のためでもある。完全に利己的な人であっても、十分に賢い人であれば、差別を許容しないであろう。
関連記事
*1:報道が事実だと仮定して。福島県双葉病院の件と異なり、医療機関を擁護するのは難しいと思われる
- Twitter / @nonosaku
- Twitter / @mimimizu
- Twitter / @PRbaybe
- Twitter / @Brother_chang
- Twitter / @yamashitam
- Twitter / @oryza_twi
- Twitter / @petit_turbo
- 出ましたっ! 太宰メソッド@福島県
- Twitter / @kuroseventeen
- Twitter / @usg_ringo
- Twitter / @morning_glory88
- Twitter / @symbioticworm
- Twitter / @maymay39
- Twitter / @chquita_
- Twitter / @atsushimiyahara
- Twitter / @tibi_makiusa
- Twitter / @rikuegg
- Twitter / @aiaki2
- Twitter / @crosse
- Twitter / @koyamamariko
- Twitter / @two_boats
- Twitter / @necohime
- Twitter / @ajiro123
- Twitter / @konatu88
- Irony Fool - 放射能v.s.電波
- Twitter / @kameit
- 2011-03-29 の tweet
- Twitter / @div_kz
- Twitter / @soratomori
- Twitter / @kurinezmi
- Twitter / @nomonomo
- Twitter / @yui_kage
- Twitter / @tarareba72
- Twitter / @kameniwa
- Twitter / @kariyura1980
- 思索の海 - メモ:「つくば市、福島からの転入者に放射能検査要求」...










やはり、空気の醸成が一番怖い。
今は放射線リスクより、風評被害の方が何倍も怖いとかいたら、福島で作業してこいだとか・・・。
まあテラシーとは無縁の場所ですのが、義憤の心は忘れないで欲しいですね。
汚染された地域(例えば原発敷地内)から来た人に対しても、せいぜい「念のため上着は玄関に掛けておいてください。」という対応で十分でしょう。その避難所の職員は、自身が風評被害を広めているという自覚がないのでしょうね。
「医療機関」の対応は、さすがに医師ではなく、事務員かだれかだと思いますよ。
医師個人は放射能の知識があっても「他の皆さまの迷惑」を理由に厄介者を断る。
日教組大会の会場予定地が「右翼が抗議に来たら"他の一般客に"迷惑が掛かるから」という理由で日教組にお帰り願ったのと同じ。
いかにも「個人の意志」より「みんなの空気」が絶対となる空気真理狂の国らしい。
遺体と被災者を同一視している人がいますが
遺体・・・11日から2週間以上(その間に原発の水素爆発などあり)その場で放置
被災者・・・避難指示の時点でほぼ全て避難区域外に出ている。無断で中に入って家に戻ったとしてもせいぜい数時間程度
居残った被災者・・・警察、消防などが説得して出してる状況。(本人の健康状態確認のため)スクリーニング検査をやっていないはずがない
遺体と現在避難区域外にいる被災者を同一視する人は算数すらできないのかと言いたい
だからこそ報道する側・検査する態勢の方も考え直すべきなんじゃないでしょうか。
客商売で実際に営業に支障が出る日教組の件はこの事例とは無関係でしょう。むやみに無関係の話題を持ち込むのは議論が発散するので感心しません。
新潟の知り合いが「中越の時にお世話になったのに、1945年から全く進歩してない」と嘆いていました。やはり科学的、定量的にリスクを判断する習慣を国民全体が持つ必要があると思います。まあ一番の障害はマスコミなんですが。
>日本人が本能レベルで持っているとしか思えない物
これは日本人だけが持ってるものなのですかね?例えば欧米人は「穢れ」というような表現する言葉は持ってないけど、同じような事をするような気がするのですが。
いや、難癖つけるつもりはなく、こういう事象に対して欧米人と日本人とでどのような行動差がでるのかにかんして非常に興味があるので、出来たら根拠なりを聞いてみたいと思って書きました。
>
>「放射能」にしても「HIV」にしても「O-157」にしても「インフルエンザ」にしても、目に見えない穢れの
>忌避、あるいは穢れることに対する畏れという、もう日本人が本能レベルで持っているとしか思えない物が
>根底にあるように思われる。
「ケガレ」に相当するものは多くの文化にあります
例えば,聖書にも出てくる「ハンセン病」等の病気を意味するヘブライ語の「ツァラアト」は,
見た目の「汚れ」だけではなく,宗教的な「穢れ」も意味しています
>ツァラアト
> ツァラアト(צרעת, Zaraath)は、ヘブライ語で「汚れ」や「しみ」を表す言葉である[1]。旧約聖書
>「モーセ五書」の「レビ記」(13章・14章)に最初に登場した。見た目の「汚れ」のみならず、宗教的な
>「穢れ」も意味し、「死のミサ」[2]や「模擬埋葬」[3]などの儀式の対象となった。その後、ツァラアトの
>語は、ギリシャ語訳聖書「七十人訳聖書」(紀元前250年頃)で「レプラ」と訳されて、使用されなく
>なった。長らく使用されなかった言葉であったが、2000年以上の時を経て日本聖書刊行会より発行された
>「新改訳聖書」(新約1965年、旧約1970年初版)の第三版(2003年)では「ツァラアト」と訳された[1]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E7%97%85
病気の個体や死んだ個体を避けるというのは生得的な行動としてあり得ますから,
病人を「ケガレ」として忌避する文化にも「本能的」な基盤はあるのだと思います
しかし,例えば,ベジタリアンが肉や魚や卵等をすべて「穢れ」と見るように,
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Oasis/2574/banyu2.html
「何を『ケガレ』とするか」については文化的に規定されているので,
必ずしも「本能レベルで持っている」と決めつける必要はないと思いますね