NATROMのブログ

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スクリーニング効果の定義

ややこしい話になるので、まずは結論から書く。「スクリーニング効果」の定義には混乱があり、過剰診断を含む意味で使う論者もいれば、過剰診断を含まない意味で使う論者もいる。最近では、過剰診断を含まない意味で使われることが多くなった。今後は、スクリーニング効果という用語は過剰診断を含まない意味で使うのがスタンダードになると思われる
検診(スクリーニング)を行うと、診断される病気の数は増える。具体的な事例で説明したほうがわかりやすい。余計な議論を呼ばないように、ある高齢者集団に前立腺がん検診をしたとしよう。検診前はその集団の前立腺がんの罹患率は1年間で10万人中20人であった。この20人はすべて前立腺がんによる症状がきっかけで診断されていた。ところが前立腺がん検診を行うと、自覚症状から診断される20人に加え、10万人中80人の前立腺がんが発見された。検診前と比較して、罹患率は20人/10万人年から100人/10万人年の5倍に増えた。
「前立腺がんが増えるような、何か環境要因の悪化があったに違いない」と思う読者はいないだろう。病気の真の増加がなくても、検診を行えば診断される病気の数は増えるに決まっている。ただ、ここで問題になるのが、検診によって増えた分のうち、将来死ぬまで前立腺がんによる症状を呈さない人もいれば、何年か先に前立腺がんによる症状が出る人を前倒しして発見された人もいることである。
将来死ぬまで前立腺がんによる症状を呈さないことを「過剰診断」、何年か先に前立腺がんによる症状が出る人を前倒しして発見することを「前倒し」と呼ぶことにする。「過剰診断」についてはこの意味で使われることがスタンダードになりつつある(参考:■「過剰診断」とは何か)。「前倒し」はここだけの便宜的な呼び名である。
過剰診断と前倒しの区別は検診の有効性を評価するための指標の一つになりうる*1。過剰診断が多ければ、診断に伴う不安や不必要な治療という不利益が大きくなる。前倒しが多ければ、早期発見による死亡例や進行例の減少が期待できるし*2、少なくとも「どうせそのうち症状を呈するはず」の疾患への治療介入は過剰診断よりもずいぶんましである。
また、過剰診断と前倒しを合わせて、見かけ上の罹患率上昇を表す言葉も必要である。罹患率の上昇が見かけ上のものなのか、それとも病気の真の増加を反映したものなのか、議論になる場合もある。たとえば、福島県における小児の甲状腺がんがそうだ。ここで、スクリーニング効果という用語が異なる定義で使用されており、混乱の原因となりうる。まずは、過剰診断と前倒しを区別せずに「スクリーニング効果」としている例。山下俊一氏。




■福島県における小児甲状腺超音波検査について(山下俊一氏)


■「スクリーニング効果」の懸念
  全県下の子どもたち、約36万人もの規模に対する小児甲状腺超音波検査を、診断精度が高い最新の超音波検査機器を利用し、さらに国内の専門家が協力して行うような体制整備は、まさに世界でも初めての経験でした。
  このため当初から、医療界ではよく知られたスクリーニング効果(それまで検査をしていなかった方々に対して一気に幅広く検査を行うと、無症状で無自覚な病気や有所見〈正常とは異なる検査結果〉が高い頻度で見つかる事)の発生が懸念されていたことを、まずお伝えしておきます。

スクリーニング効果の定義はここでは「それまで検査をしていなかった方々に対して一気に幅広く検査を行うと、無症状で無自覚な病気や有所見〈正常とは異なる検査結果〉が高い頻度で見つかる事」となっている。過剰診断か前倒しかの区別はなされていない。
次に、スクリーニング効果を、過剰診断とは別に、前倒しに限った例。津田敏秀氏および津金昌一郎氏。



■Fukushima Voice version 2: 岡山大学・津田敏秀教授 日本外国特派員協会での記者会見の動画と読み上げ原稿(津田敏秀氏)


この分析により、福島県内では、事故後 3 年目以内に数十倍のオーダーで事故当時18 歳以下であった県民において甲状腺がんが多発しており、それはスクリーニング効果や過剰診断などの放射線被ばく以外の原因で説明するのは不可能であることが分かりました。これまでの議論から拝察しますと、スクリーニング効果というのは「後にがんとして臨床的に診断されるいわば『本当のがん』がスクリーニングにより2-3 年早く見つかること」で、過剰診断というのは、「一生がんとして臨床的に診断されることのないがん細胞の塊、いわば『偽りのがん』がスクリーニングによりがんとして検出されてしまうこと」のようです。多くの議論はこの2者が区別されずに単に「スクリーニング効果」として主に後者を意識されて呼ばれているようです。

「スクリーニング効果」を「後にがんとして臨床的に診断されるいわば『本当のがん』がスクリーニングにより2-3 年早く見つかること」として、過剰診断を含んでいないことを明確にしている。過剰診断を含んだ意味において「スクリーニング効果」という用語が使用されることがある点についても触れられている。



■福島の子ども、甲状腺がん「多発」どう考える 津田敏秀さん・津金昌一郎さんに聞く:朝日新聞デジタル(津金昌一郎氏)


 日本全体の甲状腺がんの罹患(りかん)率(がんと診断される人の割合)から推計できる18歳以下の有病者数(がんの人の数)は福島県の場合、人口から見て2人程度。実際にがんと診断された子どもの数は、これと比べて「数十倍のオーダー(水準)で多い」とは言える。
 数年後に臨床症状をもたらすがんを前倒しで見つけているという「スクリーニング効果」だけでは、この多さを説明できない。現時点では放射線の影響で過剰にがんが発生しているのではなく、「過剰診断」による「多発」とみるのが合理的だ。

「スクリーニング効果」を「数年後に臨床症状をもたらすがんを前倒しで見つけている」としており、過剰診断を含んでいないことは明確である。
津田敏秀氏と津金昌一郎氏は意見は対立しているが、「スクリーニング効果」という用語を過剰診断を含まない意味で使用している点は共通している。また、福島県の小児の甲状腺がんの事例が、前倒しだけでは説明できない点についても意見は一致している。津田敏秀氏は(被曝なしでも将来発生した分の)前倒しだけではなく原発事故の影響で真の病気の増加があるという立場で、津金昌一郎氏は前倒しだけではなく過剰診断があるという立場である。
「スクリーニング効果」という用語が、過剰診断を含むのか、それとも含まないのか。教科書や公的なサイトを調べてみたが、明確な定義は発見できなかった。ただし、私の調べ方が甘かっただけかもしれない。もし、何か情報をご存知の方はいらっしゃれば教えていただけるとありがたい。
そもそも"screening effect"で上位に検索できるWikipediaの記述は、どう見ても疫学とは無関係の物理学の用語である。同様にPubmedで"screening effect"で検索しても、物理学用語の「スクリーニング効果」がかなり混じってくる。検診に関係する論文であっても、"healthy screening effect"(もともと健康に気を使う人のほうがより多く検診を受ける傾向があること。「選択バイアス」と呼ぶほうが一般的だと思う)のことであったりする。検診の有効性(検診によってがん死が減ること)を"screening effect"と呼ぶ事例もあった。
現時点では「スクリーニング効果」の定まった定義はないと私には思われる。論者によって過剰診断を含んだり、含まなかったりするが、どちらかが間違っているというわけではない。「スクリーニング効果」という用語を使用するときには、誤解を招かないよう、あらかじめ定義をはっきりさせておいたほうが良いと思う。津田敏秀氏と津金昌一郎氏が過剰診断を含まない意味で「スクリーニング効果」という用語を使用していることから、今後はこの意味で用語が定着するのではないかと、私は推測する。


2016年10月29日追記

■第19回がん検診のあり方に関する検討会(2016年9月23日) |厚生労働省において、祖父江構成員によって、「前倒し」「スクリーニング効果(狭義)」と同じ意味で「先取り効果」という言葉が使われている。誤解を招きにくいため、「先取り効果」という用語のほうが望ましいかもしれない。


外部リンク

■甲状腺がんのスクリーニング効果は過剰診断を含むの?含まないの? - Togetterまとめ スクリーニング効果の定義の混乱について、いち早く指摘されている。私が知る限り一番最初の指摘である。


*1:2018年3月5日追記:「過剰診断と前倒しの区別は検診の有効性を評価するために重要である」と書いていたが、考え直して訂正する。たとえば、甲状腺がんのようにもともと予後のよい疾患に対する検診の有効性は、過剰診断と前倒しの区別をつけるまでもなく、低いとわかる。検診が有害なアウトカムを減らすかどうか明らかではなく、減らすとしても利益は小さいからだ。この場合、過剰診断と前倒しの区別は重要ではない。一方で前立腺がん検診は、おそらくがん死亡率は減らすが過剰診断の害が大きい。前立腺がん検診の場合は、過剰診断と前倒しの区別は検診の有効性を評価するための指標と言える。

*2:なお、前倒しによる早期発見は有害なアウトカムを減少させる必要条件であって十分条件ではない