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cover ■「ニセ医学」に騙されないために

 ホメオパシー、デトックス、千島学説、血液型ダイエット、ワクチン有害論、酵素栄養学、オーリングテストなどなど、「ニセ医学」についての本を書きました。あらかじめニセ医学の手口を知ることで被害防止を。

2015-11-27 乳がん検診の利益とリスクを図で説明してみる

[]乳がん検診の利益とリスクを図で説明してみる 乳がん検診の利益とリスクを図で説明してみるを含むブックマーク

がん検診には利益と不利益がある。利益は早期発見・早期治療によって、がんによる死亡や進行が減ることである。不利益は偽陽性や過剰診断などである*1。偽陽性は、実際にはがんではないのに「がんの疑いがある」と診断されることで、過剰診断は、将来死亡や症状を引き起こさないがんを診断されることである。偽陽性と過剰診断は異なる概念である。詳しくは■「過剰診断」とは何かで解説した。

偽陽性は、精密検査でがんでないと診断されるので、がんの治療まではなされない。しかしながら、余分な検査や精神的な不安を招く。過剰診断は、たいていはがんの治療を受けることになるので、不利益はさらに大きい。

あらゆる医療と同じく、がん検診を受けるべきかは、利益と不利益のバランスによって決まる。個人の価値観や個人的なリスク(家族歴など)にも左右されるが、平均的なリスクを持つ人たちに対するがん検診については、公的機関がガイドラインを発表している。現時点において、大腸がん検診と子宮頸がん検診は多くの国で推奨されている。胃がん検診と肺がん検診は日本では推奨されているが、諸外国ではそうでもない。甲状腺がん検診を推奨している国は一つもない。

乳がん検診は議論の的である。日本では40歳以上の女性が対象とされている。米国予防医学専門委員会(USPSTF)は50歳以上、米国がん協会(ACS)は45歳以上*2、米国産婦人科学会(ACOG)は40歳以上を乳がん検診の対象としている*3。傾向としては乳がん検診対象者の年齢は引き上げられてきている。言い換えれば、検診対象者の範囲は狭くなっている。がん検診の不利益について広く認識されるようになったことが理由の一つだろう。

乳がん検診の利益は、つまり乳がん検診が乳がん死を減らすことは、ほぼ確かである。「ほぼ」というのは、時代や国や検診対象者の範囲によって結果が変わりうるからである。乳がん検診に不利益があるのはきわめて確かである。問題は利益と不利益のバランスである。50歳以上では利益が勝る、39歳以下では不利益が勝る、40歳台は専門家の間でも議論がある、と考えておけばだいたいよろしい。

では、乳がん検診の利益と不利益は具体的にどれくらいか、みなさんご存知だろうか。たとえば、乳がん検診によってどれぐらい乳がん死を減らすことができるか?一人の乳がん死を減らすために何人の偽陽性や過剰診断が生じるのか?読者の中には、がん検診を受けた方もいらっしゃるだろう。そのとき、不利益についての説明を受けただろうか?たぶん、あまり説明されていないであろう。がんの治療をするときには、5年生存率はどれくらいで、合併症が生じる確率は何%か、ということはしばしば説明されるようになったのに。具体的な確率まで説明されないとしても、不利益について説明しないことはほぼありえない。がん検診についても、きちんとしたインフォームド・コンセントが必要だろう、という論調になりつつある。

その一環として、カナダ予防医療対策委員会(CTFPHC)が、一般向けに、乳がん検診の利益とリスクを説明した図を公開しているので紹介する。これはカナダ人に対するもので日本人集団には当てはまらない可能性があるのでご注意のこと。しかし、がん検診の利益と不利益についての「相場観」を知るには役に立つだろう。以下は、50歳から69歳までの女性(つまり多くの公的機関も検診を推奨している集団)に対して11年の間マンモグラフィーによる検診を2年に1回行って、一人の乳がん死を減らすために、何人が検診を受ける必要があるのか。何人が偽陽性とされ、何人が針生検を受け、何人が過剰診断されるのかを表している。



f:id:NATROM:20151128005434j:image

マンモグラフィーによる検診の利益とリスク(カナダ予防医療対策委員会)



円一つが女性一人を表す。マンモグラフィーでがんの疑いがあるとされ追加の画像検査を受けた人(偽陽性)は204人、生検を受けて癌ではなかった人は26人、紫丸f:id:NATROM:20151128005437j:imageが不必要ながん治療を受けた人(過剰診断)で4人、茶丸f:id:NATROM:20151128005438j:imageが検診によって乳がん死をまぬがれた人で1人である。この1人の乳がん死を減らすために720人が乳がん検診を受ける必要があるわけだ。

ちなみに、図示されていないが、検診を受けても乳がんで死亡する人は720人中約3.7人である。検診による相対リスク減少は21%、相対リスク比は79%である。検診によってがん死を2割減らすことができるとも言えるし、検診を受けても(検診なしでがんで死ぬはずだった人の)8割はがんで死ぬとも言える。

いかがだったろうか。もちろん、研究によってこれらの数字は変わるが、「相場観」としてはだいたいこんなものである。乳がん検診はがん死を半分にも減らせないし、予防できるがん死よりも多くの過剰診断を引き起こすし(この例では4倍)、偽陽性はさらにたくさん起こる。カナダ予防医療対策委員会や他の公的機関は、これぐらいの不利益は許容範囲内だと考えているわけである。

稀に誤解している人がいるが、誤診や不適切な治療が過剰診断を生み出すのではない。微小ながんまで見つけて治療するから過剰診断が起こるわけではない。検診で発見されたがんは、診断時点で過剰診断かそうでないか判断する方法はない。ガイドラインを遵守しても、治療対象に過剰診断されたがんが含まれてしまうのだ。過剰診断を恐れて治療を手加減したら、今度は助かるはずのがんを治療しないことにつながる。

また、私には不思議でならないのは、ワクチンについては「健康な人へ接種するのだから高い安全性が必要だ」などと言って、ワクチンとの因果関係が必ずしも明らかでない有害事象も問題視する人が、同じく健康な人が対象のがん検診の不利益については、因果関係が明確であってもあまり問題視しないことである。患者のQOLや後遺症を無視しているのだろうか。

今後、乳がん検診の推奨基準は変更される可能性がある。とくにカナダでは。2014年にカナダから「40歳から59歳の女性に対するマンモグラフィーによる乳がん検診は、通常の胸部診察と比較して、乳がん死を減らさない」という研究が発表された*4。「ギリギリで有意差が出なかった」とかではなく、ほとんど差がなかった。ハザード比で0.99、95%信頼区間は0.88から1.12であった。この研究のみで乳がん検診の推奨が取り消されるとは限らないが、次のガイドラインの改定では、より弱い、より範囲の狭まった推奨になるだろう。



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■がん検診による絶対リスク減少はどれくらい?

キリンキリン 2015/12/01 02:01 マンモグラフィーの検査を受けたことがあります(というか、受けさせられます)が、ものすごく痛いので、できれば受けたくないです。あの痛みだけでも「不利益」だと常々思ってます。

でも、このごろやたらとテレビ等で乳ガン撲滅キャンペーンとかやってますね。
乳ガンで死なないために、検査を受けましょうって。
どうして効果がはっきりしないのに、あんなにマンモグラフィーの検査を勧めてるんでしょう?

NATROMNATROM 2015/12/01 08:46 キリンさん、コメントありがとうございました。乳がん検診については、効果ははっきりしているほうなんです。乳がん死を減らすという効果があります。ただ、その効果の大きさや、デメリットについて、十分なインフォームドコンセントが行われていないというのが、問題なんです。

なぜあんなに推奨されているのか、という点については、私も疑問に感じます。推奨している人たちのほとんどが「乳がん死を減らしたい」という善意によるのであろうとは思います。

nn 2015/12/01 19:33 この絵の丸の数を数えていたのですが、明らかにグラフか数字かのどっちかが間違っていませんか…w まあ「相場観」というだけなら別に違和感もないですが。
検診受けるだけで乳癌が撲滅できるかとでも考えている人がわりと大勢いるので、こういう「常識的な相場観」を見せるのは非常に有意義だと思います。
ところで、肺癌はNLST試験の後にわりと一気に海外も検診推奨の方向に傾いた(けど「費用が高い」という別のファクターのせいでなかなか普及はしてない)という感じかなと思っています。
http://www.cdc.gov/cancer/lung/pdf/guidelines.pdf

NATROMNATROM 2015/12/01 20:40 >この絵の丸の数を数えていたのですが、明らかにグラフか数字かのどっちかが間違っていませんか…w 

…ホントだ。ご指摘ありがとうございます。たぶん、"204 women would experience a false positive mammogram requiring further imaging"の204人は、(初回検査陽性で画像検査は受けたが生検に至らなかった人:青丸)+(画像検査および生検まで受けたが治療は受けなかった人:黒丸)?。

"26 of these women would have a biopsy, all to confirm that they do not have breast cancer"の26人は、(画像検査および生検まで受けたが治療は受けなかった人:青丸)+(過剰診断:紫丸)です。ブログの不正確な記述は訂正しました。

原文は、
http://canadiantaskforce.ca/ctfphc-guidelines/2011-breast-cancer/risks-and-benefits-age-50-69/

PDFは、
http://canadiantaskforce.ca/files/guidelines/2011-breast-cancer-risks-and-benefits-age-50-69-en-1.pdf

です。

たけおたけお 2015/12/05 04:30 すみません、理解力のない愚か者の質問に答えてくださいませ。
診断されていない、自覚症状のない甲状腺がんを患っている、それ以外には健康な人をAさんとして、
そのAさんが交通事故でなくなったとします。
このとき、仮にAさんが甲状腺ガンだと診断されていれば、それは過剰診断にあたるのでしょうか?

NATROMNATROM 2015/12/05 11:38 たけおさん、コメントありがとうございました。

>診断されていない、自覚症状のない甲状腺がんを患っている、それ以外には健康な人をAさんとして、
>そのAさんが交通事故でなくなったとします。
>このとき、仮にAさんが甲状腺ガンだと診断されていれば、それは過剰診断にあたるのでしょうか?

典型的な過剰診断にあたります。

甲状腺がんに過剰診断が多いと考えられている理由の一つが、他の原因で死んだ人を解剖して甲状腺を調べてみると、結構な割合(数十%)でがんが見つかることです。

tsuyoshitsuyoshi 2015/12/05 17:10 まあ、明確に過剰なのは、それはそれで困るってのはありますね。

過剰にならないタイプ(スクリーニングして、出た結果は基本治療が推奨できるような病気で年齢とかで発症数から考えると全員検査でも妥当なの)とか、治療が「明日は念のため寝とけ」くらいの治療がデメリットになりにくい、とかだったらそれはそれでアリなわけだし、それも疫学というか予防なのですが...

後からでも過剰と明確になったら、もうちょっと調整が効いてほしいところはあるな。

あと、コメントの上記の例(甲状腺癌)だと、もっと直接的かつ悪性の高い、が自覚症状のないもの(膵臓癌とか?)だとまた別の話になるってのはありますね。

# というか甲状腺癌はなにと組合せても過剰診断の話とも繋ってしまう(もちろん適切な治療が必要なこともある上で)ので、説明にはいいがちょっと例示には向いてない感