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2008年07月25日(金)

DS文学全集(最後の一句、高瀬舟)

最後の一句 −森鴎外

江戸時代、父親の罪を自分達が身代わりになる事で救おうと、

役所に訴え出る少女の物語。


一読でこのお話を理解するのは難しかったです。

いちの「お上の事には間違いはございますまいから」の言葉の意味もよくわからなかったし、

最後に父親がどうして助かったかもよくわかりませんでした。


何度か読み込んで、いちの言葉が「まさか間違いなどしますまいな」という、

お上に対する皮肉と念押しの一語であると読み取り、

父親は恩赦で死罪から追放に罪が軽くなったのはわかりました。


それにしても、いちの年齢不相応な冷静さと決断力には違和感を覚えますね。

自分は既に覚悟を決めているからいいのでしょうが、

いくら父や家の為とはいえ、

自分だけでなく幼い弟や妹の命までも投げ出させるというのは尋常じゃありません。

子供ならではの純粋さというやつでしょうが、

こういう事に疑問を抱かせない昔の日本倫理観というのは、やはりどこかおかしいと感じました。

(この作品は青空文庫で無料で読めます。興味がある人はこちら。)


ブックレビュー
  • 総合評価 7点
  • 感想   感慨深い

高瀬舟 −森鴎外

寛政の時代、島流しになった罪人を運ぶ高瀬舟。

その舟の上で繰り広げられる、

弟殺しをした罪人の喜助とその護送をする同心の物語。


喜助の弟殺しの真相は、

病気にかかった弟が「兄にこれ以上迷惑はかけたくない」と、

自ら死のうとしたところを一息には死ねず、

それを見つけた喜助が弟に「苦しいから早く死なせてくれ」と頼まれ、

悩んだ末に仕方なく手伝ったところ、たまたまその場面を人に見られて罪に問われるというものでした。


その話を聞いた同心の庄兵衛は、

これが人殺しだろうか、喜助のした事は罪だろうかと疑念を抱きつつも、

結局自分では結論が出せず、上のもの(お奉行様)の判断に従うしかないと思い、

そうは思ってもどこかふに落ちないものが残ってるから

奉行様に聞いてみたい、と思ったところで話は終わります。


安楽死というのは、いまでも結論が出ないぐらい難しい問題ですね。

個人的には死ぬしかない人間に頼まれて、その死を手伝うのは罪ではないと思いますが、

人の命を奪う事は、例えどんな理由があっても罪という考えも根強いですからね。


もう一つ、自分では判断できないから上に任せる。

これは楽です。誰でも一度は思うし、やるんじゃないでしょうか?

よく分からないから、両親に、先生に、学校の先輩に、バイト先や職場の上司に判断や意見を仰ぐ。

自分の考えが絶対に正しいという自信はなかなか持てないし、

間違った判断をして自分で責任は負いたくないですからね。


ただ、何でも人任せにしてしまうと、

やがて自分が判断をする立場になった時に困ってしまいます。

例え失敗したとしても逃げ出さずに自分で判断し経験を積む事が、

将来の自分の為になると思います。


(この作品は青空文庫で無料で読めます。興味がある人はこちら。)


ブックレビュー
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  • 感想   感慨深い

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