2007-01-26
押してはいけないボタンはつい押してしまう
むかしへそを押すと壊れてしまうロボットというのがよくあったがあなたがそのような地球のへそを偶然見つけてしまったらどうするか。
コンピューター業界では昔からよく伝説になると言うか、押してはいけないホストコンピューターの緊急停止ボタンを実際に「つい」押してしまう事件というのはそこらじゅうで聞きます。最近はさすがになくなりましたが、緊急だからすぐ押せるようにむき出しになっていたのがまたよくない。最近はプラスチックのカバーをつけたりしてちょっとだけでも誘惑を実行するのに手順が必要になっています。映画に出てくるアメリカの核ミサイルスイッチの手順の煩雑さとかも冷静になる時間を用意しているわけですね。みなさんも小学生のときに警報ベルとかを押してみたくなったりしませんでしたか?
とそんなことを考えました。押せないような仕組みを作るのと、存在を隠してしまうのはどっちがベターなんですかねえ。
腑に落ちた。
「納豆にダイエット効果がない」の件について。コメントが発端になってしまったのもありますし、松永氏の後続エントリで僕の中では腑に落ちたので一応最後としてまとめておきます。
あるある大事典の「実験捏造」は「納豆ダイエットに効果がない」を意味しない [絵文録ことのは]2007-01-23 *1についてのコメント。松永氏の主張に対して、「「人々が期待しているデータに裏付けられた確かな効果はなかった」とは言い切れるわけだし」というコメントを付けたら言い切れないと否定される。この時点で、松永氏は「納豆のダイエット効果がないと言うのはNGだし、その態度は非科学的だ」という主張をしているのに対し、僕のコメントは「番組で実証されたという効果はなかったと言ってよいんじゃないか」であり、何故こんなコメントになったかというと元のエントリが「ダイエット効果がなかったという人がいる」という枕を受けて展開された話だったため、「単に言い方の問題なんじゃないの」と思ってのことなんだけど、どうやら論旨は「科学的に正確な物言いをすべきだ」というのを納豆のダイエット効果がないとは言えないことを例にとって実証するものだったようです。
でそのことは今日のエントリ備忘録ことのはインフォーマル ここまで言わんとわからんのか?の喩えを読んで腑に落ちた(ことが勘違いじゃなければよいのですが)。
「あるあるが撮影しに行ったと言っていたネッシーの写真は、実は現場に撮りに行っておらず、CG合成だった」としよう。ここで「ほらやっぱりネッシーなんて存在しなかったんだ」といったらおかしい、と言っているのだ。わっかるかなー、わっかんねーのかなー。
そう。おかしい。この喩えで言うと僕が言いたかったのはあるあるを見てネッシーの存在がはっきりしたし、簡単に見れますよって紹介されたので実際にいけばかなりの確率で見れることを期待して見に行ったのに結局存在は未だ謎のままだったことが判明したときに「なんだやっぱりいねーじゃん」という言葉による反応が起きるのはそんなにおかしくないよってこと。お金使っちゃったわけだし。実は本当は居て偶然見れたかも知れない可能性を明示的に否定しているわけではない。その類の発言を紹介した上で、「いないのがわかったというのはおかしい」と言っていると思ったということなのですが*2。そこで「科学的にないことが証明されていないのにないという物言いは非科学的な輩だ」的な意図で書かれ、納豆のダイエット効果を検証する記事ではなくそのような物言いをする人を批判するための記事だったと僕は誤解しているのです。
そのあとのエントリが「納豆のダイエット効果が否定されたわけじゃないこと」とその科学的立場について展開されているのですがそこでカルトだなんだと否定される方が出てきたのでそれも違うだろうと思ったりもしました。批判されるべきことを言っているようにも思えないけど。いずれにせよ(僕のような適当なコメントも含めて)単に否定的な言葉というだけで反応しなければいいのにと思ったりもします。大体この話は疑似科学の話じゃないわけだし。疑似科学って言葉も陳腐化というか意味がずれてきたなあ。
現状の何が不満なのかをもっと明らかにして欲しいよ
日経の記事によると、JASRACを初めとした著作権利者団体で著作権の集中管理に乗り出すそうで。
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20070125AT3Y2300525012007.html
そのこと自体は悪いことじゃないし、今も各団体個別にやっている話ではあるんですが、JASRACと同じスキームに乗るのかそれとも単にポータルを共有するだけなのか。以下JASRACに近づいていくと言う仮説の元で。
JASRACと同じようになるならこんな感じか
- 肯定的な効果
- 二次使用や転載の明示的な許可が取りやすくなる
- 登録されているものなら使用を拒否されることがない
- 使用料の徴収によって著作者への利益還元がなされる
- 違反に対する摘発が団体として実施可能
- 否定的な効果
- 暗黙の許諾が結果としてできなくなる
- 利用料によって二次使用が減る
- 著作者自身も自由に使えなくなる
こんな感じか。もちろんもっとあるでしょうけれども。Web上での利用を考えると、引用と転載の境のところで転載と見做されたり、(日本の変な同一性保持権の例のもとでは)パロディーやセリフ改変ネタが違反と判定されたりするときに、著作者本人の意思に関わらず団体から削除を求められたり訴えられたり後付で使用料の徴収をされたりと言う可能性がありますね。当然ながら過去の記事だから免除されると言うこともないでしょうから、名言の紹介なんてのも危ないかもしれませんね。
こういうことを推進するのはもっと金儲けをしたい業界側と一部の不当に権利を侵害されていると思っている著作者だと思うのですが(文化審議会とかもありますが)、その本音は「権利を守ろう!それによってもっとお金を!」だと思うんですよね。現状に不満があるというか、本来もっと利益が得られていいはずだ、と思っているわけです。新古書店とかマンガ喫茶を問題にするのもそのあたりだろうし。ちょっと前に貸与権が本にも認められることになったけれどこれには大きな問題があってそれについてはhttp://publiccomment.seesaa.net/article/783736.htmlに詳しいです。このように権利強化の方向に進んでいく現状で、さらにJASRAC的なものを作ろうというのはなんだかマーケットのことを勘違いしているんじゃないかともなんとなく思えてきます。需要が萎んだり、売れるものだけが選別されていくと言う未来がありうるかもしれない。影響の試算が楽観主義だけでされていないかが気になります。大体管理団体だって現状でこんな主張をしています。コスト削減のための図書館民間移行論まっさかりなのにね。
結局のところ、お金儲けをしたいというのが本音であるのであれば、その本音はすぐに分かってしまいます。コンテンツ産業と言うのが構造としてはある程度特殊なところであると言うことを認めたうえで、あえて一般化してみると、利益を上げるためには、売上を上げかつ原価を落とすことが必要です。また中間マージンをできるだけ圧縮し、今ならWeb2.0的なマーケティング*3で認知度を上げる戦略なども重要です。それ以前に商品自体に魅力が無いと始まらない。世の中の一般社会人が給料の上がらない中一生懸命コスト削減に励んでいるときに、仕組みの拡充で搾取可能性を上げるという戦略が果たして態度として正しいのかどうか。新たな囲い込みビジネスの創出ならともかく、既存の権利拡大に過ぎないわけですから。そして商品の魅力がもっとも根本であることを忘れずいいものを作ることを目指して欲しいものです。
専門書が絶版になったり新しいものがでなかったり〜という問題をあげる人もいるけど、もともとはそういうマーケットを作り上げた業界の責任なわけですから、そこを憂うのであればむしろ今の業界と決別する方法を模索した方が良いと思ったりもします。
うーむ、憶測だらけですね。ポータルとやらがどう作られ、それぞれの管理団体がどういう運用をするのかがわかってからあらためて書いてみたいですね。
その後どうなったのか気になる
増田(はてな匿名ダイアリー)で面白いのを見つけた。
ここで二つ目に引用されている記事。更に一時情報源の産経のサイトの記事は古い話なんで既に消えてしまっているようですが、
JASRACは「ジャスラック管理外の曲のCDだけでは顧客のニーズを満たせず、ダンス教室の営業が成り立つとは認識していない。ジャスラックの管理楽曲を使用する場合はきちんと手続きをとって使用してほしい」としている。
ってダンス教室の顧客のニーズまで把握しきっているのかJASRACは。ここまで来ると営業妨害にも近いという印象を受けますが、果たしてダンス教室の潮流は変化したのでしょうか。以前出たダンス教室の著作権払えな判例は7箇所くらいで3600万くらいだから大体一箇所500万くらいか。一年50万。微妙。ここ参照http://www.ballroom-j.com/law/index.html。著作権フリーのCDを出すと言う対抗手段はしかし、特定業務でしか使えない手段ですね。BGM-CDとか著作権フリーで作ればJASRACが締め付けを厳しくすればするほどバカ売れ間違い無しですね。
いずれにしても、実態としてJASRAC管理下の著作物を使用していないところに対して「この業種は使うことが想定されているから著作権料を払え」となるのは税金じゃあるまいし勘弁して欲しいものです。ほとんどみかじめ料だよね、それじゃあ。
*1:元ははてな内の「絵文録ことのはインフォーマル」に書かれていたがのち移動された
*2:コメントの続きは自分でも全く蛇足だとは思いますし言い切れるってのも過剰な言葉だとは思います。
*3:書いてて恥ずかしいな、これ













