インターネットの自由とは

もちろん昨日のエントリはノリとしてはネタなんだけど、今起こっているのは、一部の法を侵害する行為によって、サービス全体についての否定的な見解がまかり通るようになったということだ。あるいは、可能な限り法を遵守しようとした提供側が、にもかかわらず犯罪者扱いされるかも知れない未来が垣間見えた。このあたりについての危惧としてはまじめな話なわけだ。
以前やっぱり自由なインターネットは廃止すべき - novtan別館で書いたように、僕はあまりインターネットの未来を楽観的には見ていない。技術が大衆化し、一般化するということはすなわち政治化する、ということになってしまうのは避けられないから、これは仕方の無いことだと思う。
しかし、例えば、オンラインストレージをJASRACが訴える、そして勝訴してしまうようなことオンラインストレージにまでJASRACの差し止め請求権が及ぶこと*1 *2はやはり無理解から生じる未来に到る橋を壊す行為と言うよりは、単に既得権益を如何に守るかに汲々としている旧来の利益享受者の最後のあがきにも見える。どちらに転ぶかはまだわからない。
自由であるべきものが、その自由さのあまり、一部の勘違いをしたものたちの行為によって、自由を失っていく。だから、その自由は制限されるべきである、と言うこと自体は多分間違っていない。もはや自浄作用の存在を信じているものはほとんどいるまい。
もう一つ、大事なこと。少なくともインターネットと言うインフラは、もはやアンダーグラウンドな行為を行うことが黙認された世界ではない。そういったことについてはこれからますます厳しくなることは間違いないだろう。しかし、仕組みそのものを規制することなくして、その管理者を脅かすようなことが許されるわけでもない。ターゲットが旅行に行った隙に違法なコンテンツをアップロードし、管理責任として検挙する、そんなことが許されるのであれば、転び公妨より恐ろしい。それはさすがにないと思いたいけれど、アホな判例が積み重なったら警察もやる気が出ることだろう。
昔は、仕組みに自由があったか、というと、そうではないと思う。ウイルスは言うに及ばず、意図せずサーバーに負荷をかける先読みソフトなどは訴えられこそしなかったものの、忌み嫌われアクセスを拒否されたりしたわけで、F5アタックだって威力業務妨害扱いされた。利用することが、犯罪に繋がるのであれば、仕組みは規制されるだろう。アップローダーが違法なファイルを自動判別できない限りは、設置できないかも知れない。あるいは暗号化のニーズが高まるだけかも知れないけれども。いずれにせよ、なんでも自由であるべきという考え自体、初めから幻想に過ぎない。
わけのわからない理屈で色々なものがインターネットから締め出され、単なる商用インフラとして残る、という未来があるとしたら、旧来の企業がインターネットを潰して勝ち残ったことになる。インターネットは単なる電話がちょっと便利になった程度のものとしてしかユーザーの手元には残らないかも知れない。

*1:これに関して言うと、必ずしも間違っているとは言い切れない。僕らは現実のものとしてファイルを捉える傾向があるけれども、厳密に法律に照らしてどうか、ということは電子データについては正直よくわからない。

*2:訴訟についての事実誤認があったようなので修正しました。誰が何を訴えてどういう判決になったかはhttp://www.jasrac.or.jp/release/07/05_3.html。話の内容まで逆転しているわけではありません。