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2008-01-24

池袋WAVEの思い出とあるバイヤーのこと

殺伐なエントリばっかり書いているのもなんなのでたまには。

マ儿コの日記 - + - +に触発されつつ。


僕が中学生の頃、池袋WAVEは、さながらサイバー百貨店だった。

当時の池袋はビックカメラもあんなに店舗はなく、さくらやもしょぼくて、今のGIGOのところにサンゴーカメラっていうマイナーなカメラ屋すなわち電気店があった。サントロペのところは何だったかな。もちろん、電気店としてはビックが一番。北口に入り浸ってX68000で源平倒魔伝ばかりやってた。迷惑なガキだ。

そんな中で、WAVEはパソコンも売ってたけど、なんだかおしゃれな感じで、ちょっと敷居の高い感じだった。そのときはそういう印象。その後WAVEとの接点はなかった。池袋は沿線に住んでいたので、街と言えば、というくらい親しんでいたけれども、高校が杉並の方だったのであまり行かなくはなったこともある。

高校に入って、吹奏楽を始めた。のめりこんであえなく浪人した。当時、日本で初めてプロのブラスバンド(英国式金管バンド。いわゆる吹奏楽を指すブラバンの名称の元ネタだけど、全然違う。ちなみに、商業的なバンドとしてのプロバンドが初めてで、それ以前にもプロプレイヤーのバンドはあったが)が出来て、そのCDを買った。衝撃を受けた。

これは本場のものを探さなければならないと思い、そこらじゅうのCD屋に出かけたが、そんなもの置いてあるもんじゃない。期待せずに入ったWAVEで、信じられないものを見た。見たことのないレーベルばかり大量に並んでいる。普段邪険に扱われている吹奏楽ジャンルのCDが丁寧なPOPに彩られている*1

数少ない予算で一生懸命買うものを吟味した。何しろ視聴ができないから。そして、本場の音を聞いて打ち震えたものだ。その後、定期的に通いつめ、何枚ものCDを入手した。もし、僕があの時社会人だったら、きっと全部のCDを買っていたことだろう。

今手元にあったり、後輩に貸したまま帰ってこないCDの何枚かは、今はもう手に入らない。そこで出会ったときだけのものだ。幸運に感謝する。

さて、そんなWAVEだったけれども、もしかしてないものがないかな、と思っていった六本木WAVEは、吹奏楽の陰も形もなかった。最近何かで読んで知ったんだけど、当時、文化的リーダーを目指していたセゾン&堤清二の戦略として、CDの買い付けは各店のバイヤーに任され、ムーブメントを作ることで競い合っていたらしい。しかし、マイナージャンルでマーケットも決まっているようなものを良くアレだけ仕入れたものだ。ニッチだけど需要は確かにあった。でも大ヒットはしない。

大学に入って、しばらく通っていたんだけど、あるとき急に品揃えが悪くなった。おかしいな、と思ったんだけど、理由がわからない。ところが、ふらっと立ち寄った、メトロポリタンプラザに新しく出来たHMV。妙に品揃えのよい吹奏楽コーナー。POP付き。まずありえない。きっと買い付けの人が移籍したんだ。そう思った。そして、それは多分正しかったのだろう。ところが程なくそこも様子が変わる。

渋谷にタワーレコードが出来て、うーん。たまたま立ち寄った吉祥寺(高校関連で集まりがあるとこの付近になることが多い)にできたタワーレコードでうーん。そして、止めの新宿タワーレコード。間違いない。あの人だ。

真偽はわからない。けれども、ずーっと追いかけてきた。今でこそ、こういったジャンルのCDはインターネットを通して買えるようになったし、輸入代理店的なウェブショップがいっぱいあるけれども、当時のWAVEが実現しようとしていた文化がなかったら、手に入れられなかったものも沢山ある。素晴らしいバイヤーの手によって紹介されなければ。

*1:このときのあるコンテストのCDでの「ドラゴンの年」という曲の超絶演奏を評して「鼻血ドラゴン」としたキャッチコピーは未だに伝説のコピーで、そこかしこで使われている。

avrilavril 2008/02/07 08:29 はじめまして!

私も’80年代は六本木や渋谷のWAVEに足しげく通い、CDを買いまくりました。
その後、縁あって六本木店1Fの選盤や企画などに外注スタッフとして参加することがありましたが、当時は音楽評論家や選曲家などほんとうにプロフェッショナルな人たちが2足のワラジで働いていました。なんと贅沢なスタッフ構成だったことでしょう。
彼らがタワーやHMVにどんどんヘッドハンティングされて、WAVEの売り場も様変わりしていったようです。売り場は人次第だと思いますが、音楽を紹介する側と買う側、音楽カルチャーを育てる上で、どちらの感性も重要だと思います。
感覚のあうバイヤーと出会われて、本当によかったです。そしてそのバイヤーのかたにとっても何より嬉しいことではないでしょうか。

いい時代だったと懐かしく思い出し、図々しくもついコメントさせていただきました。

NOV1975NOV1975 2008/02/08 05:09 はじめまして!コメントありがとうございます!こういう交流が出来るのもウェブ時代ならではですね!書いた甲斐がありました(ちょっと興奮気味)。
>当時は音楽評論家や選曲家などほんとうにプロフェッショナルな人たちが2足のワラジで働いていました。なんと贅沢なスタッフ構成だったことでしょう。
おお、そうなんですね。やっぱり「セゾン文化」と主張するだけのことはやっていますよね。
>彼らがタワーやHMVにどんどんヘッドハンティングされて、WAVEの売り場も様変わりしていったようです
これもなんだか納得です。セゾン自体の凋落というか体力の問題もあるとは思いますが、単にCDを売る、という商売であってもいろんな人が人が支えているのですよね。
今の「業界にもっとお金を」という著作権関連騒動を見ていても、それよりももっと文化として視聴者までいかにして届けるかってのを考えて欲しいなあって思ったりもします。
ウェブ上でのレビューをビジネスに繋げる試みも沢山あると思います。いい感覚を持った人を育てていく何かがあってもよいよなあ。
今の時代に不足しているのは、こういったカルチャーを陰で支えるリーダーなのかも知れませんね。

sknyssknys 2009/02/11 13:48 NOV1975さん、はじめまして。
2009年1月12日に池袋WAVEが閉店しました。
輸入盤から国内盤主体になってからの池袋WAVEは看板だけの「抜け殻」だったので、当然の成り行きという気もします。
バイヤーの流出、転身などの裏話は興味深いなぁ。
当時のスタッフが「WAVE回顧録」のような本を書けば面白いのに‥‥。
記事を拝見して、WAVEでThe Happy End(英国のブラスバンド)のアルバムを買ったことを思い出しました。
閉店セールについて書く際に、この記事を参照しました。ありがとう。

NOV1975NOV1975 2009/02/12 00:54 おお、わざわざどうもありがとうございます。
池袋も閉店しちゃったのかあ。まあ、あのビルから移動した時点で違う何かになっていたような気はしています。
WAVEに限らず当時のセゾン文化的なものは誰かが研究していると思うけど、実際に携わっていた人たちの話は聞いてみたいですね。

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