2008-05-21
贅沢な配慮をすることが日本の美徳だと思うんだけど
ま、他人に過剰に求めることはNGとしても、自主的にそれを行うことが美徳であると言う共通認識がある日本は素晴らしいと思いますよ。一期一会なんて言葉はそうは出てこないわけで。
簡単に言えば、「配慮する」ことは美徳でしょう。どんどんやればいい。しかし、「配慮を求める」ことは美徳ではないし、場合によってはむしろ悪徳ですらある。この国で多数派を形成している品行方正な自称良識派どもはこの点を完全に取り違えており、「人を思いやれ」とかもっともらしい言辞を弄しながらもその本心にあるのは卑しい自己利益だけであって、醜悪な排他主義を遂行するため巧妙に築き上げたマナーとか規範とか品格とかいう糞の山
2008-05-19 - planet カラダン
こういう見方は確かに間違ってはいないと思うけど、ちょっと哀しくなります。
ドア付近でベビーカー置いてしゃべってる集団が邪魔で降りられないなら、ちょっとずれてもらって降りればいいし、乗れない時も同様。混雑してきて、あの人たちがベビーカー畳めばもっと大勢の人が快適に乗れるのに、と思うなら頼めばいい。(「注意する」のではない。)
2008-05-19 - planet カラダン
ってのが「(予め)配慮を求める」という一点を除いて大した違いがあるわけではないのにかたや糞の山になってしまうのが何でなんだろうと思いますよ。
なあなあな日本の感覚みたいに言われちゃうこともあると思うけど、以心伝心的、無駄な伝達労力を使わなくても譲り合う文化自体は世界に誇れると思うんだけどなあ。その感覚が面倒だ、と言っているようにも思えちゃう。
求めることを正当化することは必要ないと思うけど、理想的には配慮を期待していいんじゃないかな。ポスターで啓蒙とかは確かにグロテスクな感じはしますが、そういうのが無くても配慮するよね、という社会って気持ちよくないかなあ。
変な啓蒙活動を批判したいが為に理想を落としているように感じました。
追記:そうあるべきとかそうすべきとかそういうわけではなくてね。誰かがそれを求めていくんじゃなくて、一人一人が色々考えた結果としてそうなっているんであればよいんじゃないかと思うってことです。
ネットでの誹謗中傷を減らす、というのもこういうのとあまり変わらない話だと思うから、「そうした方がみんな楽だよ」って訴えること自体は良しとすべきじゃないかなって。ちょっと違うかな。
「俺がおかしいと思っている意見だからコメントスクラムだ」
ということですね。わかります。
医療系ブロガーさんたちはしばしば,保険医療制度が崩壊しても困るのは患者たちであって,医師は困らないみたいな捨て台詞を吐きます。まあ,確かに患者は困るとは思いますが,医師も困るのではないかという気がします。
健康保険制度が崩壊して困るのは患者のみか,医師も困るのか。: la_causette
弁護士の数を増やすことに対してはみんなの理解が得られないと散々嘆いていたわりに、専門外の分野はその筋の専門家が訴えることを容易に否定することができるんですね。
これは医者は認識が間違っている、ということが大前提の批判です。もちろんその可能性はないとはいいませんが、散々「医者が足りない」と訴えられているお医者様方の今までの議論を内容についてきちんと反論するでもなく、印象論で切り捨てて批判する、というのはどうにも違和感があります。
健康保険制度が崩壊するということは,健康保険制度が存在したとするならば存在していたであろう「需要」が消失するということになります。その場合,健康保険制度の存在を前提として現在ある医療システムは,供給過多の状態に追い込まれることになり,結果的に医師の所得水準の低下を招くことになります。
健康保険制度が崩壊して困るのは患者のみか,医師も困るのか。: la_causette
保険が存続しててもどんどん診療報酬を下げられていると言う現状があり、また過労死寸前、逃散多発という状況で所得水準の低下なんてぬるいことを言って問題にしている医療系ブロガーの人はあまりいないように思えます。
これは,逆に言えば,国民皆保険のような制度があり,国民が弁護士に支払うべき報酬等の一部が保険から支払われる制度のもとであれば存在した「需要」が,そのような制度がないが為に消失しているということになります。
健康保険制度が崩壊して困るのは患者のみか,医師も困るのか。: la_causette
病気でもないのに病院に集うジジババ(これは自己負担の引き上げの原因ですよね)なんかはそうかもしれませんが、あとの今、医者に負荷をかけている需要は元々大したお金になっていませんよ。診療報酬がどんどん抑制されている現状では。モンスターペイシェントの問題が解決して生活に余裕が出来る方が医者としてはよいんじゃないでしょうか。救急もやらなくて済むし、後期高齢者制度の問題などおきず、金がなければのたれ死ぬだけです。
結果として、アメリカのように金持ち(といっても今の日本では結構な割合にあたる階層)は民間保険に入って医療を受けられ、そうでない人は医療費が払えずのたれ死ぬ。アメリカの医療が商売として成り立っているところを見ると結果としてあぶれてしまうような医者が出るにしても、医療業界自体は崩壊するとは思えません。
こんな話は医療系ブロガーさんたちの書かれていることをウォッチしていれば(それが正しいとすれば)読み取れることで、実際に困るのは医者ではない我々の側(もちろん、医者も患者の立場に立ったときは同様に)が困る話だ、という風に思えるかと。もちろん、それが間違っているかもしれず、実際に医療系ブログの中でも数字や展望についての反論が大量にあって、ある程度の論拠での議論が行われています。
まあ、弁護士をやたらと増やして起きることが競争過多報酬減によって優秀な人材が弁護士になるモチベーションを下げる、という程度の問題であることに比べればだいぶ深刻な話には違いないようです。
医療系ブロガーで実名活動をしている人が怪しい療法の宣伝であることが多いのに対して匿名のブロガーさんの方が制度や事件について述べていると言う個人的な感触がありますが、まさか匿名ブロガー憎しで言っているわけじゃないですよね。id:Yosyan先生とかid:DrPooh先生とかid:NATROM先生とか(その他お見かけする様々な先生方)が弁護士に「捨て台詞をはく」ようなレッテルを貼られる筋合いは内容に思えます。
同じ肌触りを持つ人たち
一年以上もブログを書いていると、ある程度日常で目にする人、つまり半径何クリックかの人というのが固定化している。もちろん、周辺層では入れ代わりが激しいけど、真ん中辺は大体固定しているような感じ。
で、その中にも関心の方向とか、深さとかは全く違うんだけど、なんというか、同じような物事の捉え方とか、感じ方をしている人が何人かいるのに気付く。それに気付くのは大抵揉め事(必ずしも当人にまつわるものではない)に対する態度とか、思考があらわになったとき。
「ああ、この人は世界に対して同じ感触を持っているんじゃないか」みたいな。でも問題によって意見が全然違うの。ただ、なんでそう思うのかが感覚で理解できる感じ。
ともすれば馴れ合いになりがちなんだろうけど、そういうのをクラスターとすると、僕のいるクラスターは感覚を共有していることをもって全てを許しあう、みたいなのはない気がしている。まあ、おかしいことをおかしいと言えることがその相互理解に依拠した甘えと言われればこれも馴れ合いなんだろうけれども。
例えば、そういう中で異質な考え方をする人を誰かが批判したときに、同方向の批判が一気に吹き出てしまうのは良くないのかもしれないな。
ウェブでの関係は、現実におけるしがらみ的な、仕方ないから意見が合わないけど付き合っているというようなものが出来にくいのかも。そうすると、そういう人に配慮した発言もしなくなるから、必然的に先鋭化したり、容赦なくなったりして。友だちというのは往々にして自分とは全く違う思考回路を持っていて、だから面白い部分もあるよね。だから、その考え方はおかしいと思うけど、友達だから許す(あーわかったはいはい)ってのが成立するのかも。
こういう関係を突き詰めていくと、コメントスクラムに到るのかもね。ある意味ピュアすぎて危険というか。
スルーしたりしなかったり
少なくとも僕は、応答があるなしでその人の性質を判断するのはちょっと短絡的だと考えている。mixiの素通り禁止みたいだし。
気力体力が充実しているときと疲労困憊しているときでは出せるアウトプットの種類も違う。ブクマも疲れがにじみ出ている、皮肉や諦観に満ちたものだったりして(じゃあやるな
あるいは、出張や徹夜仕事で数日どころじゃなくアクセスできないことだってあるし。
だから、そもそも、スルーしていること自体が何らかの判断を伴った結果であるかどうかすら他人には定かではないんですよね。本人が公言している場合は除く。その場合はスルーしたりしなかったりする行為が本人の性質の一端を現していると考えることはできると思う。あくまで一端だけど。
ウェブはインタラクティブだと捉えられがちなんだけど、実際には時間を超越する変わりにその連続性と一貫性を失っている(ただし時系列は重要)疑似インタラクティブメディアなのです。決してリアルタイムシステムではない。キューに溜まってたりエラー補正できなくて届いてなかったり。
というわけで、ある程度の時間を掛けた観察の結果ならともかく、単発のスルー(かどうか定かではない返事のないもの)によって何かを判断することなんてできないよなあ、と思う次第。
もうすぐ発売、「今日の早川さん2」
楽しみ。
- 作者: coco
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罪と罰
ふと思った。思っただけ。なんで「罪一等を減じる」なんだろうか。減らせるのは罰であって、罪は減らないような。罪が減るって考えるから受け入れ難いことがあるんじゃないか。言葉遊びかな。













