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2008-06-08

当事者じゃなくなればとたんに観客になる人々ってなんだかなあ

仕方ないのかも知れないけど。不謹慎というつもりはないけれども。戦場カメラマンが「そんなすごい写真が撮れるなんて、お前はずいぶん人を見殺しにしたんだな」という汚名を着ながらも報道の使命を果たす精神とはかけ離れているようにも思えます。

女性によると、現場で直接写真を撮影した男性が「捕まったぞ」と叫ぶと、周囲には携帯電話を差し出し、「コピー」を求める人だかりができたという。

社会 - 毎日jp(毎日新聞)

ほとんど記念撮影のノリ。もっとも、既存のメディアも大した違いはないようだけどね。

戦国策を読んで思うことあり

歴史は繰り返すと言うか、人間は昔から今に到るまでその愚かさは変わらないのですね。でもベースは少しずつ良くなっているのかな。

私は、『楚に行くのにどうして北に向かっているのか』と尋ねました。すると『私の馬は駿馬です』と言います。私は『馬が良くても、そっちは楚へ行く道ではありませんよ』と申しました。すると、『旅費はたっぷりあります』と答えます。私は、『いくら旅費がたくさんあっても、楚へ行く道ではありませんよ』と又言いました。すると、『私の御者の手綱さばきは一流ですよ』と言います。

北行して楚に至る

ご存知の通り?楚は南方の国です。目的がはっきりしているのにその方針を誤るとどうなるかの見本みたいなもの。もちろん、このエピソード自体たとえ話なんですけど、昔から「詭弁のガイドライン」が示されているみたいで面白いですよ、戦国策(というか中国の古典)。

もう一つ。

悖れる者の患は、まことに悖らざる者をもって悖れりと為すにあり

魏の恵王は信頼していた宰相が死の床で推薦した無名の人物、というよりはその宰相の言葉を信用できず、「用いることのない場合は殺してしまいなさい」との言葉のみ実行しようとして逃げられたエピソードの結び。この人物こそのちに秦の法治主義の礎を築いた商鞅に他なりません。まあ、突拍子もない提案をさっくりと受け入れるとしたらそれはそれでどうかと思うのですけれどもね。

GIGAZINEの事件報道にウェブの明日を思う

まず、7名の犠牲者の方々には謹んでご冥福をお祈りします。

秋葉原での事件。現実の中で最もウェブに近いとも言える地帯。ウェブへの接点は物理的にはインターネット回線であるけれども、実際の接続を担っているのは人である。現実とウェブとを近づけるのはウェブに接点を持つ人の密度であり、秋葉原こそ日本のウェブの入り口といっても過言ではない(いまどきはそうでもないか…)。

読者からのタレコミ、犯人取り押さえの現場

秋葉原で通り魔、トラックで次々とはねてナイフで斬りつけ、7人が死亡 - GIGAZINE

これを

「真実の裏づけがないものを無責任に掲載する」

と取るのも

「既存メディアにはない速報性」

とするのかは議論の余地があろう。個人的には前者の感想を抱く。

秋葉原が舞台であったことが何か象徴的であったかというと、そうではない。単に繁華街で起きたというくらいの意味でしかない。

ただ、報道のありようというのは変わって行くかも知れない。もはや速報的に現場を記録することは報道カメラの役割ではない。歩く人の大部分がカメラマンの役目を担うことが出来る。Webに掲示することが出来る。そこにないのは「報道としての選別」である。果たして、今見ているものは真実なのだろうか。

ゴールデンスランバー

ゴールデンスランバー

メディアによる捏造と、Webによる濡れ衣の可能性。何を信用すればよいのか。現実とフィクションの狭間にあるウェブの世界は現実との接点が増えるにつれ、変貌した姿を見せていく。ウェブによって現実が捻じ曲げられることへ対する怖れはウェブの個人メディア化への否定的な感情に繋がっていく。ウェブで行われるべきものは制限されていく?そんな未来も十分に考えられる。

一つウェブに見るべきことがあるとすれば、こういった事件において、居合わせた人の数だけ報道ソースになると言うことかも知れない。群集全てが結託することが難しい以上、事件の捏造は難しいかも知れない。しかし、真実の告発が多数に圧殺されることもまた事実だ。

一次ソースとして事件を報じることの責任というのはかなり重い。Webだけのメディアに報道規制が及ばないのは今だけかもしれない。

医師を自主退職に追い込むほどの患者の暴力・暴言

モトケン先生のところで体験談を募集しております。

医師または病院関係者からの実情報告等をいただければ、多くの人に問題の所在を認識してもらうのに有益だと思います。

医療関係者に対する患者の暴力・暴言 - 元検弁護士のつぶやき

一部「匿名の体験談なんてあてにならない」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、東京で2006年度だけで273人も辞めている実情がある以上、全くの作り話ばかりになるとも思えません。実名で語ればその患者が誰かわかってしまうケースもあり、医師による一方的な告発になりかねず、それを望まないから匿名で語るお医者様もいらっしゃるでしょう。

体験談の募集は個々のアレな患者を攻撃することではなく、多くの人が問題を認識することで、実情を元に改善を考える方向に向かっていくが目的なのですから、全部が真実でなくても目的にはかなうんじゃないかと思います。

実名じゃないと信用できないからどうたらなんて議論があればこちらでどうぞ。

さて、当該の記事ですが…

06年度に患者や家族からの暴力や暴言が原因となって、医師や看護師、病院職員らが辞めたのは64病院、退職者数は273人だった。身体的な暴力を受けたのは、133病院で2674件。治療の説明中に、医師が突然、患者の家族から胸ぐらをつかまれたり、入浴の世話をしていた看護師が患者から手をつねられたりしたケースがあった。

患者側からのクレームは182病院で7641件あり、診察費や検査費などの支払いを拒否した事例も、123病院で727件確認された。具体的には、患者が退院する際に病院のサービスなどにクレームをつけ、病室の個室代金を支払わないケースが多い。退院時に「本来ベッドは無料のはずだ」と主張し、支払いを拒む人もいるという。

お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

暴力だけではなく、決められた代金を払わない人が増えているようです。医者の患者を治したいという気持ちを逆手に取るこういった行為は民主主義社会の根幹を揺るがすものだと思います。

医者も人間ですから、「治して当たり前」を求められ、不可能を可能にしないと責められるではやってられませんよね。

今見返してみたらコメントに対する記事をたくさん書いてた件

ってことは、やっぱりそれなりに問題点があって、それを何とかしようと考えていたってことだよね。

僕のアプローチは基本的に「(・ε・)キニシナイ!! 」なので、一般に適用できるかというと心の持ちようの問題なのでそう上手くはいかないと思うけれど。

というわけで、過去記事について言及しつつ紹介。

炎上の仕方が妙にバイアスかかっているようで釣堀みたいで面白いですね。

バトルロイヤルコメント欄 - novtan別館

炎上の実例について。目的が正義でも手段は圧力だったりすると全然目的達せない気がするんだけど。

上記の集団からうちに言及があったのでそれ経由続き。今の流行はナインクリック詐欺! - novtan別館

ツッコミというのは常に貴重なもので、しかもありがたいことに全部を取り込まなければならない義務は無いのですから、有用な意見(自分の説に対してネガティブかポジティブかは問わない)はピックアップし、反論の必要性があるものには反論し、相手をするまでもないものは無視する、ということができます。

痛くも痒くもないコメント - novtan別館

自分の弱いと自覚しているところに突っ込まれたらむしろありがとうだよね。

そもそもネガティブコメントを書かないなんて主張は書いた人が「俺はネガティブコメントのつもりで書いたんじゃない。だからお前は反応(反論)するな」と言っているだけにしか思えないんだけど。

ネガポジは主観だと思うのでつけた人にとってのポジディブコメントがネガティブな議論を誘発することだってある - novtan別館

僕は受け取る側としては常にポジティブに受け取ろうとしているけど、それが可能ってことは逆に全てネガティブで受け取ることも可能ってことなんだよね。だから、相手がネガティブに受け取ること自体は仕方がないし、それを出来るだけ避けたいとは思うけど、無くすのは無理だから究極的にはキニシナイ。

松岡さんもいいこと書くんだけど、論理的に書こうとして前提間違えることが結構あるよね。

非難されるべき発言をした場合は実名だろうが匿名だろうが非難の嵐に襲われるわけで、非難するほうも自分が正しいと思ってたら匿名だろうが実名だろうが非難するだろうしね。

コメントスク…いやネットイナ…じゃなくてネット赤潮 - novtan別館

やっちゃったときに閉鎖して逃げるのもまた人生。

ネガティブコメントという存在を規定することがそもそもネガティブに囚われている。

ネガティブコメントがどうとか、その考えが既にダメっ・・! - novtan別館

まあ煽りだけのエントリなんだけど、幸せになるために。でもノー天気という批判は受けるかもしれないよ!

ブクマコメントがいまいちアンフェアに受け取られるのは、一つのエントリに対して多数の人があたかも記事を書くかのようにコメントすることなんじゃないかと思うけど、それを認めないことってのはそもそも言いたいことを言わないように制限する、ということと同義だと僕は思う。

ネガティブブクマなんてないから、ブクマコメントは自由にすべき - novtan別館

ブクマコメントについて。途中にも最後にも書いたけど、じゃあ、自由気ままにってのはちょっと違うとは思ってる。

一度全レスしてみるといいよ!…わりと本気。

どうすればブクマコメントを気にしないでいられるか - novtan別館

全レスが全然コメントに向き合ってないと意味ないけど。ごまかしで終わっちゃったら先に進んでない。

ネガコメが怖いってのは結局のところ自分について自信のない部分があるということだろうから、怖くなくなるまでちゃんと応対した方がよいと思ったり思わなかったり。正のスルーカと負のスルーカがあるような気がしてきたぞ。負のスルーカ同士が交わるとき、虚数戦隊ネガコメ5*1が登場するのだ。

ネガティブエントリやネガティブコメントを見えなくする最強のフィルタリングツール - novtan別館

負のスルー力は防衛機構で、あまり現実の解決には役に立たないし、過剰に発揮すると見えないものが見えてきちゃったりしますね。

個人が個人としてわざわざ立ち向かうことは必然ではない。ただ使命に駆られて個人的にやるのは自由ですが。生きたまま逃げることを許されないなら全力で戦うか死ぬしかないじゃない。

コメント欄を閉鎖するのはチキン - novtan別館

散々「キニスルナ」と言ってきたけど、どうしても気になるんだったら逃げてもいいんだよ。

以上、ブログ主として、自らに向けられたコメントへの対処法でした。

他者に対する責任

自分のブログに他人に対する誹謗中傷や攻撃が書き込まれたらどうする?僕の方針は

  • 期限付き削除依頼⇒アクションなければ削除
  • 重大な攻撃は(別にキニシナイからバカの証拠を残そう的)対象者本人の申し出がない限り見つけたら即削除
  • XX予告は念のため通報

くらいでしょうか。仕事中は基本的には見れないので、コメント率が高くなってきたら承認制も考えないといかんよなあというくらいは考えてるけど。

こういうのって自分自身がそういう事態に直面しないとなかなか具体的にどうしようとかは考えられないんですよね。

接待タクシー

キャッシュバックはいかんだろうと思ったけれど、良く考えたらクレジットカードで払ったらポイントが付くのであった。さて、これはどうなるのかな。

利益供与というと大げさで、企業努力というとちょっと不公平…なのか?給料の大部分が歩合制のタクシー会社が不公平をうたうのは変だ。だったら完全月給制で成果をボーナスのちょっとした差にすればよい。ビールが出たからといって何だというのか。営業費を会社に請求しているわけでもあるまい。個人タクシーの深夜2割増(普通は3割増)だって他の会社からみたら過剰なサービスじゃないの?パイの奪い合いなんだから努力を容認しないなら保証が必要だよ。

さて、僕も何年か前の忙しかった時期はタクシーのお世話になった。普通は個人タクシーを探す。前述のように深夜割増が少ないからだ。あと、車の乗り心地がだいぶ違う。少なくとも、客として乗る分には、ファントゥードライブとか言う必要がないわけで。セルシオタクシーは広くて発進もスムーズで良かった。一時期流行っていたティアナの乗り心地はイマイチで、クラウンのほうがだいぶ良かった。まあ車格も違うけれども。

ドリンク剤をサービスしてくれるXX無線のおばちゃん(というと気の毒だがオネエサンってほどでもない)も居たけど、個人指定で無線で呼べないからたまたまその時間に居合わせたら、という感じで。もうほとんど毎日タクシーのちょっと遠くの人はお抱えタクシーがあった。

お抱えタクシーって楽なんだよね。説明しなくても帰ってくれる。都内も都心あたりだったらいいんだけど、ちょっと郊外に行くとすぐ道がわからなくなる。最近は個人タクシーだとカーナビが大抵付いてるからそういう点でも個人タクシーにしてしまうことが多い。いずれにせよ、足立ナンバーのタクシーは西東京のことをあまり知らない。

利害が一致する、ということが商売の基本だとすると、タクシーがある程度サービスをすることは市場の理としては正しい。庶民の憤りは「公費でタクシーに乗った上、接待まで受けやがって」という点にある。接待があるから、あえて乗らなくてもいいタクシーに乗っているという公務員はちょっとどうかと思うけれど、もしその残業+タクシー帰りが必然であれば別にどちらも責められることではない。必然かどうかは僕にはわからない。仕事が本当にあるとしたら、月半分としても10日×2〜3万のタクシー代は人を1人増やすよりも安い。経費削減人減らしとかいうんであればその辺の経費はちゃんと考えるべきだ。仕事が減らなくて人が減ればこうなるわけだから。

官舎がどうとかってのも本当に妥当な批判なのか。タクシーで帰る公務員一人一人の事情がわからない以上、そう簡単に批判は出来ないけれども、安く住めるんなら近くに住んどけよとは思う。

でも、僕が忙しかったとき、確かに近所のカプセルホテルに泊まった方が安い(ちょっとだけね)し楽なんだけど、それでも家に帰りたかったな。朝の通勤電車に揺られながら、こうやって、ちゃんと働くリズムを作っているんだという実感があった。そういうものがないと、大変な仕事というのは続かない。

はっきりいって、こんな「あいつらばっかいい目をみやがって」的なことばかりがニュースになるのはおかしい。こんな話にニュースバリューなどない。バブルの頃の民間の会社の役得なんかを考えると社会全体としては実に健全だ。会社の金で飲むのも株主に対する損害だとか言われる今日この頃。「羨ましい」でメディアに煽られてくだを巻いているだけでは何も変わらないよ。