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2009-02-05

科学が超えられない善意の厚い壁

いたたまれない気分になる。

聞いてみると某健康食品を勧めた人物に「糖尿病は薬を飲んでも意味がない」と説得されて信じていたようです。以前から続けていた食事療法運動療法も止めていました。

善意による医学の否定 - Dr.Poohの日記

直すつもりがなくて治療を拒否していたんなら仕方がない。でも、この場合、直す気は満々だったということだよね。それなのに。

善意が結果を伴わないまま発揮されまくる。善意そのものが不幸を呼ぶことはそれほどないけれども、善意による誤った知識の押し付けは致命的な結果を招く。往々にして、そのカウンターパートには人生への過干渉を伴うほどの善意はない。

しかも、善意の真実性はさっぱりわからんのだよね。商売のためのニセの善意であることも。科学によりそのニセの善意が暴かれることは場合によってはあるけれども、当事者にとって、それは向けられた善意に対する悪意の露出であり、悪魔の所業であるかのように映るかもしれない。かくして、善意と希望は医者により打ち砕かれ、つらい治療や重い後遺症と真っ向から向き合う羽目になる。善意のみをよりどころにしているわけではないからこそ、医者は厳しいことも言えるということになかなか気づいてはもらえないのだろう。

もし、真実、善意から健康食品を薦めている人がいるのだとしたら、その人は結果に対する反省がない人なのだ。あるいは、今までたまたまうまく行っていたのかもしれない。その場合、責めることも難しい。それもまた、怪しげな健康食品の犠牲であるのだから。


マイナスイオン的な何かも、少しでもいい何かを作ろうとして生み出されたものではあるのだろう。そのこと自体を悪く捉える必要はなく、ただただ証明されていない何かであるだけだ。金でできたCDがいい音色を奏でるような気がするのも。真摯な気持ちの迷走なのか、人をだますことをいとわない悪意が隠された商売なのか、僕にはわからない。善意の元からなる信念だとしたら。

水伝は善意の露出ですらないから良いのだけど。

善意の前では科学は無力だ、ということにならないように、科学のありようは語られ続けなければ。

numachinomajonumachinomajo 2009/02/05 10:07 医療の場合はかなりの割合で人をだますことをいとわない商売が入り込んでる気がするんですが、ホメオパシーとかは宗教がかってるというか信念っぽく感じます。
っーか、とらこ先生が教祖さんっぽい。
信念のほうがやっかいかな?

医療ほど確立されてない分野、障害児の療育なんかになるとさらにややこしいです。
もう迷惑な善意はてんこ盛り。
言葉の無い子が人をどついて注意を引こうとかいう行動などでも、こういう行動でしかコミュニケーションがとれないかわいそうな子なんだからって笑顔で容認。
そんなことして人をどつくなどという行動を強化してどうするんじゃい!!
きっちり止めさせて他行動の分化強化(望ましい行動への置き換え)をせんかいって思うわけで。
ただしそこで善意の人を萎縮させるのは得策では無いので、じわじわ応用行動分析を教えて洗脳。

応用行動分析がベストかどうかは不明でも、今現在evidenceがあるからにはまずEvidence Basedが理にかなった対応。

ところでNATROM先生のとこのOリングテストのお話もオオウケしました。(笑

NOV1975NOV1975 2009/02/05 23:49 だから医療は資格も許可もいるはずなんですけどね。健康食品に病気を治す効果なんて表立ってうたえば捕まるくらいのものなんですけどねえ。

応用行動分析に対する理解のなさは、犬のしつけのように見えるからかもしれません。でも知能の高さとは関係ない話だと思うんだけど。

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