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2010-06-28

「ネット文化」は時間の無駄文化

実際、ネット文化、というのが文化として個別に語られるべきか、というのは確かにいまさら疑問はある。

もし「ネット文化」が「ネット以外の文化」よりレベルが低いといいたいのであれば、それはそうじゃないともいえるし、それはそうだがスジちがいだともいえる。ずれを感じ取るのは、ネットにせよリアルにせよ、一部に注目してるからではないか。

H-Yamaguchi.net: もうそろそろ「ネット文化」みたいな区分けはやめてもいいんじゃないか

これはそのとおりである一方で、その一部の違いこそがネット文化の特徴なんじゃないかと思ったりもする。

例えば、引用先であげられている「社民党党首の福島瑞穂(54)は民主、国民新との連立時、合意文書の署名丸文字だったため「みずほたん、かわいすぎ」とネットで騒がれた。」というくだり。なぜこのような部分で騒がれるかと言うと、ネット以前の世界では、たとえ思ってもそれを開陳する場がせいぜい一緒にテレビを見ている家族くらいでしかなく、会社いって「丸文字かわいかったよね」みたいな発言をするのはちょっと恥ずかしいし、何より時間がたちすぎて単なる感想をいうには遅すぎる。

でも、ネット世界では、ニュースで報道された瞬間から誰かの感想が始まり、共感を呼び、広まっていく。

これって、従来ではネタにもならなかったトピックがネタとして成立してしまうシステムだといってよい。だから、ネット文化ってのは、時間の浪費を創出してしまうシステムの上に立った時間の無駄文化という一面があると思う。あくまで一面ね。

よくいえば、これは物事に対して多面的に価値を見出すための試みである。少なくとも、従来個人の枠内で留まっていた観点が広く発信されることによって上手く昇華して行くことがある。だから、単なる時間の無駄と言ってしまうといかんのだろうけど、確実にネタにする対象のハードルは下がっているよね。

電子書籍とコミックスの意外な観点

土曜の夕方にやっているTOKYO-FMのAVANTIって番組 http://www.avanti-web.com/ てのが、業界人の雑談みたいな設定でちょっとしたトークをいろいろな人がちょっとずつ行うって言う結構面白い番組なんだけど、今週はiPad特集で、その中でIKKIの編集長が面白いこと言っていた。

マンガって、原稿はフラットなんだけど、読むときって絶対パースがつくから、こだわりを持っている漫画家さんにとってはiPadのフラットなスクリーンのほうが望ましい、って。

なるほど、その発想はなかった。

と、そこでの話とほぼ同じのがここにのってた。

松本大洋氏は「僕自身、紙へのこだわりが強いです。紙は大好きです。しかし、iPadのパイロット版を見た瞬間、これからはこうなるんだろうなと思い、なにやら変な汗をかきました(笑)。マンガは見開き単位で描いているから、できればiPadで読むときも、横位置・見開きがいいと思いました。そうなると、今の画面サイズでも十分読めるとは言え、もう少し大きくなってもいいですね。それと、紙の本では、どうしてもノドの部分(綴じ部)が湾曲していて、中心に近いほど絵柄にパースがついてしまうのがイヤだったのですが、iPadではそれがクリアされるのは嬉しいです。いずれにしても、これを機に僕の作品を知ってくださる人がいたら、それはとても嬉しいことですね。」と話しているという。

【本田雅一の週刊モバイル通信】 iPadをトリガーにコミックの国際化を狙う小学館

見開きサイズで最初から表示してしまうとちょっと小さいだろうから、見開きを理想的に見せるというのはなかなか難しい感じではありますが、言われて見ればそうだよなあ、絵なんだもんなあとは思いました。

個人的には、パースがつくのも味があってよいし、それを意識して書いている人もいるのでは、と思うけどね。

上の記事の中でも触れられているけど、じゃあ、マンガが最初から電子書籍を意識して書かれたらどうなるか、みたいな期待感はこれからいろいろ高まってくるだろうね。マンガが今のコマワリの世界から離れないのであれば、例えばコマの中でアニメしたりすることに取り立てて意味があるとは思えないけれども、そんなレベルではなく、表現形式全体が大きく変わるかもしれない。とはいえ、作業自体が電子化されて、Flashのような環境が出来て何年もたつのにあまり変わった話を聞かないので、革命家の存在が必要かもしれない。出版社に縛られず、Webで売るのが革命だ、みたいな向きは遺物になったりしてw。

とはいえ、ゲーム機が進化しすぎて、ちょっと一山当てるために頑張ってみるか、的な発想で参入できないことによるゲーム業界の行き詰まり(主観ですが)と同じような結果が起きてしまうのは望ましくないでしょう。マンガが、特に日本のマンガが素晴らしい表現形式である所以は、リアルであることや芸術的であることが存在意義の第一義におかれないことなんじゃないかと思うわけですな。そういった、マンガの味的なものを捨てないまま、電子化時代にふさわしい新たな表現というのがiPadの登場によって加速していくのか、その辺りが興味深いですね。