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2012-01-09

ロジカルシンキング…だと…?

まあこれを見てくれ。

その順番では何が言いたいのか伝わらない!:日経ウーマンオンライン【「課長塾」仕事がデキる!話し方】

これでロジカルに答えを導き出せるのはエスパーですね…しかし、めげてはいけません…考えてみよう。

(1)価格は、A社のものはB社に比べ1万円安く、C社のものはB社に比べ2万円高い。

→出来れば後々のためにも価格の絶対値で比較したいものです。ここではA社:90000、B社:100000、C社:110000と仮定してみますか。

(2)故障のリスクはA社製が最も高い。

→ちょ、ちょっと待って…「最も」高いってことはB社とC社には差があるんですかないんですか?そもそも「最も高い」なのがA>>>>>BCなのかA>BCなのかわからないと費用対効果での評価ができません…購入するのが1台なのか1万台なのかでも話が違いますよね…

(3)性能が我が社の作業に適しているのは、A社とB社のものである。

→これは定性的な話だからそれならそうと考えざるを得ない

(4)待機電力消費率はA社、C社が高く、B社は低い。

→ちょっと待ってください。待機電力は耐用年数に対していくら差が出るんでしょうか。そもそも業務で使うパソコンの待機時間は見積もってますか?それよりも通常業務で使用する際の消費電力量が知りたいお…

(5)デザインや軽さの面でいえば、A社が最もよいが、実務には関係がない。

→まあこれもそうだ、っていうだけの前提なんでそれでいいです…

(6)仕事上、取引があるのはB社とC社で、A社はない。

→価格交渉の釣り球にするならともかく、そうでないならこの判断基準はそこに事務のコストが発生するか否かってところですね。

さて、これをロジカルシンキングするとこういう表になるようです。

f:id:NOV1975:20120109115614j:image

うむ。○と◎と☓ってのはインパクトのある表ですね。△はないのか…。で、ここでロジカルに考えます。これを定量的な評価にするためには、まず明らかに指標として数字が見える「価格」の差異がどれだけの効果があるかを他の評価軸と比較するための検討をしなければなりませんね。

前提条件を満たさないから問題外(表に乗っている事自体疑問というと云い過ぎか)として、AとBの差は1万円という価格差。これが故障のリスクに見合うかどうか、待機時の消費電力の差に見合うかを考えてみれば良いわけです。待機電力を3W(結構多め)と見積もって1年間待機し続けた場合だいたい600円。塵も積もれば山となるとはいえ、そもそも待機じゃない時間が多いことを考えると1台あたりの価格差を跳ね返す評価基準には成り得ないようですね。

すると、もうひとつは故障のリスク。2009年の調査によると、3年以内の故障率1位25%〜9位15%ということで結構差があります。価格の差をここに反映されるためにはちょっと計算してみないといけないですね。A社が25%、B者が15%と仮定、故障=新品購入として極めて単純化(実際の故障率によるリスクの計算はもうちょっと複雑)して計算すると、

100台導入するとして

A社:90,000,000+22,500,000=112,500,000

B社:100,000,000+15,000,000=115,000,000

あれれれ…A社の方がトータル安いですね。全部新品購入としてもこれだけの結果になります。実際には修理・交換(保証の範囲内)にかかるコスト(業務に割かれる時間)の方が問題になりますが、新品購入より高いことはないでしょう。ただ、元々の費用がもっと高いもの(1万円という価格差が比率としては小さい)であるならば、故障率の差がもっと費用の差に出てきますよね。

さて…あなたはこの問に対して正解を出せますか?ここまで述べたとおり、ロジカルに考えるためにはロジックを構築するためのネタが必要なんですが、ネタが全く足りませんよね(というか、評価をするための情報として不足がありすぎますよね)。というわけで、こんな根拠薄弱ではロジカルシンキングなんてできませんよね?

しかし、実は仕事で使うロジカルシンキングは論理的思考のことではなかった!

という記事を昔読んだ

後から理屈を付けるのは、他人と自分自身を説得するためである。「俺のひらめきを信じろ」と言っても誰も相手にしてくれない。言っている本人も自信が持てないだろう。説得できるようにするために論理を組み立てるのである。ここでロジカルシンキングを使う。つまりロジカルシンキングとは、論理的な考え方ではなく、論理的な説明の仕方を指す。

〜中略〜

「この事業は業績が下がっているので、撤退すべきだ」と「この事業は業績が下がっているので、てこ入れをすべきだ」という主張はどちらも論理的だが、同じ根拠から別の結論を導いている。どちらに納得してもらえるかは相手次第である。言い換えると論理の外側で決まる。この状態を「根拠不足」という人もいるが、根拠を挙げ尽くすことはできない。この例なら撤退基準があればよいように思えるが、なぜその基準でよいのか、なぜそれを適用してよいのか、と根拠の根拠を追求していくと、どこかで客観的な根拠はなくなり、主観的な判断に行き着く。

ITpro:アクセスエラー

今回の例であれば、それを評価軸にしたのはなぜか、というところが主観にあたりますね。先の記事の模範解答をみてみましょう。

購入すべきはB社製であると考えます。理由は3つです。

1つめは、性能面です。我が社の実務に適した仕様であり、故障が少ないこと。

2つめは、コスト面です。価格も3社のなかでは平均的で、待機電力も低く抑えられること。

3つめは、我が社の取引先でもあること。

 よって、B社のものを購入すべきと考えます。

その順番では何が言いたいのか伝わらない!:日経ウーマンオンライン【「課長塾」仕事がデキる!話し方】

ううむ…確かに論としては成り立っていますが…

ここで問題なのは、根拠としてまだ客観的な根拠を導入できる評価軸であるのに根拠を追求していないことですね。実際には「ロジカルシンキング(どやっ」で結論を出すのは無理な設定じゃないですか。論理的な説明の仕方と考えたとしても、「説得できるような論理」になっていない(なぜなら前提が曖昧すぎるからツッコミに耐えうるロジックが構築できない)。

とはいえ、5分で考えて30秒で上司に報告、と。僕ならどうするかな。所詮パソコンなんて消耗品だし待機電力は大して問題にならないし取引先かどうかで物品購入の手続きがそんなに大きく変わるわけないし…どうせなら軽くてカッコいいのがいいよね(主観による決め手)「安くて前提スペック満たしているからA社にしましょう!」(全部で10秒)

うん、1行で言い尽くした。

放射線の線量リスクで掛け算することと、宝くじとパチンコの違いと

少し話に混同があると思うので考えてみる。

元の話はここ。

もぐさんの「リスク比較における『○○人に一人』は掛けてはならない』という主張 - Togetter

で、ここで「掛け算してはいけない」って言われているのは、ICRPが出している集団実効線量のリスクの話。まず、こういうのを宝くじに例えている人が結構いるみたいなので、そもそもの宝くじの話。

宝くじは必ず誰かに当たる?

例えば、1000枚に1枚当たりがあるくじが1000枚売れたら必ず誰かが当選します。なぜか。ハズレくじはハズレとして排除されるため、1000枚売る中で必ず当たりくじを売ることになるからです。

一方で、よく勘違いされるのが、ギャンブルなどでの抽選。これは、ハズレくじを引いたらそのくじはまた売り物に戻され、シャッフルされます。つまり、1000枚売れても必ず当たりが出るわけではないですし、極端に言うと1000枚売れて1000枚あたりになる可能性だって0ではありません(実質的には0ですが)。こういう抽選方法を一般に「独立試行」といいます。

当たるかもしれないし当たらないかもしれない事象に対して宝くじの例えをすることは、あまり適当ではないですよね。とはいえ、独立試行の場合もその当たり事象が平均的に起こり得るものであり、かつ十分な試行回数を伴うことが出来れば、ほぼほぼ期待値に沿う結果が出ます。1000枚引いてもあたりが出ないかもしれないけど、1000億枚引いたらだいたい1億枚前後(この前後というのが曲者ですが)は当たりがでるでしょう。これを大数の法則と言います。

さて、では、宝くじの場合と考えたときに、仮に当たりが1兆枚に1枚、売れたのが1億枚だったらその中に当たりはあるでしょうかないでしょうか。なんだか当たらない気になって来ませんか?仮にこの宝くじが1000回発売されたとしたら、期待値は1枚当選。

というわけで、宝くじだからといって必ず誰かに当たるわけでもありません。それでも宝くじには当たりくじが「ある」わけです。当たりがあるんだったらそれを人数で掛け算したら誰かに当たるでしょ?というのが今回の議論ですね。

LNTモデルとは

そもそも、今回の問題は、いわゆるLNTモデルをどう捉えるべきかという問題です。LNTモデルとは「直線しきい値なし仮説」のことを言います。これは「ある一定の値を超えない限り影響がでない(=閾値有り)とは仮定しない」ということですね。なぜこういう仮説を取るかというと、リスクはできるだけ低いほうがいいという観点から、仮にこの仮説が正しいとしたら問題であるだろう線量を定めたほうが合理的(さもなくば、疫学的な結論が出るまでリスク評価ができない)という理由があるからですね。

つまり、これは低線量のところに閾値があるかどうかについて現時点で疫学的な評価はできていないことを意味しています。

集団実効線量とは

もう一つの重要なキーワードとして「集団実効線量(集団積算線量)」があります。これは「集団を対象にした線量評価のために評価対象とする集団における1人当たりの個人被曝線量を全て加算したもの」です。この値は放射線防護手段を比較するための指標とされています。事故が起きたと仮定したときにこの値が一定以下にならなければならない、というように使うようです。当然ながら、ここで仮定される被曝量はそれなりの大きさになります。

このふたつを組み合わせてみる

集団実効線量は現場で集団が浴びる合計の値ですから例えばこれを100万(単位は適当)としましょう。100人いると考えると1人1万ですね。この基準で1人は癌になる、というのが仮定になります。設備のリスク評価をする際には事故が起きてもこれ以下に抑えましょう、と。ところで、LNTをここに適用します。すると、100万人いたら1人1浴びると1人は癌になる、ということになります。

1でも浴びると宝くじの法則から言って自分が癌になる可能性が0ではない!!ということですね。

でもちょっと待ってください。1(なんども言うようですが単位は適当です)の線量で本当に影響が起きるの?

これが掛け算をしてもいいかどうかのポイントになります。掛け算をして即「危険だ!」というためにはしきい値なし仮説が正しく、かつ、現実的に存在しうる範囲で問題が出る(例えば結果として100兆人に1人が癌になります、という仮説に恐怖することは合理的でない)必要があります。

ICRPの見解

http://www.nsc.go.jp/info/bassi_0908.pdf

「疫学的研究の手段として集団実効線量を用いることは意図されておらず,リスク予測にこの線量を用いるのは不適切である。その理由は,(例えば LNT モデルを適用した時に)集団実効線量の計算に内在する仮定が大きな生物学的及び統計学的不確実性を秘めているためである。特に,大集団に対する微量の被ばくがもたらす集団実効線量に基づくそのような計算は,意図されたことがなく,生物学的にも統計学的にも非常に不確かであり,推定値が本来の文脈を離れて引用されるという繰り返されるべきでないような多くの警告が予想される。このような計算はこの防護量の誤った使用法である。」

リスクの否定ではない

元々のtwitterでも複数の議論が混同して語られているきらいはありますが、いずれにしても、リスクの評価方法としてどの程度妥当かという話ではあります。低線量のリスクについてはわかってないことも沢山あります。なので、想定しうる仮説に基づいたリスク回避の行動を取る、という姿勢そのものが悪いとは思いません。

ただ、単一の対象に対する宝くじ的なリスクを心配するのは総合的なリスク評価ができているのか疑問に思うことがよくあります。よくある予防接種の宝くじ的リスクを気にする人は予防接種を受けないことのリスク(そっちの方がトータルリスク度が高い)を度外視することが目につきます。

個人的にはそっちのほうが気になるんだよなあ。

まあ、「当たりはかならずある」と疫学的に実証されていない仮説に基づいて自信満々で語ってしまうのはどうなのかな、と思いました。

他参考サイト

Hal Tasaki’s logW 1112

1年1ミリを被曝すると、ガンにかかって死ぬ可能性が2倍に増える? - NATROMの日記

線形しきい値なし仮説 - buveryの日記

NHK追跡!真相ファイルについて。 - buveryの日記

被曝 - Wikipedia

集団線量の癌死予測への演繹方法について - Togetter