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プログラマーの脳みそ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-12-07

外がでしんと静まり返っている。なんというか、ヒキコモリ日和だ。

SI屋の経営陣が技術の空洞化に気づかない理由

| 13:03 |  SI屋の経営陣が技術の空洞化に気づかない理由を含むブックマーク

 忘年会シーズンが始まった。私も仕事柄、取引先の忘年会に出たりするわけなんだが、こういう場ではその会社の経営陣と会話をすることができる貴重な場でもある。

 自分の今のプロジェクトは契約上の関係で間に中請けに入ってもらっている*1わけなんだけど、プロジェクトで中請けのとこの新人君と3年目の子を預かって教えている。また、その会社で社員によって自主的に行われているJava勉強会の講師をやったりしている*2のだけど、そんな実情は経営層は全然知らないわけだ。

 技術力が外注の傭兵部隊からの借りものだったとして、プロジェクトが完遂してうまくいったとなれば、中請けの会社としては「うちもなかなかやるじゃないか」と思うことだろう。勝利の栄誉は軍を率いた大将のものである。しかし、軍を勝利に導いた戦果は誰が挙げたのかは無視できない。ましてや、それが間に合わせで雇った傭兵となれば、強いのは我が軍だ、と言えるだろうか?

 戦場で個別の部隊の働きを見ているのなら、その戦果も把握できよう。城で伝令を聞くだけではそれも見えてこない。ただ、我が軍の勝利という結果だけを重ねて「うちには優秀な技術者がいて、難しいプロジェクトも成功させてきた」という自信を得るのである。

 忘年会では苦笑せざるを得なかった。その技術者って誰ですか?それはおたくの社員ですか?とツッコミたいところだが、そういうネガティブな情報を認識させる場合はうまくやらないと怒りを買うだけなので難しい。どう戦果を認めさせるかという部分が今後の課題として残るなぁ。

まとめ

  • 傭兵が戦果を挙げればプロジェクトは成功裏に終わるので、戦果と保有する人材のギャップに気がつかない

追記

関係がややこしいので整理しておこう。

  • 元請けというか発注元は某企業グループ。企業の社内システム開発の為のフレームワークを作るというプロジェクト。技能が重視される。
  • 中請けが地方の中堅会社。ここの忘年会に出てきた。
  • 傭兵の立場にあるのが自分。元請けから仕事をひっぱってきたんだけど、与信の関係で中請けに入ってもらった。
  • もともとひとりでプロジェクトに参加していたんだけど、プロジェクトの人員増のタイミングで中請けに要請して頭数を投入。自分はそのチームの指揮官にあたる。
  • なぜか自分は中請け会社の勉強会の講師をボランティアでやっている。
  • 過去のプロジェクトでも同じ中請けの会社の新人を受け持ったことがある。

他社の新人教育を引き受ける理由

| 13:03 |  他社の新人教育を引き受ける理由を含むブックマーク

 新人教育というのは、会社の未来に繋がる重要事項である。新人のうちに会社としての方向性を植え付けるのだ。その新人教育をOJTとか言って現場に丸投げする様を見るとその会社は大丈夫なのかな?と思わざるを得ない。

 うちのプロジェクトは中請けの会社の社員らとチームを組んでいるのだけど、チームリーダーは傭兵部隊であるはずの自分で、中請けの新人を預かっていたりするという、歪な構成になっている。

 なんでこんなのを請けているのかと言えば、文化侵食のためなのだ。技術志向を新人に植え付けていくのである。かっこうの託卵のようなもんで、飯を食わせる責任は中請け会社が負うのだけど、うちのような技術志向の会社にとって都合のよい方向性に育てていくのだ。

 技術志向を植えられて育った技術者が、技術を重視しない中請け会社に所属することに疑問を持ち始める日が来るだろう。もしその会社の業績が悪化して希望退職を募ることになったとすれば、そういう人材こそ外に流れる。僕はその日を待つだけで、リスクを全て中請け会社に押し付けて人材を確保できるのである。「御社の社員をうちで引き受けますよ」と恩を着せて一番おいしい技術者を引っこ抜けるのだ。

 他にも、下から評価を獲得することにも繋がる。新人に技術を教えるなんてのは、こちらの評判を伝えるよい手段だ。「あの人は凄い」という評判が同期を通じて広まっていく。別のプロジェクトに配備になったとき、「前のプロジェクトでXXさんがこうやっていました」と改善案を提示してくれれば、そのプロジェクトのメンバーにも評判が伝わる。ブランド力の形成に繋がるのだ。

 技術志向で独立した零細のシステム会社なんてのは、人材の確保が難しい。新卒採用して勉強させるにしても資金に余裕がないし、採用してみたもののイマイチ使えない奴だったとか、そういうリスクもある。OJTとか舐めたことを言っていると、託卵の果てに育ったところで引き抜かれるかもしれない。

富山の嘘歴史

12:06 |  富山の嘘歴史を含むブックマーク

富山県にはIntecの本社があるなど、地方としてはIT産業が活発な地域である。

これは、江戸時代に冬の農閑期の副収入としてシステム開発を行ったことが始まりとされる。


北陸地方は雪深く、平野部でも50cm程度の積雪はざらにある。

農閑期を迎えると家に籠って春を待つという生活を続けてきた。

雪の中、出歩くこともままならないため、人々は光ケーブルを敷設してブロードバンドを普及させたのである。


ちょうどこの頃から富山の薬売りによる売薬システムが確立したわけだが、その背後にはこうしたネット網があったことは言うまでもない。

富山県地場産業として製薬会社も多いが、これらの発展にも農閑期のシステム開発は寄与していたのである。

*1:元請けが与信の関係で直接取引してくれないのだ。なので間に会社を挟んで信用を借りることになる

*2:ちなみに講師の謝礼はない。ボランティアである