●平成21(行ケ)10062 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成21(行ケ)10062 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「急速崩壊性多粒子状錠剤」平成22年12月22日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101224102745.pdf)について取り上げます。


 本件は、存続期間延長登録の出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求の棄却審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、延長登録出願と特許請求の範囲についての判断等が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 塩月秀平、裁判官 清水節、裁判官 古谷健二郎)は、


『1 本件処分の対象と本件特許発明の実施について

 本件処分となる薬事法上の承認の対象たる「タケプロンOD錠15」(販売名)が本件特許発明の構成を備えていないことに関しては,被告において主張立証するところではないので,この対象物の製造(生産,特許法2条3項1号)は,特許法67条2項所定の「特許発明の実施」に当たるものというべきである。


特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈について

 特許権の存続期間の延長登録について,特許法67条2項は,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。また,同法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願について拒絶をすべき場合の1つとして,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」と規定している。


 これらの規定の趣旨は,「特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権が存続していても,特許権者は特許発明を実施することができずにその利益を享受することが困難であり,いわば特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施することができなかった期間について,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することとしたものと解される。


 そして,この場合の「特許発明」とは,その条文上の記載から明らかなように,一般に「特許を受けている発明」(特許法2条2項)と解され,特定の特許発明に限って存続期間の延長が認められるわけではなく,また,「実施」とは,特許法2条3項各号に掲げる行為をいうものである。


 ところで,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除される行為のうちに,「特許発明の実施」に当たる行為の部分がなければ,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったとはいえないから,「特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったと認められるためには,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除される行為のうちに「特許発明の実施」に当たる行為の部分が存することが必要である。そして,「政令で定める処分」が,例えば,薬事法14条所定の医薬品の製造の承認や医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る承認である場合に,上記要件を充足するためには,薬事法14条所定の当該承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為に,当該特許発明の実施に当たる部分がなければならないと解される。


特許法68条の2の解釈について

 特許権の存続期間が延長された場合の特許権の効力について,特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。


 この規定の趣旨は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶものではなく,「政令で定める処分の対象」となった「物」(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についてのみ及ぶというものである。これは,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明は,様々な上位概念で記載されることがあり,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された「物」又は「物及び用途」よりも広いことが少なくないため,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった「物」又は「物及び用途」を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許発明の実施が妨げられる場合に存続期間の延長を認めるという特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に反することとなるからである。


4 延長登録出願と特許請求の範囲

 このように,「政令で定める処分の対象」となった「物」又は「物及び用途」に限定して特許権の存続期間の延長が認められるのであるから,特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施しようとする第三者に対して不測の不利益を与えないという観点から,存続期間の延長登録出願が適法であるためには,「政令で定める処分の対象」となった「物」又は「物及び用途」についてみれば,それらが客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」を基準とし,「発明の詳細な説明」の記載に照らして認識できるものでなければならず,また,それで足りるということができる。


 すなわち,存続期間の延長登録出願に際し,「政令で定める処分」を前提として,その対象となった「物」又は「物及び用途」が,客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,上記の手法に基づいて認識できるような場合には,当該「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為に,「特許発明の実施」に当たる行為の部分があると客観的に判断することができるからである。


 そして,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明が,様々な上位概念で記載され,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された「物」又は「物及び用途」よりも広い場合であっても,当該「物」又は「物及び用途」が,客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載に基づいて認識できるのであれば足りるのであり,上記の禁止が解除された「物」又は「物及び用途」が,特許発明のうちの特定の構成として明文上区分されている必要まではない。


 審決は,「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」すなわち「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要するというべきである。」と判断したものであるが,この判断は,当裁判所の上記判断に反するものである。


 また,審決は,「本件特許発明はランソプラゾールの使用を必須とする錠剤についての発明でないのはもちろん、それが「非びらん性胃食道逆流症」という特定の用途に向けられたものでもない。」(8頁5行〜7行)と判断するが,これは,当裁判所の上記判断に反する立場を前提とするものであり,前記1の認定判断と当裁判所の上記判断を前提とする以上,審決の上記判断に基づき本件出願を拒絶すべきものであるとした審決の結論は誤りというべきである。


5 被告の主張について

(1) 被告は,本件において審査され評価されているのは,有効成分であるランソプラゾールを非びらん性胃食道逆流症へ適用するに当たっての有効性と安全性であって,これが本件の承認により禁止が解除される範囲に当たるにもかかわらず,本件明細書の特許請求の範囲において,多粒子錠剤が含有する有効物質の限定がないから,本件特許発明では,「非びらん性胃食道症へ適用されるランソプラゾール」という薬事法による規制によって生じる禁止範囲の存在を把握することはできず,本件の承認によって禁止が解除された範囲と本件特許発明とに重複部分が存在するということができないと主張する。


(2) その前提として被告が主張するのは,特許権の存続期間延長制度についての立法趣旨を踏まえれば,医薬品に関しては,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」という要件は,「有効成分(物)と効能・効果(用途)という観点から処分を受けることが必要であった」と解すべきであるから,特許発明が,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明ではない場合には,「有効成分(物)と効能・効果(用途)」という観点からは,特許発明の実施に処分を受けることが必要であったとはいえないので,このような特許発明に係る特許権の延長登録出願は,「その特許発明の実施に67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」に該当し,拒絶すべき旨の査定をしなければならないというものである。


 しかし,特許権の存続期間延長制度の対象となる特許発明は,前記2のとおり,その条文上の記載から明らかなように,「特許を受けている発明」(特許法2条2項)全般であり,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明という特定の特許発明に限定して存続期間の延長を認めるべき合理的根拠はない。


(3) 前記第2の1記載並びに本件出願書(甲1)添付の資料及び本件承認書(甲3)によれば,本件処分(承認)の対象物は,ランソプラゾールを有効成分とするタケプロンOD錠15(販売名)の錠剤であり,処分の対象となった物について特定された用途は,「非びらん性胃食道逆流症」であるところ,当該有効成分であるランソプラゾールは,下記化学構造式を有する,(±)2−[[[3−メチル−4−(2,2,2−トリフルオロエトキシ)−2−ピリジル]メチル]スルフィニル]ベンズイミダゾールである。


 また,当該有効成分であるランソプラゾールは,添付文書情報(甲10)4頁の【薬効薬理】の欄に記載のとおり,胃酸分泌抑制作用を有する薬剤であって,当該作用に基づき胃潰瘍,十二指腸潰瘍などの胃腸疾患や,本件の承認において特定された用途である非びらん性胃食道逆流症を鎮静化するという効能・効果を有する医薬活性成分である。


 したがって,ランソプラゾールは,本件明細書(甲2の2)の発明の詳細な説明において有効物質として例示された「制酸薬」又は「胃腸鎮静薬」に該当し,本件特許発明の特許請求の範囲請求項1記載の「有効物質」に該当するものと認められる。


 そうすると,本件特許の存続期間の延長登録出願に際し,本件の承認を前提として,その対象となった「物及び用途」は,客観的に明確に記載され,かつ,本件特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載に基づいて認識できるのであって,これに基づいて,本件の承認を受けることによって禁止が解除された行為に,本件特許発明の実施に当たる行為の部分があるか否かを客観的に判断することができるから,被告の上記(1)の主張を採用することはできない。


(4) 被告の主張中には,本件の承認までの厚生労働省での審査過程では,本件特許発明に係る製剤技術自体の有効性や安全性は審査対象となっていなかったから,それらの確認のために特許権が浸食されたとはいえないとする部分がある。


 この主張の関係でみると,なるほど,武田薬品は,平成4年10月2日にランソプラゾールを有効成分とする「タケプロンカプセル15」(販売名)について薬事法上の承認を受け(甲5),平成12年9月22日にその効能・効果及び用法・用量についての一部変更承認を受け(甲6),さらに,平成14年3月11日に同じくランソプラゾールを有効成分とする「タケプロンOD錠15」(販売名)について薬事法上の承認を受けている(甲7)。しかし,いずれの承認においても,本件の処分(承認)の対象物について特定された用途とされる「非びらん性胃食道逆流症」は効能・効果として含まれていない。錠剤に関する本件特許権に関して,有効成分であるランソプラゾールについて用途を「非びらん性胃食道逆流症」とする薬事法上の承認は,今回が最初であり,用途(効能・効果)において従前の上記各承認とは異なるものである。すなわち,本件の承認の対象となったのは,ランソプラゾールを有効成分として含有する錠剤「タケプロンOD錠15」(販売名)であるが,用途に関して,本件の承認では,従前の上記各承認事項に加えて「非びらん性胃食道逆流症」が効能・効果として追加されたものであるところ,かかる承認の審査期間において,当該用途での当該錠剤に係る本件特許発明の実施が妨げられたことを全面的に否定することはできないから,被告の主張のみをもって本件出願を一切拒絶すべき理由とすることはできない。


 したがって,被告の上記主張は,採用することができない。


第6 結論

 以上によれば,原告の主張する取消事由には理由があり,審決は取り消されるべきものといわなければならない。


 よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。