●平成22(行ケ)10184審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「膨張弁」

 本日は、『平成22(行ケ)10184 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「膨張弁」平成23年02月03日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110203152308.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、相違点2の容易想到性についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 高部眞規子、裁判官 井上泰人)は、


『ウ相違点2の容易想到性について

(ア) 引用例1は,前記のとおり,引用発明の弁本体の耐クリープ性に配慮して樹脂の素材の好例を記載しており(【0027】),また,強度の高い部材(例えば金属)と強度の低い部材(例えば樹脂)とによって構成された構造体に外力が加わった場合,強度の低い部材に応力が集中し,これが樹脂である場合にはクリープが発生することは,技術常識でもある。そして,樹脂製のフランジに対して金属部材をかしめ固定する技術に関する甲8技術が,樹脂にクリープが発生することを予防するためにフランジ部に金属板を備えていることを併せ考えると,引用発明のフランジに筒状止め金具をかしめ固定するに当たり,甲8技術に基づき,筒状止め金具が当接するフランジ部に金属板を備える構成を想到することは,当業者にとって容易であったといえる。


(イ) 次に,引用発明は,前記のとおり,本件オリフィス構成を採用している(【0016】)。したがって,前記のとおり,引用発明のフランジ部に金属板を備える構成を採用する場合に,当該金属板を樹脂製の弁本体にインサート成形することは,引用例1自体に示唆があり,当業者にとって容易に想到可能であるといえる。


(ウ) また,一般に,膨張弁を含む圧力制御弁の技術分野において,円筒形の2つの部材を固定する手段として,かしめ固定のほかに,螺着という手段が存在することは,当業者にとって周知技術である(甲9,10)。


(エ) しかしながら,引用例1及び2には,前記フランジ部に金属板をインサート成形したとしても,この部分に雄ねじを,筒状止め金具の内側に雌ねじを,それぞれ形成して,両部材の固定に当たって前記周知技術である螺着という方法を採用することについては,いずれも何らこれを動機付け又は示唆する記載がない。


 むしろ,引用発明は,本件先行発明の制御機構が,取付筒に形成された雄ねじと弁本体の内側に形成された雌ねじにより螺着されているが,雄ねじの形成にコストがかかり,かつ,取付けに当たり接着剤を使用する必要があり,取付作業が面倒になる(【0012】)という課題を解決するために,かしめ固定という方法を採用し(【0047】),本件先行発明が採用するねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥したものである。


 したがって,引用例1及び2に接した当業者は,あくまでも制御機構(パワーエレメント部)と樹脂製の弁本体をかしめ固定により連結することを前提とした技術の採用について想到することは自然であるといえるものの,本件先行発明が採用していながら,引用例1が積極的に排斥したねじ結合による螺着という方法を想到することについては,阻害事由があるといわざるを得ない。


 以上のとおり,引用例1及び2には,膨張弁のパワーエレメント部と樹脂製の弁本体の固定に当たり,弁本体の外周部にインサート成形した固着部材に雄ねじを,上端部が屈曲した筒状の連結部材の内側には雌ねじを,それぞれ形成して,両者をねじ結合により螺着させるという本件補正発明の相違点2に係る構成を採用するに足りる動機付け又は示唆がない。


 むしろ,引用発明は,それに先行する本件先行発明の弁本体が金属製であることによる問題点を解決するためにこれを樹脂製に改め,併せてパワーエレメント部と弁本体とを螺着によって固定していた本件先行発明の有する課題を解決するため,ねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥してかしめ固定という方法を採用したものであるから,引用発明には,弁本体を樹脂製としつつも,パワーエレメント部と弁本体の固定に当たりねじ結合による螺着という方法を採用することについて阻害事由がある。しかも,本件補正発明は,上記相違点2に係る構成を採用することによって,パワーエレメント部の固定に強度不足という問題が発生せず,膨張弁の動作に不具合が生じるおそれもなく,またその強度不足によって生ずる水分の侵入により不都合が生じるというおそれも発生しないという作用効果(作用効果1)を発揮することで,引用発明が有する技術的課題を解決するものである。


 したがって,当業者は,引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術及び周知技術に基づいたとしても,引用発明について相違点2に係る構成を採用することを容易に想到することができなかったものというべきである。


エ被告の主張について

 以上に対して,被告は,パワーエレメント部の弁本体への固定手段としてどのような手段を用いるかは当業者が適宜選択すべきことにすぎず,螺着という方法が周知技術であり,かしめ固定に様々な問題があることも技術常識であるし,引用例1の本件先行発明に関する記載が,本件先行発明における螺着の不具合を示しているにすぎないから,螺着という方法の採用自体を妨げるものではなく,当業者が,引用発明における固定手段としてかしめ固定に代えて螺着を採用することが容易にできた旨を主張する。


 しかしながら,ねじ結合による螺着及びかしめ固定にそれぞれ固有の問題があることが周知ないし技術常識であるとしても,引用発明は,そのような技術常識の中で,あえて本件先行発明が採用する螺着の問題点に着目し,これを解決するためにかしめ固定を採用したものである。


 すなわち,前記認定のとおり,引用例1は,本件先行発明が採用している螺着という方法を積極的に排斥している以上,相違点2に係る構成について引用発明のかしめ固定に代えて同発明が排斥している螺着という方法を採用することについては阻害事由があるのであって,これに反する被告の上記主張をもって,いずれも相違点2についての容易想到性に係る前記判断が妨げられるものではない。


 よって,被告の上記主張は,採用できない。


オ小括

 以上のとおり,本件補正発明は,特許法29条2項により引用発明に基づいて容易に発明をすることができたものではないから,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第5項が準用する同法126条5項にいう特許出願の際に独立して特許を受けることができたものであるといえる。


(3) よって,本件補正が同法17条の2第4項2号に掲げる特許請求の範囲の縮減を目的とするものに該当するとしながらも,本件補正発明に独立特許要件がないとして本件補正を却下した本件審決には,この点の判断を誤った違法があるといわなければならない。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。