●平成29(行ケ)10083 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「旨み成

 本日は、『平成29(行ケ)10083 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」平成29年12月21日 知財高裁』(http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/337/087337_hanrei.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の取消を求めた審決取消請求事件で、請求項1に係る部分が取り消された事案です。


 本件では、取消事由(明確性要件に係る判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 高部眞規子、裁判官 山門優、裁判官 片瀬亮)は、

『2 取消事由(明確性要件に係る判断の誤り)について

⑴ 明確性要件について

 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

⑵ 本件発明について
ア 特許請求の範囲の記載
 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本件発明は,玄米粒において,⒜表層部から糊粉細胞層までが除去され亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており,⒝米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,⒞糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去されてなることを特徴とする,旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の発明である。

イ 明細書の記載

 ・・・

ウ 製造方法の記載の有無

 前記イのとおり,本件明細書には,運転条件(搗精の条件)が調整された摩擦式精米装置を適用することによって,本件発明に係る無洗米の前段階である,前記ア⒜⒝の米を製造することが可能である旨(【0028】〜【0035】)や,型式(無洗米とする方式)が特定され運転条件が調整された無洗米機を適用することにより,上記無洗米の前段階である米から,前記ア⒞の本件発明に係る無洗米を製造することが可能である旨(【0041】)が記載されている。


 そうすると,請求項1における「摩擦式精米機により搗精され」という記載は,本件発明に係る無洗米の前段階である,玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され,亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており,米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っている米の製造方法を記載したものと解するのが相当である。また,請求項1における「無洗米機(21)にて」とは,上記無洗米の前段階である米から,糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去された,本件発明に係る無洗米を製造する方法を記載したものと解するのが相当である。


 以上のような特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載によれば,請求項1は全体として,物の発明である「無洗米」を特定する事項の一部に製造方法が記載されているということができる。


 なお,本件審決は,本件訂正により,請求項1の「更に前記精米機による搗精後に,無洗米機(21)に供給し」という記載が削除されたものの,同訂正は物の製造方法を含む記載に係る技術的意義を拡張・変更していないことからすると,請求項1の全体の記載は,本件訂正前と同様に,上記記載と同義と解せる記載がある場合に該当し,物の製造方法が記載されている旨認定した。しかし,本件訂正により上記記載が削除された結果,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1には,これに対応する部分は存在しない。したがって,仮に,上記記載を削除したことによって,本件訂正前の物の製造方法を含む記載に係る技術的意義を拡張・変更していないとしても,そのことを理由に,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1に,本件訂正前と同様に,上記記載と同義と解される物の製造方法に関する記載があるとは認められず,本件審決の上記認定判断は誤りである。


⑶ 本件発明の明確性

物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。しかるに,原告は,本件特許の出願時において上記「無洗米」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することについて,主張立証しない。


他方,前記最高裁判決が,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると判示した趣旨は,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるが,そのような特許請求の範囲の記載は,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから,これを無制約に許すのではなく,前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。

 そうすると,特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても,上記一般的な場合と異なり,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には,第三者の利益が不当に害されることはないから,明確性要件違反には当たらない。

ウ そこで検討するに,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本件発明は,玄米粒において,⒜表層部から糊粉細胞層までが除去され亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており,⒝米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,⒞糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去されてなることを特徴とする,旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の発明であることが記載されている。


エ また,前記1及び前記⑵イのとおり,本件明細書には,?本件発明は,白米でありながら旨み成分と栄養成分を保持した無洗米を提供することを課題とするものであること(【0005】),?玄米,分搗き米,胚芽米などの食味が良くないのは,おいしさの足を引っ張る物質(米粒表層部の表皮,果皮,種皮,糊粉細胞層までの層)が残っているせいであり,それらが除去されている完全精白米でも,洗米して炊かないと食味が良くないのは,精米過程において,糊粉細胞層の細胞壁が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に「肌ヌカ」として付着されているからであること(【0014】,【0015】),?一方,胚盤や亜糊粉細胞層は米粒の栄養成分及び旨み成分を多く含有しているので,これを可及的に残すとともに,食味にマイナス作用を与える糊粉細胞層やそれより表層の物質,いわゆるぬか層成分や,胚芽の表面部を可能な限り除去すればよいこと(【0023】),?従来の精白米に,食べやすいが栄養成分が少ない精白米か,栄養成分が多いが極めて食味がまずいものしかなかったという問題を解決するには,摩擦式精米機での精米過程において,可能な限り亜糊粉細胞層と胚盤又は胚芽の表面部を除去した胚芽を残るようにした上,亜糊粉細胞層が表面に露出した時に搗精を終わらせる必要があるところ,運転条件(搗精の条件)が調整された摩擦式精米装置を適用することによって,本件発明に係る無洗米の前段階である,前記ウ⒜⒝の米を製造することが可能であること(【0028】〜【0035】),?また,精米機で仕上げられたままでは肌ぬかが表面に付着しているため,無洗米機にて肌ぬかを除去し,無洗米に仕上げる必要があるところ,型式(無洗米とする方式)が特定され運転条件が調整された無洗米機を適用することにより,上記無洗米の前段階である米から,前記ウ⒞の本件発明に係る無洗米を製造することが可能であること(【0041】),?本件発明の無洗米は,その表面が亜糊粉細胞層に覆われ,全米粒のうち,胚盤又は表面を除去された胚芽が残った米粒の合計数が50%以上を占めているため,従来のご飯とは異なったおいしさがあること(【0043】)が記載されている。


 他方,本件明細書には,本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ⒜⒝の米を製造するために摩擦式精米機により搗精し,かかる米から前記ウ⒞の本件発明に係る無洗米を製造するために無洗米機を用いるということのほかに,摩擦式精米機により搗精される米が前記ウ⒜⒝以外の構造又は特性を有することや,かかる米を無洗米機により無洗米としたものが,前記ウ⒞以外の構造又は特性を有することをうかがわせる記載は存在しない。


オ 以上のような特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の「摩擦式精米機により搗精され」という記載は,本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ⒜⒝の構造又は特性を有する精白米を製造する際に摩擦式精米機を用いることを意味するものであり,「無洗米機(21)にて」という記載は,上記精白米から前記ウ⒞の構造又は特性を有する無洗米を製造する際に無洗米機を用いることを意味するものであって,前記ウ⒜ないし⒞のほかに本件発明に係る無洗米の構造又は特性を表すものではないと解するのが相当である。そして,本件発明に係る無洗米とは,玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され,亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出し,米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」が分離除去された米であるといえる。


 そうすると,請求項1に「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という製造方法が記載されているとしても,本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは,特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかである。よって,請求項1の上記記載が明確性要件に違反するということはできない。


⑷ 被告の主張について

 ・・・

⑸ 小括

 したがって,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は明確であって,これが明確性要件に違反するということはできない。よって,取消事由は理由がある。


3 結論
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。』

 と判示されました。

 詳細は、本判決文を参照して下さい。