June 16(Wed), 2010 Blog 移行のお知らせ
December 23(Wed), 2009 ホームカミングデイ@IID
■[本棚]
週のまんなかに休日があるってほんと素晴らしいね。IIDのホームカミングデイでした。ホームカミングという言葉は好きだ。ハートウォーミング。2年前にデザインコミュニケーション学部に通ってたのでわたしは4期生としての出席である。
黒崎さんの長い前座のあと、山本豊津さんやジョン・ムーアがちょっとしゃべって乾杯のはこびとなった。校内を自由にうろうろして、ひさしぶりの人としゃべる。学校の廊下や階段というのは、コンクリート独特のつめたさが、懐かしさからか不思議と人をあったかくさせる。
裏庭で、ほづさんを囲んでの井戸端セッションをした。偶然に始まり自然と終わる。この数分のできごとのために、この学校に通ったかいがあったってもんだ、とまで思うよいセッションだった。忘れたくないので、メモしておこう。
セカンドインパクト:道具
○とはいえ、セカンドにとどまることは、パブリッシュの観点から考えるとどうだろうか
○セカンドまでの段階が、黒崎さんとか、「モノ派」だよね
○サードにおさまるのは、音なのではないか。つまり、落語とか。
○「毎日同じ事を続ける」というのは本来の知ではない
○「瞬間、瞬間変わり続ける」という意味でのあたらしい知
○ところで、「てんかん」の患者は、その「時間と自己」が重なるときのあまりの一致感の恍惚を求めて、自ら発作を起こしたりするそうだ。
○「やんごとなき人」のはなし
○世田谷美術館の「やんごとなき人」のはなし
○死の存在を隣り合わせにして生きる良さ
「音なんじゃないか、やっぱ。落語とか」ていう発言が一番しびれたなぁ。浄瑠璃も同じだけど、落語のほうがよりstorytellingする要素が強い。あとは、生感が大切だ。stream。生ドラマつくりたい。
- 作者: 木村敏
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
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December 20(Sun), 2009 青と赤の対照
■[アート]
説明のつかぬほど真っ青な空が広がった日曜の午過ぎ、弱った身体の光合成がてら、生田緑地を散歩する。
「青少年科学館」のプラネタリウムで、ややおやじギャグ調のアンドロメダ星雲についての話を聴いてから、岡本太郎美術館へ向かうと、佐内正史の「対照」展がやっている。
佐内さんは広告写真も適度に撮りつつ、一方で自分のすきな写真もすきなように撮っているとてもバランスのよい印象のカメラマンで、別になんの意味もない写真なのに、その意味もないところがむちゃくちゃかっこいいんだ。
プリントしっぱなしで、自由に手に取れるよう展示されている写真の8分の1くらいは、佐内さんの愛車の真っ赤なスポーツカー。鼻先、おでこの汗、おしり、光る眼なんかをバッシバシアップで撮ってて、素敵だった。わたしの知り合いは佐内さんと親しく、先日の食事の際、こう言っていたそうだ。「もう、オレさ、なんでも撮れるよ。何撮っても、オレの写真になるんだ」
何撮っても写真、何してても写真に通じる、それができたらホントの写真家っていえるのかもしれない。生活が写真、息吸うのも写真。ほかの職業もそこまでできたら、ホンモノってやつなのかな。おはようと言っても小説、議事録書いても料理、ダイビングしてもギター、眠っていても陸上選手、船乗りになってもお母さん、ビール一気してもチェ・ゲバラ(※拓人の職業です)。
佐内さんの、この言葉が好きだ、
「最近、人間以外の友達が増えてきた。色とか」。
December 19(Sat), 2009 失熱
具合が悪いのでインフルエンザの検査を受けるという方、「陰性ですけど、一応タミフル飲みますか」と言われたら、断ったほうがいい。弱ってると、ひとはもらえるもんはもらっとこうとするもんだ。わたしが欲張って飲んだタミフルは、どうやらがんばりすぎたようで、熱をさげるどころか、奪い去ってしまった。
5度2分までさがり、着ても着ても寒い。オイルヒーター全開にし、猫と湯たんぽを同時に抱いて、生姜をかじったけど、一向にあたたかくならず。「雪の富士山の遭難者よりは寒くないのだから」と、とんちんかんなことを自分に言い聞かせ、がんばる。とにかく寝ることをがんばる。しかし、ふだん平均4時間睡眠の身体は、なかなか長時間寝てはくれないのだった。規則正しすぎるのも、こういうときとなると、どうだろう。
睡眠のスペシャリストである猫の写真を撮りまくり、イメトレしてようやく眠りにつく。起きたら、友達から心配のメールがたくさん届いていて、なかには真夜中に「音のお医者さん」をやってくれていたひともいた。じわじわと、身体が体温を取り戻していくのがわかるような気がした。
December 17(Thu), 2009 50:50
■[ごはん・お酒]
enboca東京にて、あやこちゃん、まさしと食事をした。
これはわたしの憶測なのだけど、"en"が「中」"boca"はイタリア語やスペイン語で「口」周りの意味を持つ単語なので、"enboca"はつまり、「口の中」といういみになる。食べたりしゃべったり、口の中のことを純粋に陽気に豪快に楽しむお店だ。
誰よりも、マスターが率先して実践している。
○自然薯の釜焼き
○長茄子のひすい蒸し
ピザの黒キャベツは、わたしたちの友達のいまいちゃんが勤めている軽井沢店のファームで育った野菜だ。誰かさんがこっそり、頂戴してきたらしい。
カウンターに隣り合わせになった、お洒落な恋人たちが誕生日を祝っていた。アイスクリームに囲まれた小さなケーキには、ろうそくがわりの花火(線香花火みたいにパチパチはじけるアレ)が点火され、チーズやワインの香りに勝ってかすかに夏色のにおいを演出した。
おめでとうございます、とわたしたちが声をかけると、それまでの会話が聴こえていたようで、あの、僕もSFC出身なんです、とバースデイボーイが言った。聴けばポールの後輩で、それぞれに共通の誰かしらを思い浮かべて、ニヤニヤしていると、彼女がキッチンの中に入っていき、ピザを焼いてくれた。まるで「魔女の宅急便」。ほっそりとして綺麗な彼女は、大人になったキキみたい。
ふとふりむくと、満員だったお客さんはみな帰った後だった。しんと静まりかえる店内で、マスターがだしてくれたピノ・ノワールをのむ。神経質なかんじはしないけど、くせがありつつ、のみやすい素直なピノ。彼はひとり、手製のからすみをかじりながら、日本酒をのんでいて、次々とおいしそうなものを放り込むその口周りは、フェンネルみたいにやわらかそうで真っ白な髭が立派に輝いているのだった。
キキのピザは、今夜のenbocaの竈で最後のいちまいとなった。
dark moonの話をしながら代々木上原の駅に帰る。バースデイボーイは、階段を上る途中、視界から消える最後の数秒で、とても綺麗なおじぎをしてみせた。とても、気持ちのいい晩となった。


















