November 13(Fri), 2009 滝は大きすぎて描けない
■[本棚]
- 作者: 中村信夫
- 出版社/メーカー: 弓立社
- 発売日: 1993/05
- メディア: 単行本
- クリック: 52回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
江ノ島の駅に子供の絵が二十枚展示されていたことがあります。それは、先生に引率されて行った動物園で、象をA4サイズの画用紙に描いたものでした。その中にひとつ、横の方に二本の線が引かれているだけの絵があった。他の絵には象がちゃんと描かれているし、背景に星が飛んでいたりするのですが、その絵だけ二本の線なんです。その下に「この子は象が大きすぎて描けないということです」と先生の説明が添えてありました。たぶん、その子の目には象は大きすぎて、鼻の部分の二本の線が、画用紙に見合うサイズだったのでしょう。
今朝、これを読んでいて、思い出したことがある。ちょっとズレた話ですが。
小学生のとき、美術の課外授業で、どっかの滝を描くようにいわれた。晴天のその日、ごうごうと流れ落ちる滝は新鮮な水しぶきをあげて、太陽の光にお力を拝借して虹まで演出していた。わたしはうつぶせで岩場に寝そべり、しばらくその滝をどんなふうに描くか考えてたんだけど、おなかのしたの岩があんまりあったかいもんだから、ほっぺたをくっつけて、ああきもちいいなあ、なんて思っていたら、目の前に蝿がいた。若々しく、やわらかそうな蝿だった。天気がいいと、蝿も嬉しくなるもんらしい。寒さに弱いかどうか知らないけど、ほくほくと安心した表情を浮かべていた。太陽の光は滝だけじゃなく蝿の羽ともコラボレーションアートしてて、正直なところ、その羽に映る虹のほうが、滝のそれよりも綺麗に見えた。本当に、そのようにわたしの目には映ったのだ。だからね、蝿を描きました。「滝」の題で、「蝿」を描いた。それもピカソの少年時代の足のデッサンばりにスーパー寄りの画角で、一本、一本の線を丁寧に描くことに相当な神経を費やし、描いてるうちに汗をたくさんかいた。ような気がする。蝿の虹色の羽についての作品ができた。
作品の評価は散々で、先生にはくどくど怒られた。ぜんぜん聴いてなかったので覚えてないけど、母親にため息まじりに「静香ちゃんは、もっと要領のいい子だと思ってたのに」といわれたのは少女の心にぐさりと突き刺さったのでよく覚えてる。その後、「滝」を見たら「滝」について描くよう努める10代を過ごしましたが、どこで転じて戻ったのか、結局いまは、「滝」を見ても「蝿」を描く大人に育ちました。立派に。






