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凡々ブログ

2017-05-12

失踪倶楽部綺譚

 1935年10月6日付のダーレス書簡ラヴクラフトはウィアードテイルズの1935年10月号の話をしている。

マッケンが再掲されているのが嬉しいですね――知名度の低い作品とはいえ、私はまったく読んだことがありませんでした。どの作品集に収録されているのでしょうか?

 ラヴクラフトが話題にしているアーサー=マッケンの作品は"The Lost Child"だとラヴクラフト・ダーレス往復書簡集の註釈にあるが、これは間違い。正しくは"The Lost Club"という。1890年に発表された作品であるため現在では公有に帰しており、SFFaudioで原文が無償公開されている。

PUBLIC DOMAIN PDF Page : SFFaudio

 というわけで読んでみたのだが、ごく短い作品だった。主人公はフィリップスという紳士。知り合いのオースティンにロンドンでばったり出くわした彼は一緒に食事をしてから街を散策するが、にわか雨に降られて立往生する。そのとき通りかかったのは、もう一人の知り合いであるウィリアムズだった。そういえば、このあたりにクラブがあるとウィリアムズから聞いたことがあったっけ――フィリップスはウィリアムズに声をかけ、そのクラブで雨宿りをさせてもらうことにした。

「いいけど、クラブで見聞きしたことは誰にも他言無用だよ」

 そういってウィリアムズが二人を案内したのは、非常に古くて大きな館だった。フィリップスはしばらくの間くつろぐが、クラブの会長であるダーティントン公爵がやがて登場した。イングランド最大の地主として有名な人物だ。会員たちを前にして、公爵は冷たい声でいった。

「諸君、規則は御存じですな。本の用意ができております。黒いページを開いた方の身柄は委員会と私にゆだねられることになります」

 2本の蝋燭の間に大きな本が置いてあり、会員たちは一人ずつ前に進み出ては当てずっぽうに開く。真っ黒なページを引き当ててしまったのは、これまたフィリップスの知り合いであるドービニーという人物だった。「それでは御同行いただきたい」と公爵はいい、蒼白になっているドービニーを連れていってしまう。フィリップスたちはウィリアムズに促されてクラブを去るが、オースティンが訊ねた。

「これは殺人ではないのかね?」

「いや、違うよ。ドービニー氏はこれから何年も生きられるはずだ。彼はただ姿を消すだけさ」

 3週間後、ドービニーの失踪を報じる記事が新聞に載った。フィリップスたちが例のクラブに行った8月16日から行方がわからなくなっているというのだ。意を決したフィリップスとオースティンはウィリアムズにクラブのことを問いただすが、ウィリアムズはいきなり笑い出して召使を呼んだ。自分も主人も8月はずっとエジプトのカイロに滞在していたと召使は説明し、ホテルの勘定書きを証拠として見せた。しかし、ドービニーの消息が明らかになることは二度となかった……。

 ロバート=ルイス=スティーヴンソンの「自殺クラブ」を彷彿とさせる内容だが、ウィリアムズ(に見えたもの)の「ドービニーは生きている」という言葉が後味の悪さを際立たせている。どうということのない話なのだが、それでもラヴクラフトが喜んでいるあたりにマッケンへの愛着が窺える。余談だが、ウィアードテイルズの同じ号にはC.L.ムーアの「冷たい灰色の神」も掲載された。この作品のこともラヴクラフトは「良い」と褒めている。

2017-05-11

名前にまつわる蘊蓄

 ラヴクラフトは作品の執筆に際して登場人物の命名に気を遣う人だったらしく、ダーレスの原稿を読んで人名に注文をつけたことがあるほどだ。*1そんな彼が1935年3月26日付のダーレス宛書簡で蘊蓄を傾けている。

イヴリンのような名前が女性化するというのは非常に不思議なことでして、この現象は今なお進行中です。好例となるのはシャーリーという姓でしょう。この名前を聞いて私が思い出すのは、ジョージ2世の御世にマサチューセッツ湾直轄植民地の総督を務めていたウィリアム=シャーリーのような人物です。私が子供だった頃には、シャーリーが女性の洗礼名になるというのはイングランドでは思いもよらぬことでした――私の知る限り、米国中どこでもありえないことでしたが、小説や戯曲では稀に使われることがありました。そして――1910年頃に――若い女性でちらほら見かけるようになりました。彼女たちは1890年代に名づけられたのかもしれませんが、むしろシャーリーという名前を気に入って名乗るようにしたのでしょう。

南アイルランドでは古風なケルト流の名前をつけるのが流行っているといいます――Patrick KellyがPadraig O'Ceallaighになり、John SweeneyがSean MacSwibhneになるといったようにね。我々の畏友である二丁拳銃のボブもこの風潮に流されてしまい、ミドルネーム(アーヴィンといいますが――南部では200年の伝統がある由緒正しい名前です)を改変して"Robert Eierbihn Howard"と署名する始末です。

 ロバート=E=ハワードがそんなふうに名乗っていたとは聞いたこともなかったのだが、ホンマかいな。EierbihnをGoogleで検索してもラヴクラフトの手紙しか出てこない。

2015-12-21

地名だったり人名だったり

 ラヴクラフトが1934年9月25日に書いたロバート=バーロウ宛の手紙より。

ブロック少年のことですが――まことに将来有望だと私は考えています。君ほど卓越しているわけではありませんが、進歩しつつありますよ。

 ロバート=ブロックは見込みがあるけど、君には及ばないと書いてバーロウの自尊心をくすぐるラヴクラフト。もっとも、ここで彼がしているのは小説ではなく絵の話だ。

ですが、もちろんブロックには改善の余地が大いにあります――彼の命名法は実におもしろくて……私がこしらえた名前を間違った意味で使ったりするんですよ。たとえば「ヤディス」を惑星ではなく人物の名前として使っています。

 御存じのようにヤディスはラヴクラフト&プライスの「銀の鍵の門を超えて」に出てくる惑星の名前であり、魔道士ズカウバの出身地である。ヒュー=B=ケイヴも"The Isle of Dark Magic"でユゴスを神名としているし、クトゥルー神話黎明期には混乱があったのかもしれない。その原因が情報不足だとしたら、フランシス=T=レイニーやリン=カーターが作ったようなクトゥルー神話小辞典にも意義があったということだろう。

 ただしアンブローズ=ビアスが人名としたハリがロバート=W=チェンバースの作品で地名になるという前例もあるし、ブロックの改変も勘違いではなく意図的なものだったのかもしれない。なおブロック本人に送った手紙ではラヴクラフトは細かいことをいわずに褒めている。

「きわめて興味深いです。黒きヤディスとシュブ=ニグラスの怪物的な姿に私はすっかり魅了されました」とラヴクラフトはブロック宛の手紙で述べているのだが、してみるとブロックはヤディスだけでなくシュブ=ニグラスの絵も描いていたのだろう。ラヴクラフトの作品でシュブ=ニグラスの姿が具体的に描写されたことはないが、若き日のブロックが一体どんなふうに解釈したのか気になるところだ。やはり山羊のような恰好だったのだろうか。

2015-12-20

ラヴクラフトの本

 リチャード=A=ルポフにMarblehead: A Novel of H. P. Lovecraft という長編がある。元々はLovecraft's Book という題名で1985年にアーカムハウスから刊行されたのだが、これは話の長さを半分に切り詰めた短縮版だった。2000年に出た完全版がMarblehead である。

 物語の舞台となるのは1926年の暮れから翌年にかけてのニューイングランドとニューヨーク、主人公はラヴクラフトその人だ。ソニア=グリーンやC.A.スミスも実名で登場するが、アーカムハウスから出版された作品なのにダーレスはまったく出てこない。その代わり、本当は1930年からラヴクラフトと文通を始めたはずのロバート=E=ハワードが前倒しで出演するのだが、予想どおりのマザコン。しかもラヴクラフトがKKKのことを調べていると知るやいなや知り合いのKKK団員のところへ行き、拳銃を突きつけて「俺の大事な友達が知りたがってるんだ。持っている情報を洗いざらい吐いてもらおうか」と迫るという危ないキャラになっている。

 また奇術師のセオドア=ハーディーンがラヴクラフトと一緒に冒険を繰り広げる。この人も実在の人物で、かのハリー=フーディーニの実弟。フーディーニはラヴクラフトと面識があったというのは史実だが、彼は1926年10月に他界しているため弟が代わりに出ることになったのだろう。ただしハーディーン自身も大奇術師として歴史に名を残した人である。

 ドイツに対する米国人の誤解と反感を払拭するために本を書いてほしいという依頼がラヴクラフトのもとに舞いこんできた。要するに親独派のプロパガンダなのだが、自分の単行本が出せると聞いたラヴクラフトは引き受けることにする。折しもドイツではナチスが台頭しており、勢い彼の原稿もナチスを支持する内容になっていった。依頼主はジョージ=シルヴェスター=ヴィーレックなる人物だが、これまた実在の人。実際にナチスの支持者として活動し、そのため二次大戦中は収容所に送られている。

 英米とドイツの融和による新世界秩序に関する原稿をラヴクラフトは完成させるが、ヴィーレックに胡散臭いものを感じたため彼には渡さず、ひとまずC.A.スミスに郵送して保管を依頼する。その原稿を読んだスミスからは忠告の手紙が送られてきた。

あなたはヴィーレックとその同志たちをアマチュアジャーナリズムの仲間と同じように思っているかもしれません。話せばわかり合える人たちなのだと。でも、僕はサンフランシスコでヒトラーの支持者を見たことがあります。連中は街に繰り出してはユダヤ系の人々に暴力を振るっているのです。彼らが実現させようとしているのは恐怖による支配です。気をつけて!

 これはかっこいい。もちろん架空の手紙なのだが、いかにもスミスがいいそうなことだ。眼が覚めたラヴクラフトは原稿の引き渡しを拒否するが、ニューイングランドの沖合にファシストが建設した海底基地にソニアともども監禁されてしまう。

 絶体絶命だが、そのときハーディーンが助けに来る。これもかっこいい。ヴィーレックは潜水艦で逃げてしまったが、ラヴクラフトとソニアは無事に救出され、ファシストの陰謀は暴かれた。1927年の大晦日、出撃した米海軍がファシストの海底基地を爆破しているところで物語は幕を閉じる。また一緒に暮らさないかとソニアがラヴクラフトにいうが、彼は無言だった。沖合の閃光を見て「インスマスを覆う影」の構想が浮かんだところだったのだ……。

 ハッピーエンドではあるのだが、ラヴクラフトは怪奇作家としての本分を全うするために独りプロヴィデンスへ帰っていくのだと思えば切ない終わり方だ。また「1920年代の後半から30年代にかけてのラヴクラフトの思想的成長が作中に反映されていない」とS.T.ヨシに批判されているのだが、ラヴクラフトの人物描写がいささか類型的に過ぎることは否めない。それはそうとして、なかなか楽しめる話だった。

Marblehead: A Novel of H. P. Lovecraft

Marblehead: A Novel of H. P. Lovecraft

2015-12-19

コカコーラはペプシを応援しない

 サンディ=ピーターセンとグレッグ=スタフォードがケイオシアム社に電撃復帰したことは今年のクトゥルー界における十大ニュースのひとつに数えてよさそうだ。そのピーターセンがRedditでファンの質問に答えている。

blokeski comments on Sandy Petersen Designer of Cthulhu Wars, Doom, Call of Cthulhu RPG and more! Here to answer questions.

 ケイオシアムの経営の刷新を「クーデター」と呼ぶピーターセン。物騒な言い方だが、何かと問題の多かった旧経営陣*1粛清したという認識なのだろう。ところでケイオシアムを辞めた理由を10年前のインタビューで訊ねられたピーターセンは「給料です」と答えているのだが*2お金にならないからという理由で去った職場に戻ってくるあたり、彼もクトゥルー界の人である。

 ネットで資金調達中の『デルタグリーン』を支援したかという質問に対してピーターセンは否定し、次のように理由を説明している。

当方のオリジナルを水増ししたものの応援はしないことにしているのです。

 この発言は若干の波紋を呼んだようだ。クトゥルー神話の新しい地平を切り開き、ケイオシアム暗黒期のクトゥルー神話TRPGを支えてくれたデルタグリーンに感謝と愛着を覚えるファンは多いため、ピーターセンの態度に失望した人もいるのだろう。ピーターセンは続けて説明する。

グランシーのことは個人的には好きですよ。だが彼らのゲームはCoCから派生したものです。コカコーラがペプシを応援するようなことを期待しちゃいけません。

 個人的な好悪はさておき、我々は商売敵なのだと言い切るピーターセン。単純明快だ。彼はプロとしての態度を示したわけだし、そもそもの質問が野暮だともいえるだろう。

 ところでデルタグリーンにも『ランドリー』という競争相手がいるのだが、アダム=スコット=グランシーは「両者は異なるもの」と語っている。両方とも買ってくれという意味だろうが、こちらはこちらでそつのない姿勢だ。*3