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凡々ブログ

2017-09-26

ラヴクラフトの父親が勤めていた会社

 ラヴクラフトの父親が銀器のセールスマンだったというのはよく知られた話だが、彼が勤めていたのはおそらくゴーハムだろうとS.T.ヨシが指摘している。ゴーハムは1831年にプロヴィデンス創業された銀器メーカーで、老舗として名高い。

【 Gorham 】ゴーハム ネコのオーナメント シルバー アンティーク・ヴィンテージ(ブロカント) - La Maison du Chat Noir|ラ・メゾン・デュ・シャノワール

 話は変わって、ジェイムズ=ウォーレン=トーマスという学生がブラウン大学にいた。ラヴクラフトをテーマにした論文で1950年に修士号を取得した人物なのだが、その修士論文を書籍として出版しようと考えたトーマスはアーカムハウスに許可を求めている。

 しかしトーマスの論文はラヴクラフトの人となりを歪め、惰弱で無責任な引きこもりの差別主義者として描いているというのがダーレスの見解だった。この時、そんな偏向した論文は闇に葬るべきだとロバート=ブロックがダーレスに進言したとドロシー=M=グローブ=リタースキーのダーレス伝にある。斜に構えているように見えるブロックだが、ラヴクラフトが絡んだ途端にやばい人と化してしまうようだ。*1

 出版を差し止めるべきだという意見にドナルド=ワンドレイやロバート=バーロウも賛同したため、結局トーマスの論文は世に出ずじまいだった。その後トーマスがどうなったのか気になっていたのだが、1990年に刊行されたブラウン大学の同窓会報に彼の訃報が掲載されているのを見つけた。

Brown alumni monthly : Brown University : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive

 テキストロンの傘下に入ったゴーハムで1980年から87年まで社長を務めていたとある。というわけで、ラヴクラフト論を書いたトーマスの勤め先はラヴクラフトの父親の勤め先でもあったということになり、奇妙な因縁があるのだった。

2017-09-25

働くことができない男、働くことしかできない男

 ラヴクラフトが1934年1月8日頃に書いたダーレス宛の手紙から。

お医者さんが君に休養を勧めたとのこと、私は不思議には思いませんね! 君のような勢いで仕事をし続けることが生身の人間にどうして可能なのか、私には謎ですよ! どうか医者の助言を聞き入れてください――蝋燭の両端に火をつけて何になるというのですか? 焦って仕事をしすぎたところで何にもならないのですよ――なぜ急ぐのでしょう?

 働き過ぎのダーレスを諫めるラヴクラフトの言葉「蝋燭の両端に火をつけて何になりますか」はなかなかの名言だと思うのだが、何か元ネタがあるのだろうか。ダーレスは1月10日付の手紙で次のように返事をしている。

仕事の量を減らせというラヴクラフトさんや医師の忠告に従うことができたらと思うのですが、そんなことはできません。返済すべき負債という厄介な重荷がなかったら、そうしていたことでしょう。すでに書いた本の稿料で負債はもうじき解消されるだろうということはわかっているのですが、少なくとも仕事はしなければなりません――私には働くことしかできないからです。

 というわけで、当時のダーレスには何らかの借金があったようなのだが、原因は定かでない。遊興に耽るような性格とも思えないし、学費か何かだろうか。なお、このやりとりから数年後、ダーレスがアーカムハウスを創設するために大きな借金を背負うことになったのは皆様も御存じのとおりだ。

 返すべき負債があったとはいえ、ダーレスの異常な仕事ぶりはむしろ彼の性格が大きいように思われる。どうもダーレスには仕事中毒の傾向があったようで、その生き方は晩年になっても変わることはなかった。そして最終的には働き過ぎで寿命を縮めたと惜しまれることになる。

 パルプ作家としての収入だけでは不充分だったので、ダーレスは缶詰工場でアルバイトをしていた。*11934年8月6日の手紙でラヴクラフトは次のように述べている。

当座の生活費を稼ぐための手段として缶詰工場があるというのは羨ましい限りです。そういうものは私の地元には見当たりませんので。

 貴族的・高踏的な態度を揶揄されがちなラヴクラフトだが、決して単純労働を厭っていたわけではなく、単に就職先が見つからなかっただけなのだろうということが窺える。最晩年のラヴクラフトの手紙には「経済的な余裕さえあれば、もっと頻繁に南へ旅行できるのですが」という記述もあり、彼の困窮ぶりが読み取れて痛ましい。

2017-09-24

一次大戦中のアヴェロワーニュ

 ブライアン=マクノートンに"Mud"というクトゥルー神話短編がある。第一次世界大戦中のフランスを舞台にした作品で、ケイオシアム社のアンソロジーSong of Cthulhu に収録されている。

Song of Cthulhu: Tales of Spheres Beyond Sound (Call of Cthulhu Fiction)

Song of Cthulhu: Tales of Spheres Beyond Sound (Call of Cthulhu Fiction)

 主人公のミラー軍曹はチェリストだったが、現在は英陸軍の下士官としてアヴェロワーニュにいる。降伏しようとしたドイツ軍将校を問答無用で射殺するなど荒んでいるが、部下からの信頼は厚いようだ。

 塹壕の中からドイツ軍と戦い続けるうちに、血の混じった泥濘こそが真の敵だという考えに取り憑かれていくミラー軍曹。負傷兵を後方に搬送することになった彼が道を逸れると、そこにあったのは廃墟と化した教会だった。

 教会にはドイツ軍の一隊がいた。戦闘が始まり、英軍が勝利を収める。どうやらドイツ軍は教会で何かを探索していたようだった。ミラー軍曹は一管の笛を見つける。キリスト教の教会と見えたものは、シュブ=ニグラスを祀る神殿だったのだ。

 軍曹が試しに笛を吹いてみると、異様な音がした。コレッリの「ラ・フォリア」に似ていなくもないが、もっと不気味な調べだ。そして命を持ったかのように動き出した泥が襲いかかってきた。戦友はすべて泥に呑みこまれてしまい、生き残ったのは軍曹だけだった。

 それから20年以上の歳月が経ち、軍曹は元通り楽団で働いていた。あの奇怪な笛は行方知れずのままだったが、結局ドイツ軍が回収に成功したのかもしれないと彼は思い、ドイツ帝国が崩壊して新たにヒトラーが現れたことに不気味な符号を感じるのだった。

 すでに第二次世界大戦が始まっていた。ドイツ空軍がロンドンを空襲し、楽団員たちも公演を中断して防空壕避難する。客演していた世界的なヴァイオリニストクライスラーがミラーに話しかけてきた。

「空襲警報に変な和音が混じっていたのに気づきましたか? 『ラ・フォリア』に似ていますが、ちょっと違いましたね――」

 そういうと、彼はその旋律を自分のヴァイオリンで弾いてみせようとしたが、ミラーは発作的に妨害した。一次大戦の英雄ということで多少のことは大目に見てもらっていたが、クライスラー氏のストラディヴァリウスを叩き壊してしまったのは取り返しがつかないよな――とミラーが独りごちているところで物語は終わる。

 一次大戦中のアヴェロワーニュを舞台としたマクノートンの作品としては他に"The Return of the Colossus"があり、これは復活したイルーニュの巨人を英軍が兵器として利用しようとするという話だ。*1ただし20世紀のアヴェロワーニュに言及した作家は実はマクノートンだけではなく、不可解なほど保存状態が良好な遺体(複数)がフォースフラム城の地下室で発見されたとラヴクラフト&ヒールドの「永劫より」に書いてあったりする。

2017-09-21

丸い塔

 北米の先住民族が旧神の印を使ってツァトゥグアの落とし子を封印したという短い文章をラヴクラフトは残しており、それを基にしてダーレスが書いたのが『暗黒の儀式』だ。5万語のうち4万8800語までをダーレスが書いた作品だが、少なくとも第1部と第2部のテーマはラヴクラフトに由来するものといえるだろう。だが『暗黒の儀式』は第3部でいきなりヨグ=ソトースの話になってしまい、そのため木に竹を接いだような不自然さが生じているのだとロバート=プライスは指摘している。

 ツァトゥグアの落とし子という当初のテーマに忠実な内容でプライス博士が『暗黒の儀式』の第3部を書き直したのが"The Round Tower"だ。初出はVollmond の第3号(1990年秋季号)で、その後ケイオシアムのThe Dunwich Cycle に収録された。現在はBlasphemies & Revelations で読むことができる。

Blasphemies & Revelations

Blasphemies & Revelations

 『暗黒の儀式』の本来の第3部で活躍するセネカ=ラファム博士は"The Round Tower"には影も形も見せないが、アンブローズ=デュワートの身に生じた異変のことでスティーヴン=ベイツがミスカトニック大学の学者に相談しに行くという展開自体はダーレスの原作と同じだ。"The Round Tower"でベイツの相談を受けるのはミスカトニック大学図書館の元館長アーミティッジ=ハーパー博士である。なおラファム博士の助手だったウィンフィールド=フィリップスが「悪魔と結びし者の魂」に登場するが、おそらくプライス博士の作品におけるウィンフィールドはビリントンの森の怪異を経験していないということになるだろう。

 自分が目撃したもののことをハーパー博士に語った後でベイツは原作と同様に失踪するのだが、関与しているのはヨグ=ソトースではなくツァトゥグアの落とし子だ。デュワートの肉体を乗っ取ったリチャード=ビリントンが魔法以外の方法で攻撃を加えてくることを警戒したハーパー博士は大学当局に依頼し、自分のオフィスがあるミスカトニック大学図書館を番犬で守ってもらうことにする。果たせるかな、デュワートの手先であるレム=ウェイトリーという青年が宵闇に紛れてハーパー博士を襲撃しにきたが、番犬がいたために彼は取り押さえられた。この成果により、その後ずっと図書館は番犬に守られることになる。そして4年後の1928年にウィルバー=ウェイトリーが図書館から『ネクロノミコン』を盗み出そうとしたときにも彼らは大活躍したというわけだ。

 ツァトゥグアの落とし子に関する伝承をビショップ夫人から聞くためにハーパー博士は自らダニッチへと出かけていく。ダニッチの住民はツァトゥグアの末裔なのだと語るビショップ夫人の手には水かきがあった。夫人のもとを辞去したハーパー博士をアーカムに帰すまいとダニッチの住民が集まってくるが、博士は旧神の印を使って窮地を切り抜ける。博士はオフィスの天窓にも旧神の印を描き、空からの攻撃に備えていた。

 リチャード=ビリントンがツァトゥグアの眷属を招喚するのに使う塔が立っている場所は元々は川に取り巻かれた小島だった。その川の流れを決して絶やしてはならないというアリヤ=ビリントンの遺言に注目したハーパー博士は、流水が封印として機能するのではないかと考える。博士は級友の学部長を介してミスカトニック大学出身の州知事に会い、いまや干上がっている川に再び水を流すための工事を行わせた。余談だが、物語の舞台となっている1924年当時のマサチューセッツ州で実際に知事を務めていたのは共和党のチャニング=H=コックスという人だった。もちろんミスカトニック大学は出ておらず、ダートマス大学ハーバード大学大学院の卒業生だ。

 ある日、ハーパー博士のオフィスに空からスティーヴン=ベイツの死体が降ってきた。しかし工事は完成し、博士は警官隊を引き連れてダニッチに乗りこんでいく。ダニッチの住民が塔の周りに集う中で、クアミスを伴ったリチャード=ビリントンはツァトゥグアの落とし子を招喚するが、落とし子は出現したきり動こうとはしなかった。流水が結界を構成し、その外側に落とし子が出ることを拒んでいたのだ。

 いち早く異変に気づいたクアミスはその場を逃れ、夜の闇の中に消えていった。生贄を手に入れてからでないと帰らない落とし子はビリントンをとらえ、その魂を吸い取ってしまう。後にはアンブローズ=デュワートの肉体が無傷で残されていた。憑依していた先祖の魂を落とし子に吸い出してもらったおかげで正気を回復したデュワートは英国に渡り、ダニッチでツァトゥグアを崇拝していた者たちは一斉検挙されて収容所に送られる。だがクアミスの行方は杳として知れなかった。

 ……という話である。ベイツは非業の最期を遂げたが、その運命は原作とは異なっている。またデュワートが助かるのも大きな違いだ。ビショップ夫人は原作より存在感が大きいが、彼女がどうなったかというと実はまだダニッチにいるのです。

2017-05-12

失踪倶楽部綺譚

 1935年10月6日付のダーレス書簡ラヴクラフトはウィアードテイルズの1935年10月号の話をしている。

マッケンが再掲されているのが嬉しいですね――知名度の低い作品とはいえ、私はまったく読んだことがありませんでした。どの作品集に収録されているのでしょうか?

 ラヴクラフトが話題にしているアーサー=マッケンの作品は"The Lost Child"だとラヴクラフト・ダーレス往復書簡集の註釈にあるが、これは間違い。正しくは"The Lost Club"という。1890年に発表された作品であるため現在では公有に帰しており、SFFaudioで原文が無償公開されている。

no title

 というわけで読んでみたのだが、ごく短い作品だった。主人公はフィリップスという紳士。知り合いのオースティンにロンドンでばったり出くわした彼は一緒に食事をしてから街を散策するが、にわか雨に降られて立往生する。そのとき通りかかったのは、もう一人の知り合いであるウィリアムズだった。そういえば、このあたりにクラブがあるとウィリアムズから聞いたことがあったっけ――フィリップスはウィリアムズに声をかけ、そのクラブで雨宿りをさせてもらうことにした。

「いいけど、クラブで見聞きしたことは誰にも他言無用だよ」

 そういってウィリアムズが二人を案内したのは、非常に古くて大きな館だった。フィリップスはしばらくの間くつろぐが、クラブの会長であるダーティントン公爵がやがて登場した。イングランド最大の地主として有名な人物だ。会員たちを前にして、公爵は冷たい声でいった。

「諸君、規則は御存じですな。本の用意ができております。黒いページを開いた方の身柄は委員会と私にゆだねられることになります」

 2本の蝋燭の間に大きな本が置いてあり、会員たちは一人ずつ前に進み出ては当てずっぽうに開く。真っ黒なページを引き当ててしまったのは、これまたフィリップスの知り合いであるドービニーという人物だった。「それでは御同行いただきたい」と公爵はいい、蒼白になっているドービニーを連れていってしまう。フィリップスたちはウィリアムズに促されてクラブを去るが、オースティンが訊ねた。

「これは殺人ではないのかね?」

「いや、違うよ。ドービニー氏はこれから何年も生きられるはずだ。彼はただ姿を消すだけさ」

 3週間後、ドービニーの失踪を報じる記事が新聞に載った。フィリップスたちが例のクラブに行った8月16日から行方がわからなくなっているというのだ。意を決したフィリップスとオースティンはウィリアムズにクラブのことを問いただすが、ウィリアムズはいきなり笑い出して召使を呼んだ。自分も主人も8月はずっとエジプトのカイロに滞在していたと召使は説明し、ホテルの勘定書きを証拠として見せた。しかし、ドービニーの消息が明らかになることは二度となかった……。

 ロバート=ルイス=スティーヴンソンの「自殺クラブ」を彷彿とさせる内容だが、ウィリアムズ(に見えたもの)の「ドービニーは生きている」という言葉が後味の悪さを際立たせている。どうということのない話なのだが、それでもラヴクラフトが喜んでいるあたりにマッケンへの愛着が窺える。余談だが、ウィアードテイルズの同じ号にはC.L.ムーアの「冷たい灰色の神」も掲載された。この作品のこともラヴクラフトは「良い」と褒めている。

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