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凡々ブログ

2011-12-26

王子稲荷の約束

 マッシモ=スマレさんの"Appointment at the Oji Inari Shrine"という掌編を読んだ。非常にすてきな話なので、内容を紹介させていただく。

 時は現代、場所はイタリアのヴェローナ。魔法使いのカルラは古物商に入っていき、一幅の浮世絵と対面しているところだった。安藤広重の手になる『名所江戸百景』のうち「王子装束ゑの木大晦日の狐火」だ。名作として知られる絵である。

 探していたものがようやく見つかって、カルラは微笑した。この絵なら、まだ充分な念が残っている――彼女が呪文を唱えると、絵は流れて動きはじめた。

 時は江戸時代の後期、妖狐の楓葉は母親の葛葉に連れられて京から江戸へ下るところだった。江戸の王子稲荷で大きな集まりがあり、それに参加するのだ。銀色の月光が照らす中を駆けていく母と娘。身だしなみを整えるのに時間を使いすぎるものではないと葛葉は娘に小言をいった。

「母様だって同じくらいめかしこんでたじゃない」きかん気の楓葉は口答えする。できることなら江戸で見合いのひとつもさせたいところだが、どうしてこんな子に育ってしまったのかと葛葉は溜息をついた。

 母娘が王子稲荷に着くと、もう大勢の狐が集まっていた。葛葉は妖狐族の重鎮なので、一同は恭しく彼女に挨拶する。その時、楓葉に声をかけるものがあった。

「あら、楓ちゃんじゃない?」

 おばの玉藻前だ。若い頃は相当な悪さもしたと評判の女性で、楓葉は「うへえ」という顔をした。よせばいいのに、玉藻前の娘が「まだ独り身なの?」と楓葉に絡んでくる。

「これこれ、からかうもんじゃありません」玉藻前はしゃあしゃあと言ってのけた。「この性格で、お嫁のもらい手がいるわけがないでしょう」

 ぶち切れた楓葉は玉藻前につかみかかった。蜂の巣をつついたような騒ぎになったが、男衆は乱闘を止めるどころか、こわごわと遠巻きにしながら眺めていたという。つまり、大喧嘩の直前の光景を描いたものが広重の絵だったというわけだ。

 カルラは過去の情景を見終わり、絵は元の姿に戻った。そりゃあ、狐の喧嘩を描いたって江戸の人には受けないでしょうからねえ――カルラはその浮世絵を買って店を出る。彼女がバーに入ると、白い帽子をかぶった女性が待っていた。

「捜し物は見つかった?」と娘は訊ねた。

「うん」友達の顔を眺めながら、カルラはおもしろそうに笑った。

「何がおかしいのよ」

 カルラは声を立てて笑う。彼女は広重の絵を見せて友達をからかうつもりだったのだが、自分の胸にしまっておくことにした。

「何でもないよ」とカルラはいったのだった。

 カルラを待っていた娘は、人間に化けた楓葉だったという落ち。日本人が書いた作品だといわれたら信じてしまいそうだ。なお楓葉の母親は葛葉という名前だが、これは信太森の葛葉狐のことであり、楓葉は安倍晴明の異父姉に当たると聞いた。

 "Appointment at the Oji Inari Shrine"はKizuna: Fiction for Japan に収録されている。これは総勢75名の作家によるチャリティーアンソロジーで、収益金は全額がスマイルキッズジャパンを通じて震災孤児救援に充てられることになっている。海外からはマイケル=ムアコックやジョン=シャーリーなどが参加しているが、日本に対する友情と連帯を示してくれた各氏に心から感謝する。

Kizuna: Fiction for Japan

Kizuna: Fiction for Japan

2012年1月3日追記

 COCOさんがカルラを描いているので、紹介させていただく。たいそう魅力的だ。

http://f.hatena.ne.jp/COCO/20120102161941

をじさんをじさん 2011/12/28 19:51 海外の作家の方々は、時々びっくりするぐらいその国に合った物語を書きますよね。私の中で秀逸だと思ったのは、スミスの「柳のある風景画」です。あれはどう考えても、中国の聊斎志異にでも出てきそうなお話ですよ。
科挙だとか、官吏の権力闘争だとか、隠遁主義的な発想、異界の桃源郷といった、雰囲気を持った事象をよく調べてちりばめていると思います。
日本のおキツネ様について、こんなに詳しく外国の方が知っているとは驚きです。下手な日本人(私も含め)より、よっぽどよく知っていらっしゃる。脱帽ものです。

Nephren-KaNephren-Ka 2011/12/30 02:11  たとえば楓葉の母親が妖狐族の重鎮だという設定にも、葛葉稲荷に祀られるほど格式の高い狐だからという背景がちゃんとあるんですね。これには脱帽です。

 物語のモチーフとなっている『江戸名所百景』は、安政の大地震で大きな被害を受けた江戸の再生を祈念するものだという説があるそうです。だとすれば、まことにチャリティーアンソロジーにふさわしい作品です。
http://klibredb.lib.kanagawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/10487/7170/1/14%20NewsLetter01.pdf

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