新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

奈落に棲むもの

 ヴルトゥームはC.A.スミスが創造した神であり、エイヘアすなわち火星の地下に住んでいる。リン=カーターがフリードリヒ=フォン=ユンツトに仮託して作った設定によればヨグ=ソトースの第三子であり、クトゥルーとハスターの弟に当たるそうだ。
 カーターの後付設定はさておき、エイヘアを舞台にした作品をスミスは「ヴルトゥーム」の他にも2編ほど書いている。「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」と"The Dweller in the Gulf"である。後者は邦訳がないが、アーカムハウスから刊行されたA Rendezvous in Averoigne などに収録されているほか、ボイド=ピアソン氏のサイトでも読むことができる。
The Dweller in the Gulf by Clark Ashton Smith
 "The Dweller in the Gulf"は、火星の地下に棲んでいる盲目の神と、その神を崇める奇怪な種族を扱った猛烈に怖い作品である。初出はワンダーストーリーズの1933年3月号だが、同誌の編集長ヒューゴーガーンズバックはこの作品の書き直しをスミスに要求した。スミスがダーレス宛の手紙で語ったところによると、ガーンズバックが欲したのは「科学的な動機」だったらしい。代わりにウィアードテイルズが受理してくれるのではないかという望みも絶たれ、スミスは嫌々ながら改稿して約1100語を書き足した。
 こうして掲載に漕ぎ着けた"The Dweller in the Gulf"だったが、発表された作品を見たスミスは愕然とした。ガーンズバックは彼に無断で原稿をさらに書き換え、スミスが意図したのとはかけ離れた結末にしていたのだ。1934年から35年にかけて、スミスはほとんど何も作品を発表していないが、この事件が影響しているに違いないとスティーヴ=ベーレンズは述べている。
 スミスの災難はそれだけでは終わらなかった。フォレスト=J=アッカーマンがファンタジーファン誌上で"The Dweller in the Gulf"を攻撃し、「かかる作品を書くペンのインクが干上がることを熱望する」とスミスに断筆を勧告したのである。たちまちアッカーマンがスミスの友人たちの猛反撃に遭ったのは『H.P.ラヴクラフト大事典』に書かれている通りだ。

個人的に好きでない作品には攻撃を加えなければならないと考える人々がいるのはどうしてなのか、僕は常日頃から不思議でした。天下国家のことを論じているのであれば話も違うでしょうが、日々の事柄と何の関係もない創作を攻撃するなんてバカげていると思います。アッカーマンとやらがスミスさんの小説を好きでなかったとしたら、彼がそれを読まなければならないという法はないでしょう。

 ラヴクラフトに宛てて1934年1月頃に書いた手紙でロバート=E=ハワードはこのように述べている。またロバート=バーロウもアッカーマンに反駁し、「当世最高の幻想作家の傑作をかくも貶めるとは、遺憾なほど想像力が欠如している」と斬って捨てた。「君があのアッカーマンのバカ野郎にお灸を据えてくれたので嬉しいです」とラヴクラフトは1933年8月21日付のバーロウ宛書簡で喜んでみせ、次のように言い添えている。「アッカーマンは明らかに常習的な害虫です――野放図に悪態をつきまくって楽しむ自惚れ屋なのです」