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2018年04月20日

☆火に油を注ぐ安倍政権、人事権と予算権を奪われた高給官僚群。

 合計七年近くにも亘って続く独善的権力図式、所謂、異邦人傀儡子宰相安倍晋三が繰り広げる国権濫用に因る、政治活動が織り成す結果としての社会的悪影響は止まる処を知らず、彼の撒き散らした不条理軌跡をつぶさに見れば、国民の末端にまで浸透して終ってもいる、言うならば、撒き散らされた不条理を基にする<狎れ>であるとか、或いは、社会正義に対する反応の鈍さであるとかが、明確に窺い知れるもの、勿論、国家指導者層として務めし高給官僚等をも、例外に措かず直撃している事は言う迄もなく、基より、遅々とさえし乍らも、半世紀以上に亘り新たに積み上げられて来た、言わば、良質にする社会文化、乃至、国家社会秩序等にも亀裂が入り始めると言う、民族社会の劣化拡大に向かう悪しき傾向は、今まさに、安倍晋三政権の手で忌々しき常態に迄導かれて来てはいるもの、当該、現下の不条理状況をして常態とさえし始めている、国権乱用者たる宰相はと云えば、他人事の様にポーカーフェイスを貫いては、我関せずと捨て置くかと思えば、口を開ければ徐に、己が世直し人で在るかの如くに昂って曰く、”腐り切った此の行政組織を立て直すべく、わたしの手で膿を出し切り、わたしが最善を尽くして努力して見せます”と、真顔を以って、其れも、ぬけぬけと言って見せるのである。

 そこ迄、われ等国民の事を思って呉れていて有り難う、と言いたいのは山々だが、其の様に国民第一を以って理解しているのであれば、閣僚陣ともども、一刻も早く預かりし<政権>を返上、荷物を取り纏めて国権の座から退いて呉れた方が、どれ程に国家国民にとって有益であるかは言わずもがな、計り知れずのものでは在る。己(等)の存在が、日本国家社会をして腐らせ、国民をして奴隷へと誘う悪霊の存在、言わば、”癌”の存在でも在る事を自覚してもらいたい所で在る。

 精神疾患著しい、其れこそ忌々しくも在る国家権力者は、独り、アメリカ合衆国だけに存在する特異なる事例かと思っては見てみたが、どうもそうでは無いらしく、日本国家にもまた、精神疾患者たる国家権力者が現実的に存在しそうな、其れも、複数人に亘って存在しそうな状況下(雰囲気)に措かれている事に気付かされるもの、ややもすれば、アメリカ合衆国より酷い、其れこそが、困窮を極める危機的状況下に、日本そのものが措かれていると言って過言では無いのである。実に恐ろしい、非常事態に陥って終っている日本国家社会には在る、と言う事なのだろう。

 財務省に限らず、文科省や厚労省、国交省や防衛省、経産省等々の、各省庁を巻き込んだ、所謂、異邦人傀儡子宰相安倍政権に因る不祥事案が、数多に勃発する真っ只中に在って、其れも、財務省の同期たる元理財局長佐川宣寿が、国会に於いて矢面に立ち、(安倍政権に代わって)虚偽答弁を繰り返し、其の一方では、部下に命じては、関係事案に対する公文書の改竄や、捏造、乃至、破棄や隠匿等を命じると言う、所謂、犯罪行為をして大々的に行い、且つ、政治的には追及されていた真っ只中で、財務省事務官のトップたる事務次官が、夜な夜な酒を喰らっては財務省に出入りする女性記者を携帯で呼び出し、酒食を強要した挙句の果てに、仕事の話は中途で止め、卑猥なる言葉を投げ掛けては楽しむだけと言う、所謂、セクハラ発言に終始、あわよくば、、、を狙うといった、社会人としてすら有るまじき破廉恥なる行動を、当該事務次官は遣って見せたのである。基より、被害主たる女性記者は、時間外では在るが仕事と理解したが故に、携帯テレコも稼働させ、其の一部始終をして記録したのである。

 セクハラ行為をして本人たる財務省事務次官が一旦認めておき乍ら、財務省全体を巻き込む大事を感じ取ると、俄かに否定に転じ、本人の代わりに、上司である財務大臣麻生太郎がしゃしゃり出ては弁護に回り、在ろう事か、”うちの番頭をチクった女は此処に出てこい!”の如く、激怒して見せる始末、世が世であれば、斯かる事件は、強姦罪同様に親告罪範疇の一つたるもの、大臣麻生太郎が国民に示した処方箋は非常識そのもので正しくは無く、過った対処の仕方でしか無いのである。同時に、悔い改める事を放棄した事務次官をして、上司たる大臣麻生太郎を含む財務省全体が急遽バックアップに回り、基より国税を浪費して、新潮社並びにセクハラ被害女性を含む国家社会と全面対峙するとの方針を示されるに至っては、何をかいわんやのもの、此処でも言いたい、其れもまた国権(国税)濫用の一つだろうと、、、。如何に、財務大臣麻生太郎が、司法権に対して強い影響力を持つと信じ、事と次第に因っては、指揮権発動並みの排除強制力すら現し示す事もまた可能であると、万が一、錯覚し続けているのであれば、其れこそが無駄な抵抗と言うもの、国民の目は、四度目にもなる「冤罪、でっち上げ事件」を赦す事も無い、と言う事である。

 安倍政権下の内閣府を通して、直接的に指揮差配されては抱え込まれる高給官僚群(総数600名余)、当該差配下に措かれる其の官僚群が帰属する多くの省庁が関わった、次から次へと現われては出て来る不祥事案絡みの諸々、所謂、公的発言としての虚偽発言も無数に在れば、公文書の改竄は在り、無いとされた公文書も一年後には出て来てみたり、基より、現下の、財務省事務次官が起こしたセクハラ問題の様に、言質をして音源にとられたテープレコーダーの存在と開示を含め、週刊誌に暴露される等の不祥事は止まる処を知らずのもの、基より、此処までの秩序崩壊を見て来ると、一日にして成立した崩壊現象などでは無く、じわじわと、而も、永年に亘り、確実に成長せし破壊行為では在るとの推測が可能で在れば、其の要因乃至責務はいう迄もなく、七年間にも亘って延々と、不条理政治活動の背中を見せ続けて来た国家権力者たる、<安倍晋三と麻生太郎>両名の影響(功績)大と為す所、如何に国家国民の為に仕える公僕で在ろうとも、前文科省事務次官で在った、前川喜平氏が執った様な信じられずの条理在る選択、即ち、巨悪をして決して見逃さぬ、見事なな迄の国家社会正義の顕現実践は、其れこそが「万人に一人」存在するかしないかのレアーケースでしか無きもの、左すれば、上の指示と在らば、良かろうが悪かろうが、国民の為に成ろうがなるまいか等はお構い無しとし、権力者意向に合わせるのが常套手段となる筈、勿論、世に出れば、紛う事無く犯罪になる様な間違った事案では在ろうとも、退官せし役人では在っても迎合せし発言を為すのが常とするもの、所が、前文科事務次官で在った前川喜平氏は旧弊(悪弊)に倣う事無く、敢然と意を決して正論を述べたのである。即ち、万人の官僚が選択して当然とすべき悪への迎合を拒絶、前川喜平氏は正道をして歩んだのである。

 財務省トップである事務次官の犯したセクハラ行為では在るが、事務次官個人の犯した其れこそが時間外でのセクハラ行為、左すれば、財務大臣麻生太郎が、道義的責任を取る事は在っても、全面的に被害者である女性記者と対決姿勢を露わにする様な犯罪事案には非ずのもの、本々が、国家公務員とは言え個人に関わる事案で在れば、加害者たる事務次官に事情聴取した上で適切に処置し処分、大臣が必要と認めれば、連名で、被害女性記者等に対して謝罪し、解決策を講ずるべきが筋と言うもの、況してや、上司である財務大臣麻生太郎が独自に判断し、且つ、選択して見せた様な、所謂、部下(強いては己や安倍政権)を庇う余りの、被害者である女性記者に対する全面的対決姿勢(逆上)の示しともなる、国家組織(財務省)と国税を総動員してまで為す不法行為の堅守、並びに、実行が、国民須らくに受け容れられると思っていたら大きな間違い、対決姿勢を選択した麻生太郎、並びに、財務省側の、其の社会正義的鈍感さとでも言うべきか、違法性とでも言うべきかの悪態の吐きこそが、真っ先に糾弾され問われなければならないのである。財務大臣麻生太郎よ!、”財務省”も”国税”も”司法府”もともに、あなたの”私的所有物”では無い事をこそ認識し直すべし、勘違いも妄想も甚だしきもの、努々、国権濫用を繰り返してはならないのです。

 <セクハラ事務次官に関わる補筆>

 4月18日夕刻、財務事務次官福田某は記者会見、新潮社に対する告訴に向けて専心準備すべく、財務事務次官職を辞するべく辞表を関係部署に提出した旨の発言在り、更に、4月19日未明、TV朝日責任者が急遽記者会見を開き、一連のセクハラ問題に関わる被害女性記者は自社(TV朝日)所属の記者である事が判明、ー中略ー、社員をして全面的に守護するのと同時に、財務省に対して善処対応する様に申し入れる事と為す、との表明が為されたのである。勿論、当該セクハラ記事や音源を捉えたと言われる物証が、何故に、新潮社へと渡されたかに付いても、説明が為されたのである。

 常態としてでは在るのだろう、ハラスメント事件が発覚した財務事務次官が、回りが煩くて仕事ができないとの理由を付して辞表を提出して呉れたお蔭で、”一件落着”としたかった関係者も少なからずに居たのだろうが、そうは問屋が卸さずのもの、TV朝日に拠る、自社に帰属せし社員(記者)が、現に問題となる、セクハラ被害を受けた本人で在ると会社に届出、即ち、(社会正義の為に)名乗り出る事を決意したとの一報は、財務省をして所管し差配下に措く麻生太郎財務大臣にとっては勿論の事、森友問題や加計問題等と言った、言わば、財務省や其の他省庁等が密接に関わる不祥事案をこそ抱え込む、異邦人傀儡子宰相安倍晋三にとっても、密接不可分に措く秩序破壊の問題で在れば、最早、安倍政権体制存続の入用性自体に疑問符が付され様と言うもので、須らく、糾弾しなければならずのもの、基より、安倍政権の存在自体が、百害在って一利無しと判定されている以上、政治的に切腹(内閣総辞職)して然るべき事態にまで至った、と言う事では在るのだろう。

 其れにしても、此処まで酷い人物(高給官僚)群が、出世コースをして平然と歩む事になるとは何かしらの因果関係がなければ無ければ為し得ぬ業と云うもの、其処には、犯罪行為をして平然と犯す張本人の存在も去る事乍ら、斯かる高給官僚(群)をして流用、国家権力者の思いの侭に動いて呉れる、不条理政策等に関わる”自由操作”をして、異論を差し挟むこと無く、聞き入れて呉れるからではあるのだろう。基より、口先三寸の傀儡子宰相に因る、膿を出し切り国家再建に向かうなる言葉は、虚しく聞こえ響くだけでしか無いのである。

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