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日本の歴史は日本人が創る このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018年10月05日

☆制御不能に陥った政権政党。 其の二十四 終章

 神武天皇をして天皇家の始祖とする、所謂、皇紀2600年有余の日本帝国を、あらん限りの姦策を駆使してはやっとの思いで戦争に誘導、日本民族三百三十万人を無碍にも踏み斃し、皇国初にする日本民族国家「日本」に完敗を浴びせた、シオニストユダヤ系大財閥資本家群が実体的に支配し、且つ、差配さえするアメリカ合衆国、其のアメリカ合衆国が計略を謀って日本帝国をこてんぱんに打ちのめした訳だが、基より、姦策に因る敗戦を喫したにも拘わらず、而も、種類の異なる、大量殺戮兵器たる核爆弾を、市民の頭上に実戦投下され、数十万人の命を瞬時にして炭化され乍ら、天皇家の存続が、戦勝国たる米国等によって維持保証されると聞くと、俄かに、策略を以って日本帝国をして大東亜戦争に引き込んだ戦勝者群の中核たるアメリカ合衆国に対して、日本国家国民は総じて従順にする姿勢を示し、昨日の敵は今日の友ならぬ、親近感を以って接することも出来たのが我等日本国民で在り、召使的使命感を以って支配者たる米国に日本国の代表として臨んだのが、吉田茂翁を一とする、戦後の日本国をして政治経済的に引導する必要性を感じたのが、他ならぬ現自由民主党に繋がる、道々の民以上に変わり身の早い彼等与党政治家達であった事は言う迄も無い。

 基より、主要都市の大部分が焦土と化した日本列島に、早々にする自力復興の這い上がり等の力は残されておらず、況してや、八千万国民が口を糊してでも生きて行く為には、騙された事も露として知らず、基より、米国に立ち向かう為の戦略や戦術内容が、百パーセント、相手国たる米国に筒抜け状態になっていた、其れこそが負け戦必然の戦争に参戦、当然の帰結としてアメリカ合衆国を一とする、戦勝国群たる国々に従うしか為す術無くに追い込まれた日本、コメや脱脂粉乳等の食糧援助を一とする、様々なる援助の求めや、外貨稼ぎの為の物資生産工場立ち上げの資金繰り等をして、彼等に頼まざるを得ず、左すれば、戦勝国群の求める彼等ならではの条理と手法の侭に、特に、アメリカ合衆国の求めるが侭に、動かざるを得ない側面をも有した日本国でも在った、と云う事実は否定出来るものでは無い。とは言え、国権を担う政治家たるもの、負け戦の中に立つ政治家と雖も、「天皇家」並びに日本国民をして護るべく、胸を張り、泰然自若、且つ、正々堂々と戦勝国群と亘り合い、要求すべきは要求し、受け容れざるを得ぬものは受け容れると云う、言わば、国際法並びに日本国の条理に基づく、其れこそが在って然るべき筋道、即ち、正当なる国家間の話し合いを、政治家群は為すべきでは在ったのである。

 だが、占領国群から言われるが侭、求められるが侭に、自主自立権(独立自治権)獲得後も尚、従順に突き進み、今も尚付き従っている日本国家、と云う事にはなるのだろう。基より、日本と同じ様に、第二次世界大戦で大惨敗を喫したドイツ国を見ればわかる様に、今では、米ソ両国から被支配領域をして自国ドイツに取り戻したばかりか、勿論、国家独立権すら既に得ている中で、今では、EU圏(21共和国、6王国、1大公国)をして仏国や伊国等とともに率い、況してや、精神疾患著しい米国大統領の壊し屋たるD.トランプと、丁々発止の政治経済的遣り取りが出来る迄になっている中での、戦後73年間の日本国(元帝国)はと云えば、自主自決出来ているのかどうかすら一向に定まらぬ、米国の”妾”ならぬ、”草履とり”国家に成り下がる有り様、勿論、沖縄県民が、被占領支配期から現在にまで至る、所謂、戦後一貫して、自主自決権取り戻せずの下、静謐にする社会生活すら一度として味わった事が無かったどころか、国権を担う自由民主党政権には小銭で頬を叩かれ、我慢せんかい!とスゴマレる事仕切りで在れば何をか況やのもの、国権を担う自民党安倍政晋三政権から、当該沖縄県民の受け続ける不条理行為をして見させ続けられれば、独立権をして既に確立したドイツ国とは比べものにならずの日本国と云う事であり、味噌も糞も一緒にしないで下さらぬかと、メルケル首相に言われそうである。

 何を隠そう、戦後の日本国家社会をして、斯かる、米国の隷属下に措かしめ続けたのは、衣食住に困窮せし何も無き中で、八千万国民が何としてでも生き延びるべく、英知を絞って戦勝者群と交渉、日本民族としての自尊心をして最小限に於いてすら失わず、熾烈極まる交渉に交渉の労を重ねた吉田茂翁に感謝こそしても、現に見られる日本国家社会が被りし咎など何一つとして無く、所謂、吉田茂翁から国家権力者をして数代措いた、即ち、蝦夷一族の末裔たる岸信介政権に因って、国家社会の対米隷属態様は実態的に始められるので在り、更に、同蝦夷一族の末裔たる岸信介の実弟で、咽喉癌を患いし池田隼人の後を務める事となる、佐藤栄作政権を以って、日本国家社会の譲り渡しに因る隷属化は、独逸国の歩んだ道とは全く異なり、実質被支配国の道を唯只管に歩む事となるのである。勿論、岸信介政権、乃至佐藤栄作政権以降、日本国家社会は実体的にも米国(シオニストユダヤ系大財閥資本家群が実質的に支配)が、日本国の実質的支配者に在る事を知り、且つ、認識し得ていた国家権力者たる政治家は多くは無く、故人となったあの橋本龍太郎首相でさえ、日米貿易交渉を通じて曰く、「アメリカ合衆国は、実に、恐ろしい国だよ!」との、本音では在るのだろう嘆き節をも聞けば、少なくとも当時の橋本首相辺り迄の総理大臣(中曽根康弘元宰相と現宰相たる安倍晋三は除く)は、総じて認識外のものでは在ったろう。基より、宮内庁や外務省等に強い影響力を有する特種人材(政治家を含む)は此の限りでは無い。

 精神疾患夥しい、米国現職大統領D.トランプが、先のGー7主要国会議最終日に於いて、各国主脳が集まる其の会議の席上で緊急発言を為し、苟も、日本国の宰相たる安倍晋三を呼び捨てにしては手招きで呼び付けて曰く、「おいっ、シンゾウよ!、後は(G7を)お前に任せたから、よしなに纏めて遣っておけっ!、(俺は、正恩に逢いにシンガポールに行くっ!)」なる言葉を吐き捨て、G−7の会場を後にしたとの漏れ伝わる事実が、其の米日関係の須らくを物語ってもいるのである。即ち、戦後、特に、1950年代以降現2018年に至るまで延々と、米日主従関係は相も変わらずに続き、特に、米国大統領にとっては、”ご主人様”なる満足せし一時を過ごし得る、日本国家宰相との間に流れる、其れこそが本国アメリカ合衆国でも味わえない、唯一の、其れこそが、国王が感じ取れるが如き”至福の時”、とはなったのだろう。

 余談にこそなったが、米軍(国)の覚え目出度き人物となった岸信介(元高級大蔵官僚)は、巣鴨プリズンを出所解放後、予定通りに米国政府の厚き支援を受け政治家として登場、吉田茂政権時に於いて締結させた、日米安保条約の改定強化を策しては成立させ、日本国家独立後も米国の命令一下、戦争に加担し得る為の法整備に着手すべくの前段をして構える事にはなるもの、此の時(自由民主党結党)に於いて、憲法改定は党是であるとした、所謂、”安倍晋三発言”にも度々にして見られる、改憲論をして正当化する根拠は、まさに、此の事を指して(隠して)言うもので、まさしく、米国の求めに応じ、米国の為に身を捨てる覚悟在る軍人を、日本国民にも持たせる事を要求し意味するもの、基より、不戦や非戦を誓ったばかりの日本国憲法(草稿主導したのは米国)を、独立国家日本に対して遣り直せとは言えずのもの、左すれば、改憲をして先送りし、党是として遺したと云うのが、安倍晋三が度々にして指摘し、改憲を正当化する所の、所謂、傀儡政党たる自民党結党時(政党再編時)の隠されし真相であり、党是なのでは在る。

 日本国家社会の、其れこそが、米国(シオニストユダヤ系大財閥資本家群が実体的に支配)への実質的な引き渡し、即ち、被隷属的国体をして白昼堂々と国家売り渡しを決めたのは、佐藤栄作政権になってからの事、即ち、米国にとっては経費的に重荷となっていた沖縄県の施政権をして、日本国に引き渡しては戻すと言う名目で、肩の荷を下ろしたのだが、但し、日本国家として有する、米国が終戦間際より占領、其の侭に使用せし領土領地並びに建造物等に関わる、所謂、排他的使用権は、従来通りに米国が自主的に使用する旨を日本国は認め、且つ、米軍が収用使役下に措く土地や建物等に対する使用料や租税等の公租賦課金等々は、須らく、日本国家が支払うものとし(其の後は、軍属として雇われし日本人の給料や、米軍全体に対する思い遣り予算等もまた布設、継続的に日本国家が、米軍経費をして支出する事となる。)、米国(軍)は、自由且つ奔放に日本国の領土領地をして使用する事となり、沖縄県を一とする、日本国内に設置配備されし米軍基地基地や施設等から、其れこそが陸続と、ベトナム戦争や湾岸戦争等々目掛けては向かい、参戦する為の米軍前線基地として、沖縄県を一とする日本国領土は流用される事と相成るのである。基より、沖縄県をして、日本国に施政権返還を為さしめたのは他ならぬ佐藤栄作政権時に於いてでは在るが、沖縄県のみならず、日本国が現に基地や施設として供与している領土や領地もまた恒久的使用を認めたものであり、米国に課せられるべき公租賦課金等もまた、沖縄県と同様に、日本国家が負担する(裏契約)莫大なるもので、主従関係とでも言うべき治外法権条約等の締結を含む、此れ等の対米関係をして売り渡しと言わずして何と言うのか、其の愚態的隷属態様を決断したのが、此の佐藤栄作政権の手に因って為されしもの、勿論、吉田茂翁の描いていた、自主独立国たる日本国家の在り方とは真逆の進み方を、岸信介、並びに、佐藤栄作両政権は執った、と云う事でも在る。余計な事を言えば、吉田茂翁の孫たる麻生太郎現財務大臣は、今も尚、卑しい程に安倍晋三にしがみ付いては離さずに措くと言う、異様なまでの卑猥さとバカさ振りを、我等、米国国民並みの道々の民に見せ付けてもいるのである。

 戦後をスタートさせる事となる日本の執るべき国家理念としては、自主自決を行動の核とした内政外交に臨むべき日本国家社会では在った筈が、基より、内政のみならず外交に在っても、全方位外交理念を推して(アメリカ合衆国に対しても、一定の距離感を以って)歩もうとしたのだろうが、残念乍ら、食糧に関わる自給自足出来るような社会環境には造り上げて来なかった日本で在ってみれば、内政も外交も其々に、国家理念や国家条理のみで生き延びる事は能わずのもの、左すれば、日本民族は総じて死滅したにせよ、自らが生き残るためにも国家理念や条理等かなぐり捨て、戦勝国群の中核を成すアメリカ合衆国に付き従い、言うが侭、指図されるが侭に動いた方がより賢明なる判断で在ると捉え、其の通りに実行したのが誰在ろう、岸信介政権と佐藤栄作政権であった事が容易に窺い知れる所である。即ち、吉田茂政権を引き継いだ、鳩山一郎政権や石橋湛山政権では、日本独自の外交を試み、鳩山一郎政権に在っては、ソビエト連邦政府との間に和平条約の締結と、国際法を蹂躙されてソビエト連邦に奪われた樺太や千島列島と云う日本固有の領土返還に向け、外交交渉に動いたのだが、米国(シオニストユダヤ系大財閥資本家群が実質支配する)の逆鱗に触れ、基より、ソビエト側からは、歯舞、色丹両島のみの返還を、其れこそが条件付きで認めて遣るとの、日本国としては到底容認し得ぬ<案>を突き付けられ、六十年以上にも至る現在にさえ在るのである。また、石橋湛山政権に在っては僅か65日と云う短命内閣、次に待ち構えていたのが、満を持して登場、基より、米国(軍)の厚き支援を受けた山口県の雄、蝦夷一族の末裔たる岸信介翁其の人では在ったのである。

 苗字こそ異なるが、岸信介、並びに佐藤栄作両兄弟が、「天皇家」を長とする国家日本の、対米隷属方針を定めてからと云うもの、米国の経済力を借りて資本主義社会経済が伸張したばかりか、国際経済環境の進展にも助けられ、日本国家社会が著しい経済成長を遂げた事は言う迄も無く、基より日本国民の発展に向けた頑張りも当然に在るのだが、煎じ詰めれば、真っ直ぐにしか進まぬ国民性格を有する日本国の国家権力をして、岸/佐藤一族が濫用、沖縄県(民)を一とする、国内百ヶ所以上にも及ぶ、米軍基地や施設を抱える、言わば、数多の日本国民を、軍事的犠牲にしての、片面的成長であり表面的進展でも在った事を忘れてはならない。取り分け、沖縄県(民)に関しては、落ち着きを取り戻した戦後暫くしての自由民主党政権たる、岸信介政権、或いは、佐藤栄作政権、並びに、現安倍晋三政権にまで至る、自民党内に在って、蝦夷一族末裔をして自負し歓喜さえしたのだろう、所謂、反日本民族を以って心に措く、所謂、不条理なる政権の存在をして、現代社会に生きる日本民族は、豊かになったと”思い込まされ、且つ、勘違いさせられ、錯覚すらさせられた”事を、努々忘れてはならないのだろう。即ち、戦後に於いて、国家理念乃至国家条理の核として国民に植え付けられし民主自由資本主義社会の種は、生産管理者たる権力者の手で、歪なる方向へと育成され、尚且つ、雑草すら取り除かず所か、害虫の除去すら放置、重要なる手入れすら怠れば、果実や収益となって戻るべき、民主自由資本主義社会として蒔いた種は、中々にして国民の中には多く花開かず、況してや、少ないながらも、刈り取って国民に渡されるべき果実や収益は、異国や生産管理者の懐のみへと流れ、国民には借金を重ねては生かし続けると言う、言わば、現在の安倍政権に在っては更なる不条理国体へと向かうべく、自由民主党政権の手に成る、民主自由資本主義社会の貧相にして欠陥著しき、おぞましい程の政治経済行政態様をこそ示してもいるのである。

 今、此の章を締め括るに当たり、不条理政治体制の権化として取り上げ、且つ述べ立ててもいる、異邦人傀儡子宰相安倍晋三に対する、上述せし処の、所謂、表面的国家成長の踏み台として、即ち、犠牲者となり続け、今も尚、苦しみ足掻く、沖縄県民を一とする、米軍基地や施設を抱える日本民族をして犠牲にし続け、剰え、不条理政治を取り仕切る現宰相安倍晋三をして糾弾し続ける、其の中核ともなる沖縄県での知事選で、大量のニンジンやエサ等を県民の前にぶら下げては、恥も外聞も無く戦った、自民党選出知事候補をして破った、僅か8%と云う僅差では在るが、不幸にして知事任期半ばで斃れた、翁長雄志前知事の政治的意思を引き継いだ玉城デニー氏(自由党)をして知事に迎え入れた沖縄県民、米国大統領戦とはシステム上異なるとは言え、僅かな差とは言え、エサや大枚には動かされる事も無かった沖縄県民、まさに、日本民族の魂は消えずに生き続けてもいる事を、沖縄県民が教えても呉れたのである。制御不能に陥った政権政党。傀儡政権の自民党が永くは無い事を意味してもいるのだろう。

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