2012-5-22-Tuesday 古都の騒々しさ
京都に住んでまもなく二ヶ月。生活には満足している。がこの土地のやや騒々しいのが鼻につく。静岡と比べ良いものは増えた。しかしどうでもいいものも溢れている。これらが嫌でも目や耳に入るから騒々しい。
現在の職場は某大学libなのだが、三十歳にもなると失礼ながら大学生は子供に見える。芸術を学んでいるとはいえまだかなりオボこく、ヒリヒリしたものを感じない彼らから刺激を受ける機会は無いので特別視することもない。みないつかどこかで見たような格好をし、いつかどこかで読んだ本や音楽を今まさに読んだり聴いたりしている。「繰り返すのだ」ー私はいつもこう思い乍ら彼らと接する。大学が、というよりも勤務先が特にノホホンとした学生の巣窟だったのかも知れぬ。時折入館を希望するK大学の学生などはみな眼光が鋭いものを。と安易な比較をしては失礼極まり無いが正直な印象なので仕方あるまい。まあインネンつけてくる柄の悪い客はいないから楽だが、子供ずきでも何でもなく神経質な私には少々うるさい(物理的なうるささとは違う)環境ではある。
てこれは京都関係ないな。もちろん他にも色々ある、というよりこちらがメイン。京都の市街地をうろつくようになり改めて感じているのは、大阪よりも買物しづらいということだ。やはり自分は大阪ッ子なのか…買物といえば難波〜梅田を利用していたけれど京都はまず大阪よりも道が狭くて動き辛い。更に車と自転車の運転手らがマイペースで怖い。迷惑。避けろ。譲り合い精神なさすぎ。あと古都の美観を損なわぬための配慮が、京都と無関係なジャンルのショッピング(主にファッション)に於いては購買意欲減退を及ぼしている。少なくとも私に対しては。まあ大阪が特別なのだろうけど、それだけ京都は古都オーラが凄い。古都系産業も数限りなく存在するうえ浮かれた観光客がオーラの勢いに拍車をかけてくれるものだからますます日常の買物に執着しづらくなるのである。新京極だったか、あの辺りのアーケード商店街にある安価かつ派手で時々利用しているアクセサリーチェーンストア「claire's」の軒先に、京風を意識した焦げ茶の格子がかかっていたのには驚いたうえでゲンナリした。あんなにアウラを失ったclaire'sなんて…… 古都にいると古都へのおもねりから様々な事柄に無頓着になるのだろうか。そう思うと現住所・山科は古都風情がまるでなく、ヤンキーとファンタスティックな老人が跋扈するニュートラルさに満ちた京都市でも珍しい土地。市街地から戻るとほっとする居心地の良さがある。山科のGEOなんかはかなり居心地が良い。だからこそ市街地へ出る時、山科には無い騒々しさがインパクトとなる。
この古都特有と思われる現象はイスタンブールでも経験した。美術館へ行った際、美術作品よりもそばにあった古いモスクのほうが幾倍も素晴らしくてショックを受けた。そのショックで、どんな作品だったかすっかり忘れた。古都に関するもの、主に土産物には心奪われ沢山買ったが、普通のファッションモールではあまり買物をしなかった。
古都ゆえに、整備されずに在るものが非古都で見るよりも騒々しく感じるのかも知れない。新旧が融合しているように見えて、その実たいして融合していないのではないか。この溶け込んでなさが私に騒々しさを感じさせる。大阪あるいは東京だとサマになっているものが、抱えているものの多い京都ではいまひとつサマになっていないこともあるのだった。身重な!だからって京都が嫌になったりはしませんがね。飲酒好きの友人らが、京都は居酒屋が少ない・クオリティがイマイチ・大阪の居酒屋はハイレベル、と評価していたが、私は居酒屋に関心がない。禁煙スペースのあるムーディなカフェ或いは無くてもそこはかとない風情を湛えてるから許せる古喫茶、を愛している。となると大阪の比ではないのでやっぱり私は京都がいい。夜の街も大阪より京都の湿っぽく秘密めいた雰囲気のほうが好きだ。それにしても私は大阪を離れてから初めて大阪人ぽくなってきているように思えてならないが夫も同感であるらしい。
2012-5-09-Wednesday positive message
肯定的なメッセージを目にする度に私はいつも僅かに戦慄く。アメリカのポップカルチャーが好きだ。特に女性ボーカリストが好き。LIL' KIMもMISSYもNICKIもbitch!bitch!と叫んでいて好きだ。beyonceの野性味ある崇高さ、Madonnaの五十路越してもmaterial girlで在り続ける矜持、Alicia Keysの確信的揺らぎ、他にも沢山、全て愛している。ファッションも日本とは違う。Patricia FieldのHPにはFLASHで「DEFINE YOURSELF(自身を明確に)」の文字がひたすらチカチカ表示されている。アメリカはポジティブメッセージで溢れている。それがmaterial worldでの出来事だとしても。意味からの解脱を欲する集団幻想だとしても。私は日本に生まれ日本にしか住んだことのない日本人で、とかく言い訳がましい。全てに理由を設けたがる。遠慮がちに謙虚に振る舞えばとりあえずあらゆる物事が日本ではなんとかなる、と思っている。自分の意見を強く述べた途端、人が離れて行く。ちゃんと説明しないといけない。ちゃんと理由をつけて解るように説明しないといけない。肯定的だが独特なメッセージは、いつも内部か遠い外部の牢へ押しやられ、無かったことにされるためだ。
アメリカから発せられる、いささか過剰に洗練されたメッセージは、視覚と聴覚を強烈に刺激することによりあらゆる理由からの解脱に成功している。日本がなぜそれが出来ないかというと、視覚と聴覚への刺激不足が一因ではないかと勘ぐることがある。圧倒されるようなものがない。アジアは大陸国と違い、うつろいの文化を持つ地域なのだから、見るものと聴くものと付随する思考とが無常であることも常。異なる基底を無視した比較ほど稚拙なものはなかろう。けれどどうして日本にはポジティブメッセージが闇に葬られ届かないのか。すぐネガティブに変換されてしまうのか。そもそも、このような懐疑を抱く私もまた「どうせ反転されてしまうなら自ずから」と始めからネガティブであったかのようにアウトプットしてしまうという日常の悲劇に身を投じてはいないだろうか。悪循環を断ち切るエネルギーを、消費や愚痴というかたちで発散したつもりになっていやしないだろうか。そして何もわからなくなれば、そう、「アジアはうつろいの文化を持っているから」と。少なくとも日本には既にもうそんなエスニシティは存在していないというのに。実体としてではなく、もはや記憶として認識されているのみだ。内実アメリカの植民地である日本は独自の文化を随分下品なものに侵食されているにも関わらず迎合し、STREETを作り出し、若者を作り出し、名を与えられたポジティブコミュニティは高揚と安らぎを共に提供する。
けれど誰もがSTREETにいるわけではないのだ。人がいるところ全てがSTREETだけれど、そこにはやはり主流とそうでないものとが存在する。更に、満足している人とそうでない人もいる。主流に属せているうえ楽しい人はそれでよいが、そうでなく漏れ出ている人は自力でなんとかするしかない。誰も名をつけてはくれないので誰も評価しない。だから自分でなんとかするしかないのである。アメリカのポジティブメッセージとはまさしくPatriciaの「DEFINE YOURSELF」に凝縮されている。自分自身を自力で明らかにすることからスタートしているのだ。アメリカと日本について考える場合、この「自力さ」において日本は劣る。
「自分の(文化的)拠り所がよくわからない」という感覚が、恐らく多くの血迷っている若者の本音ではないのかと思う。何らかの拠り所があれば、就職できず自殺するような若者も少しは減るのではないか。しかし、文化的拠り所なんて本当にあるのかという話だ。真実というものはあんまり面白くないことが多いから、大勢いる神様のうちのどなたか1人を選んで崇拝して自主的に精神を維持していくのは賢いやり方だ。アメリカ人はそういうケースが多いとお見受けする。つまらない現実を崇高なものにする智慧に長けた超現実主義者が彼らだとすれば、日本人は…いや少なくとも私は、おのれを過信、或いは必要以上に疑うことにより、無神論者と化した非現実主義者なのかも知れない。この期に及んで二律背反かい、て感じだがひとまずこう書こう。そう、日本人は現実離れした国民。昨年からの原発問題に関しても、まるで現実離れした主義主張を繰り出す政府に不信を募らせ今後一切信用しないとまで決めた国民は少なくないはずだ。西日本や海外に避難する人達を批難する被災地の方々もいただろうが、避難民は現実から逃げているのではなく現実を直視して結果そうなったのである。けれど、日本人の「物事を曖昧なままにしておく」体質までが変化したわけではあるまい。変化したふうに見える人は元から疑い深い人達で、震災を機にわかりやすく噴出したまでであろうと私はみている。
日本にはポジティブメッセージが少ない。ポジティブとは日本だと単に「明るい、前向き」との意味で使われがちだがこれは意訳で「自信のある、肯定的な、明確な」という本来の意味があり、私はこちらを指している。平田オリザと北川達夫による対談本「ニッポンには対話がない」はまさにここを突っ込んで話されており、ファッション業界でもこういう話はよくされていて、モード誌「STYLE SIGHT」では、東京の閉塞感について触れながらも「彼らのファッションに対する熱意に応えられるだけのブランドが今の東京には圧倒的に少ないと思う」(本間正章/Vol.1インタビューより)という需給バランスのいびつさに注視させられる発言もあった。望みは抱いているのに行動できない人が、何も望まない人よりもいると仮定したならば、このいびつさそのものがポジティブメッセージではないのか。日本人の意思表示はかくも解り辛い。
2012-5-04-Friday Onanistic community
こういう話はもう出尽くしてるんかも知れんが、実体験に基づく自分の意見として敢えて記しておく。
インターネット世代とはいえ、どういう距離でいようか悩むことがある。blogを放置してtwitterやその他SNSにハマる人が多いのは、発言が他者へ届くまでのタイムラグに耐えられなくなったからだろうか。寺山が、待ちぼうけを強いられる書からじかに伝達できる演劇という外へ出たのと同じ原理だろうか。より速く、より手軽に快楽的に、よりコミュニカルな日常を、人が本能的に欲するんやとしたら私は少し恐ろしい。それって赤ちゃんに退行してんちゃうの、と。先日、同年代の友人が必要な連絡もよこさずのうのうとTWで呟き遊んでおり、私は怒りを露にせざるを得なかった(でもかなり自制した)。常識を振りかざすつもりはないが、それは疑問な行為だったし、何より子供っぽいと感じた。子供は薄情かつ気分屋なので、平気でそういうことをする。でも、社会人がそういうことをしてはいけないのではないか。なんか勘違いしてない?周囲に流されてない?
必要最低限のルールでさえ、崩壊しつつあるのかと思うとゾッとする。そら私も怠ってしまうことはある。やる言うたことをやらなかったり、逆に何の伝達もなしに実行したりして、特に親を怒らせてきた。そのたび警告を受け、つい先日もある件について注意された。かつてはイラついてたし事実、過干渉と言えなくもなかったので死ぬ程うっとしかったが、近年は彼らの意見のなかに正しさを見出してるし彼らの言い方も多少柔らかくなったので素直に反省している。私は元来ルーズだけど親や職場の上司などからの戒めがあるからなんとかギリ変人にならずに済んでるんやと思ってる。しかしもうじき私も30、いつまでも誰かが警告してくれるわけじゃなかろう。警告する立場にいなければならないくらいだ。子供っぽい言動を自戒して大人にならんとあかん。とこんなことを考えている時、同年代の友人らの幼稚さが時折鼻につくのだ。メールの返事はよこさんがTWは欠かさない、というような。そのメールが相手から放たれたものであってもだ。既婚者びいきする気はないけど、私感では既婚者の友人知人でそういう子供っぽい薄情さを表出してくる人は少ない。結婚すると自分の頭で考えていろいろ気遣うシーンが嫌が応にも増えるから、自然とちゃんと連絡できたりひねくれずに反応したりできるのかなあと。私はまだまだできてないので見習わなあかんのですが…独身時代と比べたら少しはましになっていると思いたい。
あるいは、こういうふうにも考える。私が若干の怒りを感じている方々は薄情なのではなく、人を信用するのが下手なのではないかと。人に相談したり盛大に愚痴ったりすることができず、問題を自分1人で抱え込んでしまうような性格なんかも知れん。複雑を極める世間からのソフト逃避としてTWする、ていう自閉状態が社会全体のカラーになってしまってるんやろうか。私もかつてはその傾向にあった。人が怖い時期があったので、相談したり愚痴ったりできんかった。いつも肩肘張ってる感じで、みんな敵やと思ってた。が必要に駆られそういう発想はいま殆ど無い。人を信用して嫌な思いしても自己責任やろうし。そもそも自分にどこか甘えた気持ちがあるから傷つく。最近は傷つくことより怒りが先行してて、これはこれで問題やけど心が<閉→開>になったんやと解釈してる。だから心が閉まってる、ちゃんと連絡できなかったり、怒れない・怒らない人が、いま増えてんやろうな。ムカつくなら相手に直接言うっていうことをせず暗に示唆する陰湿なやりかたが、インターネットユーザーによって猛々しく(陰湿だが猛々しいと感じる)実施されて今じゃそれがフツーになってる。老若男女問わずだ。確かに痛快なときはあるわよ。私なんかセレブリティゴシップ大好きやしさ。ネット炎上にも少なからず関心ある。けど、ネットサーフィンのしすぎでおのれが波に飲まれてもうてる人多過ぎ。宇川直宏は、ネットもひとつのSTREETだと言ってる。同意やけど、私は人間のだらしなさやダークサイドを大人数で都合良く肯定しあうオナニスティックSTREETだと捉えてる。たいして気持ち良くもないやろうに!そこそこの快楽で満足してんちゃうぞ。もっと生身の相手と交わり合って痛い目に遭えと思うわ。苦悶の先にしか快楽はないのに。我々は親世代がヤンチャしたツケが回ってきてる哀れな世代で生まれながらに苦悶してるのだとすれば、インターネットが安息地と化すのも無理はない。がそれも一種の集団幻想だろう。「世代」に甘んじて疑わぬことの醜さと愚かしさを、古い世代を見てよく知っているはずだろう我々は。自閉してどうする。アナログとかハイテクとか、そんな下らん発想から脱して、私はもっとなまになりたい。
2012-4-28-Saturday あの時
自室がまだ完全に片付かぬので手帖へもまとまったテキストを書けないでいる。写真への注釈もつけられずに。仕事はとても面白い。スタッフもみな良い方ばかりで本当に恵まれている。私にはいま多くの欲望が無い。好悪でものを判断している。悪口を盛大に言う。悪態もつく。でも好きなものへの賛辞や憧憬は惜しまない。女はグルーピーのようになりがちだ。私はそういう姿を常に嫌悪してきたが案外、男はグルーピーが嫌いではないので厄介である。私は結婚してそういうゴチャゴチャから解脱した。恋愛初期のような時めきを懐かしんだりしない。あんなえげつなき息苦しさともどかしさをなぜそう何度も味わいたいものか。私は今の平安を愛している。「あの時は良かった」など微塵も思わない。欲望を分散させず集約していたいと願いつつうまくやれなかった自分は押入の奥の玩具箱に仕舞った。捨てはしない。「あの時」がいまを導いてくれたのだから。
2012-3-15-Thursday flash around me
I got tiny pond.
小さい池を手に入れた。
昨夕ふと立ち寄った近所の陶器屋で見つけたのだが、オバチャン向け雑貨店な外観からは想像し難い良質な品揃えを誇っていた。有田、九谷、唐物、手描き一点もの、琉球硝子etc…。ある珍しいデザインの磁器を買おうと手にしていると、若い客は珍しいのであろう、オーナーマダムが「陶器すきなの?私はね…だいっっすき!せっかく来たから、お見せしましょう」と言って、離れ小部屋に我々を招き、箪笥のような食器棚に並んだ錚々たるオールドノリタケ・コレクションを間近に見せて下さった!見るばかりですが私はオールドノリタケが好きなのです。図録を見、余りの美しさから卒倒しそうになった陶器はオールドノリタケだけ。本物は美術館で時折見るのみ、買おうなんて思ったこともない。それなのに種類・年代が様々な30程ある品々を一瞬間に実見してしまい、眩さと感激で絶句。泣きそうになってしまった。
我々を絶句に陥れておきつつマダムは図録を広げお宝の見方についてざっと言及(図録にはいま見ている品も…)「現代は美しいものが本当になくなりました」。
圧倒的「美」を前に深く頷く我々。
美しいものを見ると、もはや感想など言えない。絶句するのみ。この絶句に耐えられぬ人は美を疎む。だから美しいものは生活から遠ざけられ、隔離され、無視される。現代は見かけ倒しのものか機能性に優れたシンプルなものが多い。オートクチュールよりファストファッションに勢いがある。高級家具よりIKEAやニトリ。この状況を悪いとは言わない。けれど何かがおざなりにされていると感じていた。だからマダムの断言に異論が無い。
美を隔離しているのではなく、私達が美から隔離されているのではないか。
このほか、人間国宝による飾り皿や古伊万里、所狭しと並ぶ色とりどりの唐物水差しや茶道具などを惜しげも無く披露。最近マダムは難病を患ってしまったそうで、かつては一般人向けに陶器レクチャー教室をしていたが最近は無理なのだそう。「今日はちょっと元気だから色々話せたわ。目の保養になりましたか?」と、本物を見ることの大事さを飄々と教えて下さった。運が良かった。
ちなみに決して押し売り系とかではない。陶器屋に生まれ陶器屋に育ったマダムは本当にひたすら陶器が好きで、陶器のよさをただ伝えたいだけなのである。本物だけを見て目が肥えまくった自分に困りはすれど綺麗な陶器を沢山見ることができて良い人生だった、と語るマダムの言葉もまた本物である。
前述の磁器に加え、この「池」の陶器も購入した。どこの窯のか分からんが、どちらも生産終了した手描きものらしい。「変わったのが好きなのねえ」とマダムに笑われた。
とてもいい店だった。
2012-3-05-Monday Retroactive <15>ー Feb 2/2
That wall painting is "Tachi-Aoi"(tachi=standing).It's Shizuoka city's symbolic flower.
near the sea
beautiful blue net & sky around small farm
Scandinavian antique ceramics
entrance of "SUQ" the shop of Scandinavian antique furniture
fantastic greenhouse in the night
D&Department in Shizuoka
secondhand "Jitsuwa-Knuckles"(Nuckles of the Real story)
is a japanese monthly magazine about people of outside,I guess.
Sometimes I read it in a convinience store.
Columnar sweet bread is my husband's favorite one, like a caterpillar.
He was in Tokiwa park
illuminated angel
Tooth boy the front of a dental clinic doesn't stand out.
bar " Naka-Cho"(relational butterfly?) have quite cool exterior
good design signboard "Aurora" is hair salon
nasi-goreng
I made useful ginger sirup.
It transform into ginger tea, ginger soda, fried ginger pork, etc.
farewell party
and break time
fire in the dark
Good sense bakery shop "petit a petit" near Shizuoka Prefectural museum of Art.
waiting for spring
The spectacle of crowded impact me although they are pretty bud.
The Nude
that's art museum
classical mood European restaurant "RANBOU"
(I don't know what does mean it cause it's wrote by Kanji)
salada - tomato,cucumber,pumpkin,turnip,cabbage & strawberry with sour sauce
Thai noodle
I started to play "MOTHER 2" is RPG have released in 1994 from Nintendo.
I recommend it if you haven't played.
"Houtou" is local food in Yamanashi prefecture.
Nostalgic simple taste but they absorb a soup so much and grow up next day.
2012-3-04-Sunday humane ”IT”
「人情」は醜い。私はこの世で一番、人情が嫌いである。
やさしさは作ることが出来る。
人情不在のシーンで人情をひけらかす、あの「なまあたたかさ」は醜い。
ゆるい繋がり。ゆるいコミュニティ。ゆるい発言。ゆるい行動。ゆるい矛先。ゆるい欲求。
その「なまあたたかさ」は一体なんだ。それ楽しいのか。
気を許すと私もゆるいことをやっている。楽しい時もある。しかし得るものは無い。
空虚さを無視できればいいのにできずにいる。
私を憐れむ方がいるかも知れないが「その」人情が既にわずらわしいのである。
本当のことだけを言え。
2012-3-03-Saturday the Girl’s fes
雛祭りは子のいない既婚女子の私にはもう関係ないと思っているが、大阪の祖母から「今年の雛祭りは私のちらし寿司食べてもらえんくて寂しいわあ…そこで口あけてくれる?ウフフッ!」と愛くるしい電話があり、ちらし寿司の代わりに米を送ってくれたらしい。既婚者にはもう関係なくない?と言ってみたら「そんなことないよ〜健康をお祈りするんやからいつまでやってええんや」とのこと。
…そっか!!そういう気持ちでもええわな。
と、思わせられもした。
雛祭りについては時代や地域により扱いが様々である。平安期に貴族の子の無病息災を願い作られた豪華な玩具が、鎌倉〜江戸の武家社会において形式化しながら華美さを増し、昭和には庶民にも浸透…という流れがあったと大まかな認識をしているが、我が祖母のように娘や孫が嫁入りしても雛祭りをする家はあるのだろうか?ちなみに雛人形も供養に出したりせず保管してある。雛祭りの扱いについてはもはや家単位で違うものなのだろうよ。まあ自由にしたらええんですけども。
今となっちゃ素直に喜べる雛祭りは正直そんなに好きじゃなかった。ピンクピンクした「女の子向け感」が昔から気持ち悪かったのである。大学生になるまでスカートを毛嫌いした乙女心の欠片もない私だった。幼少時は床の間がある和室に姉と布団で寝ていたため、天井近くまである夜中の段飾り怖すぎて人形に背を向けながら早く雛祭り終われと思ってたし。祖母の考えはありがたいし大好きですがね。興味深くも未だにどうも馴染めない祭ではある。
2012-2-23-Thursday I’m not incorrigible woman at the moment.
特筆すべきは、近頃忘れっぽくないということだ。
日常の些細なことは忘れることもあるが、重要なことさえ忘れていた以前からすれば随分忘れてない。夫や友人が日々色んな話を聞いてくれるせいかも知れない。今までいかに私は自分のことを他者へ直接話さずにいただろう。或いは人を選ばず話してしまっていただろうか。齟齬を恐れず話しても伝わらなかった若い頃と違い話が通じやすくなっている気がする。一方、以前より話の通じていた人には通じ辛さを感じるという反転現象が。ということは単に私が変化したのだろうか。
大阪人と静岡人の気質はなかなか違う。結婚してからは毎日が異文化交流。同居してみてわかる共通感覚の少なさ。当初は不快だった。耐性を得たのか寛容になったのか鈍感になっただけなのか判然としないが今は不快ではない。幾度となく口論・議論を重ねた結果かも知れぬとはいえ、変化は目にみえない深層で起きている気がする。話し方や考え方は、意識下でなく無意識下での変化がなくては変えることができない。
某Eスクール講師は「国や地域ごとの文化は人の思考を変化させる」と言った。私は12月からEスクールに通ってるんだが(ド初級から初めて今は中級入口に到着するかしないか…)異なるセンスを受け入れることの大事さをスクールでも学んだ。異質なものを受け入れる体勢・耐性が欠如してると兼ねてより世間を批判しておきながら、私こそ欠けていた。関西に居続けていたら、私はいつまでもいち夢想家であった。
静岡はやはり好きではないが静岡人と静岡で生活してみなくては解らないことは沢山あった。
そういえば1年半前のムチウチ発症時に1週間で2度も頭部CTを撮られたので脳みそ被爆を危惧してたが今のところ無事。昨年から続く放射能被爆のほうが脅威です。一体どうなるのかわかるようなわからないような気分ですが、多くの日本人がそうなんじゃないか。
瓦礫焼却に関して私は日本各地で実施すべきでないという考え。静岡にいながら出来る範囲で反対署名しているが、なかなか伝わらないようですね。障害児だらけの日本を一体誰が見たいのか、また誰が面倒みるのか。医療費は上がる。給与は下がる。病気は増える。諸外国の方々が憚らず言う通り日本は狂っている。日本政府には負のスパイラルを断ち切る強さがない。海外に日本人町を作るのも結構だが、やっていることの大半がダサい。人としてもっと高潔であれ、と思わざるを得ないのです。政治家は「普通の人」が多過ぎるのだ。政治家は人並み外れた量の知的労働をこなすエリート。私が批判するのはお門違いで本来応援すべき対象であり、twitterで無茶苦茶な暴言吐いてRTし合うNO NUKES!な方々には違和感ありますが、3.11以降は隠してきたセコさとダサさが際立ってしまっている。
2012-2-21-Tuesday Retroactive <14>ー Feb 1/2
One day I went home later, my husband"ET"waited for me while be creating funny dish.
We found out small church.
rich hazy moon
Animation of a comic story "Sokotsu-Nagaya"(lengthways house of carelessness) on NHK
ET cooked me tasty baked dish.
It made by Thai rice,sweet miso paste,cheese & shiro-dashi(a kind of japanese stock).
We spend our time at "Basya-michi"(road of a horse wagon)is casual & elegant french restaurant.
flavored Thai rice, miso soup, ram kebab, yogurt sauce, fried vegetable
chaotic menu
SOLA is sweets shop in Tokyo. It's baked chocolate cake.
Al Nasma is my favorite camel chocolate shop in the Arab States.
from left, the taste is milk,orange peel,spicy arabia.
This term I ate so much food & sweets.
and then a little bit acne broke out on my face.
2012-2-05-Sunday Retroactive <12>ー Jan 1/2
2012-1-30-Monday S U N P U
来年度の準備を始めている。
かなり出遅れているが、つい最近アニメ版『シグルイ』を観、ハマって元になったコミックスも買って読んだ。茫然自失させるほどほど美しいこの漫画の魅力は尋常でない。
徳川家光の実弟・忠長が驕児中の驕児で、現在の地元・静岡市葵区にあった駿府城にて駿河大納言として実際に君臨していたのだ。主な舞台はここ(現在、静岡市在住)より西の掛川市。土地勘を持って読めた。登場人物の姓は、静岡の地名や静岡で聞いたことがある珍しい姓がしばしば使われている。いま駿府城は無く跡地が大道芸やら何やらを催す広場と化している。ちなみに忠長は乱心により山梨県甲府市に蟄居を命ぜられ、28歳のとき群馬県高崎市にて自刃。実兄・家光の命令だったとも言われる。駿府城主だったのは1624〜1631のみ。
原作に書かれた駿河城(=駿府城)真剣御前試合は、史実不明。だからなお興奮する。しかし在りし日を偲ぶには今の静岡市は淡白すぎて。駿府城城下町の風美を担った「北街道」を流れる大きな川は30年ほど前(うろ覚え)に都市整備の名目で道路化。以来、ここは広くて長い暗渠と化した。味気もなにも無い。
徳川政権なき明治以後の静岡は、しみったれていったことだろう。静岡市が徳川家ゆかりの地ってのも案外知られてないし、私もこっちに来て知った。でも住民はソレを名古屋人みたいに誇りにするでもなく、面影もなければ風情もない城跡にピンと来ぬまま、ノッペリした地方都市に仕上げていった。
東海道ど真ん中やから東西の情報が入ってくるのが徳川メンズに好都合だったろう。しかし今となっては通過点。「静岡は長い」と旅行者に不満を与えて続けている。さしたる付加価値なき現在では出張と帰省以外で静岡市に立ち寄る人はあまり居ないとお見受けしている。
【駿府城】
1585家康が隠居のため築城。1590江戸移封で中村一氏が主に…色々あって1624忠長が主となるも1631流されたので城主なき時代を経、1635火災により天守等の殆どの建物が焼失。最終的に徳川宗家16代当主・家達が1868城主に就くが1871の廃藩置県により江戸移住。1891静岡市に払い下げられ公園になる。1891~現在の経緯はまだ知らない。
☆ここが詳しい→大御所の城「駿府城」とは?
☆注目→「駿府城がどんな城であり、また建築されていた建物がどんな建物だったのかを知るためには二条城を参考にして下さい。つまり二条城も駿府城も、大工の棟梁が同一人物であり、このため内部の意匠その他が酷似していたと言われています。また駿府城本丸御殿の庭も、二条城同様に小堀遠州によって造られていたため、駿府城の在りし日の御殿を想像することが出来ます。庭も同様です。つまり天皇や公家文化に対し、駿府城も二条城も武家文化を遺憾なく自信を持って作り上げたものということになります。残念ながら、二条城の天守も焼失してありません。しかし、洛中洛外図にその雄姿が描かれています。」(上記サイトより抜粋)
2012-1-14-Saturday お刺身の光景
元日から10日近く関西にいた。
家族と友人に会いまくった至福のひとときを「夢のよう」だとは思わない。むしろ帰宅した今のほうが夢うつつである。ここは私にとってリアリティが希薄。平坦なものばかりが不愉快な雑さで並べられている。或いは気取っただけの貧相なものが。関西を右往左往して慕う方々に会いながら、いかに自分が衰弱していたかを知る。ここにいてはならない。いるべきでない。
先日、とある郷土玩具観察のため藤枝市に赴いた。目的地の近所にある文学館では藤枝市出身の作家を紹介している。ここで小川国夫直筆の一文に惹かれ、自ずと胸に抱いた。荒っぽい殴り書きのような筆跡だが細い線の柔和さも匂っていた気がする。この文字は骨肉より生じたに違いない。
ー 傷める葦 起きよ ー
骨肉より生じていないものに惑わされてはならない。
冷気にさらされ素早く温度が下がる冬の飲み物と似ている。すぐ冷えるのではっとする。人間と似ている。一方お刺身は冷やしておいても冷蔵庫から出すと次第に生ぬるくなる。なまであることを中止し加工品の道を選べば、なまぬるく傷むことから遠ざかれるのだが。なまの魅力には抗い難く、なまのぬるさに我々は敏感だ。加工品はあたたかくあれ。なまはつめたくあれ。
「少年なまにつきぬるくなり易し」
なまものはぬるくなるとうまくない。
2011-12-31-Saturday on the half of Dec
もう大晦日か・・・
元日から約1週間、関西に滞在します。ここぞとばかりに友人達と会う約束をして。会って遊んでくれる友人がいることがほんまにありがたい。交流が滞っていた人と再会する機会も多く不思議な年だった。
そういえば、かなりのスローペースで作品を発表している状況にも関わらずここ1年半ほどは怪我や結婚などにより休憩中、スローぶりに拍車がかかっております。しかし、やめたわけではありません。そろそろ再開しようと、重い腰を上げ始めました。いつになるやらわかりませんけれど。
まあ、やるとしても静岡を選ぶことはもうないでしょうね。はっきり言います。私は静岡が嫌いです。何故か?理由を言語化して脳内に浮き立たせるだけでもう腹立たしいのですが、保守的なため多様さを受容するパワーに乏しいのと、「穏やか」と言えば綺麗だが内実たんに言動が大雑把で荒っぽく品性に欠けている…というのが概要です。面と向かって文句が言えないような陰湿さも感じる。もちろん人によります。余り偏見を持たぬようにしようとは思ってます。が、温暖な気候してるのに住民に接すると閉塞感ありますし、特に若者はパワーが無いなあという印象。反逆精神など微塵も存在しないかのようで。或いは夫のような静岡県民がいるせいで私の静岡嫌いが助長されたといってもいい。彼は私にとって初めて親しんだ静岡出身者であり、僅かでも静岡の土地と人にも期待してしまったことがあったのだから。
さておき。これに伴い、相当なだらだらペースになっているこの手帖へも、従来のように思うところを書くようにしましょう。今や一体どなたがご覧になられているのか解らない場所ではありますが。facebookとtwitterは気軽で軽卒な発言が許される分、奥行きある発言ほど見過ごされてしまいがちなように感じます。狭い箱の中へ色んなお菓子を無理矢理ギュウギュウ詰めにした状態で他者へプレゼントしているかのようで、何かを伝達したいと思えば思うほど、そこへ記される言葉のありようは重さや深さから不必要に解き放たれてしまうのです。
とても、もどかしい。
ところで、私はどうやら静岡県中部よりやや西の藤枝市を気に入りました。わけはいずれ書こう。なんの風情も無く軽薄で退屈な静岡市の外に、ムードある街がまだ残っているのだなという安堵をもたらしてくれた。優しい人がいたからかも知れません。























































































































































































































































































































