2012-2-05-Sunday Retroactive <12>ー Jan 1/2
2012-1-30-Monday S U N P U
来年度の準備を始めている。
かなり出遅れているが、つい最近アニメ版『シグルイ』を観、ハマって元になったコミックスも買って読んだ。茫然自失させるほどほど美しいこの漫画の魅力は尋常でない。
徳川家光の実弟・忠長が驕児中の驕児で、現在の地元・静岡市葵区にあった駿府城にて駿河大納言として実際に君臨していたのだ。主な舞台はここ(現在、静岡市在住)より西の掛川市。土地勘を持って読めた。登場人物の姓は、静岡の地名や静岡で聞いたことがある珍しい姓がしばしば使われている。いま駿府城は無く跡地が大道芸やら何やらを催す広場と化している。ちなみに忠長は乱心により山梨県甲府市に蟄居を命ぜられ、28歳のとき群馬県高崎市にて自刃。実兄・家光の命令だったとも言われる。駿府城主だったのは1624〜1631のみ。
原作に書かれた駿河城(=駿府城)真剣御前試合は、史実不明。だからなお興奮する。しかし在りし日を偲ぶには今の静岡市は淡白すぎて。駿府城城下町の風美を担った「北街道」を流れる大きな川は30年ほど前(うろ覚え)に都市整備の名目で道路化。以来、ここは広くて長い暗渠と化した。味気もなにも無い。
徳川政権なき明治以後の静岡は、しみったれていったことだろう。静岡市が徳川家ゆかりの地ってのも案外知られてないし、私もこっちに来て知った。でも住民はソレを名古屋人みたいに誇りにするでもなく、面影もなければ風情もない城跡にピンと来ぬまま、ノッペリした地方都市に仕上げていった。
東海道ど真ん中やから東西の情報が入ってくるのが徳川メンズに好都合だったんやろな。挨拶してかなあかんしさ。しかし今は完全なる通過点。「静岡は長い」と旅行者に不満を与えてばかり。明確な付加価値なき現在では出張と帰省以外で静岡市に立ち寄る人はほぼおらんちゃうか?
【駿府城】
1585家康が隠居のため築城。1590江戸移封で中村一氏が主に…色々あって1624忠長が主となるも1631流されたので城主なき時代を経、1635火災により天守等の殆どの建物が焼失。最終的に徳川宗家16代当主・家達が1868城主に就くが1871の廃藩置県により江戸移住。1891静岡市に払い下げられ公園になる。1891~現在の経緯はまだ知らない。
☆ここが詳しい→大御所の城「駿府城」とは?
☆注目→「駿府城がどんな城であり、また建築されていた建物がどんな建物だったのかを知るためには二条城を参考にして下さい。つまり二条城も駿府城も、大工の棟梁が同一人物であり、このため内部の意匠その他が酷似していたと言われています。また駿府城本丸御殿の庭も、二条城同様に小堀遠州によって造られていたため、駿府城の在りし日の御殿を想像することが出来ます。庭も同様です。つまり天皇や公家文化に対し、駿府城も二条城も武家文化を遺憾なく自信を持って作り上げたものということになります。残念ながら、二条城の天守も焼失してありません。しかし、洛中洛外図にその雄姿が描かれています。」(上記サイトより抜粋)
2012-1-14-Saturday お刺身の光景
元日から10日近く関西にいた。
家族と友人に会いまくった至福のひとときを「夢のよう」だとは思わない。むしろ帰宅した今のほうが夢うつつである。ここは私にとってリアリティが希薄。平坦なものばかりが不愉快な雑さで並べられている。或いは気取っただけの貧相なものが。関西を右往左往して慕う方々に会いながら、いかに自分が衰弱していたかを知る。ここにいてはならない。いるべきでない。
先日、とある郷土玩具観察のため藤枝市に赴いた。目的地の近所にある文学館では藤枝市出身の作家を紹介している。ここで小川国夫直筆の一文に惹かれ、自ずと胸に抱いた。荒っぽい殴り書きのような筆跡だが細い線の柔和さも匂っていた気がする。この文字は骨肉より生じたに違いない。
ー 傷める葦 起きよ ー
骨肉より生じていないものに惑わされてはならない。
冷気にさらされ素早く温度が下がる冬の飲み物と似ている。すぐ冷えるのではっとする。人間と似ている。一方お刺身は冷やしておいても冷蔵庫から出すと次第に生ぬるくなる。なまであることを中止し加工品の道を選べば、なまぬるく傷むことから遠ざかれるのだが。なまの魅力には抗い難く、なまのぬるさに我々は敏感だ。加工品はあたたかくあれ。なまはつめたくあれ。
「少年なまにつきぬるくなり易し」
なまものはぬるくなるとうまくない。
2011-12-31-Saturday on the half of Dec
もう大晦日か・・・
元日から約1週間、関西に滞在します。ここぞとばかりに友人達と会う約束をして。会って遊んでくれる友人がいることがほんまにありがたい。交流が滞っていた人と再会する機会も多く不思議な年だった。
そういえば、かなりのスローペースで作品を発表している状況にも関わらずここ1年半ほどは怪我や結婚などにより休憩中、スローぶりに拍車がかかっております。しかし、やめたわけではありません。そろそろ再開しようと、重い腰を上げ始めました。いつになるやらわかりませんけれど。
まあ、やるとしても静岡を選ぶことはもうないでしょうね。はっきり言います。私は静岡が嫌いです。何故か?理由を言語化して脳内に浮き立たせるだけでもう腹立たしいのですが、保守的なため多様さを受容するパワーに乏しいのと、「穏やか」と言えば綺麗だが内実たんに言動が大雑把で荒っぽく品性に欠けている…というのが概要です。面と向かって文句が言えないような陰湿さも感じる。もちろん人によります。余り偏見を持たぬようにしようとは思ってます。が、温暖な気候してるのに住民に接すると閉塞感ありますし、特に若者はパワーが無いなあという印象。反逆精神など微塵も存在しないかのようで。或いは夫のような静岡県民がいるせいで私の静岡嫌いが助長されたといってもいい。彼は私にとって初めて親しんだ静岡出身者であり、僅かでも静岡の土地と人にも期待してしまったことがあったのだから。
さておき。これに伴い、相当なだらだらペースになっているこの手帖へも、従来のように思うところを書くようにしましょう。今や一体どなたがご覧になられているのか解らない場所ではありますが。facebookとtwitterは気軽で軽卒な発言が許される分、奥行きある発言ほど見過ごされてしまいがちなように感じます。狭い箱の中へ色んなお菓子を無理矢理ギュウギュウ詰めにした状態で他者へプレゼントしているかのようで、何かを伝達したいと思えば思うほど、そこへ記される言葉のありようは重さや深さから不必要に解き放たれてしまうのです。
とても、もどかしい。
ところで、私はどうやら静岡県中部よりやや西の藤枝市を気に入りました。わけはいずれ書こう。なんの風情も無く軽薄で退屈な静岡市の外に、ムードある街がまだ残っているのだなという安堵をもたらしてくれた。優しい人がいたからかも知れません。
maki
お久し振りです、後れ馳せながらご結婚おめでとうございます。
さて、静岡県は、日本全国でみても平均な土地です。
かなりの保守派で静岡の人は、県外の人間と結婚するのは少ないそうです。
東部と西部では、かなり人間性も違いますが
なにせ、泉州人とはぶつかる事も多いかと思われます。
長ーい目で。10年経っても
あぁっと喧嘩する事もありますが。
頑張って下さいね
また、ご実家で皆様と呑める時があればいいですね。
では、ストレスを溜めずに創作頑張って下さい
NoxiTan
どなたかと沈思していました。こちらこそご無沙汰しています。
まさかmakiさんに読まれていたとはお恥ずかしい!
静岡と繋がりを持たれているmakiさんのコメント、感じ入るものがあります。
ありがたいアドバイスやなあと思いました。
発言して下さり嬉しいです。ありがとうございます。
そういえば「こっこ」を姉宅で初めて食べました!
美味しいですねアレ…
maki
喜んで頂き有難うございます。
ご実家は、無用心でしたが。
うちは、磐田なんですよ
親戚も浜松等に多くいます。
中々、お伝え出来ずblogを拝見していました。
貴女の考え方は、私は結構好きですよ。
2011-11-29-Tuesday 「邪魔です!」
2011-11-26-Saturday shunt
2011-10-14-Friday 遡行<0>
2011-6-15-Wednesday 写真(個人情報)について思う
facebookの顔認識機能についてのニュース
→http://journal.mycom.co.jp/column/svalley/417/
写真の扱いに対しては、日頃よりもっと敏感になるべきと思います。
先日の結婚パーティでは、私のウン年前の写真が無断使用されそうだった為に激怒する(和解済み)という一件があった。そして映画『ソーシャル・ネットワーク』を昨夜観たので、このニュースに思うところがある。
ちなみに昨日、その結婚パーティについて我が手帖に書きました。写真は無断使用なのだが、写真の内容をある程度説明している事と、当日は誰でも撮影可能な状況かつほぼ全員がケータイもしくはデジカメ使用だった為、ブログ掲載は受容されたものとしてあえて無断掲載に及びました。
明らかに写真映りが悪いとか、外部流出を嫌がりそうな人のものかどうかとかも私なりに考慮して写真を扱っているつもりだが… 昨日書いたものに限らず、問題があれば構わず警告して欲しいです。
『ソーシャル・ネットワーク』では、人物描写においてフィクションが加えられていたとはいえ「こんなふうにしてプライバシーが軽んじられ始めたのかもな」と思え、恐ろしかった。一部のギークの発想がこうも伝播したのだから、人間の欲求にある程度根ざしてはいるのだが。
けれど、SNSやtwitterにより、平面的な人間関係に慣れ親しんでしまわぬよう自戒もさせられた。結婚パーティ前の一件においても「プライバシーの捉え方」が双方異なっていた為に起こったと考えている。どちらが悪いという事ではない。違いの理解に互いが努めるべきだった。
写真だけでなく、個人情報の扱いがこのところ雑だ。
自分のも、他者のも。私もそうなっていないか。
ちなみに私もfacebookは使っている。mixiはとっくに退会したので唯一使っているSNS。単純に、普段から密に連絡を取らない方々の動向やイベント情報を知ることができて良いなあと思いたまに閲覧している。けれど、自分のプロフィールや掲示板への書き込みはフレンド登録した人にしか見えないよう設定してある。上記ニュースで取り上げられている、写真へのタグ付け提案機能も「無効」に設定した。それでもなお自分から写真を載せるのには抵抗がある。どこでどんな形で流布するかわからないためだ。以前、facebookを使い始めた当初にPCメールアドレスをどこのだれかしらんが外国人にハックされて以来、警戒している。
2011-6-12-Sunday ありがとうございました
昨日は、夫・高杉悦生と10年来の友人である深澤孝史さん(美術家)が、我々夫婦の結婚パーティを企画&開催して下さり本当にありがたかった。
詳しくは後日書くと思います。
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6月14日 記:
先に書いておくと、我々は4月初頭に京都のS神社にて婚礼を終えております。そして式当日に私は静岡に移りました。式をしたかどうか、いつ引っ越して来たのか等よく質問して頂いたので念の為ここにも書いておきます。
去る6月12日。静岡県西部に位置する袋井市の「どまんなかセンター」なる昭和建築を再利用した文化施設にて上記した深澤さん主導のもと有志の皆様による手作りの結婚パーティを催して頂いた。板の間に、不揃いのちゃぶ台やテーブル、座布団などを堅苦しくなく整然と並べ、披露宴のような演出をして下さっていた。
女性がたが労を惜しまず作って下さった華麗なるお料理の数々に絶句。それぞれの料理や容れ物にストーリーがあり、ひとつひとつを伺う。「料理は愛」という常套句のあらわす所がこうも現前するとは。パーティに不慣れすぎて、俄に信じ難いものがあった。しかも自分が主賓というのだから、清らかに混乱した。私は本当に祝うのも祝われるのにも縁がなく、慣れていない。自分の誕生日を公表するのさえ嫌。よっぽどの事がないと言わない。婚姻届を書くまで夫にも知らせていなかった。
このような華麗なお料理であったにも関わらず、胸が一杯といおうか食事に集中するには感じるべきことが多すぎ、あまり口に出来ず。食事と歓談ののち、皆様の自己紹介を聞いた。おひとりづつ写真を撮る。お越し頂けただけで満悦なのにそれぞれのお気持ちが籠る贈り物まで。清らかな耐え難さが全身を襲う。
ちなみにこれは悦生さんが装着していた手製ブローチで我ながら気に入っている。恐竜好きな彼が恐竜でおめかしできるよう、荒々しいビーズ刺繍が白亜紀を想起させればよかろうと。下のブローチはもはや恐竜関係なく樹脂粘土で「悦生」と名を刻むというアイドルファンみたいなことをした。
その後は深澤さんによる、悦生さんへの愛がパンパンに詰まった10年の軌跡を辿ろうとする「えつおスライドショー」を観る。実際はもっと変なこと(良くない意味で)もしておったでしょうが、綺麗にまとめて下さっていました。パーティ直前、深澤さんと私の間にはただならぬ軋轢が生じ「パーティをやめる」という話にまで至ったが、私も自分の憤りをコントロールできていない部分や勘違いを恥じた。反省ののち混濁した思いは晴れ、和やかな場作りに専念して下さるさまや何より悦生さんへの愛に敬意を感じた。
ゆるいイラストではあるが、これがまたグッとくるんである。見入ってしまった。無断掲載ですみません。問題があれば削除します。
終盤は出し物があり、これがまた記憶に残らないはずがない、といった熱いものであった。京都からお越しの音楽家の片岡祐介さん、アクセサリー作家の江渕美帆さん、gデザイナーの森本さんが、「悦生と静代の『人生いろいろ』」という楽曲を作曲&演奏&プレゼントして下さる。
音楽家の野村誠さん考案の「しょうぎ作曲」なる方法にて作曲された曲であり、即興の余地・自由を残しつつ秩序は保たれており、絵つきの楽譜があるので誰でも再演可能、という巧妙な懐の深さが特徴。だと私は思っている。この曲については、うまく言い表す事ができない。ただ帰宅後改めて聴いたとき、我々の「いろいろ」を思い出し涙したことは記しておく。ちなみに、視覚的なものが好物な私としてはこの楽譜がまた見もの。
↑演奏後すぐCDに焼いて下さり、楽譜のコピーと共に頂戴したもの。畳んでリボンをかけて下さっているためややわかりにくいかも知れないが、これが楽譜である。
続いて、悦生さんを慕ってくれているという「たかはる君」(小学3年生)による「キッズソーラン」…ソーラン節…のソロアクトが惜しげも無く堂々と披露された。音楽などはかけず、ほぼ手拍子だけで見事に踊り切ってくれた。
その後、かどうか記憶があやふやだが、愛宕下羊羹を入刀してさも披露宴ぽくさせられたり(こういうのは苦手)と嬉しかった。我々のこういうシーンを見んとして下さるお気持ちが理解できないですけれども。
4時間があっという間であった。我々のような未熟者の結婚ごときに、このような立派な準備を仕込んで下さり、またご足労を厭わず駆けつけて下さった事はこの上ない僥倖です。本当にありがとうございました。
ここには書ききれないのは当然のこと、書いたとしても無礼すぎるので、改めてお手紙を書くつもりでおります。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。
2011-6-08-Wednesday 「わかんない」「うまく言えない」「忘れた」
核心のなき義務感に苛まれている人の欲望は中途半端だ。
「そもそもなにがしたいの?」
ー「わかんない」
ー「うまく言えない」
ー「忘れちゃった」
自分自身の、個人的な欲望を忘れてしまった人を見ると非常にイライラする。そういう人を非難した場合、大義名分や綺麗事を並べて、返事ともつかぬ返事をする。彼らにとって返事するための思考を練るエネルギーは軽んじられている。つまり他者を軽んじている。そして、他者を信用していない。
本当の欲望はなんなのだ?
綺麗事をやってれば来世で美しい人生が送れるとでも?
私はそういう人を憚り無く非難する。
無視は史上最高の虐待。
我々の前提はみな異なる、という前提を忘れたらおしまいだろ。
2011-3-22-Tuesday 臨して
静岡移住を決めている私にもその恐怖は痛い程わかる。冗談半分で「結婚で静岡に引っ越したって、こんなことあったからもう誰も遊びに来ないよ」と言ったら友人は「まあ、そうだね」と返答した。それはそれはショックだったが、相手の本質を垣間見た。
こういうふうにして、審美眼というのは磨かれてゆく。
危機に瀕した時にこそ人の本質は出る。こういう時に差別的言動を取る人とは、金輪際付き合わなくてよい。差別がいかに不毛で、「差別的言動を取る人の弱さを露呈している行為か」を、しっかり知ればよい。差別などしない、精神の強い人は沢山いる。「命を繋ぐ」とはどういうことか。ただ健康で長生きすればよいのか。
私はそう思わない。
大学時代、ゼミを担当して頂いた先生が『死生論』という講義を毎年やっておられたが。「独自の死生論を身に付けること」も、サヴァイバル方法のひとつだと私は思っている。
脆弱な死生観は、無闇に他者をいたぶり、弄び、傷つける。
人間にとっての命は、思考そのものなのではないか。
正しい考えを繋ぐことこそ「命を繋ぐ」ことなのではないか。
早逝したかつての芸術家たちを見よ。
時間と命は、決して比例しないのである。
人間においては。
私は私なりの死生観と覚悟に基づき、2週間後に静岡市へ移住する。おのれの思考を守り、様々な意味で「生き残る」ために、能動的に生きるために、私は西日本には留まらない。一時は不安に陥ったが、かつてと違い私はもう独りではないので大丈夫だ。現に、静岡県民は「あの規模の地震&津波に備えどうすべきか」を考え、行動し始めている。もっとも恐れられている「浜岡原発」も停止の動きがかなり強い。今まで静岡県民を「のんびりしたヤツらだぜ!」と思ってたけど、前向きだし勢いもある。今こそ、各人が独自の生き方を展開すべき時なのだろう。そして、晒されてゆく時だ。
単民族国家・日本は、ようやく「他者との違い」「多様さ」を認める体力をつけ始めているのではないか。被災者の方々(アメリカでは被災者を”サバイバー”と呼ぶ。考え方の違いが如実だ。)がこれから得ようとしているこの種の体力は、尋常なものではないと信じる。
2011-3-14-Monday INDIRECTLY DAMAGED
震撼しております。
TVのない独居部屋で黙々と荷造り作業中に、立ちくらみのように1分ほど揺れた。気持ち悪かった。たまたまiPhoneでTwitterを覗いていたら、東京在住のフォロワーが軒並み動揺tweetを送信していた。RTでニュースがどんどんTL上に流れて来る。15時半頃、大きな地震が起きたのだと知った。お台場から黒煙が立ち昇る画像を添付したtweetを見て、絶句。部屋の隣にある祖母宅でTVを点けた。東北から関東にかけて連動地震が起きて社会が機能停止している。芯から震えた。恐ろしくてすぐ婚約者(at静岡市)にメールしたが、返信が届いたのは彼が送信して数時間後。届く前に私からの電話で繋がったから良かったものの、彼からの電話は断線されて届いていなかった。彼も彼の実家(at富士市)もとりあえず何も起こらず済んだようでしばし安堵。しかし凄惨な状況をニュースが止めどなく運んだ。まさしく津波のように。加えて福島原発の非常事態。
それにしても。
12、13日は朝まで眠れなかった。
傍観していられない理由があったから。
来月早々、私は静岡市に引越す。
相手が静岡市で勤めているためである。
静岡は東海地震が起こる。地質調査の結果、過去8000年のあいだ100〜200年周期というマメさで起き続けているのは周知の事。東海地震は今回の連動地震なみの規模が予測されている為、止めどない報道映像は来る大震災をイメージさせた。御前崎市には「世界一危険な原発」として世界中に汚名を馳せ実際トラブル続きの「浜岡原子力発電所」が鎮座している。大地震がマメに起こる海沿いの土地、しかも軟岩、しかも震源地の真上!に建設されているのが"HAMAGEN"(勝手に呼称)である。
かなりの反対署名が提出され反対運動が止んでいないにも関わらず、運転停止しない。中部電力が聞き入れないのだ。中部電力のエゴとしか思えない。会社存続。目先の利潤追求。地元住民の不満はお金で解決してきたそうだから呆れる。住民ものんびりしたもんだ。結局、耐震設計めちゃ杜撰な5号基また動かしてるし!いい加減にせんか!!と憤って連夜眠れないのである。
ー福島県の方々にもこういう憤りを抱いた方が大勢いるだろう。
今回の非常事態を教訓に、新規建設は勿論、現行運転中のものも徐々に減らすべき。先月アメリカは30年振りに原発新設計画立てたが、今回の福島原発事件を受けて米国民の不安が高まるのは想像に難くない。スイスは原発を減らす方針。自分が出来ることは何か。実際に事態を変えるにはどうすべきか。引っ越し準備に追われるなか、引っ越し後に直面するであろう人災への脅威と自分がどう折り合いをつけるべきかを考えている。静岡を終の住処にするつもりは私も彼も元から無い。しかし静岡に居る間に勃発しては全て無意味。
つまり、私はなんとしてでも、生き残りたいわけです。
理不尽な死に方をしたくない。
他人に死をコントロールされたくないのです。
どんな人もきっとそうやと思う。
日本人はもっと諸手挙げて怒るべき。
経済が回らないのがそんなに気になるか?
健康を害したら何にもならんやないか。
↓↓↓↓
READ THESE TEXT about HAMAOKA Nuclear Power Plant SCARE
☆『東海地震が発生したときに浜岡原発は耐えられるのか』
http://blog.livedoor.jp/newsslash/archives/2734112.html
☆『なかなか報道されない浜岡原発の地震被害』
http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-753.html
☆『東海地震と浜岡原発』
http://www.otsukimi.net/walk/topics/hamaoka.html
☆『浜岡原発は本当に大丈夫なのか?』
元・浜岡原発従業員のかたが運営されているHP。現場経験者だからこそ語れる実態や放射能の恐ろしさ。丁寧かつ正直なテキストで書かれています。誇張ではなく現実と信じる。
http://hamaoka2009.ciao.jp/index.html
正しい情報を見極めるのが困難ではあるが、危険であることは間違いない。今回のような「非常時」は常に起こり得る。官民一体でやらな日本から人が減っていくんじゃなかろうか。日本人はかつてほど純朴じゃない。
2011-3-01-Tuesday 消灯
私はほぼ無職の身となった。毎日何もやることがなければいいのに、やることがあるので気が安まらない。生活を他人にコントロールされている感じがするし事実そうなのだ。家族とか家庭という生活形態は、いくらか「おもうところがある」人間にとっては精神的畸形が育つのにもってこいで恐ろしい。「違和感」を堂々とかつ声高に表明することの重要さは、睡眠や食事と同等で不可避のもの。
日本人はもう、本格的に個人主義になればいい。自分は何を守り何を批判すべきかを明確に理解している人が一体どれだけいるのか。私もすぐ忘れそうになるから危ない。
私の体は私のもの。親のものでも婚約者のものでもなくただ私だけが操作を許されていて然るべき。私は家族の為に生きているのではない。家族の存在意義を豊かにするための装置ではない。愛情という押し付けがましい「物質」。物質的行為。物質的言葉。ファストフードのような生き様を彩る。世間の風評に怯えて。
私を一切縛らず否定せずそのままを受容してくれる相手と若くして知り合えたのは僥倖というより他に無い。だから今後は、わざとらしい蛍光灯の明るさを猛然と拒否する。違和感があるから。
私が結婚するのは、個人になるため。

































































































































































































































































































器も暖め美味しい状態で提供する。
冷たい物もしかり。
サーヴィスは、それをお客様に迅速に提供する。
しかし、お客様というものは
いつ食べようが飲もうが勝手である。
それを見てグルメ(この表現はこのまないが)かどうかを判断できる。
料理は、アートであると私は思う。
職人が、造った作品を
五感とその臓物によって味わい
評価される。
本当に、皆に美味しい物を食べてほしい。
日本人は、他諸外国の方には無い
味覚をもっているのだから
いや、まさにです。