Hatena::ブログ(Diary)

チャリンコ研究所   Charinko Research Institute

2012-12-29 ネクストイエロージャージ獲得の軌跡3

5月

クリテリウム

イエロージャージを来ての第2戦は地元大阪の堺クリテリウムだ。私はかねてから日本で最も走りたいコースはTOJ堺だった。もっとも市街地を回っていた旧コースのほうだが。それでも今シーズン前半はイエローを着て地元大阪で勝つことが目標だったから気合が入った。ただ調子のせいなのか空回りだったのかスピードが辛いと感じていた。もちろんミュールゼロのアタックは強烈だったし、それをことごとく潰したまつけんさんはスーパーだった。最後の窪木のスピードは想像以上だったがそこへの追走を試みた遊はさすがだった。自分は勇気がなかった。スプリントの位置どりは気持ちで負けては話にならない。最終コーナー増田選手の番手は悪くないと自分を納得させたが、7番手前後は後ろ過ぎた。目の前の落車を避けての10位が精一杯。今年一番の応援の中イエローを着て勝てなかった。というより勝とうとできなかった自分が悔しかった。

大井埠頭ロード

実は私、育ちは大阪ですが生まれは東京です。しかも大田区つまり大井埠頭は第2の地元レース。親戚や友人が何人か来てくれた中をイエローを来て走ることができた。まぁ地元チームのなるしまフレンドとは紛らわしかったようだが。自転車であるのかどうか分からないが私はかってに舞洲がホーム、関東はアウェーだと思っている。そしてホームチームが主導権と先頭責任をを担うものだと考えている。だからこの日最も気合をいれて主導権を握りに来たなるしまをマークした。インプレでお馴染み山本選手のスプリントがかなりあることも知っていいた。アタックはあるが4車線のほとんど直線のコースでは逃げは決まらない。まして集団が緩まないうようなるしまが常時コントロールしていた。ビックチームとして我々も見習わなくてはならない走りだ。最終周の半分あたりからレンショーいのまたとの連携は完璧に機能していた。だがラスト500mの看板過ぎでいのきんたまんさんが弾き飛ばされた。私はギリギリ交わすことができたがリザルトは完走点だった。ここまでのシーズン、最大のライバルになるかもしれないと考えていた、ルパン所司選手が三度目の落車で脱落した。同時にこのレースはユーラシア山崎君が勝った。

3days熊野

正直このときは焦り始めていた。大阪東京の二連戦で最低でも100点は稼がないといけなかった。それがどちらも落車がらみで下位にしずみ50点。自らがこけなかったのが今年の運だと言い聞かせるしかなかった。不運はつずくものだ。勝てない私の数少ない買ったコース熊野1st赤木川に出ることができなかった。サラリーマン3年目で翌週の初の偉い人プレゼンを前に休むことができなかった。とはいえ土日引きずられなかったのはやはり運が良かったのかもしれない。しかしこの1stでなんとチームメイト遊にジャージを奪われた。調子に乗られるのがわかっていたから、熊野に向かうのが少し憂鬱だったのはここだけの秘密だ。

熊野2st

このレースは次世代の日本を担うワールドクラスのジュニア選手VS社会人レーサーの構図となった。熊野2stはなんやかんやアタック等はあるものの勝負は千枚田前の位置取りから始まる。私はレースを始めてから8年欠かさず参加してきた。シルベストの合宿でもよく走るし、何より09年の総合優勝者だ。コースや展開位置取りなどは知り尽くしていると言っていい。だから序盤は充電し道が細くなる直前に前にあがり5番手くらいで登りに入る。だが我がチームの山岳エース達は位置取りに失敗していたようだった。と思ったらたしか5人のトリコロールトレインがプロトンの脇を矢のように先頭まで駆け上がっていった。いのきんたまんさんの技で先頭まで上がり、そしてここからがいつもシルベストと違った。かまやんさんとライターアサノさんがそのまま登り口までハイペースで引ききった。いつもはエースだけが前に上がり蓋をするしかできなかったが今回は違った。私はその一部始終を代、岡、小橋、山崎をはさんでわずか後ろから見ていた。前に加わって発射台になりたい気持ちもあったが、いざ千枚田のアタックが失敗したとき集団スプリントを担うのは自分だ。結果先頭はエカーズ代ともうひとり、スペース岡、ベルマーレ、小橋に対峙するば、まつけんやべっち。私はというとプロトンの先頭で登りきった。おかげでシルベストは追走には加わらず、スプリントで山崎君に破れはしたが集団の234着を独占した。エスケープグループではエカーズ代が勝った。ワールドジュニアたちに屈したとは言え我がチームの強さも証明する形になった。この結果を受けジャージはチームメイト間で移ることとなった。

2012-12-28 ネクストイエロージャージ獲得の軌跡4

熊野3st

太地町のコースは自転車ロードレースの全ての要素が詰まっていると思っている。具体的には平坦、登り、下り、連続する直角カーブ、海からの横風、天候、まさに総合力が試される。そしてここでいい走りができればその後の多くのレースで活躍できる。レースはまさに総合力を有する選手たちの戦いになっていた。昨日の逃げ切ったメンバーに山崎君を加える形のアタック合戦だ。私は一昨年逃げ切りで後一歩で優勝というところまできたものだが、このハイレベルのレースではただただ温存することしかできなかった。もちろん決定的なエスケープが行けば追いかけるつもりだったが、ハイリスクの逃げにはチームメイトが先に入っていた。山崎くんのアタックの瞬間は見ていなかった。岡、小橋の反応が遅れたのはきっといい勢いのアタックだったのだろう。それに最終周はみなスプリントのことを考えていた。というよりプロトンに追走する力が残っていなかったのが正しいかもしれない。山崎くんは独走で総合力を証明したのだ。イエロージャージをめぐる争いの本命となった瞬間だった。

実はこの時NiPPOの監督としてきていた大門監督に懇願していた。「彼のポテンシャルはエリートツアーでは手に負えない。ベルギーに連れて行ってやってください。」と。言ってみるものですね。(関係ないか)

結局3週連続4レース栂池ヒルクライムは休むことにした。ただ熊野を終えてジャージは再度遊が着ていたし、山崎君が台頭してきて、御器谷さんがランクを上げてきた。かなり危機感を感じていた。例え完走点でも取りこぼせない、ヒルクライムもでなくてはならなくなっていた。

富士国際ヒルクライム

このコースを最後に走ったのは08年Jツアーでの唯一の完走だった。当時のタイム52分半くらいだったと思う。今回はその1分落ち。まぁそれまで少し休んだしこんなもんかとは思った。今だからかけるが、熊野にかけて驚異的な成長カーブを描いていたチームメイトの弱点に実は安堵していた。

実を言うとヒルクライムにおけるライバルに対しリベンジに失敗していた。ライバルとはひのさんである。昨年箱根でやぶれ再び敗れた。いくら脚質がちがうとはいえ、チンクワンタに負けるわけにいかない。

東日本実業団群馬CSC

前回の群馬では1日目7位、2日目3位と相性がいい。ここで取り戻さなくてはしばらく高得点を得るチャンスがない。いつも以上に慎重になりながらレース半分まではうまく進んだ。登りは温存しながら下りは惰性で先頭へ、テクニカル区間は集団5番手以内をキープしていた。だがたまたま6周目は流れの中で10番手で前半の連続カーブ区間に入ってしまった。とはいえ10番手だ十分リスク回避した位置である。だが最後のカーブの出口寸前で前の選手が自分のライン上で落車した。バイクと体で道を塞ぐような形になったためかわすことができない。ならば最小限のダメージに抑えるため、バイクを立てて、できる限りの減速を試み、落車した選手の背中へ突っ込んだ。ジャックナイフで立て直せる可能性に賭けたがダメだった。まっすぐあたったため体はきれいに宙を舞い、おそらく水泳の飛び込みのような形で着地したが、まさに奇跡的な受け身で体のダメージは顎とひざの小さな擦り傷だけだった。バイクもほぼ無傷だった。(のちにサドルが割れていることが分かったが)そこからレースのほぼ半分全力の追走を試みたが届かず、レース最後尾での完走に終わった。実はイエローを着ていた遊もちぎれていた。そしてゴールは私の目の前。逆に勝ったのはユーラシア山崎。チームで守ってきたジャージは遂に失うこととなった。

2011-05-26 3dayE1プレビュー

JBCF唯一のステージレース。そしてクラブシルベストにとってシーズン前半の最重要レースである。そんな3day熊野の見所を紹介していこう。

熊野コース編

熊野のコースは全てが生活道路であり、さらに長めの周回かラインレースであるため、本場ヨーロッパに見劣りしないコースが設定されている。世界遺産熊野古道周辺の山岳地帯や港町を駈ける様子は、同時に行われているジロデイタリアと遜色ないといえば言いすぎだろうか。

また熊野の三日間の中には自転車レースを全ての要素が含まれているといって言い。1stは平坦、2stは山岳、3stは海風にアップダウン。そしてめまぐるしく変わる天候。そんな真の実力者を選び出す熊野の各ステージを見ていこう。

1at赤木川清流ステージ

我々シルベストにとって非常に相性のいいステージである。なんとコースが採用されてからJBCF主催レースではすべて優勝を飾っている。

川沿いを往復するコースは基本的にスプリンター向きである。しかし狭く急な起伏を含みゴール前の二度の直角コーナーなど、スピードと共にテクニックを試されるコースとなっている。ポイントは集落を抜ける折り返し区間で、自転車3〜4台しか通れない道でアップダウンを繰り返す。昨年から採用されたスタートゴール地点手前の「激坂」も気をつけなければならない。ただこちらは最終周回はスルーする。ゴールスプリントになった場合、ゴール直前二度の直角コーナーでは、スピード、技術、タイミング、何一つ間違ってはならない。

折り返し地点のレイアウトはアタックするには最適である。しかし川沿いの平坦区間が長いため逃げ切りは難しい。

2and熊野山岳ステージ

本州で唯一といって言い実質のラインレースである。山岳ステージの名にふさわしく中間地点にはKOM千枚田の登りが鎮座し、その前後にもこまかなアップダウン絶え間なく続く。昨年からゴール地点が札立峠中腹から、熊野クラブへの300m一直線の登りに変更され、クライマーだけでなく多くの選手に可能性が開けたといえるだろう。

レースおいて鍵を握るのはやはり千枚田の登りである。山の斜面一面に広がる棚田は絶景であるが選手に眺める余裕はない。生粋のクライマーはここでKOMとともに大きな差をつけて、独走または少人数での逃げ切りを狙いたい。また千枚田の下りは非常にテクニカルで滑りやすい。周回ではないため、コースを知っているか否かが致命的となることも想像できる。千枚田で粉々にされた集団は、風伝トンネルからの下り基調で徐々に形を取り戻す。登りをこなせるスプリンターは何とか食らい付き、追走を組織できれば勝機が見えてくる。ゴール直前のレイアウトが変わったため、最後は登りでのスプリント力も必要となる。

3ed 大地半島

鯨で有名な大地町の港と街中を駆け巡る、ロードレーサーの総合力が試されるコースである。スタートしてしばらくでKOMにいたる登りが始まる。岸壁に沿う1キロ弱5〜7%程度の登りの先がKOMなのだが、そこから下るわけではなくさらに3%の登り基調がしばらく続く。よって登坂力は必須となる。高台の街中を抜けるとダウンヒルテクニックの試される急勾配の下りが現れ、出口の小学校前では必ずオーバーランする選手がいる。そこから港町でブラインド直角コーナーの連続はクリテリウムのよう。この区間は路面も悪く、ストップ&ゴーの連続となり技術はもとよりインターバルの力が要求される。一昨年から新設されたトンネルを抜けるとスタートゴール地点まで平坦路となる。しかしここは海岸線を走ることになるため、海風と戦わなくてはならない。

すなわちこの大地半島ステージで勝つことはロードレースの全ての要素において秀でていることを証明できるのである。

JBCFとしては1dayレースが三つ連なった形式をとっている。そのため総合成績にはポイントは付かない。しかし国内で数少ないステージレースであり、これだけ厳しいコースを戦い抜いた末の総合優勝は誰もがほしいタイトルである。

2011-05-25 3day熊野E1編

全日本シクロクロス10連覇 辻浦圭一

迎え撃つ通算3度の総合優勝6度のステージ優勝、熊野で最強を誇るクラブシルベスト

05年藤岡徹也(現ユーラシアフォンドリエスト)、07年松木健次、09年井上人志、三度の総合優勝を誇るクラブシルベストはプロトンで最強のチームである。今年も二度のステージ優勝経験者山崎敏正に、昨年の1st逃げ切り勝利を挙げた鎌谷哲也。国際レースであるUCI2.2ツールド熊野ツールドフランス級のスピードと対峙してきた景山昭宏が参戦。また2stからはかつて日本の頂点を極めた苗村徹が加勢する。もちろん09年覇者井上は健在だ。

 そんなシルベストの支配を崩しにかかるのは、シクロクロス界で敵なし全日本チャンプ辻浦圭一。シクロクロスで有名な辻浦の夏はMTB選手であり、こちらも全日本をとった経験がある。たまにロードレースに参加すればロードのプロ選手を食ってしまうほどの走りを披露する。昨週の2day木祖村でも総合上位の成績を残し、コンディションは悪くないだろう。

 チームスキップの阿部健也にとって熊野のコースは最も合っているのではないだろうか。昨年終盤戦。いわき優勝、修善寺2位の成績はクリテリウムと山岳、相反するコースでも結果を残せる真の実力者といって言い。熊野ではどのステージも狙っていける脚質の持ち主である。

 1stでシルベストが唯一勝てなかった年の勝者は、白浜クリテリウム優勝が記憶に新しいトラクターRC大永剛である。終盤の位置取りが混沌とし、ゴール前がテクニカルな熊野のようなコースで力を発揮する。

 そして忘れてはならないのが主催者のチームであるキナンCCDの湊正明だ。一昨年3stで逃げ、翌年トップチーム入りする若杉と榊原をスプリントで破り優勝。昨年も2年連続となる逃げ切りを決めたが惜しくも3位。2stのKOMの常連でありその登坂力と独走力、そして確実にゴールまで行く逃げを決める臭覚は脅威である。

 シルベストに次ぐチーム力を持つBEREZZAカミハギRCのエースは村田進だろう。JBCFレースでは目だった成績は残していないがスプリント、登り、逃げと全ていける選手だ。またこのチームはユーラシアの外勢や榊原を輩出しており、新たな若手がここで開花することは十分にあるだろう。

 クラブシルベストの一極支配は成立するのか?ライバルたちはそれを力で切り崩すことができるのか? 熊野の大自然とステージレースならであの駆け引きが、熱い戦いを演出する。


全日本シクロクロス10連覇 辻浦圭一

迎え撃つ通算3度の総合優勝6度のステージ優勝、熊野で最強を誇るクラブシルベスト

05年藤岡徹也(現ユーラシアフォンドリエスト)、07年松木健次、09年井上人志、三度の総合優勝を誇るクラブシルベストはプロトンで最強のチームである。今年も二度のステージ優勝経験者山崎敏正に、昨年の1st逃げ切り勝利を挙げた鎌谷哲也。国際レースであるUCI2.2ツールド熊野ツールドフランス級のスピードと対峙してきた景山昭宏が参戦。また2stからはかつて日本の頂点を極めた苗村徹が加勢する。もちろん09年覇者井上は健在だ。

 そんなシルベストの支配を崩しにかかるのは、シクロクロス界で敵なし全日本チャンプ辻浦圭一。シクロクロスで有名な辻浦の夏はMTB選手であり、こちらも全日本をとった経験がある。たまにロードレースに参加すればロードのプロ選手を食ってしまうほどの走りを披露する。昨週の2day木祖村でも総合上位の成績を残し、コンディションは悪くないだろう。

 チームスキップの阿部健也にとって熊野のコースは最も合っているのではないだろうか。昨年終盤戦。いわき優勝、修善寺2位の成績はクリテリウムと山岳、相反するコースでも結果を残せる真の実力者といって言い。熊野ではどのステージも狙っていける脚質の持ち主である。

 1stでシルベストが唯一勝てなかった年の勝者は、白浜クリテリウム優勝が記憶に新しいトラクターRC大永剛である。終盤の位置取りが混沌とし、ゴール前がテクニカルな熊野のようなコースで力を発揮する。

 そして忘れてはならないのが主催者のチームであるキナンCCDの湊正明だ。一昨年3stで逃げ、翌年トップチーム入りする若杉と榊原をスプリントで破り優勝。昨年も2年連続となる逃げ切りを決めたが惜しくも3位。2stのKOMの常連でありその登坂力と独走力、そして確実にゴールまで行く逃げを決める臭覚は脅威である。

 シルベストに次ぐチーム力を持つBEREZZAカミハギRCのエースは村田進だろう。JBCFレースでは目だった成績は残していないがスプリント、登り、逃げと全ていける選手だ。またこのチームはユーラシアの外勢や榊原を輩出しており、新たな若手がここで開花することは十分にあるだろう。

 クラブシルベストの一極支配は成立するのか?ライバルたちはそれを力で切り崩すことができるのか? 熊野の大自然とステージレースならであの駆け引きが、熱い戦いを演出する。

2008-07-21 「やっと勝ったぜ〜〜〜!!!」

まず結果から けいはんな U23 で勝ちました。(C1との混合順位は4位)

一周2.3キロの長方形コースで高低差26mきゅっと登ってだらっと下る感じのコースです。全体に平坦基調で適度な登り。そしてゴールは下った後なので65キロ前後のスピードでのゴールスプリントになる可能性が高い。これを12周回28.3キロのレースでした。

U23はけして強力な選手がいたわけではないですが同志社の二人と阪大つのたに君個抜5分2秒の関大などが直接の相手。ただC1との混走なうえアンダーの強力な選手、熊野アンダー1位いせ選手やベルギー行ってたおおつか選手などとも勝負がしたかったのでカテゴリー関係なくレースするつもりでした。

やはり中心になるのは三船選手中心のマトリックス。ただ最も注意すべきは松村選手かなと踏んでました。それとmasahikomifune勢も強力。マルコポーロも何人かいました、XCのディランさんとか。

早速レース展開は基本のぼりでマトリックスかmifuneかがアタックし、でも一周持つか持たないか。全部様子見ですからね。そんななか3周目の登り緑の佐野選手といせ?マルコポーロが動いたのでこれはとりあえず決まりそうということで一緒にアタック。最も長く3周回逃げたかな?とはいえやはりみなペースをコントロールしながら。ここまで三船さんが様子見でも動かないので終盤勝負かな?集団内のアンダーの選手はあまり余裕がなさそうなので逃げは試みないだろう。集団前方にはシャドマンさんがいるので自分はスプリントに絞ろうと決定。後の周回はとにかく省エネ走行。登りは踏まずペースを落としながらこなしてたのでしんどそうに見えたかも。ラスト2周予想どうり緑の松村選手アタック。やはりもっとも強力でしたね。スプリントに自信のない人はこれに乗るのが一番有効だったかもしれません。ただ単独だったので脅威とはならず、まず最後の登りへ。周りのペースにあわせて、でも少し抑え目でのぼりをこなし〜

さぁこっから!まずはすぐ前方のシャドマンさん軍手マンさんをみながら流れを感じる。自分たちのいる右側に上昇気流を作るのに前にスペースが開いた瞬間にシャドマンさんに飛び込んでもらってその加速のままスペースが開いたのでさらに前へ、すぐ左に動かないラインを見ながら先頭で力尽き下がってくる選手のスリップストリームを使いつつ左右どちらで抜くか。左ラインと選手の間ハンドル分の隙間が開いたので飛び込み、その加速からスプリント開始!ほぼ同時に左から三船さんとディランさんも発射!全開でスプリントし二人と同じスピードまでもって行くもそこから加速できない。最後アンダーの勝ちを確信し片手を上げてハンドルを投げなかったので軍手マンさんにぴゅっと刺されましたがエントリーしていたU23では優勝できました。またC1エントリーの23歳以下の選手も全員下せたのでちゃんと23歳以下では1番ですよ。

表彰台でもいってましたがロードレースでは初優勝です。いつも右か左かその下か。やっぱてっぺんのは最高でした。(混合の成績ではまたも4位にのろわれましたが・・・)

これを期に入賞男から勝てる選手になりたい。

ONIX所長ONIX所長 2008/07/21 19:38 右のリンクの「日本のロードレース」というところでレースの写真と展開が載ってます

eCeeCe 2008/07/22 08:52 おめでとう!ど真ん中!
膝の調子が良くないって言ってたので、、、
びっくりです!

2008-05-14 「UCI アジアツアー ツールド熊野 {第二ステージ、ミラクル〜…♪

第二ステージ 雨 とにかく何が大事ってウォーミングアップですよ。朝からローラーこぎこぎアップアップ。それでも寒い。なんか寒気が来てるらしいし台風も来てるらしい。つまり冷たい雨風なわけですわ。脚はもちろん腕から腰おなか周りまでスポーツバルムのレッド1。これは効きましたね。

目標は札立ての関門を通過すること。札立を越えると奇跡の可能性が0出なくなるから。

とはいえ最初のパレードはほんとに震えてました。そんな冷え切った状態からスタートの坂はこたえましたね。即行切れるところだった。こりゃ千枚田まで耐えられるのか?と感じつつところどころの小さなのぼりやペースアップを必死にこなしつつ、(この間落車した新城選手を集団に連れ戻す福島兄弟のプロ走りなんかも見ながら)千枚田のふもとへ。

ここでボトルを捨てる愛三の選手。そういやこの寒い中二本もボトルいらね〜と思い自分も600グラム軽量化してのぼりへ。ここでミラクルが起こりました。付いていけちゃったんです集団に。実際はちょっと遅れてたんですが下りで十分詰められる差にとどめられた。

このとき恐らく集団心理として札立までまた平坦が長いこと、雨で下りは危険なこと、危険でない逃げができていたことなどがあってペースが上がらなかったんだと思います。

それでも必死にチームのクライマーに食らい付いて登った合宿思い出し、自分は登れると心の中で言い聞かせ最初の千枚田を登りきった。

そしてくだりに入ると案の定すぐに追いついた。しかしここで恐ろしいものが…下りで中切れがおこっとる〜。それもそのはずで初めて走った初出場や海外の選手にしてみれば雨のあの下りは恐ろしかったでしょう。そして自分もラインがないので抜いていけない。仕方なく後ろで下って、さぁ風伝トンネルの中はラバネロやマトリックスなどと追走して集団復帰。

しかしなんか人数少ね〜。さらに前でも下り中切れがあったらしい。しかもそこにチームの登りのスペシャリストやキャプテンら一人を残して取り残されている!これはなんとしても詰めなくては!前夜冗談で言っていると思われていたアシストの場面が本当にやってきた。愛三などが消極的な中できるだけローテーションに加わり金山交差点前で前の集団が見えるところまで詰めた。

そこから勾配のきつい札立てのはじめはぐんぐん取り残されていく。しかし後半勾配が緩くなってから登れるようになってきて香港や韓国をパスしながら前の小集団が見える位置で登る。頂上で先頭から5分10秒。いける!前の小集団にはもちろん下りですぐに追いついたのだがその後ろにドクターカーとCOMカーがいて前に出られない上に、下りがめちゃくちゃ遅い。どうも初札立の選手ばかりが集まってたみたい。後ろから来たみっふ〜ねさんは無理やり車を抜いてったが自分には無理。いったん広くなったところで車を抜きすぐ小集団を抜き去って単独札立を下りきり6分40秒差。

2回目の裏千枚田の途中で後ろの集団に追いつかれ3回目の千枚田に向かう平坦で遅れた選手を吸収しつつも、このときはさすがに脚に限界が来つつあった。最後の登りに入ってしかもおなかが減ってきたこともあってへろヘロになりながら登っているとはるか上空から「所長がんばれ〜〜〜」の声が。千枚田頂上付近から応援の声にこたえようと力を振り絞って登り、最後の平坦走ってゴールにたどり着くためのジェルをもらって食べた瞬間。     

タイムアウトを告げられました。

昨年千枚田でちぎれ札立ての頂上でタイムアウトになったことや、目標からすれば三回目の千枚田まで到達できたことは本当にミラクルでした。嫌いなのぼりでこれだけいけたのは驚きと同時に自信になりました。しかしこの走りが翌日結果に大きく影響するのでした。

第二ステージ DNF 総合75位

2008-05-13 「UCIアジアツアー ツールド熊野 {第一ステージ、生き地獄}」

さて第一ステージ梅丹GDRの隣近所でマッサージを受けながら(なんかプロっぽいとか思いつつ)これから始まる生き地獄に心ときめかせ、パレードスタートを待ちました。パレードもなんか緊張感ありましたね(トイレ休憩以外は)。昨年はコースのゴールライン側を一度通ってから止まってスタートだったんですが今回はローリングスタートでしたね。

レーススタートが切られるとスピードは一気に60キロ近くまで。一週目平地区間は常に55キロ前後(以上?)。昨年のBR1のときより5キロ近く速い。このときはすぐに千切れるんじゃないかとひやひやしながらとにかく早く逃げが決まってくれと思っていたところ、16名の逃げができてるじゃありませんか。そしてそれを追う集団の先頭は緑。スピードは速いが安定し余裕は出てきた。「このままコントロールするか力尽きるかしてくれ緑のちーむ〜」とかいいながら2周目の復路で吸収。

しかし一周目のえげつないアタック合戦に少し疲れたのか若干ましになった集団でうまく流れに乗って集団中ほどへ。時と場合によるんですがちょうどアタック合戦に参加しない有力選手が休むためのペースの緩急が少ないところが中ほどにできたりするんです。その中で2週半くらいしたかな。このころになるともう脚がぴくぴくしだしてましたね。

残り一周半なら千切れても完走できる。そのために5周目の折り返しをクリアするため非常に迷惑な手段を使うことに。中切れすることを前提でできるだけ前に上がり苦しい区間を集団の最後尾で通過。(巻き添えにしたチームメイトや他の選手へ本当にすいませんでした。)しかしこのとき完全に力尽きてしまっていました。

6周目に入る直前の左カーブ若干前を開けてしまい詰めるのにゴールスプリントばりのダッシュ。その直後本線に入る右カーブ直後付き切れ…。ここでレースは終わりました。集団はそれでも50キロ近いスピードで走っているのに対し、ちぎれた自分は30キロ出すのが精一杯。それでも何とか関門通過を目指して全力で踏むも最後の一周をに入ることなくおろされました。このとき自分が最終未完走者でした。「あそこでガマンしていれば」と思ったところでできたらその時やってるんですよね。

もう燃え尽き灰のようになった宿への車に電話が!「救済措置により翌日出走できます」一気にテンションが上がるのでした。

第一ステージ DNF 総合87位