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2016-08-25 混住社会論150 三冊の日本住宅公団史

[] 混住社会論150 三冊の日本住宅公団史

2009年に『週刊ダイヤモンド』(9/5号))が「ニッポンの団地」特集を組んでいた。これが現在まで続く団地をめぐる様々な特集や言説、出版などの先駈けになったように思われる。

週刊 ダイヤモンド 2009年 9/5号

1955年に日本住宅公団が設立され、翌年に大阪の金岡団地や千葉の稲毛団地の竣工が始まり、58年には団地族という言葉も生まれた。ダイニングキッチンと六畳、四畳半の二間からなる2DKに、バスと水洗トイレを備えた公団住宅は当時のあこがれの的であり、団地は核家族という特有の生活を生み出し、日本の戦後社会とともに歩んできたのである。

そうした意味をこめて、この特集のリードには「日本人の心の故郷」と謳われているが、すでに団地は半世紀の時を刻み、そこで暮らした人々にとって、ノスタルジーを伴った「故郷」のようなトポスと化しているのだろう。

しかし同時にその「故郷」は都市における「限界集落」的様相を帯びつつある。住民の急速な高齢化と建物の著しい老朽化というふたつの影に覆われ、その行方が問題となっている。この「ニッポンの団地」特集は、東西の二大団地エリアである多摩ニュータウンと千里ニュータウンの現在をレポートし、高齢化と老朽化の問題、それらによるコミュニティの崩壊、建て替えの難航と訴訟などに具体的に言及している。これらを通じて浮かび上がってくるのは、岐路に立つ日本の住宅政策、これからの住宅問題、団地が輝いていた時代の終焉、高度成長と団地との関係などで、団地もまた様々な産業と同様に、誕生と成長から衰退へと向かい、死か再生かの危うい段階に入っていることがはっきりとわかる。そのような団地の歴史と現在が豊富な写真、図版、チャートで示され、コンパクトで要領のよい特集に仕上がっている。

そして「限界集落」化し、死か再生かの岐路に立っている現在の団地の姿は、ちょうど同じような状況の中にある出版業界の姿と重なってくる。またあらためて民間、分譲も含めて500万戸を超える団地の住民こそが、洗濯機、白黒テレビ、電気冷蔵庫の「三種の神器」、カー、カラーテレビ、クーラーの「3C」の普及の主役だったように、戦後の出版物を支える存在だったと認識できるのである。つまり彼らが戦後社会の消費の主役だったことになる。そのように考えてみると、両者がともに「限界集落」化してくるのは偶然ではない。

出版業界の問題に関しては『出版状況クロニクル4』を刊行したばかりなので、ここではこれ以上言及しない。だが団地についての重要な資料としてはまず出版物を挙げるしかない。それらは非売品扱いで刊行され、三冊に及ぶ日本住宅公団史で、団地に関する第一級基礎資料であるだけでなく、日本の戦後社会についての重要な文献となっているからである。それらのタイトルと発行年を記す。

出版状況クロニクル4

1『日本住宅公団10年史』1965年
2『日本住宅公団20年史』1975年
3『日本住宅公団史』 1981年

いずれも大判の大冊で、500ページ弱から600ページ余に及んでいる。この三冊の中に、1955年から80年にかけての団地の歴史、開発と建設、住民と生活などが刻印され、戦後住宅史のひとつのストリームが鮮明に描き出されている。それを1の『日本住宅公団10年史』から見てみる。1は2と3のA4判よりもやや大きい判型で、これだけの大冊は戦後住宅史においても嚆矢だったのではないだろうか。

日本住宅公団総裁の狭間茂はその「序文」で、公団が社会の脚光を浴びつつ住宅政策を推進して10年が経過したと述べ、次のように書いている。

 10年の期間は、永劫にわたる国家生命からすれば、ほんのその一部に過ぎません。しかしその間、わが国の経済は極めて高度の成長を遂げ、社会経済事情の変貌、産業構造の転換などにともなって「もっと家を、よりよい家を、より多くの宅地を」といった国民待望の声もますます切実となり、政府の住宅政策は、年とともに拡充され強く推進されつつあるのであります。

この10年間に日本住宅公団は1万ヘクタールの土地を開発し、30万戸の住宅を建設していた。

この序文と公団の成長に呼応するように、谷川俊太郎が四編の詩を寄せ、その最初の詩は「新しい故郷」と題されている。これは谷川の全詩集にも含まれていないかもしれないので、引用しておこう。

  荒野を流れていた小川が
  いつか林の中を流れ
  今日は子ども等の学校へ通う
  橋の下を流れている
  人々がここでも寄りそって
  つくってゆく新しい故郷
  コンクリートの谺

ここに団地という戦後の新しい「コンクリート」の「故郷」が造型されたのである。そして『日本住宅公団10年史』の特色は、巻頭から120ページに及ぶ各地の様々な団地の写真であろう。もちろん他の二冊も口絵写真ページはあるが、20ページに充たない。おそらく生まれつつあった「新しい故郷」を記念する意味で、また可能性としての団地の初源の姿をとどめようとして、このように多くの写真が収録されたと考えられる。実際に住民の高齢化も建物の老朽化の影もなく、開発されたむき出しの土地に団地が立ち並び、また樹木も植えられたばかりのようで、育っていない。これが半世紀前の団地の姿だったのだ。長い写真ページから始まって、日本の住宅と都市をめぐる公団との関係、及びその開発、建設、管理、財務にわたる10年の歴史が詳細に述べられ、2DKなどの設計平面図も百数十例収録され、「新しい故郷」にふさわしい新しい住生活の誕生をリアルに伝えている。

それゆえにこの一冊は、公団のハードの部分と編集のソフトが絶妙のバランスで成立し、まだ瑞々しかった戦後の息吹きを感じさせる生活史のように読むこともできる。

これは日本住宅公団10年史刊行委員会による企画となっているが、谷川俊太郎の詩や団地の写真、斬新なレイアウトから推測できるように、当時の専門の編集スタッフに外注されたものであろう。スタッフとして本城和彦、プロデューサーとして藤田健三、チーフデザイナーとして粟津潔、写真家として二川幸夫、大塚守夫の名前が挙げられている。粟津潔以外の人の名前を知らないが、本城や藤田はどのような人物なのだろうか。だがこれだけはいえるだろう。団地が若かったように、詩人も編集者たちもまだ若く、戦後も成人の年を迎えたばかりだったのだ。

先述したように、2の『日本住宅公団20年史』の口絵写真は1と異なり、ページ数も大幅に縮小され、しかも1にあった団地の誕生のアウラは消滅している。そこに見えているのは創成期の団地ではなく、もはやひとつの住居ゾーンとしての確立された団地の姿であろうし、それは異邦の基地のようだ。高島団地、洋光台団地、男山団地、高蔵寺ニュータウン、多摩ニュータウンなどのハイアングルな俯瞰写真は、それらが高度成長期を通じて開発造成された、まさに郊外のニュータウンであることを告知している。

しかしこれは『〈郊外〉の誕生と死』でも指摘しておいたことだが、高度成長という戦後日本社会の経済成長のために、都市へと否応なく召喚された人々に対して、国家が経済成長のためのサラリーマンの基地として用意した団地が、1970年代になって住居空間としての機能の限界を露出し始めていた。それは1975年刊行の『日本住宅公団20年史』に示された「およそ四・五年」という平均居住年数、及び日本住宅公団の賃貸住宅計画戸数が71年の6万2千戸をピークとして減少し始め、75年に至っては2万5千戸と半分以下になってしまったことに表出している。

〈郊外〉の誕生と死

その一方で、高度成長期は終焉し、70年代初頭のオイルショック以後、日本社会は急速に消費社会化していった。その過程で、家族と生活様式も変容していくのだが、そうした計画戸数の半減は日本住宅公団が、戦後家族の変容していくイメージを捉えることができなかったことをも意味している。それと同時に60年代後半に至り、来たるべき消費社会のコアを形成する情報産業やレジャー産業と並んで、本連載109114 で既述しておいたように、住宅産業が登場してくる。そしてこれも本連載で繰り返し記してきたように、70年代前半にはロードサイドビジネスが広範に開花する。

これらの事実は日本住宅公団の独占ともいえる住居の大量供給システム地と地域開発が、民間企業でも可能な段階に到達したこと、つまり住宅生産の工業化による民間供給システムの完成、及びニュータウン開発の実現を意味していた。またそれは住宅を巡るイメージとして、大工によって家を建てるのではなく、家を買うという時代、そうしたマイホーム時代に入りつつあったことにもなる。

そしてその中心となる団地居住者たちは都市の内側にマイホームを求めることは不可能であるから、団地のさらに外側の郊外へと向かう。かつて都市をめざしたように、今度は郊外へと。東京オリンピックに端を発する道路網の整備、首都高速道路・地下鉄・私鉄の親切や延長、自動車の普及、民間住宅産業の大量生産によるマイホームの出現、それらの時代状況のすべてが郊外に住むことを示唆していたし、かくして郊外は限りなく膨張していったのである。郊外に人口が移動し、マイホームが連なっていくという過程は、田や畑、森や丘陵地などが宅地になっていく風景として現出する。それこそが都市近郊の農村を混住社会化させるものだった。『日本住宅公団20年史』はその背景に、こうした郊外の膨張と都市近郊の農村の混住社会化を織りこんで成立しているといえよう。

団地の物語として、1が誕生、2が成長から衰退を語っているとすれば、3の1981年刊行の『日本住宅公団史』 は何に相当するのか。それは終焉に他ならない。その事実を五代目日本住宅公団総裁の澤田俤の「序」によって語らせよう。まず日本住宅公団が81年9月に閉じられ、新たに注宅・都市整備公団として再出発することが語られ、次のように続いている。

 顧れば、戦災の傷あとなお深く、国民が住宅の絶対的不足にあえいでいた昭和30年に公団が発足してから、実に四半世紀の年輪が刻まれるに至りました。団地を故郷とする子供たちも、既に立派な社会人として活躍していることになります。この間、実に100万戸余の住宅を供給し、宅地の開発は施行中を含め、2万6千ヘクタールに及び、住宅団地は1,000を超えるという一体事業体としては世界に類例のない大事業をなしとげました。

 往時の公団に課せられた使命は、限られた期間内に、大量の供給を行うことが中心でありましたが、一方公団は、住宅建設及び都市開発のパイオニアとして、創意と工夫をもって新しい住様式と新市街地を次々と開発し、現代の住宅と都市の在るべき姿を具現してきたのであります。

 しかしながら昭和40年代後半に至り、激しい変化に伴い、当公団の事業にも、種々の困難な事態が発生したのであります(後略)。

だがこの『日本住宅公団史』の中において、具体的に「種々の困難な事態」が語られているわけではない。このような公的資料にはよくあることなので、それに該当する部分を探すと、「住宅・都市整備公団設立の背景」の章に、次のような一文を見出すに至る。

 一方、経済の高度成長期を経た我国の国民所得水準の向上は著しく、これに伴う生活水準の向上は、人々の欲求の面においても、単なる私的消費の充足の域から私的生活の質の充実を実現する方向を強く指向している。中でも、住宅及び都市環境の改善に対する要請は特に強く、量から質へ、そして質自体も、高度化、多様化しつつある。

つまりこれは先述したように、日本住宅公団の団地の大量供給システムが、時代と住民ニーズに合わなくなった事実を告白していることにもなろう。それは地域開発を担う宅地開発公団の機能も同様であり、住宅の供給と都市整備を総合的一体的に実施するために、両者が統合され、住宅・都市整備公団が発足するのである。だがそれはリストラ合併でしかなく、90年代のバブル経済崩壊で公団分譲マンションの含み損を抱え、その処理のために都市基盤整備公団へと衣替えする。そして2004年には特殊法人改革によって、公団の独立行政法人化の方針から、UR都市再生機構)が発足し、06年には住宅の大量供給を支えてきた住宅建設計画法に代わり、ストック重視の住宅政策の転換を主とする住生活基本法が制定されるに至っている。

しかし日本住宅公団によって戦後の範として示された団地やニュータウンという住居の大量生産、供給システムはそのまま民間の住宅産業に引き継がれ、とりわけ賃貸用の民間アパートとマンションは、これからバブルの清算の時期を迎えようとしている。日本住宅公団そのものは1981年に消滅したが、そこで培養されたシステムは延命し、21世紀のひとつの問題というべき火種を残したことになる。


◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」149  カネコアツシ『SOIL[ソイル]』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「混住社会論」148  奥田英朗『無理』(文藝春秋、二〇〇九年)
「混住社会論」147  伊井直行『ポケットの中のレワニワ』(講談社、二〇〇九年)
「混住社会論」146  吉田修一『悪人』(朝日新聞社、二〇〇七年)
「混住社会論」145  窪 美登『ふがいない僕は空を見た』(新潮社、二〇一〇年)
「混住社会論」144  畑野智美『国道沿いのファミレス』(集英社、二〇一一年)
「混住社会論」143  森絵都『永遠の出口』(集英社、二〇〇三年)
「混住社会論」142  本間義人『国土計画を考える』(中央公論社、一九九九年)と酉水孜郎『国土計画の経過と課題』(大明堂、一九七五年)
「混住社会論」141  『田中角栄『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、一九七二年)
「混住社会論」140  『佐久間ダム建設記録』(ジェネオン、二〇〇七年)
「混住社会論」139  デイヴィッド・グターソン『殺人容疑』(講談社文庫、一九九六年)
「混住社会論」138  ニーナ・ルヴォワル『ある日系人の肖像』(扶桑社ミステリー、二〇〇五年)
「混住社会論」137  アップダイク『カップルズ』(新潮社、一九七〇年)
「混住社会論」136  トルーマン・カポーティ『冷血』(新潮社、一九六七年)と高村薫『冷血』(毎日新聞社、二〇一二年)
「混住社会論」135  山上たつひこ、いがらしみきお『羊の木』(講談社、二〇一一年)
「混住社会論」134  古谷実『ヒミズ』(講談社、二〇〇一年)
「混住社会論」133  小田扉『団地ともお』(小学館、二〇〇四年)
「混住社会論」132  篠原雅武『生きられたニュータウン』(青土社、二〇一五年)と拙著『民家を改修する』(論創社、二〇〇七年)
「混住社会論」131  江藤淳、吉本隆明「現代文学の倫理」(『海』、一九八二年四月号)
「混住社会論」130  Karen Tei Yamashita , Circle K Cycles(Coffee House Press、二〇〇一年)
「混住社会論」129  高橋幸春『日系ブラジル移民史』(三一書房、一九九三年)と麻野涼『天皇の船』(文藝春秋、二〇〇〇年)
「混住社会論」128  邱 永漢『密入国者の手記』(現代社、一九五六年)
「混住社会論」127  宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)
「混住社会論」126  江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)
「混住社会論」124  スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」123  『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」122  カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)
「混住社会論」121  谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1 

2016-08-23 古本夜話578 生活社、『東亜問題』、「東亜研究叢書」

[] 古本夜話578 生活社、『東亜問題』、「東亜研究叢書」

前回『概観回教圏』における竹内好の「日本」を紹介し、そこで学術研究を目的とするものに回教圏研究所、東亜経済調査局、東亜研究所があるとの指摘を記しておいた。

f:id:OdaMitsuo:20160807115120j:image:h113(『概観回教圏』)

満鉄調査部の東亜経済調査局に関しては、本連載564の「大川周明、井筒俊彦、東亜経済調査局」、同570「嶋野三郎と『露和辞典』」でふれているが、もう一度取り上げてみたい。それは生活社との関係が気になるからだ。

生活社のことも本連載131「生活社、鐵村大二、小島輝正」で書いているけれど、発行者の鐵村にしても、生活社にしても、その明確なプロフィルと全体像がつかめないし、それは出版物についても同様である。しかし私見によれば、『暮しの手帖』の花森安治の秘められた謎とミッシングリンクは、他ならぬこの生活社との関係に潜んでいるはずで、現在それも別のところで確認しつつある。

それとは別に生活社は東亜経済調査局ともつながっていると推測され、月刊誌として『東亜問題』を発行していたのも、同局との関係からであろう。この雑誌は「真に科学的な東亜研究の確立と、広く東亜の諸問題に関する具体的知識の普及を目的とし、以て東亜に於ける新秩序建設の大使命に対する国民大衆の熱意と協力を喚起せん」として、昭和四年四月に創刊されている。ここに一枚の投げ込みチラシがあり、その表裏に『東亜問題』総目次が掲載されているが、第一号には尾崎秀実の「東亜新秩序論の現在及び将来」を見ることができる。これは当時尾崎が朝日新聞社から満鉄東京支社=東亜経済調査局に移っていたことによると思われる。

また生活社は満鉄調査部より、東亜に関する基礎的文献の翻訳書の発行を委嘱されていて、それを「東亜研究叢書」として発行していた。その一冊を入手したところ、そこに先のチラシがはさまれていたのである。その「東亜研究叢書」を刊行予定も含め、リストアップしてみる。

1 グラネ『支那文明』/野原四郎訳
2 太平洋問題調査会編『中国農村問題』/杉本俊郎訳
3 方顕延『支那の民族産業』/平野義太郎編
4 J・ソープ『支那土壌地理学』/伊藤隆吉・保柳睦美・上田信三・原田竹治訳
5 シロコゴロフ『北方ツングース族の社会組織』/川久保悌郎・田中克己訳
6 リンレ『太平天国』/増井経夫・幾志直方・宇佐美誠治郎・田中美穂訳
7 H・F・ベイン『東亜の鉱産と鉱業』/矢部茂閲、加藤健
8 W・ワグナー『中国農書』上巻/天野元之閲、高山洋吉訳
9 呉知『郷村織布工業の一研究』/発智善次郎・近藤浩訳
10 朱邦興他二名『上海産業と上海職工』/名和統一訳
11 B・ウイリス『支那地史の研究』/坂本峻雄閲
12 方顕延『中国の綿工業と貿易』/幼方直吉訳
13 聞釣天『中国保甲制度』/松本善海訳

これらのうち、既刊とあるのは2、3、4、7、8 の五冊だし、全点が刊行されたのかどうかの確認もできていない。それに岩波書店からも刊行されている。そのことに関しては次回もふれるつもりである。だがここでしか挙げられていない訳書のように思われるし、訳者たちも数人を除き、同様であるかもしれないので、煩をいとわず、すべてを挙げてみた。ちなみに私が入手したのは7で、これはA5判上製、解体寸前の疲れ裸本である。

しかしその編集は学術書の範に値するもので、本文図表は三二を数え、地名、人名、事項索引は二二ページ、参考文献は二三ページに及んでいる。平野義太郎の「序」によれば、ベインの『東亜の鉱産と鉱業』|は極東の鉱物、鉱床、鉱山資源に関するアメリカの最も優れた専門書とされている。また満鉄調査部矢部茂の名で記された「校閲者序」において、「政事地質学の重要性が今ほど急務な秋は無い。世界経済新秩序を確立の前には、其の基本国策となる処の生産力拡充も、畢竟するように、基礎資源の獲得増産を覚悟とするに外ならない」との言が見える。それは同書刊行の昭和十五年十二月時点での「政事地質学」と「世界経済新秩序」の状況を告げていることになろう。

また昭和十五年十月の日付で発されている東亜研究叢書刊行会長の田中清次郎の「東亜研究叢書刊行に就いて」は、東亜における新秩序建設のためには科学的研究が肝要で、それが満鉄調査部の目標だと述べ、次のように記している。

 今回満鉄調査部によって東亜研究叢書の観光が計画せられ実現を見るに至つたことは、誠に其の伝統に相応しく且つ頗る時宜に適した企と謂はねばならぬ。

 即ち本計画は、東亜特に支那に関する学術的な調査研究が、東亜に於ける新秩序建設の為めの欠くべからざる要件なるに鑑み、右の如く調査研究の発展のために必要なる資料中、殊に欧米人の東亜に関する研究(中国学者のそれを含めて)を翻訳刊行せんとするものである。(中略)

 本刊行会は満鉄調査部より東亜に関する基礎的文献の翻訳刊行を委嘱せられて居るのであるが、叙上の見地よりして、本刊行会は一方に於て満鉄調査部と密接なる連絡を保ち、他方に於て斯界の真摯たる研究者と相提携しつつ東亜に関する調査研究に必要なる外国文献の翻訳刊行に当るものであつて、其の根幹の趣旨に於ては東亜に新秩序を建設しつつある我が国東亜研究の向上発展に資せむことを念願する次第である。

そして同刊行会のメンバーたちも紹介されているので、それらももれなく挙げておくことにしよう。顧問は松本烝治博士、庶務幹事は満鉄東京支社調査室主事の中島宗一、社外幹事は平野義太郎、そのブレインとして、水谷国一、齋藤征生、山本駿平、横川次郎、石堂清倫、根本義春の名前が記されている。

石堂の『わが異端の昭和史』平凡社ライブラリー)を読むと、ブレインの水谷、山本、横川たちは満鉄調査部関係者だとわかるが、「東亜研究叢書」とその刊行会についてはふれられていない。

わが異端の昭和史 パサージュ論


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2016-08-21 古本夜話577 回教圏研究所編『概観回教圏』

[] 古本夜話577 回教圏研究所編『概観回教圏』

イスラム問題をめぐる日本の状況は大東亜戦争の始まりとともに、さらに注視が高まり、研究も進められていったようで、昭和十七年には回教圏研究所編『概観回教圏』なる一冊が誠文堂新光社から刊行に至っている。

f:id:OdaMitsuo:20160807115120j:image:h113(『概観回教圏』)

その口絵写真には東京モスクだけでなく、神戸や名古屋のモスクの姿もあり、回教圏研究所所長大久保幸次が記すところの「序」は次のように始まっている。

 大東亜建設の世紀的使命の完遂に邁進しつつある日本は、ここに新しく回教圏の現実性を体験し、その重要性を切実に認識するに至つた。

 顧みれば、この東方世界の半身は、久しくわれらの間に閑却されてゐた。その結果、われらの回教圏に関する知識は、極めて貧困となり、概ね猟奇趣味の範囲を出でず、しかも、回教圏と歴史的に対立関係にある西欧より移入された偏見によつて歪曲されてゐた。しかるに、いまや世界史の転換を指導する日本の大いなる立場は、回教圏に関する正しく、広き知識の獲得を、不可欠なる国民的関心事にまで昂めた。けたし、本書の刊行も、さうした時代的希求に応ぜんがために外ならない。

要するに『概観回教圏』は「大東亜建設」に当たって、「東方世界の半身」である「われらの回教圏」を組み入れなければならないので、そのための「知識の獲得」をめざし、刊行されたことになる。同書は全十六章からなっているので、それらと執筆担当者名を示す。

 1 回教教理/鏡島寛之
 2 回教圏史/おそらく鏡島寛之
 3 サラセン文化/佐々木秋夫と所員
 4 回教圏の人種及び言語/大久保幸次
 5 アラビア系諸国/野原四郎
 6 トルコ/大久保幸次
 7 バルカン諸国/大久保幸次
 8 ソヴイエト/宮坂好安
 9 イラン/蒲生禮一
 10 アフガニスタン/蒲生禮一
 11 インド/鈴木朝英
 12 インドネシア/鈴木朝英
 13 支那/竹内好
 14 満洲国/竹内好
 15 蒙彊/不明
 16 日本/竹内好

これらの人々が回教圏研究所のメンバーであり、中国文学者の竹内好東洋史学者の野原四郎がその研究員だったことを伝えられているが、同所発行の『回教圏』などに発表した論文などは単行本化されていないと思われる。ちなみに『日本とアジア』を含む筑摩書房『竹内好評論集』全三巻を繰ってみたけれど、イスラムや回教に関するものは見当たらなかった。

日本とアジア

それに同書において、これは当然であるけれど、竹内が担当した「日本」に関する記述はわずか五ページで、先に示した全十六章のうちで最も短い。その概略をたどれば、次のようなストーリーになろう。日本と回教圏との接触は日露戦争における日本の勝利が回教諸民族に力強い感動を与え、覚醒をもたらした。そして大正十五年にはトルコ共和国との間に大使が交換され、初めて回教圏との公的な修好関係が結ばれるに至った。それにイラン、アフガニスタン、エジプトが続いた。

これらの回教諸国との関係成立のかたわらで、各国各地からの回教徒の来朝も増加した。とりわけインド回教徒は富める商人として神戸を中心に活動し、またソ連より亡命してきたトルコ系回教徒は東京や神戸などに在住することになった。そして彼らが日本回教徒の大部分を占め、日本での回教寺院の建立に至っている。

日本人として回教徒となった者はまだ極めて少数で、大学における回教学の講座はわずか早稲田大学などにしかなく、学術研究を目的とするものとしては、昭和八年にスタートし、十三年に設立された回教圏研究所、それに東亜経済調査局、及び東亜研究所、文化工作を目的とするものは、やはり十三年に創立された大日本回教協会があるが、西洋のそれらに比べれば、著しく立ち遅れ、まったく同日の論ではない。定期刊行物としては回教圏研究所『回教圏』、東亜経済調査局『新亜細亜』などがある。

大東亜戦争の目的は、東アジアより米英の勢力を駆逐し、日本を中心に東亜に新秩序を建設することにある。それは世界史の転換、自己の尊厳を絶えず打ち砕かれてきた回教圏の解放をも意味する。そして竹内は次のように結論づける。「米英打倒を当面の目標とするわが聖戦の遂行は、必然的に、全回教徒問題打開の使命をわれらに担わせるに至つた」と。

他の章と比べて、最も短い「日本」のこのような記述は、「我が聖戦の遂行」の最中にあるにもかかわらず、きわめて冷静で、日本における回教圏問題が軍部を中心にしてもたらされたものであり、フィクションに近いという認識に貫かれているように思える。

竹内の回教圏研究所在籍は昭和十五年から二〇年までとされる。だがそれ以前の同九年には武田泰淳たちと中国文学研究会を起こし、一二年からは二年間北京に留学し、入所後の一九年に最初の著書として刊行される『魯迅』日本評論社、のち未来社)を構想しつつあったと思われる。それゆえに、魯迅にならってとはいわないにしても、『概観回教圏』の分担原稿にあって、そうした動向と心象が反映されていたはずであり、それがとりわけ「日本」とへとダイレクトに表出しているように読める。

魯迅未来社版)


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2016-08-18 混住社会論149 カネコアツシ『SOIL[ソイル]』(エンターブレイン、

[] 混住社会論149 カネコアツシ『SOIL[ソイル]』(エンターブレイン、二〇〇四年)

SOIL第1巻(第1巻) 『SOIL』第11巻(第11巻)


消費社会の風景はまったく映し出されていないのだが、郊外のニュータウンそのものを舞台とする不気味な物語がずっと書き続けられてきた。

それは小説でなく、コミックで、カネコアツシ『SOIL[ソイル]』 という大作である。エンターブレインの『月刊コミックビーム』の03年4月号から始まり、04年に第1巻、11年2月に11巻が刊行され、ようやく完結編を見るに至った。

これまで小説のみならず、コミックやアニメでも多くの郊外が描かれてきたし、それらは枚挙にいとまがないほどだ。本連載でも15 の大友克洋『童夢』17 の岡崎京子『リバーズ・エッジ』などを始めとして、コミックをも取り上げてきた。だがこの『SOIL[ソイル]』 は郊外コミックとして群を抜いた異色の大作で、現在の郊外の深層のイメージを露出させている。もちろんコミックに通じた読者であれば、様々に先行する作品とのアナロジーを語ることができようが、その悪夢めいた重層的世界は比類なく構築され、郊外そのものが孕んでいる不気味さを表出させ、現在の郊外というトポスの闇を限りなく浮かび上がらせている。

童夢 リバーズ・エッジ

しかし全巻で2500ページを超え、物語も錯綜しているために、1巻ずつストーリーを追って説明していけば、最もわかりやすいと思われるのだが、そうするとそれだけでかなりの分量になってしまう。だから私なりに要約して紹介するしかないだろう。

まずプロローグで、山を背景にした一面の森、森を切り開いた農村集落、道路の開通と新興住宅地の開発、鉄道の敷設と駅前ニュータウンといったそれぞれの風景が見開きで提出され、それらの上にはかならず流れ星が描かれている。

そして本編が始まっていく。二人の刑事が、「そいるニュータウン」に向かって歩いている。横井巡査部長と小野田巡査で、前者はセクハラ発言を繰り返す中年男、後者は26歳の女性という設定である。「そいるニュータウン」は均一画一的な家並が延々と続く風景によって示されている。昨夜町全体が停電となり、鈴白という一家の夫婦と娘、及び交番の巡査が身体中に鱗のある男を見たとの伝言を残し、失踪してしまった。その捜査のために、二人はやってきたのだ。鈴白家は夕食時の団欒の最中に消えてしまったようで、食卓もそのままだった。鈴白家は五年前に引越してきて、夫はピアノ調律師、妻はフラワーアレンジメントを手がけ、社交的で、娘の水紀は可愛く成績も上位で、理想的な家庭に見えた。しかし奇妙なことに、娘の部屋には塩からなる天井まで届きそうな立体像があった。そして娘が通っている中学の校庭にも、夜の間に同じく塩の山ができていた。両者は同じ岩塩だった。なお全巻のカバーに描かれているのは鈴白一家である。

「こんなにみんな幸せそうな町」に何が起きたのか。塩は何のメッセージなのか。自治会長は言う。「心配なのはね。闇に乗じて“異物”が入り込むことなんですよ!」

「そいるニュータウン」は十数年前に自治体と大手ゼネコンの合資で開発された、いわゆる新興住宅地で、当初はショッピングモールや公共施設を完備した複合都市になるはずだったが、バブル崩壊で開発が中断され、整備された空地が町を囲んだままになっていた。これが郊外特有の消費社会が描かれない理由の説明となっている。

停電の真相は鉄塔マニアの仕業と判明するが、そのかたわらで町や住民の暗部が浮上してくる。歯科医の自治会長の家にある町の監視カメラをチェックする部屋、水紀の突発性睡眠発作と自己同一混乱、水紀と親しかった「僕はきっとこの世界を汚してしまう」と呟く宮原健人の停電以来の欠席、「そいるニュータうんのみな様へ」という水紀の字を貼り合わせた脅迫状と三千万円の要求、鈴白の妻から始まった塩をめぐるそいるのマルチ商法とその破綻、健人の母による自治会長の刺殺等々。「確かなものに見えていた“日常”が得体のしれないものに浸食されていく」。

鈴白家の内情も明らかになる。マルチ商法破綻のために、様々な多くのいやがらせを受けていたのである。そして脅迫状をめぐる町の住民の疑心暗鬼。そのような中で一週間を経て、自治会長の死体が発見される。自治会長の葬儀に続いて、警察による町の住民に対する尋問が始まり、さらに事実が明らかにされていく。

塩のマルチ商法の実態、鈴白家がいやがらせにも何の反応も見せなかったこと、だがマルチの塩と鈴白家、校庭の塩は異なる種類のものだったこと、自治会長のビデオコレクションから、彼が少年愛嗜好者で、町の多くの少年たちが麻酔手術に乗じて被害にあっていたこと、それが原因で自治会長が健人の母に刺殺されたこと、また健人は町外れのお稲荷様に放火し、そこに住むゆかりという老婆に大やけどを負わせ、それを自治会長に握られていたことなど。これらの事実から浮かび上がるのは、「こんなにみんな幸せそうな町」なのに、他ならぬ鈴白家の人々、自治会長、健人も「異物」のような存在に他ならなかったのである。「むしろ積極的に、“異物”を見つけ出して、排除しようとするのが共同体の本質なのかもしれん」のだ。

またそいるの歴史もわかってくる。四千年前には呪術的儀式を行なう縄文人の集落で、昭和初期には稲作を営む農村だったが、戦後になってさびれ、産廃不法投棄地帯となり、見捨てられた土地だった。しかし十数年前に開発が始まり、遺跡が発見され、縄文時代のものと判明したのだった。

姿を消した健人は空地の幽霊ビルに潜んでいた。停電の夜に水紀もそこにいたが、消えてしまったのだ。またそこで片岡美砂という女生徒が不良たちにレイプされ、発見される。三人は同じようにそいる中学の二年生である。

ところで事件のほうは振り出しに戻ってしまった。鈴白一家失踪、残された塩、謎の鱗男、巡査の安否は何もわからないままだった。それに岩塩は地球のものではなく、ザック隕石に含まれていた45億年前に存在した小さな惑星の海水の残存物のようなのだ。

また町に異変が起きていた。ミステリーサークルの出現、何百羽の鳩の死骸、道を埋める土砂、電線にぶら下がる無数の靴、公園の逆に植えられた樹々等々。これらは健人中心とする少年たちによって仕掛けられていた。彼は言う。「“異物”をつくるんだ。この世界の裂け目のことだよ。裂け目を開いて、僕たちを傷つけたこの町をぶっ壊すのだ」。このようにして「異物」が出現することで、「日常」に「非日常」が入りこみ、そいるの町が歪んでいく。そしてこの町全体が集団催眠のような状態に追いやられていった。

町外れに住むさゆりが「蘇流」村の地主の末娘で、乱心した男が村人たちを殺害した際の唯一の生き残りであることも明らかになる。小野田は閲覧禁止となっている「蘇流村事件」記録を読む。それは昭和26年7月に起きた事件だった。地主の密閉された土蔵の中から扉を叩く音がするのをさゆりは聞きつける。するとその中に見たことのない男がいた。男自身も自分が誰で、どこからきたのかもわからない。地主は男の人柄を良とし、家に住まわせ、男も村になじんでいった。だが三ヶ月後のある晩、男は目隠しをして、村人たちを殺害し始め、さゆりだけを残して、全員が殺されてしまう。男は捕えられたが、動機も素性もわからないままに、自ら万年筆で目をつぶし、まだ一人いると叫ぶ。それはさゆりのことだった。男は精神病院に収容され、さゆりが言う。「あっちとこっちの穴が開いたの。あの男、とうとうそこからこっちに入って来ちゃったの」。

この事件を担当したヨモギダ刑事は土蔵の中に一本の奇形の花を見つける。「あいつはたぶん此処にいる者ではない。“異物”だからだ」。そしてこの刑事は姿を消し、数ヶ月後に全裸で現われ、自殺を図るが、未遂に終わり、さらに行方不明となり、「蘇流村事件」は神川警察のタブーと見なされるようになった。

小野田は北海道の精神病院にいるとされるその男を訪ねる。独房の男は足元に何十年も「そいるニュータウン」の地図を描き続けていた。彼は言う。「私は此処にいる者ではない。そこに居る」。そして彼は燃え始め、そいるにいたさゆりもともに死ぬ。

一方そいるでは少年たちが自治会長の家を占拠し、町の花が狂い咲きする。横井も小野田と同様に「蘇流村事件」を調べるうちに、かつて自分が担当した事件がオーバーラップしてきて、おかしくなり始める。横井は言う。「このヤマの核心は鈴白家を取り巻くなにかじゃなくて、あの一家そのものじゃねえかってよ」。鈴白家のデータはそいるに住んでいることも含めて、市役所にもどこにもなかったのだ。とすれば、あの家族は何者なのか。水紀は言っていた。「あたし達は誰なの!?」

そいるの事件に深く関与しすぎてしまった横井と小野田は神川警察によって、横井は懲戒免職、小野田は生活安全課へと移動になり、事件そのものはサクラダ警視とサクラという謎の二人組に象徴される警視庁に引き渡され、立てこもる少年たちも機動隊に制圧された。「そいるの騒ぎは潰した。裂け目は閉じた。もうあの町に“異物”は入ってこない」。しかし「裂け目」は塩とともにまたしても生じ、少年たちも消えてしまう。

それと同時にそいるという町が閉ざされた内部となってしまい、外部からは消えてしまった町となり、その中に小野田や住民たちは閉じこめられてしまう。日常と非日常の裂け目が開きっ放しになってしまったようなのだ。「事件のすべてを理解したいとか言ったが、それがどんなに無謀なことか、時代や社会背景、時間と空間の組み合わせ、いくら解き明かしても、『謎』は次々と顔を出す。行きつくところは結局のところ『謎』だ」

一方で横井はヨモギダが神川警察の資料管理室に送ってきた本を入手する。それはドイツ語の原書で、ゲーデル『不完全性定理』岩波文庫)だった。その本を持って、横井はあの幽霊ビルに潜むが、本が燃え出し、その燃えた部分に「しるし」が浮かび上がる。それは大阪にある日本の煙突にはさまれた奇怪な塔を意味し、そこを訪ねていくと、ゴミの家に住むヨモギダがいた。そしてヨモギダはそいるの世界についての解釈を語り始めるが、それこそ「異物」=狂人として、家ごと強制執行があり、排除されてしまう。この部分は明らかに柄谷行人が言及するゲーデル不完全性定理、及び森敦の『意味の変容』 ちくま文庫)の影響と反映だと思われる。

不完全性定理 意味の変容

それはさておき、横井はヨモギダに教えられた乗鞍岳にある奇形の花が咲いている裂け目をめざすが、警視庁に追われ、逃亡する。そして潜伏した島で、「そいるニュータウン開発基本計画草案」という資料にめぐり合う。それは鈴白一家の写真が付されていた。横井はそれを作ったデベロッパーを突き止め、家族写真について尋問する。デベロッパーは言う。これは20年前にタレント事務所から寄せ集めたメンバーでつくった「理想の家庭像」で、まだありもしない町のモデルハウスを使い、本当に町に住んでいるように家族の名前をつけ、プロフィルもまったく創作したものだと。横井は鈴白一家そのものが「虚像」だと知らされたのだ。

しかし「異物」にあふれ、閉ざされた外部から消えてしまったそいるの住民たちは、鈴白一家の写真を見出し、次のような会話を交わす。

 「なにもかも……鈴白さんが消えてから始まった……」

 「そうよ……」

 「『そいる』にはこの家族が必要だったのよ……理想的な完璧な家族……ここに映っているのは……失われてしまった私達の姿……」

それを受け、子供たちはサクリファイスをもって水紀を呼び戻し、もう一度健人と出会わせようとする。そのために水紀が消えたあの停電の夜を再現しなければならず、鉄塔を倒しに向かう。

一方で横井は消えてしまったそいるの町のあったところに戻り、内部に閉じこめられたままの小野田との携帯による交信に成功し、事実を伝えるのだ。

 「“鈴白”って家族はそもそも存在していない。嘗ても今も。(中略)『そいるニュータウン』に住んでいるであろう理想の家族像……すなわち『虚像』としてしか」

小野田は問う。それならば、姿を消してしまったあの家族は一体何なのかと。

横井は「『異物』だ」と答え、次のように続ける。

「完璧に理想的な家族……陰のまったくない幸せなだけの“ごく普通”の家族……在り得るはずのないもの、ワケの判らないものとして、鈴白一家は『そいる』に現れたんだ。要するにあの三人はよ、(中略)この『現実』に迷い込んできた『異物』ってことだ。

 ……だが『異物』が入り込むにはまず入口となる『裂け目』があったはずだ。日常の……『そいるニュータウン』の内部に生じた『裂け目』……あらかじめ町に存在した『異物』……鈴白一家はそこから迷い込んで来た。そして『現実』が変容した。鈴白一家が存在する『現実』に」

だが「異物」は必ず排除されるし、「現実」はそのように作動し、自らの領域を守るゆえに、鈴白一家も消えてしまったのである。しかしどうして「虚像」としての家族が終わった」のかという謎はまだ十全に解かれていない。

さらに横井は小野田にいう。

「『異物』とは“謎”のことだ……“謎”は解かれれば“謎”じゃなくなる。……この町に……排除されていない『異物』……隠され……解かれぬままの“謎”が在る。……お前が解くんだ……

 行け、小野田……!事件(ヤマ)のすべてを理解しろ……!」

  

最後まででないけれど、ほぼ最終巻に至るメインストリームをできるだけ簡略に追ってきたが、それでもかなり長いものになってしまった。しかしストーリーを一読しただけでも、この『SOIL[ソイル]』が突出した郊外の物語であると同時に、カオスと狂気に充ちたミステリーだと了承されるだろう。たとえて言えば、夢野久作『ドグラ・マグラ』 (角川文庫)と柳田国男の『遠野物語』 角川ソフィア文庫)を融合させた現代郊外綺譚のようにも映ってくる。

ドグラ・マグラ遠野物語

多くの言葉を費やしてしまったので、ここで止める。読者よ、願わくば、ただちに「そいるニュータウン」に赴かれんことを。


◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」148  奥田英朗『無理』(文藝春秋、二〇〇九年)
「混住社会論」147  伊井直行『ポケットの中のレワニワ』(講談社、二〇〇九年)
「混住社会論」146  吉田修一『悪人』(朝日新聞社、二〇〇七年)
「混住社会論」145  窪 美登『ふがいない僕は空を見た』(新潮社、二〇一〇年)
「混住社会論」144  畑野智美『国道沿いのファミレス』(集英社、二〇一一年)
「混住社会論」143  森絵都『永遠の出口』(集英社、二〇〇三年)
「混住社会論」142  本間義人『国土計画を考える』(中央公論社、一九九九年)と酉水孜郎『国土計画の経過と課題』(大明堂、一九七五年)
「混住社会論」141  『田中角栄『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、一九七二年)
「混住社会論」140  『佐久間ダム建設記録』(ジェネオン、二〇〇七年)
「混住社会論」139  デイヴィッド・グターソン『殺人容疑』(講談社文庫、一九九六年)
「混住社会論」138  ニーナ・ルヴォワル『ある日系人の肖像』(扶桑社ミステリー、二〇〇五年)
「混住社会論」137  アップダイク『カップルズ』(新潮社、一九七〇年)
「混住社会論」136  トルーマン・カポーティ『冷血』(新潮社、一九六七年)と高村薫『冷血』(毎日新聞社、二〇一二年)
「混住社会論」135  山上たつひこ、いがらしみきお『羊の木』(講談社、二〇一一年)
「混住社会論」134  古谷実『ヒミズ』(講談社、二〇〇一年)
「混住社会論」133  小田扉『団地ともお』(小学館、二〇〇四年)
「混住社会論」132  篠原雅武『生きられたニュータウン』(青土社、二〇一五年)と拙著『民家を改修する』(論創社、二〇〇七年)
「混住社会論」131  江藤淳、吉本隆明「現代文学の倫理」(『海』、一九八二年四月号)
「混住社会論」130  Karen Tei Yamashita , Circle K Cycles(Coffee House Press、二〇〇一年)
「混住社会論」129  高橋幸春『日系ブラジル移民史』(三一書房、一九九三年)と麻野涼『天皇の船』(文藝春秋、二〇〇〇年)
「混住社会論」128  邱 永漢『密入国者の手記』(現代社、一九五六年)
「混住社会論」127  宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)
「混住社会論」126  江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)
「混住社会論」124  スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」123  『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」122  カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)
「混住社会論」121  谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1 

2016-08-17 古本夜話576 笠間杲雄『沙漠の国』

[] 古本夜話576 笠間杲雄『沙漠の国』

本連載573で、『メッカ巡礼記』の鈴木剛が連合国によって安全な航海を保障された安導券を有する輸送船の阿波丸に乗り、日本をめざしていたが、昭和二十年四月にアメリカの潜水艦に撃沈され、二千余名の乗船者たちとともに海の藻屑と化してしまったことを既述した。

この阿波丸にはもう一人のイスラム教に通じた笠間杲雄も乗船していて、彼はボルネオ司政長官だったが、この三月に陸軍省軍務局付となり、日本へと向かっていたのである。そして日本で敗戦を迎えるはずだったが、それもかなえられなかったことになる。

笠間の立項は人名事典などに見出されないので、田澤拓也の『ムスリム・ニッポン』の中の記述を引いてみる。

ムスリム・ニッポン 

 外務省の官僚たちのなかでイスラム教のスペシャリストと見られていた人物は明治一八年生まれの笠間杲雄だった。昭和四年から七年まで初代のイラン(当時はペルシャ)公使をつとめた笠間は、その後ポルトガル公使に転じたが、『沙漠の国』(同一〇年)、『回教徒』(同一四年)、『大東亜の回教徒』(同一八年)といった著書を次々に刊行している。

 北陸の金沢に生まれて一高から東京帝国大学法科大学に進んだ笠間は、学生時代から内村鑑三のもとに出入りし、キリスト教に傾倒していた。明治四四年に結婚した最初の妻のしのぶもミッション系の女子学院を卒業しており、二人は洗礼を受けていたようだ。その笠間がイスラムに関心を抱いたのは、どうやら任地と関連していたらしい。

f:id:OdaMitsuo:20160807101059j:image:h115

そうした経緯と著書の刊行もあって、イスラム世界についての外務省きっての論客と見なされ、昭和十三年に外務省退職後も、イスラムに関する座談会や講演会にもよく呼ばれていたらしい。それは前回のレンギルの『ダニューブ』(『埴谷雄高全集』第二巻所収)にも示された風雲急を告げるバルカン情勢や、迫りつつあった第二次世界大戦も大きく影響しているのだろう。そして大東亜戦争によって占領を広げたアジアのイスラム圏に日本のイスラム専門家たちが総動員されたように、昭和十七年にボルネオの陸軍司政長官に任命され、現地へと赴任していき、先述したように帰国する二十年四月に台湾海峡で、その生を閉じることになる。

『埴谷雄高全集』第二巻(『埴谷雄高全集』第二巻)

その笠間の著書『沙漠の国』岩波書店)が手元にあるので、その一冊を読んで見た。その前にふれておくと、これは昭和十年第一刊、同十六年第十刷となっていて、当時に日本におけるイスラム社会への関心の高さを示している。これは入手していないけれど、岩波新書『回教徒』のほうも、同等以上の売れ行きだったのではないだろうか。

それはともかく、笠間の『沙漠の国』は彼が在外生活十数年の間に最も長く滞在したトルコ、ペルシア、アラビアなどに関するエッセイ集といってよく、それゆえに「ペルシア アラビア トルコ遍歴」というサブタイトルが付せられているのだとわかる。それらの多くが『文藝春秋』『改造』などに発表されたようだ。さらに同書に特徴的なのは著者が撮ったと思われるペルシア、アラビア、トルコの写真が、章によっては毎ページのように収録され、「沙漠の国」のエキゾチズムを喚起させる役目を果たしている。

それらに加えて、笠間は文人外交官ともいうべき本質に恵まれているようで、その文章も詩的絵画的であり、ペルシアの「テヘラン銀座」の写真を示しながら、次のように書いている。

 銀座と云つても僅か三、四町の両側に低い店舗が並んでいるだけで、ネオンサインの波逆巻く我が銀座とは較ぶべきもないが、こゝを通る人達は、銀座の廉価版モーダーニズムよりは遥かに詩趣横溢だ。驢馬がトルコマン人に索かれて行くかと思へば、黒衣の女達が駱駝や驢馬に騎つて静に練つて行く。駱駝や驢馬は附近にある隊商宿に泊まる。白い鬚を垂れ、ベルトの付いた、膝まで達(とど)く上衣を着流して、そして一人々々が砲兵工廠を代表するほど、弾丸、拳銃を胸に運ぶ異様なコーカサス人が黒いアストラハンの帽子を被つて行つたり、どう見てもタメルランの侵入軍の一兵卒としか思はれない蒙古たちが、最新式のパリーのリュー・ド・ラ・ペーの衣装を着けた婦人と並んでいく。隊商の列が蜿蜒と続いて、その鈴の音が床しくも中世を偲ばせるかと思ふと、その後からロールス・ロイスが第二十世紀の紅塵を捲いて飛んでいく。

まだテヘラン銀座の描写は続き、それからトップ・メーダン(砲の広場)、アラビアン・ナイトそのもののバザーなどの風景にも及んでいくのだが、長くなってしまうので、そこまでの引用を断念しなければならない。

これらの他にも、ペルシアの大詩人ハフィーズの詩を引きながら描く彼の墓、ペルセポリスの遺跡、モダン・ペルシアの女たちのファッション姿、シリアの砂漠の生活、トルコにおける「人種の市」にして「言葉の市」の実態、日本人の「つら」の問題と人種哲学、日本を発見した海賊メンデス・ピントなど、いずれも好奇心と文飾と見識を備えたエッセイである。このような文章をたどってくると、笠間の他の著書を読みたいという気にさせられる。とりあえずはまず『回教徒』を読んでみようと思う。


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