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2016-06-26 古本夜話565 大川周明『安楽の門』、『古蘭』、岩崎徹太

[] 古本夜話565 大川周明『安楽の門』、『古蘭』、岩崎徹太

前回、井筒俊彦と大川周明の関係について述べたが、両者に共通している事柄がある。それは二人が『コーラン』を訳していることで、井筒訳は昭和三十二年に岩波文庫の三巻本として刊行され、アラビア語からの名訳と評され、現在に至るまで読み継がれているが、大川訳は昭和二十五年に岩崎書店から出版され、現在では絶版のままで、容易に読むことはできない。私も古本屋で二度見かけたのだが、二万円と高価なために買いそびれてしまい、いまだに入手していない。

大川訳は 『古蘭』として岩崎書店から出されたと書いたが、岩崎書店は児童書出版社のイメージが強いので、その組み合わせに奇異な思いを抱くであろう。それは岩崎書店関係者も同様で、創業者の追悼集『追想岩崎徹太』(同追想集刊行会、昭和五十六年)でも、左翼のはずの岩崎と右翼の大川の関係を何人かが不思議がっている。二人の関係がどのようにして生じたのかは不明で、松本健一『大川周明』作品社)においても、岩崎への言及はわずか一箇所だけである。それは大塚健洋の『大川周明』もほぼ同様だと見なしていい。

大川周明

岩崎徹太は明治三十八年東京に生まれ、早大卒業後、逓信省経理局に勤めるが、反減俸運動を組織したために検挙され、退職する。そして昭和七年に三田の慶応義塾大学前に自分の蔵書二千冊と友人から提供された本からなる、社会科学書専門の古本屋フタバ書房を開店し、栗田書店との口座を設け、新刊書も扱い、また九年には慶応書房と改名し、出版を始めている。十八年には反戦運動容疑による治安維持法違反で検挙され、慶応書房も活動停止に追いこまれたが、戦後の二十一年に岩崎書店として再出発し、三十九年には岩崎美術社、四十年には岩崎学術出版社も設立している。これらは岩崎の主たる軌跡を追っただけだが、彼は追想者の一人がいっているように、平凡社下中弥三郎の趣きがあり、その他にも出版業界において大きな足跡を残している人物だと判断できよう。

慶応書房の出版物は昭和十四年刊行の木下半治の『日本国家主義運動史』しかもっていないが、『追想岩崎徹太』所収の「年譜」の下段に慶応書房と岩崎書店の主要な出版物の記載がある。それを追ってみると、慶応書房が想像以上に多くの社会科学書を刊行していることがわかる。そしておぼろげながら、大川周明との関係が浮かび上がってくる。昭和九年にC・F・リーマー著、東亜経済調査局訳『列国の対支投資』があり、十六年に大川の『近世欧羅巴植民史』、十七年に『回教概論』ちくま学芸文庫収録)が刊行されている。おそらく岩崎は東亜経済調査局を通じて、大川と親交するに至ったのではないだろうか。五・一五事件のために獄中にあって書かれた『近世欧羅巴植民史』全四巻は、大川の博士論文『特許植民会社制度』がベースになってもいる。

回教概論 特許植民会社制度研究(『特許植民会社制度研究』、書肆心水

そして大川の『古蘭』の訳の完成も、岩崎の支援によって可能だったのである。戦後大川はA級戦犯容疑で逮捕されたが、精神障害のために松沢病院に入院し、病室を書斎として『古蘭』の訳に取り組むことになった。大川は昭和二十六年に出した回顧録『安楽の門』(出雲書房)の中で、次のように記している。

安楽の門

 私は此の書斎に古蘭原典と、十種に余る和漢英仏独の訳本を自宅から取寄せ、昭和二十一年十二月一日から之を読み初めた。それは私が乱心中の白日夢で屢々マホメットと会見し、そのために古蘭に対する興味が強くよみがへつたからである。私の病気は私の理解力に何等の影響も及ぼさず、以前に読んで難解であつた個処も、此度は其の意味が明瞭になつたところが多かつた。そして翌二十二年二月下旬、精神鑑定のために米国病院に移される直前、一応之を読了した。

実際に訳稿が完成したのは昭和二十三年十二月十一日で、ちょうど二年が過ぎていた。しかしその翻訳は平穏に進んだのではなく、大川は時によって精神障害の発作を起こしていたようだ。『追想岩崎徹太』の中で述べられているエピソードによれば、時々大川は「岩崎徹太を呼べ徹太に会いたいと、執拗に大声を張上げ怒鳴り散らし」、岩崎がくると「一糸もまとわずに仁王立ちに立っていて、やあ、徹太、徹太、よくきてくれたと血相を変えて狂喜した」という。

これらのことを含めてだろうが、入院中に世話になった人々の名前を挙げ、岩崎のことも書いている。

 その一人は、私の『近世欧羅巴植民史』や『回教概論』を出版した元の慶応書房主人の岩崎徹太である。私の『古蘭訳註』が昨年立派な装訂で刊行されたのも、私の努力に対する深甚なる同情から、売れないのを覚悟の前で出版してくれた岩崎君の好意によるものである。(中略)岩崎君は常に新刊の書籍や雑誌を病院に運んで、私のために精神の糧を供給してくれた。

したがって『古蘭』の訳稿の完成も二人のコラボレーションだったことになる。いずれその『古蘭』も入手し、読んで見たいと思う。

なおこの拙稿は十年ほど前に書いたもので、現在『古蘭』は、『古蘭』上として書肆心水から再刊に至っている。

古蘭 上  古蘭 下


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2016-06-23 混住社会論145 窪 美登『ふがいない僕は空を見た』(新潮社、二〇

[] 混住社会論145 窪 美登『ふがいない僕は空を見た』(新潮社、二〇一〇年)

ふがいない僕は空を見た


私は格別うれしくもなく、

「人非人でもいいじゃないの。私たちは生きていさえすればいいのよ。」 

と言いました。

窪美登の『ふがいない僕は空を見た』は五つの短編、中編からなる連作集で、それは次のような構成になっている。

 1 ミクマリ
 2 世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸
 3 2035年のオーガズム
 4 セイタカアワダチソウの空
 5 花粉・受粉

これらの集積が『ふがいない僕は空を見た』という連作長編を形成しているので、本来であれば、それぞれ視点と主人公が異なる1から5までの祖型をたどってみる必要がある。だがそうすると長くなってしまうので、ここでは互いに入れ子の物語となっている1と2に主として言及してみたい。ただそうはいっても、この二作に『ふがいない僕は空を見た』のエッセンスが表出していると見なせるからでもある。

1の「ミクマリ」は夏休みを迎えた高校生の「おれ」の、あんずとのコスプレセックスのシーンから始まっている。彼女はマンションに住み、十二歳年上で結婚しているので、「おれ」とあんずがやっていることは「不倫」であり、「淫行」ということになり、「おれ」は最初から、「ガキの典型的で健康的なセックスライフ」の道を外れてしまったのである。そのきっかけは友だちに連れていかれたコミケで、あんずにナンパされたことによっている。それは「おれ」がアニメの「魔法少女マジカル★リリカ」の「むらまささま」にそっくりだったからだ。だからあんずと「おれ」はそれらのコスプレ衣装を着用し、セックスをして、デジカメで写真を撮ることを繰り返し、その代わりに「おれ」は一万円札をもらった。「あんずのやっていることはおれを金で買ってるってこと」だった。

そのようなコスプレセックスシーンの一方で、「おれ」のおふくろが助産師であることから、自宅がそのまま助産院となり、「おれ」もお産の手伝いに駆り出されたりしていた。それらの事情でお産の苦しみの声を聞いて成長し、その声があんずのセックスの時の声と同じことに気づいた。あんずの住むマンションは助産院緒前を流れる川の真向かいにあった。それは川をはさんで、セックスと出産が通底しながらも、コントラスト化されていることを意味していよう。

ここでコスプレセックスが単なる「不倫」や「淫行」にとどまらず、「妊娠」と「こども」の問題へともつながり、それは「おれ」のオブセッションともなり、あんずと別れようとする。しかしショッピングセンターで、あんずがコスプレではなく、Tシャツにデニムの高校生のような恰好をして、赤ん坊用の靴下を見ているのを目にして、「生まれて初めて恋をしている」気になり、あんずと細くつながっていた糸を切ったのは「おれ」だと思い、涙が流れた。

その翌日、「おれ」はあんずのマンションに向かい、「何かの罰ゲーム」のように、初めてコスプレ姿でない彼女とセックスをする。だがその後、あんずは代理出産の女性に会うために、夫とアメリカにいくことを告げる。そして彼女は「今までありがとう」と小さな声でいった「おれは子どもだから」、「行かないで」と繰り返したが、あんずは「もうおうちに帰らないとね」というばかりだった。

もはや夕方になっていた。「おれ」=斉藤は「夕焼けではちみつ色に染まった空を、橋の真ん中に突っ立ってばかみたいにながめていた」。このシーンこそはタイトルの『ふがいない僕は空を見た』を表象するものだ。それは4の「セイタカアワダチソウの空」において、「ぼく」=福田の視点から、「急に通せんぼされたような気持になって、ぼくは空を見上げた。細い月が見えた。星は見えなかった」として、もう一度繰り返されることになる。

この夕焼けの空に重なって思い出されるのは、親父とおふくろが激しい夫婦げんかをした後、そのふもとの山に家族三人ではなく、どちらかが「おれ」を連れていったことで、親父もおふくろも早歩きで後ろも振り返らないので、「おれ」は走って追いかけるしかなかった。そしておやじが家を出て、おふくろが助産院を始めるが、小学校に入ったばかりの「おれ」を山の中の「水分神社」に連れていき、「すいぶん」ではなく「みくまり」と読むのだと教え、長い間手を合わせたままでいた。

 「何をおいのりしているの?」

 「子どものことだよ」おふくろは目を閉じたまま言った。

 「ぼくのこと?」

 「もちろんあんたも、ぜんぶの子ども。これから生まれてくる子も、生まれてこなかった子も。生きている子も死んだ子もぜんぶ」

ここに『ふがいない僕は空を見た』の基層が表出している。それに『日本国語大辞典』や白井永二他編『神社辞典』東京堂出版)によれば、「みくまり」とは「山や滝から流れ出た水が種々の方向に分かれる所。水の分岐点」をさし、「みくまりの神」とは「流水の分配をつかさどる神」で、「みくまり」を「みこもり(御子守)」と解し、子どもを守り育てる霊力を持つ神、子守明神信仰も生まれたとされ、実際に水分神社は奈良や大阪に存在している。

神社辞典

ここでようやく1の「ミクマリ」という意味不明だったタイトルが、そうした「みくまり」や「水分神社」縁起からとられていることが判明する。そしてこの後でまたしても助産院での「おれ」が手伝う出産シーンが描かれ、コスプレセックスシーンから始まった「ミクマリ」はあんずをめぐる子どもを産むことの問題、及び「おれ」と親父とおふくろの関係が浮かび上がってくることになる。それに「おれ」が中学生の時に目にした「女の子の場合、生まれたときから卵巣の中にはすでに卵子のもとになる数百万個の原始卵胞が詰まっている」という文章に加え、赤んぼうが生まれ、「ちんこが見えた。おまえ、やっかいなものをくっつけて生まれてきたね」との述懐を並べてみる。するとこの「ミクマリ」がセックスとは何か、家族とは何か、子どもとは何かを深く問い、人間が個々の男や女として現われる場所としての家族、その表象としての子どもを描こうとしたのではないかと思えてくる。

「ミクマリ」には「おれ」やあんずの他に、クラスメートでバイト仲間の福田、ガールフレンドの松永が登場しているが、物語が進むにつれて、誰もが斉藤のように「ふがいない僕」と変わらぬ姿で現われてくることになる、だが前述したように、ここでは残念ながらそれらの全員の姿を追跡することはできない。それでも4の「セイタカアワダチソウの空」で示されている『ふがいない僕は空を見た』のトポスだけは、ここに至ってようやく示されているので、提出しておくべきだろう。

 駅前に並ぶスーパーマーケットとコンビニエンスストアとファストフードとチェーン店の古本屋。この沿線のどの駅で下りても代わり映えしない店が並ぶ商店街と、マンションと建て売り住宅が並ぶ、比較的新しめの住宅街。その間を埋めるようにいきなりあらわれる梨畑。目立った特徴のない小さな街をぐるりと囲むように低い山並みが続いている。

 この町で一番大きな市民病院に続く、駅からのまっすぐな道を越えた山の奥には火葬場があって、さらにそれを越えると、部分的に舗装されたアスファルトのパッチワーク、つぎはぎだらけの道が続く。その道を山の頂上に向かって上がり、短くて暗いじめじめとしたトンネルを抜けると、ニュータウンという名前が皮肉に聞こえるほど、古ぼけた団地群があらわれる。団地のわきには学校のプールほどの大きな汚い沼がある。団地に住む人は池と呼ぶ人もいれば、沼と呼ぶ人もいるけれど、ぼくにとってはどっちだってかまわない。だって、ただの、汚い水たまりだ。

コンビニとファストフード、マンションと建て売り住宅からなる新しめの住宅街、その奥には古ぼけた団地群からなるニュータウンが位置し、その間には梨畑があり、街は低い山並みに囲まれ、そこには水分神社もあることからすれば、『ふがいない僕は空を見た』の連作の共通の舞台は、郊外の混住社会と見なしていいだろう。

ふがいない僕は空を見た(文庫版)

このようなトポスを背景として、「ミクマリ」のラフな物語展開を補うかのように、この「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」が置かれている。ここでの主人公は1の「おれ」=斎藤に代わって、「私」=里美=あんずである。彼女は結婚して五年経っているのだが、子どもができないので、夫の慶一郎さんの母であるマチコさんが探してくれた不妊治療のクリニックに通っている。しかし検査の結果、「私」の卵子と夫の精子に問題があり、自然妊娠は難しく、人工授精を試みていたが、それも失敗に終わっていた。だが「私」は子どもを望んでいなかったし、それは夫も同様だったので、「あんたたちは子どもを生まなくていいよ、と神さまから言ってもらったよう」に思われた。

「私」はママを早く失い、パパに育てられ、カトリックの中学に入ったが、アニメ中毒の「気持ち悪いオタク女」といじめられ、さらにまったく無視される存在となり、それが高校まで続いた。大学に入ると、パパが二重まぶた手術を受けさせてくれたせいなのか、急に男の子にもて始め、「セックスが気持ちいいなんて一度も思ったことは」ないのに、「やりマンのめす豚」と書かれるようにもなった。大学を出てから、パパのコネで小さなメーカーに勤めたが、勉強と同様に仕事ができず、上司から罵倒される日々を送るうちに、パパが急死し、借金返済のために財産もほとんどもっていかれてしまった。そんなときに出会ったのが製薬会社でMRと呼ばれる営業の仕事をしている慶一郎さんで、「ルックスは私の好みと正反対」にして、「丸顔で背が低くて、スーツがまるで似合わない」けれど、「里美ちゃんを大事にするからね」、また「結婚後は仕事をしなくていい」というプロポーズによって結婚を決めたのである。だが彼はかつて彼女の同僚に対して「ストーカー」だったようで、退職を報告すると、同僚たちは「あのストーカーと結婚する」のかと囁いていた。

マンションでの新婚生活がスタートするが、「それでも、私はしあわせだった」。家事はまったく得意ではなかったけれど、学校でいじめられたり、会社で罵倒されたりすることに比べれば、夫の出社後、自分の好きなマンガやアニメの世界にひたることができたからだ。しかし「でぶで、ぶすで、ばかで、不妊の主婦」に対する義母のマチコさんの不満はエスカレートする一方で、「かんばれと言われて妊娠できるわけでもないのに」、人工授精から対外受精にまでクリニックを強いられるようになる。

「私」はそのストレスからコスプレ衣装をまとい、疲れた主婦から魔法少女へとの変身を試みる。そして三人の魔法の少女の衣装を手作りし、やはり物理の先生で魔法使いの「むらまささま」も同様に仕上げ、慶一郎さんに羽織ってもらったが、まったく似合わず、そこに彼の老いだけでなく、自分の老いと結婚を続けていくことができるのかという不安を覚えたのだった。

かくして1の「ミクマリ」の最初のシーンのコスプレセックスに結びつくコミケでの斎藤くんとの出会いに至るのである。だがそれは慶一郎さんの体の「なまぐさい」においと異なり、「不思議なことですが、斎藤くんの体からはいつもミルクのような赤ちゃんのようなにおいが」した。それはコスプレセックスが子どもへと退行していくこと、疑似的出産や子育てのメタファーであることを暗示しているのだろうか。

しかし二人のコスプレセックスは慶一郎さんが仕掛けた隠しカメラで発覚し、マチコさんはモニターでそれを見ながら、土下座して離婚を頼む「私」に、アメリカでの代理母による出産を強要し、その準備が進められていった。そうした中で、「私」は斉藤くんとコスプレによらないセックスをする。ここにコスプレセックスと異なる二人の対幻想の始まりを見るべきだろうか。それは再び隠しカメラに捉えられ、慶一郎さんは離婚するなら、これらの写真や動画も、斉藤くんの家や学校も含めて世界中にばらまくといっているので、きっとそうなるだろう。それはウェブサイトのアドレスに書いてあるwwwは章タイトルに示された「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」という意味だけれど、「その蜘蛛の章のなかで、私と斉藤くんのこの瞬間は、時間や空間を越えて永遠に漂い続けるのです。ごめんね斉藤くん。私と会ったことが、ふいに顔に触れる蜘蛛の糸のように、あなたの人生にまとわりつくことになるかもしれない。(……)」。そして実際にそれは「K市に住むS藤T巳くんの過激でただれたコスプレセックス」としてネットに流されることになり、3の「2035年のオーガズム」はそれを受けて始まっていくのである。

『ふがいない僕は空を見た』のうちの1と2の「ミクマリ」と「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」を簡略にたどっただけだが、両者は男と女、それぞれの家族の合わせ鏡のような関係にあり、いずれもがセックスと子どもをめぐる家族の問題として提出されていることが了承される。

しかもこの二作は、さらに視点を変えて、続く三作に引き継がれ、乱反射し、「ふがいない僕」だけでなく、「ふがいない登場人物たち」を召喚していく。それらを具体的に挙げてみれば、3の「2035年のオーガズム」は松永が語る『岸辺のアルバム』的家族の肖像、「セイタカアワダチソウの空」は団地でぼけた祖母と暮らす福田の生活を通じて浮かび上がる彼の家族の位相、「花粉・受粉」は再び斉藤助産院のお産の光景に戻り、「私」という助産師の「ばかな恋愛」と破綻した夫婦関係が語られ、息子に関するいやがらせメールなども押し寄せてきている。だが「私」を産婆へと誘った中国人のリウ先生はいう。「悪いことはずっと悪いままではないですよ。(……)オセロの駒がひっくり返るように反転するときがきますよ。(……)」と。

そうなのだ。『ふがいない僕は空を見た』の登場人物たちは全員が「ふがいない」存在として出現し、描かれ、そのような生活を送っている。だがそこには子どもたちの確固たるモラルが見出されるし、それらの全員を「ミクマリ」が守っているかのようなのだ。そして神の存在とか、「オセロの駒がひっくり返るように反転する」とかのフレーズは、太宰治『ヴィヨンの妻』の「この世の中の、どこかに神がいる」とか、「トランプ遊びのように、マイナスをあつめるとプラスに変わる」という言葉を彷彿とさせる。それらは『ふがいない僕は空を見た』という連作が、二一世紀の郊外のヴィヨンの妻と息子と娘たちの物語であることを告げているように思われる。

ヴィヨンの妻

なお『ふがいない僕は空を見た』は映画化もされている。

ふがいない僕は空を見た


◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」144  畑野智美『国道沿いのファミレス』(集英社、二〇一一年)
「混住社会論」143  森絵都『永遠の出口』(集英社、二〇〇三年)
「混住社会論」142  本間義人『国土計画を考える』(中央公論社、一九九九年)と酉水孜郎『国土計画の経過と課題』(大明堂、一九七五年)
「混住社会論」141  『田中角栄『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、一九七二年)
「混住社会論」140  『佐久間ダム建設記録』(ジェネオン、二〇〇七年)
「混住社会論」139  デイヴィッド・グターソン『殺人容疑』(講談社文庫、一九九六年)
「混住社会論」138  ニーナ・ルヴォワル『ある日系人の肖像』(扶桑社ミステリー、二〇〇五年)
「混住社会論」137  アップダイク『カップルズ』(新潮社、一九七〇年)
「混住社会論」136  トルーマン・カポーティ『冷血』(新潮社、一九六七年)と高村薫『冷血』(毎日新聞社、二〇一二年)
「混住社会論」135  山上たつひこ、いがらしみきお『羊の木』(講談社、二〇一一年)
「混住社会論」134  古谷実『ヒミズ』(講談社、二〇〇一年)
「混住社会論」133  小田扉『団地ともお』(小学館、二〇〇四年)
「混住社会論」132  篠原雅武『生きられたニュータウン』(青土社、二〇一五年)と拙著『民家を改修する』(論創社、二〇〇七年)
「混住社会論」131  江藤淳、吉本隆明「現代文学の倫理」(『海』、一九八二年四月号)
「混住社会論」130  Karen Tei Yamashita , Circle K Cycles(Coffee House Press、二〇〇一年)
「混住社会論」129  高橋幸春『日系ブラジル移民史』(三一書房、一九九三年)と麻野涼『天皇の船』(文藝春秋、二〇〇〇年)
「混住社会論」128  邱 永漢『密入国者の手記』(現代社、一九五六年)
「混住社会論」127  宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)
「混住社会論」126  江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)
「混住社会論」124  スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」123  『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」122  カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)
「混住社会論」121  谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1 

2016-06-21 古本夜話564 大川周明、井筒俊彦、東亜経済調査局

[] 古本夜話564 大川周明、井筒俊彦、東亜経済調査局

前回挙げた大塚健洋の『大川周明』中公新書)の中に、大川がポール・リシャールと親交を重ねる一方で、東亜経済調査局に採用され、その編輯部長となったことが記されている。てもとにその東亜経済調査局編の一冊があるので、大川とイスラムや井筒俊彦との関係を書いてみる。ちなみにこれは昭和七年に先進社から刊行された『一九三〇年一九三一年支那政治経済年史』である。編者の東亜経済調査局は東京市麹町区内山下町一‐一東洋ビル三階にあり、代表者は佐藤貞次郎となっている。

大川周明

司馬遼太郎との対談「二十世紀末の闇と光」(『井筒俊彦著作集』別巻所収、中央公論社)における井筒の発言によれば、大川周明がオランダから、アラビア語の基礎テキストの「イスラミカ」、イスラム研究の全文献の「アラビカ」のふたつの叢書を大金で買い求め、それらを東亜経済調査局の図書室に入れた。そしてその整理を井筒が担当し、自分が利用するだけでなく、日本にいる大学者ムーサーのために借り出したりした。だが敗戦によって、それらの蔵書は占領軍に接収され、小さな大学の地下室に積んでおかれ、だめになってしまったという。

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そこで東亜経済調査局をトレースすれば、明治三十九年に創立された南満州鉄道株式会社、通称「満鉄」は初代総裁の後藤新平の「文装的武備論」の意向のもとに、これは植民地経営のソフトな文化戦略と見なせようが、四十年に満鉄調査部を発足させる。そして大連の本社に調査課、東京に東亜経済調査局、満鮮歴史地理調査部、自然科学の分野では大連などに中央試験所、地質学研究所、農業試験場、さらに旅順に旅順工学堂(後の旅順工大)、奉天に南満州医学堂(後の満州医大)を設置した。この系譜上に大連図書館や奉天図書館、建国大学も設立されたと考えられる。このようなシフトからすれば、東亜経済調査局は満鉄調査部の東京支社とよんでいいかもしれない。

それをふまえ、あらためて『一九三〇年一九三一年支那政治経済年史』を開くと、菊判八百ページを超える同書が月刊『東亜』の時事評論と研究からなり、「凡例」には「一九三一年九月十八日の柳條溝事件を一契機として、満蒙は、新たなる急展開の過程にある」と記されていた。紛れもないリアルな現代史資料として編まれていたのだ。

ここでは山田豪一の『満鉄調査部』(日経新書)、草柳大蔵『実録満鉄調査部』』(朝日新聞社)などを参照し、東亜経済調査局をたどってみよう。明治四十一年に東亜経済調査局は「世界経済とくに東亜経済にかんする諸般の資料を蒐集整理し、これを基礎として、日本および満蒙の経済的立脚点を知悉せん」とする目的で設立された。日本で最初の組織的経済調査機関の基盤構築、資料収集、整理分類のために三人のドイツ人顧問が雇われ、アルファベットと数字の組み合わせによるカードシステムが導入された。そして資料収集のための欧米各国の新聞、雑誌、書籍の大量購入、内外の官庁、特に欧米の経済調査機関、大会社間での報告書、刊行物、資料類の交換によって、膨大な資料が蓄積され、大正に入って月刊で『経済資料』が刊行できるようになった頃から、その資料の独自性が確立された。

満鉄調査部実録”満鉄調査部”

二代目の局長の松岡均平は東亜経済調査局について、「資料局すなわちArchive に相当する」と考えていたが、外部からわかりやすい名称ということで、「調査局」と名づけられたと語っている。さらにそこに集められた人々は「まるで右翼から左翼まで、思想のオンパレードを見るようなもの」で、「東亜経済調査局はインテリの“梁山泊”だった」(草柳大蔵)のである。右翼は猶存社、左翼は新人会のメンバーが揃っていたからだ。

その中に一人が大川周明で、大正七年に入局し、八年に編輯課長、調査課長、財団法人化された昭和四年には理事長になり、その間の大正十四年には『特許植民会社制度研究』(宝文館、昭和二年)という論文で、法学博士となっている。それは東亜経済調査局に収集された資料を十全に読みこなしたゆえの業績だった。「大川は数ヵ国語に通じた語学の才があった。ヨーロッパ第一級の資料局に準じ、整然と分類された欧文資料は、大川によって最適の利用者をえた」(山口豪一)とされる。

特許植民会社制度研究書肆心水

そしてこれは東亜経済調査局のエピソードではないが、山田も草柳も満鉄調査部の特筆すべき文献収集にふれ、ソビエト・ロシア研究のための三万冊のコレクション、白鳥庫吉やその助手津田左右吉が属していた満鉄東京支社の満鉄歴史地理調査部のために購入した朝鮮文献などに言及し、草柳はいみじくも「満鉄が社員が必要とする古籍をポンと買ってしまうのは、一種の“御家芸”のようになっている」とも書いている。

大川周明もその「御家芸」を発揮して大金を払い、イスラム文献をオランダから購入したにちがいない。もちろんこの事実は満鉄調査部の歴史には出てこないが、東亜経済調査局」図書室に収められたそれらの高価なイスラム文献を井筒俊彦が整理分類し、大学者ムーサーの要望で借り出し、昭和十年代の東京で、もう一人の大学者イブラヒムと交代するかのように、アラビア語とイスラム研究の深化が計られたのであろう。なおその一方で、やはり東亜経済調査局にいて、日本最初のロシア語辞典を編纂した嶋野三郎は、イスラム諸国を味方にする「マホメット工作」を担当し、昭和十三年に代々木上原に回教寺院を建立している。イスラムと東亜経済調査局の関係は深い。


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2016-06-19 古本夜話563 リシャル著、大川周明訳『永遠の智慧』

[] 古本夜話563 リシャル著、大川周明訳『永遠の智慧』

もう一冊、警醒社発行の翻訳書があるので、続けて紹介してみる。それはリシャル著、大川周明訳 『永遠の智慧』で、大正十三年に刊行されている。以下リシャールと表記する。

この一冊を古本屋で買い求め、それからしばらくしてこれも本連載204でふれた、大正四年から十五年にかけての『秋田雨雀日記1』未来社)(未来社)を読んでいたら、エロシェンコタゴールと並んで、リシャールが出てきた。そこで、雨雀はリシャールのことを「テオソフィの人で、インドを経てきた人で、スウェデンボルグや、アンナ・ペーゼントのことを話した」と書いているのを読んだ。それは大正五年のところだが、リシャールとしばしば会ったり、訪ねたりして、ウパニシャッドのことなども話したりしているとわかる。これらの雨雀の日記は大正時代の東京の文化的環境の国際化の一端を伝えていた。

秋田雨雀日記

大川周明が 『永遠の智慧』の「序」に記しているところによれば、「仏蘭西の鉄人ポール・リシャル氏」は大正四年から九年にかけて、日本に滞在して「静寂なる思索生活」を送り、「古今東西の名著を渉猟」し、「古賢先聖の言を集めて之に一貫の脈絡を与へ、一言一句を増減せずして、自ら一個の文章たらしめたるもの」を編んだ。その英訳を原本として、大川が訳し、松村介石の道会の季刊誌『道』に連載し、 『永遠の智慧』が単行本にされたことになる。それはリシャールが日本を去りて四年後のことで、現在彼はヒマラヤ山中で行者の生活を送りつつあると報告されてもいる。

確かに大川がいうように、この七章七十節近くに及ぶ『永遠の智慧』は聖書類、仏典、ギリシャ・ローマ古典、インド・中国古典などの引用からなる一冊である。それらの中において最も頻出しているのが、出典を『ヘルメス』とする引用文で、その初出が第二章一〇節にも見えている。それは次のような一節だ。「言語は異なるも人は到処一味なり。故に其の理性もまた一味にして、理性の声は之を翻訳すれば埃及に於ても、印度に於ても、希臘に於ても、更に異なることなし」。なおルビは省略した。この出典はヘレニズム時代のアレキサンドリアを中心に展開された哲学、宗教的作品、占星術、錬金術、魔術をめぐる『ヘルメス文書』(荒井献、柴田有訳、朝日出版社)、及び「ヘルメス叢書」(有田忠郎他訳、白水社)と見なしていいだろうし、ジョルダーノ・ブルーノやヤコブベーメからの引用が目立つのも、これらと連鎖していることに由来しているとわかる。

ヘルメス文書

そのように考えると、先に引用した雨雀のいうところのリシャールがテオソフィ=神智学の人で、その宗教的思想環境を、本連載247のスウェデンボルグ、及び同148のブラヴァツキー、彼女の亡き後、印度の神智学協会の主導者となった、アンナ・ペーゼント=アニー・ペザントなどとともにしていたらしいことが浮かび上がってくる。それは大正時代において、大川はキリスト教と袂を分かった日本教会=道会に入り、日本への回帰とアジアへの覚醒に至る中で、そのような神智学人脈の近傍にあったことを物語っている。

そのリシャールの詳細なプロフィルを教えられたのは、大塚健洋の『大川周明』中公新書)においてだった。この「ある復古革新主義者の思想」というサブタイトルを付された評伝の中に、「ポール・リシャールとの出会い」なる一節があり、そこにはリシャール夫妻の写真も掲載されていた。そしてこの「フランスの哲学詩人」が頭山満、内田良平、北一輝などの「日本の国家主義者たち」に多大な影響を与え、とりわけ大川の場合、一年間起居をともにしたこともあって、その感化は計り知れないとも書かれていた。

大川周明

大塚のレポートによれば、リシャールは一八七四年南仏の牧師を父として、アラビア人の血を引いて生まれた。モンペリエ大学などで哲学、神学、法学博士の学位を受け、長老派の牧師として、社会事業や青年教育に尽力し、一方でパリで弁護士も務め、トルコ人銀行家の娘ミラ・アルファッサと結婚するに至った。

リシャール夫妻は物質的欲望に基づく西洋文明の行き詰まりと新たな精神文化の創造を主張し、ヨガに強い関心を有していたことから、一九一四年に光を求めてインドに向かった。そしてヨガの実修に励み、哲学雑誌『アーリヤ』を創刊する。大川が 『永遠の智慧』の「序」で述べていたように、それは『アーリヤ』に発表され、大川自身によって翻訳され、松村介石の『道』に連載されたものであった。

しかしリシャールの予言したように、第一次世界大戦の勃発もあり、一年足らずでインドを離れざるを得ず、フランスへと帰国した。だが一六年にリシャール夫妻は再びアジアへと旅立ち、日本へも立ち寄ったところ、当初数ヵ月の予定が四年間の滞在に及ぶことになったのである。それは日本が深く夫妻の魂をとらえたからで、そうした中で大川は夫妻と出会い、ミラ夫人からフランス語を学ぶようになり、頻繁な訪問が高じ、ついに千駄ヶ谷のリシャール家に同居するに及んだのである。リシャールは大川の依頼によって、“Au Japon”=「日本へ」を創作する。それは日本を「正義の国」として、「七つの栄誉」と「七つの使命」を説いたもので、これは大塚の著書に収録されている。

大川はこれに筆舌を尽きぬ感慨を覚え、その訳稿を携え、国家主義者の川島浪速を訪ねると、川島も絶賛し、これを東亜の識者に配布しようと決意した。そして自らの序文、大川の邦訳、松平康国の漢訳、ミラ夫人の英文も加え、大正六年に小冊子『告日本国』(山海道出版部)を刊行したのである。これは後の昭和十六年に『告日本国』(青年書房)として出版されている。また大正十年には同じく大川訳で、リシャールの『第十一時』(大鐙閣)が刊行されているようだが、こちらは未見である。

なおリシャール夫妻は大正九年に再びインドに向かい、リシャールはそれから大川が記しているように、ヒマラヤを経て、エジプト、スイスなどを通歴し、晩年はニューヨークに住み、一九六六年に九二歳で亡くなった。一方でミラはインドにとどまり、ヨガ道場の責任者として、その生涯を捧げ、人々からマザーと尊称されたという。


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2016-06-16 混住社会論144 畑野智美『国道沿いのファミレス』(集英社、二〇

[] 混住社会論144 畑野智美『国道沿いのファミレス』(集英社、二〇一一年)

国道沿いのファミレス  国道沿いのファミレス集英社文庫)


前回の森絵都『永遠の出口』の中で、主人公の紀子が高校生になり、欧風レストランでアルバイトをする一章が設けられていた。しかしその店名と上質な料理には言及したが、そこでのアルバイトの具体的な仕事と人間関係についてはふれてこなかった。それはそのレストランが郊外のファミレスではなかったからだ。

永遠の出口

ところが今回の畑野智美の『国道沿いのファミレス』はまさにチェーン店のロードサイドビジネスに他ならないファミレスを舞台とする物語であり、本連載51などでもコンビニをトポスとする小説を紹介してきたけれど、ついにファミレスも、そのような物語を提出するトポスへと成熟していったことになる。拙著『〈郊外〉の誕生と死』で述べておいたように、ロードサイドビジネスはファミレスを先駆けとするもので、それは一九七〇年のすかいらーくから始まり、ロイヤル、ロッテリア、デニーズなどが続き、八〇年代に急成長し、確固たる外食産業を形成するに至ったのである。

〈郊外〉の誕生と死

『国道沿いのファミレス』を書いた畑野智美は一九七九年生まれとあるので、ファミレスだけでなく、ロードサイドビジネスと郊外消費社会とともに成長した世代に属している。それに主人公たちに告白させているように、子供の頃、ファミレスは洋風の建物が「かっこ良く」、誕生日やクリスマスには「家族で行く特別な場所だった」のである。またこの世代はファミレスがアルバイトの場ともなり、実際に畑野もアルバイトをしていたようだ。さらに付け加えれば、この世代は二〇〇〇年の大店法廃止後、新たに大店立地法が施行されたことによって、大規模な郊外ショッピングセンターの出現を目撃し、その主要な客層を形成することになったといえよう。畑野の作品はそれらがもたらした社会的風景やハビトゥス、及び家族や男女関係の変容も含め、トータルとしての現在を描こうとしているように思える。しかもそれはネット社会の偽りの情報の伝播によって生じるサラリーマンの個的事情、外国人との混住社会が発生させる都市伝説的な犯罪などにも及んでいて、かつて読んだフランスの社会学者エドガール・モラン『オルレアンのうわさ』(杉山光信訳、みすず書房)を想起してしまった。これは一九六〇年代末にパリから離れた地方都市オルレアンで、何人かの女性が、ユダヤ人が営む婦人服店の試着室で姿を消し、地下室から外国の売春街へさらわれたという噂が広まり、その実態をレポートしたものだった。だが実際には行方不明になった女性など一人もいなかったのである。

オルレアンのうわさ

まず『国道沿いのファミレス』もそのような『オルレアンのうわさ』的物語構造を有していることを記しておく。この物語は主人公の佐藤善幸が六年半ぶりに故郷の町に帰ってくるところから始まっている。彼の実家はシャッターが閉まっている店が多い商店街にある電器屋だったが、そこには寄らず、その外れのゴールデン街にあるスナック茜に向かった。そこは幼馴染のシンゴの母親の茜さんが営む八畳に満たない狭い店で、その内装はまったく変わっておらず、「タイムスリップしたような不気味さ」を感じさせた。茜さんはいなかったが、シンゴはいて、さらに高校時代に黒髪の清純派として知られた吉田さんも姿を見せた。そこまできて、「僕」=ユキ=佐藤君の自己紹介がなされる。

 この町で生まれ、この町で育った僕は高校を卒業したのと同時に町を出て、東京の大学に進学し、東京に本社がある外食チェーンの会社に就職した。

 和食レストラン、居酒屋、イタリアンレストランと展開している中で、配属されたのはファミリーレストランの「チェリーガーデン」だった。都内の店舗で三年くらい働き、その後は本社勤務という枠での採用だ。あと半年も経てば本社勤務になるはずだった。しかし今年の夏の初めに問題が起こり、転勤が決まった。転勤先の店舗があるのがこの町だった。

東京から電車で一時間半、関東地方からポンッと弾き飛ばされたと中で最北端の地だ。(……)

その店舗は住宅地を抜けた国道沿いの果樹園の木々の間にあるボウリング場やレンタルビデオ店と並んでいた。それは次のように描写される。

 レンガを積んだように見せかけた外壁に茶色い屋根、広い駐車場兼駐輪場、屋根の上に掲げられた大きな看板。ファミリーレストランの基本を絵に描いたような構え。僕が幼稚園の頃にできて以来、何も変わっていない。しばらくここで働くのかと思うと気分が沈み、泣きたくなった。

「僕」がこの生まれた町の店にやってきたのは、「問題を起こした社員」として、地方の店に飛ばされたからだ。それはインターネットの掲示板に「チェリーガーデン都内S区S店の社員Sは高校一年のウェイトレスに手を出し、散々やりまくって捨てた」と書き込まれたことが発端だった。この掲示板は元アルバイトから社員になった人が開設したもので、アルバイトたちが当たり障りのない新メニューのおすすめポイントなどを書き込むものだったが、そこにこの当たり障りのありすぎる一文が書き込まれたのだ。都内店舗多しといえども、「S区S店の社員S」となると、「僕」しかおらず、しかも「女子高生」ではなかったが、「アルバイト」のウェイトレスに「手を出し」て、「やりまくって」いたのである。それが転勤辞令の出た理由となった。情報が伝わるのは速く、この店にまで「ロリコン社員」という噂が入ってきているようだった。だがこの故郷の町のチェリーガーデンは「幼稚園の頃にできて以来、何も変わっていない」。

それに古びて「何もかもが色あせた駅」と不釣合いな銀色に光る自動改札、シャッターが閉まっている商店街、「タイムスリップしたような不気味さ」を感じるスナックに対して、高校生の頃に爆発した製薬工場の跡地には、サクライというショッピングセンターが開業していた。吉田さんの言葉を借りれば、「すごいんだよ。広いスーパーがあるし、洋服もたくさん売っているし、大きい本屋さんも入っているし、雑貨屋もあるし、レストランもいっぱいあって、シネコンまであるんだよ」。まさに今世紀に入って、全国に増殖した大規模な郊外ショッピングセンターの典型に他ならない。

そうした故郷の町とチェリーガーデンを主たるトポスとして、『国道沿いのファミレス』は、森絵都『永遠の出口』におけるレストランのアルバイトの後日譚的エピソードをコアとし、それに「僕」の家族、新しい恋人、シンゴの結婚問題などへと展開されていく。だがそうした舞台装置は先の引用からうかがわれるように、書割めいたニュアンスがつきまとっている。畑野がこの作品で描こうとしているのは、それらのトポスの輪郭ではなく、そのような環境に置かれることによって変容してしまった人間関係、もしくは何らかの欠落のようにも思われる。例えば、バイト上がりの社員と「僕」のような新卒採用社員は「先住民と開拓者」の比喩で語られているから、単なるアルバイトがどのようなポジションにあるのか推測がつく。また「先住民と開拓者」の関係が「僕」の転勤につながったといえる。それが登場人物の造型や行動にも表出し、次第にそれが「僕」の家族、とりわけ父親との関係に由来すると判明してくる。だが当初は畑野の個人の資質によっているのではないかとも考え、内田春菊のコミックと通底する女性特有の冷徹さを感じてしまったことも書きとめておくべきだろう。

それは「僕」が転勤するにあたって、見送りにきた「一年付き合っていた彼女」に示す態度、及び彼女の直截的反応に最もリアルに表出している。彼女こそはまさにあの「アルバイトのウェイトレス」なのだ。

 (……)新宿駅のホームまでの見送りに来てくれた彼女に、遠距離っていうほどでもないし、大丈夫だよね?と聞かれた。大丈夫だよ、会いにくるよと嘘でもいいから言えばよかったのに、言葉が出てこなかった。お互いにしばらく黙り込んだ後、彼女は僕の形態電話を取り上げ、本来折る方とは逆に折り、ベンチに投げつけ、踏み潰した。そして黙って帰っていった。周りにいた人達が唖然としが顔で見ている中、僕は携帯電話を拾い上げ、荷物の奥に突っ込み、急いで中央線に乗った。未練はない。もともとそんなに好きじゃなかった。

「僕」は結果として、「女子高生」ではないけれど、ネット上の「散々やりまくって捨てた」という書き込みを地で行ったことになる。もちろん先述したように、読み進めていくと、このような「僕」の女性観とその関係の根幹には父親の存在が大きく横たわり、それが「僕」のエロスを形成してきたとわかってくるけれど、ここに表出しているのはひとつのアパシーのかたちのように思われてならない。それは物語は異なっているが、本連載136の高村薫の『冷血』を覆っていたアパシーと通底しているのではないだろうか。

冷血

ただ『国道沿いのファミレス』のほうは『冷血』的結末ではなく、そのようなアパシーから脱け出し、それなりのハッピーエンドを暗示させてクロージングに向かうわけだが、物語全体にアパシーが付きまとっているという印象が抜けない。新宿駅の別れのシーンが反復されるのではないかというオブセッションから逃れられないのである。

もはや故郷の町にしても、そこにも何のノスタルジーも喚起されていない。それは家族も幼馴染も同様だし、どこかでコミュニケーションが切断されてしまったようなニュアンスがある。男女関係にしても人間関係にしても、場所や職場が異なれば、季節ごとに気軽に脱ぎ捨てたり、変えたりできるもののように設定されている。これらのすべては郊外消費社会が内包し、体現しているファクターのように思われてならないのだ。それは携帯電話が象徴的に表象し、男女関係のつながりのメタファーとして機能している。「僕」は壊れた携帯電話を触媒として、ショッピングセンターで、機種の変更に乗じ、綾ちゃんという新しい彼女と出会うのだが、それは疑似オイディプス的関係を生じさせることにもなってしまう。

そのような関係と相俟って、シンゴの出生の秘密も明らかにされる。一九八四年に外国人の二人組がゴールデン街のスナックに強盗に入り、茜さんをレイプした。それで生まれたのがシンゴだったのだ。茜さんはフランスに留学していた時の恋人がシンゴの父親だとか、スナックの常連客は酔ってそれぞれが父親だと語っていたが、それが「不細工」な顔の茜さんに白人とのハーフのようなシンゴが生まれた真相だったのである。商店街から外れた薄暗い道の奥にひとつの疑似家族が営まれ、シンゴは成長し、「僕」の物語とコントラスト的に市内の大学に進学し、商店街の先にある図書館で司書となり、中学時代から好きだった同級生の吉田さんと付き合い、障害をはねのけ、結婚へと至るストーリーが併走している。それは「国道沿い」ならぬ「ゴールデン街という路地」の物語であり、シンゴの出生が明らかになる物語の終盤に及んで、あらためて畑野が他者の意味を問うように、『国道沿いのファミレス』をユキとシンゴの二人の物語として描いていたことに気づかされる。そうして物語につきまとっていたアパシーも溶解していこうとしていることも。


◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」143  森絵都『永遠の出口』(集英社、二〇〇三年)
「混住社会論」142  本間義人『国土計画を考える』(中央公論社、一九九九年)と酉水孜郎『国土計画の経過と課題』(大明堂、一九七五年)
「混住社会論」141  『田中角栄『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、一九七二年)
「混住社会論」140  『佐久間ダム建設記録』(ジェネオン、二〇〇七年)
「混住社会論」139  デイヴィッド・グターソン『殺人容疑』(講談社文庫、一九九六年)
「混住社会論」138  ニーナ・ルヴォワル『ある日系人の肖像』(扶桑社ミステリー、二〇〇五年)
「混住社会論」137  アップダイク『カップルズ』(新潮社、一九七〇年)
「混住社会論」136  トルーマン・カポーティ『冷血』(新潮社、一九六七年)と高村薫『冷血』(毎日新聞社、二〇一二年)
「混住社会論」135  山上たつひこ、いがらしみきお『羊の木』(講談社、二〇一一年)
「混住社会論」134  古谷実『ヒミズ』(講談社、二〇〇一年)
「混住社会論」133  小田扉『団地ともお』(小学館、二〇〇四年)
「混住社会論」132  篠原雅武『生きられたニュータウン』(青土社、二〇一五年)と拙著『民家を改修する』(論創社、二〇〇七年)
「混住社会論」131  江藤淳、吉本隆明「現代文学の倫理」(『海』、一九八二年四月号)
「混住社会論」130  Karen Tei Yamashita , Circle K Cycles(Coffee House Press、二〇〇一年)
「混住社会論」129  高橋幸春『日系ブラジル移民史』(三一書房、一九九三年)と麻野涼『天皇の船』(文藝春秋、二〇〇〇年)
「混住社会論」128  邱 永漢『密入国者の手記』(現代社、一九五六年)
「混住社会論」127  宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)
「混住社会論」126  江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)
「混住社会論」124  スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」123  『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」122  カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)
「混住社会論」121  谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1