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2012-07-23 ブルーコミックス論44 たなか亜希夫『Glaucos/グロコス』(講談社

[] ブルーコミックス論44 たなか亜希夫『Glaucos/グロコス』(講談社、二〇〇四年)

グロコス1 グロコス2 グロコス3 グロコス4


『Glaucos/グロコス』(以下『グロコス』とする)のタイトルの意味は最後の第4巻に至って、紅海におけるフリーダイビングで、200メートルの深度に挑むプロジェクト名にして、ギリシャ神話に登場する海の神とようやく紹介される。

コミックでもあるし、里中満智子『マンガギリシア神話』を援用しようと思ったのだが、残念なことにこれには登場していないので、説明不足と見なせるけれど、『グロコス』のラスト近くになって提出されたプロフィルをまず示すことにしよう。

マンガギリシア神話

 海をこよなく愛する漁師が、ある日目にした軌跡。陸の上でも魚は生きられる―ある薬草を食べさえすれば。

 漁師はその薬草を食べ、生死を賭して海へ潜った―すると息苦しさを感じることなく思うがままに―魚のように自由であった。

 だが―自由の歓喜を味わうほどに人間らしい考えが消えてゆく。それでもいいと陸に別れを告げた時―その姿までもが変わっていった。海の神の祝福を一身に受けた男―その名はグロコス。

そこには人魚ならぬ半魚人となった漁師の姿が描かれていた。

このエピソードを確認するために、高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店)を引いてみた。この辞典でグロコスは「グロウコス、Glaukos」とあり、それは青緑色の鋭い目を意味し、海の神の名前で、ポセイドンとニンフの子ともいわれ、偶然に薬草のおかげで不死の海神となり、予言力を有し、海の怪物を引き具して島々や海をめぐり、漁師たちに尊ばれたとされる。もちろんこれはグロウコスのひとつの神話例であるが、たなかの『グロコス』、もしくはそれに先駆けてフリーダイビングをドラマとしたリュック・ベッソンの映画『グラン・ブルー』にしても、この神話を物語の範としていると見なしていい。

ギリシア・ローマ神話辞典 グラン・ブルー

またそうした神話を再現するかのように『グロコス』の物語も幕開けとなる。そしてこの全4巻の表紙や装丁が、海に象徴される青の色彩に包まれているように、巻頭の四ページにわたって、ポリネシアの青い海が描かれ、海の中に沈んでいきながら、女性が子供を出産し、その子供を二匹のイルカが産湯を使わせるかのように世話する場面が出現する。このカラーページを覆う鮮やかな青は、青緑や青紫も含んだ領域に広がり、海のもたらす多様な青の変化性を伝えようとしているのだろう。

そこで青のカラーページは終わり、イルカによって海上に送り出された子供をひとりの漁師が発見する。彼は子供をイルカの背から抱き取ると、子供は彼の指をつかむ。それを祝すかのように、イルカが海上に跳びはねる。漁師は「この子があの伝説の子なのか……?」と呟くのだ。こうして桃太郎やかぐや姫伝説に始まる出生譚と通じる「イルカがくれた赤ん坊」の物語でもある『グロコス』が始まっていく。

そして十七年後、同じ海で、年老いたフランス人クロードが成長した子供であるシセを発見する。クロードはかつて80Mという世界記録を持つフリーダイバーで、シセの素潜りに魅せられてしまう。クロードはシセをフリーダイビングの世界へと誘うために、育った島から連れ出し、日本へと向かう。クロードの友人が院長を務める大学病院で、シセはその潜水能力が海中で生まれたこととイルカに救われたことと関連するのかをめぐって検査を受ける。すると人間にとって謎ともいえる臓器である脾臓が異常に大きく、それが「潜るための臓器」=酸素ボンベの役割を果たしているのではないか、またそれは太古の昔に人類の祖先が海にいた頃、自在に使えていた機能だったのではないかという推論にたどりつく。シセが「人類未知の深み」ともいうべき「あの青き深み(グランブルー)へ!!」と至る超人的記録を出せれば、「海へ還る進化」の先兵と位置づけられるのだ。

かくしてクロードを師とするシセの伊豆の海でのフリーダイビング修業、ジャパンオープン大会出場、その過程で明らかになっていく深い潜水が脳に与える影響と物語は、ビルドゥングスコミックとして進行していく。その一方で新たに太古の「陸の王」による海の侵略に対し、「海の王」が平和の使者として、海と陸を自由に往き来できる若者をイルカの背に乗せて送ったという伝説が紹介される。しかし若者が「陸の王」に海と平和のすばらしさを説いたが、「陸の王」は若者に羨望と嫉妬を覚え、彼に槍を突き立てると、若者は海に沈み、人間に深く失望しながらその姿を変え、深みに消えてしまい、二度と人間の前に現れることはなかったという神話が挿入され、それはもう一度島の伝説と残された絵として反復される。

おそらくたなか亜希夫によって創作されたこの神話こそが、同じテーマを扱いながらも、『グロコス』ベッソン『グラン・ブルー』の一線を画するものであり、シセも彼を生んだ女性も同じく救ったイルカや漁師も、さらにポリネシアの海と島と住民の総体が、この神話の「若者」のメタファーに他ならないのだ。それはシセを救い、父となった漁師が語る核実験に象徴され、シセがその島の伝説の「若者」そのものだと気づいていたゆえに、彼はシセが島から出ることに反対したことになる。

もはや物語の結果は見えているにしても、もう少し付け加え、追ってみなければならない。シセは修業の一環として、京都の寺で参禅し、海と禅の一致を見たことで、大師から名前を与えられる。それは海の深みを示す「紫青」で、ここに『グロコス』の冒頭のカラーページにおけるシセの誕生と青紫の海との遭遇が偶然でなかったことが告げられる。そして『グロコス』が示す「青緑」もまた同様なのである。

シセは地中海で世界チャンピオンと深度100M壁に挑み、さらなる深みをめざし、紅海でのプロジェクトグロコスが実現する。深みをめざして潜っていくシセの脳裡に、これまでの物語が走馬灯のように浮かんでは消えていき、それは100Mを過ぎた地点で海を殺した核実験の光景が出現する。さらに150Mを超えると、太古の海、まだ生命が生まれていない海、酸素が誕生しつつある海と次々に変化、ついには水もなく海もない、燃えている星となる。ついに200Mを超えた。するとようやく水の最初の一滴が見出されるところまできた。だがそこでシセは画面から姿を消してしまう。海から生まれた子が海へ戻っていくようにして。こうしてここに日本のコミックにおける「グロコス」神話の誕生を見たことになる。

次回へ続く。

◆過去の「ブルーコミックス論」の記事
「ブルーコミックス論」43 土田世紀『同じ月を見ている』(講談社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」42 marginal×竹谷州史『月の光』(エンターブレイン、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」41 喜国雅彦『月光の囁き』(小学館、一九九五年)
「ブルーコミックス論」40 平本アキラ『俺と悪魔のブルーズ』(講談社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」39 中村珍『羣青』(小学館、二〇一〇、一一、一二年)
「ブルーコミックス論」38 山田たけひこ『マイ・スウィーテスト・タブー ―蒼の時代』(小学館、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」37 山岸良子『甕のぞきの色』(潮出版社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」36 金子節子『青の群像』(秋田書店、一九九九年)
「ブルーコミックス論」35 原作李學仁・漫画王欣太『蒼天航路』(講談社、一九九五年)
「ブルーコミックス論」34 原作江戸川啓視、漫画石渡洋司『青侠ブルーフッド』(集英社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」33 原作江戸川啓視、作画クォン・カヤ『プルンギル―青の道―』(新潮社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」32 高橋ツトム『ブルー・へヴン』(集英社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」31 タカ 『ブルーカラー・ブルース』(宙出版、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」30 立原あゆみ『青の群れ』(白泉社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」29 高田裕三『碧奇魂 ブルーシード』(新装版講談社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」28 秋里和国『青のメソポタミア』(白泉社、一九八八年)
「ブルーコミックス論」27 やまむらはじめ『蒼のサンクトゥス』(集英社、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」26 原作・高山 路爛、漫画・やまだ哲太『青ひげは行く』(集英社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」25 柳沢きみお『青き炎』(小学館、一九八九年)
「ブルーコミックス論」24 島本和彦『アオイホノオ』(小学館、二〇〇八年)
「ブルーコミックス論」23 石川サブロウ『蒼き炎』(集英社、一九九〇年)
「ブルーコミックス論」22 志村貴子『青い花』(太田出版、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」21 羽生生純『青(オールー)』(エンターブレイン、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」20 入江亜季『群青学舎』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」19 さそうあきら『さよなら群青』(新潮社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」18 篠原千絵『蒼の封印』(小学館、一九九二年)
「ブルーコミックス論」17 木内一雅作・八坂考訓画『青龍(ブルードラゴン)』(講談社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)
「ブルーコミックス論」15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)
「ブルーコミックス論」12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)
「ブルーコミックス論」11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)
「ブルーコミックス論」9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)
「ブルーコミックス論」8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年))
「ブルーコミックス論」6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)
「ブルーコミックス論」5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)
「ブルーコミックス論」4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」2 序 2
「ブルーコミックス論」1 序 1
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