出版・読書メモランダム このページをアンテナに追加 RSSフィード

「出版状況クロニクル99(2016年7月1日〜7月31日)」はこちら

2012-08-27 ブルーコミックス論49 かわかみじゅんこ『軽薄と水色』(宙出版、

[] ブルーコミックス論49 かわかみじゅんこ『軽薄と水色』(宙出版、二〇〇七年)

軽薄と水色


今回の『軽薄と水色』の「水色」は、前回のような夏休みを具体的に表象する色彩ではなく、若さ、それは「軽薄」の代名詞でもあるが、に伴う様々な感情のメタファーと見なせるだろう。

それを示すかのようにfrivolité et blue clair というフランス語訳タイトルが付せられている。もちろんパリに住んでいるらしい、かわかみの意向もあるにしても。frivolitéは「軽薄」に加えて、移り気、つまらないこと、くだらないことなどの意味も含み、それにblue clair=「水色」が寄り添っていることを、このタイトルは物語っている。

しかしこの『軽薄と水色』は六つの短編で構成された作品集であるが、同じタイトルのものは含まれていないので、この六つの作品のトータルがその表象ということになろう。だから本来であれば、これらの六つの短編のシノプシスを述べ、タイトルにこめられた世界を浮かびあがらせるべきかもしれない。だがそれらはいずれも好短編であり、紹介していくとそれだけで長くなってしまうので、ここでは冒頭に置かれた「バイバイラジオスター」に限りたい。これは豊島ミホ『日傘のお兄さん』新潮文庫)所収の原作に負っているにしても、かわかみの『軽薄と水色』の世界のニュアンスを最もよく伝えているように思われるからだ。

日傘のお兄さん

「バイバイラジオスター」は車で就活中のチセがFMラジオを聴いている場面から始まる。ラジオでしゃべっているのは大学の先輩で、初めてつきあったノブオだった。二人は別れてしまったこともあって、チセはノブオがラジオ局に就職したことを知らなかった。彼女は東京から北の町にある大学に入り、初めての冬のたくさんの雪と静かすぎる夜に結ばれたこと、彼が自分を呼ぶ時の小さくはじけるようなくすぐったい音のする声を思い出した。結局最後には自分がフラれたのだと思う。そのチセも今や大学四年になり、去年の夏からつきあっている同学年の大樹もいる。しかし大学に入った時にめざしていた仕事とは関係なく、色んな会社を受けて落とされ、「何やりたいのかわかんない状態」に陥っていたし、それは友人たちも同じ状態にあり、大樹も就職をあきらめ、卒業と同時に「自分さがしの旅」に出るらしいのだ。

そういえば、ノブオと別れたのも、彼が就職でナーバスになっていたからだ、あの頃はその別れの意味がまったくわからず、彼が自分のことを面倒くさくなっていたと思っていた。でも今はあの時のノブオの気持ちがちょっとだけわかる気がした。「私は別れるのがヘタらしい。」

四月から始まったノブオの番組は桜が散り、緑の匂いが伝わり始めると人気が出て、「ノブオはラジオスター」になった。相変わらず就職が決まっていなかったチセは、実家のある東京の会社を考え、就職課のファイルを繰っていて、ノブオがこの大学から始めて放送局に入ったことを知る。しかも「どうしても入りたい」と努力していたことも。でもあの頃、ノブオはそれを話してくれなかったし、自分も何も考えていなかったのだ。その時の自分と現在の自分は何も変わっていないのかもしれない。しかしとりあえず、今自分にできることだけはしようと決意した。それは東京で就活すること、もうひとつはノブオの番組に本名でリクエスト葉書を出すことだった。東京に移れば、このFMは入らなくなるし、ノブオの声を聴くのも最後になってしまうからだ。その曲はカーペンターズ「スーパースター」である。

彼女は東京に向かう車の中で、それがかかりノブオによってチセの葉書が読まれ、彼が曲について語っているのを聞く。私たちもそれを聞いてみよう。

 「……すごく切ない曲なんですよね。昔の恋人の声が甘くきれいにきこえるのに、それはラジオなのっていう……  

 でもこの詞、男の側からしてみるとどうなるのかな。離れていても自分の声が昔の彼女に届くわけでしょう?……いいですよね。実は僕は昔ラジオ好きの女の子とつきあっていて、それがきっかけで、この仕事につきたいと思ったんですが。

 だから今でも時々ソーゾーするんですよ。いつか、いつか彼女がどこかでこの番組を聴いたらびっくりするだろうなあ、なんてね。(中略)つい口がすべりましたが……」

チセは「うそ、そんなの知らなかった。考えもしなかったよ、ノブオ」と思い、運転しながら涙を流す。そのチセの顔を、かわかみは様々な角度から五コマにわたってアップで描き、「目/腫れる……」と彼女に呟かせている。そして「道はとっくに分かれてる」し、「きっとそれでいいんだ」とも。

もちろん村上春樹の影響を否応なく感じてしまうけれども、このような場面とその展開の中に、かわかみならではの恋愛コミックの文法を読み取りたくなる。他の五編も同じような文法によって成立していて、それらの全体に対して、『軽薄と水色』となるタイトルを付した、かわかみの用意周到な配慮にオマージュを捧げたくなる。私が他の作品に見られるセンチメンタルとユーモアの共存も好むからでもあるが。

そしてさらに付け加えれば、「ラジオスター」の原作者の豊島ミホ『夜の朝顔』集英社文庫)しか読んでいないが、こちらもかわかみじゅんこと同じfrivolité=「軽薄」ならぬélégance=「巧妙さ」を感じてしまう。つまり「軽薄」をよそおった若い女性の「巧妙さ」をも。とすれば、「水色」の意味も変わってしまうだろう。かわかみにしても豊島にしても、いずれもこれらの一冊しか読んでいないし、まだ未読のものが多く残されているので、それらを読むことによって、さらなる「水色」の揺曳を確かめてみよう。

夜の朝顔


次回へ続く。

◆過去の「ブルーコミックス論」の記事
「ブルーコミックス論」48 大石まさる『みずいろパーフェクト』(少年画報社、二〇〇八年)
「ブルーコミックス論」47 グレゴリ青山『マダムGの館 月光浴篇』(小学館、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」46 豊田徹也『アンダーカレント』(講談社二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」45 漆原友紀『水域』(講談社、二〇一一年)
「ブルーコミックス論」44 たなか亜希夫『Glaucos/グロコス』(講談社、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」43 土田世紀『同じ月を見ている』(講談社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」42 marginal×竹谷州史『月の光』(エンターブレイン、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」41 喜国雅彦『月光の囁き』(小学館、一九九五年)
「ブルーコミックス論」40 平本アキラ『俺と悪魔のブルーズ』(講談社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」39 中村珍『羣青』(小学館、二〇一〇、一一、一二年)
「ブルーコミックス論」38 山田たけひこ『マイ・スウィーテスト・タブー ―蒼の時代』(小学館、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」37 山岸良子『甕のぞきの色』(潮出版社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」36 金子節子『青の群像』(秋田書店、一九九九年)
「ブルーコミックス論」35 原作李學仁・漫画王欣太『蒼天航路』(講談社、一九九五年)
「ブルーコミックス論」34 原作江戸川啓視、漫画石渡洋司『青侠ブルーフッド』(集英社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」33 原作江戸川啓視、作画クォン・カヤ『プルンギル―青の道―』(新潮社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」32 高橋ツトム『ブルー・へヴン』(集英社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」31 タカ 『ブルーカラー・ブルース』(宙出版、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」30 立原あゆみ『青の群れ』(白泉社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」29 高田裕三『碧奇魂 ブルーシード』(新装版講談社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」28 秋里和国『青のメソポタミア』(白泉社、一九八八年)
「ブルーコミックス論」27 やまむらはじめ『蒼のサンクトゥス』(集英社、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」26 原作・高山 路爛、漫画・やまだ哲太『青ひげは行く』(集英社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」25 柳沢きみお『青き炎』(小学館、一九八九年)
「ブルーコミックス論」24 島本和彦『アオイホノオ』(小学館、二〇〇八年)
「ブルーコミックス論」23 石川サブロウ『蒼き炎』(集英社、一九九〇年)
「ブルーコミックス論」22 志村貴子『青い花』(太田出版、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」21 羽生生純『青(オールー)』(エンターブレイン、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」20 入江亜季『群青学舎』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」19 さそうあきら『さよなら群青』(新潮社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」18 篠原千絵『蒼の封印』(小学館、一九九二年)
「ブルーコミックス論」17 木内一雅作・八坂考訓画『青龍(ブルードラゴン)』(講談社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)
「ブルーコミックス論」15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)
「ブルーコミックス論」12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)
「ブルーコミックス論」11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)
「ブルーコミックス論」9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)
「ブルーコミックス論」8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年))
「ブルーコミックス論」6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)
「ブルーコミックス論」5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)
「ブルーコミックス論」4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」2 序 2
「ブルーコミックス論」1 序 1
トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/20120827/1345993273