出版状況クロニクル53(2012年9月1日〜9月30日)
先月三島の北山書店の閉店と半額セールにふれたが、今月もう一度訪れることができた。かなり売れているようで、山積みになっていた在庫も明らかに減り、これまで目にする機会がなかった棚も見え、ずっと探していた何冊かを購入してきた。
ささやかではあるけれど、本クロニクルや書肆紅屋のツイッターなどの反響もあってか、これまでと異なる多くの未知の客たちが訪れ、閉店セールはにぎやかなものになったようだ。そのことに関し、店主夫人からお礼を言われてしまった。
しかし65年間続いてきたという北山書店の閉店は本当に寂しい。これを書くために確かめたところ、月末にすべての在庫を処分し、完全に閉店したという。もう二度とあの古本の膨大な在庫を見ることはできないし、新刊と異なり、その光景はもはや再現不可能なのだ。
このようにして地域に根ざした古本屋が消えていっている。それは出版危機と連動しているし、ひとつの時代の終わり、文化のターニングポイントを告げているのだろう。
この10年ほどの間に、浜松の泰光堂、豊橋の講文堂に続いて、ずっと通い、多くの古本を見つけ、購入してきた古本屋を、またしても失ったことになる。
1.『出版月報』9月号が「単行文が売れない!? “売れる本”づくりの現在」を特集し、文芸単行本の新刊推移などを示し、幻冬舎、ダイヤモンド社、小学館、サンマーク出版、中経出版のヒットメーカーにインタビューしている。
四六判ハードカバーの文芸単行本の推移を示す。
年 | 新刊点数 | 推定発行部数 | 推定発行金額 | 平均価格 | ||||
(点) | 前年比 (%) | (万冊) | 前年比 (%) | (百万円) | 前年比 (%) | (円) | 前年比 (%) | |
2001 | 2,853 | − | 2,020 | − | 31,287 | − | 1,549 | − |
2002 | 3,088 | 108.2 | 2,060 | 102.0 | 32,303 | 103.2 | 1,568 | 101.2 |
2003 | 3,031 | 98.2 | 2,012 | 97.7 | 31,025 | 96.0 | 1,542 | 98.3 |
2004 | 3,059 | 100.9 | 2,013 | 100.0 | 30,487 | 98.3 | 1,515 | 98.2 |
2005 | 3,008 | 98.3 | 1,949 | 96.8 | 29,273 | 96.0 | 1,502 | 99.2 |
2006 | 2,964 | 98.5 | 2,081 | 106.8 | 30,665 | 104.8 | 1,474 | 98.1 |
2007 | 3,211 | 108.3 | 2,429 | 116.7 | 33,941 | 110.7 | 1,397 | 94.8 |
2008 | 3,281 | 102.2 | 2,344 | 96.5 | 33,603 | 99.0 | 1,433 | 102.6 |
2009 | 3,186 | 97.1 | 1,996 | 85.1 | 29,298 | 87.2 | 1,468 | 102.4 |
2010 | 3,053 | 95.8 | 2,043 | 102.4 | 29,399 | 100.3 | 1,439 | 98.0 |
2011 | 3,138 | 102.8 | 1,809 | 88.6 | 25,443 | 86.5 | 1,406 | 97.7 |
[01年に比較し、11年は新刊点数が1割増え、発行部数は1割減り、発行金額も2割近く減少し、平均単価も1割落ちている。点数は増えているのに、売上が落ちているという典型的パターンで、廉価な文庫や新書に売上がシフトしていることがわかる。しかしそれはシェアからいってであり、文庫の発行部数は3割以上、新書も1割近くの減少を見ていて、三者ともに落ちこんでいる。そしてそれが表の例に見られるように、下げ止まっていない。
このような出版状況の中でのヒットメーカーの言葉を挙げてみよう。* まずヒット企画や著者の本は、それが5匹目のドジョウであったとしてもさらいます。
* 「売れなくてもいいから良い本をつくりたい」というなら他社でやってくれ。
* 書籍編集は担当者が編集長です。そんなわけで自信満々の人か、地を這うように努力する人でないとやっていけない。
* シニア向けヒット作が多いのは、編集者に若い人が少ないせいです。小社は育成の必要な新卒を採用していませんから。
* 出版社が相手にするのは恒常的に本を読む30万人であって、ミリオンセラーはそういう人を相手にしていません。これは幻冬舎の常務執行役員志儀保博だけの発言で、まだヒットメーカー4人の言葉がさらに控えている。
おそらくこれらのヒットメーカーの語る言葉の中に、現在の出版業界の等身大の姿が生々しく浮かび上がってくる。しかしそれが出版危機と併走していることを忘れてはならないと思う]
2.ヒットメーカーといえば、前期『ワンピース』によって増収となった集英社が、今期は減収減益の決算を発表。売上高は1261億円で、4.4%減、経常利益は69億円で59.4%減、当期純利益は32億円で、32.4%減。その決算推移を示す。
年 | 総売上高 | 前年比 | 雑誌 | 前年比 | 書籍 | 前年比 | 広告収入 | 前年比 | 当期利益 | 前年比 |
2002 | 144,616 | ▲0.5 | 104,315 | 0.4 | 19,691 | ▲7.6 | 18,757 | ▲0.9 | 5,193 | ▲21.4 |
2003 | 141,825 | ▲1.9 | 100,785 | ▲3.4 | 18,575 | ▲5.7 | 19,703 | 5.0 | 2,580 | ▲50.3 |
2004 | 137,844 | ▲2.8 | 98,129 | ▲2.6 | 17,648 | ▲5.0 | 18,636 | ▲5.4 | 4,530 | 75.6 |
2005 | 137,848 | 0.0 | 95,786 | ▲2.4 | 18,771 | 6.4 | 19,227 | 3.2 | 2,174 | ▲52.0 |
2006 | 139,982 | 1.5 | 95,974 | 0.2 | 18,594 | ▲0.9 | 19,824 | 3.1 | 3,823 | 75.9 |
2007 | 143,437 | − | 93,744 | ▲2.3 | 19,159 | 3.0 | 19,077 | ▲3.8 | 4,122 | 7.8 |
2008 | 137,611 | ▲4.1 | 87146 | ▲7.0 | 18,633 | ▲2.7 | 19,065 | ▲0.1 | 249 | ▲94.0 |
2009 | 133,298 | ▲3.1 | 83,936 | ▲3.7 | 18,445 | ▲1.0 | 15,878 | ▲16.7 | 655 | 163.1 |
2010 | 130,470 | ▲2.1 | 87,339 | 4.1 | 17,922 | ▲2.8 | 11,947 | ▲4.8 | ▲4,180 | − |
2011 | 131,865 | 1.1 | 88,924 | 1.8 | 18,055 | 0.7 | 11,023 | ▲7.7 | 5,547 | − |
2012 | 126,094 | ▲4.4 | 82,172 | 7.6 | 17,837 | ▲1.2 | 11,148 | 1.1 | 3,751 | ▲32.4 |
[『出版状況クロニクル3』で、集英社の問題は、2億冊を売り上げた『ワンピース』効果がいつまで続くかであろうと記しておいたが、早くも失速してしまったことになる。前期コミック売上452億円に対し、今期は400億円で、11.7%の減少であり、それがほぼ総売上高のマイナス分に相当している。
日本を代表する大手出版社ですらも、コミック一作によって業績が支配されてしまうという出版の現在状況を如実に示しているといえよう。
ブックオフにおいて、この『ワンピース』と、1 のヒットメーカーたちの本の在庫があふれんばかりになっていて、もはや買い取りも限界に達していると伝えられている]
3.光文社の決算も発表された。総売上高246億円で5.6%増、営業利益15億円で1.0%増、当期純利益11億円の2期連続増収増益。
[光文社は3期連続赤字のために、早期退職などのリストラを行なったが、ようやく2期連続の増収増益にこぎつけたことになる。
しかしここでも本屋大賞を受賞し、50万部に達した三浦しをんの『舟を編む』の一作が貢献しているといえよう。
1 の『出版月報』はヒットの背景に芥川、直木賞よりも本屋大賞があり、「本を選ぶには新聞書評は難しく、宣伝広告は一方的過ぎる。本屋大賞が現在の読者像にマッチングする」と分析している。
昨年の本屋大賞『謎解きはディナーのあとで』と同様に、『舟を編む』もブックオフにあふれる日がほどなくしてくるであろう]
4.取次の決算にもふれておく。太洋社の売上高は353億円で、9.2%減。7期連続減収、純損失5億円で2年連続の赤字。
[取引先書店の帳合変更による返品増もあり、最悪の決算とされているが、さらに問題なのは来期だと考えられる。来期の目標売上高は296億円となっているので、まだ多くの帳合変更が続くことを織りこんでいるのだろう。
戦前からの流れを引く大手取次と異なり、太洋社は戦後になってインディーズ系取次としてスタートし、中小書店とともに成長してきた。しかし太洋社の苦戦と相次ぐ帳合変更は、そのような棲み分けを許さない取次状況を露呈させている。
その一方で中央社は売上高272億円で、3.1%増。トーハンとの提携、リニューアルした書泉も含むアニメイトグループとの取引、アダルト関連商品など、中央社ならではの戦略が功を奏しているのだろう。しかしこれは他の取次が追随できる分野ではないと思われる]
5.こちらも帳合変更だが、アマゾンが書籍の主要取次を大阪屋から日販へ変更。
[アマゾンは新刊配本、取次在庫注文に続いて、出版社への注文品に関しても日販が主要調達先となり、これまでアマゾンにおける大阪屋の占める位置が日販へと移ったことになる。
アマゾンとの取引によって、大阪屋は取次の中での唯一売上高を伸ばしてきたが、そのようなアマゾンとの蜜月も終わりに近づいている。要するに一言でいってしまえば、取引正味の問題に尽きるのであろう]
6.宮脇書店の宮脇富子会長が亡くなった。
[宮脇書店はナショナルチェーンとして400店に達しているという。それは宮脇書店によって推進された、フランチャイズシステムをベースとする郊外店出店を通じて構築されたものである。
それは大手ハウスメーカーとのコラボレーションによるもので、高コストと多大の資金力を要するこのFCシステムは、いくつもの悲劇を生じさせたと聞いている。最近の平安堂や明屋の例に見られるように、創業者、もしくは強いリーダーシップを失った書店には、買収や帳合変更が起きている。おそらくもはや郊外店でもFCシステムの時代は終わっているはずで、FCナショナルチェーンとしての宮脇書店もどのような道をたどることになるのだろうか]
7.本クロニクルでも既述してきたが、『週刊エコノミスト』(9/4)が、キネマ旬報映画総合研究所の小池正樹の「レンタルビデオ値下げ戦争」を掲載している。それを要約してみる。
* 09年7月にゲオが旧作1本100円の値下げに出たことで、料金相場が一気に崩れ、TSUTAYAも今年4月から100円で後追いし、さらにゲオは一部地域で50円の超低料金を断行。
* レンタル市場規模は07年3604億円から11年2542億円と1000億円縮小し、90年代初頭のレンタル店1万5000店は3700店にまで減少し、小型店はほとんどが姿を消した。その結果、現在はTSUTAYA1400店、ゲオ1200店、その他の一般店1100店という構成になっている。
* ゲオの低料金化は直営店展開ゆえで、TSUTAYAはFCシステムのために導入が遅れたが、その間にゲオのレンタル部門売上は9.1%増の797億円になっている。
* 大幅な値下げによって、100円が当たり前になり、レンタル料金の低廉化が定着してしまったが、それによって11年のDVD貸出数は前年比17.5%増えている。
* だがレンタル料金の定価、それがもたらす店舗への影響、映画配信など競合メディアの成長を考えると、低料金に加えた新たな付加価値の追求が求められている。
[これを出版業界において考えれば、いうまでもなく複合店問題ということになる。とりわけ粗利の高いレンタルとの組み合わせによって成立していた複合店の収益が、低料金の定着で落ちこんでいることは間違いない。それゆえに最後に示した要約は、レンタル店のみならず、複合店に向けられた指摘ともなる]
8.日本出版インフラセンター(JPO)が経産省の補助金10億円を受け、6万点電子書籍を製作する「コンテンツ緊急電子化事業」(緊デジ)は9月14日締切で、申請済みタイトルは2975点と5%に満たず、条件緩和を含め、募集を継続。
[本クロニクルでも既述してきたように、JPOと経産省は「緊デジ」によって6万点の電子書籍化を図り、それをベースにして出版デジタル機構を設立し、5年後に電子書籍100万点、売上2000億円をめざすというものだった。それを受けて、トーハンの電子書籍販売3000店構想やソニーの新しい「リーダー」の発売、また大手出版社は電子書籍化を推進しているが、売れていないと見ていいだろう。その後の楽天の「コボタッチ」と電子書籍の売れ行き状況も報告されていない。
これは本クロニクル48において言及しているのでそちらを見てほしいが、欧米と異なる日本特有の出版状況を明確につかんでいない、あまりにも能天気で幼稚なビジョンによって進められていることから生じた事態だと考えられる。10億円の税金を投入した「緊デジ」は早くも頓挫し、次に控えているのは官民ファンド150億円の投資による出版デジタル機構のプロジェクトだが、こちらも絵に描いた餅で終わる可能性が高い。その場合、JPO、出版デジタル機構、経産省は誰が責任をとるのだろうか]
9.『週刊読書人』(8/31)が『デジタルコンテンツ法制』(朝日新聞出版)の共著者である増田雅史弁護士に「電子書籍市場の現在と未来」を聞いている。それを要約してみる。
* アメリカの場合、端末の普及が進み、それと一緒に電子書籍売上もあがってきたので、日本の場合も端末が相次いで出された今年が電子書籍元年で、アメリカにキャッチアップしていくだろう。
* 鍵となるのは電子書籍コンテンツの質と量であろう。* 電子書籍の場合、著者・出版社・プラットフォーマー・読者という流通販売をたどる。プラットフォーマーは著者、出版社からの許諾を得て、読者にデータを送信する事業者をさすが、プラットフォーマーの機能は「書籍」や「物」を売るのではなく、サービスの提供である。したがって紙の場合であれば、ずっと読者が持ち続けることも可能だったが、電子書籍の場合、四者のライセンス契約や契約内容によって、いつまでも利用できるとは限らない。
* それゆえに従来の紙の書籍と同じように考えるべきではなく、電子書籍ビジネスは「物」である書籍を扱うビジネスとはまったく別のもので、データを提供するサービスと見なすべきだ。実際には紙の書籍に関係する人々がその延長で電子書籍を扱うから、読者にしても電子書籍を紙の延長としてとらえがちであるが。
* これらのまったく紙とは別のサービスであるという認識は、電子書籍市場の拡大に応じ、徐々に形成されていくだろう。
* 私見によれば、紙の書籍は「ストック」としての消費、「フロー」としての消費がある。クオリティの高い造本、装丁の文芸書などは前者、新聞や実用書などは後者に属し、この「フロー」が電子書籍に向いているのではないか。だから紙の書籍市場は残り続ける。
* 著者と出版者の関係は、紙と同様に電子書籍も契約し、同様に送り出せるが、著者の作品の経路は増えていくので、電子書籍コンテンツ編集能力によって変わっていくかもしれない。以下、電子書籍印税率、適用されない再販制、著者・出版社とプラットフォーマーの共存関係などにも言及があるが、これらは直接読んでほしい。
[異論もあるが、これは時宜を得た好企画であり、私が目にした電子書籍関連の言及としては法律の立場から見た簡略な正論で、多くの出版社に読んでもらいたいと思う。
要するにJPOや出版デジタル機構に欠けているのは、このような専門的な説明責任である。それは増田が示している法的説明責任ではなく、出版業界の歴史構造、現在の状況分析、未来に関する透視図を示し、電子書籍の必要性と納得のいく経済性を明確に提出すべきなのだ。
経産省に寄り添い、助成金とファンド獲得を前面に出したプロジェクトゆえに、「緊デジ」は早くも頓挫してしまったのではないだろうか。おそらく100万点、売上2000億円という内実が伴わぬ誇大妄想的出版デジタル機構プロジェクトも、それに続くだろう]
10.やはりJPOと経産省絡みの「フューチャー・ブックストア・フォーラム事業」として、楽天が大垣書店や今井書店など8書店に対し、二次取次を10月から1月にかけて実験する。
[これは客注品配達の迅速化を図る実験で、楽天の在庫50万点とその配送システムによって、従来の取次ルートで1週間かかっていたのを、0から2日に短縮させ、アマゾンに対応する。
取次と楽天のロジスティックスの現在における差異の比較実験といった側面も必然的に伴うので、そのマージンも含めた実験結果の報告を期待して待つことにしよう]
11.リードに書いた三島の北山書店とは異なり、福島の古書ふみくらが新装開店し、その知らせが届いた。それを以下に示す。
昨年三月十一日の震災で店舗が半壊の指定を受けて以来 街の小さな古本屋ですが、ようやく復興再会の目処もつき今月九月十九日に新装開店出来る事となりました。その間多くの皆様に励まし・支援の言葉を頂き、背中を押されたことを今後の糧としてあゆんでゆくつもりでおります。本の世界は街中に店が無くなっている現実に直面しています。でも、一度灯を消したら二度と戻らないことに対し、今一度挑戦してみるつもりです。
幸いにも若き後継者もおります。十九日新たな出発を致します。
今後ともよろしくご支援の程お願い致します。
九月吉日 古書ふみくら 佐藤周一 佐藤奈見
須賀川市馬町1−3 Tel 0248-72-7753
[店主の佐藤周一はもちろん「出版人に聞く」シリーズ>〈6〉の『震災に負けない古書ふみくら』の著者であり、私も訪ねてみたいと思うし、周辺の読者の来店を期待したい。
日本の出版業界はそのスタートからして書店というよりも雑誌店の性格が強く、それは戦後も同様であったことから、古本屋が書店の役目を代行していたと考えられるし、地方にあってはそれは紛れもない事実であった。それゆえに古本屋の閉店を悲しんでいるのである。
全国の古本屋を訪ねる「古本屋ツアー・イン・ジャパン」というブログは毎日3000のアクセスがあると伝えられているので、ぜひ新装オープンした古書ふみくらもレポートしてほしい]
12.時々紹介している岩田書院の「新刊ニュースの裏だより」のNo.763に「だれも買わない」との一文が掲載されていた。
それによれば、『都市民俗基本論文集』全4巻が完結したので、全執筆者に自らの論文が入っていない他の巻を買ってくれませんかという案内を出したところ、「誰からも注文が来ない」「執筆者は、その分野の研究者であるはずなんだが、それでも『0』である」。そして岩田は呟いている。「うーん。こういう著者を相手に、本を作って、売っていかなくてはならなかったのか……。」と。
[『都市民俗基本論文集』は定価も高く、著者割引でも一冊1万円を超えている。だがそれでも執筆者は100人近くいるにもかかわらず、1冊も注文がないとは驚くべきことのようだが、研究者が本を買わないのはもはや当たり前と考えていいかもしれない。大学図書館とコピーですませる習慣が常態化しているのではないだろうか。
このことに関連して、「古本屋ツアー・イン・ジャパン」への毎日のアクセスが3000を超えるというのは驚きである。しかしその一方で、多くの古本屋が消えていっているのはどうしてなのだろうか。古本が好きなことと古本屋の雰囲気が好きなことのちがいなのであろうか。
どちらも研究や古本屋に目は向いても、本や古本には関心がないことを示しているのだろう]
13.『現代思想』9月号が特集「生活保護のリアル」を組んでいる。
[今年になっての『現代思想』の2月から8月号にかけての特集を見てみると、「債務危機」「大震災は終わらない」「教育のリアル」「大阪」「尊厳死は誰のものか」「被曝と暮らし」「いきものの〈かたち〉」と続いている。
かつての『現代思想』はニューアカデミズムとポストモダニズムの本拠であり、欧米の思想家たちの特集が多かったことに比べ、ドラスティックな変化を経てきたものだと実感させられる。
ニューアカやポストモダンが「生活保護のリアル」に到達したことも、日本の現在の社会とグロバリーゼーション状況を象徴しているのかもしれない]
14.1974年に技術と人間を立ち上げ、『技術と人間』を創刊し、チェルノブイリ原発事故を始めとする原発問題に取り組み続けた高橋昇が8月に亡くなった。享年86。
[近年 実に多くの出版人が亡くなり、本クロニクルでもその追悼の言葉を記しておいた。高橋は02年3月の『技術と人間』30周年記念の集いで、「この三〇年間雑誌を出し続けて、何か成果があったとは思わない。徒労に終ったという感が強い。我々の狙いとは逆の方向に時代がすすんでいった」「資金的にもう限界」と述べたという。
高橋の人生とその追悼は米田網路「追悼高橋昇」(『図書新聞』(9/23)、天笠啓祐「高橋昇と『技術と人間』」(「NR出版会新刊重版情報」12・10)を参照してほしい]
15.「出版人に聞く」シリーズ〈9〉の図書新聞の井出彰の『書評紙と共に歩んで五〇年』は10月末に刊行売予定。
なお翻訳だが、トランスビューからニュープレス社のアンドレ・シフリン『出版と政治の戦後史』(高村幸治訳)が出された。
国書刊行会40周年フェアに合わせ、国書刊行会に関して、『本の雑誌』10月号の特集や様々な記事が出されているが、その『世界幻想文学大系』の編集者だった鈴木宏へのインタビュー『書肆風の薔薇から水声社へ』が遅れていて残念である。
ただ今月はかねてからインタビューしたいと考えていた人物に会えるかもしれないので、胸がときめいている。うまく実現しますように。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》