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2012-10-28 ブルーコミックス論56 水原賢治『紺碧の國』(少年画報社、二〇〇

[] ブルーコミックス論56 水原賢治『紺碧の國』(少年画報社、二〇〇二年)

紺碧の國 1 紺碧の國 2


真夏の空の下にある中学校の屋上の高架水槽の上で、ひとりの少女が夢想していた。「そこへ行けば、願いが叶えられるという、そこは忘れられた世界最後の楽園、わたしはそこへ行きたい。ZONE―聖域―……。」と。

その少女は羽木陽美子(ヒミコ)で、そこにもうひとりの少年が合流する。少年の名前は浅田甲斐(カイ)。彼も「ここより他に……もうひとつの世界がある」と思っていた。同じ組に彼の幼馴染みの工藤満(ミチル)と時雨(ときふる)がいて、カイとミチルはメーテルリンク『青い鳥』のチルチルとミチルのような関係にあった。

青い鳥1

ミチルはクラスの長期欠席者の鹿島亜理子(アリス)を登校させるために訪ねていく。名前のことはいうまでもなく、「ハンプティーダンプティ」の歌とともに登場するように、彼女がルイス・キャロル『不思議の国のアリス』から召喚されていることは明白で、壊れた家の天使として出現する。これで主要な五人のメンバーが揃ったといえよう。

不思議の国のアリス1

カイは時雨に告白する。小学校六年の夏に「それ」に出会い、「この世界は眼に見える物だけで成り立ってるんじゃない! 僕のまわりには眼に見えない、もうひとつの世界が広がっている」ことがわかった。そしてそれが何かも。

 「『ZONE―聖域―』…それが…僕の心臓にささった鏡のカケラの正体なんだ……それは……ほんの僅かな期間だけ地方発行の文芸誌に掲載された連載小説……これがその文芸誌……連載の第一話目なんだけれど、たぶんそれだけで時雨にはわかってもらえると思うよ……」

そして冒頭のシーンでのヒミコとミチルのモノローグが、『ZONE―聖域―』の一節として引用される。その三回で中絶してしまった作品の中に、ミチルは「ひとりの人間の心の底からの叫び」を聞き、「僕たちの戦いを始める」ために、それが掲載されていた『書源』を発行するH大学文芸部を訪ねる。すると編集部長はすぐに『ZONE―聖域―』とその作者についての用件だと察し、次のようにいう。

 「とても感覚的で、まるで散文(ママ)みたいな文章が組み合わされているだけ。

 詩っていえば聞こえはいいけど、見る人によってはまるで覚え書きの羅列のような……、

 たしかにあなたたちのような年ごろの人たちの心をとらえて放さない“何か”があるようだけれど……

 ZONE―聖域―は小説としては全く稚拙、評価には価しない。」

それが打ち切りの理由だとされるが、それは「最大公約数」的意見で、『ZONE』以上に面白い作品はないとカイは反論する。部長にしても、それは本心でなかったことから、カイは作者の住所を教えられ、そこを訪ねる。すると出てきたのは他ならぬヒミコだった。彼女は心臓の病気で二年近く入院し、その間に書いた小説が『ZONE―聖域―』だったのだ。だがヒミコは思ったことや考えたことを書いたのではなく、感じたことをそのまま表現しただけで、自分の意志は介在していない文章が大きな影響力も持つことが怖ろしいし、続きは書かないと断言するのだった。

しかしカイとヒミコがともにピアノや作曲に秀でていたことから、ヒミコが『ZONE』の続きを書くことを条件に、ミチルたち四人でバンドを組むことが提案される。そして四人を前にして、もう一度『ZONE』のストーリーがカイの口からあらためて提示される。

 「僕らの住んでいるこの世界とほとんど変わらない平行世界(パラレルワールド)の話なんだ。そこだと今、僕らが現実だと思っている世界が実は仮想空間で、その外にこそ本当の現実世界が存在する。でも仮想空間の外は聖域とされていて、外に出ることは許されないんだ。

 そのことに気づきだした数名の少年たちは仮想空間を壊し、現実世界へ戻ることを考えはじめる。ZONE―聖域―を目指す少年たちはその思想の証しとして右腕に赤いバンダナを巻いて―…!

初めは小さな活動だったけど、仲間がひとり増えふたり増え、次第に大きな社会現象までになっていく―……(中略)

嘘と現実の間で悩みながらただひとつ…ZONE―聖域―を目指していろんな経験をしていく―……「ZONE」はそういう物語(ストーリー)なんだ。」

そこには同世代の人々が同時に感じている共同概念=「みんなの思い」や、「時代の夢」がこめられている。それを小説だけでなく、メロディと詩を伴う音楽でも伝えようとする試みがバンドの結成ということになる。時雨がギターで、ミチルとアリスがボーカルなのだ。カイとヒミコによる曲はカイのピアノに弾かれ、二人の歌声を通じ、中学校に突き抜けるように響きわたり、生徒全員を魅了するに至る。「これが『ZONE―聖域―』のちから…」だとミチルが思い知らされる場面で、第1巻は終わっている。

この『紺碧の國』は先に挙げた小説の他に、宮澤賢治『銀河鉄道の夜』ゲーテ寺山修司の詩の引用からもわかるように、様々な物語をベースとし、またヒミコの命名などに表われているように、『古事記』などの神話も援用している。それに『ZONE』はシュルレアリスムにおける自動記述からなる小説と見なすことができよう。

銀河鉄道の夜  古事記

だがそれらの中でも、カイとミチルの設定やタイトルの由来からすれば、やはり物語のパラダイムメーテルリンク『青い鳥』にその祖型を求められるであろうし、タイトルの『紺碧の國』も、『青い鳥』における「思い出の国」「幸福の花園」「未来の王国」のイメージが反映されているのではないだろうか。

そして第2巻はカイたちの音楽活動の展開へと移っていくわけだが、本格的な同世代、同時代の反響を描いていこうとするところで、掲載雑誌の休刊という不測の事態も重なり、中絶してしまっている。それゆえに『紺碧の國』の「紺碧」の意味が、夏休みの続きであるような「唄とみんなの騒ぐ声と夏の空とまるでどこまでもつづくように思える永遠の時間……」だけにとどまり、『青い鳥』にこめられた様々なメタファーの投影まで至っていない。もう少し進行、展開されていれば、物語と読者、流行と共同幻想といった深い問題にも関わっていくことになったはずなので、そのことも含め、完結に至らなかったのはとても残念に思える。

次回へ続く。

◆過去の「ブルーコミックス論」の記事
「ブルーコミックス論」55 吉原基貴『あおいひ』(講談社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」54 岡崎京子「Blue Blue Blue」(『恋とはどういうものかしら?』所収、マガジンハウス、二〇〇三年)
「ブルーコミックス論」53 ジョージ朝倉『バラが咲いた』(講談社、二〇〇三年)
「ブルーコミックス論」52 原作朝松健・漫画桜水樹『マジカルブルー』(リイド社、一九九四年)
「ブルーコミックス論」51 名香智子『水色童子K.K.』(小学館、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」50 吉田基已『水の色 銀の月』(講談社、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」49 かわかみじゅんこ『軽薄と水色』(宙出版、二〇〇七年)
「ブルーコミックス論」48 大石まさる『みずいろパーフェクト』(少年画報社、二〇〇八年)
「ブルーコミックス論」47 グレゴリ青山『マダムGの館 月光浴篇』(小学館、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」46 豊田徹也『アンダーカレント』(講談社二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」45 漆原友紀『水域』(講談社、二〇一一年)
「ブルーコミックス論」44 たなか亜希夫『Glaucos/グロコス』(講談社、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」43 土田世紀『同じ月を見ている』(講談社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」42 marginal×竹谷州史『月の光』(エンターブレイン、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」41 喜国雅彦『月光の囁き』(小学館、一九九五年)
「ブルーコミックス論」40 平本アキラ『俺と悪魔のブルーズ』(講談社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」39 中村珍『羣青』(小学館、二〇一〇、一一、一二年)
「ブルーコミックス論」38 山田たけひこ『マイ・スウィーテスト・タブー ―蒼の時代』(小学館、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」37 山岸良子『甕のぞきの色』(潮出版社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」36 金子節子『青の群像』(秋田書店、一九九九年)
「ブルーコミックス論」35 原作李學仁・漫画王欣太『蒼天航路』(講談社、一九九五年)
「ブルーコミックス論」34 原作江戸川啓視、漫画石渡洋司『青侠ブルーフッド』(集英社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」33 原作江戸川啓視、作画クォン・カヤ『プルンギル―青の道―』(新潮社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」32 高橋ツトム『ブルー・へヴン』(集英社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」31 タカ 『ブルーカラー・ブルース』(宙出版、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」30 立原あゆみ『青の群れ』(白泉社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」29 高田裕三『碧奇魂 ブルーシード』(新装版講談社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」28 秋里和国『青のメソポタミア』(白泉社、一九八八年)
「ブルーコミックス論」27 やまむらはじめ『蒼のサンクトゥス』(集英社、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」26 原作・高山 路爛、漫画・やまだ哲太『青ひげは行く』(集英社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」25 柳沢きみお『青き炎』(小学館、一九八九年)
「ブルーコミックス論」24 島本和彦『アオイホノオ』(小学館、二〇〇八年)
「ブルーコミックス論」23 石川サブロウ『蒼き炎』(集英社、一九九〇年)
「ブルーコミックス論」22 志村貴子『青い花』(太田出版、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」21 羽生生純『青(オールー)』(エンターブレイン、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」20 入江亜季『群青学舎』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」19 さそうあきら『さよなら群青』(新潮社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」18 篠原千絵『蒼の封印』(小学館、一九九二年)
「ブルーコミックス論」17 木内一雅作・八坂考訓画『青龍(ブルードラゴン)』(講談社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)
「ブルーコミックス論」15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)
「ブルーコミックス論」12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)
「ブルーコミックス論」11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)
「ブルーコミックス論」9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)
「ブルーコミックス論」8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年))
「ブルーコミックス論」6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)
「ブルーコミックス論」5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)
「ブルーコミックス論」4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」2 序 2
「ブルーコミックス論」1 序 1
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