コンビニがアメリカで発見され、日本へと導入されたのはいずれも一九七〇年代前半で、ファミリーマートは七二年、セブン-イレブンは七四年、ローソンは七五年に第一号店を出している。最初は都心部から始まり、後に郊外へとシフトし、ロードサイドビジネス化していくのだが、それらの誕生と成長はファーストフードやファミレスと軌を一にしていた。しかし後者などとの相違はそのトータルな店舗数の増加で、八〇年代後半に一万店、九〇年代後半に五万店を数え、その後は減少したが、現在は大手のシェアが高まり、再び五万店を超える状況を迎えている。
以前に、一九七〇年代の二万三千店の書店数が、小学校と郵便局の数とほぼ一致することに気づき、日本の教育や通信網と、雑誌や書籍の流通販売インフラの数としての等価な配置図を見たように思った。そのようなリテラシーの装置が全国に張り巡らされることによって、戦後の日本社会の高度成長期とともにあった開発や産業構造の転換といった、ハードと異なるソフトな営みとベースが支えられていたのである。
それらの数に比べて、現在のコンビニ数は倍以上になっていて、まさにコンビニは全国至るところに出現し、外出すれば、入らないにしても、必ずコンビニを目にしたり、その前を通ったりしてしまう。誕生から四十年を経て、その総数と総面積、商品量の集積はもはや単なるソフト的商店というよりも、日々膨大な消費者層を召喚するハードな巨大産業、消費社会のコアともいうべき一大インフラへと至ったのである。
そのコンビニのひとつの社史といっていい『セブン-イレブン・ジャパン 終わりなきイノベーション1973−1991』において、コンビニは「一言でいえば、便利性を売る」と定義されている。「そのためにお客の便利性のニーズを満たす品物と、あらゆる分野にわたってそろえる」ことが主眼され、そのコンセプトは「お客の立場に立って発想し、そのニーズにこたえて便宜性(時間、場所、品ぞろえ等)を提供する」ことにある。つまりここにはモノを売るだけでなく、「便宜性」を売るという消費社会の進化のかたちがいち早く表出している。
そのようなコンビニが出現してほぼ四半世紀後に、『海の上のコンビニ』と題された渡辺玄英の詩集が出された。私も『〈郊外〉の誕生と死』において、八〇年代にコンビニを同時代の象徴的トポス、あるいはメタファーとする引間徹の「閉店まぎわのセブン-イレブン」を示しておいたが、渡辺の詩集はそれからさらに十年以上が経過している。コンビニを主要なインフラとする社会は「便利性のニーズを満たす品物」と「便宜性」の提供によって、快適なものへと移行したのだろうか。どうもそうではない。逆に多くのものが失われてしまったようなのだ。
ただ渡辺の詩は難解な言葉が使われているわけではなく、ありふれた日常言語と口語によっているのだが、イメージの飛躍と抽象性の奥行は深く、新しい詩語の世界に向かっているのは明白なので、コンビニを現実のものに還元していいのか、ためらわれる。しかしここではあえてそのように読んでみる。
『海の上のコンビニ』の冒頭の「う/み」(注―このスラッシュはタイトルに含まれているもので、以下のスラッシュは改行を示す)は、「うみ」がスラッシュで分断されているように、「くずれてしまった たくさんのもの」という言葉から始まっている。それらは「空っぽのマヨネーズチューブ」「鳴らないラジオ」「アタマのとれたオモチャ」とか、「いつかやってくる三日月ウサギ」の「すでに散らばって」いる「ハナや 口や 手足など」で、その他にも「そら」や「うみ」が挙げられ、再び「くずれてしまった/たくさんのもの」で閉じられている。この詩集のオープニングにおいて、日常のかたわらにあるものから「そら」や「うみ」に至るまでが散乱し、解体され、行方も定かでない世界になってしまっていることが告げられている。
そして次にタイトルとなっている「海のうえのコンビニ」が置かれ、それから二十二編の詩が続いていく。「う/み」と同じように、最初の部分を引いてみる。
海には いかない コンビニにいく 海のうえのコンビニには 影がない だから夜には ちょっとうれしい
ここに出現している「コンビニ」とは私たちが日常的に見慣れている社会の風景の中にあるものではなく、異界に迷いこみ、見出された、まさに「海のうえのコンビニ」ということになろう。だがここにも「う/み」にみられた何らかの散乱や解体がすでに起きてしまったようで、キーワードたる「海」「コンビニ」「影」「夜」もまだ浮遊している感じで、すぐには結びついていかない。しかしそれらの後に「ちょっとうれしい」との言葉が置かれていることで、ようやくドアが開かれ、「海の上のコンビニ」に入っていくことができる。その「凪ぎ」を感じる「しずかな棚」を点検してみる。
「たくさんのカケラ」を手にとり、「1袋100円の完成しないジグゾー」を「とってもきれいだから/買ってしまう/みます/買ってみました」。そして次に秋の日の学校の教室の風景がいきなり召喚され、重ねられていく。「海のうえのコンビニ」には「影がない」ので、棚や海にはそのような景色が浮かんでくるのだろうか。でも「レジには/知らない人がいて」、「わたしはからっぽ」で、「みずいろのなかの/ユーレーになって」いるのだ。
この詩に表出しているのはかつての近代詩特有の都市における孤独でもないし、イメージと言葉のコレスポンダンスでもない。日常そのものが異界であるような感覚、それが象徴的言語ではなく、コンビニ的とでもいっていい、ありふれた言葉、それでいて新しい詩の言葉によって構成され、蜃気楼のように「海のうえのコンビニ」が描かれていくのである。いやそれは現在の世界といってもいいのかもしれない。
「う/み」から「海のうえのコンビニ」はあらかじめ「くずれてしまった」異界としてつながり、「わたしはからっぽ」の「ユーレー」として、その「景色」の中に佇んでいる。そのコアのイメージが絶えず「コンビニ」として立ち上がらり、存在し、他の詩にも揺曳することを止めない。それらを抽出してみる。
「いくところがないから/コンビニに行ってきました」(「クジャクな夜」)、「コンビニににはユーレーがいるって誰かがいってた」(「なた」)、「生野菜はすくないコンビニに/かわりに援助交際を申し込みます」(「ハロー ドリー!」)、「コンビニの中には/くるった/ひまわりが咲きみだれて」(「コピー・プラント」)、「行ったことないけど/べつれのコンビニあたりにも/おちている」(「聖誕劇」)、まだまだあるけれど、フレーズはこのくらいにしておこう。
そして次には、この詩集『海の上のコンビニ』にふさわしいイメージがコンクリートで、少しばかり長い一連の詩の部分を紹介してみる。それらは抽象化された日常言語が織りなす新たな現代詩の世界にあって、コンビニのメタファーがわかりやすく伝えられていると見なせるからだ。最初は「なた」からである。
あそこには何もない何もないから吸い寄せられてしまうぼくらわたしら みずのなかのうすい空気をすいこむのはかなしい手も足も顔もだれにも しられないだれのものでもないぼくらわたしらハいないやすらぎ消えて しまうからだ叩いてもつねってもそんなものうすれちゃってなにもない ねえあやなみここからはじめよう コンビニにはユーレーがいるって誰かがいってた マガジンラックのまえで立ち読みしていると すこし離れてだれかがいる気配がする さびしい と うれしい のまざりあうあたりに あなたがいるように いると いない のさかいめの かすかなふるえ コンビニのユーレーには匂いがないって 声紋がないって 4組のアスカとヒカリがなーんて話してたんだって
でもいくよね 毎日 夢のようでも いくよね 知らない街で迷子になっても あそこに行けばほっとするよね (にせのわたしでもうれしいもん ガラスのむこうは蜃気楼の街は彼方 セミがうるさく空はたかく でも何もかもがのっぺりとして 記憶があたまから流れ出してしまった街に 空っぽのコーラ缶が 記憶のカケラみたいに立っているね
次は「コンビニ少女」の最後の部分である。
学校から「どこか」への帰りみち 見あげたビルのガラスにかいじゅう雲ながれ そりゃあ ボクだって けして ふかまらないからね いくらでもコピーできるわたしたち きょうも コンビニ寄って 元気にコピーして帰るもん
蜃気楼のようであった「海のうえのコンビニ」にいくつもの詩が重ねられ、進んで行くにつれて、内部の風景も描かれていくようになる。そして「あそこには何もない何もないから吸い寄せられてしまう」し、「でもいくよね 毎日/夢のようでも いくよね」という存在へと化していく。
七〇年代前半に出現し始めたコンビニは最初は異界のようだったが、次第に増殖し、全国の至るところに存在するようになる。しかしそこでは日常生活の「便利性のニーズを満たす品物」しか売っていないわけだから、商品が秘めているアウラやファンタジー性は最初から捨象されている。だから「あそこには何もない」。けれども「吸い寄せられ」、「いくよね 毎日」ということになる。「あそこに行けばほっとする」し、「ここからはじめよう」と宣言するしかない、日常に不可欠なインフラやベースとなってしまったからである。
コンビニのそれぞれの店にオリジナリティはないし、フランチャイズシステムによって店舗や商品も統一され、すべてはマニュアル化され、それが二十四時間、一年を通じて同じように稼働している。いってみれば、絶え間なく反復コピー化され続けるコンビニ空間において、客たちも「けしてふかまらない」存在でしかない。かつての個人商店であれば、必ず成立した客たちとの個別な関係ももはやありえず、コンビニの客とはコピーのような存在でしかない。客だけでなく、コンビニとは経営者、従業員、商品も含め、究極のシミュラークル、パスティーシュの空間であるかもしれないのだ。「コンビニ少女」はそれを承知し、しかも軽やかに宣言するに至るのだ。「いくらでもコピーできるわたしたち/きょうも コンビニ寄って/元気にコピーして帰るもん」と。
これが渡辺玄英の詩集『海の上のコンビニ』の中に描かれた、二〇世紀末から二一世紀初頭にかけてのコンビニのイメージと位相ということになろう。