出版状況クロニクル76(2014年8月1日〜8月31日)
7月の書籍雑誌推定販売金額は1183億円で、前年比0.4%減。これは今年になって最も低いマイナスだが、出版物市場が好転したわけではなく、前月の9.5%という大幅なマイナスの反動にすぎない。
その内訳は、書籍が同2.0%増、雑誌は2.1%減で、雑誌のうちの月刊誌は0.1%増、週刊誌は9.6%減となっている。
これらの数字を見ると、週刊誌を除き小康状態にあるように見えるけれど、返品率は書籍が42.5%、雑誌が41.3%である。前月の『出版月報』(7月号)においてですら、「この高返品率で出版社・取次は果たして利益を上げていけるか懸念される」という言葉が書きこまれるほどの事態を迎えている。それは月を追うごとに深刻化している。
月刊誌に至っては、2、3月をのぞき、返品率が40%を超えていて、これには売上を支えているコミックスが含まれているわけだから、月刊誌とムックの返品だけ見れば、優に50%、つまり半分以上が返品となっているはずだ。日本の近代出版流通システムは雑誌をベースとし、出版業界もまた雑誌文化をコアとして営まれてきたが、雑誌高返品率の現状はそれらの双方が崩壊してしまった事実を突きつけていよう。
1.『日経MJ』(8/6)の13年度「卸売業調査」が発表された。そのうちの「書籍・CD・ビデオ・楽器部門」を示す。番外としてMPDも掲載する。なお楽器部門は省略。
■書籍・CD・ビデオ卸売業調査 順位 社名 売上高
(百万円)増減率
(%)営業利益
(百万円)増減率
(%)経常利益
(百万円)増減率
(%)税引後利益
(百万円)粗利益率
(%)主商品 1 日本出版販売 681,917 ▲3.2% 4,751 ▲7.1% 5,266 ▲9.0% 2,278 10.9% 書籍 2 トーハン 508,502 1.0% 6,042 0.4% 3,870 23.6% 1,910 12.7% 書籍 3 大阪屋 76,653 ▲18.7% ▲814 − ▲803 − ▲1,374 8.1% 書籍 4 星光堂 75,108 3.2% − − − − − − CD 5 図書館流通センター 40,549 2.7% 1,615 ▲3.7% 1,725 ▲5.3% 963 18.0% 書籍 6 栗田出版販売 37,193 ▲9.0% − − − − − − 書籍 7 日教販 31,092 ▲12.4% 309 ▲36.2% ▲96 − ▲164 10.2% 書籍 8 太洋社 25,250 ▲28.6% − − − − − 10.8% 書籍 9 シーエスロジネット 13,786 ▲17.5% ▲53 − 0 − ▲46 11.6% CD 13 ユサコ 4,250 ▲0.7% 45 ▲57.5% 59 ▲44.3% ▲20 17.7% 書籍 14 春うららかな書房 3,008 3.7% 86 34.4% 35 118.8% 2 22.9% 書籍
  MPD 199,286 ▲3.3% 1,034 ▲24.8% 1,094 ▲21.5% − 4.9% CD [トーハンがかろうじて1%増となっているが、ブックフォースト帖合変更によるものと見なせよう。大阪屋、日教販、太洋社は大幅なマイナスで、2ケタ減、栗田もそれに近い減少となっている。
ちなみに大阪屋の場合、08、09年は1300億円近くの売上高があったわけだから、来期には半減という事態を迎えるかもしれない。それは栗田も同様で、栗田は05年に売上高600億円近くを計上していたし、太洋社に至っては04年は売上高487億円だったので、こちらはほぼ半減してしまったことになる。
栗田や太洋社の場合、雑誌を主体とする中小書店の閉店や倒産が大きく影響しているし、そのような視点から見るならば、出版流通を支えてきた全国の中小書店の雑誌文化インフラが解体させられた結果が、これらの取次の売上高に露出しているといえよう]
2.「出版人に聞く」シリーズ5 『本の世界に生きて50年』 の能勢仁が出版ビジネススクールで、セミナー「決算書で取次店の現状を斬る 10年間の推移と分析」を開催した。
[残念ながら出席できなかったが、資料と分析を恵送されたので、1 に掲載されていない取次の中央社にふれてみたい。今期売上高は273億円。
能勢は中央社の10年間の売上高、利益を示し、この5年間増収増益であることに驚いたという。その理由として、中央社全体が燃えていて、取引先で書泉グランデを買収したアニメイトの売上貢献、2万から3万円の限定高額買切コミックの大量販売、病院書店の開発などが寄与し、返品率も29%とされる。
これは能勢のセミナーの一端であるし、レポートもされていないので、一度限りのものでなく、繰り返し開催してほしいと思う。取次に関する客観的で正しい現状分析が、今こそ本当に必要とされているからだ]
3.アルメディアによる14年上半期の書店の出店、閉店調査が出された。
■2014年1〜6月 出店・閉店状況(単位:店、坪) 月 ◆新規店 ◆閉店 店数 総面積 平均面積 店数 総面積 平均面積 1月 4 625 156 75 11,548 178 2月 21 5,103 243 59 6,117 109 3月 37 7,695 208 111 10,065 101 4月 27 6,842 253 41 2,411 69 5月 7 2,692 385 71 7,700 113 6月 23 5,716 249 36 2,896 88 合計 119 28,673 241 393 40,737 114 前年同期実績 91 21,050 231 380 29,215 86 [新規出店は119店、閉店は393店であり、出店は2012年97店、13年91店だったので、2年ぶりに3ケタになっている。しかも平均面積に至っては241坪と大型化し、出版危機下にあっても、大型出店が続いていることを示している。だがこれだけ売上が落ちこんでいる状況下での大型出店は異常だと考えるしかない。
一方で閉店は393店で、こちらも平均面積は114坪となっていて、大型化しているし、閉店による大量返品が出版社に逆流して押し寄せていることがよく理解される。
出店はウィークデイのほぼ毎日、閉店は休みもなく毎日3店に及んでいて、それがおそらく下半期も繰り返され、さらに出版業界を疲弊させていく。この表から、出店にしても閉店にしても、いずれも荒涼とした光景が浮かんでくるような気がする]
4.大阪屋は大竹深夫社長名で取引先に対し、講談社、小学館、集英社、KADOKAWAなど出資予定6社からなる大阪屋再生委員会が、増資に合意したと手紙で告知。
[本クロニクル62 で、最初に大阪屋の増資を伝えたのは2013年6月であるから、すでに1年半以上が経過しているにもかかわらず、これまで増資の合意がなされていなかったことになる。
しかもそれは9月下旬から10月にかけての臨時株主総会で増資提案が出されるという。私は「増資するする」詐欺のような印象を受けると既述してきたが、結局のところ、先延ばしが繰り返されている感が強い。それに楽天やDNPは本当に増資に参加するのであろうか。
大阪屋問題に関しては本クロニクル70、71、73、74 などでもふれているので、よろしければ参照されたい]
5.日販が平安堂に対し、トーハンに帖合変更したのは一方的解約だとして、3億8000万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こしたと発表。
[本クロニクル72で、平安堂のトーハンへの帖合変更を記述し、元はトーハンが取次だったことも指摘しておいた。
日販によれば、提訴理由は取引継続を前提として債権放棄などの経営支援を行なってきたにもかかわらず、平安堂からレンタル店不信を理由に取引を解約されたからだという。
帖合変更をめぐっては同じような問題がつきまとっていたはずだが、このような損害賠償訴訟となったのは、これからの取次と書店の関係をめぐって同様のことが起きた場合の布石だと思われる。取次にしても体力がなくなり、大きな売上高が移動する帖合変更を監視せざるを得ない状況へと追いやられているのだろう。つまり出版業界の危機の中で起きている帖合戦争の内実の顕在化といえよう]
6.ブックオフの子会社で、FCとして、TSUTAYA 31店を運営するプラスメディアコーポレーション(株)が、新会社を設立し、その株式を日販へ譲渡することで合意。新会社は(株)プラスメディアコーポレーションとして、日販本社内に置く。
旧プラスメディアコーポレーションの今年3月期の売上高は115億円、純利益2600万円の減収減益。
[これも本クロニクルで既述している、日販によるTSUTAYA店舗囲い込みの一環と見ていい。1 で見たように、MPDも前年を割り、こちらも減収減益の過程に入ったと考えられる。そのために日販は既存のFCのTSUTAYA店舗を、自らメンテしなければならないのである。
積文館、精文館などと同様に、新プラスメディアコーポレーションもその列に加わったことになる。MPDとそれらの売上高シェアは、日販の半分以上を占めていることも付記しておく]
7.阪急コミュニケーションズは宝塚歌劇関連事業などを除く出版事業を、会社分割により新会社CCCメディアハウスへと継承し、その全株式をCCCに譲渡。
その主な出版物は一般書籍の他に、雑誌『ニューズウィーク日本版』 『フィガロジャポン』 『ペン』などで、既存雑誌は継続発行されるという。事業規模は40億円とされているが、買収額は非公表で、新会社に移籍する人数も代表者もまだ明らかになっていない。
[CCCは阪急コミュニケーションズの企画力、編集力を評価し、出版以外にもシナジーとして発揮できるのではないかとして、自らオファーし、決めたとされる。
代官山蔦屋プロジェクトを機にして、CCCは超大型店出店、図書館運営などと多角化し、今度は著名な雑誌を発行する出版事業に乗り出すことになる。
代官山蔦屋プロジェクトに旧マガジンハウスのメンバーが参画し、それが阪急コミュニケーションズの買収へとつながっていったように推測されるが、『ニューズウィーク日本版』のような雑誌の存続は大丈夫なのだろうか]
8.5 とは逆に、日販に対して、日本出版者協議会のあけび書房、大蔵出版、彩流社、リベルタ出版の4社が、アマゾンの10%ポイントサービスは再販違反であり、その除外指導をしなかったとし、違約金を請求。
[本クロニクル72などで、やはり日本出版者協議会の緑風出版、水声社、晩成書房などのアマゾンへの出荷停止を伝えてきたが、今回の日販に対する違約金請求も連携していると考えていい。かつての「別個に並んで共に撃て」を想起してしまう。
5 に対して、平安堂は「ノーコメント」としているが、こちらの場合は日販が違約金支払いも含め、「ノーコメント」の立場をとっている]
9.ヴィレッジヴァンガードが売上高436億円で前年比0.2%減、純損失10億円の2期連続赤字決算。
これは連結決算だが、ヴィレヴァン単体では売上高357億円で、前年比5.3%減、純損失12億円となっている。
[これも本クロニクル75で、前期におけるヴィレヴァンの初めてのマイナスに言及し、複合バラエティ店の先駆者としてのヴィレヴァンも、明らかにターニングポイントを迎えているのではないかと指摘しておいたが、それがさらに露呈したことになろう。
それはヴィレヴァンだけでなく、同時代にスタートしたCCC=TSUTAYAやブックオフも同様で、本クロニクルでも揃って登場し、言及される事態を迎えているのである]
10.『新文化』(8/21)に「売場集約し“空きスペース”賃貸に」と題する南天堂書房(東京・文京区)の奥村弘志社長へのインタビュー記事が掲載されている。それを要約してみる。
* 南天堂書房は都営地下鉄白山駅・本駒込駅から徒歩5分ほどのところにあり、雑誌、文庫、コミック、実用書、児童書などがバランスよく配置された地域密着型の書店である。奥村社長は55年間にわたって経営に携わってきた。
* その奥村によれば、街の書店の売上は15年前と比較して、よくて25%減、ひどければ50%近く落ちていて、特に50坪前後の店が最も苦戦し、1、2階合わせて50坪の南天堂書房も例外ではない。
* 取次が書店業まで手がけ、業界の在り方が崩れてしまった。取次の発表する売上マイナスはゼロが一つ足りないほどで、版元も取次も書店に30分立っていればわかる。もっと書店の現実を知るべきだ。
* 「取次は自分たちが損をしないで、書店に負担をかけようとしている。こんなバカな業界はない。書店を潰せば、取次も出版社もなくなるということを分かっているのか。三位一体と言っているが、そんなのウソだよ」
* 「規模が大きいところばかり優遇されている。もっと声を上げていかないと、街の書店は本当に消えてしまう(中略)。我々業界が20年前からサボってきた結果がこれ。書店ももっと声を上げる必要があった。」
* その状況を変えるために、コミックを主とする2階をなくし、1階へと集約し、その2階を学研の学習塾へと貸し出した。家賃収入に加え、塾と書店の協業型ビジネスをめざすものだ。
[これがまぎれもない街の書店の肉声である。奥村の言葉の前では様々な出版業界のスローガン、JPOが進めている「フューチャー・ブックストア・フォーラム」などがまったくの砂上の楼閣的なものにすぎないとわかる。
特に売上の半減は深刻で、立地のいい都内の書店にも押し寄せている現実なのである。
南天堂の場合、自社物件なので、2階をテナントにすることで、売上のマイナスカバーできるにしても、テナントであれば、撤退するか廃業するしかない。実際にそのようにして書店が消えていったのだ。
その状況はナショナルチェーンの大型店でも変わらず、売上が落ちていることはいうまでもない。そして大型店はすべてテナントであるから、大半が撤退の危機の中に置かれているわけで、街の書店以上に深刻だと考えられる。
奥村に「業界が20年前からサボってきた」ことの内実をもっと具体的に語ってほしかったが、こちらはまたの機会があるだろう]
11.10の南天堂の奥村社長のインタビュー記事が掲載された『新文化』の同号に、岩崎書店会長兼社長の岩崎弘明が「衰退する出版産業―3つの問題提起」を「寄稿」している。本クロニクル55でも彼の寄稿を紹介しているが、今回も要約してみる。
* 書店数が減り、新刊点数が増加し続け、日本の出版販売金額は17年間で1兆円を失ってしまった。
* 世界を見渡してみても、日本のように出版業界が衰退している国は皆無であり、多くの国では悪くても横ばい、平均すれば数%成長している。
* その要因のひとつは欧米のように「読書は楽しい娯楽である」という概念が日本で育ってこなかったことにある。近年は子ども向けの本も入学試験に役立つといった読書が勉強と同列になってしまっている。
* 日本の出版業界の効率性や目先の売上を優先させてきた結果がこの窮状で、日本政府も出版業界に対して、援助も政策も示してこなかった。「国民が本を読まない国は滅びる」と広く認識されているにもかかわらず。
* これらに続く第2の危機は秘密保護法の成立である。政府の判断で都会の悪い情報は隠し、出版の自由を制限し、自分たちの都合のいいように情報をコントロールできる法の成立は出版業界にとっての影響が危惧される。それは児童ポルノ禁止法改正も同様である。
* 第3の危機は若い世代が本を読まないことで、日本の読書調査において、20代が一番本を読まない非読者層であることだ。そうした中から間違った愛国心、狭いナショナリズムが生まれてくる可能性がある。
* 日本の出版関係者の中には政府に頼ることが出版の自由を奪われるのではないかと考える人も少なくないが、出版の大切さを理解し、出版業界を健全に育てることは、国にしても出版業界にしても大事なことだし、他産業と同様に、ロビー活動を行う機構を持つべきだ。
[賛同するかどうかはともかく、出版社と書店からの切実な訴えが、出版業界の業界紙『新文化』の同じ号に掲載されたことは象徴的だし、業界紙ですらも「ただの御用新聞」(奥村の言葉)でいられなくなっていることの表われだろう。
出版社、取次、書店が三位一体どころか、お互いにそれぞれ不信の塊のような状態になっていて、本当に末期的状況を示している。あらためていうまでもないが、出版業界は限界集落に加え、目に見える液状化状態にまで追いやられてしまったのである]
12.『創』(9・10月号)に編集長兼発行人の篠田博之が「大宅賞めぐる『改革』とノンフィクション界の危機」を書いている。これも要約してみる。
* 大宅賞選考委員が全員替わり、初めて雑誌部門が設けられ、ノンフィクション界や賞の地盤沈下の中でのテコ入れが図られた。
* 大宅賞を実質的に運営しているのは文藝春秋だが、担当役員によれば、かつては沢木耕太郎にあこがれ、ノンフィクションを書きたいという若い人も多かったし、時代に向き合っているという印象もあった。ところがこの何年か、大宅賞を受賞した本が売れる状況でなくなり、新聞、テレビなどの大手メディアの人の受賞というケースが目立つようになった。
* これは大宅賞に限らず、講談社、小学館、集英社もノンフィクション賞を主宰しているが、いずれも曲り角にきていて、受賞してもニュースにならないケースもある。これは賞の問題というより、ノンフィクション界そのものが大きな曲がり角に直面し、狭義のノンフィクションは急速に縮小し、このままでは壊滅するのではないか。* 作品を書いても掲載雑誌がなく、取材費の捻出ができず、名前の売れている一握りの書き手を除けば、今はノンフィクションライターが生活できる環境でないのが実情だ。だから若いライターを発掘し、育てるノンフィクション賞の在り方も問われざるをえない。
* 今回受賞した佐々木実の『市場と権力』(講談社)は初版4000部で、累計6刷1万1000部だが、連載を始めた『現代』は途中で廃刊になっている。
* 「冬の時代」のノンフィクション界を見舞った壊滅状況は、出版界の構造を含めて多くの問題を露呈させた。それは『現代』『論座』『諸君!』『月刊プレイボーイ』などのジャーナリズムを標榜する総合誌の休刊にも表われている。
* 現在ノンフィクション界のみならず、雑誌界全体が大変な状況に見舞われ、ルポを書いてきたライターたちは生活が成り立たず、廃業する人も多い。このまま壊滅の一途をたどることがないように、多くの人が智恵と力を出さなければならない。
[これらはノンフィクション界とンフィクションライターだけの問題ではなく、すべての書き手にも及んでいる状況なのだ。そしてそれは出版業界に関係する全員の問題でもある。
10が街の書店、11が出版社、12がノンフィクション界、すなわち雑誌状況を浮かび上がらせ、すべての領域において危機が進行しているとわかるだろう]
13.崎山克彦文/西村繁男絵『小さな南の島の暮らし』(『月刊たくさんのふしぎ』8月号)が出た。
[例年と同じく夏休みもとれず、8月も終わってしまった。
この絵本を紹介するのは『やこうれっしゃ』などの西村のファンだったこともあるが、崎山が講談社、講談社インターナショナル取締役、マグロウヒル出版社社長を務めた後、フィリピンのカオハガン島で暮し、それを絵本化しているからである。
もちろんこのような生活に対する南洋幻想やオリエンタリズムも承知しているが、長年の出版人生の後に、このような生活を選択したことは興味深い。それこそ崎山の目から現在の日本の出版業界を見れば、どのように映るだろうか。
もう一冊夏休み用絵本を紹介する。これも以前に同じく福音館の『がかくのとも』として出された高木仁三郎ぶん/片山健え『ぼくからみると』で、のら書店からハードカバー絵本として復刊の運びとなった。こちらも片山のファンであることに加え、私も子供の頃、夏休みになると葦に包まれた小さな池によく釣りにいったものだった。だがこの池もなくなって、半世紀が過ぎてしまった]
14.蓮實重彦の『「ボヴァリー夫人」論』をようやく読み終えた。
[この本の出版は蓮實の用語を借りれば、広く文芸出版史、文学界、アカデミズム、外国文学の翻訳なども含めて、ひとつの「事件」だと思われる。もちろん国際的フローベール研究におけるヘゲモニー戦略、東大仏文系アカデミズムの仕上げといった意図も透視できるが、「テクスト的な現実」も含め、教えられることが多々あった。それをひとつだけ挙げれば、エンマが内面も外面もほとんど人間らしい人間として描かれておらず、「美しい」という属性だけが生きていて、そういう人物を描いたところが『ボヴァリー夫人』の不気味さだという指摘である。
これからの外国文学研究、批評において、この一冊を抜きにして論じることはできないように思われた。私もゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」の訳者なので、いずれゾラ論でもと考えていたが、とてもこのような一冊は書けないので、断念することにした次第だ。
しかし気になるのはこのような出版危機下における売れ行きで、A5判、850ページ、本体価格6400円はどのくらい売れたのであろうか]
15.「出版人に聞く」シリーズは〈15〉として、小泉孝一『鈴木書店の成長と衰退』が9月中旬に刊行される。初めて当事者が語る、人文書専門取次鈴木書店が倒産に至る過程である。取次危機下にあって、読まれるべき一冊であり、その証言はリアルこの上ない。
〈16〉の井家上隆幸『三一新書の時代』、〈17〉の植田康夫『「週刊読書人」と戦後の書評史』は編集をほぼ終えたので、続けて年内に出せると思う。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》