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2017-03-12 古本夜話639『綜合ヂャーナリズム講座』3

[] 古本夜話639『綜合ヂャーナリズム講座』3

『綜合ヂャーナリズム講座』第三巻には平林初之輔「ヂャーナリズムと文学」、森下雨村「雑誌編輯の要諦」、大宅壮一「現代作家総批判」、斎藤精輔「辞書の編纂と出版に就て」といった著名な寄稿者と興味深い論考も見えているが、今回はテーマと内容から、次の三編を挙げてみたい。

f:id:OdaMitsuo:20170218113127j:image:h110 総合ジャーナリズム講座日本図書センター復刻版)

 1 貴司山治「キング論」
 2 雨宮庸蔵「雑誌記事モンタージュ論」
 3 猪野省三「プロレタリア出版」

1 の貴司は本連載479でも取り上げているけれど、ここではプロレタリア作家から見た講談社の『キング』が論じられている。彼は昭和五年四月号の内容を、実際に分析し、それが資本主義的成功法と封建的要素を宣伝奨励したもので、漫画文などに示されるナンセンス的内容、通俗小説や探偵小説に類する実説話などによって構成されているとし、『キング』を始めとする講談社系譜雑誌は反動的だと弾劾される。その理由として。「資本主義制度の支持強化のために、大衆に向つて資本主義的立身出世成功美談等を宣伝し、資本主義的秩序偉人ためには、資本主義以前の封建的系要素に迄大衆を逆戻りさせる目的を以て講談、伝奇小説、怪奇探偵小説の興味を盛んに注文する」からだとしている。プロレタリアの側から見たまったくの紋切型の批判でしかないが、これが昭和五年時における講談社系雑誌に向けられた、左翼側からの視線ということになろう。ここで講談社系雑誌はプロレタリアの時代の中において、仮想敵の王座の地位にあるかのようだ。

2 の雨宮「雑誌記事モンタージュ論」は『中央公論』編輯部次長として、大衆・娯楽雑誌、婦人雑誌、映画雑誌、高級雑誌、無産階級雑誌、経済雑誌、科学雑誌、少年少女雑誌、スポーツ雑誌、受験雑誌などに分類し、それらの「モンタージュ」を論じている。「モンタージュ」とは当時の流行タームだと見なせるが、雑誌の積極的構成の過程を意味しているようなので、編集、もしくはエディターシップと考えてかまわないだろう。ただここではすべてをトレースできないこともあり、雨宮自身も拘わっている「高級雑誌」を見てみよう。

そこでは高級誌として『中央公論』『改造』、準高級誌として『新潮』『経済往来』『文藝春秋』、さらにその種のものとして『祖国』『我観』、別格として『日本及日本人』が挙げられている。これらの昭和五年時におけるクォリティマガジンの配置ということになるのだろう。そしてとりわけ『中央公論』が自画自賛されている。

「中央公論」は、嘉て創作欄の創設により或はデモクラシイの時流に棹さし、モンタアジュの目安を茲に置くことによつて、時代文化の頂角を往つた。時代がデモクラシイを超えて社会学の旗へんぽんと翻らんとする頃には、「改造」が社会主義をとりあげて巧みに時代の風に帆を孕ませ「中央公論」は是を見送るかの如きかたちであつたが、近時マルキシズムの最も深い部分に潑剌と働きかけ、全体のモンタアジュを程よく之に調和せしむるに及んで、ヂャーナリズム的の主潮(メイン・カレント)に乗つた。

後に谷崎潤一郎の『源氏物語』の担当者となり、『中央公論』編集長にも就くことになる雨宮の自負がここに語られているのだが、このような「高級雑誌」のニュアンスはリアルタイムで体験していないこともあって、よくわからないところがある。だが平凡社の下中弥三郎や筑摩書房の古田晁たちが書籍出版で一定の成果を上げながらも、ずっと雑誌にこだわっていたのは、当時『中央公論』や『改造』が表象する「高級雑誌」のイメージに捉われていたからなのであろう。

3 の「プロレタリア出版」を書いている猪野省三は巻末の「講師略伝」によれば、日本プロレタリア作家同盟委員、戦旗社出版部長とある。それゆえに現場からの「プロレタリア出版」レポート、しかも「暴慢な資本と野蛮な検閲に抗して…」に始まった一年の経験に基づくものとされる。それをたどってみる。

まず出版は「社会的生活に於けるあらゆる精神的所産を、広汎化するために印刷技術によつて、社会的所有物として蓄へてゆく……ところの仕事である」という「抽象的規定」に基づき、プロレタリア階級の精神的所産を書籍のかたちで階級にささげる仕事がプロレタリア出版の定義なのである。それは啓蒙、教化、宣伝、扇動を伴い、「組織的に系統的に、統一的に」なされなければならない。また「プロレタリア出版」とは、出版市場を横行した営利事業としての「右翼出版」とは異なるもので、戦旗社は特殊な存在として現われてきた。

戦旗社はプロレタリア大衆雑誌としての『戦旗』を発行する一方で、日本プロレタリア作家同盟編輯の「日本プロレタリア作家叢書」として、小林多喜二蟹工船』や徳永直『太陽のない街』を出版し、その基礎を固めた。ちなみに両書の近代文学館復刻を見ると、奥付の「発行兼印刷人」は前々回の山田清三郎となっている。

蟹工船(復刻版)f:id:OdaMitsuo:20170220231240j:image:h120(復刻版)

さらに小説だけでなく、産業労働調査所、プロレタリア科学研究所、農民闘争社、全日本無産者芸術団体協議会(ナップ)などと組織的に連携し、それらに関係するパンフレット、リーフレット、叢書、統計資料、労働者カレンダー、日記なども刊行してきた。それらを通じて、戦旗社は「一定の経営主を持たず、労働者農民と現実に結びつくことによつて出版をなしてゆく点からプロレタリア出版の任務をはたしてゐる」ことになると、猪野は述べている。

ここに意図したわけではないけれど、大衆雑誌『キング』、高級雑誌『中央公論』、プロレタリア出版戦旗社というトライアングルが提出され、昭和初年における出版状況と位相がおのずと浮かび上がってくることになる。


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