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2017-04-09 古本夜話647『綜合ヂャーナリズム講座』11

[] 古本夜話647『綜合ヂャーナリズム講座』11

『綜合ヂャーナリズム講座』第十一巻からは次の四編を取り上げることにする。

f:id:OdaMitsuo:20170218113127j:image:h110 総合ジャーナリズム講座日本図書センター復刻版)

1 大宅壮一「改造論」
2 小汀利得「産業経済雑誌論」
3 柳田国男「世間話の研究」
4 金児農夫雄「詩歌書の出版について」

1 の「改造論」で、大宅壮一はまずその前提となるテーゼを発している。ブルジョワ新聞、雑誌が進歩的、急進的立場、またはその逆を示すことがあっても、それは新聞や雑誌の固有の立場ではなく、新聞や雑誌が狙っている読者層、つまり顧客の思想的立場であり、それがブルジョワジャーナリズムの本質だというものだ。その視点から『改造』が論じられていく。大宅は大正八年創刊の『改造』を次のようにトレースしている。

 雑誌『改造』が、創刊以来の日本新興文化のために有力な闘争舞台を提供しつゞけてきたことは、改めて説明するまでもない。『解放』と共に欧洲大戦直後の思想的動揺期、分裂期に生れ、新興文化の誕生と共に台頭し、その生長と共に生長して来た雑誌である。

 その後、間もなく『解放』が落伍し、先輩の『中央公論』がデモクラシーと上品なアカデミズムで足踏みをしてゐる間に、『改造』は躍進に次ぐ躍進をもつてし、一時は日本思想界の進歩的傾向を完全に代表し、リードしているかの如く見えた。

これが大宅だけでなく、出版界からも見られた『改造』だったと考えられる。だがこの数年で読者や社会情勢、思想、労働運動も一変し、階級闘争の実践化とともに、運動主体はインテリゲンチャから労働者へと移行してしまった。それとパラレルにインテリゲンチャを主な読者とする『改造』も進歩性を喪失し、高級雑誌としての限界を露呈することになった。これが昭和六年時における大宅の、『改造』だけでなく、『中央公論』を含めた「高級雑誌」論ということになろう。

私もこの時代の『改造』に関して、かつて「芥川龍之介の死とふたつの追悼号」と「広津和郎と『改造』」(いずれも『古雑誌探究』所収)を書いているし、『改造』のことも本連載172でふれていることを付記しておく。

古雑誌探究

2 の小汀利得「産業経済雑誌論」は産業経済雑誌の誕生、及びその主たる雑誌論評であり、昭和初期ビジネス雑誌チャートといえるので、それらをリストアップしてみる。

*『東洋経済』/明治二十八年創刊、現在は石橋湛山主幹。理論と統計を特徴とし、公経済、金融方面に強い。

*『ダイヤモンド』/大正二年創刊、現社長の石山賢吉が創刊。同六年に世界大戦による大景気に見舞われ、会社狂時代が到来する。それに合わせ、会社決算、資産内容の紹介、報告の解剖により、『東洋経済』とともに二大経済雑誌となる。

*『実業之日本』/明治二十九年創刊、現社長は増田義一。官僚に対し、実業人と実業界の振興を図ることを目的としていたので、実業界の先輩の訓話、経験談を多く掲載。

*『実業之世界』/明治四十一年野依秀市創刊。『実業之日本』とは対照的に、財界、財界人の暗黒面と隠されたる事実を仮借なく暴露するので、それらは「野依式」と称された。

*『経済知識』/昭和四年、朝日新聞経済記者の後藤登喜男が創刊。従来なかった経済雑誌で、実際経済知識追求者や学生を読者とし、日常経済現象を文字と写真で解説。

*『サラリーマン』/昭和三年、元『実業之世界』編集長の長谷川国男が創刊。社会の問題となりつつあるサラリーマンを読者とするところに、新鮮味とプロレタリアへの関心を示す。

*『経済往来』/大正十五年日本評論社が創刊。地味な経済雑誌として理論に偏せず、実際に堕せず、極めて巧妙な編集が特色。

大阪毎日新聞の『エコノミスト』と中外商業新報社の『中外財界』も大なる部数を占めているようだが、タイトルが挙げられているだけなので、ここでは省略した。なお小汀によれば、この時代の産業経済雑誌は大小合わせると、少なくとも五百誌に及ぶという。それがプロレタリア時代の反面でもあったことになる。

3 の柳田国男の「世間話の研究」はこの『綜合ヂャーナリズム講座』全十二巻の中にあって、まさに「研究」にふさわしい白眉の論考で、「世間話」こそが「ヂャーナリズム」の起源としてあることを検証しているともいえよう。「ハナシ」という単語は室町時代に入って出現したもので、人はそれまで言葉を「組立てゝハナシにする技術は、永いこと知らずに居た」し、「海で稼ぐ者がサラーと呼び、山で樹を伐る者がナターと怒鳴れば、言語の用途は十分に果たされて居た」。ここで思わず、吉本隆明『言語にとって美とは何か』(角川文庫)における、吉本原人の海を見た時の「う」という叫びを想起してしまう。それはさておき、そこから柳田は「ハナシ」の発生を考察していくのだが、それが一方では神話にまで遡行し、また一方では新聞雑誌の問題へとリンクすることになる。後にこの「世間話の研究」は『定本柳田国男集』第七巻に収録される。

定本柳田国男集 壊滅

4 の金児農夫雄は本連載255でもふれているように、新潮社出身で、詩歌俳書の素人社を営み、俳人でもあったので、この「詩歌書の出版について」を書くことになったのだろう。

金児は詩歌書の主な出版社として、第一書房、アルス、新潮社、岩波書店、厚生閣、交蘭社を挙げている。岩波書店に関しては奇異に思われるかもしれないが、アララギ派の歌集をかなり出しているのである。そしてそれらの特色を述べた後、次のように記している。

 要するに詩歌集の出版は一種の道楽出版に属してゐると思ふ。流行作家は別として普通の詩歌集の売行はせいぜい五百部止りであるから、結局特種な出版方法をとるより外はない。でその方法として限定版があり又は極端なる贅沢本となるわけである。一時詩歌集を蒐集することが流行し、頓にその市価を高めたことがあつた。然しこれも多くは珍本の類であつて骨董的価値の昂騰にすぎないのであるから現に市価を高めてゐる本であつてもこれをただちに複刻することの誤りであることは論を俟たない。

これを前提として、明治から昭和に至るまでの「詩歌書」の出版史がたどられ、最後に特筆したいとして、次のように結んでいる。円本全集が企画に行き詰まり、新潮社の『現代詩人全集』、改造社の『現代短歌全集』の出版となったことで、これが愛書家たちを失望せしめたと。


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