【Book】地を這う魚 ひでおの青春日記

吾妻ひでお 著
角川書店 刊、
ある天才漫画家の若き日の苦悩。


 愚魂印刷赤羽工場で働く青年・あずまひでおは、「奴々」の型抜生産では奴々に噛みつかれ、「ぐずり」の梱包作業ではぐずりに絡みつかれ、「俗畜」業務にまわされそうになるものの不要だと断られるような要領の悪さであった。

 そんな日々に耐えかね、ある日「石森章太郎のアシスタントに採用された」と言って退職する。実はあずまひでおは、漫画家を目指して北海道から東京に出てきたのであった。
 しかし「石森章太郎のアシスタント」は嘘であり、不向きな工場勤務で疲労して漫画を描く時間を取れないくらいなら、何とかどこかの漫画家のアシスタントにでもなり漫画に関わっていたいとの一心で、当てもなく退職したに過ぎなかった。

 やがて苦労してアシスタントの仕事にありつき、同郷の同士5人とともに「北風6人衆」として漫画界の片隅でアマチュアとプロフェッショナルの境界を行きつ戻りつの日々を開始する。


 本書は著者の自伝的作品であり、実名・虚名を含む多くの漫画関係者が登場する。

 漫画の神様・手塚治虫が住み、後に赤塚不二夫石森章太郎藤子不二雄らが集った「トキワ荘」は有名だが、著者らもアパートに集結して共同生活を行っており、その様子も描かれている。
 しかし、両者を比較するとその暮らしぶりは大きな隔たりがあり、苦労が偲ばれる。


 「バクマン。」の主人公は何不自由ない家庭に育ち、その庇護の下、友人・恋人にも恵まれ、高い知性と予め備わった才能を生かして漫画家を目指す。もし漫画家になれないときは進学・就職できるよう保険として高い学力も維持するという念の入れようだ。
 一方、本作で描かれる主人公らは、漫画のみに全ての情熱を燃やしているにも関わらず、順風満帆とはいかない毎日の歯痒さが全編に渡って描かれている。

 もし週刊少年ジャンプ誌の「バクマン。」を読んで漫画家を目指す読者がいるなら、本書も合わせて読むことを進めるのは酷であろうか。


 ただ、本書はあくまで成功譚である。本書後書き漫画には、登場人物達の現在が描かれているが、主人公「あずまひでお」は今でも「なんとかやっています」と控えめに書かれている。
 1980〜1990年代、「失踪日記」で描かれた不調・失踪・不健康の年月を経て復活に至った著者が発表した本書は、最盛期の力を感じさせるものがあった。


■著者情報
吾妻ひでお - Wikipedia
吾妻ひでお - はてな
吾妻ひでお official homepage
※著者のウェブサイト。


■書誌情報
地を這う魚 ひでおの青春日記(2009.03.05/2009.03.09)


■装丁
館山一大(角川書店装丁室)
※本書唯一の不満点が装丁である。もういい加減に「橙色のカバー」は止めるべきではないか。