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17.02.21 (火) 未知なる世界 このエントリーを含むブックマーク

お久しぶりです

と言っても、もうblogの域をとどめていないほどの時間が経った更新です。

1年半くらい放置していましたし・・・。

まぁ、言い訳ではありませんが、写真blog側の方は今でも続いております。


さて、生まれて初めて、インフルエンザにかかりました。つい4日前のことです。

いや、正直きついてですね、これ。

ずっと床に伏せていながら、考えていました。これまでの色々なこと。

1996年ごろ、もう今となっては20年も前になります。その頃にNIFTYから飛び出て夢を描いてHTMLを解析しながら厳選モバイルリンクを作っていたのを思い出します。

あの頃はMacintoshEPSONノートなんかで楽しんでいた時代です。その頃はWEBSTARやらでWebSiteを立ち上げたい!とか、今となっては皆無の価値観になった「HomePage」を作りたいっていう気持ちがありました。

cgiやらapatchによるWEBサイトの作り方、IISでのサーバーサイドイクルードの使い方、JSP、色んなことを覚えていきました。

気がつくと、2000年がやってきて、FLASHサイト全盛になってきて、Windows2000というのが出てきてMacOS漢字TALK時代)より安定するようになってきて・・・。

その頃作っていたスキン「DeltSeven」という透明な石の調子デザイン、XPでも使われ始めMacOSXの「透明石ボタン」全盛の時代に突入していきましたっけ。

その後、XPVistaやme、7/8と経て、Windows10へ、MacOSXは数々のバグを乗り越えてMacOS SierraとiOSへ、どんどんと変わっていきましたよね。企業のセキュリティ対策も強化され見直され、会社に自分PCは繋げられなくなり、データの持ち帰りやUSBによる持ち込みにもNOのサインが突きつけられるようになりました。

その流れとともに、アプリ見直しや開発体制見直しも迫られつつ、労働環境まで政府が厳しく通達するようになってきました。


・・・何が言いたいかのというと、気がつくと、パソコンがいらない時代になっちゃいましたね。

20年前は、パソコンてすげぇ、色んなことができるよ、世界変わるよ!ってワクワクしててのーとPCすげぇよ、こんなに軽くて色んなこと出来るよ、っていう時代全盛から20年でパソコンがいらない世界になるなんて、思いもしなかったというか。

昔に、こんなザウルス欲しいよ、っていう絵を描いて20年しないうちに、そんなの古臭い、みたいになるまでこんな短い間にそうなってしまうとは思いもしませんでした。

これから時代は何か。

そのために必要なこと、それは「知識」をどう取得し、「何の知識」を取得するか。

これが重要意味を持つ時代に入ってしまったようです。

今は「ググれば」なんでもわかる時代。逆にいうとつまらんことに記憶領域を使う必要がない時代です。

自分の頭の中の記憶容量が10TBくらいが限界だとすれば、その10TBに何を残すか。これを意識しないと流されて終わってしまう時代になりそうです。

振り回されるのはごめん。荒波の中に放り出されて、目的地もわからず転覆しそうになりながらも岸についた、でもその先は・・・

みたいな展開だけにはなりたくありません。

荒波をコケながらもサーフィンし、せめて見える向こう岸の良さそうな場所にたどり着きたいです。

だからこそ、何が必要なのか。

海の話が出たので、同じように考えてみましょう。荒波の中、向こう岸を見据えるには何が必要か。

不安定ながらも起立し少しでも高い視点を確保できる環境」が真っ先に必要ですよね。

その環境は「一枚の板」から成り立っていますね。

「できるだけ晴れた視界を遠くまで見える目で」捉える必要がありますね。

もちろん、そこに行くまでの「体力」と「勘」も必要です。

その方向に向かうには「梶」も必要ですよね。

「板(基盤)」「視界・眼」「体力」「勘」「方向に押し出す梶」、これらを手にすれば自らの意思でたどり着きたい岸に着くことはできそうですよね。

デジタル世界のこれら5つってなんでしょうかね。

私が思うに基盤は「文字」だと思っています。どんなに時が流れても文字は当面消えなく、デジタルの世界の中心にいて、自分を起立させることができる唯一無二の存在じゃないかと思います。

方向に押し出す梶は、その文字を発信するかしないか、こう考えます。流されるか自分意思で漕ぐか、その違いは発信と似ています。

じゃぁ、あとは目と体力と勘ですが・・・

体力は続けること。眼は自分の定めた方向性

何を言いたいかと言いいますと、ようはですね、最終的に「辞めない人が向こう岸へ」着けるのではないかと思うのです。

なんとか思考だの、フレームワークだの、流行りだのそうでなかろうの、形にハマろうがハマらなかろうが、その文体が拙かろうが分かりやすかろうがなんでもいいだと思います。

辞めないこと。続けること。

何年かおきに一度でもいい。

見えにくい岸に向かっていって自分の思うことを発信し続け、信じて突き進んだ人は、飲まれずに大局的に物事を見ることができ、次の20年先まで意思を持って歩めるのではないかと思います。

そんな気持ちがあるので、駄文が続くかもしれませんが、ボヤキ続けると思います。

今は、過去の変動のPC世界の15年を封印し、変動のカメラ世界の15年を追っています。カメラ世界も5年が経ちました。

ちょうどXPが出たあたりです。カメラ世界はこれから複眼のスマフォと老舗の一眼の戦いが始まります。

成熟しきったが、手間暇育てて衣を剥がせぬ一眼の世界 V.S. 奇抜な改変のデジタル処理。

音楽もピアノ作曲からデジタル音の重ね技で変革し、印刷も一枚一枚フィルム重ねて版を作る処理からデジタルパブリッシュでプリンターみたいに間のフィルムが無くなっちゃいました。

年賀状だって一枚一枚プリントごっこしてたのが、今やLINEに代わり紙を使わなくなり始めています。

ビデオもそう。スマフォで撮ったそのままがYoutubeにアップされTVより効果が高くなり始めています。

得てして手間暇かかるもの、めんどくさいもの、工程数が多いものはデジタルに取って代わられます。

1つ1つ職人の手で作り上げるのは素晴らしいけど、それは時代のニーズに合っていないのです。

あと、今現在で手間が多いのなんですか。

車のナビもそうですね。他は?

料理もそうですね。他は?

病院手続きもそうですね。会計は既に自動化されつつありますよね。

似たようなのにスーパーレジ打ち会計もそうですが、半自動化進んでますよね。他は?

本を探す行為?そうですね、既にamazonに代わってきていますよね。他は?

今、世の中では、この「他は?」探しに躍起になっています。

これがビジネスチャンスだからです。

結果私たちの世の中は便利に楽になっていきます。

気がつかないと、あなたのやっている仕事量はゼロになります。

ゼロになっっとき、応用が効かなければ、無用となります。

荒波で立つことすらできなくならないよう、やはり、視界を高く保つべきです。

頑張るという言葉は嫌いです。

何をどうするのかが明確でない。

でも、不特定多数へのメッセージなら使えそうです。

お互いの明日のために頑張りましょう。

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15.09.15 (火) Apple pencil が塗り替える世界、終わりの始まり このエントリーを含むブックマーク

こんにちわ

またしばらくぶりにblogを書いています。

前回、macbook12(2015)のお話をしましたが、その時に感じていた続きになります。



前回の話の中では、下記の事項を記載しました。


さて、皆様ご周知のとおり、この10月にiPadProなるものが登場してきます。その中でも革命的な商品Apple Pencil」が今回一番着目すべきポイントではないでしょうか。

使用イメージ画像拝借

単純に普通に思いつくアイデアを洗練して魅力的な商品にする、というヒト時代前の日本の製品の作り方のような形で出してきているこの商品、実は結構ポイントが高いと思っており、これ1本で世界を変える可能性があります。

先ほど、Windowsに残された「キャンバス」に関係する世界、これを「iOSというアプリの安い環境で構築するシステム」がiPadPro+ApplePncilです。

つまり、もうIllustratorPhotoShopPainterも要らないのです。

絵を描くのにWacomタブレット必要ありません。本当の意味で紙のようにデジタルデータを取り扱え、高くても数千円のアプリを買うだけで「キャンバスに対して何かする」というシステムが手に入ります。10万そこらで。

Wacomタブレットでこの大きさのものを購入し、ソフトを購入し、PCモニタを揃える、またはSurfaceを手に入れる、そんな必要はありません。これは革命です。

しかも最後に出力されるデータTIFFだったりPDFなわけですから、DTP印刷)の類との相性も良い。これは凄まじい革命です。
残されたニッチな分野まで奪いに来ています。

後は・・・、PowerPointも使えるんですよね?だったらWindowsEXCELと基幹系または勘定系のイントラシステム周りを仕事で使うだけのマシンになってもらいましょう。

おそらくこのiPadPro+ApplePencilの登場は、一般の人の「絵」または「CAD」に関連するクリエイティブ活動を刺激し、興味を持つ人の裾野を広げ、それは例えばコミケを刺激したり、3Dプリンタを刺激したり、さらには写真をアートで触ることや絵をそのもの書いたり刺繍の下絵を描いたり、といった色々なキャンバス関連の世界に浸透し、塗り替えていくでしょう。
そういう意味で、もしかしたら、もう MacOSXって要らなくなるのかもしれません。Windowsも要らない、つまりもうパソコンなんてのも要らない、そんな世界はすぐそこです。

数年後、私たちの周りはどうなっちゃうんでしょうね。
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15.04.25 (土) MacBookとOSX。それは新時代の幕開け このエントリーを含むブックマーク

ものすごく久しぶりのblogを書いています。

しかも、久しぶりのMacOSXテンションが上がっています。

このMacBook 12(2015)、いいですね。

bootcampしても普通に使えるし、重い作業は無理だけど軽くてスタミナ長持ち。

実に使いやすい。

こんなNetBookぽいMacBookがどうやらバックオーダー2ヶ月以上の待ち状態で、爆売れしているとのこと。

品薄商売的な感じもするので、ほんとかな?って思うんですけど、使えばわかる、コレ、いいです。

何がいいのか?

(1)価格は高い

(2)割と傷がつく(特に光らなくなったリンゴ

(3)薄く浅いキーストローク

(4)それほど速さを感じないスピード

(5)USBが1つ、しかも新規格で電源と兼ねている

こんなマシン、どうして売れると思うのか。普通の日本人ならそう思ってしまうのも当たり前なんじゃないかな、と思う。

素直にVAIO PROとか、まぁ、速度求めるならZ、安く行くならAcerとかAsusPCでもいいんじゃない?

タッチパネルもついてるし。Officeだって割安でつく。

もっというと、SurfacePro3とかでいいじゃん、って思う。

実際に、コレを手にする前にはSurfacePro3のi7を持っていた。

しかし、それを売っぱらって、コレが手元にある。

これが真実であり、Appleノートの魔力だったりする。

実に長い間の成果だと思う。

まず、MacOS9からNext技術を取り入れて完全なマルチタスクを手に入れ、その後数年は惨憺たる状態だったが、5色のiMacが忘れ去られるころには安定するOSが手に入った。

また、同時に従来までのカスタマイズたっぷりで色々できるPCというイメージからシンプルで変なことができないPCというイメージも定着した。

その後、順当に色々な機能を積み重ね、安定して使いやすいアプリが揃う必要最低限の環境がこれを買うと揃うという家庭向けにぴったりのPCになった。

そのころには、iOSとして分離しベース携帯電話に移った。

そこで、さらに安定する動作を求められるようになり、よりOSとはどうあるべきかが形になった。

そして、その技術フィードバックされ、MacOSXは本当の意味で使えるOSに成長した。

また、MacOS、とりわけ「Macを使うとソフトがない」という状況も一変してきた。

その立役者はもちろんiPhoneiPadがあり、それらの普及が欠かせないのだが、Appleは地道に色々なことをしてきた。

まず、AppStoreの存在。誰でも気軽に販売できるルートを作った。それまでソフトを販売するということ

には敷居が高く、個人プログラマが販売するのにはどこかしらのソフト集約サイトに置いてホームページとかで宣伝するというスタイルしかなかった。個人の人がその集約サイトに訪れなければ、また、その集約サイトに宣伝されることがなければ埋もれて終わりだった。

今は、AppStoreに置くことで、とりあえずどんな人にも目にとまる場所提供できるようになった。

また、無料という提供スタイルをはじめに提示、後から課金というスタイルの導入が大きい。

今までの集約サイトだと無料と有料は別ソフトでコントロールされ、別リンクになっていた。

AppStoreで「後から課金」というスタイルが始まると、個人の作品がたくさんの人に目にとまるようになってきた。

加えて、SWIFTという統合的な初めての人にも取っ掛かり的に容易な環境提供した。

ハード面でも見逃せない進化が起こる。

Retina存在。これはMacの歴史の中で一つのターニングポイントではないだろうか。

もちろん、スタートはiPhoneiPadからの派生だが、この奇妙なUI提供の仕方にポイントがある。

今までのdot by dotの考えかたからの離脱

MacRetinaのような高解像度モニタでも、文字やスケーリング解像度として従来のような絶対的な文字の大きさは変わらないんだけど、きめ細かさが変わるんだという奇妙な、でも、ものすごく真っ当な表現手法を取り入れた。

ディスプレイのスケーリングサイズデフォルトが液晶の解像度イコールではないこの不思議表現、これが実に良い。

dotという考えかたでイコール表現でなくなったことで、紙以上の綺麗さを手に入れつつも、文字の大きさはそのままのため、綺麗な文字で読みやすい、作業しやすい環境を手に入れた。

そして、最後iOSである普段手にしている端末と同じような外見になるようなフラットデザインで統一し、普段使っている端末との親和性・・・今行っている作業の続きをどっちの端末でもできるようにしたり、AirDropのように難しいことを考えなくても操作法を覚えなくても簡単にファイルのやり取りができるようになった。

煩わしいケーブルの取り回しも、できるだけ排除していった。

今回のMacBook2015のUSB typeCなんかもその一環だろう。

ここに至るまで、非常に長かった。

気がつくと、Windowsの利点はEXCELPowerPointのみになった。

仕事で使う標準アプリだから、外せない。でも、それ以外ならMacでもWindowsでもさほど変わらない。

そんな時代になった。

まだ、最後課題がある。

イントラネットでのブラウザ制限IE7-9まででしか動かないという制限だ。

割と大きめの企業に属していると、必ずつきまとう企業内インフラ、そのブラウザベースクライアント要件。そこには未だInternetExploler(IE)のバージョンが7-9まで、というものがつきまとう。

しかし、この制限Windows側も首を絞めている。だから、次回のWindows10でもこれを改善する動きとなってきた。

今のWindowsでも32bitのIEと64bitのIEでは若干動きが違う。

開発ベンダーは、2016年になっている段階で色々な対応を迫られるだろう。そしてその時には、もう、MacだのWindowsだのという縛りが消えるのだろう。

MacOS再起動、ここからが本番。

ようやく今までやってきた流れが大きくまとまろうとしてきている、そんな気がしている。

そして、その門出に出てきたのが、この新しいMacBookだ。

もうパソコンはいらないんじゃ?

という時代に再定義された新しいノート

画面、キーボード、軽さ、ケーブルレス

iPadじゃ物足りない人に向けた、ものすごく「一般的な家庭に必要とされる十分なPC」をきっちりまとめあげ、かつ、品の良い美しさを提供する。

スペックを持つことに優越感を見いだす人のためではなく、普段自分の使っている環境に見合うスペックで、持つことの優越感へのシフトを促すPCへの転換。

どこも似たり寄ったり。スペックなんて頭打ち

時計がいい例。

安くても機能は十分。そこから先は何が求められるかというと「他にはない優越感」「持つこと自体自分へのご褒美」というキーワード

そこにいち早く気がついていち早く提供したApple

そして、最も重要なこと、これは「なぜココまで薄くしたのか」に気がつけるかどうか。

推測に過ぎないが、この薄さ=コスト削減だと考えられる。

製造コストマテリアルコスト・パーツ設計コストバリエーションによるコストコネクタ周りのパテント部品点数抑制。これらを実にうまく抑えている。

低く抑え高く売る。商売の基本にかなっている。その魅力がある商品としての究極が詰まっている。

流石だ。ここまでやられると、日本は、もう追いつけないだろう。

唯一残されているのは、VAIO ZやVAIO CANVASのような特殊ニーズに合わせたPC

でも、それは、非常に少ないパイでの奪い合いとなるだろう。

もし、まだ到達できていないおのがあるとしたら、それは企業のペーパレス会議を促進できる何かだろう。

A3サイズで紙のように薄く軽く、Retina並みの綺麗さ読みやすさを持ち、かつ、データを持ち歩けないシンクライアント構造タブレット。かつ、稟議の通しやすい5〜10万程度の端末。

おそらく、最初サービスも込み(TV会議や遠隔資料閲覧等)で広められたところがコレを握ることができる。大量に売れるPCなんて、こんな特需以外、どこにもない時代に突入したようだ。

あと食い散らかされる場所はどこだろう?

TVカーナビ街角や家の中でのインフォメーション?

時計は喰われた。

あと、人が「見ている」ものはなんだろう。

次はそこだ。

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14.06.09 (月) 再生と最新

再生と最新 再生と最新を含むブックマーク

こんにちわ

コッチのblogはずいぶんと間が空くようになってしまいました。

さて、今、WINDOWSが熱いですね。

Surface Pro3。これはいろんな意味ですごいことになってきています。

まず、Microsoftが直々に本気のタブレットを作ってきたってこと。

得意分野であり、自分OSが一番必要とされるビジネスユーザーの気持を真摯に受け止めて本当の意味での使える機種を作ったって言うことはものすごく意味があると思います。

ICONIAVAIO Duoなんかには任せておけない、そんなに意気込みを感じます。

また、今後の製品の最低ラインを押し上げる意味も含めて本気でテコ入れしたい、今の状況を何とかしたいという気持が見えてきています。

こういうの、好きだな。

でも、日本の企業は、というよりネットワーク管理者は冷たいです。

マネジメントソフトアップデートお金をかけたくない。

タッチなんてサポートするのめんどくさい。

自由に持ち運ばれると面倒、基幹システム検証がめんどくさい。

そんな気持でいっぱいなんじゃないでしょうか。

ウチの会社の担当もWin9まで新しいのは入れない、みたいなことを話してました。鬼が笑うような話です。

そこまで技術革新の波を受け入れないつもりですか、あなたは、って感じ。

そう、Surface3によって、ようやく日本の停滞していたPC業界は動き出します。

iPhoneiPadでイイじゃん的なムードパソコンそのものの需要は一時停滞してきていました。

でも、ビジネス現場では、やっぱりExcelPowerPoint必要で、私自身も不可欠な仕事をしています。

会社の中の見る端末はiPadとかが浸透してきていますが、結局作るのはWindows必要なんですよね。

しかも作る側は膨大な裏付け資料を用意して、タブレットで見るための簡素な資料を作るという前よりも手が抜けない状態になってきていたりします。

そんな時、作る側もタブレットで見れる、という環境もあり、最後iPadではなくSurfaceのような変換も何もいらない端末になってくれるとどんなに嬉しいことか。だから 本当はiPad ではなくSurfaceで広まって欲しい気持ちが根底にあるはずなんです。

基幹システムだって、そのWindowsがそのまま端末で動けるマシンで使えればいいわけで、上層から現場まで同じ環境で統一もできので本当はそうしたかったはずです。

そういう意味で、ipadなどに頼らないで構築できる、本当の意味での使えるWindowsタブレットっていうのはイノベーションを起こす力があります。

誰もが使いやすく、でも既存の知恵や経験を活かせる、そんな世界が近くにあります。

そういったものが近くに迫ってきているのに日本の管理者は二の足を踏んでいるんです。この間iPadiPhone対応したと思ったら、今度は本家か、みたいな感じでめんどくさがっています。

気持はわかります。でも、ここでついて行けるかどうかが企業の分かれ目でしょう。古臭いままの仕組みを今一新出来ないと、その会社はずっとレガシーなものを引きずり時代について行けないでしょう。



***

さて、もうすぐソニーから切り離れたVAIOが一つの会社になって登場します。

それはつまりVAIOそのものが、SONYから親離れすると同時にMicrosoftSurfaceと競い合うということも意味します。

キバを向いて欲しいな、イイよな、手にして見たいよな、と思うものが出てきて欲しいです。

そうこないと、VAIOも地に落ちたな、という印象に繋がってしまいます。

幸いなことに、Surface Pro3はWindows7 へのダウングレードが出来ないモデルとして生まれてきました。

新生VAIOが今の企業の二の足を踏んでWin7で続けたいと思っている管理者にも喜ばれる仕様新機種を出してきたら、Surface3のように新しい時代の一端を担えるものがWin7対応バリエーションをもって登場したら、今度は企業へのVAIOブームが来るやもしれません。

コンシューマーへのアピールより、本来強いBの分野でのWindowsを強化していくことが大切です。

このままでは、開発の敷居が高い、と思われていたMacOSXiPhoneと同じソフトを同時に作れるSWIFTという新しい時代BASICとなりうる開発言語環境を作り出したきている脅威に負けてしまうからです。

作りやすくて売りやすくて開発環境を用意に構築できる方向に誰もがシフトしたいと思うのが当然です。

MacOSX環境は使いやすくても「ソフトがない」というデメリットを抱えていました。

iPhoneというソフトを作れば儲かるという市場が出来てしまった今、作っても売れないWindowsソフトよりも手を出したい開発はたくさんいるはずです。

Windows陣営側がビジネスに強い今のウチに新しいタブレット時代の地位ビジネス分野だけにおいてもそのシェアを維持出来ないと、結局ビジネスでもMacOSXにしちゃえばイイじゃん的な方向になりかねません。

頭を柔らかく、上層部iPadでも会議Surfaceでも、文字を書いたり営業はMacBookAirであっても、財務的な部署EXCELであっても、経営企画商品企画はPowerPointであっても、印刷広報MacOSXベースPDFIllustratorの資料であっても、とにかく分け隔てなく管理でき、MacWinもどっちも統括できる企業に育っていかないと・・・そう対応できる頭の柔らかい管理者チームが育たないと、これからの企業のITは一変しそうです。

つまり、出遅れるかそうでないかで物凄い差ができそうです。

同じ時間、これからオリンピックまでの数年、簡単で効率の良い新しい仕組みで過ごした数年、コリコリに硬い古い時代遅れ効率の悪いやり方で進んだ数年、時間があればあるほどその差は離れていくでしょう。

Googleを大人になってしった世代がGoogle物心着いた時から使って社会人となった人の差は大きいです。

古い人は、自分の脳にストレージがあります。例えて言うならBlueRayが記憶媒体で、そのBlueRayを何枚も(人の量で)カバーして知識を膨らませます。

新しい時代の人たちの記憶媒体クラウド上にある大型施設の大容量でTBというサイズさえもわからないほど大きな無限ストレージが「共有」されている状態で既にあります。

いつもBlurRayの中にある知識で考えていた人とは発想も物の見方も違いますし、溜め込むことが頭が良い、ではなく、点在する情報を如何に結び付けられるか、が頭の良い時代に変わります。

そういう人たちを受け入れられる土壌、これからはそういう人たちが会社の中心になる、ということを今の日本の管理者が理解しなければなりません。

Win8.1が基幹システムで動くか動かないかなんて狭い範囲での判断や考えに縛られていると、新しい人たちはそんな基幹システム要らないじゃん、他に似たようなことができるものあるし、っていう的な発想の人達に「システム不要、その管理者も不要」という判断を下されるかもしれません。

私達は、そろそろ、凝り固まった規定概念を捨て、古いシステムの縛りも捨て、中庸世界から親離れしなければならない時期に来ているのかもしれません。

そうなりましょう。

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13.10.19 (土) 日本の技術はスゴい このエントリーを含むブックマーク

こんにちわ

また時間があきました。

まぁ、http://pentaxq.ldblog.jp/lite/ にて、カメラBlog毎日更新していたってのもあります。


ところで、そのカメラなんですけど、日本て恐ろしい。

PentaxQシリーズの最高点であるQ7ってやつが7月に登場して、最小のミラーレス一眼の座を確保、これは楽しいなって思っていたのですが、そのころ他のメーカーはやれフルサイズ一眼レフだの、やれm4/3のミラーレスで高機能(しかし重い)だの、と今までの「本格的なカメラ」路線を突っ走っていたわけです。

どっちかっていうと、Pentax Qのような「コンパクトデジカメレンズ交換式にしちゃおう」的な発想は置き去りのように感じられるほどの「本格的なカメラがいいんだぜ」路線でした。

この秋のラインナップをみてみると、これが全て覆されていくようなイメージになっています。

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SONY α7といい、Panasonic GM1といい、噂のオリンパスStylus1、それから前から発表済の富士の防水版XM-1、Nikon1と、気がつけばフルサイズなセンサーのミラーレス一眼(それもコンパクト)な製品がずらり。

フルサイズのα7なんか、ついにここまできたか!っていう感じだし、m4/3のレンズは大きいから無理だろうって思ってたけど無理矢理な感じで各社が作ってきましたね。

しかも、PentaxQで実現出来ていない「チルトできる液晶」「WiFi連携」を実現しているものが多くあります。中にはQシリーズお家芸であった「世界最小」まで奪われてたり、PENTAXお家芸である「防塵防滴」ライクな商品まであります。

まぁ、そりゃぁ、コンパクトデジカメの終焉がスマフォの登場でやって来てしまいましたからね、その矛先が変わっても仕方ないのでしょう。ましてそこにQシリーズという人気のあるものが独走していたわけだし。

でも、なんというか、Qの最高点である私のQ7が出て、その後たった3ヶ月で「Q7」のほとんどを奪われてしまった(笑)

奪われていないのはカラーオーダーと気持ちよく遊べる操作感です。

カラーオーダーもマグネシウムボディで出せよ、みたいな声が強く出ていたり・・・。いや、私はプラで軽くていいと思っていますけどね、今時のカメラは数年で買い替えですから、色が選べる方が楽しいですし。

そういう意味で、新製品がどんどんでても、PENTAX操作感の方が一番自分に合っているって体で覚えちゃったので当面このままだと思います。

でも、フルサイズミラーレスが出始めてくるとなると、ちょっと話は変わってきますね。

そもそも私の中では「レンズ資産」という想いが強くあります。

どこのメーカーマウントを揃えていくか、っていうのが交換式レンズを保有していく際に一番キーとなっていくと思っています。買いやすさ種類の豊富さでいうとキヤノンNIKON、そのへんになってくるのではないかと思うんですけど、個人的には古い時代のKマウント世界規模で転がっているので好きなんですよね(M42も含め)。

まぁ、昔、初めてフィルム時代に手を出したレンズがKマウントPENTAX Z1だったっていうのもあります。

そのときのキットレンズカメラもろとも残っていませんが、でも、なんというかKマウントは好きなんですよね。

そこに橋渡しのあるQマウント、この2路線が一番ベストだと思っていました。いままでは。


ところがですよ。

フルサイズミラーレス一眼の登場で、それが一変してしまうと感じています。

現在PENTAX Q用に出ている色んなメーカー向けのレンズマウント変換アダプターは、数多い状態。つまり、ミラーレス一眼はそのフランジバック(センサーとレンズの距離)の短さが相まって、色んなメーカーレンズを装着しやすいカメラだったりします。

もちろん格好はよろしくなく一体感は消えます。けれど、どのメーカーレンズも扱えるっていうのは非常に大きいんです。

昔のツァイスの フレクトゴンも使える。ライカのレンズも使える。キヤノンレンズも使える、もちろんペンタのLimitedレンズや★レンズも使える、これって素晴らしいことで、フィルム時代何十年も前のレンズが選びたい放題で使えるようになるって素晴らしいことだと思います。

今まではセンサーサイズも小さかったので何付けても「望遠」扱いになってしまう枷がありました。

Q7を使っていて、哀しいのはそのフルサイズ用の昔のレンズを使うと焦点距離が4.6倍の望遠レンズ扱いになってしまう部分でした。

しかし、フルサイズ=35mm版のフィルム時代と同じサイズっていうセンサーともなれば、この難点が消えます。

そうなると、まさにレンズ資産、しかもフィルム時代には実現出来なかった「マウンタの垣根を越えて使える」時代の到来です(100%は無理でしょうけど)。

この遊びも出来るPENTAX Qであり、コンパクトでいつも持ち歩けて軽く使いやすいっていうのがウリだったのですが、望遠の問題が消え、フルサイズミラーレスが登場となると、もうQの使いやすい意外のアイデンティティを奪われちゃった感じがあります(笑)

レンズ内手ぶれ機能を有する他のメーカーと違い、カメラボディ内で手ぶれ機能を持つ方針のPENTAXでは、今のコンパクトな形状の路線のままではフルサイズセンサーを積みつつ、チルト液晶も搭載して今のQのサイズと同じっていうのは、もう無理なんじゃないでしょうか。

小さくすることにはSONYに勝てないと思うんです。

今のQシリーズレンズを拡充するかどうかも良くわからない今の姿勢のままでは、正直牙城が危ういです。

そしたら、Qのレンズを増やすのはすっぱり諦めて、新しくKマウントでQのようなフルサイズミラーレス一眼を「作り直し」したらどうでしょうか。

Kマウントが使える新しいQXシリーズとかいうのを作ってみたらどうかな?って思います。Qマウントレンズはアダプタでも使えますよ、でもメインはKマウントですよ、みたいな感じで。

一回り大きくなってしまいますけど軽くてグリップ時の持ちやすさがあれば、それでいいと思います。アダプタでQレンズ付ければ「そんなには変わらない大きさ」みたいな感じで。

もちろんチルト液晶とかはあると便利です。でも、しょせん3インチのモニタなので小さく、マニュアルになってしまう古い時代のレンズを使う際には役に立ちません。だからそれで大きくなるくらいならやらないで、スパットWi-Fi飛ばしスマフォタブレットでピント合わせやシャッターが切れる高機能リモコンでなんとかする路線で割り切っていいと思います。

オートなレンズは気持ちよく本体で、マニュアルスマフォで、みたいな感じでいいんじゃないでしょうか。

いろんなメーカーが小さくて高機能を押し出して出して来たとしても、最後は①レンズ資産②使い勝って③色・デザイン④軽さ、この4つに集約しちゃうと思っています。

もちろん、大きな本格的な一眼レフは別です。あくまでもミラーレス一眼世界だけでの話です。

でもこのうち、③デザインや色、④軽さってのは、どんどん変わっていくでしょうから、PENTAXさんには、ずっと①と②を忘れないで頑張っていってもらいたいものです。

正直、私は20代のときにフィルムカメラの重さに負けた人間なので、今後もミラーレスで軽量なものしか見向きしないでしょう。K3いいなと思っても、やっぱりレンズ数本持ち歩くこと考えたら厳しい。

だから、こそ、「負けた」と思わず、頑張って欲しいと思っています。

フィルム時代のレンズはいいものたくさん。確かにリコーになるまで色んな会社を渡っていったPENTAXだと思います。

でも、そのフィルム時代で一番Kマウントに着目していたのもリコーだったと思っています。

だからこそ、リコーが出す 「ナノ一眼ミラーレス」は、Kマウント資産を活かせる形であるべきだと思います。

って、期待し過ぎですかね。

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